偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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温い性的表現が少々。
テメンニグル編で登場したヴァチカン13課のエージェントが登場。
コードネーム、ガンスリンガーは、ヴァチカンの科学技術部門の責任者、射場流の弟です。
そのパートナーのフランベンジュこと、ケン・アルフォンス・ラ・フレーシュは結構いってる性格してます。



チャプター 10★

月の淡い光に照らされる室内。

ギシギシと鳴る簡素なベッド。

低い男の呻き声と何かを堪えるかの様な小さな喘ぎ声。

 

「ライドウ・・・・・。 」

 

細かい汗を浮かべ、自分を見下ろす銀髪の大男。

どんなみっともない姿を、この一回り以上も年齢が違う青年に見せているのか考えたく無くて、隻眼の少年は、硬く瞳を閉じる。

 

ライドウがダンテを受け入れている理由は、魔力を得る為である。

魔帝から受けた傷は相当深く、体内に植え付けられた巫蟲だけでは、全快する事が叶わない。

それ故、仕方なしに始まった行為であった。

 

(畜生!早く終われ!)

 

唇を噛み締め、この不毛なセックスが終わるのを待つ。

この行為に愛など決して生まれる事はない。

魔力供給と、体内に寄生している蟲の腹を満たす為だけの行いだ。

しかし、男の手腕は此方が舌を巻くほど長けており、危うく流されそうになってしまう。

 

「・・・・・っ!止めろ!余計な事すんじゃねぇ! 」

 

いきなり男の手が、立ち上がった自分の性器に無遠慮に触れて来た事に、慌てて手を払い退けようとする。

しかし、いかせん片腕ではどうする事も出来ず、大きな男の手に握り込まれてしまった。

 

「俺だけ気持ち良くなっていたら、申し訳無いだろ? 」

 

ニヤリと口元を皮肉な笑みで歪める。

この悪魔使いが考えている事等全てお見通しだ。

絶対自分を愛さない。

このセックスは、義務であり、そこに決して愛など無い。

 

一番敏感な部分を親指で擦られ、身体を仰け反らせる悪魔使いの喉元に顔を埋める。

 

最初の夜に無理矢理犯してから、ライドウは此方がビックリするぐらい従順に身体を許した。

仕掛けるのは、何時もダンテの方。

悪魔使いは、仕方なく好きにさせている様に思えた。

 

 

行為が終わった後、片目、片腕の少年は、気を失うかの様に眠りに落ちた。

後に残るのは、何とも言えない虚しい気持ちだけ。

幾ら身体を繋げても、ライドウは決してダンテに心を開く事は無かった。

 

「こんなにすぐ近くにいるのにな・・・。 」

 

汗に濡れた前髪をかき上げてやる。

華奢な体躯に散らばる無数の傷。

特に脇腹辺りが酷かった。

抉られたかの様な傷跡が、生々しく白い肌に残っている。

 

(本当なら優しくしてやりてぇんだ・・・でも、アンタはそれを望まないだろ? )

 

ライドウが、未だに前のパートナーである黒髪の魔槍士を想っているのは痛い程判っている。

どれ程の長い時を一緒に過ごしたか等、知る由もない。

しかし、二人の深い信頼関係がある故、ダンテは決して黒髪の魔槍士の代わりにはなれないのだ。

 

 

 

その日、レッドグレイブ市にあるダンテの便利屋事務所に、古くから馴染みにしている情報屋、J・D・モリソンが訪れた。

理由は、勿論仕事の話である。

 

 

「おや? お前の大事な相棒はいないのか? 」

 

事務所内に、片手、片目の美少年の姿が見えない事に、モリソンは少し残念そうであった。

彼が来客者に振舞う焼き菓子は、どれも絶品で、初老の仲介屋も彼の作るお菓子を目当てにしているところがある。

 

「ライドウなら、野暮用があると言って商店街に行ってる。 まだ怪我も治りきっていないのに、呑気なもんだぜ。 」

 

ダンテの言う通り、魔帝によって負わされた傷は、どれも未だに完治していない。

しかも、体力も大分落ちている事が素人目でも良く判る。

本当ならば、事務所で大人しくしていて欲しいのだが、目を離すとすぐ何処かへと消えてしまうのだ。

 

「仕方ない。 上手い手作り菓子を期待してたんだが、今日は諦め様。 」

 

モリソンは、大袈裟に肩を竦めると、来客用のソファーに腰を降ろした。

 

「んで? 何しに来たんだよ? 」

 

どうせ、つまらない仕事内容である事は判り切っている。

ライドウは、無資格者であるダンテが、悪魔と拘わる仕事を請け負う事を良く思っていない。

CSI(超常現象管轄局)や、街を仕切っている秘密結社(イルミナティ)に目を付けられる事を恐れているからだ。

 

「キャピュレット・シティーて街を知っているか? そこの市長の娘が、最近質の悪い男に付き纏われているらしい。 娘も大分、迷惑しているみたいだから、なるべく穏便に追い払って欲しいそうだ。 」

 

予想通りのありきたりな依頼内容。

此処、最近、悪魔の出現率がガクリと落ちている為か、ソレ絡みの仕事は殆ど起きる事が無い。

まぁ、起きたとしても、ライドウが目を光らせている以上、悪魔絡みの仕事は持って来れないのだが。

 

モリソンが、依頼内容が記されている書類を黒檀のデスクの上に置く。

デスクの上に置いていた両脚を降ろし、書類が入っているA4サイズの茶封筒を手に取る。

中身は、依頼主であるヘイゲル家の家庭事情と、娘―アンジェリナに関する情報。

そして、彼女に付き纏っているストーカー、ブラッドという名前の20代半ばと思われる青年の写真であった。

 

 

 

 

キャピレット市、セントラルパーク。

中央広場から少し離れた人気が余りない森林公園内。

その場所に、隻腕の小柄な少年・・・・超国家機関『クズノハ』最強の召喚術士と謳われる17代目・葛葉ライドウが足を踏み入れていた。

彼は、周囲の気配を慎重に探りながら、一際、大きなブナの木の前で立ち止まった。

 

ブナの木の根元には、通常の人間では視認不可能な小さな淀みが溜っていた。

ライドウは、腰に下げてあるナイフケースから、銀色に光るアセイミナイフを取り出すと、口内で小さく何事かを呟く。

そして、何の躊躇いも無く、深々とナイフの切っ先をその淀みへと突き刺した。

淀みは真っ黒いガス状の瘴気を噴き出すと、跡形も無く消えていく。

そこだけ重かった空気が、心無しか軽くなった様に感じられた。

 

「ふぅ・・・・・。 」

 

額に溜まった細かい汗を、洋服の袖で乱暴に拭う。

彼が今している事は、現世と幽世(かくりょ)の歪みを修正しているのであった。

このまま歪みを放置していると、周りの瘴気を取り込み巨大化、最後は、魔界へと続くヘルズゲートにまで成長してしまう。

そうならない為に、ライドウは、レッドグレイブ市又は、隣の都市部まで足を運び、こうして淀みを浄化する措置を行っているのである。

 

「無理しちゃ駄目だよ? まだ、完全に治った訳じゃないんだからね? 」

 

主人の肩に座った小さな妖精が、心配そうに主の顔を覗き込む。

マベルの言う通り、今のライドウは、とても本調子とは言えない状態であった。

魔力特化型の彼にとって、常に魔力を循環出来る番の存在は、必要不可欠だといえる。

しかし、今はその番を失い、枯渇状態。

体内に寄生している腹中蟲が、その代役を担っているが、所詮、呪術によって生み出された式神の力。

得られる魔力などたかが知れていた。

 

「大丈夫、後数か所、怪しい場所を回ったら、素直に帰るよ。 」

 

アセイミナイフを腰のケースに戻し、ライドウは何時もの笑顔を浮かべた。

しかし、彼が相当無理をしているのは、誰の眼から見ても明らかだ。

 

その時、不穏な気配を二人は感じた。

 

 

 

市内を一望出来る展望台の一区画。

そこに二人の男女がいた。

 

 

 

「ブラッド! お願い私と一緒に逃げて! 」

 

此処、キャピュレット・シティーの市長、マイク・ヘイゲルの一人娘、アンジェリナ・ヘイゲルは、眼鏡を掛けた長身の優男に抱き着いた。

 

「落ち着いて、一体どうしたんだい? 」

 

極度の興奮状態にあるアンジェリナを優しく宥める眼鏡の優男―ブラッド。

腕の中の恋人は、両目に涙を溜めて、自分よりも頭一つ分以上高い優男を見上げる。

 

「お父様が、誰かを雇ったみたいなの・・・・貴方を殺せって・・・・。 」

「殺す・・・・? 僕を・・・・・? 」

 

ブラッドから身体を離したアンジェリカがポツリポツリと、事の経緯を話し始める。

 

前々から自分達の関係を知っていた彼女の父、市長のマイクは、ブラッドを危険視していた。

興信所を使って彼の身辺を探らせたのだ。

その結果、ブラッドが最近、キャピュレット市で頻繁に起きている通り魔事件と深い拘わりがある事が分かった。

 

「お父様は、貴方が通り魔事件の犯人じゃないかって疑ってるわ。 警察の知り合いにも話はしているみたいなんだけど、状況証拠だけじゃ動けないって・・・だから荒事専門の人間を雇って、貴方に酷い事を・・・・。 」

「アンジェリカ・・・・・。 」

 

マイク・ヘイゲルにとって、アンジェリカは大事な一人娘だ。

妻に先立たれ、男手一つで彼女を育てたのである。

それ故、彼女に対する愛情は誰よりも深く、不審な輩が娘に近づくのを最も嫌う。

ヘイゲル市長がこんな強硬手段に出るのは、矢無負えないと言えた。

 

 

ブラッドが震えるアンジェリカの肩に触れようとしたその時であった。

二人がいる展望台の木陰から、人影が現れる。

まるで軍服の様な漆黒のキャソックに、同じく黒の皮手袋。

緑色の色眼鏡を掛け、長い黒髪を後ろで束ねている。

 

鍛え上げられた逞しい体躯を持つその男は、一つ大きな欠伸をすると、如何にも面倒臭そうに、ブラッドとアンジェリカを眺めた。

 

「何だよ? 上級悪魔だって聞いたのに、いるのは下級悪魔のゴミばっかじゃねぇか・・・・。期待外れも良いとこだなぁ・・・全く。 」

 

黒髪の男が両肩に下げている深紅のストラを見た瞬間、ブラッドの顔色が変わった。

金の刺繍糸で縫われた二つの雷に槌の紋章。

悪魔を情け容赦無く殺戮する狂気の集団、ヴァチカン第13課・・・・・異端審問官(イスカリオテのユダ)だ。

 

「ブ、ブラッド? 一体どうしたの!? 」

 

尋常ならざぬ想い人の狼狽振りに、アンジェリカは意味が分からず秀麗な眉根を寄せる。

今、自分達の目の前にいる男は、父親が雇った荒事師ではない。

確かに父も自分も敬虔なクリスチャンであるが、こんなならず者みたいな神父の知り合いなどいない。

 

 

「まぁ、・・・・てめぇをとっ掴まえて、ボスの居場所を吐かせりゃ良いんだからな。 言っとくけど、仲間の助けが来るのは期待しない方が良いぜ? なんせ、俺が全部ぶっ殺しちまったからなぁ。 」

 

そんな二人の様子など意に介さず、黒髪の男は、懐からシガーケースを取り出す。

一本、引き抜き、口に咥えると愛用のジッポライターで火を点けた。

 

「た、頼む、僕はどうなっても構わないから彼女だけは助けてくれないか? 」

「あぁ? 」

 

予想外なブラッドの申し出に黒髪の男は胡乱気に応えた。

 

「彼女は、普通の人間なんだ・・・僕の事を何も知らない・・・お願いだ!何でもするから、彼女だけは助けてくれ! 」

 

異端審問官に見つかった以上、逃げる事は恐らく不可能だろう。

男の言葉を信じるならば、仲間の悪魔達は全て殺された。

ならば、せめて愛しいアンジェリカだけでも救いたい。

 

 

「ぷっ、ひゃひゃひゃひゃ! なーんだそりゃ? ゴミクズ悪魔が、人間の女と恋愛ごっこかよ? 」

 

 

しかし、そんなブラッドの懇願を、黒髪の異端審問官は、下品な声で笑い飛ばした。

そして、魔法の様な素早さで、デザートイーグル並みの大型拳銃”ルーチェ”を取り出す。

 

「悪魔と拘わった以上、その女も同罪だ。 仲良く神罰喰らわせてやるから、感謝しろよ? 」

「・・・・・っ! 」

 

狂信者に何を言っても通じる筈がない。

ブラッドは舌打ちすると、己の躰を盾代わりに、アンジェリカの前に出た。

 

「ブラッド!!? 」

「アンジェリカ、僕が奴の気を引き付けている間に君だけでも逃げるんだ! 」

 

こんな行為は気休め程度にしかならない事等、百も承知だ。

異端審問官の男が漂わせる雰囲気は、上級悪魔のソレを遥かに凌いでいる。

下級悪魔でしかない自分では、囮になるどころか一瞬で狩られてしまうだろう。

 

 

そんな緊張感が高まる場の雰囲気を、間抜けなくしゃみがぶち壊した。

3人の視線が、不敬な闖入者へと注がれる。

展望台の入り口に片目、片腕の10代半ばぐらいと思われる日本人の少年が立っていた。

 

 

「うー、やべっ、風邪引いちまったかなぁ? 」

 

小さな妖精を肩に乗せた少年は、洋服の袖で鼻を拭う。

そして、改めて巨銃を突きつける男と二人の男女へ視線を向けた。

 

「お? どこのチンピラかと思ったらマー君じゃねぇの? 暫く見ない間に随分と立派になったなぁ。 」

「じゅ、17代目・葛葉ライドウ・・・・? 」

 

少年の顔を見た瞬間、今度は異端審問官が焦り始めた。

それもその筈、超国家機関『クズノハ』最強と謳われる悪魔召喚術士が、よりによってこんな異国の地にいるなど、誰が想像出来るだろうか?

 

 

「お前ん所の馬鹿兄貴は元気にしてるかぁ? 3年前は随分と世話になっちまったからな。 今度、菓子折り持って挨拶しようと思ってたんだぁ。 」

 

ニコニコと殺伐とした場の雰囲気を完膚なきまで叩き壊してくれる。

マー君・・・・、異端審問官第9席、射場守ことZEROは、忌々しそうに舌打ちした。

 

「何でアンタがこんな所にいるんだ?何て阿保らしい質問する気はねぇ。 今は大事な任務中なんだ・・・・邪魔するとアンタのドタマに風穴開けるぜ?人修羅さんよぉ。 」

 

音速の速さで双子の片割れ”オンブラ”を背のホルスターから引き抜き、狙いをライドウの眉間に定める。

こんな化け物相手にハンドガンが通用するとは到底思えない。

しかし、邪魔をするなら優男の心臓に鉛の弾を容赦なくぶち込むつもりだ。

 

「訳ぐらい聞かせてくれても良いだろ? 任務の内容によってはお前等を手伝ってやっても構わないんだぜ? 」

 

話の流れに全くついて行けず、戸惑う二人の男女に視線を向けながら、ライドウは呆れた様子で溜息を吐いた。

 

「アンタ馬鹿か? 俺等は極秘任務してんだよ。 話せる訳がねぇだろうが。 」

 

異端審問官が担う役目は、どれも国家機密に該当する内容だ。

ライドウも組織の人間であるならば、それぐらい理解していても不思議ではない。

それなのに、態々、機密扱いの任務内容を喋れという。

ZEROの頭に軽い頭痛が襲った。

 

「そっか・・・・・なら、余計にその二人は渡せないな。 」

 

右手首に仕込んだクナイを取り出す。

白い包帯越しに光る蒼い魔眼。

異端審問官の背筋をゾクリと、何とも表現し難い怖気が走る。

 

 

『もう良い・・・・その場は一旦引け、ガンスリンガー。 』

「フランベンジュ。 」

 

不図、ZEROの右耳に付けられているインカムから、無線が入った。

彼のパートナーである異端審問官、第7席、コードネーム『炎の剣(フランベンジュ)』こと、ケン・アルフォンス・ラ・フレーシュだ。

 

仲魔の眼を借りて、事の事態を知った彼は、自分の番に連絡を入れて来たのだ。

 

『”クズノハ”と事を構える気はない。 それに、その男は君の兄上の大事な友人だ。怪我をさせると博士が哀しむ。 』

「ち、糞馬鹿兄貴が・・・・・。 」

 

ZEROは、此処には居ない歳の大分離れた兄のニヤケ面を思い出し、悪態を吐いた。

魔法の様な素早さで、二丁の巨大なハンドガンを背のホルスターへと収めると、悪魔使いが立っている展望台入口へと歩を進める。

 

 

「今は見逃してやるけどな。 次はねぇと思えよ? 」

「おっかないねぇ・・・・兄貴の流とは大違いだ。 」

 

すれ違い様交わされる軽口の応酬。

ZEROは、苛正し気に舌打ちすると、展望台から姿を消した。

 

 

 

アンジェリカの住む高級住宅街。

展望台での一件で、騒ぎを聞きつけた野次馬連中が集まって来た為、三人は急いでその場を後にした。

ブラッドの提案で、アンジェリカを一番安全な彼女の屋敷へと送り届ける。

当初は、帰りたくないと駄々をこねていたが、恋人に優しく諭され、仕方なく彼女は自分が住む屋敷へと戻って行った。

 

 

 

「アンジェリカと知り合ったのはつい数週間前でした。 」

 

繁華街から少し離れたカフェバー。

カウンター席に華奢な体躯をした隻眼の少年と眼鏡の優男が座っている。

 

「家の門限に遅れそうになった彼女は、誤って階段を踏み外して足をくじいてしまったんです。 」

 

階段から落ちたアンジェリカは、捻挫し、痛みで動けなくなってしまった。

そこを偶然、ブラッドが通りかかったのである。

捻挫の痛みで家に帰れず困り果てていた彼女を、得意の治癒魔法で治してやった。

それが縁となり、度々、父親の眼を盗んでは、逢瀬を繰り返していたのであった。

 

「成程ねぇ・・・・恋愛映画によくあるパターンだぜ。 」

 

アンジェリカとブラッドの出会いの経緯を黙って聞いていたライドウは、注文したジンジャーエールを一口飲む。

そういえば、今日は色々あり過ぎて、もう既に夕食の時間を過ぎている。

ダンテの奴は、ちゃんと飯を喰ったのだろうか?

そんな下らない疑問が頭に浮かびそうになり、慌てて打ち消した。

 

「こんな事を貴方に言っても信じてはくれませんが、 僕は本気で彼女を愛しています。 出来る事なら、彼女と一緒に生きて行きたい。 」

「無理だな。 」

 

ブラッドの細(ささ)やかな願いを、ライドウは無下に切り捨てた。

一瞬、凍り付くブラッド。

しかし、直ぐに諦めたかの様な溜息を零す。

 

「分かっています。 僕は、主人の情けによって生かされている存在です。 下級悪魔の僕が、こうして飢えを知らずに生きていられるのは、全て主のお陰・・・・後ろ盾を失えば、僕は・・・・・。 」

 

マグネタイトが枯渇し、実体化すらも出来なくなる。

そうなれば、待っているのは死だけだ。

 

「どっちみち、異端審問官に目を付けられた時点で僕は終わっているんです。 貴方はもう気づいているみたいですね? 僕の契約が破棄された事を・・・。 」

「・・・・・。 」

 

蜥蜴の尻尾切り。

ブラッドを使役している召喚士は、自分の使い魔が次々と殺されている事を既に把握している。

そして、異端審問官のエージェントが、ブラッドの前に現れた事も。

被害が此方に及ぶ前に、ブラッドの口を封じるのは定石である。

 

「もし・・・・もし、貴方に情けがあるのなら僕を・・・・・。 」

「仲魔にするつもりはない。 生憎、俺の持ってるストック数は満杯なんだ。余計なお荷物をしょい込む余裕なんてねぇよ。 」

 

ライドウは、ジンジャーエールのグラスを一気に飲み干すと、カウンター席から立ち上がる。

薄情な事を言っているのは十分理解している。

しかし、いくら主の命令だったからとはいえ、通り魔に見せかけて人を殺し、不当にマグネタイトを回収していた事実は許せない。

 

「お前が素直に魔界に帰るというのなら、俺は喜んで手を貸してやる。 だが、未だに現世に未練を残し、アンジェリカに付き纏う様なら・・・・。」

 

悪魔使いは、自分のメールアドレスと携帯番号が掛かれたメモ用紙をブラッドの目の前に置く。

もし、現世に残り、市長の娘に手を出すなら容赦なく狩る。

そう、無言の威圧を残して店を出た。

 

 

 

仮の自宅であるダンテの事務所に帰る帰路の途中。

仲魔のマベルが、我慢出来ずに主人の悪魔使いに話し掛けて来た。

 

「ねぇ?本当にこれで良かったのかな? あの二人を放っておいて大丈夫なの? 」

 

アンジェリカとブラッドの事が心配で堪らない。

ブラッドとライドウの会話を邪魔しない様に、黙って傍らで聞いていたが、同族が苦しむ姿は見ていて楽しいモノではない。

 

「13課(イスカリオテのユダ)が出て来た以上、俺のやるべき事は何一つとして無い。 奴等の目的が何かはさっぱり分からねぇが、キャピュレット市で起こっている通り魔事件の犯人を追い掛けている事は間違いないだろう。 後は彼等の仕事だ。 」

 

ライドウもまた、彼等と同様、ヴァチカンと事を構える気は毛頭ない。

彼等がこの一件を穏便に解決出来るかは、甚だ疑問ではあるが、自分が所属する組織、『クズノハ』と同じく、人類の護り手である事に変わりはないのだ。

通り魔を無事、討伐出来れば、素直に本国へと還るだろう。

 

すっかり暗くなった路地を歩くライドウの背後から、車のクラクション音が聞こえた。

振り返るとかなり年季の入ったビートル車が、少年の傍らにピタリと寄って来る。

 

 

「いよぉ、ライドウ。 良かったら事務所まで送って行くぜ? 」

 

運転席側の窓ガラスを降ろして話しかけて来たのは、黒人の仲介屋―J・D・モリソンだ。

何気に後部座席の方に視線を移すと、案の定、銀髪の大男・・・ダンテが大分不機嫌そうに頭の後ろに両腕を組んで、シートに座っていた。

 

 

 

 

「一体、何を考えていやがる? 」

「へ? 」

 

隣の席に座る隻眼の少年を、怒りを露わにしたアイスブルーの瞳が睨みつけて来た。

銀髪の青年が一体何に対して怒っているのか皆目見当がつかないライドウは、間抜けな声を上げる。

 

「とぼけんじゃねぇ、 アンタがさっきまで一緒にいた眼鏡男についてだ。 」

 

どうやら、セントラルパークの展望台で助けたブラッドの事を言っているらしい。

何処から見ていたのかは知らないが、彼と一緒にカフェバーに行った事が相当気に喰わない様だった。

 

「おい、ダンテ。 ちゃんと説明してやらないとライドウが可哀想だろ? 」

 

愛車のビートルを路肩に停めると、仲介屋は数枚の書類が入ったA4サイズの茶封筒を片腕の少年に渡す。

そして、今回の依頼内容を丁寧に話始めた。

 

 

 

「成程ね・・・・・市長の大事な一人娘を、通り魔の疑いがある正体不明の男から護って欲しいか・・・・。 」

 

モリソンの説明をある程度聞いたライドウは、望遠カメラで撮影されたと思われるブラッドの写真を封筒にしまうと、運転席にいる仲介屋へ返した。

 

「そ、そんで、市内で目的の男を見つけたは良いが、その隣に歩いていたのが、何とお前さんだったという訳だ。 」

 

カフェバーへと入る二人の姿を目撃したモリソンは、大層驚いたそうだ。

因みに後部座席に座っている銀髪の大男が、鬼の形相だった事は、この際言わないでおく。

 

「・・・・・悪いが、この依頼は既に解決してる。 市長の娘さんに付き纏っている不埒な優男は、二度と現れないし、近隣住民を襲っている通り魔もすぐ捕まるだろう。 」

「何でそんな事がアンタに分かるんだ? 」

 

事の次第によっては唯では済まない。

そんな剣呑な雰囲気を前面に押し出して、ダンテは隻腕の少年に言った。

 

「詳しい事を説明する気はねぇよ。 兎に角、この依頼は万事解決。 マイク市長も枕を高くして寝られるってなもんだ。 」

「てめぇ・・・っ! 」

 

茶化すライドウに怒り心頭なダンテは、思わず悪魔使いの胸倉を掴み上げる。

それを初老の仲介屋が慌てて止めた。

 

「頼むから狭い車内でおっぱじめるのは勘弁してくれ。 痴話喧嘩するなら、事務所に帰ってから幾らでもしてくれよ。 」

「ちっ・・・・。 」

 

モリソンの言葉に忌々しそうに舌打ちしたダンテは、掴んでいたライドウの胸倉を離す。

そんな二人の様子に、小さな妖精が呆れた様な溜息を一つ零した。

 

 

展望台での一件後、自宅であるヘイゲル邸へと戻ったアンジェリカは、父親であるマイクに平手打ちを受けた。

門限を破った上に、あれ程、会うなと忠告していたブラッドと密会している事が知られてしまったのである。

娘の身の上を誰よりも心配している父・マイクの怒りは、当然だと言えた。

 

 

「大丈夫ですか? お嬢様。 」

 

屋敷で働く下男の年若い赤毛の青年が、アンジェリカに冷たい水で絞ったタオルを渡す。

 

「有難う・・・・大丈夫よ。お父様に怒られるのは何時もの事だから。 」

 

自室のベッドに腰掛けたアンジェリカは、差し出されたタオルを受け取り笑顔を下男へと向けた。

 

父・マイクから厳しく躾けられているアンジェリカにとって、体罰は日常茶飯事である。

しかし、父が殴るのはあくまで自分に非があった時だけ。

それ以外は、誠実などの家庭よりも愛情深い人物である。

 

「旦那様は、とても素晴らしい方です。 市民達からも信頼が厚くて、僕と同じ様にこの屋敷で働く人達は、全員、あの方を慕っている。 でも、いくら旦那様でも女性の顔を殴るのはやり過ぎです。 」

 

つい先程、起こった出来事が余程、この青年にはショッキングに映ったのだろう。

眉根を寄せて不快感を露わにしている。

 

「ケン・・・・貴方はとても優しいのね。 」

 

濡れたタオルで、腫れた頬を押さえたアンジェリカが、目の前に立つ赤毛の青年・・・・ケン・アルフォンソを見つめた。

 

数か月前から、この屋敷で働き始めているこの青年は、アンジェリカと歳が近く、心根が純粋で優しい為、彼女の愚痴や不満を良く聞いてくれる。

彼女にとっては、弟みたいな存在であった。

 

 

「あ、もうこんな時間だ。 すぐに夕食をお持ちしますね? 」

 

自室の壁に掛けられた時計の時刻を見たケンは、慌てた様子で出て行った。

後に残されるアンジェリカ。

それまで抑え込んでいたブラッドへの想いが溢れかえり、熱い涙が頬を濡らす。

 

逢いたい・・・・彼に・・・。

でも、それは決して叶わぬ願いである。

父・マイクは、ブラッドの事を通り魔の犯人だと勝手に決めつけ、信じている。

確かに犯行現場に、眼鏡を掛けた優男の姿を目撃した、という報告が多数ある事は事実だ。

そして、昼間、展望台で起きた黒いキャソックを纏ったならず者風の神父。

 

彼女の心の中で、ブラッドを信じたい気持ちと疑う気持ちが激しく闘っている。

声を必死に抑えて泣くアンジェリカ。

その嗚咽をドア越しに、赤毛の下男・・・・ケン・アルフォンソが聞いていた。

 

 

 

夕食後、アンジェリカは、自室のベッドの上で眠れぬ夜を過ごしていた。

頭に浮かぶのは、想い人のブラッドの事ばかり。

彼女の自室のドアには、頑丈な南京錠が掛けられている。

父・マイクが執事のクリス・オラムに命じて付けさせたものだ。

多少、酷いとは思うが、娘を想うが故にした仕置きであった。

 

「誰!! 」

 

突然、南京錠の鍵を開けて、自室に誰かが入って来た。

屋敷で働く年若い青年・・・・・ケン・アルフォンソだ。

赤毛の下男は、ドアを開けるとそのままばたりと床に倒れてしまう。

 

「一体どうしたの!!? 」

 

ベッドから飛び降りたアンジェリカは、急いでケンの元に近づき抱き上げた。

額から血を流しているのか、彼女の手に血糊がべったりと付着する。

 

「だ、旦那様が・・・・・怪物に・・・・。 」

 

下男は、それだけ伝えるとガックリと気を失った。

見ると脇腹にも怪我を負っているのか、白いシャツが血でどす黒く変色している。

恐らく、過剰に出血を起こしている為、貧血状態になったのだ。

 

「ケン!ケン!!ああっ、何て事なの!!? 」

 

下男の血で、寝間着が汚れるが、今の彼女にそれを気に掛ける余裕は、まるで無かった。

取り敢えず、父の安否を確認する為、下男を床へと寝かせると一階の広間へと向かう。

階段を駆け下り、玄関ホールを真っ直ぐ進んで、暖炉のある広間へ。

大きなドアを開けた瞬間、まずアンジェリカの眼に飛び込んだのが、魔法陣の上で頭から血を流して倒れる父、マイク・ヘイゲルの姿が映った。

 

 

 

深夜、キャピュレット市、高級住宅街。

如何にも金持ちが住んでそうな屋敷が並ぶ通りを、片手、片目の少年と深紅のロングコートを纏う銀髪の青年が歩いていた。

 

「だぁああああかぁああらぁあああ、何でお前が付いて来るんだよ! 」

 

歯茎を剥き出しにした悪魔使いが、物凄い形相で後ろを歩く青年を振り返った。

 

「徘徊老人が心配でな・・・迷子になっちまわないように監視してるんだよ。」

 

ギリギリと威嚇する悪魔使いに対し、魔狩人がしれっと応える。

 

モリソンが運転するビートルで、便利屋事務所へと戻った二人。

事の経緯をしつこく聞き出そうとするダンテを適当にあしらい、アンジェリカが無事か確かめる為、便利屋事務所をコッソリと抜け出した。

しかし、今度は上手くはいかなかったみたいである。

 

 

「依頼は終了したって何度言えば判るんだ! お前が出る幕何て今回はないの! 大人しくお家に帰んなさい! ハウス! 」

 

蟀谷に青筋を立てた悪魔使いが、便利屋事務所のあるレッドグレイブ市の方向を指差す。

しかし、当のダンテは全く意に介する様子は無かった。

 

「じゃぁ、何でアンタはヘイゲル邸に向かっているんだ? 市長の娘が心配だから様子を見に行くんじゃねぇのかよ? 」

 

ライドウの考えている事等全てお見通しだ。

自分だけ蚊帳の外何て、正直面白くも糞も無い。

 

「・・・・余計な詮索は良いから、大人しく事務所に帰れ、奴等にお前の存在を知られる訳にはいかないんだよ! 」

「奴等・・・・・? 」

 

思わず口を滑らせた事に気が付き、ライドウはバツが悪そうな表情になった。

しかし、納得がいく説明をしなければ、この青年は決して引き下がらないだろう。

諦めて全てを話そうとしたその時であった。

ライドウの視界の隅に、眼鏡を掛けた長身の男性の姿が映る。

下級悪魔のブラッドだ。

 

「・・・!アイツ!! 」

 

結局、アンジェリカの事が忘れられず、もう一度、彼女に逢おうと、ヘイゲル邸へと訪れたのだろう。

悪魔使いは、銀髪の大男を押しのけると、屋敷の正門前に立つ眼鏡の優男へと近づいた。

 

「この馬鹿野郎が!死にたいのか!! 」

 

無遠慮に優男の胸倉を掴むライドウ。

しかし、ブラッドに脅えの表情は微塵も無かった。

此処まで来るのに相当マグネタイトを消費したのだろう。

まるで死人の様な蒼白い顔で、苦笑いを浮かべている。

 

「僕は・・・・アンジェリカを愛してる・・・・貴方の好意を裏切って大変申し訳ないが・・・一人で魔界に還るつもりはありません。 」

 

ブラッドは死を覚悟していた。

召喚士に見捨てられた時点で、彼の命運は既に決まっていたのである。

このまま此処に居れば、明け方には体内のマグネタイトが無くなり、塵へと還るだろう。

しかし、愛する女性の温もりが感じられるこの場所で死ねるなら、本望ではないのだろうか?

 

「今すぐ異界の扉を開いてやる! 四の五の言わずに大人しくホームへ帰れ! 」

「嫌です・・・・あんな所に還るぐらいなら死んだ方がマシだ。 」

 

怒りと焦りで歪む黒曜石の瞳と、深い悲しみに満ちたダークグリーンの瞳。

そんな二人の様子を傍らで眺めているダンテ。

ブラッドとライドウの間に一体何があったかなど、知る由もない。

しかし、原因は判らないが、眼鏡の優男は大分弱っている。

ライドウが、魔界に彼を帰したいのは、そこに理由があるのかもしれない。

 

睨み合う二人に、ダンテは割って入ろうとする。

そんな彼の耳に、若い女性の悲鳴が聞こえた。

 

 

ヘイゲル邸、大広間。

床に巨大な魔法陣が描かれ、その上で頭から血を流し倒れるマイク・ヘイゲル市長。

そのすぐ傍らでは、娘のアンジェリカが執事のクリスに背後から短剣を突き付けられていた。

 

 

「こ、これは一体どういう事なの? クリス・・・・どうして貴方が・・・・。 」

 

この初老の執事は、彼女が幼い頃からお世話になっている人物だ。

温厚で人当たりが良く、父親のマイクからの信頼も厚い。

また、新人教育にも長け、屋敷で働く使用人達は、全員、彼を頼りにしていた。

 

 

「くくっ・・・・先代・・・つまり貴方の御爺様・・・アレク・ヘイゲル様を恨んでください。 あの男のせいで、私の家族・・・否、私の人生全てが滅茶苦茶にされた。 」

 

温厚な仮面を脱ぎ捨て、醜悪な本性を晒すクリス。

 

マイクの父、アレク・ヘイゲルは、かつて裏社会では有名な高利貸しであった。

暴利な金利を要求しては、悪質なやり方で取り立て、家財全てを奪っていく。

またマフィアとも繋がりがあり、脱税や犯罪で儲けた金を綺麗に洗浄する掃除屋紛いの事までしていた。

 

かつてクリスは、街外れで小さな工場を経営していた。

不況の煽りを喰らい、多額の負債を抱える事になってしまったクリスは、アンジェリカの祖父から、金を借り、それにより、苛烈極まる取り立てを受けて、工場と家、そして大事な家族までも失ってしまったのである。

 

 

「一度は、忘れてやり直そうとも思ったんですよ? でも、駄目でした。 あの市長選が私の復讐心に火を点けてしまったんです。 」

 

街が選挙で賑わう中、掃除夫にまで身を落としたクリスは、広場の壇上で演説をするアンジェリカの父を目撃した。

その傍らには、車椅子に乗る家族を奪った憎い仇、アレク・ヘイゲルと孫娘のアンジェリカ。

彼の視界が、怒りで真っ赤に染まったのは言うまでもない。

 

「嘘よ・・・・御爺様がそんなこと・・・・・。 」

 

アンジェリカの記憶の中に居るアレクは、とても優しく、思慮深い人物である。

初孫である彼女を心から可愛がり、怒ったところなど一度も見せる事は無かった。

 

「まぁ、信じる信じないは貴方次第です・・・・それでは、仕上げといきましょうか。 」

 

クリスは、アンジェリカの喉元にナイフを突きつけたまま、ポケットから掌に収まるぐらいの大きさをしたスマートフォンを取り出す。

何桁が番号を打ち込むと、それに呼応するかの如く、床に描かれた法陣が禍々しく輝き始めた。

 

「い、一体何を!!? 」

「ふふっ、貴方は初めて見るんでしたね? 悪魔を呼び出すんですよ・・・・七つの大罪に比肩(ひけん)する魔神の一柱・・・ベルフェゴールをね。 」

「あ・・・悪魔・・・・? 」

 

狂気に濡れた執事の双眸に、言い知れぬ怖気が走る。

悪魔など、人々が思い描いた架空の生物だとばかり思っていた。

しかし、悪魔は実在していたのである。

ガクガクと恐怖で震える両脚。

アンジェリカの目の前で、巨大な魔法陣から、異形の姿をした怪物が徐々に姿を現す。

 

「ハハハハハッ! 感謝しますぞ! 我が君、魔神皇! 貴方のお陰で、我が復讐は成就する!! 」

 

あの男が造った街を完膚なきまで破壊し尽くしてやる。

勝利を確信した執事の哄笑を、広間のドアをぶち破る銃声が引き裂いた。

樫の木で造られたドアが、四方に砕け散る。

中から現れたのは、真紅のロングコートを纏う銀髪の大男であった。

 

「き、貴様、何者だ!! 」

 

折角の宴を邪魔され、初老の執事が怒りを露わに、銀髪の大男を睨みつける。

 

「おっと、悪い。 どうやらノックが強すぎたみたいだ。 」

 

両手に大型拳銃を持つ銀髪の男、ダンテが大袈裟に肩を竦める。

その肩口から、光る何かが飛んで来た。

銀色に鈍く光るクナイだ。

鋼の凶器は、アンジェリカを羽交い絞めにしている執事の右肩に深々と根元まで突き刺さる。

 

「ぐわぁあああ! 」

 

予想外の攻撃に、悲鳴を上げる執事のクリス。

その隙に、広間の窓を破って室内に入り込んだブラッドが、茫然自失としているアンジェリカを奪い取る。

 

「き、貴様等ぁ!! 」

 

ライドウが投擲し、突き刺さったクナイを押さえ、クリスが怒りの咆哮を上げる。

 

一方、魔法陣では、何ら罪もない人々から集めたマグネタイトを喰らい、七つの大罪の一柱・堕天使 ベルフェゴールがその姿を現していた。

雄々しき二本の角に、牡牛の如き相貌。

全身が硬い毛で覆われ、背には巨大な蝙蝠の翼。

両腕には鎖が巻かれ、鋭い鉤爪が、獲物を引き裂かんと耳障りな音を立てている。

 

ダンテと、その背後にいる悪魔使いを獲物と判断した堕天使は、八つ裂きにして喰らわんと、猛然と襲い掛かって来た。

その時・・・・・。

 

ドン!ドン!ドン!

 

周囲の空気を震わせる銃声。

牡牛の角が爆ぜ割れ、身体から紫色の体液が噴き出す。

 

「ち、アンタのせいで出遅れちまったじゃねぇかよぉ。 」

 

ライドウ達の頭上を軽々と飛び越え、一人の男が降り立った。

対物ライフル・・・アンチマテリアルライフルを両手に持つ漆黒のキャソックに深紅のストラを両肩に下げた黒髪の神父。

ヴァチカン13課、異端審問官第9席、コードネーム『ガンスリンガー』こと、ZEROだ。

 

「何だ? コイツは・・・? 」

 

突然の闖入者に、ダンテが胡乱気な表情になる。

しかし、緑の色眼鏡を掛けた神父は、魔狩人の存在などまるで意に介していない様子であった。

執事のクリスが立つ背後、その暗闇に向かって大分、不機嫌な声を掛ける。

 

「おい、何時までそこで高見の見物してんだぁ? いい加減、仕事しろぉ、仕事ぉ。 」

「はいはい。 」

 

暗闇の中から若い男の声がする。

月明かりに照らされる広間へと姿を現すもう一人の異端審問官。

その姿を見た途端、ブラッドの腕の中にいるアンジェリカが余りの驚きに、双眸を見開く。

広間に現れたのは、重傷を負って自分の自室で倒れている筈のケン・アルフォンソであった。

 

「ケン・・・どうして貴方が・・・・? 大怪我をして動けない筈じゃ・・・・。 」

「ああ、実をいうとこれ、全部悪魔の返り血なんです。 驚かせてすみませんね? アンジェリカさん。 」

 

血でべったりと汚れる果物ナイフを手で弄びながら、下男の赤毛の男はにっこりと笑った。

 

クリスが屋敷で働く従業員を皆殺しにする為に、解き放った悪魔達を、ケンはたった一本の果物ナイフで全て処理していたのだ。

態と悪魔に襲われた振りをして、アンジェリカの目の前で倒れたのは彼なりの演出。

従順な執事の役に徹していたクリスの本性を暴く為にした演技であった。

 

 

「貴様・・・・貴様等は・・・・。 」

 

恐怖と怒りで身体が小刻みに震える。

自分は決して失態など犯してはいなかった。

誰にも気取られずに、慎重に、慎重に行動していた筈だ。

 

主から、悪魔召喚プログラムを渡された時も、すぐにその痕跡をデーター上から消した。

使い魔達を使役し、通り魔に見せかけてマグネタイトを回収した。

ヴァチカンの狂信者共に知られる筈が無いのだ。

それなのに、何故・・・・・。

 

「嘆く事はありません。 主イエスは、例え罪人であろうと寛容な御方なのです。 貴方が心から懺悔し、悔い改めれば、イエスはお許しになってくれますよ? 」

 

冷酷に歪む唇。

これが本当に、自分を姉として慕ってくれた下男なのだろうか?

アンジェリカは、恐怖で震えながら、目の前に立つ赤毛の青年を見つめる。

 

 

「今のうちにマイク市長を回収して、此処からずらかるぞ。 」

 

ダンテの背を叩き、ライドウが言った。

 

「あ? 何言ってやがる。 獲物を横取りされて黙ってろっていうのか? 」

 

突然、現れた何処の馬の骨とも知れない連中。

此処の所、悪魔と戦えずフラストレーションが溜まり捲っているのだ。

黙って獲物を譲ってやる程、お人好しにはなれない。

 

「最初から、この事件は彼等のヤマだったんだ。 俺達が出る幕何て無かったんだよ。 」

 

訝しむダンテを他所に、ライドウは頭から血を流して気を失っているマイク市長の元へと向かう。

悪魔使いの言っている意味がまるで分からない銀髪の青年は、舌打ちすると仕方なくその後へと従う。

 

「うわぁあああ! 死ねぇ!死ねぇ! ヴァチカンのイカレた殺人鬼共ぉ!! 」

 

クリスは、余りの恐怖で発狂していた。

主人の命に従い、縦横無尽に暴れ回る角を折られた牡牛の悪魔。

その攻撃を二人の異端審問官は、巧みに躱していく。

 

「いい加減、血で汚れた躰をシャワーで洗いたいんだ。 早々にケリをつけるぞ? 」

「ち、仕方ねぇなぁ。 」

 

手首に装着したアームバンド型のハンドヘルドコンピューターを機動させるケン。

ZEROは、舌打ちすると目を閉じ意識を集中する。

 

『召喚(コール)!!』

 

二人の声が同時に詠唱される。

ケンの背後から眩く光り輝く七つの魔法陣が展開。

中から、金色の鎧を纏ったメタリックな翼を持つ、7人の機械仕掛けの天使達が現れる。

高潔と美徳を象徴とする力天使・ヴァーチューズだ。

 

「跡形も無く殲滅しろ。 」

『イエス!マスター!! 』

 

聖槍を掲げ、堕天使・ベルフェゴールへと向かう力天使達。

鋭い鉤爪で応戦するが、機械仕掛けの天使達には全く通じない。

両腕を斬り落とされ、弱点である心臓を七本の槍で、同時に串刺しにされる。

時間にして僅か数十秒。

七つの大罪に属する悪魔を葬り去るには十分な時間であった。

 

「ば、馬鹿な・・・・。 」

 

目の前で四散していくベルフェゴールを前に、絶望でがっくりと床に膝を付く執事。

右肩に深々と突き刺さったクナイから、血が多量に流れ出ている。

そんな執事の前に赤毛の青年が立った。

躰を屈め、クリスの顎を乱暴に掴む。

 

「さぁ・・・・御祈りの時間です。 」

 

にっこりと、それは楽しそうに微笑む青年。

男の人差し指が、自分の額を抉るのをクリスは何処か他人事の様に感じていた。

 

 

 

キャピュレット大学病院。

 

ヘイゲル邸から逸早く脱出したライドウ達は、ダンテが馴染みにしている仲介屋のモリソンに連絡をして、大怪我を負ったマイク市長を救急病院へと運んだ。

ライドウの適切な応急措置と、治癒魔法のお陰か、ヘイゲル市長は一命を取り留め、現在、大学病院のICUへと収容されている。

 

何か言いたそうなアンジェリカを病室に残し、ブラッドとライドウ、そしてダンテの三人は、人気が少ない病院施設の中庭へと移動した。

 

「夜が明けるまでもう時間が無い。 異界の扉を開くから、大人しくホームに還るんだ。 」

 

眼鏡の青年の躰が限界なのは、誰の眼から見ても明らかであった。

肌は紙の様に白く、人の形を保てず、罅割れ、ボロボロと崩れている。

ライドウは、左眼を覆っている包帯を外すと蒼き魔眼を解放した。

異界の扉を開くには、大量の魔力を消費するが、今はそんな事を気にしている余裕はない。

 

「僕は・・・・彼女と一緒にいたかった・・・・魔界で虐げられる僕に初めて優しく接してくれた・・・・魔界に還れば、もう二度と彼女に会えなくなる・・・そんなのは・・・。」

「お前が死ねば、彼女はもっと苦しむぞ。 」

 

尚も迷うブラッドをライドウが冷たく突き放す。

 

「例え生きる場所は違えど、いずれ時が経てば回り逢うチャンスは必ず訪れる。希望を持って生きるんだ。 強い想いは必ず報われる。 」

「人修羅様・・・・。」

 

眼を見張るブラッドに優しい笑みを浮かべると、ライドウは扉を開ける為の呪文を口内で小さく詠唱する。

しかし・・・・。

 

「困るんだよなぁ・・・そういう勝手な事されちゃうと。 」

 

詠唱を中断され、霧散する魔法陣。

一同が、声のした方向を見つめると、漆黒のキャソックを纏い、両肩に深紅のストラを垂らした赤い髪の青年が此方に近づいた。

ヴァチカン13課、異端審問官第7席、ケン・アルフォンス・ラ・フレーシュだ。

 

背負った大剣を抜こうとしたダンテをライドウが手で制する。

 

「何しに来た? 任務はとっくに終わったんだろ? 」

「ええ・・・お陰様で無事、七つの大罪の一柱は討伐出来ました。 後は、事故処理をすれば全て完了ですよ。 」

「事故処理? 」

 

オウム返しにダンテが応えた時であった。

突然、ブラッドの躰が真横に吹き飛ぶ。

余りの出来事に凍り付くダンテとライドウ。

見ると倒れた眼鏡の青年の心臓部分に弾丸で撃ち抜かれた跡が残っていた。

 

「てめぇ!!!! 」

 

その様子に、怒りの声を上げたのは、意外にもライドウではなく、ダンテであった。

ライドウが止める間もなく、背負っている大剣『リベリオン』を引き抜き、赤毛の青年へと迫る。

と、突然、その大柄な躰が前のめりに倒れた。

超遠距離射撃によって左脚を撃ち抜かれたのである。

 

「対悪魔用に改造した法儀式済みの水銀弾頭です。 いくらスパーダの血族とはいえ、これを喰らったら簡単に死にますよ? 」

 

地面に倒れ伏す魔狩人を、赤毛の青年は冷たく見下ろす。

 

「ああ、それと一つ忠告しときます。 うちの狙撃手は5KM離れた場所からでも正確に標的を狙えます。なので、幾ら気配を探っても無駄ですから。 」

 

身を屈め、ブラッドの生死を確認していたライドウに向かってケンが言った。

悪魔使いが探知出来る距離は2KMまで。

流石にそれ以上となると、何処から撃って来るのか判別出来ない。

 

「化け物が・・・・・。」

「あは♡ 貴方からそんな言葉が出て来るなんて光栄ですよ。 」

 

侮蔑を多分に含んだライドウの言葉に、ケンは心底嬉しそうに応えた。

 

口惜しそうに唇を噛み締める悪魔使い。

心臓を一瞬で撃ち抜かれたブラッドは即死。

最早、実体化が保てず、身体は人の形を失い、塵へと還っている。

 

「・・・・何故殺した? 彼は己が犯した罪を悔いていた。 幾らでもやり直せたんだ・・・それを・・・。」

「ソイツは37人も人を殺してるんですよ? そのうち二人は自分の食欲を満たす為に喰っていた。 」

 

そう、ブラッドがクリスの命令で、人を殺しマグネタイトを回収していた事は、隠し様も無い事実である。

実際、殺めたのは別の仲間だったのかもしれない。

しかし、飢えの欲求に負け、仲間と一緒に人間の肉を喰らってしまった。

 

「ああ、もしかしてヘイゲル市長の娘さんの事を心配してるんですか? それなら安心して下さい。 ブラッドという悪魔に関する記憶は綺麗さっぱり消してあげました。勿論、父親のヘイゲル市長もね? 」

 

忘れるって人間の美徳ですよねぇっと、嘯き(うそぶき)ながら、ケンは実に楽しそうい真紅の双眸を細める。

 

ヘイゲル親子に関しては、屋敷に盗みに入った強盗に襲われ、怪我を負ったという偽の記憶を植え付けてある。

彼等の中に、眼鏡を掛けた優男の記憶は一片も残ってはいない。

 

「気に入らねぇな・・・・。」

 

左脚を撃ち抜かれ、水銀の毒によって再生機能を殺されている筈のダンテが、大剣『リベリオン』を杖代わりに立ち上がろうとする。

しかし、超遠距離攻撃によって撃ち出された弾丸が、杖代わりにしている大剣を弾き飛ばし、銀髪の青年を再び地面に這いつくばらせた。

 

「何が気に入らないって? 」

 

尚も立ち上がろうとするダンテを嘲る様にケンが言った。

この男は自分の立場を正確に理解しているのだろうか。

命の手綱は、此方が完全に握っているというのに・・・・。

 

「てめぇら異端審問官の汚ねぇやり口がだよ・・・。 」

 

泥で汚れた顔を目の前に立つ、赤毛の異端審問官へと向ける。

 

今から三年程前、ダンテの住むレッドグレイブ市をヴァチカン13課が所有する空中戦闘要塞が無差別に空爆した。

古の塔、テメンニグルによって発生した悪魔の群れを駆逐する名目で、である。

空爆されたスラム一番街では、僅かに生き残った人々が救助されたが、市民の殆どがヴァチカンの戦闘機による爆撃によって、悪魔諸共死亡した。

その中に、ダンテが駆け出しの便利屋をしていた頃に世話になった、銃のアキュライズを専門とするガンスミス、ニール・ゴールドスタインがいたのだ。

 

「三年前、てめぇらが無差別に爆撃してくれたお陰で、俺の大事な人間が死んだ。 婆さんは、逃げ遅れた市民を誘導する為に犠牲になったんだ・・・・。」

 

怒りと悲しみに満ちた蒼い瞳で、目の前にいる赤毛の異端審問官を睨みつける。

しかし、ケンは、常人を震え上がらせるダンテの眼力を鼻で笑い飛ばした。

 

「三年前のテメンニグル事件ですか・・・・確かに、あの時は大勢の人間が犠牲になりました。 本当に痛ましい出来事です。 」

 

地面に転がっているダンテの愛刀、大剣『リベリオン』を拾う。

大剣の鍔に施された髑髏の装飾を眺めながら、ケンの唇は弧を描く。

 

「でも哀しむ必要はありません。 彼等は神のご加護の元、天国(はらいそ)へと導かれたのです。 貴方のその大事な人間も、きっと来世では祝福された人生を送るで・・・。 」

 

そう言いかけたケンの胸倉をダンテが掴み上げた。

水銀の毒は確かに効いている筈なのに、それを全く感じさせない気迫である。

 

「止せ!ダンテ、離すんだ!! 」

 

慌ててライドウが、銀髪の青年に向かって制止の声を上げる。

しかし、ダンテは止まらない。

赤毛の青年の胸倉を掴み、自分の眼の高さまで持ち上げる。

 

「今まで色々人間を見て来たが、てめぇみたいに反吐が出そうな奴は、初めてたぜ。 」

「ぜーろ。 」

 

怒りの吐息を吐くダンテに向かって、ケンが小さく呟いた。

刹那、砕かれる銀髪の青年の手首。

人間の一般常識を超える、精密度の射撃が、ダンテの右手首を破壊したのだ。

 

「ぐあぁ!! 」

 

撃ち抜かれた衝撃で、地面に倒れるダンテ。

男の手から解放された赤毛の青年は、秀麗な眉根を寄せると態とらしく胸元の埃を叩いた。

倒れ伏すダンテの眼前に、大剣『リベリオン』を突き立てる。

 

「この世界で生きて良いのは、神に選ばれた人間だけだ・・・・・薄汚い害虫の悪魔は息をするな・・・モノを喰うな・・・声を立てるな・・・排便するな・・・生殖して子を増やすな・・・眠るな・・・臭いんだよ、汚いんだよ、見るのもおぞましいんだよ。 」

 

地を這う様な低い声。

今迄の慇懃無礼な態度は、完全になりを潜め、代わりに凄まじい狂気がオーラとなって全身を包む。

 

「今は、17代目の顔を立てて見逃してやるが、次に会ったら確実に殺す。 跡形も無く滅する・・・覚えておけ?薄汚い悪魔め。 神の命に従い人間(ひと)を護るのは、我等ヴァチカンの信徒だけだ。 」

 

言いたい事だけ言うと、赤毛の異端審問官は、ダンテとライドウに背を向ける。

去って行くその後ろ姿を見つめ、ダンテは、唇が切れる程に噛み締めた。

 




全体的に救い様が無い。
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