黒い鞘に収まり、姿を変えたピアニカソードを手に取るハジメ。
そのまま鞘から剣を抜こうとする。しかし――
「ん?」
グッグッ
「抜けない!!」
(えぇ――――――――!?)
「無理じゃ! 普通のホモ・サピエンスにその剣は抜けぬ!!」
何度も引っ張るが、鞘から剣が解き放たれることはなかった。
仕方ないのでハジメは鞘ごと武器にして、光輝に振り下ろす。
(すまぬ! すまぬ! すまぬ! すまぬ!)
「何に対しての謝罪よ!?」
振り下ろされたピアニカソードを、光輝は聖剣で受け止めた。
すると、聖剣に纏わせていた光の刃が鞘を砕き、ピアニカソードの進化した姿を曝け出す。
「行くぞ、ニンジンソード」
「ピアニカと全く関係ない姿になってるですぅ――――――!!」
ピアニカソードの新たな姿にシアはツッコミを入れるが、その一方で――
「あれは、魔剣となった大根ブレードと共に魔界に封印されたニンジンソードよ!」
「すげえ、初めて見たぞニンジンソードなんて……!」
「知ってる人いたですぅ!? 雫さんまで!?」
雫と天の助はハジメが持つ剣に対し、心底から驚嘆していた。
「はああああああああああ!!」
「ぐうううううううううう!!」
「きいいいいいいいいいい!!」
ニンジンと聖剣で鍔迫り合いをするハジメと光輝。そして、全く関係ないのに叫んでいる首領パッチ。
二人の力はまさしく一進一退。ハジメが少し押せば、光輝はすぐに押し返す。その逆もしかり。
しかし二人の持つ力の違いが、現状の均衡を一気に傾けることとなる。
「“天翔裂波〟!!」
「ぐはぁ!?」
二人が鍔迫り合いしている状態で、光輝が魔法を発動。光の刃が彼を中心に無数に展開し、ハジメを切り裂く。
鍔迫り合いに意識を集中していたハジメは、成すすべもなく刃を受けて吹き飛ばされ倒れ伏し、ニンジンソードも手から放してしまう。
「はあああああっ!!」
ハジメが武器を手放し、無防備になった隙を逃すまいと、光輝は聖剣を用いて斬りかかる。
だがハジメも負けていない。
「舐めるな!」
ガッ、とハジメは倒れた状態から逆立ちに近い状態になり、光輝の聖剣を蹴り上げて弾き飛ばす。
これで光輝が剣を取りに行けば、こっちもニンジンソードをもう一度手にして五分に持ち込める。
そうハジメは考えた。だが――
「舐めるな、はこっちの台詞だ!!」
なんと、光輝は剣を諦め拳でハジメを殴り飛ばした。
この展開は予想していなかったハジメは拳をモロに受け、よろめく。
「“螺炎〟!」
そして光輝は追撃として螺旋状に渦巻く炎をハジメに叩き込む。
それも一発ではなく、連続で。これでハジメはニンジンソードを取りに行くどころではなく、その場に釘付けとなってしまった。
「くっ……!」
その場に立ち止まり、せめてもの対応として上半身を巧みに動かして魔法を回避するハジメ。
「Fun Fun We hit the step step♪」
「EXIL〇!?」
この猛攻の中踊りながら、ハジメは回想シーンを始めた。
南雲ハジメの人生を振り返ると、傍から見るなら多少の起伏があるものの概ね問題ないかもしれないが、当人としては大いに不満がある人生だった。
ハジメの両親は二十年前にマルハーゲ帝国が壊滅させた、毛の王国出身だった。実際は毛の五兄弟の次男であるビビビービ・ビービビが大きく関わっているのだが、その小史はここでは省略する。
ともかく、ハジメの両親は毛の王国壊滅時に命からがら逃げだした。そして二人は様々な苦難を乗り越えて夫婦となり、ハジメという子供を授かった。
しかし二人は不安だった。ハジメは毛の王国の住人同士の間に生まれた、純粋な毛の王国人。マルハーゲ帝国が世界を支配している現状では、いらぬトラブルに巻き込まれるのではないかと。
幸い、ハジメにはハジケリストの素養があったので、何の力も持たない毛狩り隊の隊員くらいならば素で倒せる。しかし強力な異能持ちや、真拳使いなどと戦えば勝ち目はないだろう。
そこでハジメの両親は、ツテを頼って近所にある納豆真拳の道場にハジメを入れることにした。真拳使いになれば、多少の敵ならどうにかなると判断してのことだ。
しかしハジメは不満だった。理由は拘束時間にある。
納豆真拳の修行の為には道場へ行かなければならないが、これは週七日と決まっていた。小学校には行けたが、放課後は遊びに行くことも許されず修行の毎日。おかげで友達も禄にできず、次第に彼は同世代とのコミュニケーションの取り方が分からなくなってしまった。
そんな寂しさを埋めるかのように、彼の両親は元々自分達の趣味だった漫画やアニメ、ゲームなどを彼に与える。
ハジメに与えられたものは幸いなことに彼の肌に合い、すっかり趣味となるものの友達はできないまま小学校を卒業。それと同時に納豆真拳の修行も完遂。彼は正統な納豆真拳伝承者となった。
その後少ししてから、首領パッチと天の助が毛の王国の生き残り護衛の為にハジメの元へ来たことで、彼にも友達はできた。
しかも、この頃からハジメの両親が忙しい時に彼の手を借りるようになる。
幸か不幸か、ハジメはそこで才覚を発揮し、周りとも馴染めた為、もはや学校に行かなくてもいいかとさえ思うようになっていた。
しかしそこに彼の両親は待ったをかける。二人は、流石に高校くらいは出たほうがいいと考えていたのだ。
ハジメは不満に思いながらも両親に従い高校に進学。しかし両親に反抗するように遊び惚け、たまに仕事を手伝うことで徹夜を繰り返し、授業は寝てばかり。それでも成績は問題ないせいで、一部を除いて周りも注意しなくなっていった。
その一部の例外が天之河光輝だ。ハジメは彼が嫌いだった。
なぜなら、光輝はハジメが望んだものをすべて持っていながら、時折ハジメを恨めしそうに見るからだ。その理由にハジメはすぐに思い至る。自身が持つ真拳だ。
ハジメとしては別になって損したとまでは言わないが、得したとも思っていないのに。
だからこそハジメは光輝の言い分を正論と捉えながらも、聞こうとは思わない。それでもいずれは関わりなどなくなるだろうと考えていた。
そこに今回の異世界召喚だ。
どうしようかと考えているうちに光輝が勝手に話を進め、それでも自分はお世辞にもリーダー向きではないからと引っ込み、うっかりで分断されトータスの真相を知った後は独自に行動し、クラスメイト達については任せていいかと思えばこの惨状。
別に光輝が悪いとは思っていないが、いきなり斬りかかられた挙句言われたくないことを聞かされて、苛立たないほどハジメはお人よしではない。
故に――
「さあ、真拳を使え!!」
攻撃を必死に踊り避け続けるハジメに向かって叫ぶ光輝。いくら避けても状況は好転しないと分かっているからだ。
無論、光輝の魔力は有限なので躱し続ければいつかは尽きるかもしれない。だが彼の魔力量ならば、魔力が尽きるより先にハジメの体力が尽きる。
だからこそ、ハジメはこの一方的な状況を逆転させなければならないのだ。
「納豆真拳を使え南雲! 俺はこんな勝ち方したくない!!」
「……いい加減にしなよ。こんな状況、真拳なしでもどうにかしてみせるさ」
光輝の、まるで自分の勝ちが決まったかのような言葉にハジメは冷徹に返す。
そしてその言葉は嘘ではないとばかりに、すぐに奥義を発動した。
「あんまり使いたくなかったけどしょうがない。ハジケ流超奥義、魔力変換式お弁当!!」
ハジメが奥義を発動すると、虚空から巨大な弁当箱が現れ、光輝が放ち続けていた魔法を箱の中に吸い込む。
吸い込まれた魔力は弁当箱の中で料理に変換され、徐々に箱を圧迫していく。
「この奥義は魔力を料理に変換することができる。ただし、変換した料理は全て食べきらないと後で料理に襲われるし、食べきっても三日は寝込む副作用付きだ。だから速攻で決める。というわけで――」
そこでハジメは弁当箱を傾け、中身を仲間の一人にぶちまけた。
「ティオさんにあげます! この満貫全席全部!!」
「ぎゃあああああああ妾にきたあああああああ!!」
「凄い量のもの押し付けたですぅ――――――!!」
ティオに押し付けられる無数の中国料理。
その光景はまさしく中国の氾濫だった。
(何言ってるのかさっぱり分からないわよ……)
「この中華丼美味しい」
「こっちのチキン南蛮もいけるぜ!」
「ナポリタンうめえ!!」
「全部和製料理ですけど!?」
弁当箱の中身を美味しそうにムシャムシャと食べるユエ達。これにより、光輝の魔法は完全に無力化されてしまった。
「南雲ぉ!!」
魔法が使えないと見切りをつけた光輝は、速攻でハジメに近づき殴り飛ばす。
しかし、今度は殴られることを予想していたハジメはよろめくことなく耐え、殴り返した。
「どうだ! 真拳を使うことなく覆してやったぞ!!」
「何なんだ
ハジメの不敵な態度に、光輝は血を吐くような叫びで怒りを露わにする。
これがずっと彼が抱いていた思い。ハジケリストのことをよく知らず、良く思っていない光輝からすれば、ハジケリストは真面目にすべき場面でもふざけ倒すダメ人間でしかない。
「弱体化するよ!!」
だがその考えは間違っている。
ハジケリストに限らず、ハジメ達の故郷である地球の戦いは基本的に何でもありだ。
真拳使いやハジケリストは容易く物理法則を捻じ曲げ、様々な事象を引き起こす。この二つの内ハジケリストのみが可能なこと。それは『ギャグ補正の具現化』だ。
ギャグだから撃たれても死なず、ギャグだから虚空から物を取り出せる。そんな摩訶不思議で理不尽を、ハジケることで巻き起こす。それがハジケリスト。
もっとも、戦いから遠い日常でもハジケるので、まともにすごしている人から邪魔と言われると反論はし難い。
そしてハジケリストはどこまでも素養の世界だ。言葉だけで語れないもの故に、限られた存在しか使いこなせない。
光輝にはそんなものはない。ハジケることも、真拳を使うこともできない。どちらも身に着けず、身体能力や生まれつきの能力で戦うものもいるが、それで上り詰められるのはごく僅かであり、光輝はその中には入れない。
文武両道などと謳われても、凡人の中から抜け出せない。
意欲はあるのに、それ以外のすべてが足りない。
そして異世界に来て能力を手に入れても、それはマリオネットに必要なものを与えただけで、倒したい敵には届かない。
そう考えれば、天之河光輝は可哀そうだと言える。だが――
「人の事情も知らないで、好き勝手言うな!!」
そんなこと、ハジメには関係ない。
望んだ道を歩けていないのは、ハジメだって同じだ。
「こっちは、これで精一杯なんだよ!!」
再び光輝を殴るハジメ。もうニンジンソードを取りに行く気配もない。
それは光輝も同じこと。二人は拳で決着をつける気だ。
「大体、僕は前から天之河君が気に入らなかったんだ! 学校にいるときはいつもいつも同じようなことばかり言って!!」
「いきなりどうした!?」
「正直トータスに来てからについて言いたいことは全部言った!!」
「それは俺もだ!!」
「だからそれまでのことについて文句言う! 同じようなこと言うな!!」
「言うに決まってるだろ! まずは学校に遅刻寸前に来る癖を治せ!!」
「あれは八重樫さんの
突如話の方向性が変わり、雫に飛び火する二人の会話。
それを聞いた彼女は小声でブツブツと呟く。
「ごめんなさい。本当にごめんなさいハジメ……」
「苦労してたんですね」
心労が溜まっていると言わんばかりに疲れ切った表情を見せる雫に、シアはそっと同情した。
「だったら早起きしろ!」
「嫌だよ! なんであんな個人の都合で早起きしなきゃいけないのさ!?」
いきなり口論の内容がしょうもなくなる一方で、二人の拳は的確に相手の顔面を捉え続けている。
「そもそもいいじゃん別に! 成績に問題があるわけでもないし、遅刻しているわけでもないんだから!!」
「いいわけ無いだろ! 授業は真面目に受けろ!! 周りの迷惑だ!!」
「迷惑してるなんて誰が言ったんですか~? 何月何日何時何分、地球が何回回った時~!?」
「さっきまでは真面目に思いのたけをぶちまけあっていたと思うのじゃが……」
「完全に子供の喧嘩」
とうとう小学生じみたことを言い出すハジメに、ティオとユエは完全に呆れムードだ。
「ああもう……!」
「まったく……!」
ここで二人は拳を同時に構え、全く同じように右ストレートを繰り出す。
「「お前なんか大っ嫌いだバーカ!!」」
互いに全力で放った右ストレートは、見事に互いの顔面にクリーンヒット。そして二人とも、もう拳を出す気力はない。
なので、ここで勝敗を決すのはこれまでのダメージ量だ。
それが多いのは――
「な、ぐも……」
光輝だ。彼は必死に意識を保とうとするが、体はすでに限界だった。
故に地面に倒れ伏し、気を失ってしまう。
「っいけない!」
そこに光輝のセコンドについていた鈴がタオルを投入。
カンカンカーン
投げ入れられたタオルを見て天の助がゴングを鳴らし、決闘は終了。ハジメの勝利で幕を下ろす。
「いつからボクシングになったのよ!?」
雫のツッコミを背に、ハジメのセコンドである首領パッチが彼に近寄って背中を叩きながら称賛する。
「よくやったなハジメ。これでベルトに手が届くぞ」
「ありがとう首領パッチ。でも奥義の反動でそろそろ三日位昏倒するから、あとよろしく」
そう言い残し、ハジメもまた気を失い倒れる。
それを見た首領パッチは叫んだ。
「立て、立つんだジョー!!」
「あ〇たのジョーは関係ないです」
「もう勝負ついてるから」
あと一話で五章終了です。