偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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物語用語解説

ゼロワンドライバー・・・・ヴァチカンの化学技術総責任者である流が、とある特撮番組にインスピレーションを受けて造り出した対悪魔用強化スーツ。

魔導師職(マーギア)・・・医師・詠唱師・白魔法・黒魔法・数法術師の計5職からなる魔導士職の総称。全ての役職を習得すると達成者(マイスター)の称号が貰える。

剣士職(ナイト)・・・銃剣使い・格闘士・爆破技師・宮廷騎士・短剣使いの計5職からなる剣士職の総称、因みに全ての役職を習得すると巨匠(マスターオブマスター)と呼ばれる。



チャプター 18

マーコフ家が所有する薬品研究所。

通風孔から地下研究所施設内へと入り込んだライドウは、音も無く実験施設通路へと降り立つ。

 

此処まで気持ちが悪い程、順調に建物内に侵入する事が出来た。

上に居るケビン達、CSI(超常現象管轄局)が上手く敵の注意を引き付けてくれているのか、人の気配がまるでしない。

否、全ては羊飼い(シェパード)の手の中で、態と此処におびき寄せられているという可能性もある。

 

「・・・・・・!!」

 

背後から感じる何者かの気配。

長年、地獄の戦場を潜り抜けて来たライドウの本能が、無意識に反応する。

魔法の様な速さで手首に仕込んだクナイを取り出すと、背後にいる何者かの首を斬り落とさんと鋭い刃を向ける。

刹那、その鈍色に光るクナイが途中で止まった。

 

「勘弁してくれ・・・爺さん。 もう少しでチビっちまうところだったじゃねぇか。 」

 

観念したかの様に、両手を上げる銀髪の大男。

レッドグレイブ市で荒事専門の便利屋事務所を経営している悪魔狩人・・・ダンテだ。

 

「・・・っ、お前、どうして此処に居る? 」

 

ダンテの喉元に突き付けているクナイを下げ、手首のナイフホルダーへと仕舞うライドウは、鋭い隻眼で睨みつける。

 

この施設内に入り込む際、完全に気配は絶っていた。

敵に気づかれない事は勿論だが、半分は、このお荷物(ダンテ)を振り切る意味もある。

 

「あぁ? コイツがアンタの居場所を教えてくれたのさ。」

 

そんなライドウに態とらしく肩を竦めたダンテが、背負っていた大剣を引き抜いた。

 

「・・・? アラストル・・・? 何でダンテと一緒にいるんだ? 」

「ひーん、ごめんなさい!人修羅様ぁ。」

 

ダンテが背負っていたのは、何時もの『リベリオン』ではなく、雷神剣の『アラストル』であった。

 

マレット島での激戦後、前の持ち主であったオルフェウスが、妻のエウリュディケーと共に、新世界へと”輪廻転生”をする為、旅立った。

その事により、アラストルを縛っていた所有者の権利がライドウへと移行。

ムンドゥス戦で負った怪我の為、気絶したライドウと共にダンテの事務所で居候していたのだが・・・。

 

「お、俺っちのご主人様は人修羅様只一人です!勿論、拒否はしましたよ?全力で嫌だって言いましたよ??でも・・・その・・・・お、奥方様に無理矢理言われて・・そのぉ・・・し、仕方なくですね・・・。 」

「もういい・・・分かったよ・・・。」

 

早口で捲し立てるアラストルをライドウは、呆れた様子で手で制止する。

 

要は、嫌だと一応、拒否だけはしっかりとしたが、ダンテの威嚇と御目付け役であるケルベロスに諭され、渋々、言う事を聞く羽目になったのだろう。

 

「アラストルの”能力”を使って、俺の後をずっと付けていたのか・・・・。」

「ああ、ギャンギャン煩せぇのを我慢すれば、意外と使えるぜ? コイツ。 」

 

口元に苦笑を浮かべ、ダンテは滂沱と涙を流す魔界の剣を再び背に収める。

 

アラストルの持つ”精神感応力”は、非常に優れている。

ライドウの仲魔、ハイピクシーのマベルに匹敵する程、正確に対象者の居場所を探り当てる。

恐らく、ケルベロスはそれを予め知っていて、ダンテに連れて行く様命じたのだろう。

 

「今更、帰れ・・何て無しだぜ? 此処まで来ちまったんだ、最後までアンタに付き合う。 」

「・・・・本当に、救い様が無い馬鹿なんだな・・・お前は・・・。」

 

軽口を叩く銀髪の大男に背を向け、ライドウは先へと進む。

そんな悪魔使いに、ダンテは大袈裟に肩を竦めた。

 

予定外のアクシデントはあったものの、一同は敵の襲撃を受けず、培養実験室と思われる大分広い部屋に辿り着いた。

室内には、培養ポットの装置が幾つかあり、中には見た事も無い悪魔が培養液のプールに浸かっている。

どうやら、此処で悪魔の生態実験をしていたらしい。

 

「随分と趣味の悪い実験をしているらしいな? 」

 

培養液に満たされたカプセルの中で浮かぶ、不気味なクリーチャーを見て、ダンテが訝し気に眉を顰(ひそ)める。

マレット島で戦った四足の悪魔”ブレード”と姿形は、非常に似ている。

しかし、形が若干だが異なっていた。

 

「錬金術で造り出した人造の悪魔だ。 四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝・ムンドゥスと同じ事を此処でやっていたんだ。」

 

下級並びに中級の悪魔を兵士として敵地へと送り込む。

人間の命令に忠実に従い、おまけに死を恐れない。

核兵器の様に、環境に影響も与えないし、人件費も大分浮く。

 

「まさか、素直に此処まで入り込むとはな・・・。」

 

聞き覚えのある声。

ダンテが背に収まっている雷神剣・アラストルの柄を握り、ライドウが両手に仕込んだホルダーから、クナイを取り出す。

培養装置の陰から、人影が姿を現した。

頭の先から首の所まで包帯でグルグル巻きにし、如何にも高級なスーツを着る長身の男。

ボビーの穴蔵で、情報屋の一人、エンツォ・フェリーニョに紹介された賞金稼ぎ崩れの男・・・ジャン・ダー・ブリンデだ。

 

「久し振り・・・と言った方が良いのかな? 17代目・葛葉ライドウ。 」

「・・・っ、ヨハン。 」

 

予想外な男の出現に、ライドウは嫌悪感に呪術帯で覆われた顔を歪める。

 

ボビーの穴蔵近くにある、建設予定地での腕試しから数週間。

ライドウは、意識的にこの男を避ける為、敢えて穴蔵に近づく事はしなかった。

ダンテも何となくライドウと包帯男との間に、何かあると察してボビーの穴蔵へ連れて行く事はしなかったし、仕事仲間のグルーも、二人を穴蔵に誘う事はしなかった。

 

「ミスター・ジョルジュの読みは素晴らしい。 予定した時刻ピッタリだな。」

 

右手に持つ懐中時計の蓋を閉じると、胸ポケットへと仕舞う。

 

ジャンの口振りから察するに、どうやら自分達は、まんまとこの場所に誘い込まれてしまった様だ。

 

「ヨハン・・・お前は自分が一体何をしているのか分かっているのか? 」

 

こんな事を聞いても無駄だ。

この男は、かつて自分と共に悪魔の脅威から人類を護った同士ではない。

だが、それでも聞かずにはおれなかった。

 

「ヨハン・・・・? 知らない名前だな。 私の名はジャン・ダー・ブリンデ。 ミスター・ジョルジュに雇われた便利屋だ。 」

 

予想通りの応え。

包帯から覗く、氷の如き冷たいアイスブルーの双眸が、数歩離れた位置に立つ、小柄な悪魔使いを嘲る。

 

「最初に謝っておく・・・趣味の悪い実験に付き合ってくれ。」

 

包帯の下で、皮肉気に唇を歪ませたジャンが、指を鳴らした。

すると、培養槽に眠っていた筈の怪物達が目を醒まし、強化ガラスを突き破って次々と外に飛び出して来る。

 

「とある国が生体兵器のサンプルとして、資金提供しているルッソ家に寄越したモノらしい。どれ程、人間の指示に従うのか君達で試して欲しいそうだ。」

 

数にして数十体。

ライドウとダンテの退路を完全に断つ形で、取り囲んでいる。

血に飢えた有隣目独特の眼が、二人を見つめていた。

 

「ハッ、やっとこさ、パーティーらしくなったじゃねぇか。」

 

周囲を取り囲む怪物達の群を眺めつつ、ダンテが軽口を叩く。

一方、銀髪の大男と背中合わせに立つライドウは、何処か哀しい表情で包帯の男を眺めている。

 

「爺さん、アンタとあの包帯野郎がどんな関係だったか俺は知らない。だが、これだけは分かる。 あの野郎に説得は無駄だ。 」

「・・・・分かっているよ。 」

 

ダンテの言う通りだ。

どんな言葉も今のヨハンには届かない。

今は、この危機的状況を打破しなければならないのだ。

 

 

 

マンハッタン区北部、ハーレムにあるフォレスト家が経営する高級プールバー。

その店先に、黒塗りの高級車を先頭にして、M1126ストライカー歩兵戦闘車4台が停まっている。

屋根に取り付けられた重機関銃が、一斉に目の前にあるプールバーへと向けられていた。

 

 

「さーて、大人しくニーナ嬢を渡してくれると助かるんだけどな? 」

 

黒塗りの高級車から、マーコフ家家長、ルチアーノ・リット・マーコフが姿を現す。

右頬に大きな傷がある50代半ばの大柄な男は、同じく車から降りた部下から、拡声器を手渡された。

 

『おーい、聞こえるかぁ?テレサのおチビちゃんよォ。俺達は、オタク等と戦争をしに来た訳じゃねぇ。 オタクん所で預かってるニーナ・ジェンコ・ルッソの身柄を引き取りに来たんだ。頼むから大人しく引き渡してくれると有難い・・・。』

 

そう言い掛けたルチアーノに向かって、突然、店のドアを蹴破ったテレサが、肩に担いでいるRPG-7をぶっ放した。

それを見たマーコフ家に属する魔導師部隊が咄嗟に、防御シールドを張る。

凄まじい爆発音。

荒れ狂う熱風と煙。

余りの衝撃に、マーコフ家の導師達が耐え切れずに路上に吹き飛ばされていく。

 

「流石にちょっとやり過ぎじゃない?テレサ。」

 

撃ち終わった空の薬莢を持つ甘栗色の髪をしている美少女に向かって、その背後に立つ女荒事師が呆れた様子で肩を竦めた。

 

「ふん、今迄散々アイツ等には嫌がらせをされて来たのよ。これぐらい丁度良いわ。 」

 

薬莢を傍らに置いたテレサが、得意気に鼻で笑う。

いくら魔導師結社とは言え、所詮、素人の烏合の衆だ。

突然、ロケットランチャーを撃ち込まれ、マーコフ家の連中は右往左往している。

唯一、家長であるルチアーノと数名の手練れと思われる部下だけが、泰然としていた。

 

「ちっ、やってくれるじゃねぇか・・・じゃじゃ馬が。」

 

最早用済みとなった拡声器を、傍らにいる部下に押しやるルチアーノ。

同じく部下から差し出されたエナメルケースのアタッシュケースから、デザートイーグル並みに大きな巨銃を二丁、取り出す。

 

「なるべく手荒な真似はしたくなかったが、仕方がねぇ。」

 

年端もいかぬ16歳の少女相手に、大分大人気ないとは思う。

しかし、相手は曲がりなりにも、秘密結社(フリーメーソン)を代表する魔導師組織、KKK団(クー・クラックス・クラン)の幹部なのだ。

甘く見ていると喉笛を平気で咬み千切られてしまだろう。

 

 

今から思うと、ルチアーノ・リット・マーコフの人生は、余り恵まれているとは言えなかった。

幼い時に腎障害を患い、透析治療を余儀なくされた。

医者からは、成人するまで身体が持たないだろうと診断された。

父親から腎移植を受けたが、結局、自分の躰には適合出来なかった。

しかし、それでもルチアーノの両親は、諦める訳にはいかなかった。

何故なら、マーコフ家の後継ぎがルチアーノ只一人だったからである。

 

マーコフ家の男子は、生まれると必ず何かしらの遺伝子疾患を持っていた。

ルチアーノには、兄と姉の兄弟がいたが、兄は生まれてすぐに小児癌を発症し、12歳と言う幼さでこの世を去った。

姉も成人し、嫁いで男子を出産したが、生まれてすぐに小児麻痺を患い、その子が死ぬまで介護に追われた。

まさに呪いである。

ドナーが見つからず、ルチアーノが12歳の時に、焦りを覚えた父親は等々、闇の臓器売買に手を出してしまった。

悪魔の遺伝子と人間の遺伝子を掛け合わせて造り出した人工の臓器。

当初、抵抗を覚えた両親であったが、日に日に衰弱し、車椅子生活を余儀なくされた我が子に耐えられず、法外な値段で、その臓器移植を依頼した。

正に悪魔に魂を売る所業である。

しかし、それが功を奏したのか、ルチアーノはみるみる元気になった。

車椅子から自立歩行が可能になり、異常な程の速さで筋力が、常人の倍以上ついた。

肉体も頑強になり、身長も2メートル近くまで大きくなった。

両親は手放しで喜び、ルチアーノも無事、大学まで進学し、アメリカンフットボールのサークルに入り、優れた筋力とタフネスさのお陰で、レギュラー入り。

雑誌等でもフットボール界の超新星ともてはやされ、その手のスポーツ雑誌に取り上げられるまでになった。

 

だが、病魔を克服し、頑丈な肉体を持って喜んでいたのもそれまでだった。

すぐに彼は自分の肉体の異常に気付かされた。

悪魔の遺伝子がどんな影響をルチアーノに与えたのかは分からないが、傷を負っても次の日には、跡も残さず綺麗に治っていた。

骨折してもすぐ元通りになり、どんなに大怪我を負っても、たちどころに治ってしまう。

最初は、病院にも通う必要が無く、便利だと思っていたが、徴兵令で兵役を無事終了し、結婚してから激しく後悔した。

 

後天性による造精機能障害。

精子を造り出す機能に問題が起こり、精巣や内分泌系の異常が障害を引き起こす病気である。

恐らく悪魔の遺伝子が、ルチアーノの肉体に何らかの影響を与えたのだろう。

彼は、子供が作れない身体になっていた。

それに気づかされたのは、結婚してから半年後である。

中々、子宝に恵まれない事を不審に思ったルチアーノと妻が、産婦人科に通院した時に医師からそう診断された。

 

子供が出来ない。

それはNY市きっての名家であるマーコフ家には、死活問題である。

兄弟から養子を得ようにも、兄は幼くして既に他界、姉夫婦には当然、病死した子供以外誰もいない。

児童養護施設から、養子縁組をするしか他に方法が無かった。

しかし、最早、自暴自棄に近い感情になっているルチアーノは、外から子供を得る方法に余り乗り気ではなかった。

妻もそんな夫の気持ちを感じ取ったのか、子供の話は滅多にしなくなった。

己への不甲斐なさと愛する妻への申し訳無さで、今にも潰れてしまいそうなルチアーノは、気分転換に釣りでもしようと、ハドソン川の畔まで散歩に出かけた。

釣りは、彼の祖父から教えられたものである。

そして、そこでフォレスト家の長男、ジョセフと出会った。

 

 

単式ロケットランチャーの爆風が周囲を包む。

デザートイーグル並みの二丁拳銃を構えるルチアーノ。

その視線の先、フォレスト家が経営するプールバーの出入り口に、見知った人物の姿を目撃し、鋭い双眸を見開いた。

 

メアリー・ベットフォード・フォレスト。

かつて一端の”銃剣使い(ベヨネッタ)”に育て上げて欲しいと、フォレスト家の女傑・カリーナに頼まれて、育て上げた愛弟子である。

 

 

「よぉ、久し振りだな? お嬢ちゃん(レディ)。」

「5年振りぐらいかしら? 先生(マスター)。」

 

遮蔽物越しに交わされる軽い挨拶。

 

当時とは比べ物にならない程、メアリーは美しく成長していた。

こんな状況でなければ、お互いにハグをして再会を喜んだだろう。

 

「残念だ・・・・兄貴の予想通り、お前はソッチ側に付いたみたいだな。」

「私は、兄さんと同じ事勿れ主義なのよ・・・。」

「そうかい・・・そいつは残念だ!」

 

部下に目線で指示を出し、車の陰から飛び出す。

レッグホルスターから、二丁のハンドガンを引き抜くレディ。

お互いの得物が火を噴いた。

 

 

対悪魔用の特殊スーツに覆われた右腕が、深々と氷の悪魔、フロストの胴体を貫く。

悪魔の弱点である心臓を破壊され、粉々に砕ける中級悪魔。

仲間を殺され、怒りの咆哮を上げるもう一体が、黄色と黒をベースにしたスーツを纏うCSI捜査官へと襲い掛かる。

放たれる氷の爪。

しかし、光の速さで移動するCSI(超常現象管轄局)捜査官にその鋭い爪が届く事は無かった。

黄色い軌跡を残し、氷の爪を全て破壊。

爪を放った悪魔の背後へと移動した捜査官が、蹴り一発で心臓(コア)を潰す。

 

「す、凄い・・・これがヴァチカンが開発した対悪魔用破壊兵器(ゼロワンドライバー)か・・・。」

 

M56スマートガンを両手に構えるCSI(超常現象管轄局)の捜査官、ジェームズ・エドワーズが、驚愕の表情でスーツに身を包む上司の戦闘を見つめていた。

 

「凄いのはスーツではなく、ケビン・ブラウン大佐です。 普通の人間があのスーツを着用したら、パワーに振り回されて戦いどころではありません。」

「そうそう、おまけに出力の50%も出してない。僕達に被害が出ない様に気を遣いながら最小限の力で悪魔を倒してる。 」

 

そんなエドの背後で、呑気に解説をするマッドサイエンティストとその助手。

助手は、手の中に納まるぐらいの小さな高性能ビデオカメラで、ケビンの戦いを撮影し、その傍らにいる大分くたびれたトレンチコートを着る瓶底眼鏡の科学者は、棒付きキャンディーの包装を破っていた。

 

「流石、エルヴィン君のお父さんだよねぇー。One Army Only(一人だけの軍隊)て、通り名は伊達じゃ無いって事かな? 」

 

美味しそうに棒付きキャンディーを咥える瓶底眼鏡の科学者は、最後の1体の頭を踏み潰すケビンを頼もし気に眺める。

 

「おい、その名前を出すんじゃねぇよ。 先生。」

 

ドライバーからプログライズキーを抜き取り、元の姿に戻ったケビンが、鋭い視線で瓶底眼鏡の科学者を睨む。

 

「おっと、もしかして聞こえてた? 」

 

おどけた様子で態とらしく流が肩を竦める。

ケビンにとって、息子の名前は禁句だ。

グリーンベレー時代から、ケビンに付き従っている優秀な部下達も、決して彼の息子の名前は出さない。

 

「まぁ、その話は別として・・・・全然、駄目駄目じゃないか・・・これじゃぁ、100点満点中、50点しか上げられないね。」

「はぁ? 」

 

流が言っている意味が全く分からず、ケビンは大分間の抜けた表情になる。

 

博士の指示通り、嫌々、このふざけた強化スーツを着て悪魔と戦い、何の被害も出さずに無事全滅させた。

これの何処がいけないというのだろうか?

 

「何であっさり殺しちゃうのさ。ちこっとぐらい敵の攻撃を受けてくれないと耐久値のテストが出来ないだろ? 」

 

何の指示も出していないにも拘わらず、テキパキと悪魔の死骸からサンプルを回収しているCSI捜査官達を横目に、流が大袈裟に溜息を吐く。

 

「アホか!何で敵の攻撃を受けなきゃならん!? アンタのふざけたスーツを着てちゃんと悪魔共を倒したんだ! コイツはアンタに返す!そんでもって、その姉ちゃんと一緒に此処からとっとと出て行け!」

 

蟀谷に青筋を立てたケビンが、プログライズキーとゼロワンドライバーを流に差し出す。

 

先程の戦いで、戦闘データは十分取れた筈だ。

それに、本音を言うと、コイツ等とこれ以上付き合うのが限界だった。

アメリカ陸軍特殊部隊時代では、幾つもの輝かしい功績を残し、国から勲章を授与された。

悪魔討伐特殊部隊を組み、あらゆる銃火器や各種格闘技を駆使し、ギガント級の悪魔を何百体と倒して来た。

驚異的な早打ちの名手で、周囲の者達からもOne Army Only(一人だけの軍隊)という通り名で恐れられた。

その自分が、何処かの子供番組等で登場する戦隊ヒーローの恰好を無理矢理させられ、挙句、長年、自分について来てくれた部下達の前で、悪魔相手に大立ち回りをしたのだ。

正直死にたい・・・。

この世から、跡形も無く消えてしまいたい。

 

「いやぁ、帰りたいのは山々なんだけどさぁ・・・。」

 

凄まじい形相で此方を睨むNY支部長を前に、流は溜息を吐くとケビンの背後にある出入口を指差す。

何事かと背後を振り返ったケビンは、幾重にも張り巡らされた分厚い結界を見て言葉を失った。

 

「流石に、アレを壊すのは僕にも無理だ・・・と、言う訳で・・・。」

 

ケビンが押し付けたゼロワンドライバーとプログライズキーを、丁重にお返しする。

 

幾ら凄まじい破壊力を秘める対悪魔用破壊兵器(ゼロワン)でも、あの分厚い結界を破壊するのは不可能だ。

この研究所施設のセキュリティーシステムを乗っ取り、解除する以外、他に方法は無い。

 

「・・・・っ・・・な、泣けるぜ・・・。」

 

がっくりと肩を落とすNY支部長。

その手には、返すに返せないゼロワンドライバーとプログライズキーが握られていた。

 

 

 

何処までも続く砂漠地帯。

そこを一台の大型トラックと数台の装甲車両が走っていた。

 

20歳になったばかりのルチアーノは、大型トラックの荷台の上で、平らに流れていく景色を無言で眺めている。

彼の他に、14.5歳の少年達が荷台に横並びで乗っていた。

軍から支給された迷彩柄の防護服を着用し、手には、不釣り合いな程大きな5.56mm機関銃をしっかりと握っている。

皆、口を固く閉ざし、死人の様な青い顔をして床を見つめていた。

 

これから彼等が送り込まれる場所は、正真正銘の地獄だ。

人間同士が行う戦争ではない。

悪魔と呼ばれる異次元から来た怪物達と、血みどろの戦いを行うのだ。

 

「ううっ・・・・ママぁ・・・・。」

 

少年兵の中でも一番幼い、13歳ぐらいの浅黒い肌をした黒髪の少年が、その場の雰囲気に耐え切れず、小さな声で啜り泣いた。

 

彼は、内戦が続く国の農家で生まれた子供だった。

土地は痩せ衰え、思う様に農作物が採れず、日々の生活に困窮した両親が、魔導師ギルドから支払われる法外な補償金目当てに売り飛ばされたのだ。

過酷な訓練に耐え、何とか剣士(ナイト)の資格を習得したが、実践経験など当然ありはしない。

それは、このトラックに乗る他の少年兵達も同じであった。

口を真一文字に結び、泣くのを必死に堪えている。

 

 

「When the night has come(夜が訪れ)And the land is dark(辺りが闇に支配される時)And the moon is the only light we see(月明かりしか見えなくったって)No, I won't be afraid(恐れる事なんてないさ)。」

 

不図何処かから聞こえる唄声。

見ると、真向いに座るくすんだブロンドの髪をした青年が唄っていた。

御世辞にも上手いとは到底言えない唄声。

しかし、何故か乾いた心を潤す様な、優しい声量をしている。

 

「Oh, I won't be afraid(怖がる必要なんてどこにもない)Just as long as you stand(ただ君が暗闇の中ずっと)stand by me,(僕の側にいてくれたら)So, darling darling Stand by me(だから側にいてくれないか)・・・。」

 

双眸を閉じ、感情を込めて歌うその青年は、自分と同じKKK団(クー・クラックス・クラン)に所属するジョルジュ・ジェンコ・ルッソであった。

自分と同じ軍から支給された迷彩柄の防護服を着ている。

唯一違うのは、5.56mm機関銃ではなく、身の丈程も大きな大剣・・・ツーハンドソードを手に持っていた。

 

「ベン・E・キング・・・僕が好きなアメリカのソウル歌手さ。彼が唄った数多くの曲の中でも”Stand by Me”は素晴らしいと思うよ。」

 

閉じていた双眸をゆっくりと開き、濃い藍色の瞳が真向いに座るルチアーノへと向けられる。

途端、気恥ずかしくなり、微かに頬を染めるルチアーノ。

返答に困り、荷台の床に視線を落とす。

 

「この歌は、ある映画の主題歌なんだけどさ・・・僕はその映画が大好きで何度も何度も、それこそ呆れるぐらい映画のビデオを見たよ。」

 

真向いに座る幼馴染みに苦笑を浮かべ、ジョルジュは、藍色の双眸を荷台の席に座る幼い少年兵達へと向ける。

 

映画の内容は、4人の少年達が、列車に轢かれたレイ・ブラワーと言う名の少年の死体を探しに行くというモノだった。

「死体を見つければ英雄になれる。」そんな動機から、4人の少年達は、お互い助け合い、時には喧嘩もしながら、鉄道の線路に沿って旅をするのだ。

 

「その映画の中で流れるこの曲が最高でさ・・・辛くて苦しい時は、何時もこの曲を頭の中で歌うんだ。」

 

すると不思議に、辛い気持ちが薄らいでいくのだという。

 

そんなモノは、苦しい今の環境を誤魔化す為の、方便でしかない。

真向いに座るルチアーノは、そうジョルジュに言ってやりたかったが、周りに居る子供達は、真剣な表情で幼馴染みの話を聞いていた。

皆、この残酷な現実を逃れる為に、藁にも縋りたい心境なのだ。

 

「誰かが言ってたね・・・・歌を歌えば苦しい気持ちが和らぐって・・・でも、そんなのは嘘だ。辛いモノは辛いし、怪我をすれば死ぬ程痛い。」

 

唄声で人を救える筈が無い。

もし救えるならば、この世界に戦争など存在はしないだろう。

 

「でもさ・・・何かに縋るってのは悪い事じゃないと思う。縋るモノが無ければ、この世界は絶望だらけだ。」

 

優しい藍色の瞳。

ルチアーノも荷台に乗る少年兵達も、黙ってジョルジュの話を聞いている。

 

人は何かに縋らなければ生きてはいけない。

それが他者から見れば、どんなに下らないモノでも、ソレに縋る事で人は強くなれるのだ。

ジョルジュの縋るモノは、半世紀以上も前に流行った古い唄。

それを口ずさむ事で、この地獄の様な世界に居ても救われる気持ちになれる。

例えソレがどんなに儚く脆いモノでも・・・。

 

 

 

ジョン・F・ケネディ国際空港。

アメリカ合衆国、NYのクイーンズ区にあるこの空港は、ラガーディア空港、ニューアーク・リバティー国際空港と並ぶアメリカを代表する国際空港である。

その玄関口であるロビーに、黒服を着た屈強な男達、数名と軍の特殊部隊らしい防護服と銃火器を装備した兵士達がいた。

 

「そろそろ法王猊下が到着する時間だな。 」

 

CSI(超常現象管轄局)の捜査官の一人、ジェイソン・タイラーは、右腕に付けている腕時計を見た。

NY支部長、ケビン・ブラウンと同じアメリカ陸軍特殊部隊(U.S.Army Special Forces)の出身で、ナイフ術のエキスパートであり、ケビンの右腕的存在だ。

CSIの中では、ジェームズ・エドワーズの次に若い。

しかし、頭髪が哀しい程薄く、本人もソレを大分気にしていた。

 

空港のロビーには、彼等、CSIの捜査官数名と軍の対悪魔討伐特殊部隊の兵士達しかいない。

一般市民達は、全員、空港の関係者達と協力して避難させている。

 

「おい、ジェイソン、大佐がヤバイ事になってるぜ? 」

 

2メートル以上の大柄な体躯をした金髪の捜査官が、タイラーに話し掛けて来た。

この男の名前は、ガンナー・ヤンセン。

ケビンやタイラーと同じアメリカ陸軍特殊部隊の出身であり、射撃とマーシャルアーツの達人だ。

 

「大佐が”人修羅”と一緒に、マーコフ家が所有している薬品研究所内に侵入したが、何故か連絡が取れなくなった。 」

 

ガンナーは、手短にそれだけをタイラーに伝える。

 

「はぁ? 何であんな化け物が此処にいるんだよ? 」

「さぁなぁ・・・エドの話によると、俺達と同じヤマを追っていたらしい。」

 

ガンナーの話によると、マーコフ家とルッソ家が起こした一連の事件を日本の超国家機関『クズノハ』の幹部、17代目・葛葉ライドウも探っていたらしい。

ライドウは、彼等の上司であるケビン・ブラウンと面識が有り、お互いに利害も一致した為、協力する事になったのだそうだ。

しかし、両家が隠れ蓑にしていたブルックリン区にある薬品研究所に突入する際、人修羅がケビンの命令を無視して、勝手に施設内に入ってしまった。

 

 

「ちっ、これだから”クズノハ”の連中は、ろくでもねぇ。 」

 

タイラーは、忌々しそうに吐き捨てる。

 

仕事の関係上、日本の対悪魔組織『クズノハ』とは、嫌でも一緒に任務を組まされる事がある。

しかし、独断専行の気が強く、おまけに此方の指示に全く従わない。

人間の常識を遥かに覆す強さを持つ『クズノハ』の実力は認めるが、此方の被害が尋常では無い為、出来るだけ近づきたくないというのが、本音だ。

 

その時、タイラーの立っている背後の空間が微かに揺らいだ。

 

「なんだよ?スカー。持ち場から離れるなと命令しただろうが。 」

 

タイラーが背後のソレに向かって、舌打ちする。

自分よりも二回り以上、デカイそれ・・・辛うじて人型をしている事だけは分かるが、光学迷彩を使用しているのか、姿が判然としない。

ただ、目の部分だけが異様な光を放っていた。

 

「強イ魔力ノ波動ヲ感ジル・・・モシカシタラゲートガ開クノカモシレン。」

 

女性とも男性とも分からない、機械音声がタイラーに応える。

 

「ゲート・・・・? もしかして、”地獄門(ヘルズゲート)”の事か。」

「ソウダ・・・・。」

 

姿が見えないもう一人の仲間・・・スカーの言葉にガンナーが訝し気な表情になる。

 

スカーは、CSI(超常現象管轄局)の中でも、探知能力に優れている。

彼の言葉が正しければ、タイラー達が危惧している事が現実になるという事だ。

 

「ちっ・・・・全く・・・泣けるぜ・・・。」

 

次から次へと立て続けに面倒事が起こる。

タイラーは、額に手を当てると無意識に上司と同じ口癖を呟いていた。

 

 

ライドウの放ったクナイがアサルトの心臓部分を的確に貫く。

悪魔の弱点である心臓(コア)を破壊され、塵と化す爬虫類型の怪物。

しかし、死を恐れぬ化け物達は、仲間の変わり果てた姿を目の当たりにしても、決して怯む様子は無かった。

次々と跳び上がり、呪術帯で顔の殆どを隠している悪魔使いへと襲い掛かる。

鋭い爪と牙を紙一重で躱す小柄な悪魔使い。

カウンターで素早く詠唱した氷結魔法”ブフーラ”が、悪魔達を串刺しにしていく。

 

「・・・・っ!!」

 

背後から感じる殺気。

振り下ろされる刃を、咄嗟にクナイで受け止める。

橙色の火花が辺りに散る。

 

「・・・・ヨハンっ!」

「まだ、私をその名前で呼ぶのか?”人修羅”。」

 

耳障りな金属音と共に、離れる二人。

鋭い黒曜石の隻眼と、包帯から覗く薄いアイスブルーの瞳がぶつかる。

 

「ライドウ! 」

 

二人から少し離れた場所で戦っていたダンテが、悪魔使いへと駆け寄ろうとする。

しかし、その前を数体のアサルトが立ち塞がった。

 

「ちぃ!! 邪魔だ!てめぇら!! 」

 

双子の巨銃、”エボニー&アイボリー”を抜き放ち、マシンガン並みの速射を放つ。

だが、分厚い鱗で覆われたアサルトに致命傷を負わせる事は出来なかった。

鋭い爪と牙を剥き出しにして、襲い掛かるアサルト達。

それをダンテが身軽な身のこなしで躱す。

 

 

「随分と辛そうだな? やはり、番がいなければ本来の実力は出せないか。」

 

すっかり息の上がったライドウを前に、包帯の男・・・ジャン・ダー・ブリンデが嘲る。

 

ライドウは、典型的な魔力特化型の悪魔召喚術師だ。

膨大な魔力を持つ番がいなければ、当然、本来の力が振るえず苦戦を強いられる。

当初は、あの銀髪の大男が代理番だとばかり思っていたがどうやらそうではないらしい。

やはり、愚かな程、真面目な性格が彼を窮地へと追い込んでいる様だ。

 

「大きなお世話だ。 てめぇに心配される筋合い何てねぇよ。 」

 

右の首筋から蟀谷にかけて、尋常では無い痛みが走る。

恐らく体内に寄生している蟲が、もっと餌を寄越せと騒いでいるのだろう。

呪術帯で顔を隠している為、見る事は出来ないが、蟲によって生まれるどす黒い痣が、右半分を覆っていた。

 

「すぐにそうやって痩せ我慢をする・・・そういう頑固な所は昔と同じだな。 」

 

包帯から覗く双眸が、不意に和む。

 

番(パートナー)だった頃は、幾多の死線を潜り抜けて来た。

任務には忠実で、目的遂行の為ならば、どんな汚い事も平然とやってのけた。

今は、大分人間らしい瞳に戻っているが、馬鹿が付くほど真面目な性格だけは治らない。

 

「ヨハン、今ならまだ間に合う・・・ジョルジュ氏の蛮行を止めて、パティ・・・NY市(この街)を救うんだ。 」

「残念だが、それは聞けないな・・・ミスター・ジョルジュからは多額の依頼料を貰っている。 それに・・・NY市(この街)がどうなろうが、私の知った事ではない。」

 

迅速の速さで間合いを詰めるジャン。

ライドウも舌打ちし、背負っている真紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を抜き放つ。

反り返った刀身と、真紅の槍がぶつかり合う刹那、ダークブルーのスーツを着た包帯の男が大きく間合いを取った。

見ると何時の間に実体化したのか、白銀の鬣を持つ魔獣が、二人の間を裂く様に立っている。

現ライドウの御目付け役兼指南役の魔獣・ケルベロスだ。

 

「ほう、剣聖殿のお出ましか。 」

「ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリー・・・・。」

 

数メートルの距離を置いて対峙する二人。

黄金の双眸と冷たいアイスブルーの瞳が激しくぶつかり合う。

 

「奴は私に任せて、お前は先に行け、17代目。 」

「お。お袋さん・・・・? 」

 

戸惑い気味にライドウが、目の前に立つ白銀の魔獣を見つめる。

魔獣の身に堕ちているとはいえ、その実力は自分とは比べ物にならない程強い。

かつて魔剣教団最強の騎士と謳われたヨハン相手でも、互角以上に立ち回るだろう。

 

「早く行け!もうすぐ地獄門(ヘルズゲート)が開いてしまう!」

「わ、分かった!! 」

 

師の言葉にライドウは頷くと、右手の手甲に装備したワイヤを射出する。

鋭いフックが、血管の様に張り巡らされた天井のパイプに突き刺さった。

強靭な特殊素材で編まれたワイヤーが、電動で巻き取られる。

その反動で、大きく跳躍する悪魔使い。

先には進ませぬと、包帯の男が手にした日本刀で迎え撃とうとするが、白銀の魔獣が襲い掛かり邪魔をする。

 

「邪魔をするなよ? 負け犬。 」

「フン、道を踏み外した外道に言われる道理などない。」

 

鋭い牙が肉を引き裂く刹那、紙一重で躱す包帯の男。

数歩離れた位置で対峙する二人の双眸が、激しく火花を散らせた。

 

 

 

物心ついた時から、パティは一人ぼっちだった。

でも、不思議と寂しいという感情は湧かなかった。

彼女の周りには、似たような境遇の子供達が大勢いて、家族の様に接していたからだ。

中には、意地が悪い子も何人かいた。

虐められる事もあったし、親が居なくて寂しいと思った事もある。

そんな辛い時は、すぐに空想の世界へと逃避した。

何時か見た古いアニメの映画。

小さな妖精、ティンカーベルを肩に乗せた空を自由に飛び回る少年、ピーターパン。

彼と一緒に幾多の冒険をして、子供達だけの国、ネバーランドで幸せに暮らす夢。

でも、そんな御伽噺は現実では有り得ない。

あるのは、施設の白い天井と薄汚れた壁だけ。

 

 

「17代目は、必ず此処に来るよ。 」

 

祖父・・・ジョルジュの言葉に、弾かれた様に俯いていた顔を上げる。

柔和な笑みを浮かべる初老の男。

しかし、その心は深い悲しみと例える事の出来ぬ怒りで満ちていた。

 

「彼にとってお前は、命に代えても惜しくない存在だからな・・・さしずめ、私は悪者のフック船長で、17代目・葛葉ライドウは正義の味方、ピーターパンと言ったところか。」

 

ジョルジュは、座っている席から徐に立ち上がると、ゆっくりとした歩調でパティの座っている椅子へと近づいた。

気が付くと右手に掌に収まるぐらいの小さな箱を持っている。

そして、祖父は孫の視線の高さまで身を屈めると、パティの目の前でその小箱を開いた。

 

「き、綺麗な指輪・・・。 」

 

差し出された小箱の中身は、藍色に光るダイヤモンドの指輪であった。

不思議な光を放つその石に、パティは思わず釘付けになってしまう。

 

 

「ホープダイヤモンド・・・・一説によれば、持ち主に不幸を与え、破滅へと導く呪いの石と呼ばれている。 」

「呪いの石? 」

「そう、だがそれは間違いだ。 彼等はこの石の使い方を誤っただけに過ぎない。 」

 

ジョルジュは、孫の小さな手を取り、箱から出した指輪を薬指に嵌めてやる。

 

「この石の本当の力は、どんな困難にも打ち勝ち、使用者に希望を与える・・・しかし、私利私欲にまみれた者が手に取れば、途端にこの石は鋭い牙を向ける。 」

 

自分の右手薬指に嵌められた指輪を見つめる孫に、ジョルジュは懐かしい過去を思い出すかの様な笑顔を向けた。

 

9世紀の大昔、インド南部のデカン高原にあるコーラルという町の川で、農夫が偶然この魔法の石を見つけた。

濃い青色をしたこのダイヤモンドは、数世紀もの時を経て、様々な持ち主の手に渡って行った。

17世紀、ジョンマッキアーという人物が、インドから持ち帰ったこの石を時の王、ルイ14世に高値で売却し、1792年のフランス革命に紛失。

1812年に宝石商のダニエル・エリアソンの手に渡るが、持ち主が謎の失踪を遂げた。

それから18年後、宝石コレクターであったヘンリー・フィリップ・ホープの手へと渡り、孫のフランシス・ホープがフィリップの遺産を相続する条件として、この石にホープ・ダイヤモンドと命名。

しかし、そのホープ家も多額の債務により破産してしまう。

 

破滅と幸運をもたらす魔法の石・・・それが”ホープ・ダイヤモンド”であった。

 

「この魔法石は、お前の祖母ナターシャが持っていたものだ。ホピ族の巫女が代々受け継ぐモノらしい。本当ならば、お前の母さん・・・・ニーナにコレを渡したかったんだが・・・。」

 

母の形見として渡す筈だったのだが、その前にニーナはルッソ家を飛び出してしまった。

全ては、己の愚かさが故である。

 

「いいかい?パティ。 どんな事があってもこの石を手放しては駄目だ。 この魔法の石は、必ずお前の命を護ってくれる。 長く暗いお前の人生を灯してくれる篝火になってくれる筈だ。 」

「・・・・お爺さん。 」

「厳しい事を言う様ですまない・・・だが、私にはお前を護ってやれる時間がもう無いんだ。 」

 

自分の躰は、既に癌によって蝕まれている。

”稀人”としての素晴らしい才能を開花させ始めているこの少女を、不敬な輩から護ってやれる暇(いとま)は既に無い。

”人修羅”と呼ばれ、現世はおろか魔界全土を震え上がらせる存在の”17代目”では、愛する孫を護り通せはしないだろう。

何故なら、その17代目こそが、憎き怨敵であるヴァチカンの走狗でしかないからだ。

 

その時、室内に侵入者を告げる警告音が鳴った。

広間に浮かぶホログラフィの画面を見ると、顔の半分以上を呪術帯で覆った悪魔使いが、護衛として施設内に放し飼いにしている悪魔達を薙ぎ払っているのが映っていた。

真紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を巧みに操り、的確に怪物の心臓を破壊し屠る悪魔使い。

このままでは、後数分もしないうちに此処まで、辿り着いてしまうだろう。

 

「ふむ、予想よりも5分早く来たな・・・。」

 

ジョルジュは、右腕に巻かれているロレックスの腕時計に視線を落とす。

遅刻が無いのは関心するが、もう少しだけ孫と話をしていたかった。

初老の男は、溜息を一つ零すと、状況を未だ理解出来ない孫の額に右手を翳す。

すると、まるで糸が切れたマリオネットが如く、パティは眠りへと落ちてしまった。

 

「さて、それでは最後の仕上げといくかな・・・。 」

 

パティの華奢な体躯を優しく受け止めてやるジョルジュ。

これから自分が向かうのは、死出の旅路だ。

しかし、ソレに愛する娘と孫を巻き込むつもりは毛頭なかった。

 

 

 

マンハッタン区北部、ハーレム地区。

フォレスト家が経営する高級プールバーの前は、既に戦場と化していた。

 

両者の持つ、大型ハンドガンが火を噴く。

空中で弾心同士がぶつかり合い、周囲の壁や窓ガラスを破壊していく。

 

「はぁはぁ・・・流石、”ガンマスター”って通り名は伊達じゃないわね。コッチの攻撃を全て先読みされる。 」

 

破壊された車体の陰へと、素早く身を隠した女荒事師・・・レディが忌々し気に舌打ちした。

 

精密射撃は、彼女の得意分野だ。

しかし、ルチアーノは彼女が何処を狙って撃って来るのか全て把握している。

人智を超えた速射に難なく対応し、全て撃ち落としているのだ。

最早、人間技とは言えない。

 

テレサ達は、店内の壁や車などの遮蔽物を盾に、マーコフ一家の兵隊達と交戦中だ。

彼等の為にも、此処は自分が何とかして踏ん張らねば、忽ち(たちま)戦況は最悪な方向へとひっくり返されてしまうだろう。

 

レディは、己を鼓舞し、アサルトライフルとモーゼル軍用拳銃を構える。

戦場において、一番大事な事は、生きる気力と自信だ。

どんな不利な場面になっても、決して絶望しない。

あらゆる手段を使い生き残る事。

そして、何よりも自分自身を信じ抜く事だ。

そう、数メートルの距離を挟んで対峙する、大柄な男に教えられた。

 

全身の筋肉を撓ませ、一気に前に出るレディ。

しかし、彼女が勝負に出るだろう事は、ルチアーノも十分承知していた。

若き”銃剣使い(ベヨネッタ)”を迎え撃つ”ガンマスター”。

お互いの持つハンドガンが火を噴き、鋼の牙がぶつかり合う。

 

「今からでも遅くねぇ、俺達の所に付かないか? お嬢ちゃん(レディ)? 」

 

お互いの得物を巧みに操りながら、ルチアーノはまるで食事の約束でもするかの如く、気軽にレディに話し掛ける。

 

「お断りよ、先生(マスター)。 さっきも言ったでしょ?私は兄さんと同じで長いモノには巻かれる主義なのよ。 」

 

互いのフロントサイドが、まるで刀身の如くぶつかり合う。

命を懸けた真剣勝負にも拘わらず、両者の口元には微笑が刻まれている。

 

「一つだけ質問なんだけど? 」

「何だい?お嬢ちゃん。 」

 

ハンドガンの銃口が、お互いの額にぴたりと当てられる。

否が応にも高まる緊張感。

赤と青のオッドアイが、父親の様に慕っていた壮年の男を見つめる。

 

「どうして、こんな勝ち目のない戦争を仕掛けたの? 何事にも慎重な貴方らしく無いと思うんだけど。 」

 

一連の事件の真相を知った時に、真っ先に浮かんだ疑問。

 

幾ら、ルチアーノがジョルジュを兄貴分として慕っていたとはいえ、所詮は赤の他人だ。

慎重かつ計算高いこの男が、世界の中枢と言っても過言ではない『ヴァチカン』に喧嘩を売るとは到底考えられなかった。

 

「へっ? 他人には深く関わらない主義だったんじゃねぇのか? 」

 

皮肉な笑みを口元に浮かべたルチアーノが、愛弟子を見下ろす。

 

「そうね・・・・でも、時と場合によるわ・・・先生・・・クリスティを危険に晒す様な真似は絶対に許せない。 」

 

怒りに燃える赤と青の瞳。

ルチアーノの表情が、一瞬だが曇る。

 

「13機関(イスカリオテ)のやり方は知っているでしょ? 奴等は敵対する者皆殺す。それが、部外者であろうと、血縁関係にある以上、確実に根絶やしにする。奴等に道徳心なんて欠片も通用しない・・・クリスティが・・・貴方が愛した女性が奴等に殺されるかもしれないのよ? 」

「・・・・・。 」

 

愛弟子の血を吐く様な言葉に、壮年の男は押し黙る。

 

ヴァチカンが子飼いにする最強の殺戮部隊・・・・異端審問官。

13機関(イスカリオテ)と総称されるかの部隊は、苛烈極まる狂気の集団として知られている。

カトリック教に敵対する者を根絶やしにするのは勿論の事、その親族すらも皆殺しにする。

老若男女、乳飲み子の赤子ですら殺す。

神に反逆する者達を殺戮するのが、彼等の経典なのだ。

 

「アイツは、この俺と何十年と連れ添った妻だ。 死ぬ覚悟は既に出来ている。」

「・・・・・っ! 正気で言ってるの? 」

 

師の言葉に、レディは嫌悪感を丸出しにして、睨み付ける。

 

クリスティは、レディにとっても大切な存在だ。

幼い時にフォレスト家に引き取られてから、20数年、家族らしい愛情など一つもくれなかった。

義理母、カリーナは、歳の離れた兄、ジョナサンにべったりで、魔法の資質が無い自分に冷たかった。

フォレスト家を裏で護る為に、あらゆる戦闘訓練と経済学を叩き込まれた。

だが、そんな彼女に家族の暖かさをくれた人物がいた。

それが、ルチアーノの妻、クリスティーナである。

 

「ぶっちゃけ言うとな・・・アイツにゃ何にも話しちゃいねぇ・・・。俺とジョルジュの兄貴が、ヴァチカンと戦争すんのもしらねぇ・・・だけどよ。何となくだが勘づかれてはいるとは思う。 」

 

しかし、妻は何も聞いては来ないだろう。

ルチアーノが自分から話さない限り、知らぬ振りを続ける。

彼女は、そういう女だった。

 

「武装放棄令が全ての引き金なのね・・・ロックはそのせいでヴァチカンに謀殺された。その復讐がアンタ達の動機って事ね。」

 

核心を突いたレディの言葉。

しかし、ルチアーノは鼻でソレを笑い飛ばすと彼女の持つハンドガンを銃身で殴りつける。

弾かれる様にして距離を取る二人。

鋭い双眸が激しくぶつかり合う。

 

「正確に言うとソレだけじゃねぇ・・・・俺達はよ・・・・もう、我慢出来ねぇのさ・・・全てを犠牲にして生きるのによ。 」

「どういう意味? 」

 

ルチアーノの言葉に訝し気に眉根を寄せる女荒事師。

すると背筋を例え様も無い怖気が走った。

見上げるとどす黒い雲が、空を全て覆っている。

そして天空に浮かぶ巨大な五芒星。

 

「あれは・・・地獄門(ヘルズゲート)? 」

 

誰も彼もが、戦闘を一時中断し、空を見上げている。

NY全土を覆う巨大な魔法陣。

そこから数百もの悪魔達が、不気味な唸り声を発しながら、次々と実体化し、NYの街へと降りて来る。

 

 

 

 

「ふふっ・・・凄い光景・・・。」

 

タイムズスクエアを一望出来る高級ホテルのスイートルーム。

長い黒髪をした女が、窓辺に立ちワインを片手に上空を見上げている。

空はどす黒い雲で覆われ、その合間から蒼白い雷光がまるで蛇の如く稲光を発しながら、うねっているのが見えた。

 

不意に、無造作にベッドの上に置かれているスマートフォンが電子音を発した。

女・・・・百合子は、優雅な仕草で手に持っていたワイングラスをサイドテーブルに置くと、ベッドへと腰を降ろす。

スマートフォンを拾い上げ、繊細な指先で受信のボタンを押した。

 

『クリスマスプレゼントは届いた? 』

 

百合子がスマートフォンを耳に当てると、10歳ぐらいの少年と思われる声が聞こえた。

何か楽しい事でもあったのか、その声はとても弾んでいる。

 

「ええ・・・でも、残念。 これから仕事なのよ。 」

 

視線をベッドの脇に置かれたキャリーバッグへと向ける。

後数分後には、このホテルを出て南東ヨーロッパにあるバルカン半島へと向かわなければならない。

 

『そっかぁ・・・取り敢えず、大月先生に頼んで記録素子には残しておくよ。気が向いたらいつでもDM送ってくれ。』

 

相手の少年はそれだけを伝えると、勝手に通話を切ってしまう。

百合子は、口元に冷たい微笑を浮かべるとスマートフォンを片手にベッドから立ち上がった。

再び、窓辺へと歩み寄り、眠らぬ街を見下ろす。

眼下では、通行人達が足を止めて上空を見上げている姿が見えた。

口々に何事かを叫び、しきりに指を厚い雲の絨毯で覆われた空へと向けている。

 

「本当・・・・最後までこのショーを見れないのが非常に残念だわ。 」

 

百合子は、手の中でスマートフォンを弄びながら、それだけを呟いた。

 




まだまだ終わりが見えない。
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