偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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キャラクター解説。

玄武、骸の側近『四神』の一人。
昔、ライドウが十二夜叉大将の一員だった時の代理番。
その正体は、日本の歴史の中で最強と謳われた剣豪。

アイザック、 KKK団の一員。
フォレスト一家が経営する高級プールバーの副支配人。
一応、ちょくちょく登場予定。


チャプター 11

レッドグレイブ市、商店街の大通りにあるコーヒーショップ。

そのカウンター席に片目、片腕の少年と、金色の髪が特徴的な10歳未満の少女が座っていた。

 

 

「はい、ストロベリーサンデー。 」

 

カウンター席に立つ店主らしい、いかつい体躯をした40代ぐらいの男が、金髪の少女・・・・パティ・ローエルの前に生クリームと苺をふんだんに盛り合わせたパフェを置いた。

途端に目を輝かせる少女。

スプーンで生クリームが付いたバニラアイスクリームを人さじ抄(すく)うと、口の中へと運ぶ。

 

「ううっ、美味しい! 此処のストロベリーサンデーは最高よね♡ 」

 

甘さ控えめな生クリームと甘酸っぱい苺。

そしてバニラアイスクリームとチョコのハーモニーが何とも堪らない。

 

パティは、自分の肩に座っている小さな妖精、マベルにも、スプーンで掬った苺と生クリームを食べさせてやりながら、幸せそうに笑った。

 

そんな少女を微笑ましく眺めている中性的な美貌を持つ少年。

アジア人特有の顔立ちには、左眼に痛々しい包帯が巻かれ、左腕は肩の付け根から欠損している。

この時代、サイバネ技術が発展している為か、肉体に機械的サポートをしている人間は大して珍しくはない。

しかし、少年にそういった器具はまるで無く、そのせいか、店内でも大分浮いて見える。

 

「ライドウは、食べないの? 」

 

隣に座る少年の前に置かれているのは、ミルクも砂糖も入っていないブラックのコーヒーだけだ。

そういえば、便利屋事務所に遊びに行くと何時も美味しい手作りの焼き菓子を振舞ってくれるが、少年が、自分の作ったお菓子を食べている所を一度も見た事が無い。

 

「ああ、実を言うと甘いものが苦手なんだよ。 」

 

ライドウは、大の辛党だ。

お菓子作りは、あくまでストレス発散の為に始めただけである。

 

「え? じゃぁ、何でお菓子作り何てしてるの? 」

 

パティにとっては、衝撃の事実であった。

てっきり自分が食べる為に作っているとばかり思っていたからである。

 

「死んだ嫁さんが、お菓子を作るのが好きでね・・・暇つぶしに付き合っていたら、何時の間にかハマっていたんだ。 」

「ふーん、ライドウの奥さんがお菓子作りを好きだったんだぁ・・・・・!?うぇ???奥さん!!!」

 

驚嘆で目玉が飛び出る程、見開いた少女が隣に座る片腕の少年を改めて眺める。

見た目は、10代半ばか後半辺りぐらいの少年にしか見えない。

そのライドウに奥さんがいた。

初恋の相手が髄婚者であるという事実に、パティは打ちのめされてしまう。

 

「因みに、ライドウには子供が二人いるわよ? 」

 

パティの肩に座る妖精が面白そうにニヤニヤ笑うと、そう付け足した。

 

「奥さん・・・・子供・・・・それも二人も・・・・そんな小さな躰で・・・頑張ったんだねぇ。 」

 

一体何を頑張ったのか、果たしてこの少女は理解しているのだろうか。

ショックの余り、口からエクトプラズムを吐き出している少女に、ライドウは呆れて海より深い溜息を吐き出す。

 

「うん、分かってた・・・・そういう反応が返って来る事はよぉーっく分かってた。 」

 

自慢では無いが、ライドウが結婚していて、子供が二人いるという話をすると、全員が全員、同じ様な反応を返す。

どっかのアニメの探偵小僧では無いが、見た目はひょろひょろした痩せっぽちの餓鬼だが、中身は今年、44歳になる立派なオッサンである。

 

 

 

 

「もー、好い加減にしてくれない?これじゃ、仕事にならないんだけど。 」

 

ライドウとパティの二人が座るカウンター席の斜め後ろでは、コーヒーショップのウェイトレス、シンディと、金色に染めた髪をオールバックにしている筋肉質な大男、アイザックがちょっとした諍いを起こしていた。

 

「何で俺じゃ駄目なんだよ? お前に心底惚れちまったんだ。なぁ? 付き合ってくれよ? 」

 

強面な顔を情けなく歪め、アイザックは、頬に星形のフェイスペイントをしている紅茶色の髪をしたウェイトレスに尚も迫る。

 

「だから、アンタみたいな筋肉ゴリラはタイプじゃないの、それに追っかけられるのも好きじゃないしね・・・・どちらかと言えば追いかけたい?みたいな・・・。 」

 

意地の悪い笑みを口元に浮かべたシンディが、熊男をおちょくる。

 

このアイザックという名の熊の様に大きな男。

毎日の様にシンディが働くコーヒーショップを訪れては、彼女を捕まえ、しつこく口説いていた。

しかも、彼女のシフトを全て把握しているらしく、勤務時間に合わせて来店して来る。

ハッキリ、タイプじゃない、アンタなんか好きにならないと意思表示はしているのだが、全くと言っていい程、効果が無い。

 

「なんだよ?そりゃぁ・・・・だったら、どんな男がタイプなんだよ。 」

「そうねぇ・・・・強いて言うなら本物の男。 頭が良くって、セクシーで、ワイルドで・・・でも、女にはとても優しくって、余裕があって・・・・あと可愛い人♡ ライドウみたいな男の子がタイプね。 」

「・・・・何だって・・・・・? 」

 

ウェイトレスの口から予想外な名前が出た事に、アイザックは顔色を変えた。

しかし、シンディは、そんなアイザックの様子に気が付かないのか、カウンター席に座る片腕の少年を指差す。

 

「あの綺麗な男の子よ。 最近、うちの店に来てくれる何でも屋さんなの。 商店街の角にある煙草屋のお婆さんの買い出しをしてあげたり、ジャニスの惣菜屋の看板を直してあげたり・・・そういえば、この前はひったくりを見事捕まえていたわね。 兎に角、街の困った人を助けてくれるヒーローよ。 」

 

片目、片腕の綺麗な少年は、この街ではちょっとした有名人であった。

老婆が営む煙草屋の前で迷惑行為をしていたゴロツキを追い払ったり、惣菜屋を襲った強盗を捕まえたり、時には、道に迷った人を助けたりしている。

正にレッドグレイブ市の『親愛なる隣人』であった。

 

 

「アンタが、ライドウみたいになったら考えても良いわ。 」

 

シンディは、それだけ言うと、ローラースケートで店内の厨房へと走り去ってしまう。

しかし、当のアイザックは、カウンター席に座る隻腕の少年の姿に釘付けになって目が離せなくなっていた。

 

「ひ・・・・人修羅? マジかよ・・・・・。 」

 

呻く様な低い声で呟く。

緊張感に、口内がカラカラに乾いていた。

 

 

 

 

アイザックがその噂を聞いたのは、彼が働く会員制のプールバーであった。

 

「人修羅ぁ? 何だそりゃぁ・・・・? 」

 

胡乱気な表情で、自分よりも大分低い身長をしている禿頭の小男を見下ろす。

 

「ばっか、 お前知らねぇの? 裏社会じゃかなーり有名なウルトラスペシャルの超危険人物なんだぜ? 」

 

プールバーでボーイ兼用心棒として働く仲間のアイザックに、禿頭の小男、サミュエルは、人修羅こと17代目・葛葉ライドウがどれだけ恐ろしい人間か、懇切丁寧に説明し始めた。

 

サミュエルの説明によると、葛葉ライドウは、日本と呼ばれる先進国の中にある召喚士で構成された組織の幹部なのだそうだ。

トップクラスの実力を持ち、悪魔達から『人修羅』という通り名で恐れられているらしい。

 

 

 

「そんなヤバイ奴がどうして、レッドグレイブ市なんかにいるんだよ? 」

 

 

布巾でテーブルを拭いているアイザックが、モップで床掃除をしているサミュエルに向かって言った。

就業時間は、とっくに過ぎている為、客は殆ど帰っている。

この店に居るのは、自分達と数名の従業員だけだった。

 

「俺が知るかよ。 それより拙いのが、うちのテレサお嬢様だよ。 」

 

テレサお嬢様とは、この会員制プールバーの経営者、ジョナサン・ベッドフォード・フォレストの長女である、今年、16歳になる少女だ。

かなりの資産家であるフォレスト家は、このプールバー意外に、数件のホテル、不動産を多数所有していた。

 

「コイツはちょっと小耳に挟んだ話なんだが、テレサお嬢が、よりによってその人修羅をジョセフ坊ちゃんの番にしたいと言い出したんだ。」

 

テレサには、三つ歳が離れた弟がいる。

名をジョセフと言い、一年前に不慮の事故で死亡した父・ジョナサンの跡目を継いだのだ。

姉のテレサは、その弟ジョセフの後見人という立場になっている。

 

「なっ、なんだってぇ? 」

「まぁ、覇権争いで、うちの組織はゴタゴタしてるからなぁ・・・ お嬢が強力な助っ人を欲しがるのは仕方ねぇのかもしれねぇが・・・・あんな、悪魔を喰う化け物を仲間にするとか正気の沙汰とは思えないぜ。 」

「あ・・・・悪魔を喰うのか? その人修羅ってのは? 」

 

サミュエルが、最後言った言葉に、アイザックの顔が引きつる。

図体は恐ろしい程デカイが、蚤の心臓を持っている事を知っているサミュエルは、にたりといやらしい笑顔を向けた。

 

「此処最近、中級どころか低級悪魔の姿も見えねぇだろ? 仲間達の噂じゃ、夜な夜な人修羅が街中を徘徊しては、悪魔を喰い捲っているらしいぜ? 」

 

真っ青になって生唾を呑み込むアイザックを面白そうに禿頭の小男が眺めた。

 

 

 

夕食の買い出しに付き合ってくれたパティと孤児院の前で別れた片腕の少年は、繁華街から大分離れた人気のない路地を歩いていた。

その後を追い掛ける大きな影。

 

 

「ねぇ? ライドウ・・・・。 」

 

少年の肩に座った小さな妖精が耳元で囁いた。

彼女の鋭い探知能力が、背後で自分達の後を付けている何者かを察知したのだ。

 

「分かってる・・・・熊男に好かれる趣味はねぇんだけどな。」

 

上手く気配を消して後を付けてはいるが、10年以上も暗殺者(アサシン)として活動していたライドウの眼を欺く事は敵わなかった。

 

コーヒーショップから、しつこく後を追い掛けているのは、ウェイトレスのシンディを口説いていた金髪の大男だ。

名前も当然判らないし、尾行される理由も判らない。

しかし、あれこれ詮索している時間は無かった。

早く便利屋事務所に帰ってやらないと、腹を空かせた質の悪い大型犬が、飯を喰わせろとギャンギャン吠えるからだ。

 

 

ライドウは、一つ溜息を零すと、いきなり貸しビルと思われる建物の角を曲がる。

その後を慌てて追いかける追跡者こと、アイザック。

しかし、標的が通ったと思われる狭い通路の先に、片腕の少年の姿は何処にも見当たらなかった。

 

「なっ・・・・・?い、一体何処に消えやがった? 」

 

自分の尾行は完璧な筈だった。

追跡(ウィッチャー)が得意な仲間に散々、教えられたのだ。

気配を消し、足音を忍ばせ、一定の距離を保って追い掛ける。

教本通り立ち回り、相手に気づかせるヘマ等した覚えなどないのに・・・。

 

「俺に何か用かい? 」

 

いきなり背後から声を掛けられ、アイザックは飛び上がる程、驚いた。

慌てて後ろを振り返ると、大きな紙袋を右手に持った、隻腕、隻眼の少年が、小山の様に高い自分を見上げている。

 

「い、いい何時の間に!!? 」

 

どうやら、気配を消し、薄汚れた壁を背に立つ少年を視認出来ず、自分はそのまま通り過ぎてしまったらしい。

隠遁の術という、暗殺者(アサシン)にとっては、極初歩的な技術だ。

勿論、そんな事等知りもしないアイザックにとっては、何も無い所から、いきなり人が湧いて出た様に感じただろう。

 

「KKK団(クー・クラックス・クラン)か・・・この地域一帯は、お前等の縄張りだからな、 いずれは何らかの形で、俺に接触して来るだろうとは思っていた。 」

「・・・・・っ! 」

 

完全に此方の正体を見抜かれている。

アイザックは、何も言い返せず、黙って口惜しそうに唇を噛み締めるより他に術が無かった。

本音を言えば、こんな化け物に拘わろうとは微塵も考えてはいない。

面倒事には極力拘わらず、なるべく穏便に済ませたい日和見主義者である。

しかし、それがフォレスト家に関する事ならば、話は別だ。

 

 

「俺を尾行しろと命令されたんだろ? 安心しろ、 俺はお宅等のシマを荒らす様な真似をする気はねぇ。 それと、オタク等、組織の内部争いにも興味はねぇからな? 」

「なっ、何でそれを?? 」

 

フォレスト家の家長であるジョナサンが、1年前の不慮の事故により死亡した事を皮切りに、現在、同じ組織内のマーコフ家と熾烈な縄張り争いが起こっていた。

それまで、些細ないざこざで、マーコフ家とは諍いを起こしていたが、その度に家長であるジョナサンが上手くその場を治めていたのである。

抑え役が居なくなった途端、マーコフ家が我が物顔で駘蕩(たいとう)し、賭博場やその他のビジネスを乗っ取ろうと画策し始めたのだ。

当然、家長代理である長女のテレサが異を唱えた。

 

 

「俺をKKK団に取り込みたいなら諦めてくれ、 内部抗争に手を貸す気はねぇし、コッチは、気楽な便利屋の真似事が気に入ってんだ。 」

 

マフィア同士の争いに巻き込まれるつもりなど、微塵も無い。

ライドウは、言いたい事だけ言うと、あっさりとアイザックから背を向ける。

そんな隻腕の魔導士に向かって、金髪の大男が慌てて声を掛けた。

 

「まっ、待ってくれ! あ、アンタ、何でこんな所にいるんだ? 日本っていう国の大組織の幹部なんだろ? 本国に帰らなくて良いのかよ? 」

 

捲し立てる様な早口で、思っている事を悪魔使いにぶつける。

何もする気が無いのなら、大人しく日本に帰って欲しい。

そうすれば、テレサも人修羅を弟のジョセフの番にするとは、言わなくなるだろう。

 

そんなアイザックの言葉に、ライドウは諦めたかの様な溜息を一つ零す。

彼の言っている事は、最もだ。

魔帝との激闘で負った怪我を癒す目的でこの地に残ってはいるが、ダンテに対する未練の気持ちが強い。

何時の間にか、自分は、あの男を前の番・・・クー・フーリンと同じ様に見ている。

 

 

「・・・・・観光だよ。 長期の休みを利用して遊びに来てんだ。そのうち日本に帰るよ。 」

 

一度、アイザックの方を振り返ると、ライドウは苦笑を浮かべ、前に向き直る。

そして、そのまま何も言わずに便利屋事務所へと帰って行った。

 

 

 

 

 

ライドウが便利屋事務所に着くと、ガンっと何かを叩く音が聞こえた。

見ると事務所の主である銀髪の大男が、杖でジュークボックスを叩いているのが分かった。

 

「おいおい、何やってんだよ? お前。 」

 

食材が入った紙袋をテーブルに置くと、ライドウが呆れた声を上げる。

 

「壊れちまったのか、音が出なくなったんだよ。 」

 

大分、ご機嫌斜めなのか、不貞腐れた様子のダンテが、何時もの定位置である黒檀のデスクへと戻る。

その右腕は、肩から下げたアームホルダーで吊られていた。

 

数日前にキャピュレット・シティーで起きた、通り魔事件。

その一件で、ダンテはヴァチカン13課(イスカリオテのユダ)に所属する異端審問官によって深手を負わされた。

法儀式済みの水銀弾頭による毒によって、再生機能が殺されただけではなく、撃たれた周辺の肉も壊疽を起こしてしまったのだ。

早目に中和剤を打ったお陰で、何とか切断の憂き目を免れたが、それでも、数週間は後遺症が残る。

 

しかし、ダンテがへそを曲げるのは、もっと別な所に理由があった。

 

 

「アンタの得意な魔法で直してくれたら、助かるんだけどな。 」

「馬鹿言え、アニメや漫画じゃねぇんだ。 壊れたジュークボックスなんて直せる訳がねぇだろうが。 」

 

テーブルの上に、今日、買った食材を袋から取り出しながら、ライドウは呆れた溜息を吐く。

 

キャピュレット・シティーでの事件は、本当に嫌な記憶しか残らなかった。

 

ブラッドという哀れな悪魔を救えなかった。

ダンテに至っては、自尊心を完膚なきまで叩き潰された。

 

あの事件後、マイク市長の一人娘、アンジェリカの事が気になり、それとなく馴染みにしている仲介屋のモリソンに彼女の事を調べて貰った。

赤毛の異端審問官が言う通り、彼女は、恋人のブラッドの事を完全に忘れており、あの夜の事件も、屋敷に忍び込んだ強盗が父親を襲った、という偽の記憶を信じ込んでいる。

更に、来年には海外留学が決まっているのだという。

 

忘れるという行為は、人間にとっての美徳・・・・不図(ふと)、赤毛の異端審問官が言った言葉を思い出す。

人間の持つ愛情など、どれだけ陳腐で安っぽいものか、あの異端審問官は、皮肉っているのかもしれない。

 

 

「・・・ダンテ、キャピュレット・シティーでの事件は忘れろ。 異端審問官と拘わるとロクな目に会わない。 奴等と事を起こそうなんて馬鹿な考えは捨てろよ。 」

 

備え付けの冷蔵庫に、来客用の缶コーヒーを入れながら、隻腕の少年は、黒檀のデスクに座る銀髪の青年に釘を刺す。

 

カトリックの総本山、ヴァチカン市国が極秘裏に持つ、対悪魔の武力組織。

超高度な戦闘訓練を受けた13人の使徒によって構成された、狂気の殺戮集団。

いくら、スパーダの優秀な血筋を引いているとはいえ、悪魔を討伐する事に長けた戦闘狂相手に敵う筈もない。

 

 

「腹減った・・・飯。 」

 

しかし、ダンテはライドウの言葉に応える事無く、机の上に置かれた雑誌を顔に乗せると不貞寝を決め込む。

そんな銀髪の青年に溜息を吐くと、「はいはい。 」と応えて、ライドウは、食材を抱えてキッチンへと消えた。

 

 

 

まんじりともしない気分で、アイザックは、勤め先であるプールバーで、接客業をしていた。

カクテルグラスが乗った盆を持ち、玉突き等をして楽しんでいる客に渡す。

成金の客達に愛想笑いを返しながら、脳裏に浮かぶのは、昼間、後を付けていた人修羅との会話だった。

 

「内部抗争に興味はない。 」「気楽な便利屋の真似事が気に入ってる。」

 

人修羅・・・・ライドウは、確かにそう言っていた。

彼の言葉を信じるならば、此方に干渉する気は一切ない筈だ。

それなら、アイザックも幾分気が楽ではあるが、一抹の不安は拭えない。

 

「何なんだぁ? このくっせぇ店は? 」

 

そんな取り留めも無い事を考えている時であった。

店内の奥から、何やら不穏な怒鳴り声が聞こえる。

 

「しかも、犬のしょんべんみたいなシャンパン出しやがって・・・客を馬鹿にするのも大概にしろってんだ。 」

 

如何にもゴロツキ風の男が、グラスに入ったシャンパンを床に撒き散らす。

注文された品を出したであろうウェイトレスの女性が、怯えた様子で男達を見つめていた。

 

「ありゃ、マーコフ一家の連中だな。 」

 

騒ぎを聞きつけた禿頭の小男・・・・サミュエルが、怒鳴り声を上げているゴロツキ達を見てそう言った。

実を言うと、こういった嫌がらせを受けるのは、今回が初めてではない。

マーコフの連中は、自分達、フォレスト一家が所有する幾つかの風俗店でやりたい放題していた。

その為、一般の客が寄り付かなくなり、泣く泣く閉店に追い込まれた店は、数件にも及ぶ。

 

 

何を思ったのか、口を真一文字に引き結んだアイザックが、騒ぎを起こしている一番奥の席へと向かった。

慌てた様子で、サミュエルが止めようとするが、全く聞く耳を持たないのか、ずんずんと歩いて行ってしまう。

 

「申し訳ございません。 うちの人間が、何かお客様にご迷惑をおかけしたのでしょうか? 」

 

今にも泣き出してしまいそうなウェイトレスを後ろに下がらせ、アイザックは礼儀正しく、この無法者達へと頭を下げる。

そんな、金髪の大男に対し、マーコフ一家の連中は、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。

 

「あぁ? 金貸しの業突く張りが一丁前に会員制のバーなんて開いてるって噂を聞いてな? どんなもんかと遊びに来てみたら、安酒を出すわ、店内は獣臭ぇわで、コッチは、散々酷い目に合わされたって訳よ。 」

 

滅茶苦茶な理屈を並べ、ゴロツキの一人が赤ワインを片手にアイザックの傍に近づいて来た。

そして、頭を下げるアイザックの金色に染めた髪に、ワインを垂らす。

 

「この世界は、人間様が住む所なんだよ。 獣は獣らしく、養豚場か動物園でも開いてな。 」

「・・・・・っ! 」

 

数十名の客が見ている前で、屈辱的な言葉を投げられるアイザック。

ワインによって赤く染まる頭髪。

悔しさで唇を噛み締める。

 

「野郎ぉ!! 」

 

余りの仕打ちに、仲間のサミュエルが吠えた。

それをゴロツキにワインをぶっかけられたアイザック本人が、咄嗟に止める。

 

「止せ!親父さんの言葉を忘れたのか! 」

「・・・・・っ! だっ、だってよぉ!! 」

 

今にもマーコフ一家の連中に、突っかかって行きそうな禿頭の小男をアイザックがその肩を抑える事で、制止した。

 

実を言うと、アイザックもサミュエルも普通の人間ではない。

ライカンスロープと呼ばれる獣人で、通常の人間よりも長命で、頑強な肉体を持っている。

各地の伝承などでは、ウェアウルフ、ヴァラヴォルフと言われ、森や畑を荒らしたり、時には人間を襲撃する悪しき存在として伝えられてきた。

それ故、彼等はいわれなき迫害を受け、各地を転々と追われる流刑民へと身を落としたのである。

 

「我慢しろ! 俺等の力は弱き人を護るためのモノだ! 人間を絶対、傷つけちゃならねぇ! 」

「・・・・・クソッタレェ・・・。 」

 

アイザックの言葉に、サミュエルはがっくりと項垂れる。

それまで生ごみを漁るかの様な酷い生活を送っていた彼等を救ったのが、先代、フォレスト一家の家長、ジョナサン・ベッドフォード・フォレストであった。

行き場を失った彼等を手厚く持て成し、住む場所を与え、生きる為に仕事まで用意してくれた。

そんな彼の口癖が「私利私欲の為に、人間に危害を加えてはならない。 」という言葉だった。

 

 

「頼みます、俺等は只静かに暮らしたいだけなんだ。 アンタ等と争うつもりは微塵もねぇ。 この通りだ。 今日は、大人しく帰ってくれ。 」

 

未だ憤懣やるかたないサミュエルを離すと、アイザックは、マーコフ一家の連中の前で両膝を付き、頭を下げる。

土下座する金髪の大男を前に、ニヤニヤと嘲笑するゴロツキ達。

リーダー各らしい男が前に出て来ると、丸めた一ドル紙幣をアイザックの頭に投げつけた。

 

「中々、躾けられたお犬様じゃねぇか。 ご褒美にチップやるから口で拾ってみろよ? 」

 

丸めた紙幣を犬の様に口で拾え。

余りにも馬鹿にした言い草。

しかし、此処で揉め事を起こしたくないアイザックは、大人しく従うより他に方法が無い。

屈辱に身を震わせながら、意を決して、目の前に落ちている紙幣を咥えようとしたその時であった。

 

 

「アンタ等、それぐらいにしたらどうや? 正直、見てて気分がめっちゃ悪ぅなるやないけぇ。 」

 

訛りがかなり強い声が、ゴロツキ達とその足元で跪くアイザックに掛けられる。

見ると、金色の髪を肩口で綺麗に切り揃えた20代半ばぐらいと思われる若い男が、ビリヤードのキューで自分の肩を軽く叩いて、此方を不機嫌そうに眺めていた。

 

「全く、せぇーっかく大将から長期休みもろーて、海外旅行楽しんどるのに、気分が台無しや・・・しっかも、こないに可愛い姉ちゃんを大の男が寄ってたかっていびり倒すとか・・・・おどれらちゃんと金玉ついとるんかい? 」

 

おかっぱ頭の男は、キューを乱暴にビリヤード台に投げると、アイザック達の所へと近づいた。

どうやら男は日本人らしい。

アジア人特有な顔立ちをしており、中々の美形だった。

 

「何だぁ? てめぇは? 」

 

ゴロツキ達の中で一番、血の気が多い大柄な男が、おかっぱ頭に喰って掛かる。

何処の馬の骨とも知れない奴に、言いたい放題言われているのだ。

しかも相手は日本人。

黄色い申に馬鹿にされて黙っていられる筈が無い。

 

「ぎゃぁああああ!! 」

 

大柄な男がおかっぱ頭の胸倉を掴もうとした時であった。

突然、腕を抑えて大男が蹲る。

見ると、掴もうとした腕が、あらぬ方向へと捻じ曲がっていた。

 

「汚い手でワイに触るな。 変な菌が移ったらどない責任取ってくれるんや? 」

 

まるで路傍の石を見るかの様な、何ら感情の籠もらぬ瞳で、折られた腕を抑えてのたうち回る大男を見つめる。

一体どんな手品を使ったかは知らないが、視認不可能な速さで、大男の太い腕を簡単にへし折ってみせたのだ。

 

騒然となる店内。

マーコフ一家のゴロツキ達が途端に殺気立つ。

 

「野郎!舐めやがって!! 」

 

ゴロツキの一人が懐から、手の中に納まるぐらいのスマートフォンを取り出す。

何桁が番号を打ち込もうとした所を、リーダー格の男に止められた。

 

「馬鹿野郎! こんな所でアレを使うんじゃねぇ!! 」

 

スマートフォンを取り出した男を怒鳴り付け、目の前でポケットに手を突っ込んで、此方を嘲弄しているおかっぱ頭を睨みつける。

 

「てめぇが何者かは知らねぇがな、 一つだけ忠告しといてやる。 あんまりこいつ等とは拘わらない事だ。 五体満足で日本に帰りたきゃな。 」

 

それだけ捨て台詞を吐くと、仲間に命令して腕を折られた大男を抱えさせると、プールバーから出て行った。

後に残される、アイザックとサミュエル、そして涙で化粧がすっかりぐしゃぐしゃになったウェイトレスの女性。

呆然とする三人は、突如現れた、見知らぬ日本人を改めて見つめる。

 

「あ・・・・アンタ、一体・・・。」

 

未だ涙を流すウェイトレスにハンカチを渡してやるおかっぱ頭に、アイザックが呻くように言った。

 

常人より遥かに優れた動体視力を持つ、ライカンスロープの自分ですら、大男の腕を折った早業を視認する事が出来なかった。

当然、普通の人間ではない。

昨日、裏路地で対峙した人修羅と同じぐらいの威圧感をこの男から感じる。

 

「気にする事あらへん。 ワイは唯の観光客や。 ちぃとばっかり探し物をしとるだけのな? 」

 

そんな意味深な台詞を吐くと、おかっぱ頭の男は、にたりと口元を皮肉な笑みで歪めた。

 

 

 

 

清々しい快晴の朝。

 

事務所の前をホースの水で洗い流していた隻腕の少年の背に、若い女の声が掛けられた。

振り返ると、黒髪をざんばらに刈った赤と青のオッドアイが特徴的な一人の美女が立っている。

ダンテと同じ荒事師のレディーだ。

 

「はぁい、お久しぶり。 」

 

隻腕の少年に片手を軽く上げると、茶目っ気たっぷりに片目を閉じる。

彼女とは、レッドアイ事件以来だ。

 

「やぁ、いらっしゃい。 」

 

ライドウも一般常識的な返事を返す。

正直言うと、ダンテ同様、ライドウもこの女性が苦手だ。

仕事以外の付き合いなら別に構わないのだが、金と悪魔絡みの話になると途端に性格が豹変する。

 

「貴方の相棒は、元気にしているかしら? 」

「まだ寝てるよ。 この時間帯は熟睡してるから、どんな事しても絶対起きないぜ? 」

 

あの銀髪の青年の起床時間は、大体、昼の10時頃だ。

その間は、例え殴っても頭に鉛弾をぶち込まれても決して目を覚まさない。

 

 

「ふぅん、相棒の貴方を働かせて自分は高鼾(たかいびき)とは言い御身分ね? 」

「居候の身だから気にしてねぇよ。 」

 

一通り水を捲き終わったライドウは、蛇口を絞めてホースから流れる水を止める。

 

「んで? 今日は一体何の用だい? 」

 

この女が此処に来るのは、大抵自分の手に負えない面倒な仕事をさせる為だ。

どれぐらいピンハネしてるかは知らないが、金になる仕事を持って来てくれるのなら有難い。

 

「借金の取り立てよ。」

「え? 」

「ほら、前回も話したでしょ? アイツが私に返済したのは半分だけ。 残りはまだ全然返して貰って無いって。 」

 

確かに、あの馬鹿は、この女荒事師に多額の借金をしているのだった。

何とか半分返済出来たお陰で、借金のカタとして取り上げられていた大剣『リベリオン』を返して貰えたが、残りの金額は未だに清算出来ていない状態だ。

 

 

「全く、 アイツはどれぐらい借金作ってんだよ。 」

 

金にずぼらな相方に、ライドウは呆れてがっくりと肩を落とす。

この便利屋事務所で居候してから一か月未満。

看板の修繕や、猫探し、足の悪い老婆に代わって買い出しに行ったり、引っ越しの手伝いをしたりと、荒事とはまるで関係のない仕事を受けて日銭を稼いでいた。

勿論、あの男がこんな雑用みたいな仕事をする筈もなく、全部、ライドウ一人でやって来たのだ。

お陰で、ピザ屋やバーなどのツケは、何とか完済出来たが、それでも、ダンテが作った借金はまだまだある。

 

 

「貴方も大変ね。 いっその事、あんなろくでなしとは完全に手を切って、私の所に来れば良いのに。 」

 

そうすれば、大歓迎してあげるわ、という女荒事師の申し出を、ライドウは丁重にお断りする。

女の笑顔に薄ら寒いモノを感じたからだ。

 

「あの馬鹿のケツをひっ叩いてでも、君に作った借金を返済させるよ。 今日の所は申し訳ないが、帰ってくれないか? 」

 

さっきも言ったが、熟睡中のダンテは、どんな事をしても起きない。

借金返済は後日にして貰いたいという隻腕の少年の申し出に、女荒事師は、意地の悪い笑みを口元に浮かべる。

 

「そうねぇ、 折角来たのに、手ぶらで帰るのも何だか癪だわ。 貴方に、あの馬鹿の代わりになって貰おうかしら。 」

 

いきなり華奢な少年の腕をむんずと掴むと、レディーは繁華街に向けてズルズルと引きずって行く。

 

「お、おい! 何処へ連れて行く気なんだよぉ!? 」

「言ったでしょ? 借金返済の為に、あの馬鹿の代わりになって貰うって。 」

 

慌てふためくライドウの様子が面白いのか、女荒事師は口元に微笑を浮かべると、問答無用で、愛車である真紅の車体をしたバイク、GPXへライドウを乗せた。

 

 

 

女荒事師、レディーに連れて来られたのは、一軒の会員制のプールバーであった。

当然、就業時間ではない為、豪奢な店内には従業員以外、客は一人もいない。

 

「あれ? お久しぶりですね。 一体どうしたんですか? 」

 

従業員の一人らしい、黒縁眼鏡を掛けた優男が、女荒事師と逃げられない様にがっちりと腕を掴まれている隻腕の美少年を見つめる。

 

「此処の店長はいるかしら? 折り入って大事な話がしたいんだけど。 」

 

一体何がどうなっているのか分からず呆然としている悪魔使いを尻目に、レディーは店の店主が何処に居るのか眼鏡の従業員に聞いた。

 

「ディンゴさんなら、会合があるので今はいません。 その代わり、副店長を呼んできます。 」

 

眼鏡の従業員はそれだけ言うと、副店長を呼びに店の奥へと消えてしまう。

この店とレディーがどんな関係にあるのかなど、知る由もない。

おまけに彼女が、一体何をライドウにさせたいのかも判らない。

今は黙って事の成り行きを見守るしか無かった。

 

暫くすると、眼鏡の従業員が、金色に染めた髪をオールバックにした大柄な男を連れて来た。

二日前、コーヒーショップから、ライドウとパティの後を付けて来た熊の様に大きな男・・・アイザックである。

顔を合わせた両者が、「あっ。 」と驚いた声を上げた。

 

「あら? 知り合いだったの? 」

「ちょっとな・・・・。 」

 

胡乱気に聞いて来るレディーに適当に応えると、ライドウは、鋭い視線を金髪の大男へと向ける。

この男が此処に居るという事は、この店は、KKK団が経営する風俗店の一つなのだろう。

勿論、レディーもその事は承知の筈だ。

さっきの従業員の態度と言い、もしかしたら、彼女もKKK団と何かしらの関係があるのかもしれない。

 

 

僅かばかりの蟠り(わだかまり)を残しながら、一同は、店の応接室へと移動した。

 

「昨日は、大変だったみたいね? 」

 

上質な革張りのソファーに座ったレディーが、出されたコーヒーを一口啜る。

 

「知ってたんスか・・・流石、耳が早いんですね。 」

「まぁね、 貴方達、フォレスト一家と組織の中でも武闘派で名が通っているマーコフ一家のゴタゴタは有名だもの。 」

 

ニューヨークのハーレム地区を中心に活動しているKKK団。

その中心となっているのが、フォレスト家とマーコフ家、ルッソ家の三家である。

本来、マフィアの組織構成は、首領(ボス)とアンダーボスを頭とし、複数のカポレジームつまり幹部とその下にソルジャーと呼ばれる大勢の兵隊達がいる。

しかし、KKK団は魔導士一族によって作られた組織の為、立ち上げた三家の魔導士を頭にそれぞれの幹部と兵隊達で構成されているのだ。

 

「奴等の嫌がらせは今に始まった事じゃないっス。 前々から、ちょっとした争いはありました。 その度に、おやっさんがルチアーノの奴と話を付けてたんス。 」

 

ルチアーノとは、マーコフ家の家長、ルチアーノ・リット・マーコフである。

昔気質(むかしかたぎ)の人物で、組織拡大の為に精力的に動いている事でも有名だ。

目的の為なら手段を択ばない為、潔癖症であるフォレスト家の家長の娘、テレサとは何かと衝突を繰り返していた。

 

 

「それで? 俺に一体どーしろってんだ? 言っとくけどマフィア間の派閥争いに巻き込まれるのはごめんだぜ? 」

 

それまで黙って二人の会話を聞いていたライドウが、ウンザリとした様子で言った。

 

一応、こう見えても、自分は日本の組織『クズノハ』でそれなりの立場にある。

下手にKKK団の内部争いに巻き込まれると、今度は、自分の組織と大きな戦争に発展しかねないのだ。

 

「別に派閥争いに加われ、何て無茶な事は言わないわ。 貴方には、この店の用心棒をして欲しいの。 」

「用心棒? 俺が? 」

 

胡乱気に目の前のソファーに座る金髪の大男を見上げる。

如何にも荒事に慣れてそうな風体をしている。

自分等、手を貸さずとも、一般のゴロツキなら簡単に追い払えそうだ。

 

「嫌がらせをしてくるマーコフ一家の連中を追い払って欲しいのよ。 アイザック達、従業員は、理由があって彼等と事を起こす事が出来ないの。 」

 

こう見えても、このバーで働く従業員達は、フォレスト家の兵隊も担っている。

家長の命令とあらば、戦争に幾らでも参加する覚悟は出来ているが、それ以外は、一般人と同じ生活をしているのだ。

流血を避け、穏便に暮らしたいのが本音だろう。

 

「成程・・・ライカンスロープか・・・。」

 

目の前に座るアイザックの瞳を見たライドウは、レディーの言う、マーコフ家の連中と事を起こせない理由を察した。

 

ライドウの呟きに、アイザックの顔色が途端に変わる。

 

「なっ、何でそれを・・・・? 」

「瞳孔の変化さ・・・。 二日前、裏路地で少しだけ話をしただろ? その時、オタクの瞳孔が、若干縦に変化したのを見たんだ。 」

 

通常、人間の瞳は、光量に応じて、その径を変化させる。

それは、どの動物も同じで、ライカンスロープの場合は、少しの時間だけ瞳の形が猫と同じ様に縦に変わるのだ。

 

「随分と詳しいのね? 」

「昔、一度だけライカンスロープを番にした事があるんだよ。 」

 

レディーの言葉に、ミルクと砂糖を抜いたブラックのコーヒーを啜りながら、ライドウが応えた。

 

彼等、ライカンスロープがいわれなき迫害を受けている事は知っている。

十数年前に、メキシコの移民に混じって、多くのライカンスロープが、此処、ハーレム地区へと流れついた。

人が少ない田舎の地方よりも、大勢の人間達で犇めく(ひしめく)大都会の方が、素性を隠し、普通の人間として暮らしていくのに適していると考えたのだろう。

しかし、そんな浅知恵が通用する筈も無く、スラム街で、一番底辺な暮らしを余儀なくされた。

 

「お、俺達だって、本当はマーコフの奴等をぶちのめしたい。 でも、親父さん・・・先代の恩義もあるし、俺達みたいに戦える連中は少ない。 第三世代になると普通の人間と全く変わらねぇんだ。 そいつ等は一生懸命、生きる為に働いてる。 アイツ等の居場所を無くさねぇ為にも、マーコフ一家の嫌がらせに耐えなきゃなんねぇんだ。 」

 

そうしないと仲間の生きていく場所が、全て失われてしまう。

流刑民の彼等にとって、安心して暮らせる場所は、数える程も無い。

遥か昔から、悪魔同様、怪物として忌み嫌われていた彼等を唯一受け入れてくれたのが、先代のジョナサン・ベッドフォード・フォレストだ。

 

『今は一番辛い時かもしれない。 でも、何時か笑って暮らせる明日を信じて生きるんだ。』

 

ジョナサンは、そう言って、行き場を失った彼等を迎え入れ、仕事と食事、そして給金まで与えてくれた。

彼等にとって、ジョナサンは神にも等しい存在だったのである。

 

「ま、そういう事だから、第三者の貴方の力が必要って訳。 」

 

未だに渋るライドウの顔を覗き込みながら、オッドアイの女荒事師は言った。

 

「はぁ・・・簡単に言ってくれるぜ。 」

 

飲み干したカップを受け皿に戻すと、ライドウは、海より深い溜息を吐いた。

 

日本の超国家機関『クズノハ』・・・その長である天照大御神を守護する四家の一人が誰あろうライドウ本人である。

マフィアの組織で言えば、大幹部に等しい地位にいる。

そんな人間が、他組織の覇権争いに首を突っ込めば、どんな最悪な結果になるかは、火を見るよりも明らかだ。

 

これが、単なるゴロツキ同士のいざこざなら話は簡単なのだが、KKK団は、秘密結社(フリーメーソン)の中でもそれなりに有名だ。

もし、拘わったら・・・・・。

 

 

「困っている人間を見過ごせない、”街のヒーロー”なんでしょ?貴方。 」

「へ? 」

 

レディーの予想外な言葉に、ライドウは大分間抜けな返事を返した。

 

「貴方は知らないかもしれないけど、 レッドグレイブ市に住んでいる人達からかなり有名よ? 困っている人を助けてくれる”街の親愛なる隣人”だってね。 」

「・・・・・・ち、分かったよ。 」

 

楽しそうにからかうオッドアイの女荒事師に、ライドウは諦めたかの様に再度、溜息を吐いた。

 

 

こうして、半ば強引に用心棒の仕事が始まった。

 

数日後、フォレスト一家が経営する会員制のプールバー。

 

「あ、アンタ、一体何してるんだ? 」

 

厨房の片隅で、片腕と脚を器用に使ってジャガイモを剥くライドウの姿を金髪の副店長が呆れた様子で眺めていた。

 

「あん? 脚は綺麗に洗ってあるから大丈夫だぞ? 」

 

丸椅子に座ったライドウが、背後に立つ金髪の熊男を見上げる。

因みに悪魔使いの足元には、綺麗に皮を剥いたジャガイモの山が、銀のボールに入っていた。

 

「い、否、そういう問題じゃなくって、何で用心棒のアンタがこんな事してるんだ? 厨房の連中にやらせりゃ良いだろ。 」

 

確かにアイザックの言う事は最もだ。

レディーの紹介で、ライドウはこのプールバーの用心棒として雇われているのだ。

開店前とはいえ、用心棒にこんな雑用みたいな仕事をさせる訳にはいかない。

 

「別に良いだろ? 俺が好きでやってんだ。 それに、人手不足で大変そうだったからな。」

 

連日のマーコフ一家の嫌がらせで、バーで働く一般の従業員は殆ど辞めてしまった。

此処に残っているのは、アイザック達、純血のライカンスロープと第三世代の力の弱い連中だけだ。

それでも、フォレスト家が所有する風俗店は、この街で数十軒もある。

幾ら、第三世代の数が多いとはいえ、とても手が回る状態では無かった。

 

「好きにさせてあげたら? うちのマスターこういうの得意なんだよ? 」

 

主人の頭にちょこんと座った妖精が、悪戯っぽく笑う。

アイザックは、当初戸惑っていたが、仕方なくライドウのやりたいようにやらせる事にした。

 

それから、悪魔使いは、周囲が唖然とする程、精力的に働き始めた。

酒や食品の買い出し、店内の掃除に皿洗い、時には男性給仕の恰好をして接客業までこなす。

 

「ほ、本当にアレが、人修羅なのかよ? 」

 

禿頭の小男・・・サミュエルが、まるで水を得た魚の如く、店内を駆けずり回って客を接待している悪魔使いの姿に、思わず我が目を疑った。

それは、アイザックも同感だった。

『悪魔を喰う怪物』、それが当初、アイザックがライドウに抱いていた印象であった。

裏路地で初めて会話した時も、その威圧感に終始圧倒され捲りだった。

しかし、実際、接し、会話して見ると、彼の印象がガラリと変わった。

それまで恐れていた感情が嘘の様に無くなり、逆に好感が持てる。

彼が傍にいるだけで、派閥争いで辛気臭かった店内の空気が明るくなる。

意気消沈していた従業員の心に活気が戻り、ライドウに負けじと、第三世代の従業員達も、積極的に客の対応を始めた。

 

 

(どことなく親父さんに似てる。 )

 

ニコニコと従業員達と会話するライドウの姿に、アイザックは、今は亡き、彼等の恩人、ジョナサンの姿が重なった。

『明日を信じて生きるんだ。』 先代、フォレスト一家の家長、ジョナサンの言葉。

家長でありながら、下っ端の連中と一緒になって身を粉にして働いた。

辛い時は、共に励まし、悲しい時は、一緒に泣いた。

共に笑い合える明るい未来を信じて歩んだ。

 

 

「アイザック、ちょっといいか? 」

 

目頭が自然と熱くなる金髪の大男の傍に、マネージメントを引き受けている黒縁眼鏡の青年が、電話の子機を片手に周囲の目を気にして声を掛けた。

 

 

 

 

「ライドウさん、申し訳ない。3番テーブルにジントニックを持って行ってくれないか? 」

「あいよー。 」

 

すっかり従業員達と打ち解けた悪魔使いが、ジントニックが入った盆を鼻歌を歌いながら、目的のテーブルへと運ぶ。

するとそこには、金色に染めた髪を肩口で綺麗に切り揃えたおかっぱ頭の若い男が、脚を組んで待っていた。

 

「よぉー♪ お久しぶりでんなぁー? 17代目。 」

「・・・・!? 玄武?? 」

 

その顔を見た途端、悪魔使いの表情が凍り付く。

 

このおかっぱ頭の若い男の名前は、玄武。

勿論、本名ではない。

名前も素性も全て謎の男である。

十二夜叉大将の長、薬師如来の名を冠する『化け物龍』骸の懐刀・・・四神の一人であり、剣術指南役を任されている。

これはあくまで噂であるが、13代目・葛葉キョウジも彼の門弟だったらしい。

 

 

「ギャルソン姿がえらい似合ってまんなぁ♡ 流石、大将の女や。色っぽくって堪らんわぁ。」

「・・・っ!てめぇ!! 」

 

あからさまな侮蔑に、常人ならば震え上がる程の鋭い視線を向ける。

しかし、当の玄武は、どこ吹く風?といった様子であった。

ニタニタといやらしい笑みを浮かべて、ライドウに隣に座る様促す。

 

「何しに来た? まさかあの外道に、俺を日本に連れ還れと命令されたのか? 」

「まさかぁ、 ワイはアンタと同じで長期休暇中や。 一人で海外旅行を楽しんどる最中ですのん。 」

 

男の申し出を無下に断り、ライドウは警戒心を露わにしていた。

このおかっぱ頭の言葉を信じるつもりは微塵も無い。

情夫と同じ様に、何を考えているか判らない奴なのだ。

いきなり後ろから心臓を刺す事だって、平気でやるかもしれない。

 

「大怪我したって聞いて心配しとったんですよぉ? アンタにもしもの事があったら、うちの大将が哀しみますからなぁ? 」

「嘘吐け、糞野郎が。 」

 

どうやら自分を連れ戻す気は更々無いらしい。

コイツが何を考えているのかさっぱり分からないが、一分でも一秒でも傍には居たくなかった。

ジントニックが入ったグラスを玄武の前に置くと、さっさと違うテーブルに移動しようとする。

その手を玄武が素早く掴んだ。

 

「まぁ、待ちぃやって。 折角、久し振りに会えたんや。 お互い知らん仲でも無いしぃ、楽しく昔話でもしようやぁ♡ 」

「俺はてめぇと話す事何ざぁ、一ミリもねぇよ。 」

 

傷だらけの右手の甲を愛おし気に撫でさする玄武に、嫌悪感で吐きそうになる。

 

ライドウが17代目を襲名する遥か前、十二夜叉大将の一員として暗殺稼業に明け暮れていた時、玄武は彼の代理番だった。

直ぐに魔力不足になって倒れるライドウの為に、頭目である骸が態々、選別して当てがったのである。

勿論、魔力供給を名目に、肉体関係を結んだ事も幾度かある。

性行為で魔力を得るのは、魔導士にとってパンを食べるのと一緒。

そこに、何らかの感情が芽生える事等、決して無い。

 

「アンタの大事な命様から、手紙を預かっとるって言ってもかぁ? 」

「・・・・・っ! 」

 

玄武の口から、天照大御神の名前が出て、あからさまに顔色を変えるライドウ。

そんな、悪魔使いに冷酷な笑みを浮かべると、もう一度、隣に座れと促す。

今度は、抵抗なく、ライドウは渋々従った。

隣に座る悪魔使いの細い腰に、玄武が馴れ馴れしく腕を回す。

 

「あは♡ 懐かしいナナシの匂いやぁ。 」

「・・・・っ、良いのか? 骸の糞野郎が見てるぞ? 」

 

首筋に顔を埋めるおかっぱ頭に、ライドウが駄目元で、釘を刺す。

 

自分の体内には、骸の式神である巫蟲が寄生している。

蟲を通して、ライドウの一挙手一投足を常に監視しているのだ。

今置かれている状況を、骸が知らない筈はない。

 

「ふん、他の男に簡単に脚を開く淫売に言われたないわい。 知っとるで? 志郎の奴が死んで、もう、別の男漁っとる事。 大将の女やからって良い気になっとったら痛い目見るで? 」

 

耳元で囁かれる冷酷な言葉。

死んだ番の名前を出され、ライドウの躰が固まる。

悔しそうに唇を噛み締める悪魔使いに、玄武が顔を寄せる。

 

「止せ!此処は店内だぞ!? 」

「大丈夫やって♡ 丁度死角になっとって他の奴等には見えへん。 久し振りに会うたんや。 逢瀬くらい楽しませて・・・・・。 」

 

そう言いかけた玄武の耳に、カチリと撃鉄を起こす音が聞こえた。

頭に固い銃口が付き付けられる。

 

 

「・・・・・っ!ダンテ、どうしてお前が此処に!? 」

 

おかっぱ頭に大型拳銃『エボニー』を押し当てているのは、便利屋事務所で養生している筈の銀髪の魔狩人であった。

完全に完治はしていないが、左脚は何とか動ける様になっている為、杖は使っていない。

しかし、砕かれた右腕は中々、再生出来ないのか、黒いアームホルダーで未だに固定されていた。

 

 

「レディーの奴に、アンタが慣れない酒場の用心棒してるって聞いてな。 ちょっと心配だったから様子を見に来たんだ。 」

 

女狩人は、もしもの事を想定して、ダンテにも声を掛けていたのだ。

案の定、バーに足を運んでみると、ギャルソン姿のライドウが、見知らぬ男に店の隅の席に引きずり込まれて、口付けを迫られているのを目撃した。

 

 

「はぁ・・・・・折角、これからお楽しみだっちゅうのに・・・・空気が読めんやっちゃのぉ。」

 

ライドウを組み敷くおかっぱ頭は、大袈裟に溜息を吐く。

すると次の瞬間、その姿がダンテの視界から忽然と消えた。

 

「・・・・・っ!」

 

背後に気配を感じて振り返る。

すると、丁度真後ろに、背を向ける形でおかっぱ頭の男が立っていた。

 

「ほんじゃ、命様の手紙は確かに渡したでぇ。 」

 

気障ったらしく片手を上げて、プールバーから出て行く玄武。

その後ろ姿を呆然とした様子で、銀髪の魔狩人が見送った。

 

 

 

 

 

右頬を情け容赦なく、殴り飛ばされる。

衝撃で吹き飛ぶアイザック。

敷地内の隅に置かれたポリバケツにぶち当たり、生ごみを撒き散らしながら背後へと倒れる。

 

「アイザック!畜生!離しなさいよぉ!!」

 

コーヒーショップのウェイトレス、シンディが悲痛な声を上げた。

自分を押さえつけている男の手を振り解こうとするが、いかせん、そこは女の非力な力。

鍛え抜かれたマーコフの兵隊達に敵う筈もない。

 

 

此処は、繁華街から大分離れたビルの建設現場。

時刻は、既に深夜を回ろうとしている。

当然、現場作業員の姿は全く見かけず、いるのは鼻腔から血を流す金髪の大男とコーヒーショップのウェイトレス、そして、マーコフ一家の兵隊達だけであった。

 

今から数時間前、アイザックが働くプールバーに、何者かから電話が入った。

予想通り、相手はマーコフ一家の兵隊。

数日前に、玄武に叩きのめされたゴロツキ達だった。

 

『お前の大事な女を預かってる。 返して欲しかったら、埠頭の建設現場に来い。』

 

まるで定型文の様な脅し。

しかし、自分を名指しにした事、そして、大事な女というキーワードに、否が応でも嫌な予感が心を過る。

確認の為に、ルームメイトであるシンディの友達に連絡を入れて見ると、彼女はこの時間になっても仕事から帰って来ていないとの返事が返って来た。

迂闊だった。

まさか、マーコフ一家の連中が此処までするとは思わなかった。

何処で自分の事を調べたかは知らないが、足繫くシンディの勤めているコーヒーショップに通う、アイザックを見ていたのだろう。

そして、彼にとって一番の弱点である彼女を誘拐した。

マーコフと熾烈な覇権争いをしている真っ只中で、惚れた女に会いに行かなければ良かった。

これは、自分の心の弱さが招いた結果である。

地面に尻餅をつくアイザックは、己の不甲斐なさに、唇を噛み締めた。

 

 

「へっ!獣が、一丁前に人間の女とイチャコラかよ。 」

 

シンディを押さえつけていたマーコフの兵隊が、仲間に目配せするとあっさりと彼女を離す。

デジタルカメラを持ったもう一人の仲間が、倒れるアイザックに駆け寄るシンディを映した。

 

「お前の彼氏の正体を教えてやるぜ? お嬢ちゃん。 」

 

リーダー格の男が、手下に合図を送る。

手の中に納まるぐらいの大きさをしたスマートフォンに何桁か打ち込む兵隊。

すると空中から、赤く光る魔法陣が幾つか現れ、中から実体化した悪魔。

妖獣・アサルトが、金髪の大男とウェイトレスの前に飛び出してくる。

 

「ひっ!!! 」

 

その姿は、まるで巨大人型蜥蜴の怪物だった。

兜と盾を装備する悪魔に、シンディが短く悲鳴を上げる。

若い女の柔らかい肉の匂いに引き寄せられ、大量の涎を垂らす妖獣の群れ。

悪魔召喚プログラムによって、呼び出された怪物達は、次々とシンディに襲い掛かった。

その時・・・・・。

 

「ぐぎゃぁ!! 」

 

何かを殴る打撃音。

吹き飛ばされる妖獣・アサルト。

余りに現実離れした恐怖に、硬く双眸を閉じていたシンディが、恐る恐る瞼を開くと、目の前に小山程も大きな体躯をした人狼が立っていた。

 

 

「あ・・・アイザックなの? 」

 

茶褐色の毛並みをした人型の獣。

震える彼女を安心させるかの様に、優しいアイスブルーの瞳がウェイトレスを見下ろす。

 

この最悪な事態を招いてしまったのは、全て自分の軽率な行動が原因だ。

今置かれている現状を受け入れられず、繁華街で働く彼女を見初め、しつこく口説く様な真似さえしなければ、シンディを巻き込む事は無かった。

自分の尻は、自分で拭う。

アイザックは、確固たる覚悟を決め、鋭い視線を暴風を操る強襲型の悪魔へと向き直る。

 

 

「へっ、等々、正体を現しやがったなぁ?化け物が。 」

 

紅茶色の髪をしたウェイトレスを護るかの様に立つ、一匹の人狼を見据え、リーダー格の男が勝ち誇った笑みを浮かべる。

そして、手下達に命令してスマートフォンにインストールした悪魔召喚プログラムを、次々と起動させた。

無数に空中に浮かび上がる真紅の魔法陣。

そこから、妖獣や幽鬼等の怪物達が現世に実体化していく。

 

 

「シンディ、今すぐ逃げろ。 こいつ等の目的は、俺を殺す事だ。 」

「あ、アイザック! 」

 

余りの恐怖に、涙を流すウェイトレス。

そんな彼女を庇う様に、赤褐色の毛並みを持つ大きな体躯をした狼が、シンディの前に立つ。

 

彼女に指一本だって触れさせはしない。

この命に代えても、絶対護り通してみせる。

 

 

 

 

深夜、某テナントビルの屋上。

シガーケースから、愛用のマルボロを一本取り出したおかっぱ頭の男は、涼しい夜の風に身を任せながら、使い捨てのライターで煙草に火を点けた。

肺一杯に煙を吸い込み、美味そうに吐き出す。

 

「暫く見ないうちに大分、痩せちまったなぁ? アイツ。 大将も酷いお人やでぇ・・・あんなに虐めたら流石に可哀想やろ。 」

 

先程、プールバーで10数年振りに再会した悪魔使いの事を思い出す。

十二夜叉大将に所属していた当時は、感情がまるで無い殺戮人形だった。

与えられた任務を忠実にこなし、女、子供・・・・同じ釜の飯を食って来た親友すらも、何の躊躇いも無く殺して来た。

その刹那的な生き方に、玄武は大層惹かれたが、今の彼は全く真逆な性格へと変わっている。

愛する女と添い遂げた。

子供を作り家庭の暖かさを知った。

それが、17代目・葛葉ライドウをあそこまで弱くした要因となったのか・・・。

 

「ま、ワイが一々気にする事じゃあらへん。 今は、与えられたお役目を遂行するだけや。 」

 

皮肉な笑みを口元に浮かべ、眼下にある一軒の建物を見下ろす。

先程まで自分が居た、会員制の高級プールバーだ。

そこから、真剣な表情をした片腕、片目の少年が、布に包まれた槍を片手に飛び出してくる。

その後に続くのは、自分の頭に大型拳銃を突き付けた銀髪の大男。

名前は確か、ダンテと言ったか。

 

「それにしても、フォルトゥナの騎士と言い、魔界から連れて来た亜人の餓鬼といい、17代目はとことん変わった奴を番にしたがるんやなぁ・・・。 」

 

埠頭へ向けて走って行くライドウ達を見送りながら、おかっぱ頭の男は闇の中へと消えて行った。

 

 

 

 

「ぐわぁ!!」

 

アイザックの悲鳴。

地中から飛び出した幽鬼メフィストの鋭い爪が、獣人の脚を貫く。

血が噴き出し、倒れる巨漢の獣人。

その光景を余りの恐怖に、声も無く震えるシンディが見つめている。

 

「おい、しっかり撮れてるかぁ? 」

 

リーダー格の男が、隣で撮影している手下に声を掛けた。

 

彼等が持つ悪魔召喚プログラムが、ネット上に無差別にばら撒かれて三年の月日が流れる。

当初は、何か質の悪いウィルスだと思われていたが、試しにインストールした人間が、実際に悪魔を呼び出した事から、その価値が全く変わった。

誰でも気軽に悪魔を召喚、僅かなマグネタイトを使用するだけで、下級悪魔ならば従わせる事が出来る。

ネットの掲示板で、忽ち(たちまち)噂になり、自分が育てた悪魔同士を戦わせる動画まで、投稿する様になった。

事態を重く見た警察機構が、すぐさま取り締まりを行ったが、後の祭り。

流出したプログラムを回収する事が出来ず、悪魔を使用した犯罪件数だけが増えていく結果となった。

 

 

「あの獣が嬲り殺しにされるとこまでしっかり撮れよ? ネットに上げてフォレスト一家の連中に見せしめにするんだからな? 」

「了解。 」

 

リーダー格の命令に、カメラで撮影している手下が、冷酷な笑みを口元に張り付かせた。

 

「アイザック!アイザック!!!」

 

血を流し、片膝を地面に付く獣人を庇う様に、シンディが立つ。

良く見ると、アイザックの躰には、戦いで負ったであろう無数の傷が、あちこちに付いて血を流していた。

 

「し・・・シンディ、逃げろ。 」

「馬鹿!! アンタを置いて逃げられる訳が無いだろ!! 」

 

アイザックの言葉に、紅茶色の髪をした女性が首を振って拒絶する。

 

例え、どんな姿に変わっても、アイザックはアイザックだ。

好きな女を口説く為に、足繫く店に通う、何処か憎めない男。

当初は、面倒だと思っていた。

しかし、十人並みの容姿しか持たない自分の何処に惚れたのか、金髪の大男は何度も彼女が働くコーヒーショップに通っては、花や細やかなプレゼントを持って来た。

そんな彼に、次第に絆(ほだ)される自分が居た。

 

 

「グォオオオ!! 」

 

凶悪な咢(あぎと)を開き、二人に襲い掛かる妖獣・アサルト。

血塗れのアイザックに抱き着き、シンディが死を覚悟する。

 

 

グシャァ!!

 

 

飛び散る血潮。

しかし、それはアイザックとシンディのものではなかった。

月夜から飛来した真紅の槍が、襲い掛かったアサルトの頭蓋を深々と貫き、地面に縫い付けたのだ。

 

「何ぃ!!!? 」

 

予想外の出来事に、驚愕するマーコフ一家の兵隊達。

続いて、銃声が幾度か轟き、凶悪な鋼の牙が、妖獣と幽鬼の群れを蹂躙していく。

 

 

「い、一体何が・・・・・? 」

「ほらほら、何時までも馬鹿面してないで、コッチに隠れる。 」

 

血を噴き出し、醜い屍を晒す悪魔の群れを信じられないといった様子で、見つめるアイザックの耳元に、声高い少女の声が聞こえた。

厨房で会ったライドウの仲魔、ハイピクシーのマベルだ。

小さな妖精は、アイザックとシンディの目の前に現れると、作業員が使用しているプレハブ小屋の陰を指差した。

 

「うちのマスターが来たからもう大丈夫、アンタの傷を治してあげるから、早くコッチに来て。 」

 

にっこりと微笑む妖精に、狐に化かされた様な表情で頷いた。

 

 

 

真紅の魔槍『ゲイボルグ』の切っ先が閃く、次々と切り裂かれる怪物達。

ダンテの操る巨銃が火を噴き、悪魔達を粉々に粉砕していく。

 

「て、てめぇ等!一体何者だぁ!!!? 」

 

予想外の闖入者に、リーダー格の男が、最早悲鳴に近い叫びを上げる。

こんな筈ではなかった。

自分達は、人間社会に溶け込み、悪事を働く怪物達をこの街から追い出すつもりだった。

その目論見は成功し、化け物の本性を暴く事が出来た。

撮った動画をネットに流し、フォレスト一家の本性を世間に暴くつもりだった。

それなのに・・・・・。

 

「通りすがりの便利屋だ。 見逃してやるから、手に持っている召喚器とカメラを置いて行け。 」

 

ライドウが、悪魔の血で濡れた『ゲイボルグ』の切っ先を、リーダー格の男へと向ける。

喉の奥からくぐもった悲鳴を上げる男。

顔面が蒼白になり、脚がブルブルと震える。

 

 

「おい、良いのかよ? こいつ等はマーコフ一家の兵隊共だろ? 」

 

召喚された悪魔の群れを粗方片付けたダンテが、呆れた様子で言った。

誘拐されたシンディと、プールバーの副店長であるアイザックは、一応無事である。

しかし、彼等の命を狙った以上、それなりの報復をするのは当然だ。

 

「コイツ等は、マーコフ一家の兵隊じゃない。 経済的不況で職を失ったホームレス達だ。 」

「何だと? 」

「正確に言えば、ホームレスの支援センターで暮らしていた奴等だな。 マーコフ一家の連中にある事無い事、吹き込まれ、己の鬱憤晴らしにこんな事をしたんだろう。」

 

ライドウの言う通り、マーコフ一家の兵隊だと思われていた連中は、実は端金で雇われたホームレス達だった。

マーコフ一家は、彼等を焚き付け、フォレスト一家が経営する風俗店に嫌がらせをさせていたのだ。

 

「な・・・何で、そんな事を? 俺達はアンタ等に何もしてないじゃないか? 」

 

人間の姿へと戻ったアイザックが、驚いた様子で、男達を見つめる。

リーダー格の男は、忌々しそうに舌打ちする。

そして、怒りに燃える双眸を、傷だらけのアイザックに向けた。

 

「お前等、化け物が此処に居るから、俺等が真っ当な職に就けないんだよ。 人間の振りして、人間様の大事な生活をぶち壊しにしやがって。 おまけにマフィアの物真似で犯罪までして金を搔き集めているそうじゃねぇか。 お前等はこの街の癌だ!俺等は正しい事をしてるんだよ! 」

 

そう、自分達は決して間違って等いない。

 

現在、NYでは若年層のホームレスが大問題になっている。

4人に一人が寝場所を得る為に、性を売る程深刻になっているのだ。

例え、職にありつけたとしても、低賃金で散々働かせた挙句、日々の生活にすらも困窮する有様だ。

マーコフ一家は、そういった連中に目を付け、召喚器を与える事で、使い捨ての駒として利用したのである。

 

「・・・・生まれ育った環境が悪かったお前等には同情する。 だが、その怒りを最も弱い所にぶつけるのは、卑怯なやり方だ。 自分で変わろうとする努力をせず、誰かが救いの手を差し伸べてくれるのを待つなんてのは、馬鹿のやる事さ。 」

「何だと! 」

 

ライドウの言葉に、男達が色めき立った。

殺気立つ瞳を隻腕の少年へと向ける。

 

「長い歴史の中、アイザック達、ライカンスロープは常に耐えて来た。 いわれなき誹謗中傷を受け、住処を奪われ、時には理不尽な暴力に晒されても、人間には決して危害を加えず、歯を食いしばって耐え忍んで来たんだ。 何時か自分達の存在を理解してくれる人間が現れるのを信じてな・・・。」

 

強い意志を秘めた黒曜石の瞳。

その眼に見つめられた途端、今まで怒り心頭だった男達の心に迷いが生じる。

 

「そんな最も弱い人間を、同じ人間である筈のお前達が追い詰めた。 自分達の勝手な怒りを彼等にぶつけた。 マーコフ一家の甘い言葉に乗せられ、懸命に生きる仲間を踏み付けた。 そんなお前等こそ獣だ。 そこに転がっている悪魔と一緒なんだよ。 」

 

仮初の命の火が消え、形が保てず塵となる悪魔の死骸。

それを見たホームレスの一人が、手に持つ召喚器を放り投げ、逃げる様にその場から去る。

一人、また一人と、同じ様にスマートフォン型の召喚器を捨て、建設現場から逃げて行った。

後に残るのは、カメラを持つ黒人の男と、リーダー格の男の二人だけ。

 

「どうする? お前等も他の連中みたいに逃げるか? 」

 

ダンテの呆れた声に、カメラの男とリーダー格がお互いに顔を見合わせる。

 

「すまねぇ、 俺は心まで化け物になりたくねぇ。 」

 

そう言って、黒人の男が手に持っていたカメラを地面に投げ捨てる。

がっくりと項垂れるリーダー格の男。

しかし、その双眸には、未だ拭えぬ怒りが宿っている。

 

「俺は、絶対に認めねぇぞ? お前等化け物をな。 」

 

そう捨て台詞を吐くと、黒人の男と一緒に建設現場を後にした。

 

 

 

マベルの回復魔法のお陰か、幸い、アイザックの負った怪我は、それ程大した事は無かった。

妖精から治療を受ける金髪の大男と、その傍らにいる紅茶色の髪をした女性。

そんな光景を、ダンテとライドウは、少し離れた場所から眺めていた。

 

「さっきの奴等に、アンタの説教は響いたのかな? 」

 

男達が投げ捨てたスマートフォン型の召喚器を拾い、手の中で弄んでいたダンテが言った。

こんなちっぽけな機械で、悪魔が簡単に呼び出せるなんて、世も末だ。

 

「・・・・・さぁな。 俺の言葉は、あくまで第三者の声だ。 彼等の中で変わろとする意志が無い限り、何も響く事は無いだろう。 」

 

去って行くリーダー格の男を思い出す。

この不況の中、まともな職に就けるなど、宝くじに当たるのと同じぐらい確率が低い。

まともな家庭環境で暮らし、大学を出て、それなりの学歴があるならいざ知らず、それすらも無い彼等が待っているのは、決して抜け出せない蟻地獄だ。

アメリカのNPOが、彼等を救済する措置を行っているが、莫大な費用が掛かる為、全く拾い切れていないのが、現状である。

 

 

「でも、今回の事件は少しだけ救いがあったんじゃねぇのか? 」

 

 

ダンテの言葉に、ライドウが改めてアイザックとシンディの二人を見つめる。

彼女は、生粋の人間だ。

それなのに、アイザックの正体を知りつつも、逃げる事をせず、彼の傍から決して離れない。

 

「ああ、そうかもしれないな。 」

 

 

ジョナサン以外に、ライカンスロープを受け入れてくれる人間が現れた。

それは、長く苦しい差別を受けて来た彼等亜人にとって、大きな成果である事に変わりは無かった。

 




玄武のモデルはブリーチの平子真子です。
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