偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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一応、前編、中編、後編と分けて投稿する予定。
登場人物

ジョルジュ・ジェンコ・ルッソ・・・・KKK団(クー・クラックス・クラン)の創立メンバーの一人、ルッソ家の家長。

ニーナ・ジェンコ・ルッソ・・・・ パティの実母であり、ジョルジュの娘。
パティと同じ”稀人”の力を持っている。

ロック・ジェンコ・ルッソ・・・・ 名前のみ登場、ニーナの弟。
徴兵制度により、日本の天海市に調査隊として志願した。
悪魔の襲撃を受け、救難信号を出すが、何故か本部から見捨てられ、非業の最期を遂げる。


チャプター 16

渋谷、道玄坂通り。

渋谷駅ハチ公口前から目黒方面へと向かう上り坂の一区画にあるカラオケ店。

その一室に小学校高学年ぐらいの三人組が、携帯ゲームを片手に遊んでいた。

 

「もー、後もう少しでボスを倒せそうだったのにぃ! 」

 

如何にも負けん気が強そうな12歳ぐらいの女の子が、両手に持った携帯ゲーム機を見て、唇を噛み締めた。

 

「白川は、育て方が甘いんだよ。 俺のロアだったら余裕で倒せたね。 」

 

悔しそうに頬を膨らませる女子を、右耳にピアスを付けた男子が鼻で笑う。

欧米人とのハーフなのか、彫の深い顔立ちをしていた。

 

「うっさい!チャーリー!! 」

「うわぁ、白川がヒステリー起こしてるぅ。 」

「二人共、喧嘩は止めて下さい。 」

 

言い争いを始める二人の間を、理知的な容姿をしている黒縁眼鏡を掛けた少女が止めた。

膝の上に10.2インチのiPadを乗せている。

その液晶画面には、何処かの防犯カメラで撮影されているのか、数名の黒服の男に両脇を固められた30代後半ぐらいの男性が、警察車両と思われる車に乗せられる姿が映し出されていた。

 

「・・・・チャックルズさん、どうして逃げなかったんですかね? ”悪魔召喚プログラム”を使えば、CSIに捕まる事も無かったのに。 」

 

黒縁眼鏡の少女・・・赤根沢 玲子が、口惜しそうに呟く。

 

この三人組は、都内某所にある進学塾に通う生徒である。

それまでお互いに面識は無かったが、世界的人気のあるオンラインゲーム、DDSを通じて意気投合。

同じ学習塾に通っているという事もあり、こうして度々集まっては、ゲームやカラオケなどをして遊んでいた。

 

「知らない。 だってアイツのせいで、私のサキュバスちゃんが酷い目に会ったんだもん。 おまけにヘマして捕まるなんて馬鹿としか言えないわ。 」

 

座っていたソファーの背凭れに身を預け、肩口で綺麗に髪を切り揃えた少女、白川 由美が辛辣な言葉を吐く。

 

「同感、大人は馬鹿ばっかだからな。 信用何てしちゃ駄目って事さ。 」

 

ストローでコーラを一口飲んだピアスの少年、黒井 真二が隣に座っている玲子の膝に置かれたiPadを覗き込む。

 

その時、彼等のいるボックスのドアを誰かが叩いた。

ドアを開け、中に入って来たのは、グレーの背広を着た30代ぐらいの男性であった。

 

「何だ? 此処に居るのはお前等だけか? 」

 

子供が相当苦手なのか、嫌悪感で眉根を寄せる男性。

軽子坂高校の化学教師をしている大月 清彦だ。

風紀委員会の顧問を務めており、生徒達からは大分嫌われている。

 

「先生、15分の遅刻ですよぉー。 」

 

風紀委員会の顧問を務めている事を知っているチャーリーが、嫌味たっぷりに言ってやる。

忽(たちま)ち、大月の表情が不愉快な色に染まった。

 

「煩い、暇を持て余しているお前等餓鬼共と違って、コッチは汗水流して働いているんだ。 全く、うちの馬鹿生徒共と言い、お前等といい、子供は質の悪い病原菌と同じだな。 」

 

正直言って、高校の教師などにはなりたくなかった。

一生、早稲田大学の理工学部で化学の研究を続けていたかった。

しかし、父親が病に倒れ、他界してから支援が止まってしまい、働かざる負えない状況になってしまったのだ。

高校教師と言う職を選んだのは、同じ餓鬼でもコッチの方がまだマシだろうと思ったからだ。

 

「仲間割れは止めて下さい・・・・それより、チャックルズさんが。 」

「知ってる・・・CSI(超常現象管轄局)に捕まったんだろ? Jから事の経緯は全て聞いたよ。 」

 

大月は空いている席に座ると、テーブルの上に置かれた灰皿を引き寄せた。

愛用のマルボロを背広の内ポケットから取り出し、一本抜き出して口に咥える。

使い捨てライターで火を点けると、由美が嫌そうに眉根を寄せた。

 

「Jの話によると、チャックルズの奴は自分からCSIに投降したらしい。 まぁ、最近奴は家族の事で落ち込んでいたからな。 私も色々と相談にはのっていたが・・・・惜しい人材を失ったよ。 」

 

Jとは、自分達と同じDDSで知り合った同士である。

NYに在住しており、裏社会にも精通している。

 

「奴の仕事は、Jが引き継ぐ事になった。 近々、デカイ花火を上げると言っていたな? 」

「え? もしかして、例の悪魔、もう喚び出せるの? 」

 

大月の意味あり気な言葉に、興味深々と言った様子でチャーリーが身を乗り出した。

 

「例の悪魔・・・・? 」

 

興奮するチャーリーと対照的に、由美は間の抜けた表情をしている。

魔神皇の思想に共感した同士達が、『悪魔召喚プログラム』を使ってマグネタイトを回収している事は知っている。

現に自分達も、育てた悪魔を使って、悪い大人や悪魔達を殺してマグネタイトを集めていた。

きっと魔王クラスの凄い悪魔を呼び出すだろうとは思っていたが、それが一体どんなモノなのかまでは把握していない。

 

「アビゲイルだよ。 四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝・ムンドゥスに匹敵するぐらい凄い悪魔らしいんだ。 」

「ふーん・・・どんな悪魔か知らないけど、日本(ここ)で呼び出す訳じゃないんでしょ? 」

 

キラキラと目を輝かせるチャーリーと違い、由美は何処までも冷めている。

実際、この目で見れる訳じゃないし、大嫌いなこの国を壊してくれる訳でも無い。

彼女にとって、自分の利益にならない事は、全く興味がわかないのである。

 

「詳しい日時までは教えてくれなかったけどな。 花火を打ち上げる際は、”チャットルーム”で配信してくれるらしい。 お前等も気になるなら、私のラインに連絡をいれてくれ。 」

 

大月はそれだけ言うと、吸い終わった煙草を灰皿で揉み消し、立ち上がった。

 

「え? 偉出夫が来るまで待たないんですか? 」

 

革の鞄を片手に、さっさとボックスから出て行こうとする大月の背に、玲子の戸惑った声が掛けられた。

 

「言ったろ? 私はお前達と違って忙しいんだ。 これから中間試験の問題を作らないといけない。 あの方には申し訳ないが、帰らせて貰う。」

 

ドアノブに手を掛けた大月は、玲子達に一瞥を送る。

そして・・・。

 

「ノルマ達成も結構だが、お前達もちゃんと勉強をしろよ? そうしないと、社会のゴミになってしまうからな? 」

 

と、言いたい事だけ言って、カラオケボックスから出て行った。

後に残された、玲子、チャーリー、由美の三人。

「ちっ・・・ロリコン爺が偉そうに・・・・。」と、由美が嫌悪感に顔を歪め、口内で呪いの言葉を吐いた。

 

 

 

NY市グリニッジにあるprimary school(小学校)。

何時もの様に授業を終えたパティ・ローエルは、児童養護施設へと帰る送迎のバスへと乗り込もうとしていた。

その背を担任の教師が慌てた様子で呼び止める。

神経質そうな細身の女性教師は、パティに来客が来ている事だけを告げると、有無を言わせずその二の腕を掴み、引きずる様にして来客用の応接間へと連れて行った。

最初は、戸惑っていたパティであったが、この女教師に逆らうと後が怖い事を知っているので、敢えて大人しく従う事にする。

 

教師に連れられ、応接室に到着すると、校長先生が出迎えた。

何時も傲岸不遜な態度を崩さない、でっぷりと肥え太った校長が、この時ばかりは緊張で顔を強張らせている。

何故だろう?と不思議に思い、パティが室内に入ると60代半ばと思われる上質なスーツに身を包んだ初老の男性がソファーに座っていた。

紳士然としたその男性の後ろには、一目で護衛と分かる、黒服に身を包んだ二人組の屈強な体躯をしている男達が、壁を背に直立不動で立っている。

 

「遅れて申し訳ありませんでした。ミスター・ジョルジュ。 この娘が、先程お話に出ておりましたパティ・ローエルです。 」

 

胸ポケットから取り出したハンカチで、額に浮き出た脂汗を拭いつつ、校長がパティを真向いのソファーへと座らせる。

 

自然と眼が合う二人。

その蒼い瞳を見た瞬間、少女の背を電流の様な痺れが走った。

 

(私・・・・この人を知っている。 )

 

「ああ、自己紹介がまだだったね? 私の名前は、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソという名前だ。 宜しくね?パティ。 」

 

紳士がパティに、にっこりと朗らかな笑みを向ける。

しかし、パティはその挨拶に応える事が出来なかった。

目を見開き、初老の紳士の顔を凝視している。

 

「パティ! ジョルジュ氏に返事を返しなさい。 この方は、コネチカット州でも有数の資産家で、様々な福祉事業をしている事でも有名なんだぞ? 」

 

パティの隣に座るやや肥満気味の校長が、小声で叱責する。

 

校長の言う通り、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソという人物は、金融サービス会社を何件も所有しており、ボランティア活動も精力的に行っている。

特に、学校や福祉事業等に毎年、多額の寄付をしている為、校長や教師がこの人物を前に固くなるのは当たり前だといえた。

 

「ふふっ・・・・いきなり変な叔父さんが現れてびっくりしているのかな? まぁ、無理も無いだろうね。 話に聞くと君は天涯孤独でずっと一人ぼっちだったみたいだからね。 」

 

ジョルジュは、真向いに座る10歳未満の少女に、朗らかな笑みを向ける。

 

グレーの背広に白いシャツ。

茶のネクタイを絞め、白髪交じりの甘栗色の髪をしている。

かなり苦労を重ねて来たのか、その顔には深い皺が刻まれ、パティと同じ濃いブルーの瞳をしていた。

 

「成程・・・・こうして見るとニーナに良く似ている・・・あの子の幼い時に瓜二つだ。 」

「・・・・・ニーナ・・・・? 」

「君のお母さんの名前だ・・・・私は、君のお母さんのお父さん・・・つまり、君にとってはお爺さんという事になるのかな? 」

「・・・・・っ!? 」

 

ジョルジュの口から出た衝撃的な言葉に、パティの躰が強張る。

そんな少女に対し、優しい笑みを絶やさぬ初老の紳士。

優雅に足を組み、嬉しそうに双眸を細める。

 

「私が此処に来た理由は、君を引き取る為だ。 後で君がお世話になっていた児童養護施設にも話をするつもりだよ。 」

「私を引き取る・・・・・? 」

 

未だ夢見心地の様な気分で、ジョルジュの言葉が半分も理解出来ない。

唐突に現れた祖父と呼ばれる男の存在に、パティはどう対処して良いのか分からずにいた。

 

「本当に今迄苦労をかけさせてすまなかった。 長い間、興信所や様々な機関に依頼して君達親子の事を調べさせていたんだ。 」

 

そのかいあってか、漸く娘のパティを探し当てる事が出来た。

一時は、既に死亡したと諦めた時もあった。

しかし、神はこの男の努力を無駄にはしなかったのである。

 

「・・・・・・・。 」

 

深々と頭を下げる初老の紳士に対し、パティは複雑な心境であった。

物心ついた時から、彼女は独りぼっちだった。

施設の白い壁と薄汚れた天井を見ながら育った。

学校に通い始めても、親友と呼べる存在は出来なかった。

児童養護施設で生活するパティを、クラスの皆は物珍し気に眺めるだけ。

決して自分達から、友達になろうとするアプローチすらも無かった。

 

 

「そうだな・・・いきなり納得しろと言うのも無理な話だ・・・。 少しの時間だけ、何処か別の場所で話をしよう。 」

 

パティを警戒させない様に、慎重に言葉を選ぶ紳士。

パティも、担任教師と校長に睨まれ、不承不承頷くしかなかった。

 

 

 

 

レッドグレイブ市、便利屋事務所のある貸しビル。

何時もの様に、退屈な日常が始まる予定であった。

 

「何度も言うけどな、俺はお前を番にするつもりはない。 」

 

黒髪を短く刈った中性的な美貌を持つ10代後半辺りぐらいの少年が、不貞腐れた様子でソファーに座る銀髪の大男を睨みつけた。

 

「何でだ? 番ってのがいなきゃ、アンタは本来の力が出せないんだろ? 」

「確かにその通りだが、魔導の訓練を受けてない奴を番にする訳にはいかない。 」

 

呆れた様に溜息を吐くライドウ。

幾度目だろうか? ダンテとこんな押し問答を繰り返すのは。

先日起こった『連続誘拐事件』から、こんな調子で「自分を番にしろ。」と迫って来る。

やはり、体内に寄生している蟲をコイツに見られたのが拙かったらしい。

幾ら、人体に害はない。

蟲に魔力を補って貰っていると説明はしているのだが、一向に聞き入れる様子はなかった。

 

「爺さんの事を心配して言ってるんだぜ?俺は。 」

「余計なお節介だ。 お前は、俺の事より、まずは自分の事を心配したらどうなんだ? 」

「あぁ? そりゃ、一体どういう意味だよ? 」

「いい加減、悪魔狩りごっこを止めろと言っているんだ。 」

 

これも何度目になるか分からない。

ダンテは、悪魔狩り(デビルハント)の資格を持たない無資格者だ。

本来、悪魔を狩るには、国から正式な資格を得て討伐の依頼を受ける。

しかし、ダンテはその大事な資格が無い上に、闇の情報屋(ブローカー)から違法に悪魔討伐の仕事を引き受けていたのだ。

これは、立派な犯罪である。

闇社会で生活を行っている者は、グレーゾーンとして見て見ぬ振りをするのが普通なのだが、潔癖症で馬鹿が付くほど真面目なライドウは、それが出来ない。

 

「悪魔狩りごっこだと? 」

「そうだ。 何度も言うがな、悪魔と拘わるのはもう止めろ。バージルの事を忘れたのか? 」

 

怒りでソファーから立ち上がり、黒檀のデスクに腰掛けているライドウの目の前に来るダンテ。

しかし、悪魔使いはそれに臆することなく、逆に鋭い視線で銀髪の大男を見上げる。

 

「お前の兄は、悪魔の力に溺れ、自我を失い、魔帝の手駒にされた。 悪魔と拘わってもロクな目に会わないとお前も知っているだろう。 」

「俺は、バージルとは違う。 」

「良いや違わない。 お前と同じ事を言って道を踏み外した奴を俺は何人も知っている。 ダンテ、お前は人間なんだ。 人間のルールに従い、人間として生きろ。 」

 

ぶつかり合う、薄いブルーの瞳と黒曜石の色を宿す隻眼。

こうやって二人の意見は、常に平行線を辿っていた。

 

ダンテは、ライドウを愛している。

それ故、彼の今現在置かれている危うい立場が気になって仕様が無いのだ。

己の身を犠牲にし、この悪魔使いを護りたいとすら思っている。

しかし、それを良しとしないのがライドウ本人であった。

自分と拘わらせる事で、前の番であったクー・フーリンの様に、この青年を死なせる事が恐ろしくてならない。

 

一触即発な空気が流れる事務所内を、ドアを開ける鈴の音が邪魔をした。

入って来たのは、馴染みにしている情報屋のJ・D モリソンだ。

 

「おっと、お取込み中の所だったかな? 」

 

険悪なムードで睨み合う二人を見た初老の仲介屋が、わざとらしく肩を竦める。

 

「ノックぐらいしろよな? モリソン。 」

「したよ? 何度もな。 」

 

返事が無かったので留守かと思い、確認の為にドアを開けたのだという。

 

初老の仲介屋は、何時も通りに事務所内に入ると、来ていたコートを脱ぎ、ハンガーへと吊るした。

 

「変な所を見せて悪かったな?モリソン。 今、コーヒーの用意をするよ。 」

 

目の前に立つダンテを押し退け、ライドウがキッチンへと向かおうとする。

それを、初老の仲介屋が手で制止した。

 

「待ってくれ、 その前にお前さん達に伝える事がある。 」

 

何時にない真剣な表情をするモリソン。

来客用のソファーに座り、テーブルに置かれている灰皿を引き寄せる。

 

「この前の”連続誘拐事件”の主犯格、エヴァン・マクミランを覚えているか? 」

 

シガーケースから、葉巻を一本取り出し口に咥える。

 

「”狂犬デンバーズ”の弟だろ? 確かCSI(超常現象管轄局)に捕まった筈だよな。」

 

その内科医の事なら良く知っている。

かつてレッドグレイブ市(この街)に来たばかりのダンテに、何かと咬み付いて来た荒事師の弟だ。

ロクデナシの兄貴と違い、此方は医者としてかなり成功していた。

しかし、その裏では『悪魔召喚プログラム』を利用し、KKK団が所有している豪華カジノ店の客達を誘拐。

マグネタイトを根こそぎ奪い取り、殺害していた。

 

「首を吊って自殺した・・・・昨日の深夜だそうだ。 」

 

火を点けた葉巻を一口吸い、天井に向かって吐き出す。

煙は、薄汚れたコンクリートの天井に吸い込まれる様にして消えた。

 

モリソンの説明によると、エヴァン・マクミランは収容されている拘置所で、ベッドのシーツをドアに結んで首を吊っていたのだそうだ。

発見した刑務官が、直ぐに救急病棟へと運ぶ様に手配したが、既にマクミランは絶命していた。

 

「事情聴取をする前だったらしい。 念の為に精神系の術師に脳味噌を調べさせたが、どういう訳か、協力者に関する記憶がゴッソリと抜けていたそうだ。 」

 

CSIにも精神系の魔法に優れる術師は、何人もいる。

死亡したマクミランの死体を解剖する際、協力者に関する記憶を探し出そうとしたが、何の痕跡すらも残さず消されていた。

 

「インキュバスだな・・・・あの悪魔は、人間の記憶を改ざんしたり消したりする事に長けている。 恐らく、海馬と大脳皮質を弄られたんだろう。 」

 

初老の仲介屋の話を黙って聞いていたライドウが、そう言った。

 

マクミランが契約していた悪魔は、夢魔・インキュバスだ。

古来、インキュバスは睡眠中の女性を襲い、精液を注ぎ込み、悪魔の子を妊娠させると伝承で伝えられている。

それ故、都合の良いように記憶を消したり、又、偽の記憶を植え付ける事など容易いのだ。

 

「多分な。 因みに、CSIのお役人さん達が、マクミランのPCや書類を押収して調べたが、奴に協力していた連中の証拠は、見つからなかったそうだ。 」

 

一体誰が、マクミランに『悪魔召喚プログラム』を与えたのか、誰の指示で動いていたのか、そして、奪った大量のマグネタイトの在処すらも、以前、分からないままである。

 

「ちっ、用意周到な事だな。 」

 

舌打ちしたダンテが、不貞腐れた態度で長椅子に寝転ぶ。

 

マクミランの目的は、自分に拘わったせいで悪魔に殺された兄、デンバーズを思い出させる事であった。

彼の口振りから推測すると、ダンテが同業者であったデンバーズの事を覚えていた事に、大分満足していた様にも見える。

命を奪おうとしたのは、あくまで成り行き上。

本来の目的は、協力者が使役するサキュバスに、ライドウを襲わせる事にあった。

 

その時、事務所の出入り口に人の気配を感じた。

ライドウが其方に振り向くと、薄く開いたドアの所に金色の髪をした10歳未満の少女が立っている。

開いたドアから、事務所内を覗いていたのは、孤児のパティ・ローエルであった。

 

「パティ? そんな所に隠れて一体どうしたんだ? 」

 

中に入るのを何故か躊躇っている少女に向かって、ライドウが声を掛けた。

途端に顔を真っ赤に紅潮させる少女。

一度背後を振り返ると、おずおずと言った様子で事務所内へと入って来る。

 

「誰だ? アンタ。 」

 

寝ていた長椅子から起き上がったダンテが、不機嫌そうに問い掛ける。

事務所内に入って来たのは、パティ一人だけでは無かった。

薄い茶のビジネスコートと、その下に如何にも高級そうなグレーのスーツを着た60代後半辺りの紳士が、彼女の背後に立っていたのだ。

 

「お初にお目に掛かる、私の名前は、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソ。 KKK団(クー・クラックス・クラン)に所属している。 」

 

何か言いたそうなパティを優しく制し、紳士が朗らかな笑みを口元に浮かべた。

 

 

 

ジョルジュ・ジェンコ・ルッソ。

フォレスト家、マーコフ家に連なるKKK団(クー・クラックス・クラン)の創立メンバーの一人だ。

ハーレム地区を拠点として活動し、主に金融機関に精通している。

又、慈善事業も行っており、貧民層からは”あしながおじさん”と呼ばれて慕われていた。

 

 

「こいつは驚いたな。 まさかNYきっての名士がご登場するとは・・・。 」

 

来客用のソファーに座る紳士を、モリソンが無遠慮に上から下まで眺める。

 

モリソンが驚くのは当然で、このジョルジュなる人物は、経済雑誌のNEW YORK MAGAZINEに連日取り上げられる程の資産家だ。

金融機関だけではなく、ホテルを幾つも所有しており、最近、レッドグレイブ市に出来たアミューズメントパークも、彼の持ち物だ。

 

 

「君の噂は聞いているよ? 17代目。 うちのテレサが随分と迷惑をかけてしまったみたいだね? 」

 

ライドウが出したコーヒーを前に、にこりと柔和な笑みを浮かべる紳士。

 

「迷惑をかけているのは、私も一緒です。 逆に彼女が仕事を持ち込んでくれるお陰で大分助かっていますよ。 」

 

ライドウが隣に足を組んで座っているダンテに一瞥を送る。

本来、応対するのはこの事務所の主であるダンテの仕事なのだが、本人はまるでやる気が無さそうだ。

 

「ハハッ、そう言ってくれると私も気が楽だよ。 」

 

そこは年の功なのか、慇懃無礼なテレサに反し、ジョルジュは紳士的な態度を崩さない。

 

「挨拶はそれぐらいにして、いい加減、パティとアンタの関係を教えて欲しいね。 」

「ダンテ・・・お前なぁ。 」

 

相手が超が付くほど有名な資産家でも、傲岸不遜なダンテの態度は全く変わらない。

隣に座っているライドウが窘めるも、全くどこ吹く風?と言った様子だ。

 

「そうだな。 君達が不審に思うのも当然だ。 私は、この子の母親、ニーナ・ローエルの父親だ。 つまり、この子とは孫と祖父の間柄になる。 」

「ぱ・・・パティが、ミスター・ジョルジュの孫・・・・・? 」

 

まさに現代版の『オリバー・ツイスト』とはこの事だ。

驚愕で双眸を見開いたモリソンが、ジョルジュとその隣に座るパティを交互に見つめる。

 

「成程な・・・・この娘に召喚術師(サマナー)の資質があるのに納得した。 」

 

ライドウは、ジョルジュの隣で未だ俯いている金髪の少女に優しい眼差しを向ける。

 

パティには、類稀な稀人の血と召喚術師としての優れた才能を秘めている。

それ故、『連続誘拐事件』の調査の際に、前もって自分が作った式神を彼女にお守り代わりとして渡していた。

ライドウの期待通り、パティは式神・シキオウジを巧みに操ってみせた。

 

「実を言うとな?17代目。 私は君に依頼する為に此処に来たんだ。 」

「依頼? 」

「私の娘・・・・ニーナ・ジェンコ・ルッソを探し出して欲しいんだ。 」

 

ジョルジュ曰く、パティの母、ニーナ・ジェンコ・ルッソは、成人するとすぐに家を出てしまった。

一方的に親子の縁を切り、母方の性を名乗る様になったのである。

 

「何故、私に? 貴方なら優秀な人探し(ウオッチャー)が沢山いると思いますが? 」

「君の言う通り、優秀な”人探し(ウオッチャー)”を何人も雇って、あの子の行方を捜索させた。 しかし、幾らベテランの彼等でも、あの子の髪の毛一つ探し出す事は出来なかったよ。」

 

コーヒーに映る自分の顔を眺めつつ、ジョルジュは、困った様子で眉根を寄せる。

 

パティの母、ニーナは、娘と同じ様に稀人の血を引いている。

その為、悪魔達から自分の身を護る為に、厳しい魔導の訓練を受けていたのだ。

ジョルジュの話によると、ニーナは、詠唱師(ゲサング)と回復系の白魔法(ホーリー)その他に、精神系魔法(ガイスト)の資格も習得しているのだという。

 

「ニーナがレッドグレイブ市(この街)に居る事は間違いない。 頼む17代目。あの子を見つけ出してくれないか? 」

 

報酬は幾らでも払うと言って、ジョルジュが頭を下げる。

しかし、ライドウは応えない。

何かを躊躇っているのか、暫く逡巡した後、徐に口を開いた。

 

「残念だが、私はウオッチャーじゃない。貴方の期待には応えられませんよ。ミスタージョルジュ。 」

 

予想とは反する応えに、隣にいるモリソンが驚いた様子で、悪魔使いを見つめる。

 

「らしくねぇなぁ? 爺さん。 アンタなら簡単に見つけられるだろ? 」

「俺にも出来る事と出来ない事がある。 人探し専門の連中が見つけられないなら、門外漢の俺なんて役に立つ訳がねぇだろ。 」

 

隣に座るダンテをライドウがジロリと睨みつける。

確かに、ライドウは魔導師(マーギア)の資格を全て習得している達人(マイスター)だ。

しかし、彼の専門は悪魔討伐であって、人探しではない。

 

「・・・・私には時間がないのだよ?17代目。 」

 

そんな二人の間をジョルジュが割って入った。

真剣な深い藍色の瞳が、悪魔使いを見つめている。

 

「末期の肝臓癌なんだ。主治医に余命半年と宣告されている。 」

 

思わぬジョルジュの告白に、一同が言葉を失う。

 

病気はかなり進行しており、内臓のあちこちに癌が転移して、最早手の施し様が無いのだそうだ。

 

「見ての通り、パティはまだ幼い。 私の後を継ぐには、信頼できる後見人が必要だ。 その為に、どんな手を使っても構わないからニーナを見つけ出す必要があるのだよ。 」

 

この事実を知る者は、少ない。

マーコフ家の家長、ルチアーノやごく一部の幹部には伝えてあるが、ジョルジュを慕っているフォレスト家の家長代理、テレサには伏せている。

16歳と言う若さで、重責を担う彼女にこれ以上の精神的ストレスを与えたくないという、ジョルジュなりの配慮であった。

 

「・・・・・貴方もご存知だとは思うが、私は”クズノハ”の人間だ。 そんな話をして外部にリークするという危険性を考えなかったのか? 」

「君はそんな事はしないよ。 真面目で融通が利かないのが難点だが、情に脆く、子供に甘い。 特にパティの様な年齢の女の子にはね。 」

 

ジョルジュの意味あり気な言葉に、一瞬だけ、ライドウの双眸が鋭くなる。

 

この男は、悪魔使いの弱味を知っている。

恐らく、今現在、ライドウが置かれている状況も把握済みだろう。

パティをダシに交渉を持ち掛けるとは、随分と良い性格をした糞爺じゃないか。

 

「・・・すまんな・・・本当なら、こんな真似はしたくないんだ。 しかし、私もルッソ家の人間。 誰かを後継者に選ばなければならない。 それは・・・葛葉四家の君なら分かる筈だ。 」

 

ジョルジュは、無理矢理にでもパティを自分の後継者としてルッソ家を継がせる。

右も左も分からない子供が、いきなり毒蛇の巣の中へと放り込まれるのだ。

巨万の富を巡り、パティは大人達に利用される。

そうならない為にも、一番信頼できる母親のニーナが必要であった。

 

「卑怯ですよ・・・そんな事を言われたら、私が断れないのを貴方は知っている。 」

 

唇が切れる程、噛み締め、ライドウは目の前に座るルッソ家の当主を睨みつける。

しかし、そんな悪魔使いに対し、NYの名士は顔色一つ変える様子は無かった。

 

「それでは交渉成立だな。 仕事に必要な経費や前金は、後日支払わせて貰うよ。 」

 

柔和な笑顔は最後まで崩さず、ジョルジュは立ち上がると、振込先を知るため、仲介屋のモリソンに連絡先が書かれた名刺を渡す。

そして、未だソファに座っている幼い少女を振り返り。

 

「今度、二人で夕食でもゆっくりと食べよう。 」

 

とだけ伝え、パティをその場に残したまま、便利屋事務所を後にした。

 

 

 

児童養護施設へと帰るダウンタウンの大通り。

見事なブロンドの髪を持つ少女と、左眼に眼帯をした少年が歩いていた。

 

「ライドウ・・・お母さんの事、探してくれるの? 」

 

頭一つ分高いライドウの顔をパティが心配そうに見上げる。

 

今日は、色々な事がいっぺんに起こって頭の中がぐちゃぐちゃだ。

物心ついた時から、独りぼっちだったパティにとって、祖父と呼ばれるジョルジュの存在は、喜ばしい出来事なのかもしれない。

しかし、隣を歩く暗いライドウの表情を見ると、素直に喜べないでいた。

 

「パティ・・・君は、お母さんに逢いたいかい? 」

 

質問を逆に質問で返され、パティは思わず戸惑ってしまう。

何時にない真剣な表情をするライドウに、少女は思わず下へと俯いた。

 

「会いたい・・・会いたいよ・・・お母さんが生きているなら、会って話がしたい。 」

 

写真の中でしか知らない母親。

無意識に肌身離さず付けている、母親の写真が入ったペンダントを服の上から握り締める。

 

「そっか・・・・そうだよな。 」

 

辛そうなパティの表情を見たライドウは、バツが悪そうに一人、納得する。

 

パティだけではなく、児童養護施設に居る子供達は、両親と共に生活したいと切に願っている。

金銭的な理由で預けられる子、両親からの暴力の為に引き離される子。

そんな様々な理由で、子供達は施設にいる。

 

「・・・パティ、明日お母さんに会いに行こうか? 」

「・・・・っ!? お母さんのいる場所を知っているの?? 」

 

ライドウの思わぬ言葉に、パティは無意識に彼の腕を握る。

震える小さな少女の手を、ライドウは優しく握り返してやった。

 

「ああ・・・でも、一つだけ約束して欲しい。 例えお母さんに会えたとしても、それが決して期待通りの結果になるとは限らないという事だ。 」

「それ・・・・どういう事・・・・? 」

 

ライドウが何を言いたいのか分からない。

そして、何故、今すぐ会わせてくれないのか、その理由も分からない。

 

「お母さんが君と一緒に暮らせないのには、大きな理由がある。 その理由は、お母さんに逢った後で必ず説明する・・・だから、今日は施設で一晩、ゆっくりと休むんだ。良いね? 」

 

パティの目線の高さまで屈んだライドウが、優しく微笑む。

言葉の端々に感じる、パティに対する優しい気遣い。

それを感じ取った金髪の少女は、不承不承、頷くより他に術が無かった。

 

 

未だ納得しないパティを施設に送り届け、便利屋事務所へと戻って来たライドウを待っていたのは、これ以上に無いぐらい不機嫌なダンテであった。

 

「モリソンは? 」

「自分の事務所に帰った・・・・ミスター・ジョルジュと仕事に関して細かい打ち合わせをする為にな。 」

 

何時もの様に大分ご機嫌斜めな銀髪の青年が、長椅子に寝転んだまま、そう応える。

 

ダンテのへそが曲がっている理由は、大体察しが付く。

自分が完全に蚊帳の外に居るのが気に喰わないのだ。

そして、ライドウが探し人であるニーナ・ジェンコ。ルッソの居場所を知っている事も、内心気が付いている。

 

 

「俺に言いたい事があるんじゃないのか? アンタ。 」

 

薄いアイスブルーの瞳が、ジャケットを脱いでハンガーへと吊るすライドウを睨みつける。

 

好い加減、この悪魔使いの秘密主義にはうんざりする。

自分一人だけ納得し、細かい説明は後回し。

ダンテを巻き込まない様に、心配りをしてくれているつもりであるのは分かるが、正直、コッチはストレスが溜まるばかりだ。

 

「ニーナの事か? 確かに、彼女の居場所を知ってはいるが、お前には関係がないだろ? 」

「あるね、俺はアンタの相棒だ。 情報を共有するのは当たり前だろうが。 」

 

ダンテが寝ていた長椅子から起き上がる。

そんな銀髪の大男を他所に、ライドウは熱いコーヒーを飲むためにキッチンへと向かった。

 

「俺はお前の相棒になったつもりは無いんだけどな。 」

 

空のポットに水を入れ、スイッチを押して沸騰させる。

ライドウが、この便利屋事務所に居候する前は、キッチンにはポットどころか調理器具など一切無かった。

毎日、飽きもせずジャンクフードや、何時も贔屓にしている『ボビーの穴蔵』で、適当に飯を済ませていたからだ。

今では、綺麗に清掃されたキッチンで、来客用のコーヒーカップが揃い、冷蔵庫には食材がぎっしりと入っている。

 

「アンタに無くても、俺にはある。 事務所(ここ)に居る以上、アンタは俺のモノだ。 」

 

悪魔使いの背後に立ったダンテが、背の高さを利用して威圧的に見下ろす。

 

大分、子供じみた独占欲。

自分は、ライドウの全てが知りたい。

しかし、この悪魔使いは、自分との距離を一定に保ったまま、それ以上、決して近づこうともしない。

それが、もどかしくて堪らないのだ。

 

「・・・・俺は日本と言う国の所有物だ。 お前のモノじゃない。 」

「あぁ? そりゃ一体どういう意味だ。 」

「そのまんまの意味だ・・・俺は、超国家機関”クズノハ”に所属する召喚術師(サマナー)であり、その命は日本と言う国家に既存している。つまり、国に害する存在を排除し、国の繁栄の為に喜んで命を捧げるって事だ。 」

「ちっ・・・小難しい事をベラベラと・・・そんじゃ、アンタは、国が死ねって言ったら死ぬのかよ? 」

「そうだ。」

 

ポットの中に入っているお湯が沸騰した事を告げる。

ライドウは、背後に立つダンテから視線を外すと、用意していた自分のマグカップに湯を注いだ。

 

「取り敢えず、今日の夜、パティがいる児童養護施設に行く。 俺の推測が正しければ、ニーナもそこに来る筈だ。 」

 

白い湯気を立てるマグカップを片手に、ダンテを押し退け事務所内へと向かう。

挽きたてのコーヒーの香りが、鼻腔をくすぐった。

 

「どうしてそんな事が分かる。 」

「パティの持っているロケットだ。 アレはヒランヤと呼ばれる護符で、中級程度の悪魔を退ける他に、対象者の行動を監視する事も出来る。 」

 

ジョルジュが言う通り、パティの母親は、レッドグレイブ市(この街)に潜んでいる。

非常事態が起こったら、すぐ駆け付けられる様に、護符を通して娘のパティを見守っているのだ。

 

「ニーナは、パティがジョルジュ氏と接触した事を知っている。 すぐにでも娘を連れてこの街から出て行きたいと思っている筈だ。 」

 

砂糖もミルクも入っていない、ブラックのコーヒーを一口啜る。

普通の人なら、苦くてとても飲めたシロモノでは無いが、甘いのが苦手なライドウは、コッチの方が自分に合っている為、好んで飲んでいた。

 

「まるで、パティを孤児院に預けて隠れているのは、父親から逃げているって言い方だな? 」

「・・・・・不思議に思っていたんだ。 何故、魔導師ギルドに名を連ねるKKK団に娘を保護してくれるように頼まなかったのか。 いくら父親との確執が原因で家を出たにしろ、それは自分自身の問題であって、パティには関係が無い。 」

 

両親との問題で、家を出る事は良くある話だ。

しかし、ニーナとパティは一般家庭とは明らかに事情が違う。

類稀な”稀人”の血を持つ為、悪魔達から命を狙われる危険性があるのだ。

ニーナには、夫の存在が全く感じられない。

乳飲み子を抱えたまま、避難出来る場所も無い状態では、自然、父親であるジョルジュを頼るより術が無いのだ。

 

「しかし、どういった訳か、ニーナは父親に助けを求めていない。 余程、父親を憎んでいるのか・・・それとも恐れているのか・・・・まぁ、どちらにしろ、ジョルジュ氏を避けているのは確かだな。 」

「成程、だから今夜中にでも、パティを連れて別の場所に逃げると言いたいんだな。 」

 

ライドウが、態とパティを孤児院に帰したのは、母親のニーナをおびき寄せる為だ。

これで漸く合点がいったが、別の疑問が湧いて来た。

 

「アンタ・・・ニーナを捕まえた後は一体どうするつもりなんだ? 依頼通りにミスター・ジョルジュに引き渡すつもりなのか? 」

「取り敢えず、彼女と話をしてみる。 個人的な我儘でパティを危険に晒すつもりなら、有無を言わせずジョルジュ氏に引き渡す。 だが、もし、他に理由があるのなら・・・・。 」

 

その時は、CSI(超常現象管轄局)に連絡を入れて、アメリカ政府にニーナ親子を保護して貰うつもりであった。

 

 

 

深夜、ダウンタウンにある児童養護施設。

低い垣根を乗り越え、施設内に無断で入る一つの小柄な影。

華奢な体躯をしたその影は、数ある窓の一つを見上げ、思わず溜息を零す。

 

 

「ニーナ・ローエルさん? それとも、ニーナ・ジェンコ・ルッソと呼んだ方が良いですかね? 」

 

突然、背後から声を掛けられ、人影・・・・ニーナ・ジェンコ・ルッソが弾かれた様に振り返る。

彼女の視線の先には、フードを目深に被った左眼に眼帯をしている少年と真紅のロングコートを着た銀髪の青年がいた。

 

「貴方達・・・・父が頼んだ”人探し(ウオッチャー)”ね。 」

 

ニーナは、魔法の様な速さで、銀色に光るナイフ・・・・アセイミナイフを取り出す。

 

「そんなに警戒しないでくれ。 俺達は、アンタ等親子に危害を加えるつもりは無い。」

「父の命令で、私とパティを捕まえに来たんでしょ? 信用何て出来ないわ。 」

 

ライドウの言葉を、ニーナがあっさりと斬って捨てる。

父親譲りの深い藍色の瞳。

余程、実の父親が憎いのか、ニーナは、ナイフを構えたまま一向に警戒心を解こうとしない。

 

「確かに、君が言う通り、俺達はミスター・ジョルジュの依頼で此処に居る。だが、話によっては、君達、親子に協力するつもりだ。 」

「言っている意味が分からないわ。 」

「アンタが親父さんから逃げ回っている理由を教えろと言ってんだ。 話の内容によってはアンタ達親子を俺達で匿ってやるよ。 」

 

鋭く睨むニーナに対し、ダンテが大袈裟に肩を竦める。

この親子を依頼主である祖父のジョルジュに引き渡せば、法外な値段の報酬を手に入れる事が出来る。

しかし、ライドウは素直にジョルジュの依頼を引き受けるつもりは更々無いし、それはダンテも同じであった。

 

「此処だと一目に付いたら拙い。 もし良かったら別の場所で話さないか? 」

 

ライドウの提案に、ニーナは渋々と言った様子で頷く。

この二人を信用して良いのか未だに判断出来ないが、悪魔使いが言う通り、養護施設の関係者に見つかったら、言い訳が出来ないからであった。

 

 

 

「で? 何で私まで巻き込まれなきゃならない訳? 」

 

マンハッタン区北部にあるハーレム地区。

高級プールバーの経営者、フォレスト家、家長代理であるテレサ・ベットフォード・フォレストは、はた迷惑な来客を前に、腕を組んで椅子に座っていた。

 

「君がジョルジュ氏に黙ってニーナを匿っていた事は知っている。 理由までは分からないが、彼女達親子を助けるのに何ら問題は無いと思うんだが? 」

 

テレサが態々用意してくれたVIP専用のボックス席。

その如何にも高級そうな皮張りのソファーに座った悪魔使いが、真向いに座る甘栗色の髪をした美少女をジロリと睨む。

 

「私じゃないわ・・・・私の父さんがこの女の世話を色々としていたのよ。 」

 

テレサが、自分の隣に座るニーナを忌々しそうに見つめる。

 

今から数年前、先代であるジョナサン・ベットフォード・フォレストは、一人の女性をテレサ達が住む屋敷へと連れて来た。

父は、テレサに幼い弟の面倒を見る為に、住み込みで雇ったベビーシッターだと説明した。

甘えたい盛りの時期に母親を失った弟は、ニーナにすぐ懐いたが、テレサは違った。

勘のいい彼女は、父とニーナが男女の関係である事を知っていたのである。

 

「父さんは、住む場所と当面生活する為のお金を渡していた。理由なんて知らないし、父さんが事故で死んだ後、この女がどうしていたのかも知らない。 」

 

実の母親が病死して、それ程間が空いていないのに、父は別の女性と付き合っていた。

その事実が、テレサには受け入れられない。

辛そうな表情で、自分を見つめるニーナの視線から、テレサは態とらしく顔を背けた。

 

「先代のジョナサン氏が、貴女の為に偽造IDと住居、それと仕事も紹介していたという訳ですか。 」

「そうよ・・・あの人は、何も聞かずに私や娘の為に色々と良くしてくれた。 父との問題が解決したらパティを養女としてフォレスト家に迎え入れてくれるとまで言ってくれたの・・・でも・・・。 」

「一年前に不慮の事故で亡くなってしまった。 」

 

ライドウの言葉に、ニーナは無言で頷く。

 

これはあくまで推測の域を出るが、パティの実の父親は、フォレスト家の先代当主、ジョナサン・ベットフォード・フォレストでは無いかもしれない。

ニーナの様子から、相手は何も知らない一般人男性であった可能性がある。

ジョナサンは、それを全て知った上で、彼女の面倒を見ていたのであった。

 

 

「良く、フォレスト家がニーナに手を貸していた事が分かったな? 」

 

それまで、黙って事の成り行きを見ていたダンテが、傍らに座るライドウに小声で言った。

 

「消去法だ。 ニーナが10年近くも父親の目を掻い潜ってレッドグレイブ市(この街)に潜伏するには、それなりのパトロンが必要だからな。 」

 

NY市でも名士として名を轟かせているジョルジュから身を隠し続けるには、かなりの経済力と情報収集力を持つ人物が後ろ盾としていなければならない。

KKK団(クー・クラックス・クラン)の創立メンバーの一人であるマーコフ家の現当主、ルチアーノ・リット・マーコフは、ジョルジュを実の兄と同じ様に慕っている。

そうなると、残るは同じ創立メンバーのフォレスト家という事になる。

 

「・・・・・貴方は、私が父から逃げている理由をもう分かっているんでしょ? 」

 

ニーナが真向いに座る小柄な悪魔使いに視線を向ける。

 

「まぁ、一応はな・・・・。 此処半年間、俺なりに調査した結果、NY市の極一部で時空の歪みを幾つか見つけた。もしかしたら、俺が把握出来ていない場所では、もっと大きな歪みがあるかもしれないけどな。 」

 

ライドウが、度々、ダンテの事務所から姿を消していたのは、何もパティの母親を探す為だけではない。

レッドグレイブ市を中心に広がる時空の歪みを調査又は、修正する目的もあった。

悪魔使いは、腰に下げているガンホルスターから、愛用のGUMPを取り出すと、蝶の羽の様に液晶ディスプレイを展開させる。

幾つかキーボードを押すと、空中にレッドグレイブ市を中心としたNYの地図が、立体映像として浮かび上がった。

 

「この赤い光点は、此処最近に起こった悪魔絡みの事件だ。 それを線で引いていく・・・・。 」

 

慣れた手つきで、空中に展開される立体映像を操作していく。

まず最初に起こった『ローエル家遺産相続事件』、そしてNY近郊にある山岳地帯で起こった『レッドアイ事件』。

その他、悪魔が起こしたであろう小さな事件を線で繋いでいくと、巨大な魔法陣が形成された。

 

「も、もしかしてこれって・・・。 」

「そう、地獄門(ヘルズゲート)だよ。 」

 

ハーレム地区を中心に広がる巨大な法陣。

それは、現世と魔界とを繋ぐ地獄の門であった。

 

「まさか此処最近に起こった悪魔絡みの事件は、全てミスター・ジョルジュが裏で関係してたって言うんじゃねぇだろうな? 」

「さぁな。 これはあくまで俺が独自に調査した事だし、ルッソ家・・・否、KKK団(クー・クラックス・クラン)が関わっているのかまでは、ハッキリと断定出来ない。 」

 

そう言ってライドウが、真向いに座るテレサに一瞥を送る。

途端に、甘栗色の髪をした少女の顔色が、真っ青に変わった。

 

「ちょっと! 私は何も知らないわよ! 変な言い掛かりは止めなさいよネ!! 」

 

思わず立ち上がって、テレサが大声で怒鳴る。

 

勘違いされがちだが、秘密結社(フリーメーソン)は、犯罪組織ではない。

力を持たぬ人間達から、悪魔の脅威を護る役目を負っている。

確かに、中には悪魔の力を利用し、犯罪を犯して利益を得る不届きな輩もいる。

しかし、大半の組織が、人間達の護り手である事は間違いなかった。

 

「君達を疑うつもりは無い。KKK団(クー・クラックス・クラン)は、アメリカの開拓時代から存在する由緒ある組織だ。 」

 

顔を真っ赤にして怒り狂う少女を、ライドウが窘める。

 

KKK団(クー・クラックス・クラン)が設立されたのは、16世紀のルネサンス時代だ。

イタリア人の航海者・クリストファー・コロンブスと共に、彼等の先祖は、アメリカ大陸へと渡り、その魔導の力で、領土拡大に力を貸して来た。

しかし、長い年月を経ると組織の理念は、歪に変わる。

 

「父が・・・・ジョルジュ・ジェンコ・ルッソが何を考えているのか正直、私には分かりません。 ただ、分かるのは、あの人がこれから恐ろしい事をするだろうという事だけです。 」

 

憤懣やるかたなしといった様子で、荒々しく席に座るテレサをニーナが横目で眺める。

 

ニーナの父、ジョルジュはとても厳格な性格で、真面目な人物であった。

先代達が伝える思想と義務を重んじ、組織やNYの市民達を護る為には、己の身を犠牲にしても厭わない。

子であるニーナにもそれを教え、彼女が幼い時から、厳しい魔導の訓練を課して来た。

 

「私は・・・・父が嫌いだった・・・・子供の時は、それが当たり前だと思って魔導の訓練にも耐えていたけど、社会に出て人と違う自分に戸惑い、絶望した。 」

 

ジョルジュは、自分だけではなく、家族にすら犠牲を強いて来た。

ニーナは、社会に出て、自由に生きる同年代の若者達に激しい羨望を抱いたのである。

 

「成程な・・・・躾に厳しい家族に良くある出来事だぜ。 」

 

ダンテには、成人してすぐ家を飛び出したニーナの気持ちが何となく分かる。

物心ついた時から施設暮らしであったダンテは、規則規則で雁字搦めな生活を無理矢理送らされた事がある。

破れば躾と称した暴行。

職員連中から毎日の様に殴り飛ばされ、血塗れになるなど日常茶飯事であった。

 

「・・・・”稀人”である君を護る為だったんだ。 力をコントロールする術を身に付ければ、悪魔から身を隠す事が出来る。 能力が上手く開花出来れば、達人(マイスター)の称号だって夢じゃない。 」

「何だよ?爺さん。 今度はやけにミスター・ジョルジュの肩を持つじゃねぇか。 」

「うるせぇ・・・子を持つ親の気持ち何て、お前にゃ分かんねぇだろ。 」

 

横で軽口を叩くダンテを、ライドウは忌々しそうに睨みつける。

 

ジョルジュは別に犠牲を強いる為に、ニーナに厳しくしていた訳ではない。

組織に従属せよという気持ちが無かったと言えば嘘になるかもしれないが、”稀人”として高い魔法の資質を持つニーナを期待していたのかもしれない。

それは、彼女の愛娘であるパティが、ライドウの作った式神を簡単に操って見せた事からでも分かる。

 

 

「ええ・・・貴方の言う通りかもしれない・・・でも、私は駄目だった。父の期待に応えられなかった。」

 

苦笑を浮かべ、俯くニーナ。

出産し、母親になった今だから分かる。

父、ジョルジュが自分の才能を誰よりも早く見抜いていた事。

達人(マイスター)の称号を得れば、国から手厚く優遇され、CSI(超常現象管轄局)の捜査官どころか、大統領府に務める事も夢ではないのだ。

 

「私は、父から勘当同然で家を飛び出した。 父も、弟のロックがいたから私を家に無理矢理連れ戻す事はしなかった。 」

「つまり、アンタは自分の嫌な事を全部、弟に押し付けたってわけ? 最低。 」

 

椅子の背凭れに寄り掛かり、隣に座るニーナをテレサが心底軽蔑した眼差しで見つめる。

16歳でフォレスト家家長代理という重責を背負わされたテレサにとって、姉の後釜に強制的に座らされた弟が不憫でならなく映ったのだろう。

 

「そうね・・・本当に最低な姉だったわ。 でも、ロックは嫌な顔一つしないどころか、家を出た私を心配して父に隠れて連絡を取ってくれたの。」

 

ニーナの弟、ロック・ジェンコ・ルッソは、温厚で姉想いな人物であった。

何かと父親に反抗的な態度を取る姉と違い、従順で、どんな訓練にも耐える忍耐強さを持っていた。

もしかしたら、姉の様な魔導の素質を持たない事を悔やんでいたのかもしれない。

 

「私は、名前を変えて小さな出版社に就職した。 最初は、慣れない仕事に苦労したけど、ルッソ家に居る時より遥かにマシだった。 どんなに辛くてもちっとも苦にはならなかったわ。 」

 

母方の性を名乗る様になったニーナは、マンハッタンにある会社に就職した。

一般人と同じ、自由を手に入れた彼女は、毎日がバラ色だった。

慣れない仕事に何とか順応し様と努力し、気心が知れた友人や、好きな男性も出来た。

しかし、当時付き合っていた男性の子供を妊娠した事で、彼女は否が応でも過酷な現実を知らされたのである。

 

「娘・・・・パティが、私と同じ体質を持っていた事を知ったのは、妊娠した時でした。 ”稀人”の血を持つせいで、周りに悪魔の姿が見える様になった。 」

 

護符で何とか中級悪魔程度は退ける事が出来るが、それ以上になると幾ら魔導の訓練を積んだ彼女でも対応出来ない。

周りに被害が出るのを恐れ、相手に妊娠した事実を告げる事も、仕事を続ける事も出来なくなってしまった。

日増しに強くなる胎内にいるパティの力。

仕事を辞め、途方に暮れていた彼女を救ったのは、テレサの父、ジョナサン・ベットフォード・フォレストであった。

 

「最初は、父に頼ろうと思ったんです。 でも、私のつまらない意地が父に頭を下げるのを躊躇わせた。 お金も無くなり、生活出来なくなった私をテレサちゃんのお父さんが助けてくれたの。 」

 

恐らく、ニーナの弟、ロックが姉の置かれている現状を知って、ジョナサンに相談したのだろう。

彼女の当時住んでいたアパートに現れたジョナサンは、無事に赤ん坊を出産するまで、自分の屋敷で暮らすと良いと、快く申し出てくれた。

 

「何で、子供が産まれてすぐ家の屋敷から出たの? 子供を養護施設に預ける必要なんて無かったじゃない。 」

 

テレサが疑問に思うのは当然だ。

安全なフォレスト家の屋敷で生活すれば、娘のパティを養護施設に預ける事も無かった筈である。

 

「それ以上、貴女の御父さんに迷惑を掛けたく無かったのよ。 当時は、貴方の御婆様・・・カリーナの死でジョナサンも大変だったし・・・難民達に紛れて、ハーレム地区に入って来たライカン達の対処で忙しかったし・・・。 」

「関係無いわよ! 貴女が急に居なくなって、私やジョセフがどれだけ心配したか分かっているの? 特にジョセフは毎日毎日、貴女の名前を呼んで泣いていたんだからね。 」

 

ニーナの言葉に、テレサが思わず声を荒げる。

辛辣な態度でニーナに接するテレサであるが、その実、彼女も寂しかったのだ。

心根の優しいニーナを、弟のジョセフは母親の様に慕い、テレサも実の姉と同じ様に想っていたのである。

 

「有難う・・・・優しいのね? テレサちゃん。 」

「ば、ばばば馬鹿言わないでよねぇ! 私はアンタの事なんかこれっぽっちも心配してないんだからね! 」

 

顔を真っ赤にして背けるテレサに、ニーナは苦笑を浮かべ、ライドウとダンテは呆れた様子で眺める。

 

「んで? パティを孤児院に預けたアンタは、何時も通りの生活に戻ったのか。 」

「・・・・・ええ、そうよ。 パティと一緒に暮らす為に、一生懸命お金を貯めた。 」

 

ダンテの質問に、ニーナがそう応える。

 

ジョナサンに紹介された仕事に就いた彼女は、身を粉にして働いた。

何時か娘と二人で暮らせる時を夢見て頑張った。

娘との生活に落ち着いたら、心から父、ジョルジュに謝罪する気持ちが生まれるかもしれない。

もし、許されるならば、父に娘の顔を見せてやりたかった。

しかし・・・・・。

 

「ジョナサンが、父には逢うなと・・・・弟のロックが、兵役していた先で死んだ・・・それも、普通の死に方じゃなかった・・・と・・・。 」

 

ある日、いつも通りに仕事を終えたニーナは、住んでいたアパートへと帰宅した。

その時に、ジョナサンが部屋の前で待っており、彼女の弟、ロックが”壁内調査”に志願した事。

上級悪魔が生息する最前線へと送り込まれた事。

そして、救難信号を出したが、本部はそれを受け入れず見殺しにされた事を告げた。

 

「”壁内調査”って、もしかして”シュバルツバース”の事? 」

「しゅば・・・・? 何だ?そりゃ・・・・? 」

 

テレサの聞きなれない言葉に、ダンテが訝し気な表情になる。

 

「知らないのも無理は無いわね。 国連が極秘裏にしている機密事項だもん。 」

 

『シュバルツバース』の存在は、各国にある秘密結社や国の上層部でも極一部の者しか知りえない超機密情報である。

 

今から20数年前、日本にある海上都市・・・『天海市』と呼ばれる場所で悪魔による大規模なバイオハザードが起こった。

国は、陸上自衛隊や米軍基地に要請し、天海市に住む住民を避難。

都市部を分厚い壁で覆った。

一般市民達やマスコミには、天海市にある原子力発電所が事故を起こし、大量の放射能が漏れた為、そこに住む市民達を強制的に退去させたと偽の情報を流した。

しかし、事実は、天海市の二上門と呼ばれる古墳から周囲を破壊・吸収しながら拡大する未知の亜空間が突如出現した事にある。

 

「その亜空間内は、下級から上級までの悪魔が我が物顔で支配していて、とても人間が住める様な状態じゃないって・・・まぁ、私は実際この目で見た訳じゃないから、そこまで詳しく言えないんだけど・・・・・。」

 

そこまで説明したテレサが、ダンテの隣に座る悪魔使いに一瞥を送る。

しかし、当のライドウは真剣な表情で顎に指を当てたまま、微動だにしていなかった。

 

「兎に角、魔導師ギルドに所属している者は、必ず徴兵制度を受ける義務があるの。私の父も悪魔が発生する地区に兵士として1年間就任してたし、ジョルジュ叔父様やルチアーノの糞親父も兵役に服していたわ。そして、多分、私も・・・。 」

 

悪魔が発生している場所は、何も『シュバルツバース』だけではない。

世界各地で”歪み”は存在しており、そこから這い出て来る悪魔による被害は、年々増加の一途をたどっている。

しかし、悪魔に対抗しうる者はそれ程多くない。

近代化し、悪魔の研究が進み、対抗手段が幾つか開発されているとはいえ、慢性的な人手不足である事に違いはないのだ。

故に、魔術師(マーギア)や剣士(ナイト)による徴兵制度は未だに続いている。

 

「テレサちゃん・・・。 」

「そんな顔しないでよ。 フォレスト家を継ぐって決めた時から覚悟はしていたわ。 ロックさんだってルッソ家を護る為に、きっと私と同じ気持ちだった筈よ。 」

 

徴兵を免れる為には、習得した全ての資格を魔導師ギルドに返上しなければならない。

そうなると、当然、家督を継ぐ事は出来ず、最悪、組織から追放されてしまう。

 

「爺さんもそうだったのか? 」

 

ダンテが隣に座る悪魔使いを横目で眺める。

裏社会がこれ程、厳しい世界だとは知らなかった。

徴兵制度等、時代遅れの野蛮な風習ぐらいにしか思っていなかった。

 

「俺は・・・・。 」

「アンタ、本当に何も知らないのね? 17代目・・・ううん、”葛葉四家”やヴァチカンの”13機関(イスカリオテ)”は、常に人類の最前線に立って悪魔と戦っているのよ。 」

 

言い淀むライドウを代弁するかの様に、テレサが横から口を挟んだ。

 

「特に17代目クラスになると、一番過酷な戦地に送り込まれる。 彼等は名を襲名したその直後から、命が尽きる瞬間まで、国に従属する義務があるのよ。 」

 

自由など初めから無い。

悪魔がこの地上から、一匹残らず消え去るまで、ライドウは戦い続ける運命にあるのだ。

 

「そういう事か・・・・・。」

 

今になって初めて、ライドウの言った言葉の意味を理解した。

 

ライドウは常に戦場に立って、人類を護り続けている。

甘ったるい恋愛感情など、語る余裕などある筈が無い。

 

周囲が沈鬱な空気に包まれたその時、突然、VIPルームに光の球体が現れた。

蒼白く光る球体は、テーブルの上に落ちると小さな人型へと変わる。

 

「・・・っ!マベル!! 」

 

球体から姿を現したのは、ライドウの仲魔であるハイピクシーのマベルであった。

何者かに傷を負わされたのか、満身創痍の彼女は、力尽きて、テーブルの上に倒れ伏す。

 

「しっかりしろ! 一体、誰にやられたんだ? 」

 

すぐに主であるライドウが、小さな妖精を大事そうに両手で抱き上げた。

悪魔使いが唱える回復魔法の淡い光が、妖精の躰を優しく包む。

 

「つ・・・・連れて行かれちゃった・・・・ジャン何とかって包帯男に・・・パティが・・・・。 」

 

悔し涙をボロボロと零し、それだけを必死に伝えるマベル。

パティの母親であるニーナの顔色が、真っ青に変わった。

 

 

 

 

マンハッタン、コンコルドホテル。

NY近代美術館とセント・パトリック大聖堂に近い、この超高級ホテルの一室に、見事なブロンドの髪をした10歳未満の少女がベッドで寝ていた。

上質なスプリングが効いたダブルベッドで、パティが規則正しい寝息を繰り返す。

その頬を祖父であるジョルジュが愛おし気に撫でた。

 

「便利屋と言う人種は、薄汚い野良犬集団だとばかり思っていたが・・・・中には、君の様に優秀な人材もいるんだな。 」

 

ダブルベッドに腰掛け、視線を眠る孫から室内の出入り口に立つ包帯の男へと向ける。

包帯の男・・・・ジャン・ダー・ブリンデは、グレーの背広に身を包み、右手には反り返った刀身が特徴的な刀を握っていた。

 

つい数週間前、ふらりとこの街にやって来たこの男は、破竹の勢いで便利屋のトップへと上り詰めた。

客受けも大変良く、どんな仕事に対しても決して「ノー。」とは言わない。

また、金に対してそれ程執着心が無いのか、収入の殆どを『ボビーの穴蔵』に集まる便利屋仲間に振舞う為、彼等からも大変評判が良かった。

 

「少々、やり方が強引過ぎるのでは? 相手はあの”人修羅”だという事を忘れた訳ではないですよね? 」

「分かっている・・・彼の恐ろしさは十分理解しているつもりだよ。 」

 

ジャンの忠告をジョルジュは、軽く受け流す。

 

この少女に手を出せば、17代目・葛葉ライドウが黙ってはいないだろう。

三年前、レッドグレイブ市のスラム一番街で起きた『テメンニグル事件』。

そして、最近ではイギリスの海外領土で起きた『マレット島事件』。

そのどちらも”人修羅”こと17代目・葛葉ライドウが介入し、無事解決している。

特に、『マレット島事件』では、首謀者である四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝・ムンドゥスを討伐し、魔界に再封印したと聞いていた。

 

 

(出来る事なら、彼を私の味方に付けたかったが・・・・恐らく無理だろうな。)

 

孫の健やかな寝顔を眺めつつ、ジョルジュは内心溜息を吐く。

 

一度、彼を見た時から、同志として仲間に引き入れるのは無理だと判断した。

彼は余りにも実直で真面目過ぎる。

理想と崇高な志を抱き、ルッソ家の家督を継いだ若かりし頃の自分自身と同じだ。

 

「予定が急に変更したんだ。 今夜、獲物がジョン・F・ケネディ国際空港に到着する。 テロ対策で極秘裏に此方に来日するそうだ。 」

「・・・・ユリウス・キンナ法王猊下ですか・・・。 」

 

三年前に就任したヴァチカンの最高権力者。

12月24日、キリストの生誕祭を祝うイベントに、ヴァチカンの若き教皇が参加するとマスコミ各社はテレビや雑誌で報道している。

今年、50代半ばを迎えるガーイウス・ユリウス・キンナは、イタリア有数の資産家であり、逼迫した国の財政を見事立て直した事でも有名だ。

ヴァチカンに在住する市民達からの信頼も厚く、歴代教皇の中でも人気が高い。

 

「奴に、息子と同じ苦しみを与えてやる・・・・その為にも、彼の悪魔を早急に手に入れなければな・・・・。 」

 

何も知らず深い眠りへと落ちている金髪の少女。

そんな幼い少女の頬を、暗い顔をした祖父が優しく撫でてやるのであった。

 




レッドグレイブ編もそろそろ終了です。

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