偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき 作:tomoko86355
百地三太夫・・・ライドウの同期。十二夜叉大将の一人、安底羅大将。
実は、ライカンスロープであり、一時的にライドウの番になってい
た事もある。
月子・・・ 先代ライドウの一人娘。
類稀な霊力と魔力の持ち主であるが、生まれた時から身体が弱く、葛城の
里から出た事がない。後のライドウの妻。
魔神皇・・・ 今回は、名前だけ。
”キング”を影で操り、大量のマグネタイトを違法に回収している。
ニューヨークで最も有名な河・・・・・ハドソン川。
アディロンダック山地を水源として流れるこの河は、ニューヨーク州を通り、大西洋へと繋がっている。
その河の中央を、煌びやかなイルミネーションを放つ一隻の豪華客船が、優雅に泳いでいた。
「凄ぉーい。船の中とは思えない。 」
見事なブロンドの髪と、そばかすが残るあどけない容姿をした10歳未満の少女が、物珍しそうに船内の様子を見渡す。
愛らしいドレスに身を包む少女の傍らには、シックなグレーの背広と茶のコートを来た紳士が、右手に大きなアタッシュケースを持って立っていた。
「フォレスト家が経営するカジノ店の一つだ。 カジノの他にエステや映画館、プールバーに宿泊するホテルまで、何でも揃っている。 」
紳士・・・・闇の情報屋(ブローカー)、JD・モリソンが、手摺に乗り出して階下を見下ろしているパティ・ローエルに説明してやる。
現在、彼等は、フォレスト家の依頼で、この豪華カジノ店に来ている。
依頼主は、勿論、フォレスト家の家長代理、テレサ・ベッドフォード・フォレストだ。
日本の組織『クズノハ』最強と謳われる、17代目・葛葉ライドウを目当てに、御供のアイザックを連れて、レッドグレイブ市の便利屋事務所へとやって来た。
当初は、また「弟の番になれ。」としつこく言って来るだろうと難色を示していた悪魔使いであったが、只の仕事の依頼だと言われ、大分、毒気を抜かれた。
「あら? 貴方達だけ? 17代目は一体何処にいるのかしら? 」
暫くの間、船内を散策していたモリソン達に声を掛けたのは、このカジノ店のオーナー、テレサ・ベッドフォード・フォレストであった。
後ろに秘書兼ボディーガードのライカンスロープ、ディンゴを従えている。
お得意様である政財界の金持ち達がいる手前、テレサも黒いドレスで正装していた。
「ライドウ達なら、もう到着している筈ですよ? 」
一応、テレサは、依頼主であり、大事なお客様だ。
口調こそ丁寧ではあるが、モリソンの双眸は、手の掛かる子供を見る大人のソレだ。
正直言って、この少女は大の苦手だ。
仕事柄、性格にやや難がある依頼主を相手にしているが、この少女は、そんな輩の中でも更に群を抜いていた。
仲介屋である自分を通さず、又、便利屋であるダンテを完全に無視して、悪魔使い本人だけに仕事の依頼をする。
何度も説明するが、悪魔使いは便利屋ではない。
その手の依頼をするには、仲介屋である自分に話を持って来て、モリソンが、その仕事に適した便利屋を紹介する。
それが、この世界の暗黙のルールである筈なのだが、テレサは全くと言って良い程、意に介さず、それどころか、ダンテとモリソンを完全にモブ扱いしているのだ。
流石に、この態度にキレたのが、便利屋事務所の主であるダンテであった。
「帰れ、てめぇん所の失態はてめぇで何とかしろよ。 」
歯を剥き出し、威嚇するダンテ。
しかし、当のテレサは、どこ吹く風、と言った様子だ。
「まぁ、怖い。 ペットの躾がなってなくてよ? 17代目。 」
優雅に足を組み、出されたカフェオレを啜るテレサ。
彼女の視界の中では、完全にダンテは排除され、その傍らで困った様に頭を掻く10代後半辺りの少年しか映っていない。
中性的な美貌に、アジア人特有の黒い髪と肌。
華奢な肉体には、一切の無駄な筋肉が無く、まるで有名な彫刻家が長い年月をかけて造り出した芸術作品の様にも見える。
この自分と幾らも歳が離れていない様に見える少年が、日本の巨大組織『クズノハ』の幹部で、その中でも、最強と謳われる悪魔召喚術士なのであった。
その噂は、現世だけではなく、魔界にすらも轟き、悪魔達から恐れられている。
「お、お嬢 拙いですよ! 」
テレサの傍らに座るアイザックが、顔面を蒼白にさせて、小声で窘める。
真向かいに座る銀髪の大男から、凄まじい殺意の波動が伝わって来る。
ライドウが居なければ、今頃、事務所から叩き出されていただろう。
「・・・・君の言い分は分かった。 つまり、そのカジノ店で消息不明になった客と、彼等を攫っている犯人を捕まえて欲しいって訳なんだな? 」
隣で行儀悪くテーブルに両足を投げ出し、ソファーに座る相方を横目で眺めつつ、ライドウは盛大に溜息を吐く。
「そうよ。此処数日で、十数名に及ぶ常連客が消えているわ。 おまけに、消息不明になった連中の中に、このNY市でも結構名の知れた実業家や地主までいるから厄介なのよ。 」
連日報道されるニュースに、マスコミ各社が出すゴシップ記事。
その中に、フォレスト家が経営するカジノ店の名前が書かれた事から、NY市内に住む人々から変な噂が出た。
曰く『このカジノ店に出没する”キング”と呼ばれる伝説のギャンブラーと勝負をすると、負けた場合、何処かへと攫われる。 』という、如何にも下世話な噂話である。
「またマーコフ一家の嫌がらせと言う可能性は、無いんですか? 」
ライドウ達と同じソファーに座り、甘いカフェオレを一口啜ったモリソンが言った。
現在、マーコフ家とフォレスト家は、組織の利権を巡り、激しい抗争を繰り広げている。
KKK団三家の一つ、ルッソ家の家長・ジョルジュ・ジェンコ・ルッソの介入があり、現在抗争の火は鎮火したかに見えるが、その実、裏では小さな諍いが幾つも起こっている。
「その可能性は無いわ。 ルチアーノの糞親父は、品行下劣で性格も吐き気がする程、最悪だけど、一般市民を巻き込む様な真似だけはしない。 精々、チンピラを雇って店に嫌がらせするぐらいよ。 」
KKK団(クー・クラックス・クークラン)は、普通のマフィア組織とは違う。
本来は、悪魔の侵攻から力を持たぬ人々を護る自警団であり、長い年月を経て今の様な組織形態へと変わってしまっただけである。
人々を悪魔から護るという信念は未だに健在であり、当然、家長であるルチアーノもそこら辺は弁え(わきまえ)ていた。
「君達も優秀な召喚術士や魔導士(マーギア)がいるだろ? 態々、俺達に依頼する必要はないと思うんだけどな? 」
ダンテの意見に同意する気持ちは更々無いが、仮にもKKK団を代表する三家の一つである。
セキュリティーシステムも、一般とは段違いに優秀だろうし、これがもし悪魔の仕業ならば、それなりに対処も出来る筈だ。
「相手が並みの術者なら、どうとでもなるわよ。 誘拐事件があった当初は、腕の立つ連中を何人も問題のカジノ店に潜り込ませたわ。 でも、髪の毛一つの痕跡すらも残さず、標的だけを攫ってる。 悔しいけど、とても私達だけじゃ対処できる相手じゃない。 」
口惜しそうに唇を噛み締めるテレサ。
犯人の姿は未だに特定されてはいない。
事件が起こったカジノ店では、優秀な術者(マーギア)や剣士(ナイト)を常時、監視に付けてはいるが、犯人はまるで煙の如く現れては、獲物を攫っている。
まさに幽霊(ゴースト)である。
「実を言うと、誘拐事件が大きくなり過ぎちまって、今度、ルッソ家の家長・ジョルジュさんが様子を見に来る事になってるんス。 お嬢の手に余ると判断されたら、カジノ店の経営権は、強制的に取り上げられちまう。 」
KKK団(クー・クラックス・クークラン)の三家、ルッソ家は、組織が円滑に行われる様、監視するのが本来の役目である。
もし、組織の利権を利用し、私的に財産を着服するならば、有無を言わさず没収する権限を得ている。
当然、今回の件も目を付けられ、テレサ一人で対処出来ない場合は、ルッソ家が介入し、最悪、カジノ店の経営権を剥奪されてしまうのだ。
「随分と横暴だな? 」
「仕方がないんス。 あの船は、組織が共同出資で造ったヤツですし、一応、フォレスト家(うちら)が経営権を手に入れてますが、売り上げの半分は、組織に渡してます。 」
その為、半ば強引に経営権を取り上げられても、フォレスト家は強く出られないのだという。
モリソンの疑問に、眉根を八の字に歪めたアイザックが、簡単に説明してやる。
あの豪華客船は、いわばフォレスト家の名を売るためのプロパガンダみたいなものだ。
実際、そのお陰で建設業や風俗業に客や依頼主が流れている。
船の経営権を剥奪されたら、自然と客足は遠のき、忽ち干上がってしまうだろう。
「頼みます!ライドウさん! 今、あの船の利権を取られちまったら、フォレスト家の財政は更に苦しくなっちまう! そうなったら、俺等、家族(ライカン)を養えなくなっちまうんだ! この通りだ! 犯人を捕まえて下さい! 」
「ちょ、アイザック! アンタねぇ!! 」
主人を差し置いて、悪魔使いに頭を下げる従者を、テレサは半ば呆れた様子で眺めた。
ライドウも困った様子で、テーブルに頭をぶつけんばかりに下げる金髪の大男を見つめている。
フォレスト家の苦しい台所事情は、ライドウも良く知っていた。
誰よりも仲間想いのアイザックが、これだけ一生懸命になるのも判る。
フォレスト家の事業が縮小すれば、それだけ多くのライカン達が職を失う。
人間と殆ど変わらない第三世代は、何とかなるかもしれないが、第一、第二世代はそうもいかない。
何時正体がバレ、再び住む場所を追われるのか分からないのだ。
「・・・・・分かった。 但し、ジョルジュ氏には俺の存在は伏せていてくれ。 バレると後々面倒だからな? 」
「ありがとうございます!ライドウさん!!」
「・・・・・。 」
渋々といった様子で依頼を引き受けるライドウに、感動で涙腺を潤ませるアイザック。
そのすぐ隣では、苦虫を100匹噛み潰した様な顔をするテレサが、金髪の大男を睨みつけていた。
超豪華クルーズ船。
そのブランチの一区画に、モリソン、パティそして依頼主であるテレサと秘書兼用心棒のディンゴが、丸いテーブルを囲って椅子に座っていた。
一同を包む重苦しい空気。
その発生源であるこの超豪華カジノ店のオーナー、テレサ・ベッドフォード・フォレストは、不機嫌そうに初老の仲介屋と幼い少女を眺めている。
「ねぇ? 何時になったら17代目は姿を現してくれるのかしら? それと、何でアンタ達まで此処にいるのかちゃんと説明して欲しいんだけど? 」
苛々とした様子を隠しもせず、トントンと繊細な指先でテーブルを叩く。
彼女の機嫌がすこぶる悪いのは、当然であった。
依頼した凄腕の召喚術士は、ちっとも姿を見せない。
いるのは、頼りない仲介屋の老人と如何にも生意気そうなブロンドの餓鬼だけだ。
「この人、嫌い・・・・。」
真向いで此方を睨んでいる10代半ばの美少女を、負けん気の強いパティが睨み返す。
そんな金髪の幼い少女を、初老の仲介屋が窘めた。
「あー・・・ライドウは、ちょっと用意された衣装が気に入らなくて駄々をこねているというかぁ・・・・まぁ、レディーが説得して連れて来てくれるだろ? 」
「レディー・・・・? 」
モリソンの言葉にオウム返しでテレサが応えた時であった。
ブランチで思い思いに食事を楽しんでいた客達から、感嘆のどよめきが聞こえる。
何事かと一同が其方に視線を向けると、シックな紫のスーツを着た女荒事師、レディーに付き添われる一人の少女がいた。
目の覚める様な蒼いドレスに新雪の如き白い肌。
銀の長い髪をアップに結い上げ、顔には薄化粧を施されている。
前髪で左目を隠しているのは、組織『クズノハ』最強の召喚術士、17代目・葛葉ライドウその人であった。
余りの驚愕にあんぐりと口を開けるテレサと、その美しさに目を奪われる従者のディンゴ。
まるで御伽噺に登場する、麗しき姫君となったライドウは、レディーに半ば強引と言った様子で、モリソン達の所へと引きずられてきた。
「は、離せよ!レディー! こんなの聞いてねぇよ! 」
「もー、好い加減に諦めなさいよ? 貴方も一応は男でしょうが。 」
お互い悪態を吐きつつ、依頼主であるテレサ達がいるテーブルへと近づいて来る。
「綺麗!まるで絵本に出てくる御姫様みたい! 」
一同の前に来たライドウを開口一番、瞳をキラキラと輝かせた少女が、蒼いドレスで女装するライドウを上から下まで眺めていた。
「ううっ・・・・ありがとうなぁ・・・パティ。 」
褒められてるのに、何故か全然嬉しくない。
滂沱と屈辱の涙を流すライドウ。
生まれて来て44年間、まさか女装される日がこようとは、夢にも思わなかった。
「め、メアリー・・・・貴方がどうして此処に・・・・? 」
「久し振りね?テレサ・・・母さんの葬式以来かしら? 」
一方、そんなライドウの心の葛藤を他所に、女荒事師とフォレスト家、家長代理との間に険悪な空気が流れていた。
実を言うと、この二人は叔母と姪の関係にある。
昔は、歳もそれ程離れていなかった為、姉妹の様に仲が良かったが。
レディーこと、メアリーの母、カリーナの死がきっかけに二人の関係は疎遠になってしまった。
「あ・・・えーっとぉ、ダンテの奴はどうしてるんだぁ? アイツも確かこのカジノ店に来てるんだろ? 」
重苦しい空気になる二人を見たモリソンが慌てて、違う話題を出した。
モリソンの言う通り、便利屋事務所の主であるダンテの姿が何処にもいない。
相方のライドウが此処にいる以上、必ず船内の何処かに居る事は確かなのだが?
「ふん、どーせ、スロットかカードの賭け事でもして遊んでんだろ? 最初からこの仕事にやる気が無かったからな? あの馬鹿は。 」
どっかりと空いている椅子に座り、完全に不貞腐れモードに入ったライドウが、砂糖とミルク抜きの如何にも胃が悪くなりそうなコーヒーを啜る。
高級ホテルが出す馬鹿高い豆で挽いたコーヒーであるが、当然、何も入れないとかなり苦い。
それを眉根一つ動かさず、美味そうに飲んでいる辺り、ライドウの味覚は、大分壊れているに違いない。
「誰が馬鹿だってぇ? 」
そんなライドウの頭上で聞き覚えのある声が降って来た。
見上げると前髪をオールバックに撫でつけた銀髪の大男が、悪魔使いを見下ろしている。
何時もの真紅の長外套ではなく、トラッドな形のビジネススーツにシンプルなドレスシャツと蝶ネクタイに赤のベスト。
胸ポケットには、真っ赤なハンカチーフを入れていた。
「あら? 結構似合うじゃない? 」
前もってテレサが用意させたスーツに身を包むダンテを、真向いに座るレディーがからかい気味に眺める。
元々、モデル並みに整った容姿をしているのだが、長い前髪と怠惰的な生活態度をしている為、知り合いからは悪い印象しかない。
こうやって髪を整え、ちゃんとした服装をすれば、周囲から注目される程の美男子なのである。
「ちっ・・・呆れて帰ったと思ったのになぁ・・・・。 」
「世間知らずの徘徊老人を放置させる程、俺は人でなしじゃないんでね。 」
ライドウの隣に座ったダンテが、優雅に足を組む。
こうして二人が並ぶと、美男美女のベストカップルにも見える。
しかし、今にも咬み殺さんばかりの険悪な雰囲気が、大分ご破算にしていた。
「これで全員揃ったんです。 問題のカジノエリアに移動しましょう。 」
「・・・・分かったわ。 」
視線をレディーに向けたまま、口を閉ざしている主に向かって秘書のディンゴが促した。
それに、渋々と言った様子で応えるテレサ。
しかし、その瞳の色は、抑えることが出来ない怒りとそれと同じぐらいの戸惑いで揺れていた。
カジノエリア。
多彩な種類のスロットマシン。
一流のディーラーがエスコートするテーブルゲームでは、一時のスリルを味わう政財界の成金達が、雑談などをして楽しんでいる。
「どう? 悪魔の気配を感じる? 」
右隣に立つレディーが、ライドウに小声で囁く。
因みに、パティとモリソンは、シアターエリアに移動している。
仕事の邪魔にならない為に、「ライドウと一緒にいたい。」と愚図るパティを何とか説得してモリソンに預けて来たのだ。
「今のところは何も感じないな・・・て、いうかそれよりも・・・・。 」
「それよりも・・・・? 」
「め、めっちゃ、俺、見られてんだけど気のせいかなぁ? 」
無遠慮に突き刺さる周囲の視線。
特に妙齢なご婦人からの好奇な視線が、抉り込む様に痛い。
貞操の危機を否が応にも感じて、大分、居ずらい気分になる。
「仕方ないわよねぇ・・・貴方、物凄く美味しそうに見えるんだもの。 」
「はぁ? そりゃぁ、一体どういう意味だよ? 」
呆れた表情で、自分より頭一つ分高いレディーの顔を見上げる。
何も好き好んで女の恰好をしている訳じゃない。
裏社会で、名前も顔も知れ渡っているライドウの為に、女荒事師が行った最善の配慮だ。
当然、悪魔使いが自分で女装すると言った訳ではないので、半ば強引にドレスを着せられ、化粧されたのだが。
「全く、変装したのは良いけれど、別の意味で目立っていちゃ、仕事にならないんじゃないかしら? 」
そんな二人のやり取りを、呆れた様子でテレサが眺めた。
テレサの言う通り、この中で一番、ライドウが目立っている。
ビスクドールの様に愛らしく、又、触れる事が厭われる神秘的な美貌。
上流階級の人間が集まる高級カジノ店とはいえ、こんな俗世的な場所では、どうしても不釣り合いに映ってしまう。
「あら? 別に目立って良いじゃない? 犯人を誘き寄せる釣り餌になるかもしれないわよ? 」
馴れ馴れしくライドウの腰を抱き寄せ、レディーがその耳元に唇を寄せる。
性的匂いを多分に含ませる大胆なスキンシップに、ライドウの顔が茹蛸の様に真っ赤になる。
その背後では、銀髪の大男が、不愉快そうに眉根を寄せて、女荒事師を睨みつけていた。
「どういう意味? 」
「私なりに事件の概要を調べて見て、一つだけ誘拐された被害者達に、ある共通点がある事が分かったのよ。 」
後ろで咬み殺さんばかりに睨みつけている、銀髪の青年に悪戯っぽく微笑むと、女荒事師は説明を続けた。
曰く、誘拐された被害者達は、このカジノ店でもギャンブラーとして名が知れていた事。
ポーカーやスロットで、多額の金を稼いでいた事。
そして、最後が、彼等に親、兄弟がいない事であった。
「つ、つまり俺にギャンブルをしろって事か? 」
肩を抱き寄せ、此方を見下ろす女荒事師を、ライドウは少々困った顔をして見上げる。
「まぁ、そういう事になるわね? 貴方なら簡単でしょ? 賭け事に勝つ事ぐらい。 」
レディーは、自分の腕の中にいる麗しき姫君の顔を覗き込んだ。
と、突然、背後にいたダンテが、ライドウの腕を掴むと、半ば強引に二人を引き剥がす。
余りに露骨なセクハラに、自分の大事な玩具が弄られて我慢出来なくなったのだ。
「いい加減にしろ・・・見ていて気分が悪いぞ。 」
「あら? もしかして怒ったの? 怖いわぁ。 」
赤と青のオッドアイが、不快に眉根を寄せる銀髪の美男子を見上げる。
その腕の中では、いきなり腕を掴まれ、苦痛で顔を歪ませる悪魔使いがいた。
「もー、おふざけはそれぐらいにして頂戴。 今は誘拐犯の”キング”と被害者の安否を確認するのが大事でしょうが。 」
そんな二人のやり取りに、呆れた様子でテレサが言った。
女の直感ではあるが、ライドウとダンテが只の仕事上の付き合いで無い事ぐらいは、大体察しがつく。
それはレディーも同じで、彼女の場合は、ただ単にダンテ達をからかって面白がっている所があった。
「・・・・・言っておくが、俺の魔法(ちから)は、イカサマをして賞金を荒稼ぎするモンじゃない。 力無き人々を救う為のモノだ。 」
未だに腕を掴んでいるダンテの手を強引に振りほどくと、ライドウは、女荒事師に鋭い視線を向ける。
彼女の言いたい事は、大体判る。
つまり、魔法(ちから)を使って、イカサマをして、このカジノ店で名前を売れと言っているのだ。
「はぁ・・・”レッドアイ事件”や用心棒の件で大体判ってはいたけど、貴方って本当に真面目というか・・・頭が滅茶苦茶固いのね? これは、誘拐犯を誘き寄せる為の計画よ。 その為に、イカサマする事ぐらい何の問題にもならないでしょうが。 」
軽い頭痛を覚えて、女荒事師は額に手を当てる。
この悪魔使いは、すこぶる頑固で、汚い手段を極度に嫌う。
まぁ、それがこの人物の魅力であると言ってしまうとそれまでなのだが、何十年も裏社会で生きているのであるならば、多少の汚れ仕事ぐらい目をつぶってくれても構わない筈だ。
「爺さんが嫌なら、俺が代わりになっても良いぜ? 」
何故か得意気な顔で、自分を指すダンテに、一同の視線が一瞬だけ集まる。
暫しの沈黙。
「仕方ない・・・”キング”て野郎を炙り出す為の作戦だもんなぁ・・・被害者達の生死も気になるし・・・やるしかねぇよなぁ・・・。 」
「分かってくれて嬉しいわ? ライドウ。 」
「そうと決まったら、早速、VIPルームに移動しましょ。 」
完全に銀髪の青年を無視し、話を纏めるテレサとレディー、そして悪魔使いの少年。
先程の申し出を無言で却下され、銀髪の大男の顔がみるみる不愉快に歪む。
そんな便利屋の肩を、テレサの秘書、ディンゴが優しく叩いてやるのであった。
「何時まで膨れているんだぁ? いい加減、機嫌を直して欲しいんだけどなぁ。 」
此処は船内にあるシアタールームの一室。
部屋の体積の半分を埋める液晶画面の前に、一人の金髪の少女が座っていた。
初老の仲介屋を完全に無視し、リスの頬袋みたいにパンパンに膨らませて、日本のアニメーションを眺めている。
「ライドウ達は、仕事で此処に来てるんだ・・・・彼の邪魔をしたらいけないだろ? 」
「・・・・分かってる・・・・でも、何だかすっごく嫌な気分なの。 」
「はぁ・・・・嫌な気分ねぇ・・・・。 」
ラウンジでライドウ達と別れてから、ずっとこんな調子だ。
お気に入りの日本のアニメビデオでも観せれば、少しは曲がったへそが元に戻るだろうと期待してはいたが、全然その様子は見られない。
(まぁ、子供ながらにあの二人の関係を察しているんだろうなぁ・・・。)
座っている高級な皮のソファーにもたれかかり、シミ一つ無い綺麗な天井を見上げる。
ライドウとダンテは、肉体的関係にある。
それは、男女の様な生温い関係では決してない。
例えるならば、血に飢えた野獣同士が、互いの肉を喰らい合うのと似ているだろう。
相手の独占権を手に入れる為に、力でねじ伏せる。
捻じ伏せるのは、ダンテであり、ライドウは、仕方なくそれに付き合っている様に、モリソンは感じた。
当然、そんな歪な恋愛が長続きする筈がない。
いずれは破綻する。
(Xデーは何時になるのやら・・・・あんまり悲惨な結果にならない事だけを願うしかないな・・・。)
胸ポケットから、愛用の葉巻が入ったシガーケースを取り出すと、一本口に咥えて使い古したジッポーライターで火を点けた。
VIPルームの広い室内に入ると、そこには既に何名かの先客がいた。
ルーレット台の下座に4人の男女が椅子に座って、ワインやカクテルを楽しんでいる。
「皆様、この度は、当カジノにご足労頂き感謝しておりますわ。 」
そんな彼等に、何時ものビジネススマイルを向けるテレサ。
流石、ハーレム地区きっての資産家だけあり、16歳と言う年齢の割には、それなりに貫録が漂う。
「これはこれはテレサ嬢。 今日は、何時にも増して美しいですねぇ。 」
そう言ったのは、30代半ばと思われる黒髪の紳士であった。
通称『ゴールド・アーム・ジョー』と呼ばれ、黄金の腕を持つと言われる名うてのギャンブラーだ。
「特別ゲストを連れて来ると言っておりましたが、その後ろの御三方がそうなんですかな? 」
白髪と長い髭が特徴的な老人が、物珍し気にテレサの後ろに控えているライドウ達を見つめる。
この老人の名は、『サンタクロース』。
勿論、本名ではなく、何時も袋一杯に賞金を持ち帰る事から、そんな仇名が付けられた。
「まぁ、何て綺麗な娘(こ)? まるでお人形さんみたい。 」
老人の隣に座る妙齢な女性が、ライドウの神秘的美しさに思わず溜息を零す。
この女性の名前は、アマンダ。
ギャンブラー達からは、『ラッキーアマンダ』と呼ばれ、女神の幸運を持つと噂されている。
「・・・・・・。 」
最後に、終始無言でテレサ達の様子を伺っているのは、陰気臭い中年男性であった。
名前は、ポール。
本名なのか、偽名なのか分からない。
最近、このカジノ店で異様な程の勝率を上げている無名のギャンブラーだ。
「まさか、”キング”を呼ぶ為に、態々こんなお膳立てをしたのか? 」
「そうよ。 本当なら、私だってこんな茶番はしたくなかったんだけどね。 」
小声で問い掛けるライドウに、テレサは、小さな溜息を吐く。
”キング”と呼ばれる誘拐犯に目を付けられた被害者は、その界隈で結構名の知れたギャンブラー達であった。
明日は、三家の一人、ルッソ家の家長、ジョルジュがこのカジノ店を視察する。
故に、今日若しくは明日中に犯人の尻尾を掴みたいテレサは、止む無くVIPルームを用意し、釣り餌としてカジノ店で荒稼ぎしている彼等を招待したという訳だ。
「因みに、この案を出して来たのは、うちのディンゴ・・・まぁ、その女が余計な入れ知恵をしたんでしょうけど。 」
鋭い視線を自分の右隣に立つ、淡い紫のスーツを着た女荒事師へと向ける。
テレサに睨まれ、大袈裟に肩を竦めるレディー。
「君等の間に何があったか知らないが、今は仕事に集中してくれ。 」
「分かっているわよ。 」
僅かな蟠り(わだかまり)を残しつつ、テレサは無念そうにレディーから視線を外す。
ライドウの言っている事は正しい。
カジノ店の利権を取り上げられない為にも、連続誘拐犯の身柄を確保しなければならない。
「今日は、皆様に特別ゲストを用意致しましたの。私の友人で、名をグェンと申します。 」
そう一同に紹介したテレサは、無遠慮にライドウの背を押す。
仕方なしに、前に出るライドウ。
彼等の視線が物凄く痛い。
もし、穴があるなら入って地中深くまで潜りたい心境だ。
「可愛い・・・食べたら熟れた林檎の様に甘そうね? 」
まるで血に飢えた肉食獣の様に、アマンダが舌なめずりをする。
途端に怖気で、顔色を真っ青にするライドウ。
駄目だ・・・・この作戦(プラン)、絶対に失敗する。
「しっかりしてよ! 貴方、”クズノハ”最強の召喚術士(サマナー)なんでしょ!? 」
「分かっているよ! でもあのお姐さんがめっちゃ怖いんだよぉ! 」
レディーの叱責に、半ばライドウがキレ気味に返す。
アマンダだけじゃない。
他の面子も女装したライドウに対し、明らかに性的欲望を滾(たぎ)らせているのが分かる。
唯一、無関心なのが、陰気臭い中年のポール只一人だ。
「えー、この娘(こ)、ギャンブルに対してちょっと興味があるみたいで・・・もしよろしかったら皆様に手解きなんてして頂けたら、嬉しいと思いますの。 」
我ながら苦しい言い訳だ。
本当ならば、自分が彼等の相手をする予定であった。
綿密に練られた計画(プラン)を急に変更され、テレサは内心腸が煮えくり返る気分であった。
「若い娘が賭け事に興味を持つのは関心せんな。 」
「良いじゃないですか? 偶(たま)には、こういう遊び心も必要だと思いますよ。 」
「私もジョーに賛成。 精神を削り合うギャンブルばかりじゃ、ストレスが溜まるだけですもの。 」
渋い顔をする老人ギャンブラーに対し、残る二人はそうでもない様子であった。
このレセプションを完全に”遊び”として楽しんでいる。
まぁ、この飯事(ままごと)に付き合えば、多額の報酬を頂けるのだから、何ら不満が出る筈も無いのだが。
そんなこんなで、早速ゲームが開始された。
カジノで最早定番とされているルーレットには、アメリカンとヨーロピアンの二種類に分かれる。
違いは、0と00を含むか含まないかであり、38分の1と37分の1では、当然、後者の方が当たる確率が高い。
その為、アメリカンルーレットの方が、最も取り扱いが多いのである。
「こういうのは、初めてかしら? 」
渋々、指定された席に座るライドウに、隣にいるアマンダが早速声を掛けて来た。
テーブルの台に肘をついて、悪戯っぽく笑っている。
「えぇ・・・・まぁ・・・・。 」
男とバレない様に、わざとらしく裏声でライドウが応える。
そして、視線を右隣にいるアマンダから真向かいにいる白髭が特徴的なサンタクロース、そして紳士的な男性、ジョーと陰気な中年男、ポールへと順々に向けた。
「大丈夫、私が優しく教えてあげるから。 」
赤いルージュが引かれた唇を笑みの形に歪め、アマンダが馴れ馴れしくテーブルの上に置かれたライドウの手を握る。
意味有り気に悪魔使いの右手の甲をなぞる、白い指先。
戸惑いと嫌悪感で、ライドウの顔が引きつる。
「狡いんじゃないですか? ミス・アマンダ。 席が彼女の隣っていう理由だけで、エスコートを独占するなんて。 」
「そうだな。 むさい男共の隣なんて息が詰まるだけじゃ。 」
そんな二人の様子に、ジョーとサンタクロースから不満の声が上がった。
これは、何時もしているギャンブルではない。
特別手当が貰える子供のお遊びだ。
インセンティブを要求して何が悪いというんだ。
「御免なさい、この娘(こ)のレクチャーは、私がやる事になっているの。 」
針の筵(むしろ)状態のライドウに助け舟を出したのは、淡い紫のスーツを着た女荒事師であった。
その背後では、苦虫を100匹以上噛み潰した様な渋い顔をしている銀髪の大男が不機嫌そうに足を組んでソファーに踏ん反り返っている。
本当なら、相棒である筈の自分が買って出る役目である筈だが、気の短いダンテでは、すぐ喧嘩になってしまうだろうと、此処は敢えてレディーが出て来たという訳だ。
従業員に命じて、ライドウの隣に椅子を運ぶ。
着席するレディーを、ギャンブラー達は面白くもなさそうに眺めていた。
数時間後、何試合か楽しんだ一同は、一時休憩を挟む事になり、VIPルームから出て行った。
室内に残っているのは、店のオーナーであるテレサとその秘書、ディンゴ。
銀髪の便利屋に女悪魔狩人と悪魔使い、そして陰気な顔をしているギャンブラーのポールだけであった。
「貴方、結構ギャンブルの才能があるじゃない? 魔法(イカサマ)を使わずこれだけ勝てる何て大したものだわ。 」
「・・・別に・・・37分の一の確率を当てるだけのゲームじゃねぇか。 」
感心するレディーに対し、ライドウは何処か不貞腐れた様子で応える。
7試合行われ、結果、4試合、ライドウの予想は見事的中している。
もっと本気を出せば、全試合勝つ事も出来たが、そこは敢えて態と外していた。
あまり勝ちが続くと、周囲から不審の目で見られてしまうからだ。
「それで? 彼等の中に犯人は居たの? 」
窓辺に佇み、外の景色を眺めているポールに注意しつつ、テレサが小声で聞く。
彼等の本来の目的は、連続誘拐犯と目される”キング”なる人物を捕まえる事だ。
名うてのギャンブラー達に勝つ事では無い。
「うーん、この室内に居るのは間違いないんだけどな・・・・てか、舐められているとしか思えねぇな。 」
「どういう意味だ? 」
何故か苛々とした様子のライドウに、ダンテが胡乱気に聞く。
「まるで猟奇殺人事件の犯人が、態と痕跡を残すみたいに、この誘拐犯もベタベタとあちこちに魔素(におい)を残していやがる。 」
ライドウ曰く、先程、対戦した賭け事師達の躰に魔素の残り香が僅かに残っているのだそうだ。
そして、彼等ばかりではなく、ルーレットを回したこの船専属の一流ディーラーや、オーナーのテレサ達にまで、その匂いはしっかりと付着している。
「必ず何処かで”キング”と接触している筈だ。 心当たりは無いか? 」
「ちょっと、いくら私がB級の召喚士(サマナー)だからって、馬鹿にしないで欲しいわね? その手の奴等が近づいたら一発で分かるわよ。 」
「私も社長と同じです。 一般人と悪魔の違いぐらい体臭で分かります。 」
嫌悪感丸出しのテレサと、困惑気味に眉根を寄せる秘書のディンゴ。
一応、彼等も魔導結社の一つ、KKK団に所属する人間だ。
魔導と深く関りがある以上、術士や悪魔の気配を察知する事ぐらい簡単に出来るだろう。
「・・・・あのポールって奴はどうなの? 如何にも犯人って感じがするんだけど。 」
それまでライドウ達のやり取りを眺めていたレディーが、窓辺に立って外の景色を眺めている陰気な中年男を指差した。
ゲーム中、一言も喋らず、終始無言であった。
皆、”お遊び”に興じ、普段はしない大胆なベットをするにも拘わらず、ポールは常に堅実であった。
一同の会話に加わらず、無言でディーラーが回すホイールを見つめているだけ。
「違うよ・・・彼は至って普通の人間だ。 」
しかし、そんなレディーの言葉をライドウはあっさりと否定する。
容疑者と思しきギャンブラー達の中でも、一番怪しい人物だと誰もが思うが、ライドウの見解は完全に違っていた。
「不安と苛立ち・・・何故、自分がこんな所に招かれたのか理解出来ない・・・それと、部屋の外にいる上司を何とかして欲しい・・・・て、ところかな? 」
実を言うとあのポールと呼ばれる人物は、仕事上の接待としてこの豪華客船に来ただけであった。
真面目で実直を絵に描いた様なポールは、上司のちょっとした悪ふざけで、無理矢理スロットをやらされ、それが偶々当たってしまっただけであった。
そして更に不幸な事に、彼は強運の持ち主であったのである。
恐ろしい程の勝率で、スロットを当て続けた他、カードゲームでも、一流ディーラーを出し抜く形で勝ってしまった。
「贅沢な悩みだぜ。 」
「そうよねぇ、 どっかの誰かさんは、ギャンブルの才能が哀しい程、無いっていうのにねぇ。 」
高級な革張りのソファーに踏ん反り返る銀髪の美男子を、レディーがテーブルに頬杖をついて横目で眺めた。
「仕方ない・・・あまりこの手は使いたくなかったが、この室内にいる全員の脳内にハッキングを仕掛けるしかないな。 」
ライドウが、何時もの砂糖なしの苦いコーヒーを喉に流し込む。
ギャンブラー達の心の中を覗いただけでは埒が明かない。
このVIPルームにいる全員。
カジノ店専属のディーラーやテレサ達を含む人間達の深層意識に脳侵食(ブレインジャック)を行い、彼等に共通する人物を洗い出す必要があった。
「そんな事出来るの? 」
「さぁな・・・人間の精神構造は、悪魔と違って複雑だ。失敗する確率は高いが、何時までも時間を潰している訳にもいかねぇからな。 」
大分、分の悪い賭けではある。
ディーラーがノブを捻ってホイールにボールを投げ入れる瞬間。
室内にいる全員の意識が集中するその僅かな時間を狙うしかない。
「ちょっと、私達は、高い依頼料と金を掛けてこれだけの場所をセッティングしてるのよ? 確実に犯人の尻尾を掴みたいのよ? 分かる? 」
余りに無計画なその内容に、当然、依頼主であるテレサが異を唱えた。
犯人と疑わしきギャンブラー達を集め、その上、彼等に報酬まで支払わなければならない。
ライドウ達に対する依頼料と合わせれば、馬鹿に出来ない金額だ。
「大丈夫、君の期待に応える様に努力はするつもりだ。 」
そう言って、ライドウはドレスのポケットから愛用の小型スマートフォンを取り出す。
流石に仕事で使用しているGUMPは持って来れない為、予(あらかじ)め、悪魔召喚プログラムをそのスマホにインストールしていたのだ。
何桁か番号をスマホに打ち込む。
すると空中に小さな魔法陣が展開し、データー化した悪魔が姿を現した。
「そんじゃ、何時も通りサポート頼むわ。」
「了解♡ マベルちゃんにおまかせ! 」
魔法陣から実体化したのは、ハイピクシーのマベルであった。
1時間程の休憩後、賭け事師達は、再び、VIPルームに集まった。
早く家に帰りたいのか、陰気な中年男のポールは、ブツブツと口内で上司に対する文句を呟いている。
「それでは、後半戦を行いたいと思います。 皆様、最後まで十分お楽しみ下さいね? 」
普段の高飛車な態度は微塵も感じさせず、テレサはその愛らしい容姿を存分に生かした笑顔を一同へと向ける。
内心は、ライドウに対する不信感と、レディー(叔母)に対する怒りと苛立ちで複雑な心境であるだろう。
しかし、それを噯(おくび)にも出さず、営業スマイルで完全に隠している辺り、流石、プロだとライドウは思わず感心した。
「私とテレサの関係が気になる? 」
ライドウの隣に座ったレディーが、小声で囁いて来た。
怪訝な表情で、右隣に座る女荒事師を見上げる。
すると、彼女は悪戯っぽい笑みを口元に浮かべた。
「どうしてあそこまで私を嫌っているのか、理由を知りたいでしょ? 」
「別に・・・他人の家庭事情に干渉する気はないよ。 」
「そう? その割には、ダンテに関しては大分気になるみたいね? 」
「何? 」
「アイツが悪魔に拘わるのを必要以上に避けようとしている。 まるで何かから彼を護っているみたい。 」
女荒事師に核心を突かれ、ライドウは思わず黙ってしまう。
レディーから視線を外し、チップを置く配置が描かれたテーブルへと落した。
「一体、何からアイツを護っているの? ヴァチカン13機関(イスカリオテ)? それとも、”クズノハ”(あなたたち)からかしら。 」
俯き、押し黙った状態で、テーブルの上を見ている悪魔使いを横目で眺める。
レディーの推測は、100%的を得ている。
ライドウがダンテを護る理由は、恐らく後者。
自分が所属している組織『クズノハ』からだろう。
魔導に身を置く人間なら、日本の巨大国家機関『クズノハ』の存在は誰もが知っている。
そして、その組織が抱える暗部も・・・。
「・・・・・君は、何かを勘違いしている。 俺は唯、面倒臭いのが嫌いなだけだよ。 」
自分の肩に座り、心配そうに主を見上げる小さな妖精に微笑みかけながら、ライドウは周囲に聞こえない様に小声で応える。
そんなやり取りを交わしている時であった。
カジノ店専属のディーラーが、ホイールと呼ばれる直径82cmの回転する円盤の前へと立つ。
一同の視線が、そのディーラーへと集まる。
年若いディーラーの青年は、ベット(賭け)を開始するベルを1回鳴らした。
思い思いの予想で、専用のコインをインサイドベットやアウトサイドベットへと置く賭け事師達。
ライドウは、倍率が低いアウトサイドベットに手持ちのコインを数枚置く。
「此処からが勝負だな・・・・マベル、サポート頼むな。 」
「了解。 」
回転盤の上部に取り付けられているノブに手を掛けるディーラーを横目で眺め、悪魔使いが仲魔に合図を送る。
回転盤が回り、白いボールがポケットに入るまで数分間。
その間に、室内にいる全員の心に入り込み、魔素の汚染原因を洗い出す。
緩やかな速度で回るホイール。
追加のベットを行う者、又、それの変更を行う者。
全員の意識が、白と赤のポケットに別れた回転する円盤へと向かったその瞬間、ライドウは瞼を閉じて『脳侵食(ブレインジャック)』を仕掛けた。
「本当に上手く行くのかしら・・・。 」
双眸を閉じて、下へと俯く悪魔使いを少し離れた所で見つめるテレサ。
落ち着かないのか、ソファーの上で組んでいる右足首を何度も上下にゆすっている。
「落ち着けよ?お嬢ちゃん。 爺さんなら確実に犯人を見つけ出せるさ。 」
同じくソファーに座る銀髪の美青年が、興味無さ気に美しく着飾った悪魔使いを見ていた。
「さっきから気になっているんだけど、アンタ、17代目を”爺さん”呼ばわりとか良い度胸ね? 」
「あぁ? 」
胡乱気に二人分離れた位置へと座っているテレサに、ダンテが視線を向ける。
負けん気の強い蒼い瞳が、不遜な態度を取り続ける便利屋を睨みつけていた。
「裏社会で人修羅・・・17代目・葛葉ライドウを知らない者はいないわ。 ”血も涙もない冷酷な殺し屋””全てを破壊する魔王”・・・そう言って、皆恐れてる・・・まぁ、私もそのうちの一人だったんだけど・・・。 」
テレサの後ろで直立不動に立っているディンゴが、心配そうに若い主と便利屋を交互に眺めている。
しかし、部下の危惧を他所に、テレサは更に言葉を続けた。
「実際、会ってみて、この目で彼を見て、噂が半分出鱈目だと知った。彼は、素晴らしい召喚術士(サマナー)であり、人間としても誠実で信用に足る人物であるとね。」
今迄の経緯を見て来た彼女なりの答えであった。
怪物として人間達から、忌み嫌われてきたライカン達を、ライドウはごく自然に受け入れた。
また、そればかりではなく、父・ジョナサンと同じ様に彼等に寄り添い、共に苦労を分かち合った。
それ故、アイザック達、ライカンからあれだけの信頼を得る事が出来るのだ。
「だったら、そんなに心配する必要なんてないだろ? 」
真剣な表情で、向かい側に座る悪魔使いを見つめる甘栗色の髪をした少女に、ダンテが呆れた様子で言った。
そこまで、ライドウの事を調べたのなら、何を不安に思う必要があるのだろうか?
「あら? 分からない? 私はアンタに対して嫌味を言っているのよ。 」
ルーレット台に居るライドウから視線を外し、テレサがダンテに皮肉な笑みを見せる。
彼女は気に喰わないのだ。
そんな素晴らしい人物の傍らに、”便利屋”如き、不埒な輩が傍にいる事が。
「悪いと思ったんだけど、貴方の事も調べさせて貰ったわ。 出て来た答えは唯一つ・・・アンタがどうしようもない”クズ”って事。 」
「・・・・・。 」
「貴方、あの伝説の魔剣士の息子なんですってね? まぁ、嘘か本当か分からないけど、貴方が普通の人間じゃない事ぐらいは判るわ。 」
荒事師の間で、ダンテはかなり有名だった。
数年前、ふらりとこの街に現れ、便利屋の仕事を始めた。
それまで、便利屋なんて仕事は裏社会の雑用係として大分、中途半端な存在でしかなかった。
それを、仲介屋を通して自分の好きな仕事を選ぶスタイルに定着させたのは、この男であり、彼等の存在を気に入らない裏社会の古株達を黙らせたのも、このダンテなる人物だったのである。
常人よりも遥かに優れた膂力とタフネスさ。
大剣『リベリオン』を背負い、大型二丁拳銃を巧みに操る凄腕の荒事師。
「三年前の”テメンニグル事件”覚えてる? あの一件の首謀者がアンタの双子の兄貴だったそうじゃない。 」
無言でルーレットゲームに興じる賭け事師達を眺める銀髪の美青年。
甘栗色の髪をした少女が、ちらりと一瞥を送る。
「あの事件で、スラム一番街に住んでいた人達が大勢死んだわ。 異界から大量発生した悪魔共と、それを駆除するヴァチカンの戦闘機のせいでね。 」
「何が言いたいんだ? お嬢ちゃん。 」
「あら? 分からない? 自分の家族がそんな大事件の首謀者だって事に対して、何か思う事は無いのか?と聞いているのよ。 」
テレサが何を言わんとしているのか大体察しはつく。
双子の兄、バージルが古の塔『テメンニグル』を復活させなければ、あの悲劇は起こらなかった。
馴染みにしていた”45口径の芸術家”として知られるガンスミスのニール・ゴールドスタイン。
彼女が、空爆に巻き込まれ、死ぬ事も無かった。
否、あの一番街に住んでいた人々も、あの事件さえ起きなければ、今も笑って日常生活を送っていただろう。
「ねぇ? 今どんな気持ち? 自分の実の兄貴が下劣な殺人鬼だって知って・・・あの地区に住んでいた人達に対して、アンタは何も思わないの? 」
「しゃ、社長・・・・!! 」
あの事件で、ダンテを責めるのは完全にお門違いだ。
大体、ダンテとバージルは、幼い時に生き別れている。
十数年前に、死んだと思われた双子の兄がひょっこり現れ、魔界と現世を繋ぐ古の塔を甦らせ、悪魔を大量に呼び込んだ。
真実は、まさにそうなのだが、あの一件で肉親を失った第三者は、そんな簡単に納得しない。
「・・・・・兄貴は・・・バージルは、確かにクズだ・・・・そして、その兄貴を止められなかった俺は、もっとクズだ。 」
氷を連想させるアイスブルーの瞳が、ルーレット台の前に座る美しい悪魔使いを見つめる。
ライドウがあの場所に居なかったら、事態はもっと酷かった筈だ。
自分と兄、バージルだけでは、あのダークサマナーを倒す事は出来なかっただろう。
被害は、レッドグレイブ市だけに留まらず、NY全体に及んでいたかもしれない。
「ダンテさん・・・・。 」
「・・・・・。 」
そんな銀髪の青年をやるせない気分で見つめる秘書のディンゴと、その主、テレサ。
本心では、彼等も判っている。
ダンテもまた、あの事件の被害者であるという事を。
一方、深層意識の世界へと足を踏み入れたライドウ。
「ぷ・・・・何だよ? こりゃ。 」
幾つも目の前で展開されている記憶のディスプレイ。
その中の一つに、妻に蹴り飛ばされる男の姿が映っていた。
女に蹴られたのは、ゴールドアーム・ジョーという通り名を持つ賭け事師であり、どうやら家族と買い物に行く約束をして大分遅刻をした挙句、釣り具店で高価なルアーを黙って購入していた事がバレてしまったらしい。
活火山の如く、大噴火した妻は、幼い我が子の手を引っ張り、さっさと商店街方面へと向かってしまう。
その後を、情けない顔をしたジョーが追い掛けていた。
「ジョーって奴は、しがない証券マンと・・・。 それから、サンタクロースって爺さんは、小学校の用務員で、アマンダっておっかない姐ちゃんは、三人の子供を持つ専業主婦。 」
次々に映り変わる記憶の映像。
花壇やグラウンドを整備する初老の男。
我儘を言う子供達に辟易しながらも、何とか家事をこなす30代半ばの女性。
不器用な研修医と恐妻家を持つ、証券業者のサラリーマン。
この豪華客船とは、地球の裏側程も縁が無さそうな一般人達だ。
「うーん、それにしても分かんねぇなぁ・・・彼等との共通点が全く見いだせない。 」
彼等、4人の中に”キング”と呼ばれる連続誘拐犯の可能性は、限りなくゼロに近い。
それはこのVIPルームにいる人間達も同じで、当然、テレサ達は除外される。
もっと古い記憶・・・更に彼等の深層意識にアクセスしなければならないだろう。
そう、ライドウが考えている時であった。
映像の一つに、ある建物が映った。
「これは・・・・・。 」
4人に共通する記憶の断片を探り当て、悪魔使いが、その建物を拡大する。
観光客で人気スポットの、ワシントン・スクエア・パーク。
その公園に面して建てられた白い建物。
Washington general Hospital 建物に設置されている看板には、そう表記されている。
ジョーは、毎日の様に妻から受けるDVで精神的に参っており、神経性の胃腸炎を患っていた。
サンタクロースは、持病のリュウマチの治療の為に週一回内科に受診。
アマンダは、子供の胃腸炎を移され、内科に受診しており、ポールは、その病院に研修医として勤務している。
「病院・・・・成程ね・・・そういう事か。 」
これで、犯人の目星は大体ついた。
後は、彼を捕まえて、身辺調査をするだけだ。
ライドウは、テレパシーでサポート役である仲魔のマベルに連絡を取ろうとする。
しかし・・・・・。
唐突に破られる精神空間の壁。
砕け散る破片の中から、何者かの巨大な腕が現れ、ライドウの華奢な躰を鷲掴む。
「しまった!! 」
拙い、油断していた。
抵抗する間もなく、暗闇の中へと引きずり込まれるライドウ。
最後に視界に入ったモノは、ポールの上司であり、内科外来の医者の姿が映った。
ライドウの異変に逸早く気づいたのは、サポート役の小さな妖精であった。
「ライドウ!!? 」
テレパシーで呼び掛けるが、時既に遅く、主の意識は、何者かの深層世界に取り込まれていた。
「一体どうしたの? 」
只ならぬマベルの様子に、レディーが訝し気に未だに俯いて微動だにしない、悪魔使いの顔を覗き込む。
すると、左の顎から蟀谷(こめかみ)にかけて走る、不気味な痣を見て、一瞬だけ息を呑んだ。
ライドウの情夫である骸が彼に施した外法、蟲毒という呪術である。
普段、悪魔使いの体内で大人しく身を潜ませていたが、主の意識が完全に消失した為、表に出て来たという訳だ。
「ライドウが!ライドウが敵に・・・・!! 」
右隣にいる女荒事師に、マベルが緊急事態を伝えようとしたその時である。
VIPルーム全体を魔界の瘴気が包み、室内の内装がみるみるうちに異形のソレへと変わっていく。
「くくくっ・・・・捕まえた・・・・。 」
「こんなに上手く行くとは思わなかった・・・・。 」
「流石・・・SSクラスの召喚術士(サマナー)だねぇ・・・俺とは格が違うわ。 」
それまで、ルーレットに興じ、楽しんでいた賭け事師達。
しかし、自我は既に失われている。
白目を剥き、不気味に顔を歪ませていた。
「一体どうなっているの? 」
「どうやら、敵さんが本性を見せたらしいな? 」
異変は、当然、テレサ達やダンテにも起こっていた。
壁全体に浮き出る植物の様な触手。
VIPルームの大きな出入り口の扉を覆い、完全に退路を断ってしまう。
「で、出口が!! 」
「社長!お下がり下さい!! 」
床や壁から這い出して来る異形の群。
食虫植物の様な頭部を持つその怪物は、魔界に生息する樹から生み出される悪魔・・・キメラシードであった。
常に腹を空かせ、寄生する獲物を求めて舌なめずりの様に真っ赤な触手を蠢かせている。
「こ、これはキメラシード・・・どうして魔界の植物が現世にいるの? 」
秘書兼用心棒のディンゴに護られ、テレサが恐怖に顔を引きつらせる。
「知るかよ・・・判っているのは唯一つ、俺達は完全にハメられたって事だ。 」
両脇のガンホルスターから、愛用の双子の巨銃”エボニー&アイボリー”を引き抜く。
ダンテの言う通り、自分達は敵の巧妙な罠に掛かってしまった。
だが、それは別段構わない。
先程、テレサに煽られ、腹の虫が悪かったところだ。
存分にコイツ等で憂さを晴らさせて貰う。
「ヒーッヒヒヒ! ラリホォー!! 」
異界化したVIPルームに響き渡る甲高い声。
賭け事師達の口から、ガス状のマグネタイトが吐き出され、夢遊病者の如く茫然自失とした状態で立つポールへと集まる。
強制的にマグネタイトを引き抜かれ、糸の切れた人形の様に倒れる賭け事師達とカジノ店専属のディーラー。
皆、一様に真っ青な顔をして、苦しそうに呼吸を繰り返している。
幸いな事に、命だけは取られていないらしい。
「夢魔”インキュバス”ね・・・・。 」
賭け事師達のマグネタイトを得て実体化する悪魔。
蒼白い肌に蝙蝠の様な羽根。
長く尖った鼻に、ぎょろりと大きな目が女荒事師とその傍らで机に突っ伏す悪魔使いへと向けられる。
人間(ヒト)を悪夢へと誘う悪魔、夜魔・インキュバスだ。
「おチビちゃん、ライドウの事は貴方に任せたわよ。 」
両脇のガンホルスターから、ベレッタM9を引き抜き、照準をポールの肩に座る悪魔へと向ける。
ライドウが囚われてしまった以上、状況は此方の方が圧倒的に不利。
マベルが深層意識から主を引き戻してくれるのを願いつつ、全力で彼を守るしかない。
「ヒヒッ、こんな地獄の真っ只中でも希望を決して失わない・・・良いねぇ、俺ちゃんそういう奴等は大好きだぜ。 」
此方に銃口をピタリと向ける女狩人を見て、悪魔がおどけた様子で肩を竦める。
悪魔らしからぬ何処か人間臭い態度だ。
「一つ聞きたいんだけど、貴方一体何者? 只の悪魔じゃないわね? 」
キメラシードの群に取り囲まれ、逃げ場が何処にも無い。
絶望的な状況。
しかし、レディーの声からは、そんな気配など微塵も感じられない。
「その通り、コイツは唯の着ぐるみ。 俺様自身は、この船の何処かに居る。 」
強者故の奢りか、インキュバスは何処か得意気に応える。
「さっき、SS(ダブルエス)の召喚術士がどうとか言っていたけど・・・貴方が誘拐犯(キング)じゃないって事? 」
「アハ・・・♡ そんな事俺ちゃん言ったかなぁ? どうも、歳を取り過ぎたせいか物忘れが激しくていけねぇ。 」
インキュバスがパチリと指を鳴らす。
それを合図に、レディー達に襲い掛かるキメラシードの群。
ベレッタM9を巧みに操り、魔界の植物達を撃ち落として行くが、数体だけ取り零してしまう。
「しまった!! 」
取り逃がしたキメラシード達が、ルーレット台で突っ伏すライドウへと襲い掛かる。
未だ深層意識から戻れぬ悪魔使いに抵抗する術など当然なく、そのすぐ傍にいる妖精は、主を引き戻すのに必死だ。
槍の様に尖った触手が、無抵抗な悪魔使いを貫く刹那、凶悪な鋼の牙が、魔界の植物を次々に引き千切っていく。
レディーが、銃弾の放たれた方向を見ると、両腕をクロスさせる形で銃を構えたダンテがいた。
「しっかりしてくれよ? コッチは、嬢ちゃん護るので手一杯なんだからよぉ。 」
「分かっているわ。 」
上着に隠してある腰のサブマシンガンを引き抜くレディー。
短機関銃が吠え、キメラシードの群を吹き飛ばす。
「社長!私から離れないで下さい! 」
上着を脱ぎ棄て、ライカンスロープ本来の姿へとメタモルフォーゼするディンゴ。
全身を覆う白い体毛に、鋭い爪と牙。
二本の強靭な後ろ脚で立つ、ベンガルトラの白変種へと姿を変える。
「舐めないでよ。 こう見えてもKKK団(クー・クラックス・クークラン)のメンバーなのよ。 」
か弱き主を我が身を盾にして護る従者に舌打ちすると、テレサは、脚のガーターベルトに差し込んである管と呼ばれる細長い筒を取り出す。
蒼白い光を放ち、筒が開く。
中から、テレサの仲魔”オルトロス”が召喚された。
「ふん、あれがダンテか・・・・・悪魔と人間の合いの子って噂は本当らしいな? 」
キメラシードの大群を、たった二丁のハンドガンで薙ぎ倒していく銀髪の便利屋を、ポールの肩に座ったインキュバスが、頬杖をついて眺める。
主を護らんと獣化したライカンスロープと、仲魔を召喚し、指示を出す甘栗色の髪をした少女。
サブマシンガンとベレッタM9を巧みに操り、キメラシードを倒している女悪魔狩人。
しかし、病的な蒼白い肌をした小柄な悪魔の視界に映るのは、銀色の髪をした大男だけであった。
憎しみの色を湛えたぎょろりと大きな目が、ダンテの端正な横顔を見つめる。
「すまねぇなぁ? ポール。本音を言うとお前を利用するつもりとかは、全く無かったんだぜぇ? でも、仕方がねぇのさ。 お前の隠された才能を見つけちまったのがよりによって俺様だったのがいけなかったのさ。 」
自我を失い、マネキン人形の様に棒立ちになっている中年男性の頭をポンポンと軽く叩く。
底の見えない暗闇の中へと堕ちていく。
不意に襲う肌を貫く様な寒気。
薄っすらと閉じていた双眸を開くと、古い屋敷の内装が飛び込んで来た。
襖が外された大広間。
縁側へと続く廊下には、雪に埋もれた庭が見える。
「こ・・・此処は・・・・? 」
見覚えのある景色。
不図、自分の躰を見下ろす。
革の肩当に赤い腰帯。
両手には、仕込みナイフがある手甲を付けている。
十二夜叉大将に所属していた当時の服装だ。
「ちっ・・・・・敵の罠か・・・・。 」
嫌悪感に、呪術帯で覆われた相貌を歪ませる。
賭け事師達の深層意識を探っている時に油断してしまったのがいけなかった。
まんまと敵の罠にハマリ、彼等の深層意識とは別の場所に引きずり込まれてしまった。
此処は多分、己の精神世界の中だ。
「ううっ・・・・どうして・・・どうしてこうなっちゃうのかなぁ? 」
何処からともなく聞こえてくる低い呻き声。
見ると部屋の片隅に、茶の襦袢と着物を着た40代後半辺りの男性が、蹲る様にして啜り泣いている。
「僕は・・・・僕は唯、あの子に幸せになって貰えたらと思っていただけなんだ・・・ナナシ君だって判るだろ? 」
「・・・・っ、先生。 」
此方に振り返る男の容姿を見た瞬間、驚愕に唯一露出している右眼を見開く。
蹲って泣いている男は、先代・葛葉ライドウその人であった。
涙と鼻汁でぐしゃぐしゃになった顔が、哀しそうに歪む。
「三太夫(さんたゆう)君と月子の事は、最初から知っていたんだ。 三太君は真面目で良い子だったし、月子も彼を好きだったから、二人の事は知らない振りを続けていたんだ。 」
でも、それがいけなかった。
まさか、月子が三太夫の子を身籠るとは思っていなかった。
そして、それが彼等が葛城の森から出奔するきっかけになるとも想像してはいなかった。
「は・・・晴明が・・・・彼が子供を堕ろせと・・・ライドウの正統な血筋を獣で汚すなと・・・・僕は何度も抗議したんだ・・・壬生の大婆様にも必死に頭を下げた・・・でも駄目だったんだ。 」
畳の上に、ぼたぼたと涙の雫が落ちる。
「ううっ・・・・僕がもっと早く二人を引き離しておけば良かった・・・・そうすれば、こんな事には・・・・僕のせいだ・・・僕の・・・・。 」
「先生・・・・。 」
声を殺し、只泣く事しか出来ない哀れな男。
この人物が、四家の中でも文武両道に優れ、英傑と謳われる人物とは到底思えない。
「な・・・ナナシ君・・・こんな事を君に頼むのは筋違いだと理解している。でも・・・でも、僕じゃ駄目なんだ・・・・出来ないんだよ。 」
涙で濡れた双眸を此方に向ける。
やめろ・・・・やめてくれ。
その後に続く言葉だけは聞きたくない。
余りの嫌悪感に顔が歪む。
しかし、肉体は己の意思に反して、全く動けないでいた。
「つ・・・連れ戻してくれないかなぁ? い、嫌な役目を押し付けているのは判っているんだ・・・月子を連れ戻すのは、父親である僕の役目なんだ・・・でも・・・。 」
己の足元で土下座し、恩師が必死に頭を下げる。
矜持も16代目・葛葉ライドウという名の誇りも、今は関係が無かった。
「頼むよ! 月子を連れ戻してくれ! どんな代償を支払っても構わない! あの子を・・・月子をこの屋敷に連れ戻してくれ! 」
「・・・・先生。 」
自分は、かつてこの男に憧れた。
法術に優れ、人徳があり、誰からも慕われる素晴らしい悪魔召喚術士(デビルサマナー)だと思っていた。
だが、今は何もない。
己の名誉を護る事しか考えていない、利己的で卑しい人間だ。
「ライドウ・・・! 一体何処にいるのぉ・・・・!? 」
吹雪が吹き荒れる薄暗い山道。
白い息を吐きながら、小さな妖精が懸命に主を探す。
(さ・・・寒い・・・・恐怖と嫌悪感が凄い伝わって来る・・・・・。)
ガタガタと身を震わせ、真っ白く染まった視界を見渡す。
此処は、ライドウの精神世界の中だ。
敵は、主の深層心理の更に奥まで、引きずり込んだ。
危険を承知で、自分も飛び込んでみたが、主の姿が全く見つける事が出来ない。
その時、藪に覆われた木陰の向こうから、人の呻き声が聞こえた。
主の声ではない。
聞き覚えが全くない、別の人間の声だ。
「ライドウ? 」
そこに行ってはいけないという、己の警告を無視し、小さな妖精は声がした方へと近づく。
叢を掻き分け、拓(ひら)けた場所へと出る妖精。
その視界に最初に映ったのは、鮮血で真っ赤に染まった地面と、その返り血を浴びた主の姿であった。
殺気を感じ、身体が無意識に右へと避ける。
その傍らを走る突風。
異界化した肉の壁を大きく抉る。
「ちっ、惜しい・・・絶妙なタイミングだと思ったんだけどな。 」
口惜し気に舌打ちする声。
振り返ると、蝙蝠の羽根を持った悪魔が、悔しそうに此方を見ていた。
「人の背中を狙うとは、良い度胸してるな? チキン野郎。 」
どうやら疾風系の中級魔法、”ガルーラ”を撃たれたらしい。
みるみるうちに修繕されていく肉の壁を横目で眺めつつ、ダンテが鋭い視線を陰気な中年男性の肩に座るインキュバスへと向けた。
「俺の兄貴に教えて貰ったのさぁ・・・”自分より強い奴と喧嘩をする時は、相手が油断した所を狙え”ってな・・・。 」
何処から取り出したのか、如何にも高級そうな葉巻を口に咥え、同じく高価なジッポーライターで火を点ける。
旨そうに煙を吐き出したインキュバスが、キメラシードと対峙するダンテに皮肉な笑みを向けた。
「ほぅ・・・お前に兄貴がいたなんて意外だな。 」
槍の切っ先を連想させる、鋭い触手を向け飛び掛かるキメラシードの一体を回し蹴りで蹴り飛ばす。
続く数体を”エボニー&アイボリー”から吐き出される鋼の牙で引き裂くが、植物型悪魔の勢いを止める事が出来ない。
今回の仕事には不要と、大剣”リベリオン”を仲介屋のモリソンに預けて来たのが悔やまれる。
「・・・俺の兄貴は、お前と同じ便利屋だった・・・中堅どころのな・・・”騙し討ち”専門のどうしようもねぇ、糞野郎だった・・・。 」
「・・・・・。 」
「それでも、俺にとっちゃぁ憧れの兄貴だったんだ・・・餓鬼の頃は、馬鹿みたいに兄貴の後を追い掛けてた・・・。 」
独白の様な言葉を続けるインキュバス。
その瞳に憎い仇である筈のダンテの姿は映されていない。
遠い、幼き日の情景を思い出している。
「兄貴の人生が狂ったのは、上司の汚職を見つけた時だった・・・正義感の強かった兄貴は、上層部にその事実を話したが全く相手にされず、逆にいわれのない罪を被せられ、警察を免職されちまった・・・。 」
「・・・・・・で?俺に何が言いたい? 上司にハメられ、職を失ったお前の兄貴に同情しろと? 」
キメラシードの頭をハンドガンで吹き飛ばしたダンテが、ポールの肩に座る夢魔へと振り返る。
そんな便利屋に対し、インキュバスはニタリと凶悪極まりない笑みを口元に浮かべた。
「まぁ、聞けってダンテ・・・お前にも関係がある話なんだからよ。 」
「何だと? 」
この悪魔が何を言いたいのか、さっぱり皆目見当がつかない。
そんな便利屋に構わず、インキュバスは話を続けた。
「兄貴は、昔のツテを使って便利屋に職を変えた。 ”オッズ・クラブ”って知ってるかぁ? お前が叩き潰した組織の一つだ。 」
「・・・・っ! まさか、お前の兄貴ってのは・・・。 」
そのマン・ハンティングを生業とする裏稼業の集まりなら覚えている。
そして、それに加入していた幹部の名前も。
「ヒヒッ! コイツぁ意外だ。 俺ぁてっきり忘れていると思ったんだけどよぉ。 」
予想外なダンテの反応に、インキュバスは多少驚いたみたいだ。
ぎょろりと大きな目玉を細めている。
「”狂犬、デンバーズ”か・・・・奴に弟がいたとは初耳だぜ。 」
「思い込みはいけねぇなぁ・・・・どんなクズにも家族の一人や二人ぐらいはいるもんだぜ? 」
薄くなったポールの頭皮を撫でつつ、インキュバスが皮肉な笑みをダンテへと向ける。
「兄貴は世間体だけは人一倍気にする質だったからな。 俺の事を心配して自分から兄弟の縁を切って来た。 それだけじゃねぇ、大学だけはちゃんと出ろと、学費まで工面してくれたんだぜぇ? 良い兄貴だろ? 」
デンバーズ兄弟の親は、経営していた会社が倒産し、父は自殺。
母親は、女手一つで子供達を育てるのに疲れ果て、勝手に男を作って蒸発してしまった。
それ以降は、兄が父親代わりとして、弟の面倒を見ていたのである。
「中々、泣ける話じゃない。 でも、貴方の兄さんを殺したのはダンテじゃない。デンバーズを殺したのは・・・・。 」
「悪魔だろ? 知ってるよ。モルグで変わり果てた兄貴を見た時、人間の殺し方じゃねぇってのは、一目で分かった。 」
女荒事師の言葉を、蒼白い顔の悪魔が遮った。
頬杖をつき、天井に向かって葉巻の煙を吐き出す。
「だったらどうして・・・。 」
「こいつぁ、只の八つ当たりだ。 自分自身に対するな。 」
「言っている意味が分からないわね。 」
飛び掛かって来たキメラシードの一体をベレッタM9で吹き飛ばす。
しかし、幾ら倒しても数が一向に減らない。
それどころか、今度は、キメラシードよりランクが高い妖獣・ケイオスやアルケニーが壁や床から這い出して来る。
「俺はよ・・・自分の立場を護る為に、兄貴の存在を無かった事にしたかったのさ・・・警察の職を失い、便利屋にまで堕ちた兄貴だ・・・どうせロクな死に方はしねぇと諦めてた。 せめて、俺の迷惑にならない様に死んでくれと、心の何処かで願ってたのさ。 」
しかし、兄・デンバーズは予想に反する惨たらしい最期を迎えた。
目を閉じれば、今でも思い出す。
薄汚れた死体安置所で、内臓を丸ごと引き抜かれ、真っ二つにされた兄の亡骸を。
「だがよ・・・惨たらしく殺された兄貴を見た時、それまで持っていた自分の卑しさに吐き気がした。 俺の為に色々と尽くしてくれた兄貴に対して、何もしてやれなかったってよ・・・。 」
地獄絵図の様な周りの状況を完全に無視し、インキュバスは独白を続ける。
まるで、自分の中にある蟠り(わだかまり)を全て吐き出してしまうかの様に。
「そんなある日だ・・・俺のPCに一通のメールが届いた。」
メールの中身は、”悪魔召喚プログラム”という、如何にも怪し気なソフトが添付されており、『罪を贖罪せよ。』という、意味深なメッセージだった。
しかし、その短いメッセージを見た瞬間、男の背を形容し難き震えが走ったのだ。
このメールを送った相手は、自分のこれまで生きて来た事全てを知っている。
死んだ兄に対する己の気持ちも・・・・。
「分かるぜ・・・だったら、兄貴を殺した悪魔に復讐しろと言いたいんだろぉ? だが、残念。 その悪魔はてめぇが殺しちまった。 」
悪魔の大群と大立ち回りを演じるダンテが、此方を睨んでいる事に気が付き、インキュバスはニタリと厭らしい笑みを浮かべる。
デンバーズは、只、巻き添えを喰らって死んでしまったのだ。
あの日、目障りだったダンテを殺す為に、ありったけの兵隊を搔き集めたデンバーズは、意気揚々と彼に襲い掛かった。
しかし、結果は何時も通りの惨敗。
おまけに共通の敵を持つ昔馴染みの連中に頭を下げて金を借り、兵隊を集めたにも拘わらず、傷一つ負わせる事も出来なかった。
着ていたコートも失い、寒さを凌ぐ為に、嫌々ながらも穴だらけとなったダンテの真紅のロングコートを着たデンバーズ。
だが、そのちょっとした行為が、彼の死期を早めてしまった。
「成程な・・・兄貴の仇を俺に取られちまったから、だから俺に八つ当たりしてやるって事か・・・。 」
「うーん、そうなるのかぁ? まぁ、俺はただ、お前が兄貴の事を覚えていたって結果に大満足なんだけどな。 」
ダンテの言葉に、何故かインキュバスは困った様子で頭を傾げた。
そんな悪魔の様子に、未だに状況を呑み込めない女荒事師が、訝し気に眉根を寄せる。
この悪魔の姿を借りた召喚術士くずれの男が、何を考えているのか全く分からない。
理不尽とも取れる恨みを晴らす為に、自分達を罠にハメた訳でも無い。
兄の事を話したのは、ダンテがデンバーズの事を覚えているかどうかを知りたかっただけ。
それが本来の目的ならば、自分とテレサ達はいい迷惑だ。
漸く見つけた主は、余りにも酷い状態だった。
革の肩当にナイフが仕込まれた両腕の手甲。
赤い腰帯には、数本のクナイが収まり、顔には左眼と口元を覆う呪術帯が巻かれている。
十二夜叉大将に毘羯羅大将(びからたいしょう)として所属していた装束だ。
「ら・・・ライドウ・・・・? 」
尋常ならざぬ主の様子に脅えつつ、ゆっくりと近づく。
するとその足元に二人の人物がいる事が分かった。
一人は、主と同じ格好をした男が、右肩から左わき腹へと袈裟懸け状に斬られて倒れ伏し、その少し離れた所に10代後半辺りと思われる少女が座り込んでいる。
股の間から血を流した少女は、血塗れた両手に持ったソレに向かって、ニヤニヤと笑いながら何かを語りかけていた。
「・・・っ!ひ、酷い・・・・。 」
少女の持っている物体が、まだ形を成さぬ胎児である事を知った妖精は、思わず言葉を詰まらせる。
どうやら、連れの男は彼女の体内に宿っていた赤ん坊の父親で、目の前でライドウに惨殺された光景にショックを受け、その場で流産してしまったらしい。
(これは・・・彼の過去の記憶・・・・。)
戦慄に瘧(おこり)が掛かった様に、ブルブルと震えながら、何とか周りの状況を呑み込む。
倒れて絶命している男は、恐らくライドウと同じく、十二夜叉大将に属する安底羅大将(あんちらたいしょう)こと、百地三太夫(ももちさんたゆう)。
その隣で気が触れているのが、16代目・葛葉ライドウの愛娘、月子だろう。
三太夫の子を身籠った月子は、お腹の赤ん坊を護る為に、葛城の里を出奔。
月子の父親、16代目の命令で後を追い掛けたライドウは、心ならずも三太夫と交戦。
その結果、三太夫が倒され、その光景を目の当たりにした月子は、お腹の赤子を流産してしまったのだ。
「・・・っ!! ライドウ!駄目だよ!!! 」
突然、手に持つ血塗れたクナイを自分の喉へと押し当てる主を見て、小さな妖精が慌てて縋りつく。
切先が皮膚を破り、真っ赤な血が白い首筋へと伝った。
「お願い!目を醒まして!!これは現実じゃないんだよ!過去の出来事なの!! 」
懸命にマベルが呼び掛けるが、主の耳には届かない。
クナイを持つ手に更に力が入り、刃の切っ先が徐々に白い喉へと喰いこんでいく。
その異変に逸早く気づいたのは、シアタールームでアニメ映画を見ていた金髪の少女であった。
それまで、リスの頬袋よろしく、頬を膨らませて不機嫌そうに映画を見ていた少女は、何を思ったのか突然、立ち上がったのだ。
「ライドウが危ない! 」
そう一言だけ呟いたパティは、急いで室内の出入り口へと駆けていく。
「お?おい!? 一体どうしちまったんだよ? パティ!? 」
止める間もなく、ドアを押し開け廊下へと出る少女。
それを初老の仲介屋が戸惑いながら追い掛けて行った。
その日、エヴァン・マクミランは、勤務先である病院の休憩所で、愛用のスマートフォンを眺めていた。
とある掲示板のチャットルームへと入った彼は、真剣な表情で、そこで交わされている会話の内容を読んでいる。
『その計画(プラン)は、気乗りしない。 自分の私情で大事な後輩を巻き込みたくない。 』
『なぁんだ、弱虫。 お兄さんの仇を討ちたくないの? 』
『仇は討ちたいさ・・・でも、ダンテという男が犯人であるという証拠がない。 』
『頭の固いオッサンwwwこれだから医者って人種は気に入らないんだ。 』
チャットルームに参加している人数は、自分を含めて計4人。
うち二人は、どうやら未成年らしい。
言葉の端々に、幼い印象を感じる。
『貴方が慎重になるのも分かります。 確たる証拠がない以上、罪のない人間の命を奪ってしまう可能性があります。 』
『でも、話に聞くとソイツ人間じゃ無いんだろ? 』
『悪魔と人間のハーフ? きm。 』
もう一人は、自分と同じかなり慎重な人物らしい。
目上の者に対する態度がなってない二人と違い、丁寧な物腰でマクミランに話し掛けて来る。
『 ・・・・君の兄さんを殺したのはダンテという男ではない。 』
その時、新しい来訪者が掲示板のチャットルームへと入って来た。
何処でダンテの経歴を調べて来たのか、便利屋の家族構成と生い立ち。
そして彼が持つ、事務所の正確な住所まで、事細かに掲示板に書き込んでいる。
『残念だ・・・チャックルズ。 君の仇はダンテに殺されている・・・つまり、君の討つべき悪魔はもう既に存在していないんだ。 』
淡々とした文面で、魔神皇というハンドルネームを持つ人物は、マクミランにそう告げる。
因みにチャックルズというのは、マクミランがこの掲示板を利用する時に使っている名前だ。
『なぁんだ。つまんねーの。 』
『折角、私が育てた悪魔を使えると思ったのに。 』
『お兄様の無念を晴らせず、心中お察し致します。 』
三者三様の反応。
しかし、この中で一番納得出来ないのが、当のマクミランであった。
順風満帆な自分の人生を危険に晒す事無く済んだ事に対する安堵感と、そんな己自身を恥じる理性が激しく葛藤している。
兄は、きっと想像を絶する苦しみと恐怖を味わって死んだに違いない。
あの薄暗いモルグで処置台に乗せられた兄の死骸を見れば、否が応でもそれが分かる。
兄・・・デンバーズは確かにろくでもない人間であったかもしれない。
兄の死後、デンバーズの足取りを自分なりに調べて見た。
出て来るのは、どれも兄に対する誹謗中傷だけ。
でも・・・それでもとマクミランは思う。
ダンテと言う人物と拘わらなければ、兄はあんな惨い最期を迎えずに済んだのではないのか?
警察官としての職を失い、兄弟の縁を切ろうと兄が言い出した時、全力で自分が拒絶し、何時も通りに一緒に暮らして居れば、この悲劇を回避出来たのではないのか?
『自分を責める必要はない。 チャックルズ。 』
その時、押し黙ったまま、何も喋らないマクミランに対して、魔神皇が声を掛けて来た。
『君は何がしたい? 何を求める? 真実から眼を逸らし、人間として生きる事か・・・それとも、自分の犯した罪を贖う事か・・・・嘘偽りのない、君の言葉を聞かせて欲しい・・・。 』
そう、これから先の選択権は、マクミラン自身にある。
唯一の家族を殺された復讐か・・・それとも、これから先も惰性に流されるがまま生きる事か・・・。
震える自分の指が、ゆっくりとキーボードを打つ。
豪華客船内。
赤い絨毯が敷かれた廊下を金色の髪をした少女が走る。
目的の場所は、もう分かっていた。
シアターエリアを抜け、宿泊施設へと向かう。
「はぁはぁ・・・た、頼むよ、パティ・・・・年寄りをあんまり走らせないでくれ。 」
客室の一区画の前で立ち止まった少女に、初老の仲介屋が漸く追いつく。
しかし、パティは、背後にいるモリソンを振り返る事は無かった。
室数あるスイートルームの一つ。
501とプレートの付けられたドアの前に立ち、ポケットから掌ぐらいに収まる小さな人形を取り出す。
「・・・分かる・・・分かるの・・・・この部屋の中に”キング(犯人)”がいる。 」
「な・・・・なんだって・・・・?? 」
予想外なパティの言葉に、モリソンが驚愕で双眸を見開く。
スイートルームの室内。
マンハッタンの夜景が一望できる窓辺の傍に設えられたソファーの上に、30代半ばの男が座っている。
膝の上にiPadを乗せ、液晶画面に映る惨状を顔色一つ変える事無く、無言で眺めていた。
「チェックメイト・・・といったところか・・・案外、あっけない幕切れだったな。 」
もう少し手こずるかと思っていた。
しかし、彼・・・エヴァン・マクミランの予想に反し、事態は何の支障も起こさず、スムーズに運んでしまった。
(全ては、あのお方の手の中・・・と言う訳か。)
正直言って、自分は何もしてはいない。
魔神皇の指示に素直に従っただけだ。
獲物を罠の中へと誘い込み、後は魔神皇が組み上げたプログラムを発動するだけ。
このプログラムは、強力な結界で敵を閉じ込め、無数の悪魔を召喚し襲わせる。
敵が悪魔を殺せば殺す程、その死骸の腐肉を喰らい、更に強力な悪魔が喚び出される仕組みとなっている。
後は、それの繰り返し。
次第に獲物は疲弊し、悪魔達の餌食となる。
コンコン。
不図、誰かが部屋のドアをノックする音が聞こえた。
どうやら、先程頼んだルームサービスが届いたらしい。
マクミランは、iPadをテーブルの上に置くと、室内の出入り口へと向かった。
「夕食をお持ち致しました。 」
このカジノ店の従業員らしい若い男の声が、分厚いドア越しから聞こえる。
覗き窓を見ると、夕食のディナーが乗ったワゴンを背に、ホテルの白い制服を着た青年が廊下に立っていた。
カードキーを使って、ドアの施錠を開く。
と、突然、グレーの背広を着た黒人男性が、無理矢理室内に入って来た。
仲介屋のJ・D・モリソンだ。
夕食を運んできた従業員に、事の詳細を話し、無理を承知で協力して貰ったのだ。
「何だ? 君達は!!? 」
余りの出来事に、マクミランが声を荒げる。
無意識に手が、後ろに隠し持ったハンドガンへと伸びた。
「アンタみたいな悪者をやっつける正義の味方よ! 」
そう言ったのは、モリソンのすぐ傍らにいる金髪の少女だった。
右手に握り締めていた小さな人形を、マクミランに向かって投げつける。
「シキオウジ!ソイツを捕まえて!! 」
少女・・・・パティ・ローエルの声に反応するかの如く、小さな人形は無数の霊符へと姿を変えると、驚愕の余り動けぬマクミランの四肢に張り付いて行く。
両脚を絡め獲られ、床へと転倒する内科医師。
衝撃で、取り出そうとしたハンドガンが絨毯の上に放り投げられる。
「騒がせて申し訳ないが、CSI(超常現象管轄局)に連絡を入れてくれると有難いんだが。」
床に転がる拳銃を拾いあげたモリソンが、背後で固まっている従業員に声を掛ける。
真っ青な顔をした年若い従業員は、どもりながら返事を返すと、ポケットからピッチを取り出し、上司に内線電話を掛けた。
異界化したVIPルーム。
蒼白い肌をした悪魔・・・・インキュバスが突然、苦しみだし、実体化が保てず四散する。
それと同じくして、悪魔達も次々、塵へと返り、室内の壁や床を覆っていた触手が跡形も無く消え、元の大広間へと戻る。
「だ・・・大丈夫ですか? 社長。 」
秘書兼用心棒のディンゴが、背後にいるテレサを振り返る。
身を挺して主人を護っていた為か、全身に傷を負い、血を流していた。
「私は大丈夫よ。 それよりアンタの方が大変だと思うけど? 」
仲魔のオルトロスを管へと戻したテレサが、獣人化を解いたディンゴの躰に中級回復魔法・ディアラマを唱えた。
幾ら気丈な振る舞いをしているとはいえ、まだ16歳になったばかりの少女だ。
傷の上へと翳(かざ)す掌が、微かに震えている。
「一体どうなってやがる? いきなり悪魔共が消えたぜ? 」
「さぁね? きっと日頃の行いが良いから、神様がサービスで助けてくれたのかもよ? 」
大量の悪魔の群を相手に大立ち回りをしていたダンテとレディーは、唐突な幕切れに拍子抜けする。
共に来ているスーツはボロボロ。
レディーに至っては、スカートの裾が裂け、太腿が大胆に露出していた。
「ライドウ!お願いだから正気に戻って!! 」
二人の間を割って入るかの様にして、切羽詰まった妖精の声が聞こえた。
見ると壁に背を預ける形で床へと座り込む主に向かって、マベルが懸命に呼びかけている姿があった。
「どうやらアッチはまだ、解決していないみたいね? 」
互いの得物をホルスターへと収め、項垂れて座り込んでいる悪魔使いの所へと向かう。
主の胸を叩き、マベルが大声で呼び掛けているが、当のライドウは全く目覚める様子は無かった。
固く目を閉じて、苦痛に顔を歪めている。
右の首筋から蟀谷へと伝わるどす黒い痣を見たダンテは、思わず目を見張っていた。
「・・・・っ! ライドウ! 」
身を屈め、ライドウの頬に浮かんだ不気味な痣に触れる。
良く見ると、何かで切り裂かれたのか、右の首筋から血が流れ落ちていた。
真っ赤な鮮血が、蒼いドレスの襟元を汚している。
「・・・・何だよ? これは・・・。 」
「蟲毒と呼ばれる中国の呪術よ。 何者かは知らないけど、誰かが彼に外法を仕掛けていたみたいね。 」
ドクンドクンと不気味な脈動を続けるどす黒い痣。
これは、かつて古代中国で行われた呪術である。
蟲道(こどう)、蟲術(こじゅつ)、巫蟲(ふこ)とも呼ばれ、100匹の猛毒を持つ蟲や爬虫類を一つのカメに閉じ込め、互いに殺し合わせる事で生き残った最後の一匹を生贄にして呪術を行う。
本来は、呪殺などに使われるが、時には富を得たり、富貴(ふうき)を図るのにも用いられるのだ。
「ねぇ、テレサ。 この船に精神系の術に詳しい医者とかいないの? 私じゃ専門外だからどうにも出来ないわ。 」
深手を負った部下の治療を行っている姪に向かって、レディーが声を掛けた。
しかし、この船はあくまで一般市民向けのカジノ店だ。
そう都合良く、精神系に優れる魔術医が乗り合わせている筈がない。
「ドクに連絡を入れて見る。 彼ならなんとかしてくれるとは思うけど、此処に来るのにかなり時間が掛かると思うわ。 」
ドクとは、テレサの弟、ジョセフの主治医である。
KKK団(クラックス・クークラン)に所属する精神科医で、当然、魔術にも精通している。
「それじゃ遅すぎる。 早くしないと彼の躰がもたない。 」
レディーがポケットからハンカチを取り出し、ライドウの首筋から流れ出る鮮血に押し当てる。
こんな程度の止血では、焼け石に水だ。
何とかしてライドウを深層意識から、現実世界へと連れ戻さないと、身体の方が先に壊れてしまう。
「おい!何とかならねぇのかよぉ!? 」
「喚かないで! さっきも言ったけど、私じゃ彼を救えない。 唯一の頼みの綱はこのおチビちゃんだけなのよ。 」
常になく取り乱すダンテを、レディが窘める。
悔しいが、いくら魔術医(ドクター)の資格を得ているとはいえ、自分は外科専門で精神系は門外漢だ。
魔法が使えない為、精神系は学んでも意味がないと思っていたのだ。
自分に姪と同じ、魔法の才能があれば・・・・否、今更それを悔やんでも仕方がない事だ。
吹雪が吹き荒れる薄暗い山林。
血の海に倒れるかつての同志と、その傍らに座り込む許嫁。
百地三太夫(ももちさんたゆう)は、少し抜けた所はあるが、義理人情に厚く、誠実な男だ。
異端な存在である自分を快く受け入れ、過酷なこの世界で、賢しく立ち回る術を教えてくれた。
彼がいなかったら、十二夜叉大将に抜擢される事も、今の恩師、16代目・葛葉ライドウと回り逢う事も無かっただろう。
共に生き、何時か笑い合える明日を信じて生きて来たのに・・・何故。
最早、今のライドウに冷静な判断力など皆無に等しかった。
懸命に呼びかける仲魔の声も届かない。
あるのは唯、早くこの悪夢から醒めたいという切なる願望だけ。
その為には、自分の首に押し当てられているクナイの刃を真横に引けば良い。
たったそれだけで、この辛い現実から逃れられる。
「駄目だよぉ! この世界で死んだら、現実の貴方も死んでしまう! これは過去なの!過去の出来事なの! ナナシはちゃんと過去を克服出来たでしょ!? 」
必死の主の胸元を妖精が叩く。
服の下に硬い鎖帷子を仕込んでいる為、叩くと拳が痛い。
しかし、そんな事に構っている余裕は無かった。
今はどんな手を使ってでも、主を正気に戻さなくてはならないのだ。
「ナナシ! お願い正気に戻って! 貴方の帰りを明とハルちゃんが待ってる! また三人で一緒に暮らすんでしょ!? 」
此処は地獄だ。
全てに絶望し、自ら死を望んでも致し方ない。
しかし、それでも希望はある。
その僅かな希望の光を消さない為にも、彼には生きていて貰わなくてはならないのだ。
涙を流し、声が潰れる程主の名を呼ぶ。
そんな時であった。
妖精の背筋を言い知れぬ怖気が走った。
見ると、主の背後に何者かが立っている。
蝋の如く病的なまでに白い肌と漆黒の長い黒髪。
血の様に赤い唇が弧を描いている。
十二夜叉大将の長、”人喰い龍(むくろ)”だ。
「やれやれ、どこまでも仕様がない奴だな? ナナシ。 」
繊細な白い指先が、クナイを握るライドウの手に触れる。
金色の瞳に蛇の様な縦の瞳孔。
恐怖で小さな妖精の躰が固まる。
「私を殺すんだろ? あの時の誓いは嘘だったのかな? 」
ライドウの耳元で吐息の様に囁く。
刹那、悪魔使いの躰が動いた。
死人の様だった双眸に生気が宿り、己の首筋へと当てていたクナイを背後の憎き仇の心臓目掛けて突き出す。
「ライドウ!!? 」
突然、悪魔使いの細い躰がしなった。
口から黒い煙が吐き出され、右頬から蟀谷(こめかみ)にかけて走っていたどす黒い痣が消えていく。
吐き出された黒い煙は、天井の辺りまで昇ると人の形へと変わる。
「あ、アレは・・・陰魔・サキュバス。 」
金色の長い髪に蝙蝠の様な羽。
夢魔・インキュバスと対なる存在である陰魔・サキュバスだ。
インキュバスより遥かに高いレベルを持つ女悪魔は、眼下に居る一同を憎々し気に睨みつけると、再び肉体をガス状に変化させ、通風孔から逃げて行った。
「どうやら、アイツが17代目に取り憑いていたみたいね。 」
部下の治療を終えた甘栗色の髪をした少女が、悪魔が消えた通風孔を未だ見上げている。
B級とは言え、そこは召喚術師。
それなりに、悪魔の事に関しては詳しい。
「うっ・・・・気持ち悪ぃ・・・・。」
精神汚染の原因であるサキュバスが離れた事で、ライドウも漸く正気に戻れた。
唐突な吐き気に口元を抑え、薄っすらと眼を開ける。
流れ出ていた鮮血も止まり、嘘の様に傷が消えていた。
「うーっ・・・もう、駄目・・・・・。 」
ライドウが目覚めると同時に、マベルが疲労困憊といった様子で剥がれ落ちる。
その小さな躰を、女荒事師が受け止めた。
「ご苦労様、貴方のお陰でライドウが助かったわ。 」
「・・・・私のお陰・・・・・? 」
レディの言葉に、精神世界での出来事を想い出す。
陰魔・サキュバスの罠にハマリ、深層意識の更に奥まで引きずり込まれたライドウ。
それを救うべく、危険を承知で自分も飛び込んだ。
何とか、主の精神体を見つける事が出来たが、酷い状態だった。
自死しようとした主を助けようと、必死に呼び掛けたが、マベルの言葉は全く届かなかった。
絶望の淵に立たされ、自殺しようとしたライドウを救ったのは、怨敵でもある『八咫烏』の長、骸だ。
恐らく、ライドウの躰に寄生している蟲を使って、悪魔使いの深層意識へと入り込んだのだろう。
「私じゃない・・・私は何も出来なかった・・・・。 」
「マベル・・・・? 」
俯き、悔し気に唇を噛み締める掌の上にいる妖精を、女荒事師が訝し気に見つめる。
その隣では、意識が戻った悪魔使いを銀髪の便利屋が抱き締めていた。
「名前は、エヴァン・マクミラン。 グリニッジにある総合病院の内科医だ。 」
事件後、ベルリントンガ港に停泊した豪華客船から、数名の黒服の屈強な男達に囲まれる様にして一人の30代後半辺りの男性が降ろされた。
男は、NY市マンハッタン区にあるグリニッジ・ヴィレッジの総合病院に勤務する医師であった。
無作為にばら撒かれた『悪魔召喚プログラム』を悪用し、カジノ店で名の知れた賭け事師達を誘拐。
マグネタイトを無理矢理奪い、死亡した彼等の死体を仲魔である悪魔に喰わせる事で処理をしていた。
「信じられない・・・・他の医師達と違って、患者に対して真摯に対応する医者で有名だったのよ・・・・。 」
モリソンの説明に、テレサが不信感で秀麗な眉根を寄せる。
テレサの言う通り、マクミランはグリニッジにある数ある病院の中でも、患者に対して親切で腕の良い医者として有名であった。
テレビや雑誌にも、何度も取り上げられており、特に貧しい家庭やホームレスを無償で看ていた事もあった。
「ポールは、研修医としてマクミランと同じ病院に勤務していた。それと、VIPルームに集められたギャンブラー達は、全員、彼の患者だ。 」
「成程ね・・・名医の隠された裏の顔・・・って訳ね。 」
CSI(超常現象管轄局)の捜査官達に付き添われ、黒塗りの乗用車へと乗り込むマクミランをモリソンとレディが眺める。
因みに、VIPルームに集められた賭け事師達は、幸いな事に全員無事であった。
マグネタイトを大量に奪われ、未だ意識は戻らないが、それでも命に別状はないらしい。
全員、救急隊に収容され、適切な処置を受けている。
「全然、納得して無いって面だな? 」
ドレスから普段着に着替えたライドウの背に、自称相棒である銀髪の青年が声を掛けた。
此方も、窮屈な正装から普段のラフな格好へと戻っている。
「・・・・マクミランの動機がイマイチな・・・・・医者である彼が、金儲けの為に人間を誘拐して、マグネタイトを抜き出し、違法に売買してたってのが、腑に落ちない。 」
ライドウが疑問に思うのは当然であった。
マクミランは、医者としてそれなりに成功している。
確かに、マグネタイトは、高価な代物だ。
魔導士ギルド間では、億単位の金で取引される事もある。
しかし、名医として名高いマクミランが、果たして金儲けの為だけに、人命を弄ぶ事が出来るのだろうか?
「俺に復讐するのが目的だったんじゃねぇか・・・アイツは、デンバーズって野郎の弟らしいからな。 」
「その為に、何人も誘拐したってのか? 無理があり過ぎる。 」
マクミランの素性は、レディから聞いている。
かつてダンテと問題を起こしていた荒事師の弟だった。
兄を悪魔に殺され、復讐を誓うも、その悪魔はダンテが葬り去ってしまった。
やり場の無い怒りを、逆恨みと知りながらもダンテで晴らそうとした。
しかし、それが目的であるならば、何人も犠牲にする必要は無かった筈だ。
「確かにな・・・でも、今はアンタが心配だ。 」
「・・・・? 」
「どっかの誰かに、変な術を掛けられているんだろ? 」
蒼い瞳にジロリと睨まれ、ライドウは思わず言葉を失う。
陰魔・サキュバスに取り憑かれている時、蟲が精神汚染から宿主を護ろうと姿を現した。
その時の痣を、事もあろうにこの男・・・ダンテに見られてしまったのだ。
「いい加減、隠し事は無しにして貰いたいぜ。 アンタの立場が色々面倒なのは知っているけどよ。 」
「・・・・。 」
詰問された所で、話す理由がまるで無い。
否、もしかしたらこの男を巻き込む事になってしまうかもしれないのだ。
脳裏に、変わり果てた姿となった三太夫と月子の姿が浮かぶ。
駄目だ・・・・絶対に、自分と拘わらせてはならない。
「ライドウ!! 」
そう悪魔使いが逡巡している時であった。
着替えを済ませたライドウ達を見つけたパティが、此方に駆けて来る。
頭に小さな妖精を乗せた金髪の少女は、そのままの勢いでライドウの腰に抱き着いた。
「良かった!無事だったんだね!? 」
今にも泣き出してしまいそうな表情で、パティが自分より頭一つ分高いライドウの顔を見上げる。
いきなり登場したこの闖入者に、話を完全に削がれ、忌々しそうに舌打ちするダンテ。
そんな銀髪の青年を横目に、ライドウはやれやれと溜息を吐くのであった。
大分尻切れトンボな終わり方。
パティが持っていた人形は、予め、ライドウがお守りとして彼女に渡していた式神。
主犯格のマクミランは、魔神皇の命令でマグネタイトを回収していた。
因みに、彼以外にも魔神皇の信者は、各国におり、DDSの掲示板を通して連絡を取り合っている。