前話でハジメ達が偽物と相対した場所と同じような空間で雫もまた、髪も服も刀も白い偽物の自分自身と戦っていた。
剣戟の音が響き渡る中、白い雫は本物とは異なる厭らしい笑みを浮かべながら本物を言葉で翻弄する。
『痛い? 苦しい? 怖い? 泣きたい? 隠しても無駄よ。だって私はあなたの虚像、あなたのことなら何でもわかるわ』
「ええ……痛くて苦しいわ。あなたが斬りかかってくるから!!」
偽物の言葉に応じながら、雫は一度後ろに跳んで距離を取る。
そして技能“縮地〟を発動させ、その場から瞬時に偽物へ間合いを詰めると同時に、神速の三段突きである八重樫流刀術の一つ”霞穿〟を発動。目にも止まらぬ速さで接近し、更に同じく目にも止まらぬ三段突きをすれば、今度こそ当たる、と彼女は考えた。
しかし偽物は本物の突きを、まるで十キロ先から来るのが分かっていたかの様に易々と、いつの間にか逆手に持ち替えた刀で受け流し、そのままカウンターを仕掛けようとする。
これも八重樫流刀術の一つ“音刃流し„だ。偽物も技能と能力だけは本物と同じ故に、使えない道理はない。
それを見抜いた雫は咄嗟に、技能“縮地„の派生である”爆縮地„を発動。これは縮地の最中に更に縮地を使うことで、方向転換を可能とするものだ。
これにより、雫は距離を取ることに成功したものの、カウンターを躱すことに集中しすぎたせいで足元が覚束ないせいで、彼女は思わず転んでしまった。
「……っ! 全てを切り裂く至上の一閃、“絶断„!!」
すぐに立ち上がった雫は魔法を発動。絶断は、魔力を武器に纏わせることで切れ味を増させるものだ。
『またそれ? あなた、それを使うのは三回目だけど、私に傷一つつけられてないじゃない』
雫の使った魔法を見て嘲笑する偽物。
事実、彼女は傷一つついていないが、本物はさっき転んだ分を含めても傷だらけだ。
その事実に苦い顔を見せる本物に対し、偽物は歪んだ笑みを浮かべながらゆっくりと近づきつつ言葉を続ける。
『そんな欲しくもない力使って、やりたくもない剣術を振るって、辛いでしょ?』
「確かに嫌だったけど、あれは仕方のないことよ……!」
偽物の言葉を必死に払いのける雫。
八重樫雫は本来、戦いを好む少女ではない。
剣道着や和服を着るより、フリフリのフリルのついた洋服を着たかった。剣を握るよりもお人形や可愛いアクセサリーがよかった。
しかしそれは、彼女が持つ剣の才能が許さなかった。
齢四歳にして八重樫流の剣の才能を見せた彼女は、祖父に大層喜ばれたことと、当時はまだいた毛狩り隊に対する防御の一環として、剣を学ぶことになった。
毎日の鍛錬により、メキメキと強くなる雫。その姿に家族も同門弟子も誰もが彼女を持て囃す。
『だから辞められなかった』
故に、雫は剣を学び続けた。明確な脅威に対する防衛策を、個人の感情で捨てる訳にはいかない。
だが、その日々はマルハーゲ帝国が壊滅してなお続いた。
結果論で言うなら、大した時も置かずにネオ・マルハーゲやピーマン帝国が台頭した以上、周りの判断は正しかったのだろう。
しかし、当時の彼女は大いに不満だった。
この時点で既に、強くなる方法を探している光輝が入っていたこともあって、彼女は自分がこれ以上剣を学ぶ必要性を感じなかったのだ。
だが現実は非情だった。光輝はやる気だけなら雫はおろか、道場にいる中の誰よりもあったが、才能という点では雫に一歩及ばなかった。
別に光輝に才能がなかったというわけでは無い。もし雫がいなければ彼が一番だったに違いない。
それはそれとして、雫は光輝の貪欲な姿勢がどこか危なっかしく見えたので、彼女は同級生ではあるものの先輩として接し、面倒を見た。
おかげで、光輝は努力を積み重ねたおかげで腕前自体は二人ともほぼ同じと言ってもいいほどになった。
その為、小学校でも二人に加え、龍太郎を含めた三人は強い、頼もしいと持て囃された。
『でも本当は、男の子と同じ扱いなんて嫌だった。香織みたいに可愛いとか言われたかった』
「そんなこと……!」
偽物の言葉を雫は必死に否定するが、語気は弱い。
そうこうしている隙に偽物は雫と鍔迫り合いを始め、その間にも言葉を忘れず挟んでくる。
『でも中学時代からはそうじゃなくなった。香織が可愛い系なら、貴女は美人系として扱われるようになって、挙句
二人の鍔迫り合い、そして偽物が言葉を続けている間に、彼女は本物に向けて見えないように鞘を振るい、腹部を打つ。
これぞ八重樫流刀術“無明打ち„。相手と鍔迫り合いをしている隙に鞘で打撃を与える技だ。
当然、雫もこの技を習得しているが、今は偽物の言葉に惑わされ全く意識に及んでいなかった。
「がは……っ!?」
腹部に不意打ちを受けた雫は崩れ落ちそうになりながらも必死に鍔迫り合いを維持しようとする。
しかし――
『ふんっ』
偽物が足を大外刈りすることで、雫はあっさり体勢を崩され、押し倒される形となった。
鍔迫り合いこそまだ続いている者の、そのまま偽物はマウントを取り、体重を少しずつかけて本物を押しつぶそうとしてくる。
もう駄目、と雫は思った、が――
『…………』
偽物はなぜか、驚いた表情を浮かべながら、雫がいる方向とは違う場所を見ていた。
彼女もつられて視線を同じ場所にやると、そこには
「
「何その台詞!?」
『そんなこと言ってなかったでしょ!?』
南雲ハジメがいて、いつもみたいに何やら叫んでいた。
対して雫は、偽物共々思わずツッコミを入れてしまったが、その隙にハジメ当人が二人の傍に近寄っていた。
「初めて出会った女の子をいきなり押し倒すなんてアンタって子は! アンタって子は! また必須タグ増やすハメになったらどう責任とるつもりなんだ!!」
『痛っ! ちょっと、普通に痛いわよ!!』
そのままハジメは怒りを籠めて、布団叩きで偽物の雫をしばき倒す。
しばかれている偽物は何もできず、無様に逃げ回るのみ。
その隙に本物の雫は立ち上がり、息を荒げながらもなんとか体制を整える。
一方、ハジメの怒りはまだ収まっていなかった。
「ただでさえ結構話数多くて、パロネタ時事ネタメタネタ上等の、平成ラ〇ダーより瞬瞬必生で初見バイバイな小説なのに、必須タグのせいでこれ以上ハードル上げられちゃたまったもんじゃない! 正直ボーイズラブと性転換はもう外してもいい気するんだよね! どうかなぁ!? 外しちゃダメかなぁ!?」
『何の話よ!?』
布団叩きを振り回し続けながらよく分からないキレ方をするハジメに対し、偽物もついに怒り、ツッコミを入れながら手にある白い刀で目の前の敵を斬り裂いた。
『ていっ!!』
「ぎゃあ!?」
斬られたハジメは思わずよろめく、と同時に彼の背中から翼が生えそのまま飛んでいった。
「凄いパワーだ!!」
「明らかに自分で飛んでる――――――――っ!!」
そして飛ばされた(ということになっている)ハジメは、そのままノーバウンドで壁に叩きつけられ、地面に倒れ伏し、彼はまた死亡する。
ちなみに、ハジメが死亡している様子はぜひサブチャンネルでご覧ください。
「サブチャンネルって何!?」
しかしすぐにツッコミながら蘇生して立ち上がると、ハジメは背中の翼をむしり取り、ムシャムシャと食べ始めた。
(それ食べられるの!?)
「ソース味だよ」
一方、ハジメが翼を食べ終わるまで黙って待っていた偽物は、食べ終わったと同時に話しかけた。
『ねえハジメ』
「何かな、偽樫さん」
(偽樫さん!?)
胡乱な呼び方に本物の雫が内心でツッコミを入れる一方、偽物は特に気にも留めず話を続ける。
『ハジメはさ、
「……えーと、ああ! なんかいたねそういえば! あの変なの!!*1」
『あの連中をうろ覚えなのは流石ね……じゃなくて、どう思う?』
「どうって?」
いきなりすぎる偽物の質問の意図が酌みきれず。オウム返しにしてしまうハジメ。
対し、彼女の問いは続く。
『別にあいつらの物じゃない
「あれくらいの集団ならそこらにいるでしょ」
『確かにそうね……』
偽物の問いに対しどこかズレた回答をするハジメに、質問をした側も思わず納得してしまう。
だがすぐに違う違うと言いながら首を横に振り、改めて問いかける。
『そうじゃなくて、あの迷惑集団は確かにそこらにいるレベルだけど、それでも
「あぁ……そういわれると……」
「そ、それは……」
偽物の言葉に言われてみれば、とばかりに納得するハジメと、顔色がどんどん悪くなる雫。
それらに構わず、更に偽物の話は続く。
『にも関わらず放っておいた理由は一つよ。
「やめて!!」
偽物の話の内容を察した雫は、刀を構えて話を遮ろうと走り出す。
しかし、この偽物は本物が本心を否定したりひた隠すと力が増す仕様。更に言えば、本物は傷だらけだが偽物は傷一つない。
故に、偽物は向かってくる本物が振るう刀を躱し、右手で本物の左手首を掴み、そのまま腕ひしぎ逆十字で固めて拘束する。
「八重樫さん!!」
『おっと、ハジメは動いちゃダメよ。さっきは見逃してあげるけど、次にこいつを助けたらこの迷宮、あなたと
「え? 偽樫さんその状態のまま話すの?」
『いいから!!』
ハジメのとぼけた言動に偽物がキレたところで、彼は大人しくお口チャックマンする。
それを見て安心したところで、改めて彼女は話し始めた。
『
「それは、百合ハーレムってこと?」
『全然違う』
ハジメの言葉をバッサリ切り捨てて、偽物の話は続く。
『そうじゃなくて、綺麗とか、美人とか言われて嬉しかったのよ。ハジメは知らないでしょうけど、
「そうなんだ」
『酷いと思わない?
ここで偽物は一旦言葉を区切り、ハジメを流し目で見つめる。
その視線は酷く妖艶で、並の男なら魅了できそうな程だが、あまりにも突然すぎて、ハジメはただ訝し気な視線を返すのみ。
偽物は効果が無いことを察して目を戻し、話を戻す。
『それだけじゃないわ。
「ち、違う……」
『ハジメが奈落に落ちたときも、どうせ生きてると思って探そうとしなかった。今だって、こうしてついてきてはいても、本当はハジメがエヒトを倒してくると思っている。鈴は恵理と向き合う為に、光輝や龍太郎は純粋に正義の為に、香織は優しいから打算とかしないで戦おうとしているのに』
「あ、あぁ……」
偽物の言葉に、雫は絶望のあまりついに涙を流してしまう。
偽物の言葉が事実無根だからではない。彼女の言葉が、雫の本心だと分かっているからだ。
ただそれを分かっていながら、そんなことないと否定しながら耳を塞いでいたにすぎなかっただけ。
しかしその虚飾は、迷宮の試練によって強制的に、一番聞かれたくない人の前で剝がされる。
「ごめんなさいハジメ……ごめんなさい……」
虚ろな表情で泣きながら、ハジメに対する謝罪を始める雫。
そんな彼女に当のハジメは、偽物のことなど目に入らないかのように、何一つ警戒することなく彼女の元へ歩いていく。
『ちっ』
それを見て、偽物は雫を離して即座に後ろへ飛び去った。
自分とハジメの戦力差を理解し、手を打ったのだ。ただし、ここで自分を倒すのに彼を頼るようであれば、最早試練の突破は失敗扱いではあるが。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
未だ泣きながら謝る雫の傍に、そっと腰を下ろして顔を寄せるハジメ。
そして一言。
「別にいいよ。気にしてない」
「……え?」
その言葉に雫は、思わず謝罪を止めて顔を上げる。
それを見たハジメは続きを話す。
「
『微妙な面倒くささね』
「最初の場で戦う羽目になったのはどうしようもなかったことだし、奈落に落ちても僕らはピンピンしてたし、エヒトのことも、奴を倒すのはあの時からずっと決めてたことだからさ。むしろ、手伝ってくれて嬉しいくらいだよ」
ここでハジメは、未だに地面に這いつくばっている雫にそっと手を伸ばし、優しい笑みを浮かべながら言葉を掛ける。
「だけどね――」
ハジメが言葉を区切ると、いきなり地面から魔法陣が浮かび、即座に光り出す。
やがて光が収まると、そこには四メートル程の巨大な豆が一粒鎮座していた。
「この豆将軍が許すかな?」
『……我の沙汰が望みか』
「『変なのでてきた――――――――――っ!?』」
豆将軍が場に現れた瞬間、その場に異様なプレッシャーが漂い始める。
それの正体が、まさか彼がただそこに佇んでいるだけで生まれる威圧感だと、一体誰が気付けるだろうか。
やがて、豆将軍は雫を許すか否か、結論を口にした。
『いいよいいよ超オッケー! 全然許す!!』
「『豆将軍思ったより優しい!? というか軽っ!?』」
「ま、そういうわけだからさ」
そう言いながらハジメは雫の手を取り、引っ張って優しく立たせる。
だが雫はうつむいたままで、まともに手を取っている相手を見ることができない。
「……本当に、今までのこと許してくれるの?」
「Oh,yeah!」
雫の疑念を軽くいなすハジメ。それでも彼女はまだ俯いたまま。
「……このままだと、もしかしたらこれからも迷惑かけるかもしれないけど、それも許してくれる?」
「男に二言はない、YO!!」
なぜかラッパー気取りで雫の懸念を否定するハジメ。
彼の表情に二心は一切ない。彼は本気で彼女のこれからを支えると宣言している。
それを聞いて、雫は俯くのを止め、刀を鞘に納めて構える。
これぞ八重樫流抜刀術“断空„の構え。反動を貯めた状態から、勢いを利用して抜刀する技である。すなわち、彼女はまだ試練の突破を諦めていないのだ。
そして偽物もそれに気づき、本物と同じ構えを見せる。その状態で言葉を零すが、対象は本物ではなくハジメだ。
『随分と甘いのね』
「これでも僕は、原作ラノベ主人公だからさ。ヒロインに甘えられてみたかったんだ」
『そう……』
ハジメの言葉にあきれた様子を見せる偽物。
それを最後に偽物と本物の二人は同じ構えのまま動きを止める。互いに隙を見計らい、一瞬にして決める算段だ。
ここでハジメは懐からハダカデバネズミを取り出し、宙に投げる。
そしてネズミが頂点に達し、やがて地面に落下するその瞬間
「前回り受け身!!」
ネズミは巧みな受け身でダメージを無効化した。
それと同時に構えていた二人は飛び出し、全く同時と言っていいほどのタイミングで互いに刀を抜き、敵を屠ろうとそれを振るう。
その結果は――
『私の負けね。……まあ、自分の嫌な部分を受け入れるのがこの試練の本懐なのだから、出来たというのであれば通すのがスジというものね』
本物の勝ち。
偽物は敗北を受け入れ、潔く消えていった。
「やったね八重樫さん」
「……ええ!」
それを見たハジメは雫に向かって歩きながら手をあげ、彼女もまた応じる。
そして
パァン
どちらともなく、二人はハイタッチを交わした。