偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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登場人物紹介

射場流・・・ヴァチカン化学技術研究所主任。エキセントリックな性格をしている地上最強の天才科学者。 ライドウとは古くからの知り合い。

ケビン・ブラウン・・・CSI(超常現象管轄局)ニューヨーク支部長。元グリーンベレーの隊員で国から幾つも勲章を授与されている英雄。流が開発したスーツの被験者であり、それが理由で色々と酷い目にあわされる。

アレックス・・・流の研究助手。才色兼備を絵にかいた才女。



チャプター 17

「それじゃ、行って来るよ・・・父さん。 」

 

大きなボストンバッグを背負った20代前半の青年が、朗らかな笑みを口元に浮かべて見送る父親に手を振る。

 

父・・・ジョルジュ・ジェンコ・ルッソは、空港へと向かう車に乗り込む息子の背を辛そうに見つめた。

 

各国に点在する魔導師ギルド。

数ある戒律の中に、徴兵令というギルドに属する魔導師(マーギア)や剣士(ナイト)が兵役義務を定めた法令がある。

資格者は、成人すると必ずこの兵役に服さねばならず、免除されるには習得した資格を国に返上しなければならない。

就任期間は、約1年間。

場合によっては、任期が伸びる可能性もある。

 

(何も危険度の高い”日本”に行く必要は無かったのに・・・・。)

 

ジョルジュは、去って行く車を見送りながら、内心唇を噛む。

 

世界各地にあると言われる時空の歪(ひずみ)。

そこから出現する悪魔達は、生きる為に人間達が持つマグネタイトを喰らう。

それを討伐する目的で、各国から能力者が兵士として送り込まれるのだが、近年では、悪魔の研究が進み、対抗手段も幾つか開発されてはいる。

実際、ソレ専門の民間企業も幾つか存在はしているのだ。

しかし、人手不足の問題は一向に解消されない為、強制徴募に近いやり方は未だに続いている。

 

 

「まさか・・・アレが息子(ロック)と交わした最後の言葉になるとはな・・・。」

 

マンハッタンとブルックリンを結ぶ巨大な橋。

その橋を渡る黒塗りの高級車に乗ったジョルジュは、車窓から流れる景色を眺めながら一人呟く。

傍らには、母親譲りの見事な金髪をした愛らしい少女が、ジョルジュの膝を枕にして眠っていた。

 

「もうすぐキンナの野郎を乗せた専用旅客機が、空港に到着する様だぜ。」

 

真向いに座るマーコフ家家長、ルチアーノ・リット・マーコフが、スマホを背広の内ポケットに仕舞うとそう言った。

 

現在、彼等はルチアーノが所有しているブルックリンにある薬品研究所へと向かっている。

表向きは、医薬品や各種サプリメント、栄養機能食品などを開発しているが、裏では悪魔の生態や、その細胞から造り出した人造の怪物等を違法に研究している所だ。

 

「すまんな・・・・お前を巻き込むつもりは無かったんだ。 」

 

真向いに座る頬に大きな傷を持った60代半ばぐらいの男に、ジョルジュは言った。

すると、ルチアーノは大分大袈裟に溜息を吐く。

 

「水臭い事は無しだぜ?兄貴。 アフガニスタンの戦地で交わした約束を忘れたのかよ? 」

 

内ポケットから葉巻が入ったシガーケースを取り出し、一本口に咥える。

愛用のジッポライターで火を点け、薄く開いた車の窓に向かって煙を吐き出した。

 

最も時空の歪(ひずみ)が大きな場所・・・アフガニスタン。

今から40数年前、彼等は、国連の指示により、湾岸の戦地へと送り込まれた。

ルチアーノが20歳、ジョルジュが24歳の時であった。

 

 

「俺が今こうしていられるのも、全部兄貴のお陰だ。 アンタは俺の命の恩人。だから、何処までも付いて行くぜ? 兄貴。 」

 

アフガニスタンでの地獄の様な毎日。

血に飢えた悪魔共と戦い、無事生還出来たのは、目の前にいるジョルジュの功績が大きい。

派遣された仲間達が、誰一人欠ける事無く、生まれ故郷へと帰る事が出来た。

あの感動は、今でも心の奥底で刻み付いている。

 

 

「このミッションが失敗しても成功しても、死ぬ事になるんだぞ? 」

「ハッ! 上等だ。 人生の最後に、どデカイ花火を打ち上げられるんだ。後悔なんてねぇよ。 」

 

ジョルジュの真剣な言葉に、ルチアーノは豪快に笑い飛ばす。

 

言葉の通り、後悔など微塵たりとて感じない。

もう60年以上生きて来たのだ。

後世をテレサの様な若い命に繋げ、老体は見事に花を咲かせて散る。

こんな素晴らしい生き方など、誰一人とて出来る筈がない。

 

 

 

レッドグレイブ市、ダンテの便利屋事務所。

 

テーブルの上に大きな銀のエナメルのアタッシェケースを広げた隻眼の悪魔使いが、中から装備一式を取り出す。

両手にナイフが仕込まれた手甲を付け、特殊な繊維で編まれたジャケットを着る。

腰には、ドワーフが打った魔法のナイフ・・・アセイミナイフを腰のケースへと仕舞い、紅い布で覆われた魔槍・・・”ゲイボルグ”を背負った。

 

 

「まさか、一人で行くつもりじゃねぇよな。 」

 

COMP内に居る仲魔の状態を確認している悪魔使いの背に、呆れた様子の男の声が掛けられた。

 

傷だらけのマベルが、主であるライドウの元へ戻り、パティが祖父であるジョルジュの雇った包帯男の便利屋に連れ去られたと告げて、数時間後。

テレサが経営するマンハッタンの高級プールバーを急いで出て、レッドグレイブ市にある便利屋事務所へと戻った。

連れ去られたパティを取り戻す為、装備を整えに来たのである。

因みに、母親のニーナはテレサに護衛を頼み、プールバーに残している。

 

「お前は、テレサの店に戻って彼女と一緒にニーナを護れ。母親もパティと同じ”稀人”だ。祖父のジョルジュに狙われないという保証はない。 」

 

呪術帯で口元と左目を覆ったライドウが、背後に立つダンテを振り返る。

まるで射殺さんばかりの鋭い表情。

ダンテが一瞬、息を呑む。

 

「ふざけんな。 俺も一緒に行くぜ。 」

「駄目だ。 これは今迄の悪魔退治とは違う。 相手は、お前と同じ人間なんだぞ。 」

 

銀髪の青年を押し退け、悪魔使いが出入り口へと向かう。

その細い腕をダンテが、有無を言わせず掴んだ。

 

「俺はアンタの相棒だ。 爺さん一人だけ危険な所に行かせる訳にはいかねぇよ。 」

「離せ! 俺はお前を相棒にした覚えはない! 」

 

掴むダンテの手を乱暴に振り払おうとする。

しかし、その腕は意外に強く、ライドウの力では中々振り払えない。

 

「さっきも言ったと思うが、アンタは俺のモノだ。 俺の知らない所で死なれちゃ困るんだよ。 」

「お前・・・・本当に何も分かっていないんだな・・・。 」

 

常になく真剣なダンテに、ライドウは大袈裟に溜息を吐く。

これから戦う相手は、正真正銘の人間だ。

しかも、自分と同じ様に魔導に精通し、悪魔を使役する能力を持っている。

力で押し切る単純な悪魔とは訳が違うのだ。

そして、この男が、『殺し』に対して、ある種の嫌悪感を持っている事を知っている。

そんな甘ちゃんを相棒として連れて行く程、ライドウはお人好しではない。

 

 

「ルッソ家の家長、ジョルジュは、俺と同じSS級(だぶるえす)の召喚術師だ。 しかも剣士(ナイト)の最高役職、剣豪(シュバリエーレ)の称号を持っている。俺でもまともに戦って勝てるかどうか分からない相手なんだぞ。 」

 

KKK団(クー・クラックス・クラン)の創立メンバー三家の一つ、ルッソ家の家長、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソは、闇社会でもかなり有名な人物だ。

 

今から40年前、イランとアフガニスタンの国境沿いで、邪龍ベヒーモスが出現した。

数ある邪龍の種族でも最高位に位置するドラゴンである。

イラン政府は国連に救援を要請、すぐに徴兵令で搔き集められた剣士(ナイト)と魔導士(マーギア)の部隊が派遣された。

その中に、若かりしジョルジュとルチアーノの二人がいたのである。

 

「だったら、余計に助っ人が必要だろ。」

 

そんな手強い強敵ならば、当然、ライドウ一人だけでは無理だ。

しかも、今のライドウは番を失い、本来の力が出せない。

 

「・・・・お前を連れて行っても足手纏いになるだけだ。余計な手枷は付けたくない。 」

「何だと? 」

「そのまんまの意味だ。 甘ちゃんの坊やは大人しく留守番していろ。 」

 

この男に『殺し』は出来ない。

暗殺者(アサシン)としての長年の勘が、そう告げている。

凄まじい殺気を宿す隻眼に睨まれ、流石のダンテも気圧される。

掴んでいた男の手が緩んだのを見計らって、ライドウが乱暴に振り解いた。

 

 

『いい加減にせんか・・・17代目。 』

 

その時、腰に吊るしていたガンホルスターに収まるGUMPが明滅した。

光の粒子がGUMPから漏れ出し、巨大な獣へと姿を変える。

ライドウの御目付け役兼指南役、魔獣・ケルベロスだ。

 

「まったく・・・下らん事に拘(こだわ)りおって・・・志郎の様にこの男を失うのがそんなに怖いのか? 」

「・・・っ、お袋さん。 」

 

一番痛い所を突かれて、ライドウが言葉を詰まらせる。

そんな悪魔使いにケルベロスは、溜息を零す。

 

「ダンテを連れて行け・・・・今のお前には必要な男だ。 」

「・・・・断る。 いくらお袋さんの命令でもそれだけは聞けない。 」

「ライドウ・・・あの娘は、お前の子供では無いぞ。 」

 

この魔獣は、ライドウの内心を全て見透かしている。

下手な言い訳など通用する筈が無い。

 

「今のお前は冷静な判断力を欠いている。 この男ならお前を止める役目として申し分ないだろう。 」

 

ケルベロスが背後に立つ銀髪の青年を振り返る。

 

ライドウは、自分の子供とパティを重ね合わせていた。

膨大な魔力と優れた霊力、そして”稀人”としての特殊な力。

パティは、今現在、組織に人質として取られている娘の”ハル”と非常に似ている。

それ故、ライドウは与えられなかった自分の子供への愛情を、パティ・ローエルと言う少女に与えているのだ。

 

 

 

同時刻、マンハッタン市街地、フォレスト家が経営する高級プールバー。

 

ボロボロになった仲魔の報告で、児童養護施設に居たパティが、彼女の祖父、ジョルジュの雇った包帯男の便利屋に連れ去られたと報告を受けたライドウ達は、慌しくテレサの店を出て行った。

テレサも部下であるアイザック達に腕の立つ連中を至急、この店に搔き集める様指示を出す。

パティの実母、ニーナ・ジェンコ・ルッソを護る為だ。

忽(たちま)ち、喧噪へと包まれる店内。

closedの看板を店に出し、地下の隠し部屋から武器を取り出した男達が、店の中を走り回る。

 

 

「ごめんね・・・・テレサちゃん。 」

「アンタのせいじゃないわ・・・・謝る必要なんて無いわよ。 」

 

S&W、M&P9シールドにマガジンを装填し、スライドを引くテレサは、俯いたまま椅子に座るニーナを横目で眺めた。

 

今回の事件は、ニーナの父、ジョルジュが引き起こしたものだ。

彼女達は、完全な被害者。

責められるいわれはない。

 

「私も・・・もっとあの二人の動向を気にするべきだった・・・・法王庁の例の指令を受けて一番、反発したのはルチアーノの奴だけだった・・・ジョルジュ叔父様は私の父さんと同じ穏健派だとばかり思ってた・・・・それが、全ての間違いだったのよ。 」

 

法王庁の指令・・・それは、各国に存在する秘密結社(フリーメーソン)の武装放棄であった。

法王庁(ヴァチカン)は、各国で秘密裏に活動する秘密結社(フリーメーソン)の存在を危険視し、急遽、縮小する様に命令をして来たのである。

当然、各国の秘密結社は猛反発した。

特に、ドイツとヨーロッパを支配下に置いている薔薇十字結社(ローゼンクロイツ)とイタリアの巨大マフィア組織、コーサ・ノストラの怒りは凄まじかった。

何も知らない世間知らずの若き法王が何をほざいていやがるっと、歯を剥き出しにして怒りを露わにしている。

今も尚、境界線を挟んで睨み合いの膠着状態は続いていた。

 

 

「父さんは、アンタと同じ様な性格だった。 唯一違うのは、御婆様の言いなりだっただけ・・・アンタみたいに家を飛び出す勇気が無かった。 私やジョセフに対する愛情もそれ程無かった・・・・仕方ないよね? 母さんと結婚したのは、御婆様の命令だったんだもん。 」

 

ハンドガンを脇のガンホルスターへと収め、テレサは遠い過去を思い出す。

 

テレサとジョセフの父、ジョナサン・ベットフォード・フォレストという人物は、典型的な事勿(ことなか)れ主義者であった。

面倒な事や揉め事を嫌い、困難な事態に直面するとすぐに母親であるカリーナに泣きついた。

フォレスト家が持つ事業の経営を全て母親に押し付け、自分は下っ端と同じ仕事を好んでやった。

変わり者、と言ってしまえばそれまでだが、その姿勢が、下で働く者達に好感を持たれたのは言うまでもない。

カリーナも、それを知っていて敢えて息子に何も言わなかった。

テレサとジョナサンの母親を選んだのも、上に立って指示を出す事を嫌う息子を支える為だった。

気が強く、芯がしっかりと通った女性を選んだ。

自分が居なくなった後を考えて、カリーナがジョナサンに無理矢理当てがった。

しかし、ジョセフを出産後、母親は病で倒れ、回復する兆しを見せないまま他界。

その後を追う様にして、祖母のカリーナもこの世を去った。

 

「御婆様は、最後まで父さんの事を心配してた・・・孫の私やジョセフ・・・叔母のメアリーの名前なんて一度も出なかった。 御婆様の最後の言葉が、ジョナサンを助けてフォレスト家を護れ・・・・本当、メアリーの奴が家名を捨てて、フリーの狩人(ハンター)になった気持ちが良く判るわ。 」

 

テレサにとって、フォレスト家は重い十字架だ。

レディーみたいに兄を溺愛する母親に嫌気が刺して、家を出てしまう事が出来たらどんなに清々しいだろう。

しかし、彼女にはそれが出来ない。

フォレスト家は、先代達が築き上げた名誉ある歴史がある。

 

「・・・・テレサちゃん。 」

「でも、捨てちゃ駄目なの・・・私達の代で終わらせちゃ駄目なの・・・・私がしっかりしてフォレスト家・・・ううん、KKK団(クー・クラックス・クラン)を護り通さないと、このNY(まち)を護る為に命を懸けて来た先代達に申し訳がない。 」

 

店内では、武器を確認している部下達がいる。

彼等は、皆、亜人として人間達から迫害され、生き場を失った者達だ。

世間知らずでお人好しな父、ジョナサンが、そんな彼等を保護し、住む場所と生きる糧を与えた。

今迄散々家族に迷惑を掛けた父親だったが、心優しい彼を何故か憎めない。

テレサ自身も家族を顧みない父親に辟易していても、本気で嫌う事が出来なかった。

 

 

「そういう意地っ張りな所、死んだ母さんにそっくり。 」

 

聞き覚えのある声に、テレサは俯いていた顔を上げる。

見ると店の出入り口を背に、叔母のメアリーこと女悪魔狩人のレディが立っていた。

 

「メアリー? 何でアンタが此処に居るのよ? 」

「ディンゴから連絡が入ったの。 ジョルジュさんがこの街で異界の扉を開こうとしてる。 頼むからそれを阻止するのに手を貸してくれってね。 」

 

背に単発式ロケットランチャーを背負い、腰にはマガジンケース、両脚に装着されたレッグホルスターには、ハンドガンが収まっている。

完全武装したレディは、苦笑いを浮かべると大袈裟に肩を竦めた。

 

「ディンゴの奴・・・・余計な事を・・・・。 」

 

此処には居ない秘書兼用心棒に、テレサは忌々しそうに舌打ちする。

 

「あまり彼を責めないで・・・貴女やジョセフの事を誰よりも心配しているのよ? 」

 

現在、別件で仕事をしていたディンゴは、緊急招集をかけて仲間を集めている。

揃い次第、すぐにでも此方の店に駆け付けるだろう。

因みに、テレサの弟ジョセフは、自宅の屋敷に居る。

 

「それで? パティを連れ去ったジョルジュの居場所は分かっているの? 」

「・・・・工業地帯のあるブルックリン区よ。 あそこにはルチアーノが所有している薬品研究所がある。 噂だと捕獲した悪魔をそこに連れて行って生体研究の材料にしてるって言われてるわ。 」

 

仕方なしに、テレサが知っている情報を叔母に告げる。

 

ライドウは、自分の身を護る術としてパティに式神・・・”シキオウジ”を渡している。

普段は、護符を折って作った紙人形なのだが、術師の意思に従って本来の悪魔の姿へと戻る。

就寝する時も食事の時も、肌身離さず持つ様教えている為、パティは片時も離さずこの人形を持っていた。

そのお陰で、GUMPに内蔵されているエネミーソナーで、誘拐された少女の位置を特定出来たのである。

 

 

「まさかとは思うけど、アンタもそこに行くの? 」

「勿論、貴女の秘書から多額の依頼料を貰っているからね。 料金分はきっちりと働くつもりよ? 」

 

姪の言葉にレディが軽口で応える。

しかし、彼女も腐ってもフォレスト家の人間。

父親同様、NY市を護る為に命を懸けるだろう事は、テレサ自身が一番良く理解している。

 

「何で・・・・父さんや御婆様を憎んでいるんじゃないの? 」

 

今迄、内に秘めていた疑問を吐露する。

 

フォレスト家の中でも、レディ・・・メアリーの扱いは余りにも不遇だった。

実兄と違い、魔法の才能が無い彼女に対し、母カリーナの態度は冷たかった。

せめてフォレスト家の役に立てと、幼い時から厳しい戦闘訓練をさせてきた。

同年代の少女達が、ショッピングや遊びで夢中になっている時、メアリーは組織を運営する経営学と各種格闘技、武器の扱いを教え込まれた。

全ては、兄、ジョナサンを支え護る為である。

凡庸な兄が原因で、彼女は人生で一番楽しい時期を失ってしまったのだ。

 

「そうねぇ・・・確かに最初は、兄さんや母さんを激しく憎んだ。 現に兄さんが私に助けを求めて来た時、私は追い返してやったわ。 フォレスト家を捨てた人間に頼るな。私の協力が欲しかったら金を払えってね・・・。 」

 

徴兵令により、中央アフリカで一般兵として派遣されていたレディは、1年間の兵役を終了させ、母国へと帰還した。

しかし、彼女を待っていたのは義理の姉と実母の死であった。

母の葬儀後、自分を縛り付けていた枷が外れたレディは、当然、家名を捨て自由の身になろうとした。

それを、実兄のジョナサンが必死に引き留めた。

 

今迄、母がしてきた事は確かに酷い行いだった。

だが、その母親はもういない。

これからは、兄妹で一緒にフォレスト家を護って行こう。

そう言って、兄は妹を説得しようとした。

しかし・・・・。

 

 

「いい加減にしてよね?兄さん。 姉さんと母さんが居なくなったら、今度は私に頼る訳? 貴方、それでも由緒あるフォレスト家の男子なの? 」

「メアリー・・・僕は別にそう言った意味で言った訳じゃ・・・。 」

「もう沢山、兄さんは何時もそう。 そうやって人に自分の尻を拭わせるだけ・・・私は兄さんの保護者じゃない。 これからは、自分の思い通りに生きる事にしたの。 」

 

眉を八の字に寄せ、今にも泣き出してしまいそうな情けない兄を、大分、冷めた表情で妹が見つめる。

実の事をいうと、メアリーとジョナサンは本当の兄弟ではない。

彼女達の父、先代フォレスト家の当主が孤児だったメアリーを里親として引き取ったのだ。

若くして先代当主は、病死してしまったが、母・カリーナが言うには、兄・ジョナサン同様、お人好しで面倒事が嫌いな質だったらしい。

父親の一番悪い所を、兄・ジョナサンは全て引き継いでしまったのだ。

 

 

「メアリー・・・・・。 」

「その名前で呼ぶのも止めて頂戴。 私の名前はレディ、メアリーなんて名前の女はもうこの世の何処にもいないのよ。 」

 

そんな捨て台詞を残して、レディはフォレスト家を出て行った。

そして、それがこの兄妹の最後の会話となったのである。

 

 

「今から考えると、もっと兄さんの話を聞いてあげるべきだったわね。 あの時から、兄さんはジョルジュさんの危険性を感じ取っていたのかもしれない。 」

 

きっと兄は、これから起こるであろう悲劇を自分と一緒に止めて欲しかったのかもしれない。

だが、そんな兄の気持ちを汲み取れず、一方的に齟齬にしてしまったのは、レディ自身だ。

 

 

 

NY市に置かれた行政上の5つの区の一つ・・・・ブルックリン区。

イースト川、ニューヨーク港、大西洋に囲まれたクィーンズ区と接するこの場所は、全米で3番目に人口が多い都市として知られている。

そのブルックリン区へと続く大きな橋を一台の紅い乗用車が走っていた。

 

「何時までへそを曲げているつもりなんだ? 爺さん。 」

 

車内の重苦しい空気に耐えられず、ダンテが隣の助手席に座る悪魔使いをルームミラー越しで眺める。

口元と左目を呪術帯で多い、フードを目深に被った悪魔使いは、そんな便利屋の言葉を完全に無視していた。

無言で平らに流れていく都心を眺め、一言も喋らない。

 

(ちっ・・・・またコレかよ。)

 

ライドウに無視されるのは、別にこれが初めてじゃない。

この悪魔使いは、自分の立場が悪くなったり、機嫌を損ねると途端に無言になってしまうのだ。

酷い時になると、一日中何も言葉を発しない時がある。

そういう場合は、下手に拘わらず、放置するのが一番なのだが、今の状況ではそうもいかない。

 

今から数時間前、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソに連れ去られたパティ・ローエルを救出する為、ライドウは一人で彼等の拠点であるルチアーノ所有の薬品研究所へと向かおうとした。

それを止めたのが、お目付け役兼指南役の魔獣・ケルベロスだ。

暴走するライドウを諫め、ダンテに同伴する様命令してきた。

当初は、それを断ったライドウであるが、剣の師であるケルベロスの命令には逆らえず、こうして不本意ながらも仕方なく連れて行く事になった。

そして30分以上も、無言を通している。

 

「爺さん・・・。 」

「・・・・ブルックリン区に入ったら左折して車を止めろ。 テレサの用心棒がそこで待ってる。 」

「あぁ? 何で嬢ちゃんの用心棒がそこに居るって分かるんだよ。 」

「ラインで連絡が入ったからだよ。 」

 

ダンテが運転している傍らで、ライドウはずっとスマートフォンで誰かと連絡を取り合っていたらしい。

ラインの相手は、テレサの秘書兼用心棒のディンゴで、彼が選んだ数名の精鋭達と一緒に橋を渡った先の広場で、ライドウ達の到着を待っているとの事であった。

 

「頼むから、その自分ルールどうにかしてくれねぇかな? アンタと仕事をするのに邪魔で仕方がねぇんだけど。 」

「嫌なら今すぐ此処で降ろせ。 俺は、別にお前と一緒に仕事をするつもりはないからな。 」

「俺に喧嘩を売っているつもりなのか? 爺さん。 」

 

掌サイズのスマホをウェストポシェットに仕舞うライドウを、ダンテがジロリと睨む。

 

この悪魔使いが、態と神経を逆撫でしている言動を吐いているのは、良く理解している。

彼は未だに納得していないのだ。

”お袋さん”が自分を止める役目に、ダンテを選んだ事を。

 

「言っとくが俺を怒らせる様な事をしても無駄だぜ? どんな事があっても、この件から降りるつもりはねぇからな。 」

「・・・・・お前に、バージルと同じ道を辿って欲しくない。 」

「また、糞兄貴の話かよ・・・いい加減、うんざりなんだけどな。 」

 

 

何時もの説教タイムが始まり、ダンテはハンドルを握ったまま大袈裟に肩を竦める。

 

悪魔絡みの仕事で無茶をやらかすと、ライドウは決まって彼の双子の兄であるバージルの名前を出した。

実の父、スパーダの強大な力に憧れ、選民思想が強かった母・エヴァの影響を多分に受けた兄・バージル。

完全無欠な悪魔になる事を願うが、それを元”ファントムソサエティ”のダークサマナー・・・シド・デイヴィスに利用され、挙句、四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝・ムンドゥスの手駒へと改造された。

力の信奉者となった兄の、哀れな最後である。

 

 

「何度でも言うけどな・・・俺とバージルは違う。 兄貴の様には絶対ならない。 」

「・・・・。 」

「俺から言わせれば、一番無茶をしているのはアンタだ。 三年前の事件や半年前に起こったマレット島でも、アンタは何度も死に掛けただろ? 」

「・・・・・。 」

「おまけに大事な事は何一つ話してもくれねぇ。 全部自分一人でしょい込んで、無かった事にしようとする。 アンタに付き纏うおかっぱ野郎とか、包帯野郎とか・・・それとその蟲もな。 」

 

今迄、溜めに溜め込んだ鬱憤を一気に吐き出す。

 

悪魔と拘わってもロクな事にならない。

護る筈の人間達の汚い内面ばかり、嫌と言う程見せられる。

そんな事、この悪魔使いに言われずとも骨身に染みて良く判っていた。

伊達に荒事師として、何年間もこの街で過ごして来た訳ではないのだ。

 

「俺の事はどうでも良いだろ。 」

「良くねぇ! 勝ち逃げで死なれちゃコッチが困る! 」

 

橋を渡り切り、左折した所ですぐ車を乱暴に停める。

ダンテは、鋭い視線を助手席に座るライドウへと向けた。

 

「自慢じゃねぇがな・・・・俺は、喧嘩で一度も負けた事がねぇ。 」

「・・・・・。 」

「親父の・・・・スパーダの血のお陰で、連戦連勝負け知らず・・・裏社会でも一目置かれるぐらいの荒事師になれた・・・アンタに出会うまではな・・・。」

「・・・・・。 」

「三年前、アンタが俺の目の前に現れて、地の底まで叩きのめされた。 素手のアンタに俺は手も足も出なかった。 絶望って言葉を始めて知ったよ。 」

 

そう、惚れた腫れたの感情だけで、ダンテはライドウを束縛している訳ではない。

 

実父・スパーダの持つ悪魔の力のお陰で、常人より遥かに優れた生命力と膂力を持つダンテは、当然、人間達の裏社会で頭角を現す事が出来た。

レッドグレイブ市で便利屋を始め、それまで我が物顔でのさばっていたマフィアの古株達をぶちのめし、トップクラスの便利屋として君臨してきた。

向かう所敵なし、悪魔達からも恐れられる男・・・・それがダンテだった。

しかし、そんな彼の矜持を粉々に砕く存在が現れた。

日本という小さな島国から来た、悪魔使いとその従者だった。

圧倒的な実力差で、従者・・・・クー・フーリンに敗れ、自分の愛刀”リベリオン”を心臓に突き立てられた。

己の体内に流れる悪魔の血のお陰で、何とか無事だったが、次は主である悪魔使いに完膚なきまで叩きのめされた。

しかも、何も武器を持たない素手の相手にだ。

 

 

「負けっぱなしは俺の性には合わねぇからな。 何時かアンタを倒す。 正々堂々と真正面からアンタに喧嘩を売って、勝ってやる。 」

 

ダンテにとってライドウは、目指すべき指針であり、そして、越えなければならない壁だ。

そこまでの道程は決して楽では無いだろう。

しかし、鍛錬を重ね、経験を積んで行けば必ずこの悪魔使いに勝てる自信はある。

 

「だからアンタは死なせねぇ。 その下らねぇ自殺願望を俺がどうにかしてやる。 」

「自殺・・・・? 俺が・・・・・? 」

「違うか? アンタの今迄の行動を見てると、死に場所を求めてるって感じだったぜ? 」

 

見つめ合う黒曜石の隻眼と薄いブルーの双眸。

 

死ねば、全ての重責から逃れられる。

17代目、葛葉ライドウとしての役目も、妻や友への贖罪も・・・・子供達への深謝も、全てのしがらみからも解放される。

そんな20数年以上も抱き続けて来た想いを、この若造に見抜かれていた。

 

ライドウは、ダンテから視線を外すと下へと俯く。

ダンテも一つ溜息を零すと、テレサの秘書であるディンゴとの合流場所へと向かうべく止めていたエンジンを掛けた。

 

 

 

ダンテとライドウが指定された立体駐車場に到着すると、そこにテレサの秘書であるディンゴと見知らぬ人間達がいた。

 

「・・・・・っ、ケビン? 」

「久し振りだな? ナナシ・・・おっと、今は17代目・葛葉ライドウだったな。 」

 

ディンゴの隣に立っている黒ずくめの男が、態とらしく肩を竦める。

 

年の頃は、50代ぐらいだろうか、茶色の髪には白いモノが混じり、顔には深い皺が刻まれている。

しかし、肉体は鍛え上げられ、がっしりとした体躯をしていた。

 

「北アメリカの掃討作戦以来だったから・・・・もう20年以上になるのか・・・当時と全く変わらんな? 君は・・・。 」

 

ケビンと呼ばれた男は、上から下まで無遠慮にライドウを眺める。

呪術帯で顔の殆どを隠しているライドウは、大袈裟に溜息を吐いた。

 

「そういうアンタは随分と爺になったな・・・・グリーンベレーから海兵隊に移籍後、大将まで上り詰めて、デスクワークでもしてるんだとばかり思っていたんだが。 」

「ハハッ、俺は根っからの人殺しだ。 ドンパチ出来ない人生なんてつまらなくて仕方がない。 」

 

壮年の男は、そう言って豪快に笑う。

傍らにいるディンゴと男の後ろに控えている部下らしい黒づくめの捜査官達が、大分白けた表情で、このやり取りを眺めていた。

 

「今はCSI(超常現象管轄局)の支部長(Branch chief)を任されてる。 毎日、悪魔を追い掛け回しているよ。 」

「大将の椅子を蹴ったっていうのか? やっぱり変わり者だな? アンタ。 」

 

グリーンベレーでの功績を称えられ、国から数えられない程の勲章を与えられた男だ。

そんな英雄が、格下のCSI(超常現象管轄局)のNY支部にいるなんて、想像も出来なかった。

 

「爺さんの知り合いか? 」

 

それまで黙って二人のやり取りを聞いていたダンテが、我慢出来ずに声を掛けて来た。

 

「ああ、俺が”クズノハ”に入って初めての単独任務の時に色々と世話になった。 」

 

ダンテの問いかけにライドウが素直に応えてやる。

 

今から丁度、23年前。

北アメリカで中級悪魔のオーガが大量発生する事件が起こった。

中級の中でもオーガは、別格とも言える程の強さを誇り、中には魔王クラスに匹敵する程の力を持つ特殊個体も居る。

その特殊個体と通常個体、数十頭が、数万匹にも及ぶゴブリンの群を引き連れ、アメリカ合衆国とカナダの国境付近に出現したのだ。

当時は、悪魔掃討専門の国連軍1個師団が派遣されたが、瞬く間に壊滅。

事態を重く見た各国の政府首脳が、日本の超国家機関『クズノハ』とアメリカの特殊部隊『グリーンベレー』に討伐指令を要請した。

その時の総司令官が、今目の前にいるケビン・ブラウンその人であったのだ。

 

 

「一連の事件は、フォレスト家の方から聞いている。 まぁ、その前に俺達も内密にルッソ家とマーコフ家に探りは入れてたんだけどな。 」

 

ケビンは、少し離れた所で控えているテレサの秘書、ライカンスロープのディンゴとその部下である数名の男達に視線を送った。

 

「新法王陛下の法令が、事件の動機か・・・・・? 」

「それもあるだろうが、一番の原因は・・・・。 」

「ロック・ジェンコ・ルッソの死・・・・か・・・・・。 」

 

何故か言い淀むケビンの代わりに、ライドウが応えてやる。

少々、驚いた様子のCSI支部長が、小柄な悪魔使いを振り返った。

 

「やはりと思ったが・・・・まさかお前さん、ジョルジュ氏の御子息と何か関係があるのか・・・・? 」

「・・・・・事件当時、俺もそこに居た。 救援要請があったのを知って急いで現場に駆け付けたが、全てが遅すぎた。 」

 

当時の事を思い出すのも嫌なのか、ライドウは呪術帯で覆われた相貌を嫌悪感で歪める。

 

数年前、内壁調査へと入ったロックが所属する部隊は、中級から上級を含む悪魔の群に襲撃された。

すぐさま、救援要請の無線を飛ばしたが、何故か西駐屯地は応答せず、結局、ロックの部隊は一人残らず悪魔に惨殺された。

 

 

「もっと注意するべきだった・・・13機関(イスカリオテ)が居た時点で、こうなる事は判っていた筈だ・・・・俺が甘すぎたんだ。 」

 

否、もう少し早く現場に到着していれば、誰か一人ぐらいは助けることが出来たかもしれない。

やるせない想いに、爪が肉に喰いこむ程、拳を握り締める。

 

「そうやって自分を責める所は変わらんな。 何もかもしょい込んじまうのはお前さんの悪い癖だ。 」

 

ケビンは、深い溜息を吐き出すと、ライドウの背後にいるダンテに視線を向ける。

 

「ご主人様は、こういう性格だ。 君も大分苦労しているだろうな? 」

「いや・・・・俺は・・・・。 」

「コイツは、番じゃない。 俺が居候している便利屋事務所の店主(オーナー)だ。 」

 

話を急に振られ、応対に困るダンテの代わりに、ライドウが素っ気なく応える。

 

「番じゃないのか? これだけの魔力の持ち主なのに・・・・勿体ない事をしているな。 」

 

流石は、CSI(超常現象管轄局)の支部長を任されているだけはあり、ケビンはあっさりとダンテの潜在能力を見抜いていた。

 

ライドウは、典型的な魔力特化型の悪魔召喚術師である。

それ故、優秀な能力と膨大な魔力を持つ番を欲しがるのだ。

しかし、この17代目という男は、素質よりも人間性を重視する傾向にある。

並み以下の能力しかない相手でも、性格が真面目で向上心があれば、喜んで番にした。

現に、ケビンが初めて出会った当時は、凡庸な能力しかない銃剣使い(ベヨネッタ)を番にしていた。

 

 

「そんな下らない事より、早くパティを助け出さないと。 法王猊下がケネディ国際空港に到着するまで後数時間もない。 」

 

苛々とした様子で、ライドウが目の前にいるケビンを睨みつける。

そんな悪魔使いに、CSI支部長は大袈裟に肩を竦めた。

 

「全てお見通しと言う訳か・・・・一応、ケネディ国際空港には、俺の部下と国に要請した特殊部隊が向かっている。 まぁ、猊下には13機関(イスカリオテ)の変態共がいるから大丈夫だと思うが。 」

 

13機関(イスカリオテ)の悪名は、アメリカ政府どころか各国にも知れ渡っている。

 

13人の使徒から成り立ち、1等級騎士(パラディン)からはては、世界に名を轟かせるテロリストまでいるのだ。

人間の命よりも、聖務を重んじ、悪魔を討伐する為ならば、一般市民等虫けらに等しいとすら思える扱いをする。

3年前、レッドグレイブ市1番通りのスラムに住む住民達を、発生した悪魔諸共空爆して皆殺しにしたのが良い例だった。

 

「相手は、あの羊飼い(シェパード)だ。 何をしてくるか分からないぞ? 」

「だよなぁ・・・・俺が奴さんを内偵していたのも把握済みだろう。 そしてお前さんの存在もな。 」

 

思案気に顎に指を当てたケビンが、小柄な悪魔使いに一瞥を送る。

 

「羊飼い(シェパード)・・・・? 」

 

聞きなれない言葉に、ダンテがオウム返しに言ったその時だった。

一同が居る地下駐車場内に、エンジン音が轟き、背に厳つい砲台を積んだ装甲車両が現れる。

外装に描かれた槌と雷のエンブレムを見た瞬間、ライドウとダンテの表情が険しくなった。

 

 

「お・ま・た・せ♡ 」

 

対悪魔用の特殊チタニウムで出来たメタリックな光沢を持つ装甲車両から降り立ったのは、瓶底眼鏡のアジア系の男・・・・・ヴァチカン科学技術部主任、射場流だった。

対悪魔用の装甲服に身を包む兵士達、数名を従えて、朗らかな笑みを口元に浮かべ、手を振りながら此方へと近づいて来る。

 

「一体どういう事だか説明して欲しいんだがな? 」

「すまん・・・・言えば、お前さんが絶対嫌がるのは分かっていたから話せなかった。 」

 

鋭い眼光で此方を睨むライドウに、ケビンがわざとらしく顔を背ける。

 

ケビンも本音を言えば、13機関(イスカリオテ)がこの件に介入して来る事を良しとは思っていなかった。

出来る事なら、17代目と共に成るべく被害を最小限に留めた状態で、首謀者であるジョルジュとルチアーノの身柄を確保したかった。

 

 

「わぁ♡ ライドウ君!久し振りぃ! 」

 

三年振りに再会した友人に、流は思い切り抱き着く。

激しすぎるスキンシップに、ライドウは一瞬対応が出来ず固まってしまう。

 

「マー君から話は聞いたよぉ? また大怪我したんだってね? 君は無茶ばっかりするから親友の僕としては、非常に心配だぞぉ? 」

「分かった!分かったから離せ!それと顔が近い!! 」

 

緊迫した状況からの、気が抜け捲る寸劇。

白ける一同を他所に、流は尚も抱擁を繰り返す。

 

カチリ・・・・。

 

瓶底眼鏡の優男の耳元で、不穏な音が聞こえる。

魔法の様な速さで、巨大なハンドガン”エボニー”を引き抜いたダンテが、流の後頭部に銃口を押し当てていた。

 

「ねぇ? この後ろの怖いお兄さんは、一体誰なんだい? 」

「俺が居候している便利屋事務所の店主(オーナー)だ。 」

 

何とか流の腕から逃れたライドウが、簡潔に説明してやる。

 

「あー、立て込んでいる所申し訳ないが、そろそろパーティー会場に向かわないか? 猊下が空港に到着するまでもう時間が無い。 」

 

そんな一触即発な3人の間に、ケビンが咳払いをして割り込んで来る。

確かに壮年の捜査官が言う通り、ユリウス法王猊下がケネディ空港に到着するまで後僅かだ。

こんな所で無駄に時間を潰している暇は無かった。

 

 

 

 

「ロックが死んだ・・・・・? 」

 

その訃報を聞いたのは、何時もの仕事を終え、自宅アパートメントへと帰って来た時であった。

ニーナが住んでいる部屋の前に、フォレスト家の家長であるジョナサン・ベットフォード・フォレストがいたのだ。

こんな所で立ち話は何だと、室内に招き入れると、ジョナサンが3つ歳が離れたニーナの弟、ロックの死を告げた。

 

 

「彼が・・・”シュバルツバース”の調査隊に志願したんだ・・・ジョルジュさんは、大分反対したらしいんだけど・・・。 」

 

就任直後、初任務に就いた時の悲劇であった。

西区一帯を調査する為、ロック達、調査隊は出発した。

その近隣一帯に出現する悪魔は、非常にスキルが低く、危険度もそれ程高くない。

何時も通りに地質調査を終えて、本部に帰還する予定であった。

 

「ギガント級の巨大な上級悪魔数体が、ロック達の調査隊を襲撃したらしい。危険度が低いという事もあって、調査隊のメンバーは経験の浅い人員で組まれていたんだ。 」

 

それが災いを招いた。

戦闘経験に乏しい人員数名で組まれていた為、ロクな抵抗も出来ずにロックの部隊は全滅。

誰一人として助かる者はいなかった。

 

「どうしてそんな!? 確かあの国には”クズノハ”がいる筈でしょ? 内壁調査には必ず四家の一人が付いていると聞いたわ! 」

 

ニーナの言う通り、日本の天海市で発生している”シュバルツバース”の調査には、葛葉四家の一人と対悪魔専門の特殊部隊が配属されている筈であった。

各調査隊に救難信号が発生すれば、すぐにでも駆け付けられる様になっている。

当時のロック達、調査隊もマニュアル通りに救難信号を出していた。

 

「・・・・・現場の状況がどうだったのか知らないから詳しい説明は出来ないが・・・・ロック達調査隊が出した救難信号を何者かが握り潰したらしい。 」

「どういう・・・事なの・・・・? 」

「そのままの意味だよ・・・本部は彼等の救援要請を無視したんだ。 噂だとロック達が配属された駐屯地に13機関(イスカリオテ)の人間がいたらしい。 」

 

余りに衝撃的な事実。

ニーナは軽い眩暈を覚え、立っていられなくなった。

傍にあったテーブルに両手を突く。

 

 

「まさか・・・・例の法令が原因で・・・・でも、父さんは貴方と同じ賛成派だった。 書面にもサインをすると・・・・・。 」

「法王庁は、ジョルジュさんを危険視したのかもしれない・・・あれだけの功績を残した人だ・・・もし、反対派の連中と組んだら、厄介な存在になると思ったのかもしれない・・・だから・・・。 」

 

ルッソ家の力を衰退させる為に、後継ぎである長男のロックを謀殺した。

法王庁は、ジョルジュの肉体を蝕んでいる病気も知っている。

故に、彼の意思を継ぐ後継者がいなくなれば、ルッソ家否、KKK団(クー・クラックス・クラン)の勢力が弱まると確信したのだ。

 

「・・・・・父さんの所に行かなきゃ・・・・私がロックの代わりに父を支えないと・・・・。 」

「駄目だ! 君は絶対にジョルジュさんの所に行ってはいけない! 」

 

ショルダーバッグを手に取り、今すぐにでも室内から飛び出そうとするニーナを、ジョナサンが慌てて止めた。

咄嗟に彼女の腕を掴み、その場に押し留める。

 

「何故!? どうして父さんの所に行ってはいけないの?? 」

 

全ての原因は自分にある。

ニーナが家をルッソ家から飛び出さなければ、弟のロックが死ぬ事は無かったかもしれない。

資格を国に返上せず、自分が徴兵令を受けて、戦場に行けば良かったのだ。

双眸に涙の粒を溜め、鋭く此方を睨むニーナを、ジョナサンが哀し気に見つめ返す。

 

「今のジョルジュさんが危険だからだ。 君は”稀人”だ。もし、彼の所に行ったら何をされるか分からない。 」

「一体・・・どういう・・・。 」

「君のお父さんは、ロックの死で完全に変わってしまった・・・・僕が、此処に来たのは君達親子に危険を知らせる為なんだ。 」

 

何時もの温厚なジョナサンらしくない、真剣な表情。

そんなフォレスト家の家長を見たニーナは、黙したままその場を動けなくなった。

 

 

 

マンハッタン区、フォレスト家が所有している高級プールバー。

 

「彼女・・・一人にしておいて大丈夫かしら?」

 

単発式ロケットランチャーを背負う、女狩人のレディがVIP室のドアを見つめる。

 

「多分、大丈夫だとは思う・・・・一応、アイザック達に護衛はさせるけど。 」

 

実戦経験が余り無いものの、ニーナは魔導士職を三つも習得している。

おまけにその道で優秀な”人探し(ウオッチャー)”を出し抜くしたたかさも持っているのだ。

今迄、父親であるジョルジュから身を隠し続けていられたのも、それだけ彼女が優秀な術師である事が伺える。

 

「・・・・ねぇ? ブルックリン区に行く前に一つだけ聞きたい事があるの・・・。」

「何? 」

「・・・・・法王庁が、私達、秘密結社(フリーメーソン)の武装放棄令を出していた事は知っているわね? 」

「ああ、あの糞法令ね・・・・。」

 

その事なら良く知っている。

世界各地に存在する秘密結社(フリーメーソン)は、技術・マジックアイテム等の武器をヴァチカン法王庁が管理下に置き、法王庁が悪魔討伐の依頼要請をした時のみ、活動を許可するといった内容である。

 

テレサは、慎重に言葉を選びながら話を続けた。

 

「元々、争い事が嫌いな父さんは、その法令に賛成だった。 上手くすれば徴兵令制度を撤廃出来ると考えていたからよ。 」

「各国に点在する秘密結社(フリーメーソン)の持つ技術を法王庁に提示すれば、それだけ彼等の軍事力が向上する。 そうなれば、人員不足を理由に、無理矢理徴兵する必要も無くなる・・・・成程ねぇ、兄さんらしい甘い考えだわ。 」

 

きっとジョナサンは、拡散している武力を一つに纏めれば、それだけ志願兵を搔き集める必要が無くなると思っていたのだ。

法王庁の軍事力が高まれば、それだけ悪魔達に対抗出来る。

しかし、それには大きなリスクが生まれる。

ヴァチカンが力を持てば、ギルド内で絶対君主制を強いる可能性があるのだ。

 

「ジョルジュ叔父様も最初は、父さんと同じ様に、その法令に賛成派だった・・・理由は・・・父さんと違うと思うけど・・・。」

「・・・・・・ロックの死が、彼の考えを変えた・・・賛成派だったミスター・ジョルジュが突然、反対派になったのは、息子が法王庁に謀殺されたから・・・。 」

 

自分の今迄、抱いていた疑問を先に言い当てられ、テレサは渋々、頷く。

 

「父さんは・・・・ジョルジュ叔父様が、ヴァチカンに復讐する事を恐れてた。 法王庁に反感を抱いている秘密結社(フリーメーソン)は沢山いる・・・表向きは、素直に従っているけど・・・もし、法王猊下が死んで、ヴァチカンの力が衰退したら・・・・。 」

「戦争が起こるわよねぇ・・・群雄割拠と息巻いて、各勢力が台頭してくるわ・・・特にセルビアの黒手組(ブラックハンド)とか中国の天智会とか・・・。 」

 

そうなると、まさに暗黒時代の到来である。

悪魔の脅威から人間達を護っていた者達が、己の権力欲に取り憑かれて、お互いを殺し合うのだ。

 

「・・・・私、ずっと父さんの死が納得出来なかった・・・父さんは事故で死んだんじゃない・・・もしかしたら、誰かに殺されたんじゃないかっ・・・て・・・。」

 

1年前のジョナサン・ベットフォード・フォレストを襲った不幸な事故。

泥酔した父がハンドルの操作を誤り、乗っていた車ごと海に転落。

酒の飲めない父親が、何故、前後不覚になるほど、深酒をしたのかその理由が分からなかった。

だから、父は何かの原因で、飲酒運転が元で事故を起こした様に見せかけて殺されたと、そう考えていた。

 

「ミスター・ジョルジュを説得しようとしたが、それが上手く行かず、兄さんは彼に殺された・・・そう言いたいわけね。 」

「・・・・最初は、反対派のルチアーノに殺されたと思ってたんだけど・・・。 」

 

今の状況なら、それで全ての辻褄が合う。

 

しかし、心の何処かでそれを否定したい自分がいる。

1年間、父親の代わりとなってフォレスト家を支え続けていられたのは、ジョルジュの存在が大きい。

真面目で忠実な部下達が居てくれたのも有難いが、やはり、NY市きっての名士であるジョルジュ・ジェンコ・ルッソがテレサを後押ししてくれたから、今迄何とかやってこれた。

 

そんな心の葛藤を繰り返している時であった。

突然、部下のアイザックとサミュエルが、血相を変えて此方に走って来る。

 

「大変だ!お嬢!!マーコフの連中が殴り込みに来やがった!!」

「・・・・っ!!? 」

 

予想通り、父親であるジョルジュが、ルチアーノに命じて”稀人”である娘のニーナを奪い取りに来たのである。

 

アイザックの説明によると、ルチアーノが乗る黒塗りの高級車を先頭に、米軍が使用しているストライカー装甲車数台が、店の前に来ているらしい。

 

「やれやれ・・・自分の娘を迎えに寄越すにしては、随分と過保護な親ね? 」

 

レディは、大袈裟に肩を竦めるとそんな軽口を叩いた。

 

「先が読めない馬鹿で無能な連中よ! もう頭に来たわ! ボッコボコにしてあの馬鹿親に叩き返してやる!! 」

「ちょっと・・・・テレサ・・・。 」

 

突然、キレ出した姪に、レディが呆れた様子で窘める。

しかし、そんな叔母を完全に無視した姪は、壁に立て掛けてあるM41Aパルスライフルを手に取り、店の出入り口へと向かおうとした。

 

「テレサちゃん!お願い待って!! 」

 

VIPルームのドアが開き、ニーナ・ジェンコ・ルッソが姿を現す。

ドア越しでレディとテレサの会話を聞いていた彼女は、マーコフ家の襲撃を聴いて黙っていられなくなったのだ。

顔色は、紙の様に白く、握る拳は、微かに震えている。

 

「父の目的は、私を捕まえる事よ。 私が素直に彼等と一緒に行けば・・・。 」

「アイザック、彼女はアンタに任せるわ。 ルチアーノの糞親父に指一本だって触らせちゃ駄目だからね。 」

 

そんなニーナの言葉を遮る様に、金髪の大男に命令すると、テレサは、屈強な部下数名を連れて店の出入り口へと向かおうとする。

 

「テレサちゃん!! 」

「ニーナさん、アンタは俺等が命に代えても護る。 今は、部屋に戻って下さい。 」

 

目の前から去って行くテレサの背を追い掛け様としたニーナを、大柄なアイザックが優しく押し留めた。

その双眸には、与えられた使命を全うする強い意志が宿っている。

 

「ど・・・・どうして・・・そこまで・・・・。 」

 

これは、ルッソ家内で起こった問題だ。

40年前、アフガニスタンでの戦いで、彼女の父、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソは、魔導師ギルド内で英雄として称えられる程の功績を残した。

法王庁は、そんな彼を危険視し、ルッソ家を衰退させる為に息子のロックを謀殺。

真実を知った父が、復讐の為に一連の事件を起こした。

父、ジョルジュの蛮行を止めるのは、その娘であるニーナの役目だ。

同じ組織内の仲間とはいえ、ジョナサンやその子供であるテレサの役目ではない。

 

「貴女の為じゃない・・・・KKK団(クー・クラックス・クラン)いいえ、NY市に住む全ての住民達の為に、あの娘は戦おうとしているのよ。 」

 

そんなニーナに、傍らにいる女狩人が説明してやる。

 

KKK団が設立されたのは、19世紀の西部開拓時代からだ。

新大陸を発見したクリストファー・コロンブスと共に、アメリカ大陸に上陸した先人達は、その地に住む悪魔達の脅威から、陰ながらに護り続けて来た。

 

『我等は力無き者達の牙。彼等の日々の安寧を護るのが役目。 』

 

先代から伝えられてきた言葉。

その誇りと何者をも恐れぬ強い意志が、今のテレサを突き動かしていた。

 

 

 

パティが目を醒ますと、そこは見知らぬ場所であった。

清潔そうな白い壁と、クリーム色のアクリル製の床。

窓は一切なく、天井に備え付けられている空調が室内の空気を循環している。

 

 

「此処・・・・何処なの・・・・? 」

 

訝し気な表情で、寝かされていたベッドから起き上がる。

見ると、何時も着ているパジャマではなく、検査着らしい服を着せられていた。

 

「やぁ、目が覚めたかい? パティ。 」

 

病室のドアを開き、パティの祖父、ジョルジュが入って来る。

如何にも上質なスーツを着た60代半ばの紳士は、孫の座っているベッドに近づくと、彼女と同じ視線まで身を屈めた。

 

「何時も生活していた施設の大部屋では無くてびっくりしただろう。 すまないな・・・ちょっと事情があって、君を此処に連れて来た。 」

 

申し訳なさそうに眉根を寄せた紳士は、大きな両手で孫の小さな手を愛おし気に握る。

自分の手を握る祖父の節くれだった大きな手。

良く見ると小さな傷があちこちに付いている。

 

「お爺さん・・・・・何でそんなに泣いてるの? 何処か痛いの? 」

 

不思議と嫌悪感も恐れも感じない。

ただ、祖父が何かを恐れ、苦しんでいるのだけが分かった。

 

「・・・・・流石だな・・・・”稀人”のお前につまらん嘘は無駄・・・という訳か。 」

 

パティの言葉に一瞬だけ驚いた表情をしたジョルジュは、一人納得したのか諦めたかの様に瞑目する。

そして、濃い藍色の双眸で、もう一度、孫の愛らしい顔を見つめた。

 

「パティ・・・君に大事な事を伝えたいんだ・・・服を用意したからね・・・それに着替えたら、ある場所に行こう。 」

 

ジョルジュは、それだけ伝えると、室内の外で控えていた侍女達を招き入れ、パティに服を着つける様命じると、部屋から出て行った。

 

 

 

400年余りの歴史を持つアメリカの中でも、ブルックリン区は最も歴史ある地区の一つと言われている。

17世紀より開拓が始まり、19世紀による橋や地下の建設、そして1898年には、ニューヨーク市の一部として併合された。

 

 

「大昔の徴兵制度は、そりゃぁ酷かった・・・・なんせ資格さえあれば、15・6の餓鬼が、平気で戦場に放り込まれてた時代だったからな。 」

 

マーコフ一家が所有する薬品研究所へと向かう、装甲車の中。

CSI(超常現象管轄局)のNY支部長、ケビン・ブラウンは遠い過去を思い出す様に、装甲車の天井を見上げた。

 

数世紀にも及ぶ、悪魔と人類との長い戦いの歴史。

人類は、その優れた頭脳を生かし、悪魔に対する様々な対抗手段を編み出して来た。

しかし、強靭な肉体と驚異的な膂力。

他種族を取り込み、更に優れた生命体へと進化する悪魔の力に、人類は防戦一方を余儀なくされていた。

 

 

「ジョルジュとルチアーノの二人が送り込まれたアフガニスタンの戦地も、部隊の殆どが16歳ぐらいの子供だったらしい。 当然、実戦経験何てありゃしない。資格を取得した直後に無理矢理連れて来られた奴等ばかりだった。 」

「む・・・惨い事を・・・子供達の両親は、良く黙っていましたね。 」

 

ケビンの言葉に、ライカンスロープのディンゴが、嫌悪感を露わにして言った。

 

亜人として長い年月、人間達から迫害されてきたものの、根が誠実で優しいディンゴには、聞くに堪えない内容であった。

 

「徴兵令で集められる少年兵の殆どが、貧しい国の子供達だったからさ。 家族は、魔導師ギルドから出される法外な補償金目当てに、自分の子供を売るんだよ。 」

 

そんなディンゴに、優雅に足を組んでシートに座る瓶底眼鏡の優男が、簡潔に説明してやる。

 

内戦やテロなどで一番の被害を受けているのは、何の抵抗手段すらも無い一般市民達だ。

特に農村地帯が酷く、家族の中には娼館に子供を売ったり、時には違法な臓器販売等に生まれたばかりの赤子を売る親さえいる。

 

「でも、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソは、そんな子供達を上手く指揮して上位悪魔のベヒーモスを倒し、おまけに部隊の殆どを死なせる事無く、無事生還したんだよねぇ。 」

 

流が膝の上に置いてあるIPADを操作し、ジョルジュの経歴をホログラフィーで車内に映し出す。

 

アフガニスタンでの戦闘後、NY市マンハッタン区の北部にあるハーレム地区へと戻ったジョルジュは、26歳でルッソ家の家督を継いだ。

多人数を想定とした短剣術や長柄の武器術に優れ、剣士(ナイト)の中でも最高峰と名高い剣豪(シュバリエーレ)の称号を取得。

又、人柄も大変良く。

彼の優れた刀剣術を学ぶ為に、遠方から剣士(ナイト)見習いの若者達が訪れる程であった。

 

「成程な・・・・だから羊飼い(シェパード)か・・・。 」

 

ジョルジュの経歴を眺めていたダンテが、顎に手を当てて低く唸る。

 

実戦経験などまるで無い子供達を率いて、見事に邪龍ヘビーモスを倒してみせた。

並外れた統率力と、カリスマ性を持つ人物だ。

法王庁が、ジョルジュを危険視するのは当然だった。

 

「俺達、CSIの動向も、17代目の事やオタク等ヴァチカンの存在も、ミスター・ジョルジュは承知済みだ。 返り討ちにしてやろうとあらゆる策を弄して来るだろうなぁ・・・。 」

 

これから自分達が戦う相手は、中国の諸葛孔明やカルタゴの将軍、ハンニバル・バルカに並べ称される程の策士だ。

武力や兵力は、此方の方が遥かに上かもしれないが、天才軍師であるジョルジュに掛かれば、あっという間に戦況が逆転してしまう可能性すらある。

 

「あれこれ考えていても仕方ないよぉ。僕達は聖義の元、ユリウス法王猊下を護り、悪を懲らしめないといけないからねぇ。 」

 

ヘラヘラと笑いながら、IPADを脇に置いた流が足元に置いてある鉄の重厚なアタッシュケースを膝に乗せる。

 

「まぁ、僕が此処に来たのはコイツの動作テストをするのが目的なんだけどね? いい結果を残したいからすぐ死んじゃ駄目だよ?ケビンさん。 」

 

ニコニコと無邪気な笑みを浮かべて、とんでもない事を平然とのたまうマッドサイエンティストに、CSIのNY支部長は、大袈裟に溜息を吐く。

 

「全く・・・・泣けるぜ・・・。 」

 

 

数分後、ヴァチカンの特殊装甲車を先頭に、数台の車がマーコフ一家が所有する薬品研究所へと到着した。

 

 

「敵のアジトにしては、随分と警備が手薄だな? 」

 

悪魔使いと共に装甲車から降りたダンテ。

少し離れた場所で、望遠レンズ越しに施設内を粗方見ていたが、意外な程、外を巡回している人間の数が少ない事に首を傾げた。

 

「ミスター・ジョルジュは、俺達が到着した事を知っている。外の警備を緩くしているのも、俺達を誘い込む為の罠かもしれない。 」

 

ライドウが、左眼を覆っている呪術帯を押し上げ、解放する。

蒼く光る魔眼。

研究施設全体が透過され、サーモグラフィの様に施設を警護している人間の姿を浮かび上がらせる。

 

「正面玄関に3人、2階バルコニー付近に4人、職員専用入り口に2人・・・・計9人か・・・。携帯している武器は、コルトガバメントにS&W・・・一般の警備会社と変わらないな。 」

「相変わらず凄いな?お前さんのその眼は・・・。 」

 

巡回している警備員の人数だけではなく、携帯している拳銃まで見通せるライドウの邪眼に、ケビンは思わず感嘆の溜息を零した。

 

「動きが素人臭いからすぐわかる・・・彼等は民間で経営している警備会社の人間だ。 恐らく中で何が行われているか何て知りもしないだろう。 」

 

呪術帯で左の魔眼を封印すると、ライドウは右手の手甲に内蔵されているワイヤーを少し離れたブナの樹に射出する。

特殊な繊維で編まれているワイヤーが、電動で巻き戻され、悪魔使いは一気に数メートルの高さにある太い木の枝へと飛び移った。

 

「お、おい! 勝手な真似をするんじゃない! 」

 

悪魔使いの予想外な行動に、ケビンの顔色が真っ青になる。

 

「俺は先に潜る・・・・陽動はアンタに任せた。 」

 

それだけケビンに伝えると、ライドウはさっさと施設内へと入って行ってしまう。

後に残されるCSI捜査官達とフォレスト家の用心棒達・・・そして、ダンテと何を考えているのか分からない瓶底眼鏡の科学者とその御付きのテンプル騎士団の団員数名。

 

「ちっ、糞爺が・・・面倒臭ぇ・・・。 」

 

まるでムササビの様に、木々を伝い、高い塀へと容易く飛び移る悪魔使いに、ダンテは忌々しそうに舌打ちする。

 

こうやって置いてけぼりを喰らうのは、何も初めてではない。

初めて会ったテメンニグルの時も、先のマレット島でも同じ事をされた。

自分一人だけ突っ走り、周りの心配を他所に、自ら望んで狂気渦巻く戦いへと身を投じていく。

そのくせ、ダンテが悪魔と拘わる事を良しとせず、敢えて遠ざけようとする。

正直言って面白くはない。

 

ダンテは、ライドウの後を追おうとコートを翻し、警備が手薄な箇所から施設内へと入ろうとした。

その背を慌てた様子のケビンが呼び止める。

 

「おい!公僕を前に一般市民が粋がるな!これはCSI(俺達)の仕事だぞ! 」

 

いくら荒事専門の便利屋とはいえ、れっきとしたNY市民だ。

その市民を護る筈の公務員が、逆に一般人に護られるなど本末転倒どころの話ではない。

 

「痴呆老人を連れ戻しに行くだけだ・・・アンタ等はアンタ等の仕事をしてくれ。 」

 

そんなケビンに対し、ダンテは素っ気なく応えると、彼等に背を向け、常人とは思えぬ膂力で大きく跳躍。

ライドウと同じ様に木々を伝い、建物内へと入って行ってしまう。

それを苦虫を1000匹以上噛み潰した様な渋い顔で見送る、CSINY支部長。

 

悪名高い”人修羅”と拘わった時点で、ある程度は覚悟しておくべきだった。

『穏便に事を済まそう。』などと思わなければ良かった。

 

「こりゃぁ、”ステルス・エントリー”は無理そうだね?まぁ、奴さんには僕達の手の内なんてバレバレだから、今更って気はするけど・・・。」

 

心中穏やかとは言い難い心境のケビンを他所に、鉄のアタッシュケースを右手に持った瓶底眼鏡の優男が呑気に大きな欠伸をする。

そんなマッドサイエンティストを恨めし気に振り返るケビン。

気付くと、流の後ろに控えていたテンプル騎士(ナイト)の姿が、影も形も無くなっていた。

 

「おい、オタクの保護者達は何処に行った? 」

「うん?僕のアシスタントを残してケネディ国際空港に向かわせた。 君の部下とフォレスト家の助っ人さん達が居れば十分でしょ? 」

 

蟀谷に青筋を立てる捜査官の質問に流は、シレっとした態度で応える。

 

自分の造った”作品”に余程自身があるのか、これ以上の戦力は不要と、装甲車ごとジョン・F・ケネディ国際空港へと向かわせたのだ。

流の背後に立つ、モデル並みに均整の取れた美女が無表情にCSINY支部長を見つめていた。

どうやら、彼女がこの優男のアシスタントらしい。

 

「まぁ、僕の計算が正しければ、君とコレだけでも十分おつりは残ると思うけど・・・。 」

「・・・・・・やっぱり・・・・俺がコイツを使わないと駄目なのか・・・・?」

 

流からアタッシュケースを受け取ったケビンが、実に嫌そうな表情をして言った。

 

「俺以外にも適任者は沢山いると思うんだけどなぁ・・・・・。」

「今更だよ?ケビン・・・試験期間中も説明しただろ、コレは、君の身体能力を元にして調整されてるんだ。 いわば、君の為に新調したスーツと同じだよ?」

 

背後にいる若い部下達に助けを求めるが、誰一人としてケビンの視線に合わせる者などいなかった。

逆に関わりたくないと、あからさまに視線を背ける者達までいる。

誰も助けが入らないと分かった初老の捜査官は、がっくりと肩を落とす。

 

来年には、初孫が生まれるというのに・・・何故、こんな事になってしまったのだろうか・・・。

 

「ささ、素直に諦めて、とっととジョルジュ氏と面会する為にアポ取りに行こ?令状はちゃんと用意してあるんでしょ? 」

「ああ・・・お前さん達のお陰でな・・・。」

 

ヴァチカンの情報部が入手したKKK団(クー・クラックス・クラン)の違法な生態研究の物的証拠や情報のお陰で、最高裁判所から気持ちが悪い程、すんなりと強制捜査令状を手に入れる事が出来た。

恐らく、CSIに提示した証拠以外に、裏で色々と動いていたらしい。

 

 

 

侍女達にドレスを着つけられたパティは、ジョルジュの秘書と名乗る30代半ばの黒縁眼鏡を掛けた女性に連れられ、祖父がいる部屋に通された。

 

室内に入ったパティは、その余りに豪華な内装に思わず言葉を失う。

大理石で出来た暖炉に、高価なダイニングテーブルとそこに整然と並ぶ数脚の椅子。

天井には豪奢なシャンデリアが吊るされ、壁には有名な画家が描いたと思われる数点の絵画が飾られている。

まるで、中世のお城に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えた。

 

 

「ほぅ、良く似合っているじゃないか? 」

 

上座の席に座った祖父のジョルジュが、愛らしいドレスに身を包んでいるパティを見つめて、眩しそうに双眸を細める。

 

「有難う、ジョー。下がって暫く休んでいなさい。 」

「はい、会長。 」

 

ジョルジュの秘書は、恭しく頭を下げると、静かに室内から出て行った。

後に残されるパティと祖父のジョルジュ。

所在なげでその場に立ち尽くすパティをジョルジュが下座の席に座る様に促した。

 

「お腹が空いただろう? 今、夕食を持って来させるよ。」

 

不安そうな孫の様子に、祖父は優しく微笑むと、手元に置いてある鈴を2,3回振る。

涼やかな音色と共に、サンタクロースの衣装を着た小人達が豪勢な食事が乗ったワゴンを押して現れた。

 

「あ・・・悪魔・・・・??」

 

一見、雪だるまの様にも見える小柄な悪魔達。

驚いて目を見開くパティを他所に、サンタクロースの衣装を着た小人達は、手際よく食事をテーブルの上に並べていく。

 

「彼等は、ジャックフロストと呼ばれる妖精族の仲間だ。もし気に入ったのなら、この中の一体をお前の使い魔として譲渡してやってもいい。」

「え・・・でも、アタシ・・・・・。」

 

ジョルジュの申し出に、パティは困った表情をして両手に握られた紙の人形へと視線を落とす。

 

この紙人形は、ライドウから御守りとして渡された式神である。

『連続誘拐事件』では、主犯格のエヴァン・マクミランを確保するのに大いに役立った。

悪魔使いに教えられた訳ではないが、パティは無意識に式神を操ってみせた。

それだけでも、彼女の『悪魔召喚術師』としての資質の高さが覗えられる。

 

「私の妻・・・つまりお前の御婆さんになるんだが・・・彼女も優秀な悪魔召喚術師(サマナー)だった・・・・。 」

 

祖父は、遠い過去を思い出すかの様に双眸を閉じる。

 

「私の妻は、アメリカ大陸の先住民・・・ホピ族の巫女の家系に生まれた女性だった。」

「ホピ族・・・・? 」

「インデアン・・・と言えば分かるかな? 西部劇で登場する悪役だよ。 」

 

ジョルジュは、幼いパティでも分かる様に丁寧に解説しながら教えてやる。

 

ホピ族は、アリゾナ州に居留区を持つアメリカ先住民達の事である。

南米のマヤ・アステカ文明等と同じ宇宙・世界創造の神を崇拝しており、高い霊力と魔力を併せ持つ部族であった。

ジョルジュの妻、ナターシャは代々伝わるホピ族の巫女の血筋を色濃く継ぎ、幼少の時から、高い悪魔召喚師(サマナー)としての才覚を持っていた。

 

「彼女もお前と同じ”稀人”だった・・・魔導師(マーギア)の資格を全て習得した達人(マイスター)で、何の才能も無い私には勿体ない女性だったよ。」

 

何故、それ程才能に溢れた女性が、何の取柄も無い自分を愛してくれたのか未だに理由は分からなかった。

その気になれば、国の中枢に入り込み、17代目・葛葉ライドウと同じ様に強大な権力を欲しいがままに出来ただろうに、何故かナターシャはルッソ家に嫁ぐと、そのまま夫を立てる貞淑な妻として尽くしてくれた。

 

「一度だけ、彼女に聞いたことがある。もっと自由に生きたらどうなのか?とね・・・そうしたら、彼女は笑ってこう答えてくれたよ。」

 

”貴方が好きだから”

困った様子でそれだけ応えるナターシャ。

少女の様な邪気の無いその笑顔に、ジョルジュはいつも救われていた。

 

「だが・・・そんな優しい妻を・・・私は殺してしまった・・・。」

「え・・・・? 」

 

祖父の思いがけぬ告白に、パティは一瞬、言葉を失う。

 

「・・・肺癌だった・・・彼女は、私に心配かけまいと最後まで黙っていた・・・私がもっと彼女を良く見ていたら・・・否・・・今更何を言っても遅いな。 」

「・・・・・。 」

 

祖父の激しい怒りと哀しみの感情。

自分自身に対する怒りと、そしてアメリカ合衆国(この国)の政府に対する例える事が出来ぬ憎悪。

感情の放流が、パティの小さな躰を貫いていく。

 

「薬・・・のせい・・・御婆さんが死んだのは、病気だけじゃなくて、治療薬を呑んだから・・・。」

 

ジョルジュの妻は、夫に黙って病院に通院していた。

肺の癌は、早期に発見出来たお陰で、一部を摘出し、後は抗がん治療を続ければ完治出来ると医者から診断されていた。

ナターシャは、医者の言葉に従い、手術を受けて治療に専念した。

しかし、そこに予想も出来ない大きな落とし穴があったのである。

 

「”夢の抗がん剤”、”夢の新薬”それを謳い文句に、国は副作用の事を国民に告げず、無責任にも認可した。 私の妻以外に大勢の人間が、その馬鹿気た薬のせいで死んだよ。 」

 

無意識に握り締められる拳。

もっと早く、彼女の異常に気付いてやれれば・・・。

自分の知り合いの医者に彼女を診せてやれれば・・・こんな悲劇は起きなかったのかもしれない。

 

「ああ、すまんな・・・折角の楽しい食事が台無しに・・・。」

「私のお母さんが出て行ったのは、御婆さんのせい・・・? お爺さんが、被害者の人達と一緒に裁判を起こさなかったから・・・・?」

「・・・・パティ・・・。」

 

この子には、嘘や誤魔化しなど通用しない。

”稀人”の力を上手くコントロール出来ないが故に、人の心の奥底を読んでしまう。

このまま、訓練を受けなければ、この娘の心が壊れてしまう。

 

「裁判を起こしても、我々に勝ち目は無かった・・・現に、製薬会社の責任は認めたが、国に対する責任は一切認めなかった。僅かばかりの賠償金を支払って終わりだ。それでは、意味が無い。」

 

NY市きっての資産家であるルッソ家が裁判に参加した所で、結果は変わらなかった。

国は知らぬ存ぜぬを貫き通し、全ての責任を開発元の製薬会社に押し付けた。

 

「全ては私のせいだよ・・・・私は、妻の命よりもルッソ家の使命を優先してしまった。 ルッソ家・・・・KKK団(クー・クラックス・クラン)の役目を重んじ、大事な家族を犠牲にした・・・・ニーナ・・・お前の母さんが私を憎むのは当然だ。 」

 

全てを諦めたかの様なジョルジュの笑顔。

それを見た途端、パティの双眸に涙の粒が盛り上がる。

 

「お爺さんは、悪くない・・・お爺さんもずっと苦しんで来た・・・だって分かるもん。御婆さんの事が今でも大好きだ・・・って・・・。」

 

声を殺して無く少女に、ジョルジュは困った様な苦笑を浮かべる。

 

これから自分は、この心優しい少女に酷い事をしようとしている。

このNY市全体に影響を及ぼす、未曽有の大災害を起こそうとしている。

もし、ソレを知った時、この少女は自分を許すのだろうか?

 

 

『ミスター・・・楽しいディナーを邪魔して申し訳無いが、厄介な来客が来た。 』

 

重苦しい空気を割って入るのかの様にして、ジョルジュの右耳に装着されたインカムから、包帯男・・・ジャン・ダー・ブリンデの報告が入った。

すぐに自分の席に備え付けられているスイッチを押す。

するとホログラフィーで造られたキーボードと、監視カメラで撮影されている施設内の映像が、展開された。

画面には、総合受付所にいるCSI捜査官数名と大分くたびれたトレンチコートを着る瓶底眼鏡の40代ぐらいの男。

 

「ふむ・・・予想よりも早く来た様だな。 」

 

顎に手を当てたジョルジュが、低く唸る。

CSI(超常現象管轄局)が自分達の組織周辺を嗅ぎまわっていたのは知っている。

いずれ此処を探り当て、何かしら接触して来るだろう事も予測はしていた。

 

(”人修羅”の姿が無いな・・・・もしかしたら既に施設内に入り込んでいるかもしれん。)

 

暗殺者が態々、正面玄関から入り込むなど、常識外だ。

人殺しは人殺しらしく、闇に紛れて此方の寝首を掻きに来るだろう。

 

その時、偶然なのか、ジョルジュの視線と画面に映る眼鏡の男の視線が合った。

トレンチコートの男はニヤリと口元に笑みを浮かべると、何事かをジョルジュに告げる。

刹那、ジョルジュの表情が一変した。

 

 

 

薬品研究所、総合受付。

 

「先生よぉ・・・まさか、一緒について行くなんて言わないよな? 」

 

監視カメラにピースサインをしている呑気な科学者に、CSINY支部長が呆れた様子で言った。

 

「勿論、付いて行くに決まっているだろ? さっきも言ったけど、僕は君が手に持っているソレの機動実験に来たんだ。 途中で不具合が出たら君が一番困るだろ? 」

「そりゃぁ、そうだけどよぉ・・・。 」

 

右手に持っているアタッシュケースを見下ろし、ケビンは今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。

 

出来る事ならこんなモノ使いたくはない。

死んでも使いたくない。

いっその事、新人の奴等に押し付けてしまおうか?

 

そんな邪な事をケビンが考えている時であった。

突然、館内に鳴り響く警告音。

分厚い防護シャッターが、出入り口と強化ガラスで出来た窓を全て塞いでしまう。

 

「わーい♡ こんなやっすい挑発に乗るなんて、羊飼い(シェパード)も大したことがないね? 」

「挑発? アンタ何をしたんだ? 」

 

能天気にはしゃぐ瓶底眼鏡の科学者を他所に、武器を構えて警戒態勢に入るCSI(超常現象管轄局)の捜査官達。

ケビンも鉄のアタッシュケースを開き、中から手の中に納まるぐらいの大きさをした特殊な機器を取り出す。

 

宙に幾つも描かれる真紅の法陣。

中から氷の吐息を放つ中位悪魔、フロストが数体現れた。

 

「これは・・・・ディヴァイド共和国の国境付近で目撃された悪魔と似ていますね。 」

 

アシスタント・・・・流の研究助手、アレックスがレッグホルスターから抜いたハンドガンを構える。

こんな異常事態であるにも拘わらず、その声は至って冷静だ。

 

「ふーん、錬金術で造った人造の悪魔か・・・むかーし、僕がやってた研究を誰かが引き継いで続けてたって事かな? 」

 

錬金術を使い、人工の悪魔を使役出来るのは、何も四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝ムンドゥスだけではない。

 

かつて流もサンプルとして捕獲した悪魔の遺伝子を組み替えて、人間の命令に忠実に従う生物兵器を創り出そうとした。

もし、完成すれば慢性的な人手不足を解消出来る他、人間世界に侵攻する悪魔の軍勢に対抗出来ると考えたからだ。

しかし、結果は失敗。

一応、人間の簡単な指示に従うクリーチャーは造り出す事には成功したが、流が理想に叶う作品は生み出せなかった。

 

「よーし!ケビン君!早速実験の時間だぞ? 」

「勘弁してくれよぉ・・・。」

 

退路は完全に断たれ、四面楚歌な最悪な状況。

しかし、瓶底眼鏡の科学者は、ウキウキ気分ではしゃぎ捲る。

 

「良いかい?君達は絶対、支部長を助けちゃ駄目だからね? これは大事な実験なんだ。一同は、物陰に隠れて力一杯彼を応援すること。」

「そんな馬鹿な命令聞ける訳が・・・。 」

「良いんだよ、エド。 先生さんの命令に従って皆を下がらせるんだ・・・ああ、それと外に待機しているフォレスト家の連中には絶対連絡するなよ?」

 

M56スマートガンを構える黒人の捜査官・・・ジェームズ・エドワーズをケビンが制し、右手に持っている装置を腰に当てる。

するとバックルが射出され、ベルトの様にケビンの腰に装着された。

 

『Zero One driver setup!! 』

 

腰に装着された装置が、変身対象者を承認。

何で一々、機械音声で認証されるのか甚だ疑問ではあるが、これを造ったのが隣にいる狂気の天才科学者なのだから仕方がない。

 

「ほらほら、敵さんが襲って来ちゃうぞ?さっさとオーソライザーにプログライズキーを認証させてぇ♡ 」

 

顔を真っ赤にさせて俯くケビンを煽る様に、少し離れた物陰に隠れる流が囃(はや)し立てる。

襲い来る羞恥心を必死に堪え、ケビンは同じく鉄のアタッシュケースから取り出した黄色のカードキーを、バックルに内蔵されている認証装置へと翳した。

 

『Jump! Authorize! 』

 

プログライズキーを読み込んだ認証装置が、地球の軌道上にある人口衛生『ベロニカ』にアクセス。

衛星に内蔵されている”あるモノ”が光の粒子となって射出される。

刹那、強烈な光が総合案内所全体を包む。

吹き飛ばされる悪魔達。

騒々しい電子音が周囲を包む中、一同の目の前にメタリックな光沢を持つ、巨大なバッタが姿を現した。

 

「ほらほらぁ♡恰好良く変身ポーズを決めてぇwww。」

「やかましい!そこで黙って見ていろぉ!!」

 

最早我慢の限界のケビン。

鬼の形相でプログライズキーを開くと、腰に装着されている『ドライバー』と呼ばれる装置にセットする。

 

『Progrise! The rise is a riser! Rising hopper! 』

 

機械音声と共に特殊なスーツに包まれるケビン。

それと同じくして、メタリックなバッタの巨体が宙でバラバラになり、両脚、両腕、そして顔面にまるで鎧の如く装着された。

 

CSI(超常現象管轄局)NY支部長の余りにも変わり果てた姿。

グリーンベレー時代から付き合いのある優秀な部下達が、全員口をあんぐりと開けて対悪魔用の特殊スーツに身を包む上司を見つめる。

 

「見てごらん?アレックス。 皆が僕の造ったスーツに感動しているよ? 」

「いえ、アレは呆れて開いた口が塞がらない状態ですよ?博士。 」

 

上司の天然なボケを部下のアレックスが冷酷に斬り落とした。

 

 

 

「ふっふーん。中々楽しくなってきたやないけぇ。」

 

薬品研究所正門前。

黒塗りの乗用車の上に、金色に髪を染めたおかっぱ頭の男が胡坐をかいて座っている。

その周りでは、フォレスト家の執事、ディンゴとその部下であるライカンスロープ達が気を失って倒れていた。

 

「さっすが16代目やなぁ・・・こないな薬で簡単に眠りおったわ。」

 

おかっぱ頭の男・・・玄武は、懐から掌に収まるぐらいの小さな袋を取り出す。

中には特殊な薬が入っており、一般の人間が嗅いでも害は全く無いが、ライカンスロープの様な亜人が嗅ぐと途端に意識が昏倒し、深い眠りへと堕ちてしまうのだ。

玄武は、特殊な香が入っている袋を再び胸ポケットへとしまうと、車の屋根から軽やかに飛び降りる。

 

「さぁて、ほなワイもパーティーとやらに参加させて貰おうかなぁ。」

 

握りの部分に阿修羅と刻まれた木刀を片手に、玄武は薬品研究所の門をくぐった。

 




仮面ライダーゼロワンに激しいインスピレーションをもらいました。

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