偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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登場人物紹介

エルヴィン・ブラウン・・・・ケビン・ブラウンの息子。元精神科医で自分の患者であった男女7人を惨殺。その肉と内臓を喰らった。
魔導師職(マーギア)と剣士職(ナイト)の役職を全て習得した巨匠(マスターオブマスター)である。13機関(イスカリオテ)第2席 コードネーム・ナイトウォーカー(夜を彷徨う者)。


チャプター 19

アメリカ合衆国、NY、クィーンズ上空。

 

ヴァチカンの専用機に乗った人物が、何気なく機内の窓からNYの街並みを見下ろした。

 

「すまんな・・・折角の休暇を台無しにしてしまって・・・・。 」

 

視線を煌びやかな街灯の夜景へと向けたまま、男・・・・ガーイウス・ユリウス・キンナは、真向いに座る13機関総司令、ジョン・マクスゥエル枢機卿に言った。

 

「いいえ・・・・猊下の御身を護るのが我等、13機関(イスカリオテ)の役目ですから。 」

 

見事な銀色の髪をした美丈夫が、恭(うやうや)しく若き法王猊下に応える。

しかし、その声色には何処か責める様な色があった。

 

 

「・・・・・一応、義理とは言え兄弟なんだ・・・もう少し砕けた口調で話してくれると此方も有難いんだけどな。 」

「そうはいきません。 何事にも道理はあります。 」

 

困った様子で眉根を寄せる法王猊下の言葉を、速攻で叩き落とす。

幾ら自分の妻が、この男の妹とは言え、相手は法王庁の長。

それに、何処で誰が聞き耳を立てているとも限らないのだ。

 

「相変わらずつまらん男だな・・・・アナスタシアは、君の何処に惚れたのか皆目見当がつかん。」

 

ユリウスは大袈裟に肩を竦める。

聖務に対し、何処までも実直で真面目な男。

特に趣味も無く、無口で傍に居ても全くと言って良いほど面白味が無い。

それでも、最愛の妹は、この男を愛し、妻となった。

子供を出産し、今では一児の母親となっている。

 

「ふぅ・・・・悪かったよ。 今回の件は確かに軽率な行動だと思っている。だから、そんなにへそを曲げないでくれないか? 」

 

押し黙ったまま、此方に鋭い視線を向ける美青年に、ユリウスは降参と言った様子で天を仰ぐ。

この男の機嫌を損ねると、後々面倒で仕方がない。

 

「猊下の我儘は、今に始まった事ではありません。しかし、一度ぐらいは私に相談して欲しかったですね。」

 

ジョンは、深い溜息を吐くと、機内の窓から覗くNYの街へと視線を向ける。

これから起こるであろう未曽有の大惨事を知らず、街は何時もの様相を呈していた。

 

 

 

ブルックリン区、マーコフ家が所有する薬品研究施設。

その地下通路を、真紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を右手に持った小柄な悪魔使いが疾走していた。

 

「・・・・っ!!」

 

長年、培ってきた暗殺者(アサシン)としての本能が危機を告げる。

殆ど条件反射で、その場を大きく飛び退るライドウ。

すると、床から鋭い刃の様な尾ひれを持つ怪魚が飛び出して来た。

 

「ったく!次から次へと面倒臭せぇ!! 」

 

怪魚は、一匹だけでは無かった。

気が付くと無数の怪物・・・・人造の悪魔、カットラスの群が、悪魔使いを取り囲んでいる。

凶悪な刃を突き立て、ライドウへと襲い掛かる怪魚の群。

しかし、その刃が悪魔使いを切り裂く事は叶わなかった。

長い槍を地面に突き立て、棒高跳びの如く上空へと舞う悪魔使い。

地に降り立つのと同時に、闘気術で両脚の筋力を倍増させ、思い切り蹴る。

黒き疾風となったライドウは、真紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”を巧みに操り、怪魚の群を一閃。

心臓ごと真っ二つに切り裂かれたカットラスは、断末魔の悲鳴を上げる事無く塵へと還った。

 

 

「素晴らしい・・・・。」

 

暗闇に沈む研究所内。

電子機器が放つ淡い光が、ルッソ家当主、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソの姿を映し出している。

彼は、監視カメラから映し出されている映像を見て、感嘆の溜息を零していた。

画面には、真紅の魔槍を握り、塵へと還る怪物達の亡骸に一瞥を送る事無く先へと進む悪魔使いの姿があった。

 

(無駄な動きが一切ない・・・・まるで機械の如き精密さで悪魔を倒している。これが17代目・葛葉ライドウか。)

 

ジョルジュの耳にも、遠い異国の地に居る悪魔使いの噂は届いている。

超国家機関『クズノハ』最強の悪魔召喚術師。

3体の最上級悪魔(グレーターデーモン)を従え、5大精霊魔法を使う上に魔術師(マーギア)の役職全てを習得した到達者(マイスター)。

”人修羅”という通り名を持ち、かつては魔界全土にその名を轟かせた怪物(モンスター)。

それが、歴代ライドウ最強と謳われる17代目・葛葉ライドウである。

 

「本当に惜しいな・・・何故、それ程の実力を持ちながら、ヴァチカンの狗に甘んじているんだ・・・・。」

 

出来る事なら、自分の部下として傍に置いておきたかった。

だが、それは決して叶わぬ事。

ジョルジュは、溜息を一つ零すと背後の培養カプセルに視線を移す。

そこには、蒼い海に浮かぶ一人の少女がいた。

 

 

NYの上空に浮かぶ、巨大な魔法陣。

その異様な光景に、通行人達は行き交う足を止めて、空を見上げている。

 

 

「・・・っ、何て事なの・・・!!」

 

フォレスト家、家長代理であるテレサ・ベッドフォード・フォレストは、大破した車を遮蔽物に、その異常極まる光景をただ眺めるより他に術が無かった。

 

開かれた地獄門(ヘルズゲート)から這い出す異形の怪物達。

腹を空かせた悪魔達は、嬉々とした表情で、現世へと次々に実体化していく。

 

(どうしてなの・・・・どうしてこんな事をしたの? ジョルジュ叔父様!)

 

実の父親以上に慕っていた。

NYに住む人達を誰よりも愛していると信じていた。

テレサにとって、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソは目指すべき指針であった。

 

「お嬢!大変だ!! 」

 

そんな時だった。

金色に染めた髪を後ろに撫でつけている巨漢の男が、テレサが隠れている車の陰に急いだ様子で走り込んで来た。

 

「ニーナさんが何処かに消えちまった! 隠れていたVIP室の窓から逃げちまったんだ! 」

「何ですって!? 」

 

予想外な部下の報告に、テレサの表情が真っ青になる。

 

一度、ニーナの無事を確認する為、VIP室の様子を覗いたサミュエルとアイザックは、そこに彼女が居ない事を知った。

恐らく、実父であるジョルジュから、娘であるパティを取り戻しに行ったのだろう。

室内の窓は開け放たれており、そこから彼女が逃げ出した事が分かった。

 

 

 

「本当に出て行っちゃうの? 姉さん。 」

 

大きなトランクケースを抱え、屋敷から外に出ようとしたニーナの背を幼い弟の声が呼び止めた。

振り返るとそこには、今にも泣き出してしまいそうな顔をした弟、ロックが立っている。

父親と同じ、くすんだ茶色い髪をした12・3歳ぐらいの少年だった。

 

「お願いだよ姉さん、何処にも行かないで・・・・姉さんが居なくなったら・・・僕・・・。 」

「ロック・・・・・。」

 

7つ歳の離れた弟は、耐え切れずにとうとう大粒の涙をポロポロと零してしまう。

この少年にとって姉であるニーナは、母親代わりと同じであった。

実の母親を物心ついた時に病で失い、今度は姉まで家から出て行こうとしている。

孤独と例える事が叶わぬ寂しさで、幼い心は引き裂かれてしまいそうだった。

 

「私が取得した資格は全て国に返上しているわ。 もう、この屋敷にはいられないのよ?ロック。 」

 

自分がどれだけ残酷な事を言っているのかよく理解している。

しかし、魔導師(マーギア)職である医師(ドクター)、詠唱師(ゲサング)、白魔法(ホーリー)は、国に返してしまっていた。

そうなると、必然的にルッソ家の家督を継ぐ事は叶わず、当然、しきたりに従って家を出るしか他に術が無い。

父親であるジョルジュも、それは既に周知しており、彼自身も自分に逆らった娘が屋敷に居残る事を良しとはしないだろう。

 

「御免なさい・・・でも、仕事と住む場所が落ち着いたら、必ず連絡をするわ。それまで暫く辛抱してね。 」

「・・・・・うん。 」

 

優しく温かい姉の胸に抱かれ、ロックは素直に頷く。

本当なら、もっと我儘を言って姉を困らせてやりたかった。

しかし、根が真面目で優しいロックは、それが出来ないでいる。

 

名残惜し気に離れていく姉。

それが、この姉弟の最後の言葉となった。

 

 

NYの街は、既に地獄絵図であった。

地獄門(ヘルズゲート)によって発生した悪魔達が、次々と実体化し、一般市民達を襲っている。

NY市警の対悪魔専用の機動部隊が、駆け付けて対処しているが、いかせん悪魔の数が多すぎる。

対処出来ず、悪戯に被害を拡大しているだけであった。

 

 

「・・・・・っ!? 」

 

喧噪渦巻く市民や機動部隊の騒ぎに紛れ、ブルックリン区にあるマーコフ家が所有する薬品研究所へと向かおうとしたニーナ。

しかし、その前を巨大な影が立ち塞がった。

中級悪魔の妖獣・エンプーサ・クィーンである。

低級悪魔である配下のエンプーサ達を従え、空かしている腹を満たしている最中であった。

上質なマグネタイトを持つニーナを前に、血の如き真紅の複眼が半月に歪む。

生まれて初めて遭遇する悪魔に、ニーナの両脚は思わず竦んでしまった。

 

「ぐぎゃぁあああ!!!!」

 

突然、苦痛の悲鳴を上げるエンプーサ・クィーン。

見ると複眼の一つに作業用のカッターナイフが、深々と突き刺さっている。

どす黒い血を辺りに撒き散らし、矢鱈目たらに両腕に付いた鋭い鎌を振り回す怪物。

余りの出来事に、呆然とするニーナの脇を黒い突風が駆け抜けた。

 

「ひぎゃぁあああああああ!!」

 

再び、巨大な怪物から悲鳴が上がる。

何者かに鎌状になった左前脚を斬り落とされたのだ。

突風は、エンプーサ・クィーンの心臓を見つけると、右手に持っている折り畳み式のカッターナイフを突き立てる。

四方に走る亀裂。

弱点である心臓を砕かれ、醜悪な怪物は瞬く間に塩の柱へと変わった。

 

「い・・・一体、何者なの? 」

 

咄嗟に、護身用の銀の短剣を構えるニーナ。

彼女の目の前に立つのは、フード付きのミリタリーコートを着た少年であった。

目深に被ったフードから覗く顔には、紅い赤外線レンズが内蔵されたマスクを付けている。

鍛え上げられたがっしりとした体躯をしており、背丈はニーナと同じぐらいあった。

 

「ニーナ・ジェンコ・ルッソだな・・・? 俺は”八咫烏”の使いだ・・・アンタを父親の所まで案内しろと命令されて来た。 」

「や・・・”八咫烏”・・・まさか、貴女は”クズノハ”の人間なの? 」

 

”八咫烏”という名前なら聞いたことがある。

日本の超国家機関『クズノハ』の暗部だ。

悪魔討伐は勿論の事、要人暗殺まで請け負う危険な暗殺部隊である。

 

その時、生みの親であるエンプーサ・クィーンを殺害され、怒り狂った子のエンプーサ達が、一斉にマスクの少年へと襲い掛かった。

余りの出来事に、声も出ず、その場に固まるニーナ。

しかし、少年は全く動ずる様子は無かった。

コートの袖の下に仕込んだハンドガンが、スプリングの仕掛けで飛び出し、背後から襲い掛かるエンプーサ達に向かって発砲。

悪魔の弱点である水銀製の弾丸は、怪物達の額を撃ち抜き、薙ぎ払われていく。

 

「・・・・・来い。 」

 

絶命し、塵と化す怪物達。

少年は、そんな怪物達の亡骸に一瞥を与える事無く、ニーナを促し、先へと進んでしまう。

震える両脚を叱咤し、マスクの少年を追い掛けるニーナ。

悔しいが、今の自分では、凶悪な悪魔達が跳梁跋扈するこの地帯を抜け出す事は出来ないだろう。

ならば、得体が知れず信用が出来ないが、今は、この”八咫烏”の使いと称する少年に縋るしか他に術が無い。

 

 

 

メアリーは、物心ついた時から独りぼっちだった。

ネオ・ナチと称する過激派組織の起こした自爆テロに巻き込まれ、両親は死亡。

辛うじてメアリーは、軽症で済んだが、彼女の親族達は、誰も引き取ろうとはしなかった。

元々、階級が下な底辺市民達である。

世界的大恐慌に加え、仕事が何処にも無く、その日暮らしでやっとの状態であった。

とても、幼いメアリーの面倒を見る程の余裕など無い。

必然的に、メアリーは国が経営する児童養護施設へと引き取られ、10歳になるまでその施設で生活する事となった。

そんな彼女に転機が訪れたのは、10歳の誕生日を控えたある日の朝。

ハーレム地区でも資産家として有名なフォレスト家の家長が彼女を気に入り、是非養子として来て欲しいと言われた。

施設の職員達や、施設長も手放しで喜んでくれた。

勿論、こんな辛気臭い施設から一刻も早く出たいと願っていたメアリーは、二つ返事で養子になる事を決めた。

しかし、彼女の幸せは瞬く間に崩れ去った。

魔法の資質を調べる検査に、彼女は不適合の烙印を押されてしまったのである。

掌を返したが如く、彼女に対する態度は冷たくなった。

元々、気が弱く、頼りない跡取り息子であるジョナサンを支える為に、優秀な人材を探していた所に、偶々、メアリーが選ばれただけである。

期待を見事に裏切られたフォレスト家の人間達は、殊更、彼女に冷たく当たる様になった。

特に、家長の妻であるカリーナは酷かった。

幼い彼女に、礼儀作法、経済学、各種格闘技から武器の扱いまで徹底的に教育させた。

その教育担当者が、マーコフ家の家長、ルチアーノ・リット・マーコフだった。

彼は、裏社会では『ガン・マスター』と呼ばれ、あらゆる銃火器や各種格闘技に精通する銃剣使い(ベヨネッタ)であった。

幼い彼女に対し、ルチアーノは容赦が無かった。

どんな環境下でも生き残るサバイバル技術を彼女に叩き込んだ。

訓練は苛烈を極め、幾度も逃げ出そうと考えた。

しかし、そうしなかったのは、ルチアーノの妻、クリスティーナの存在があった。

子宝に恵まれなかったルチアーノ夫婦は、まるでメアリーを我が子の様に可愛がった。

児童養護施設やフォレスト家では、決して与えられない愛情を彼等はくれた。

 

 

(クソっ・・・何でこんな事になっちゃったのよ・・・・!)

 

建物の陰に隠れ、心の中で悪態を吐く。

 

父親の様に慕っていた。

経験が豊富で優秀な悪魔狩人(デビルハンター)として尊敬していた。

誰よりもこのNY(まち)を愛し、正義感溢れる人物だと思っていた。

 

レディは、舌打ちすると建物の陰から、ルチアーノの出方を伺う。

すると、一体何を考えているのか、ルチアーノは得物を手放し、丸腰でストライカー装甲車の前に立っていた。

 

「どうやら時間切れだ。 ここらでケリを付けさせて貰うぜ。」

 

ニヤリと皮肉な笑みを浮かべると、ルチアーノはジャケットの内ポケットから注射器を取り出す。

何の躊躇いも無く自分の首にソレを突き刺す巨漢の男。

すると、凄まじい激痛が全身を駆け抜けた。

 

「先生!! 」

 

思わず隠れていた遮蔽物から出るレディ。

苦痛の余り蹲る男の躰に異変が起きる。

筋肉が膨張し、ルチアーノの躰が一回り以上、膨れ上がる。

皮膚から固い赤褐色の鱗が突き出し、全身を覆う。

槍の様な鋭い突起物が生えた長い尾。

顎が迫り出し、口腔には鋭い牙がずらりと並ぶ。

爬虫類の様な縦長の瞳孔。

血の如く赤い双眸が、数歩離れた位置にいる愛弟子に向けられた。

 

「あ・・・・悪魔・・・・・? 」

 

その姿を例えるならば、二足歩行する巨大な蜥蜴。

ロール・プレイング・ゲームなどに登場するリザードマンそのものの姿であった。

 

「これが”ゼブラ”・・・・まさか、人間を悪魔に変える薬が本当だったとわね。」

 

呆然自失と言った様子で、異形の怪物へとメタモルフォーゼするかつての師を見つめるレディの傍らに、アサルトライフルを両手に持つテレサが立っていた。

 

「ゼブラ・・・・・? 」

「主治医(ドク)が前に言っていたのよ。 裏社会で人間を悪魔に変える魔薬が出回っているってね。 」

 

テレサの説明によると、数週間前に行方不明になったロック・クィーンことエレナ・ヒューストンもこの悪魔の薬を常用していたのだという。

”ゼブラ”という魔の薬を使用すると、常人よりも遥かに優れた筋力を手に入れる事が出来る。

唄を生業としている人間が飲めば、優れた歌唱力を手に入れ、アスリートが使用すれば、意図も容易く世界記録を塗り替える事が出来た。

しかし、その代償として性格が狂暴になり、常に飢餓状態となって最悪、人肉嗜食へと走る。

おまけに筋肉や骨格が異常発達し、見た目が悪魔そのものの容姿へと変化してしまうのだ。

 

「・・・・っ!見損なったわよ。 ルチアーノ。」

 

怒りの色に濡れた赤と青のオッドアイが、かつて師だった怪物を睨み付ける。

固い赤褐色の鱗に覆われた巨大蜥蜴(リザードマン)。

真紅の双眸が、笑みに歪む。

 

 

 

白銀の獅子が、鋭い爪と牙を操り、包帯の男を切り刻もうとする。

それを紙一重で避ける包帯の男。

カウンターで、鋭い斬撃を放つ。

しかし、その刃が美しい毛並みを持つ魔獣を切り裂く事は叶わなかった。

斬撃を躱し、一定の距離をとって降り立つ。

 

「生温いな・・・・まぁ、そんな姿じゃ仕方がないか。」

 

包帯の男・・・・ジャン・ダー・ブリンデが、反り返った日本刀の刃を構え、氷の如き冷たいアイスブルーの双眸を細める。

 

「一つ問う・・・・貴様が外道に手を貸す理由は一体なんだ? 我々への復讐が目的か?それとも、本当に金で雇われただけなのか? 」

 

腹腔から湧き出る怒りの吐息を吐きつつ、ケルベロスが黄金の双眸で眼前に立つ包帯の便利屋を睨み据えた。

 

「主従揃って下らない質問だな? 私が何処で何をしようと関係がないだろ? 」

「・・・・・あの時、17代目はお前の後を追い掛けて死のうとした。 」

「・・・・・? 」

「決してお前を見捨てるつもりなど無かった。 魔力切れでロクな魔法も使えん状態だった・・・それでも、お前を救うつもりであの煉獄の中へと戻ろうとしたのだ。」

 

ケルベロスの言葉に、ジャンの口元に浮かんだ皮肉な笑みが消える。

包帯から覗く、薄いアイスブルーの瞳が、静かに数歩離れた距離に立つ魔獣を見つめていた。

 

「だから何だ・・・・・今のこの状況で、昔の話を蒸し返してどうする? 」

 

鈍色に光る刀身を正眼に構える。

 

確かにジャンの言う通りであった。

今の自分は、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソに雇われた便利屋だ。

そんなカビの生えた昔話を持ち出されても、事態が好転する事は決して有り得ない。

 

 

「勘違いしている様に見えたからな・・・・一応、奴に変わって誤解を解いておこうと思ったまでだ。 」

 

これで和解するとは、思って等いない。

ケルベロスは、全身の筋肉を撓(たわ)め、何時でも襲い掛かれる様に低く身構える。

すると、そんな二人の間を割って入るかの如く、頭部を斬り落とされたアサルトの死骸が投げ捨てられた。

見ると雷神剣『アラストル』を担ぐ銀髪の青年が、俺も混ぜろと言わんばかりに、此方を睨み付けている。

 

「蜥蜴共は片付けたぜ? ワン公。 」

 

ニヤリと皮肉な笑みを口元に浮かべる。

ダンテの言う通り、人工に造られた悪魔達は、死屍累々と言った様子で醜い屍を晒していた。

 

「選手交代だ。 ソイツの相手は俺がやる。 」

「断る。 お前の様な未熟者にこの男の相手は到底務まらん。 」

「はぁ? ワン公の分際で、人間様に歯向かうのか? 」

 

反論も許さず冷たく斬り落とすケルベロスを、ダンテが鋭く睨み付ける。

 

個人的に、この包帯男には色々と聞きたい事があった。

それに、あの時の腕試しは、本当ならライドウではなく自分がするつもりでいたのだ。

 

「良いからどいてろ?糞犬。 お前は、とっととご主人様の所に・・・・。」

 

そう言い掛けた、ダンテの胴体をケルベロスの太い尾が薙ぎ払った。

余りの出来事に、受け身も取れず通路へと投げ出されるダンテ。

肺を圧迫され、一瞬呼吸が出来ずに激しくむせ込む。

 

「て・・・てめぇ・・・・。」

「今のは、かなり手加減してやった・・・・。」

「何だと? 」

 

静かだが有無を言わせぬケルベロスの言葉に、ダンテは一瞬ではあるが怯む。

背筋を走る怖気。

痛む身体を何とか起こす。

 

「分からんのか? 今の一撃を躱せんお前に、この男を倒すなど到底不可能だ。」

「あぁ? 随分と言ってくれるじゃねぇか?ワン公がよぉ。 」

「よ、止せって!ぶっ殺されちまうぞ!」

 

歯を剥き出して怒りの表情を浮かべるダンテを、アラストルが慌てて止める。

 

「相手は初代剣聖だぞ!お前みたいな洟垂(はなた)れ小僧何て瞬殺だ!瞬殺!!」

「はぁ? 何だそりゃ? 」

 

ダンテは、胡乱気な視線を右手に持つ大剣へと向ける。

 

魔導の知識が哀しい程無いダンテにとって、剣聖が一体どんなモノかなど知る術など無い。

喧嘩を売られたら必ず買う。

それが、ライドウの仲魔だろうが関係は無い。

 

「ふっ・・・・無知とは本当に恐ろしいな。 」

 

そんなアラストルとダンテのやり取りに、包帯の男が呆れた様子で肩を竦める。

 

「頭の弱いお前にも分かる様に説明してやる。 その獣はかつて地上最強の強さを持つ剣士(ナイト)だったのさ。 」

「地上最強・・・? このお犬様が? 」

 

ジャンの侮蔑を含んだ言葉に、ダンテは改めて数歩離れた位置に立つ魔獣を見つめる。

 

今から思えば、この魔獣は謎だらけの存在だった。

ライドウの御目付け役であり、冥府の女王、ペルセポネーとは旧知の仲であった。

そして、一番思い出したくは無いが、テメンニグルの事件では、双子の兄・バージルを意図も容易く斬り伏せている。

 

「剣聖とは、数少ない剣豪(シュバリエーレ)の中でも一人しか獲得できない幻の称号。 その初代が、そこにいる魔獣という訳だ。 」

 

包帯から覗く、アイスブルーの双眸が白銀の魔獣へと向けられる。

 

「ま、その偉大な初代剣聖殿も、”クズノハ”の人喰い龍には勝てなかった訳だが・・・。」

 

包帯の下に隠された唇が皮肉気に歪む。

 

ケルベロスは、人喰い龍こと骸に敗れ、魔獣の姿へと堕とされた。

偉大なる剣聖の銘を奪われ、剣士として築き上げた経験と技術も、獣の身では存分に発揮する事も叶わない。

 

「下らん事をベラベラと・・・・そのお喋りな所は昔とちっとも変わらんな?ヨハン。 」

「全部本当の事だろ?骸はアンタの弟子だった・・・その弟子に無様に負けた挙句、力を全て奪われ、冥府の王の座も捨てざる負えなくなった。ペルセポネーって名前だったかな? アンタの後釜に無理矢理座らされた可哀想な娘は・・・。」

 

燃える様な紅い髪をした美しい死の女神。

本来ならば、母親と同じ豊穣の女神として人間達から崇め奉られる存在であった。

同じオリュンポス神の血筋と言う理由だけで、当時、幼かったペルセポネーは愛する母親のデメテルと引き離され、半ば強制的に冥府の玉座に座らされた。

全て、己の力が至らなかったせいである。

 

「さっきから一体何を話していやがるんだぁ? 」

「良いから! 人修羅様を追い掛けようぜ? これ以上、奥方様の機嫌を損ねると俺っちまでとばっちりが来ちまう!」

 

意味がさっぱり分からず、訝し気な表情を浮かべるダンテを雷神剣・アラストルが促した。

 

包帯の男の実力は、さっぱり皆目見当もつかないが、あの剣聖がこれ程慎重になるのだ。

かなりの使い手だと判断しても良い。

 

焦る雷神剣(アラストル)に対し、ダンテは舌打ちすると、不本意ではあるが従う事にする。

包帯野郎を問い詰めて聴きたい事は山程あるが、ライドウを一人きりにするのは危険だ。

 

ケルベロスに背を向け先へと進むダンテ達。

それを横目に、ジャンは冷酷な微笑を包帯の下で隠されている唇に刻んだ。

 

 

 

LCLに満たされたカプセルに浮かぶパティ。

胎水(ようすい)と同じ成分で造られたこの液体は、肺の中に満たされると液体呼吸を可能にする為、酸素マスクを必要としない。

青い海に浮かぶ少女は、さながら人魚姫が如く儚く神秘的な美しさを持っていた。

 

「後もう少しで”アビゲイル”が召喚可能だな・・・・。 」

 

ジョルジュは、右手に持っているIPADに視線を落とす。

 

地獄門(ヘルズゲート)を開いた事により、腹を空かせた下級から中級の悪魔達が次々と実体化した。

彼等は、本能に従いNYの市民達を次々と襲っている。

想像を絶する恐怖と絶望。

市民達が発するマグネタイトが、此処、マーコフ家が所有するブルックリン区の製薬会社の研究所に流れ込んでいる。

マグネタイトは、あるシステムを経由して順調に回収され、大悪魔、”アビゲイル”召喚可能迄後僅かであった。

 

 

「ジョルジュ・ジェンコ・ルッソ!! 」

 

その時、背を向けている室内の出入り口から何者かが入って来た。

見なくても分かる。

超国家機関『クズノハ』最強の悪魔召喚術師(デビルサマナー)、17代目・葛葉ライドウだ。

 

スロープ状の階段の下、その出入り口に呪術帯で右眼以外の全てを覆った悪魔使いが立っていた。

 

「来たか・・・・・”人修羅”。」

 

予定通りの時刻に、此処まで辿り着いた好敵手に、ジョルジュは口元に笑みを刻む。

 

階下に立つ悪魔使いに視線を向けると、鋭く光る隻眼が応えた。

 

「今すぐその娘を解放しろ・・・・しなければ、貴様の首を刎(は)ねる。」

 

右手に持つ深紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”の切っ先を、巨大な培養槽の前に立つ壮年の男へと向ける。

凄まじい程の鬼気。

しかし、NYきっての名士は別段臆する様子も無かった。

 

「やれやれ・・・随分と物騒な台詞だな・・・・ピーターパンはそんな野蛮な事は言わない筈なんだけどな。 」

 

全身から迸る殺気を隠そうともしないライドウに、ジョルジュは大袈裟に肩を竦める。

 

「貴様の冗談に付き合う気はない・・・・人間に害成す悪党は潰す。 」

 

魔槍を構え、ジョルジュが居る2階まで一気に跳躍。

闘気術によって強化された両脚の筋力をバネに、飛翔する。

紅い刀身がジョルジュの首を斬り落とすかに思われたが、刹那、その姿が忽然と消失した。

ライドウと同じく、闘気術を使って右へと回避したのだ。

悪魔使いが2階の通路に音も無く降り立つ。

鋭い隻眼が、数歩離れた位置へと移動したジョルジュへと向けられた。

 

「フフッ・・・・良いぞ。 そうでなくては面白くない。 」

 

迷いも躊躇いも無い無慈悲な一撃。

彼は、自分が何故こんな凶行に走ったのか、その理由を十二分に理解している。

それを分かった上で、全ての黒幕であるジョルジュを討とうとしている。

 

ジョルジュは、右手に持っていたipadを投げ捨て、代わりに得物を召喚した。

壁に埋め込まれたガラスケースが爆ぜ割れ、中から飛び出した剣がジョルジュの手に収まる。

右に湾曲した独特な形を持つ剣は、船など狭い場所での戦闘を想定して造り出されているのか、刀身が短かった。

 

「紹介しよう・・・私のパートナー、フルンティングだ。 」

 

古代イングランドの叙事詩、ベーオウルフに登場する神器。

グレンデルの母親の討伐の際に、フロースガール王の家臣、ウンフェルスによって貸し与えられた名剣だ。

 

 

「無駄な抵抗は止めろ・・・・CSI(超常現象管轄局)と13機関(イスカリオテ)が動いてる。 アンタに勝ち目はない。」

「最初から、勝ち目など無い事ぐらい分かっている。 」

 

そう言った瞬間、ジョルジュの躰が再び消失。

長年、培われた戦闘経験が、無意識に反応する。

咄嗟に、”ゲイ・ボルグ”の切っ先を正眼に構えるライドウ。

刹那、金属同士がぶつかり合う耳障りな音が、室内に響いた。

 

「今の一撃を受けるか・・・・流石、”クズノハ”最強だな・・・。」

「俺は、”クズノハ”最強なんかじゃない! 」

 

橙色の火花を散らせ、再び、一定の距離を取って離れる二人。

黒曜石の隻眼と、深い藍色の双眸がぶつかり合う。

 

 

 

鋭い爪が、女荒事師を襲う。

真横に跳んで躱すが、衝撃波をまともに喰らい吹き飛ばされるレディ。

そのまま背中から壁に激突してしまう。

 

「メアリー!! 」

 

テレサが、右腕に装着したアーム・ターミナルで仲魔のオルトロスを召喚。

倒れたレディを助ける為、追撃を行おうとするルチアーノの邪魔をする様、命じるがマーコフ家直属の精鋭部隊がマシンガンで行く手を阻む。

 

「お嬢!危ねぇ!! 」

 

金髪の巨漢、アイザックが獣化し、両手に持つアサルトライフルで応戦。

その間に、同じく獣化したサミュエルが建物から飛び出し、テレサを抱えて物陰へと隠れる。

 

「離して!メアリーが危ないのよ!! 」

「耐えろお嬢!!大将のアンタがやられちゃ、この戦争負けちまう!! 」

 

サミュエルの腕を振り払い、倒れたレディの元へと行こうとするテレサを何とか押し留める。

薄情な事を言っているのは十分理解している。

しかし、テレサは自分達にとって大事な主なのだ。

 

そんな部下とテレサのやり取りを他所に、止めを刺さんと悪魔化したルチアーノが右手の拳を振り上げる。

そして、実の娘と同じぐらい可愛がっていた愛弟子の頭上に振り下ろした。

飛び散る建物のコンクリートと壁の残骸。

人間を肉片へと変える程の一撃は、レディを捉える事は叶わなかった。

攻撃が来るよりも早く、真横に跳んで躱したのだ。

ゴロゴロと転がり、何とか膝を付いてM11短機関銃を両手に構える。

吐き出される無数の鋼の牙。

だが、短機関銃の弾丸は赤褐色の硬い鱗に全て弾かれてしまう。

 

「無駄だ・・・そんな豆鉄砲じゃ、俺の躰は貫けねぇよ。 」

 

急所である目と腹を両腕の硬い鱗で護り、ルチアーノは嘲りの笑みを口元に浮かべる。

 

こんな絶望的状況下でも、確実に此方の急所を狙って来る。

”どんな状況でも決して諦めない。”

この愛弟子は、自分の教えをきっちりと護っていた。

 

「そうね、でもこれはどうかしら? 」

 

先程の攻撃で、額が切れ血を流すレディが、皮肉な笑みを浮かべる。

真後ろに跳んで距離を取る女荒事師。

何事かと訝しむルチアーノが、己の足元を見ると、無数の手榴弾が落ちているのが分かった。

愛弟子は、倒れている時に罠を仕掛け、まんまと自分をそこへと誘導したのだ。

 

凄まじい爆発と破壊音。

濛々と爆発から発生した業火と煙が辺りを包む。

しかし、この奇襲もルチアーノに致命傷を負わせる事は出来なかった。

炎と煙を突き破り、赤褐色の鱗に覆われた巨大な手が現れる。

女荒事師の胸倉を掴み、情け容赦なく壁へと叩き付けた。

 

「あぐっ!! 」

 

身体中を走る激痛。

叩き付けられた衝撃で、肺を圧迫され息が出来ない。

 

「やってくれるじゃねぇか・・・・流石、俺の弟子だぜ。 」

 

濛々(もうもう)と立ち昇る黒煙の中から、赤褐色のリザードマンが現れる。

手榴弾の爆撃をまともに喰らった為、無傷とは言えなかった。

処どころ鱗が剥がれ、全身に夥しい鮮血が流れている。

 

「親父さん!! 」

「来るんじゃねぇ!これは俺とお嬢ちゃん(レディ)の喧嘩だ!お前等は一切手を出すんじゃねぇぞ!! 」

 

部下達を一喝し、下がらせる。

 

そう、これはお互いの意地と意地をかけた神聖な果し合いだ。

そこに部外者が入り込む事は、一切許されない。

 

「あ・・・アンタは本当に救い様がないぐらいの馬鹿よ・・・ルチアーノ。 」

 

全身に走る激痛を堪えながら、レデイは何とか立ち上がる。

叩き付けられた際に、頭を打ったのか、軽い脳震盪を起こし、足元がフラフラとした。

 

「ほぉ・・・まだ、そんな減らず口が叩けるのか。 」

 

ボロボロになりならがも、決して諦めない愛弟子。

鋭いルチアーノの双眸が、一瞬だが緩む。

 

「同じ組織の同志とはいえ、何故そこまでする必要があるの? 愛する妻まで巻き込んで・・・大事な街を滅茶苦茶にして・・・アンタは一体何がしたいのよ? 」

 

レディの言っている事は正しい。

ルチアーノは、NYでも不動産王と呼ばれるぐらい有名な資産家だ。

幾つかの物件を持ち、数軒ホテルを経営している。

順風満帆な彼の人生を全て投げ出してしまう程、ジョルジュの何処に魅力があるのか正直分からない。

 

「さっきも言ったろ? 俺達は疲れちまったのさ・・・全てを犠牲にして人間を護っている事にな・・・それにヴァチカンの外道共のやり方にゃぁもう我慢出来ねぇ。 」

 

ルチアーノの脳裏に、共に戦線で戦った少年兵達の姿が思い浮かぶ。

 

皆、とても素直で純粋な心根の優しい子供達だった。

絶対に生きて祖国へ帰ろうと誓った。

ジョルジュの優秀な采配で、邪龍・ベヒーモスを倒し、全員無事に生還する事が出来た。

しかし・・・・・。

 

「貴方のいた部隊の少年兵達は、全員、使い捨ての駒にされた。 当然だ・・・彼等は親に売られた戸籍すらも無い子供達だったからな・・・。」

 

そんな二人の間を、第三者の声が割って入った。

何事かとレディとルチアーノ・・・その場に居る全員の視線が声のした方向へと向けられる。

すると、そこには漆黒のキャソックを纏った一人の神父がいた。

癖のある長い黒髪、無精ひげを生やし、胸には金の十字架と肩に真紅のストラを垂らしている。

その真紅のストラに金の刺繍糸で縫われる槌と雷の紋章。

 

「い・・・・異端審問官・・・・・。」

 

テレサが呻くように呟く。

一目で男が、ヴァチカンに所属する13機関(イスカリオテ)の異端審問官である事が分かった。

 

「これは失礼した・・・・私の名は、エルヴィン・ブラウン。ヴァチカン第13機関所属、第2席・・・・コードネーム、ナイトウォーカー(闇を歩く者)。 」

 

右眼に黒い眼帯をした男が、その場に居る一同ににこりと微笑む。

何処か寒気を覚えさせる男であった。

 

 

 

 

カルフォルニア州、アザートン地区。

比較的、裕福な人間達が住むこの場所に、ルッソ家の豪奢な屋敷があった。

 

「・・・・・っ、ジョナサン・・・・。」

 

豪華なペルシャ絨毯に横たわる40代ぐらいの男を、見下ろすルチアーノ。

初めは、死んでいるかに思われたが、微かに胸が上下に動いている事から、気を失っているだけだと分かった。

 

「中々、勘の鋭い男だよ・・・・私の計画(プラン)を嗅ぎつけた挙句、ニーナに余計な事まで喋った。 お陰で、あの子はまた地下に潜ってしまったよ。 」

 

ジョナサンの傍に跪き、首筋の脈を取っていたルチアーノに向かって、ジョルジュが氷の如き冷たい声で言った。

 

ジョナサンは、ニーナに隠れる様に命令すると、ジョルジュの蛮行を止めるべく、単身彼の屋敷へとやって来た。

しかし、説得は失敗に終わり、ジョルジュの精神魔法によって眠らされてしまったのだ。

 

「兄貴・・・・・コイツの子供達はまだ幼い。 俺がジョナサンを説得するから・・・。」

「駄目だ・・・・この男は、ヴァチカンと内通している。見せしめの為にも死んで貰わなければならんな。」

 

有無を言わせぬジョルジュの言葉。

ルチアーノが声を詰まらせ、ぐっと唇を噛み締める。

 

「取り敢えず、事故に見せかけるしかないな・・・・あからさまな私刑を行った殺し方では、逆効果になるかもしれん。 」

 

普段のジョルジュからは、到底考えられない冷酷な言葉にルチアーノが青ざめる。

 

ジョルジュが、内心ではジョナサン・・・否、フォレスト家を憎悪していた事は気づいていた。

女傑で有名なカリーナは、先の事を見越して、ヴァチカンに逸早く取り入っていた。

そのお陰か、息子・ジョナサンが徴兵令で兵役する際は、比較的安全地帯に出向出来る様に根回しして貰った。

自分とルチアーノが、激戦区に送り込まれたにも拘わらずにだ。

 

「その男の始末は、私がやる。 お前は各地のマグネタイト回収を・・・・。」

「俺が、ジョナサンを始末する。汚ねぇ仕事は何時もやってるからな。 」

 

気を失っているジョナサンを肩に担ぎ、ルチアーノが背後にいるジョルジュへと振り返る。

 

「良いのか? お前とジョナサンは幼馴染みだろう・・・。」

「良いんだよ・・・自分の戒めって意味もある。 本当ならコイツにも計画に参加して欲しかったんだけどな。 」

 

ジョナサンがヴァチカンと内通していた事は、薄々気づいてはいた。

しかし、説得し、同志として迎え入れられると思っていた。

そんな自分の甘さが、計画の漏洩へと繋がったのかもしれない。

 

ほんの少しの油断が、組織全体を崩壊させる危険性がある。

この計画は、何が何でも成功させなければならない。

ヴァチカン・・・否、キンナ一族が、ギルド内の権力を全て握ってしまったら、絶対君主の恐怖政治を行うだろう。

テレサやジョセフの様な、未来ある若者達の為に、誰かが泥を被らなければならないのだ。

 

 

エドの操るナイフの切っ先が幽鬼・ヘルカイナの首を掻き斬る。

その背後を巨大な鉈を持つ悪魔、ヘルアンテノラが振り下ろすが、あっさりと紙一重で躱され、弱点である心臓に銀色に光るナイフが突き立った。

 

「全く・・・君の部下達は、腹が立つ程、優秀過ぎるねぇ。 」

 

棒付きキャンディーを咥えた瓶底眼鏡の科学者が、無駄のない動作で悪魔達を駆除していくケビンの部下達を実に面白くも無さそうに眺めていた。

 

CSI(超常現象管轄局)の捜査官達の殆どは、ネイビー・シールズやグリーン・ベレーの様な特殊部隊出身者である。

対悪魔用の修練を積んでおり、勿論、実戦経験も豊富だ。

 

「そういえば、トレンチ君が嘆いていたね。君が優秀な人材をゴッソリ引き抜いたせいでその穴埋めに四苦八苦してるってね。 」

 

隣で愛用の葉巻に火を点けている男に流れが一瞥を送る。

 

トレンチとは、ケビンの同期組で、現在、Special Air Service(通称・SAS)で総責任者及び大将の階級を得ている。

ケビンが大将の椅子を辞し、CSI(超常現象管轄局)に移籍する際に、彼を慕う兵隊達も大勢付いて来た。

皆、経験や技術も豊富なスペシャルエース達ばかりである。

 

「アイツはデスクワークより、尻の青い新人共を育てるのが好きだからな。丁度良いんじゃないか? 」

 

濃い葉巻の煙を吐き、ケビンが大欠伸をする。

数分後、研究所内を徘徊していた悪魔達は、全て排除されてしまった。

分析班が、テキパキとした動きで悪魔の死骸からサンプルを回収していく。

 

「そういや、先生さんはハッキングに強かったな? 」

「うん? どういう事? 」

 

ケビンの言っている意味が分からず、訝し気な表情になる流。

そんな瓶底眼鏡の科学者を放置して、CSI、NY支部長は部下の一人であるエドを呼び寄せる。

 

「エド、隊の指揮はお前に任せる。この先生さんを連れてサーバールームに向かえ。」

「大佐はどうされるんですか? 」

「俺は、この先で戦ってる剣聖殿の助っ人に行く・・・・そんな嫌そうな顔するな。この先生さんなら、研究所のセキュリティを無効化するなんて朝飯前だろ? 」

 

流を押し付けられ、この世の終わりみたいな顔をする部下にケビンは大袈裟に溜息を吐く。

 

「ちょっと、勝手な行動は許さないよ。 まだゼロワン(これ)の機動実験中なんだからね。 」

 

先程の戦いでは、満足のいく戦闘データが回収出来なかったのだ。

おまけに敵の攻撃を全部避けたせいで、耐久値のテストも結果が出ていない。

被験者であるケビンには、瀕死ギリギリまでのダメージを負って貰わなければならないのだ。

 

「働かざぬ者喰うべからざる・・・だ。俺達について来ると決めたからには、俺達の指示に従って貰う。 」

 

ケビンは、ゼロワンドライバーとプログライズキーの入ったアタッシュケースを片手に、流とその助手であるアレックスを部下に任せ、さっさと先へと進んでしまう。

ぶーぶーと未だ文句を垂れる瓶底眼鏡の科学者を引きずり、助手のアレックスとケビンの部下であるエドは、命令通りサーバールームへと向かった。

 

 

ハーレム地区、フォレスト家が経営する高級プールバーの前。

業火と爆発により起こった黒煙を背に、一人の陰気な顔をした神父が立っている。

 

「コイツは驚いたな? まさか”カニバル(人喰い)”が出て来るとは・・・。」

 

赤褐色の鱗と爬虫類独特の縦の瞳孔を持つ悪魔化したルチアーノが、漆黒の神父を睨み付ける。

 

ヴァチカン13機関(イスカリオテ)、第2席、エルヴィン・ブラウン。

コードネーム”ナイトウォーカー(闇を歩く者)”

かつて男女合わせて7人もの人間を惨殺し、その肉を食べたシリアルキラーである。

7年前にCSI(超常現象管轄局)とアメリカの特殊部隊に身柄を拘束され、脱獄不可能と呼ばれるアルカトラズ刑務所に投獄されている筈であった。

 

「天におられる私達の父よ。み名が聖とされますように、み国が来ますように・・・。」

 

陰気な神父は、そんなルチアーノの言葉を無視すると胸に下げた金の十字架を右手で握り、主への祈りを捧げている。

その異様な光景に、女荒事師の背を例える事が出来ぬ寒気が走った。

 

「一体何なんだ? この男は・・・・・。」

 

テレサを店の物陰へと引きずり込んだサミュエルが、いきなり戦場に現れた漆黒の神父を見て固唾を呑み込んだ。

それは、この禿頭の小男だけではなく、その場に居る全員が、この神父を注視している。

一種一様な空気がその場の空気を包んだ。

 

「エルヴィン・ブラウン・・・・・魔導師職(マーギア)と剣士職(ナイト)の全ての役職を習得した巨匠(マスターオブマスター)よ・・・・元・精神科医で自分の患者を殺害し、その肉を食べたイカレ殺人鬼。」

「に・・・人間を喰った・・・・・? 」

 

テレサの信じがたい説明に、ショットガンを持つアイザックが生唾を呑み込む。

 

人間が人間を喰う・・・・。

それは、禁忌であり、ライカンスロープであるアイザック達ですら忌避する行為だ。

しかし、この漆黒の神父はソレをやった。

とてもまともな思考を持つ人物とは思えない。

 

 

「無視するんじゃねぇ!この野郎!!」

 

異様な空気に耐え切れなくなったのか、マーコフ家の兵隊の一人がアサルトライフルの銃口を漆黒の神父へと向ける。

 

「止せ!! 」

 

神父から放たれる殺気を敏感に感じ取ったルチアーノが、部下に対し、制止の声を上げる。

しかし、遅かった。

神父へと銃口を向けた部下数名が、突如、不可視の刃によって切り刻まれる。

 

「真空斬り(ソニックブレード)。」

 

神父の放った技に、女荒事師が呻く様に呟く。

 

祈りの姿勢はそのまま、エルヴィンは常人では視認不可能な速さで、右腕から真空の刃を作り出し、ルチアーノの部下を惨殺したのだ。

 

「み心が天に行われるとおり地にも行われます様に・・・私達の罪をお許し下さい。」

 

エルヴィンの祈りの言葉は続く。

まるで夢遊病者の如く、定まらぬ瞳孔で、赤褐色の鱗を持つリザードマンへと、一歩、また一歩と近づいていく。

 

「くっ・・・・この・・・・化け物がぁ!!」

「駄目よ!父さん!!!」

 

大切な部下を目の前で殺され、激昂したルチアーノが鋭い爪と牙を剥き出しにして、漆黒の神父へと襲い掛かる。

しかし、刃の如く研ぎ澄まされた爪が陰気な神父を引き裂く事は叶わなかった。

神父から発せられる高速の刃が、赤褐色の鱗を持つリザードマンの両腕をあっけなく斬り落としてしまったのだ。

 

 

 

ジョルジュが操るフルンティングの刃と、ライドウの持つ真紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”の刃が交錯し、火花を散らす。

一定の距離を取って対峙する二人。

粗い息を吐くライドウに対し、ジョルジュは息一つ乱さず、涼しい表情をしている。

 

「素晴らしい・・・・”一匹オオカミ(ローン・ウルフ)”と同じぐらい楽しめそうだな? 」

「”一匹オオカミ(ローン・ウルフ)”?・・・・東ヨーロッパを中心に活動している伝説の傭兵か・・・。」

 

ジョルジュが言う”一匹オオカミ(ローン・ウルフ)”の異名を持つ傭兵なら、ライドウも知っている。

闇社会では、都市伝説と同じぐらいの扱いになっている最強の傭兵だ。

たった一人で、数千にも及ぶ悪魔の群を一匹残らず駆逐したり、かと思えば、悪魔が侵攻する激戦区にふらりと現れ、瞬く間に終結させたりと、神がかりな逸話を幾つも残していた。

 

「今から思えば、ベヒーモスを討伐出来たのは、彼の助力による所が大きい。 あの場にローン・ウルフがいなかったら、子供達だけではなく、私やルチアーノも死んでいた。 」

 

40数年前のアフガニスタン付近での悪魔侵攻討伐作戦。

上級悪魔数百体を従え、邪龍の中でも最強と目される怪物、ベヒーモスが出現し、その駆除にジョルジュとルチアーノ、そして数十名の少年兵達が向かわされた。

戦況は、誰の眼から見ても圧倒的にジョルジュ達部隊が不利。

死を覚悟した絶望の中、彼等を救ったのはたった一人の老練な傭兵であった。

 

「驚いたな・・・・俺ですら会った事が無い英雄にアンタは出会っただけじゃなく、共に戦ったのか。」

 

羨望にも似た感情で、改めて目の前に対峙する初老の剣士を見つめる。

 

ライドウ達、闇社会で悪魔と死闘を繰り広げている人間達にとって、”一匹オオカミ(ローン・ウルフ)”は伝説的な存在となっている。

その姿を見た者は少なく、彼が残した偉業だけが独り歩きしている状態だ。

 

「ふふっ、羨ましいかね? 17代目。 」

 

口元に微笑を浮かべた老獪な剣士の姿が、忽然と消える。

咄嗟に右へと回避するライドウ。

その右肩を熱い衝撃が走る。

 

「うぐっ!! 」

 

フルンティングの刃で、右肩を深く斬られたのだ。

特殊なケブラー繊維で編まれたジャケットが、意図も容易く切裂かれ、真っ赤な鮮血が噴き出す。

 

「ふむ、今のを躱すか・・・。 」

 

刀身に付着した血を振り払い、ジョルジュが如何にも感心した様子で、片膝をつく悪魔使いを眺める。

 

「何故だ・・・・何故、これ程の実力を持つ貴方が、NYを地獄に変える真似をした? 」

 

血が噴き出すのも構わず、ライドウは目の前に立つ老剣士を睨み付ける。

 

これまで、ジョルジュはNYの名士として様々な福祉事業に貢献して来た。

健康保険制度を受給出来ない低下層の市民達に、手を差し伸べ、最低限の生活を保障出来る様に活動していた。

その人物が、愛すべきこの街を悪魔を使って破壊しようとしている。

 

「家族の為だ。 」

 

糾弾するライドウに対し、ジョルジュは静かに応える。

怒りも哀しみも、感情の一片すらも無い静かな藍色の瞳。

 

「家族・・・・・? 」

「そうだ、私に唯一残された愛する娘とその孫を護る為だ。」

 

老剣士は、背後の培養槽で眠る愛しき孫を振り返る。

蒼い海の中で眠る幼き少女は、一体どんな夢を見ているのであろうか。

 

「君も既に知っているとは思うが、各国の政府達は、幼い少年少女を対象に魔導の適正検査を行っている。 悪魔に対抗出来る人材を創り出す為だ。」

 

ジョルジュの言う通り、各国の政府要人は、学校などの教育機関などを利用して子供達に知能測定と称した適正検査を毎年行っている。

そして、その検査に合格した子供達を更に振るいに落とす事で、優秀な人材を選び出す。

選ばれた子供達は、魔導師ギルドが管理している特殊な施設へと収容し、そこで改めて対悪魔の教育と様々な格闘術を教えるのだ。

 

「日本には、君達の様な”クズノハ”という組織があるから余り縁は無いだろうが、様々な人種が集まるこのNYは違う。 悪魔に対抗しうる才能があれば、その子供達は政府が収容し、半ば強制的に魔導の技術と知識を叩き込まれる。」

 

様々な移民が集まるこの国は、当然、貧富の差も激しい。

適正検査に合格した子供達の親は、少しでも良い生活をする為に、進んで魔導師ギルドが管理する育成所へ我が子を預ける。

そこで、一体どんな事が行われているかも知らずに・・・。

 

「私の娘と孫は、”稀人”だ。 国が特殊な才能を持つ彼女達を放置する筈が無い。もし知られれば、強制的に身柄を拘束され、最悪、非人道的な実験の材料に使われるかもしれない。 」

「馬鹿な事を・・・・ゼレーニン大統領は、歴代大統領の中でも良識的な人物で有名だ。 そんな外道を放任する筈が無い。」

「どうかな? 君は、あの女の本性を知らなすぎる。」

 

未だ片膝をつき、此方を睨み据える小柄な悪魔使いにジョルジュは、皮肉な笑みを浮かべた。

 

「あの女は敬虔なカトリック信者である上に、裏でキンナ一族と深い繋がりを持っている。 魔導師ギルドの横暴極まるやり口に見て見ぬ振りを続けているのがその証拠だ。」

 

これまで、魔導師ギルドは強引な手段を使って兵隊達を集めて来た。

徴兵制度が正にその良い例であり、人権団体の糾弾のお陰で、大分マシになったとはいえ、今も尚、貧しい農村から、人身売買と同じやり口で人員を集めている。

 

「17代目・・・・君は真面目で誠実な男だ。 だから、敢えて汚い部分を見ない様にしているその気持ちは分かるよ。 」

「違う!俺は!!」

「組織や国に尽くし、国民の為に己だけではなく、家族にすら犠牲を強いる・・・私もかつてはそうだった・・・それが、力を持つ者の宿命(さだめ)だと思っていた。」

 

ジョルジュの独白に、ライドウは何も言い返せなかった。

彼の心情に酷く共感できる自分がいる。

70億人以上もの人命とたった一人の娘の命。

かつて、自分はソレを天秤に掛けてしまった。

 

「あの少年兵達は、アフガニスタンの作戦後、また別の戦場に送られ、皆死んだ・・・私の妻は、国が認可した抗がん剤の副作用で間質性肺炎を起こし、死んだ・・・息子は、ルッソ家を衰退させる目的で法王庁に謀殺された・・・。」

 

何ら感情が籠もらぬ藍色の瞳。

ライドウの背を例える事が叶わぬ怖気が走る。

 

「人間が・・・・薄汚い利権に取り憑かれた蛆虫共が、私の大事なものを奪っていく・・・・冗談じゃない。残された娘と孫は、私が命を懸けても護る。」

「・・・・っ、ミスター・ジョルジュ・・・・。」

 

その時になって初めてライドウは全てを理解した。

 

この男は、NY(この街)を激しく憎悪し、又、愛してもいる。

 

(駄目だ・・・・勝てない・・・・。)

 

死を賭して愛する家族を護る男の覚悟。

今迄、多くの悪魔と戦って来た。

20数年間、闇社会を彷徨い、修羅場を潜り抜け、師の意思を継いで17代目の銘を襲名した。

しかし、築き上げて来た自負を粉々に打ち砕いてしまう程、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソの心は強い。

 

「なっさけないのぉ・・・それでも、おどれは四家の一人かいな? 」

 

そんな場の空気を引き裂く第三者の声。

ライドウとジョルジュの視線が、室内の出入り口に立つ一人の男へと向けられる。

金色に染めた髪を肩口で綺麗に切り揃えた、長身の男。

ニタリと皮肉な笑みを口元に浮かべるのは、”十二夜叉大将の長”人喰い龍こと骸の懐刀である四神の一人、玄武であった。

 




ラストまでまだ時間がかかりそう。

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