偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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ラスボス(?)紹介

アビゲイル・ウィリアムズ・・・ジョルジュが呼び出した悪魔。
正体は、セイラム魔女裁判の告発者であり、虚偽の訴えにより150人以上もの罪なき人々を裁判にかけ処刑させた少女。その一件により、処刑された肉親達の怒りを買い、壮絶なリンチの末に死亡。その後、ケイオス(混沌)に墜とされ、自分が偽りの告発により死んだ市民達の怒りと哀しみの感情と混ざり合い、死霊と化す。
スカー曰く、『人間の悪意の塊』。



チャプター 20

思えば、自分は家族の匂いなど全く感じない環境で生きて来た。

唯一覚えているのは、寝る前に母が良く読んでくれた『塔の上のラプンツェル』という絵本だけ。

彼女は、この物語が一番大好きだと言っていた。

塔の上に閉じ込められたラプンツェルと言う名の美少女と、フリンと言う自信家でナルシストな泥棒のラブストーリー。

自分と双子の兄、バージルの頭を優しく撫でながら、まるで夢見る少女の様に頬を染めて絵本を読む彼女。

長い黒髪と優しい笑顔が一番印象的だった。

 

 

「・・・・・痛ぇ!! 」

 

唐突に襲った頭痛に、ダンテは歩みを一時止める。

 

「おい、大丈夫なのか? 坊主。 」

 

ダンテが背負っている大剣『アラストル』が、訝し気に声を掛ける。

此処は敵陣の真っ只中だ。

こんな所で動けなくなったら、堪ったモノでは無い。

 

「何時もの頭痛だ。 昔の事を思い出すと何時もこうなる。 」

 

この研究所に辿り着く前に、ヴァチカンが所有する装甲車の中で聞かされたジョルジュの経歴を不意に思い出した。

 

彼の妻は、ロックを出産後、病で倒れそのまま他界。

娘のニーナは、成人後すぐに取得した資格を国に返上しルッソ家を出た。

そして残された次男のロックは、徴兵制度に従い、悪魔発生率が最も高いとされる日本へと派遣され、そこでヴァチカン13機関(イスカリオテ)によって謀殺された。

この事件の動機となるキーワードは、家族。

だからかもしれない。

あんなカビの生えた古い記憶が蘇ったのは。

 

「・・・・・? 」

 

ライドウの後を追い掛けるべく、再び足を踏み出そうとしたダンテの躰が再び止まる。

見ると数歩先に、一つの小柄な影が立っていた。

通路に設置された薄暗い照明が、影の輪郭を徐々に明確にしていく。

迷彩柄のレインコートに同色のズボンと黒革のブーツ。

目深に被ったフードには、まるで笑っているかの様な不気味なマスク、両眼には血の様に赤い赤外線レンズがはめ込まれている。

どうやら、コイツはジョルジュが子飼いにしている兵隊らしい。

 

「おいおい、随分と季節外れなハロウィン・・・・・。」

 

ダンテが呆れた様子で大袈裟に肩を竦め様としたその時であった。

突然、身体を衝撃が走る。

ドンっという音、次に腹部の辺りが猛烈に熱くなる。

見ると小柄なマスクの兵士が両手に握る業務用のカッターナイフが、深々とダンテの腹に突き刺さっていた。

 

 

 

ブルックリン区にあるマーコフ家所有の薬品研究所。

その地下研究所へと続くエレベーター内に一人の女性がいた。

パティの実母であり、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソの娘、ニーナ・ジェンコ・ルッソである。

 

右手に収まっている小型のハンドガン、S&W M&P9 シールドに視線を落とす。

このハンドガンは、此処まで案内してくれたマスクの少年に渡されたモノであった。

 

『お前の娘と父親は、このハイブの最下層にいる。』

 

マスクの少年は、それだけをニーナに告げると煙の如く姿を消した。

彼が一体何者で、何の為に自分を此処まで連れて来たのかは、全く分からない。

唯一分かっているのは、自分よりも遥かに優れた戦闘能力を持ち、中級どころか上級悪魔を軽くいなす程の実力があるという事だけだ。

 

「父さん・・・・パティ・・・・・。」

 

ぐっと唇を噛み締める。

例えこの先に絶望が待ち受けていたとしても自分は、進まねばならない。

ルッソ家の長女として、命に代えても父親の蛮行を止める。

それが、彼女に課せられた使命だからだ。

 

 

 

「坊主!!!!!」

 

背負った大剣『アラストル』が悲痛な叫びを放つ。

ぼたぼたと零れ落ちる大量の血。

根元まで深々とカッターナイフの刃が埋まり、ダンテの着ているシャツとズボンがみるみるうちに血で染まって行く。

 

「くっ・・・このぉ!!」

 

子供だと思って油断した。

激しい怒りと屈辱が、腹腔内を荒れ狂う。

マスクの兵士に渾身の裏拳を叩き込もうとしたが、振り上げた拳は虚しく空を切った。

カッターナイフの刃を折り、マスクの少年が後ろへ2.3歩後退したのである。

 

(ちっ・・・純銀製のナイフか・・・・。)

 

未だ銀色の刃が埋まる腹を押さえ、ダンテも後ろに下がる。

刃に仕込まれた銀の毒が、ダンテの持つ再生能力を殺す。

皮膚が壊死し、刺された箇所を中心に皮膚がどす黒く変色する。

 

一方、マスクの少年は、そんなダンテに追撃を緩める事は決してしなかった。

 

脳裏に、暗殺術を叩き込んだ教官の言葉が蘇る。

 

『悪魔相手に、人間の格闘技術が通用するかってぇ? ばーっか、それが面白い程、通用するから教えているんだろうが。 』

 

自称、フランスの外人部隊出身という肩書を持つその男は、薄汚れた兵舎の壁に背を預け、目の前に立つ幼い自分にニタリと厭らしい笑みを浮かべた。

 

『アイツ等は、根が単純なんだ。 ”自分は強い””人間よりも優れた生命体だ””下等な人間に負ける筈が無い”ってな・・・だから俺達を頭から舐めてる。本気で戦うつもりなんざぁ一ミリもねぇ・・・・。』

 

男は、右手に持ったバタフライナイフを手の中で弄びながら、言葉を続ける。

 

『だから、舐めているうちに全力でぶっ潰すのさ・・・・己の持てる力・・・全身全霊で化け物野郎を叩き潰す。 その為の近接格闘術なんだよ。』

 

男は、ナイフの切っ先を幼い生徒へと向けた。

仄暗い殺意の炎を、その双眸に灯しながら。

 

 

スライダーで再び刃を伸ばし、正眼に構えると重心を低くして銀髪の大男へ迫る。

相手に反撃をする暇(いとま)を与えず、機動力である足を狙って地を這う様な斬撃を繰り出した。

躱す余裕すらなく、切り裂かれる両脚。

ハンドガンを引き抜く余裕すらも無い。

バランスを崩し、身体が地面に沈む。

その首に、カッターナイフの刃が無情にも突き立った。

 

「がはっ!!!!!?」

 

突然、気道を塞がれ息が出来ない。

血の塊を吐き出すダンテ。

驚愕に見開かれる視線の先に、袖下に隠したスリーブガンが手品の様に姿を現す。

一発の発砲音が、薄暗い通路に木霊する。

特殊な銀の弾丸で造られた凶悪な牙が、男の頭蓋を叩き割ったのだ。

衝撃で、背後から床に叩き付けられる銀髪の便利屋。

後頭部から流れ出る血が、床に真紅の川を作る。

 

 

(う・・・・嘘だろ? あのダンテが一瞬で・・・・・。)

 

未だダンテの背に収まったままのアラストルが、愕然とした様子で目の前に立つマスクの少年を見上げる。

伝説の魔剣士・スパーダの血を引くタフガイ。

レッドグレイブ市を中心に活動する便利屋達の中でも、トップクラスの実力を持つ事で有名だった。

そのダンテを意図も容易く殺害した。

しかも、13歳ぐらいの少年が・・・・である。

 

「なんで・・・・あの人は、こんな男を・・・・・? 」

 

不思議そうに首を傾げる少年。

カッターナイフで首を突き刺され、大の字に倒れる男は、御世辞にも強いとは到底言い難い存在であった。

”クランの猛犬”より数段劣る。

”あの人”は、何故こんな街のチンピラを番に選んだのだろう。

とても理解出来ない。

 

暫くこと切れたダンテの死骸を眺めていた少年は、諦めたかの様に溜息を一つ零すと、首に突き立てたカッターナイフを乱暴に引き抜く。

血塗れのカッターナイフをダンテのコートで拭い、腰のナイフホルダーに収めると背を向け、暗い通路の奥へと消えて行った。

 

 

 

 

「・・・・・どうして、てめぇが此処に? 」

 

血を流す右肩を押さえ、ライドウが呑気な様子で此方に近づくおかっぱ頭の男を睨み付ける。

 

「あぁん? パーティーがあるって聞いて此処へ来たんや。 食いモンも飲み物も出さん最低な会場だけどなぁ・・・・。 」

 

右手に持つ柄の部分に『阿修羅』と刻まれた木刀で肩を叩きつつ、玄武がジョルジュに皮肉な笑みを向ける。

 

一方、ジョルジュは生涯、二度目になるだろう圧倒的なまでの覇気に当てられ、内心冷や汗をかいていた。

これ程までの存在感を見たのは”一匹オオカミ(ローン・ウルフ)”以外いない。

一体、何者かは知らないが、生半可な気持ちで戦えば、あっという間に命を刈り取られる。

 

「初めまして・・・・と言った方が良いのか? まぁ、すぐサヨナラしてしまうんやけど。 」

「・・・・・”クズノハ”の人間か・・・・私の予想が間違っていなければ、あの化け物龍が子飼いにしている”四神”の一人か・・・・。」

 

先程、ライドウが零した「玄武」という名前を思い出す。

玄武といえば、”八咫烏”の長、骸の護衛役である”四神”にそんな名前の剣士がいた。

まさか、『四神』の怪物まで出て来るとは予想外だ。

 

 

 

「ナナシ、ワイと再契約しろ・・・。」

 

まるで路傍の石を見るかの如く、何ら感情の籠もらぬ視線で足元にいる小柄な悪魔使いに一瞥を送る。

 

「契約・・・・・ふざけるな、誰がてめぇなんかと・・・。」

「勝てへんのやろ? おどれは魔導士や、後衛役になって初めてその真価が発揮される・・・それぐらい、ワイが一々指摘せんでも判っとる筈やろうが。」

「・・・・・っ。」

 

悔しいが玄武の言う事は正しい。

魔導師である自分は、剣士・・・しかも剣豪の称号を持つジョルジュに、悉(ことごと)くスピード負けをしている。

盾となる前衛役を魔法でサポートし、的確な指示を与える事で、その実力が発揮されるのだ。

 

何かを決意したのか、悔し気に唇を噛み締めたライドウが、疲弊する肉体に鞭打ち、よろよろと立ち上がる。

そして、己の血で汚れた右手の掌を、玄武の背に当てた。

 

「בקש(我求める)、מה אתה עושה עם בן זוגי(汝を我が番とする事を)。」

 

詠唱と共に、玄武の躰を蒼い文様が包む。

番としての契約が完了したという証だ。

 

「ふぅ・・・久し振りやな? この感覚。 」

 

身体中に力が漲(みなぎ)るのが分かる。

ライドウと魔力のパスを通した為、彼の内在する力が流れ込んで来るのだ。

 

「玄武、あの神器の能力は・・・・。 」

「分かっとる・・・・おどれの事や、もう対策は済んどるんやろ? 」

 

玄武の問いかけに、ライドウは無言で頷く。

一方、そんな二人の会話を無言で観察しているジョルジュ。

 

例え、”四神”が”人修羅”に力を貸そうとも、この戦況が覆る事はまずない。

自分には、”最強の盾”と呼ばれる神器(デウスエクスマキナ)がある。

この能力がある以上、あの二人に勝ち目など無いのだ。

 

ジョルジュは、右手に持つ神器『フルンティング』の力を解放した。

再び、肉体が消失する老剣士。

それを合図に、ライドウが音も無く玄武から離れる。

 

ガキィイイイン!!

 

金属同士がぶつかり合う耳障りな音が、室内に木霊する。

玄武の持つサカキの樹で造り出された木刀が、ジョルジュの迅速の斬撃を軽く受けてみせたのだ。

しかも、利き腕である右手一本で。

 

「ほぅ・・・全盛期をとうに過ぎた老体の分際で、随分と重い打ち込みをするんやな? 」

「例え年老いたとはいえ、日々の鍛錬は欠かした事はありませんよ?新右衛門殿。 」

 

短い会話を交わした直後、弾かれる様に二人が離れる。

命と命の削り合い。

しかし、両者の唇には、酷く楽しそうな笑みが深く刻まれている。

 

「懐かしい名前やなぁ・・・・おとん以外やで?ワイをその名前で呼ぶんわ。」

 

右手に持つ木刀を、バトンの様に一回転させる。

 

家族の中でも覚賢(あきたか)以外に、この名で呼ぶ者はまずいない。

懐かしい鹿児島の海を想い出し、玄武の口元が思わず緩む。

 

「なぁに、暇潰しがてらに貴方の文献を少しだけ読んだんですよ。 憧れの御人にまさかこんな形で出会えるとは光栄ですね。」

 

ジョルジュもまた心の底から来る感動で打ち震えていた。

 

この目の前に立つ男は、剣人の神だ。

剣の道を志す者達は、必ずこの男を目標とする。

 

「貴方は、私が幼い頃から憧れていた偉人(ヒーロー)だ。まさか、その憧れの君を打ち倒す日がこようとは・・・。」

「ふん、何を生意気抜かしとんねん、この糞餓鬼。 御託はええから掛かって来い。格の違いを教えたるわ。」

 

木刀『阿修羅』の切っ先を老剣士へと向ける。

 

自分の残した僅かな文献に目を通していた事は褒めてやる。

しかし、高々60年ちょっと生きた程度の餓鬼が、もう自分に勝った気でいる。

それが、とても気に入らない。

叩きのめして、実力の差を思い知らせてやる。

 

そんな、玄武を嘲笑うかの様にして、再び消失するジョルジュ。

だが、おかっぱ頭の男は動かない。

木刀を突き出したまま、その場を微動だにしないでいる。

 

「ナナシぃ・・・準備は出来とるか? 」

「ああ、後、右に2cmほど”阿修羅”の向きを変えてくれ。 」

 

玄武の立っている位置から左に後方。

室内の隅へと移動し、跪くライドウがそう指示を出す。

それに、素直に従う玄武。

木刀の切っ先を僅かに右へとずらした瞬間、血飛沫が宙を舞った。

 

 

 

暗闇に沈む通路中央で、大の字に倒れる銀髪の便利屋。

額からは夥しい程の血が流れ、顔面を真っ赤に染めている。

当然、呼吸は無い。

誰の眼から見ても、既に死亡しているのは明らかであった。

 

そんな大男を見下ろす二つの陰。

一人は、喪服を着た大分、年老いた老婆であった。

その右手を見事なブロンドの髪をした10歳未満の少年が、小さな手でしっかりと握っている。

 

「何とまぁ、情けない。 折角、坊ちゃまが目を掛けたというのに、何と言う体たらくでしょう。 」

 

老婆は、白目を剥いて絶命しているダンテに、そんな辛辣な言葉を吐く。

黒いケープで顔を覆っている為、今どんな表情をしているかは分からない。

 

そんな老婆の傍らで、無言で事切れたダンテを眺める少年。

握っていた老婆の手を離すと、倒れているダンテに近づく。

そして、小さな右掌を血塗れの額に翳(かざ)した。

 

 

「早く眼を醒ませ・・・・お前の愛しいベアトリーチェが山背国造(やましろのくにのみやつこ)に帰ってしまうぞ? 」

 

刹那、ダンテの双眸に命の光が蘇る。

それを見て満足そうに微笑む少年。

喪服の老婆と共に、煙の如く掻き消える。

後に残されたダンテは、血塗れの額を押さえ、ゆっくりと起き上がった。

 

 

玄武の持つ愛刀『阿修羅』の刀身が、深々とジョルジュの腹に埋まる。

信じられないと言った驚嘆の表情で、己の腹に突き刺さる木刀を見下ろした老剣士の口から、ごぼりと血の塊が吐き出された。

 

「ば・・・・馬鹿な? 私の計算に狂いは・・・・? 」

「無かったよ、アンタの演算能力は完璧だった。」

 

ブルブルと震える手で、木刀の刀身を握る老剣士の問い掛けに、ライドウが素直に応える。

 

彼の演算能力は、一分の誤差も無く常に的確であった。

しかし、それが故に此方の誘導にまんまと引っ掛かってくれたのである。

 

「おどれの持っとる神器の能力は、高速移動じゃあらへん。 持ち主の肉体を分子レベルにまで分解し、任意の場所に再構築する事や。だから、ナナシの攻撃を防ぐ事が出来たんや。 」

 

玄武がジョルジュの肉体に埋まっている愛刀を乱暴に引き抜く。

途端に鮮血が噴き出し、床を血でどす黒く汚した。

 

ジョルジュが操る神器(デウスエクスマキナ)は、持ち主の肉体を分子の値まで分解する事が出来る。

ジョルジュは、それを巧みに使い、ライドウの斬撃を肉体の一部を分解して躱し、又、身体全体を分子レベルまでバラバラにして、己が定めた場所で再構築をしていたのだ。

傍から見たら、瞬間移動をしているかの様に思えただろう。

 

 

「肉体を分解する能力は、勿論、リスクがある。ちゃんと再構築する場所を定めないと周囲に置かれている異物を取り込む可能性があるからな。 貴方はそれを踏まえた上で、瞬時に周りの状況を見抜き、敵の動きを高速演算で予測して先読みした場所で再構築を繰り返していた・・・・流石だよ。剣士(ナイト)の強靭な肉体を生かした見事な戦略だ。」

 

ライドウは、床に突き立てた棒手裏剣を引き抜き、ゆっくりと立ち上がる。

 

大量の血を失い、がっくりと力無く片膝をつく老剣士。

高級な布地で出来たワイシャツが、みるみる血で染まって行く。

 

「わ、私のフルンティングの能力が分かったとしても、何処に再構築するかは正確に予測できない筈・・・・一体、どんな手品を使ったんだ? 」

「周りをよう見てみ? 」

 

薄ら笑いを浮かべる玄武に指摘され、ジョルジュが改めて自分の周囲を見渡す。

すると室内の自分を取り囲む様にして、五芒星の形で某手裏剣が突き立っているのが分かった。

 

「肉体を分解、再構築するのは、神器特有の電気信号(パルス)を使っとる。なら、それを逆手に取って、範囲を狭め、磁場を狂わせればええんや。」

 

玄武がこうして来る前に、フルンティングの対策は八割方終了していた。

ジョルジュと対峙していたライドウが、八角棒手裏剣を投げ、五芒星の形に配置。

そこへ、玄武が登場し、老剣士の注意を己へと向けた。

全ては、ジョルジュにフルンティングを使わせる為である。

 

「成程・・・・剣聖殿と戦う前から既に勝負は決まっていたという訳か。 」

 

まんまと敵の張り巡らした罠に引っ掛かった事を理解し、ジョルジュは自嘲的な笑みを口元に浮かべる。

 

「・・・・貴方は、本当に凄い人です。 聖剣”フルンティング”は数ある神器の中でもその性質上、最も扱いが難しい武器だ。 あのまま、戦っていたら負けていたのは・・・。」

「やめーや、ったく、自分より実力がある敵を褒めるのはお前の悪い癖やで?ナナシ。 」

 

ライドウの言葉を途中で遮り、玄武は止めを刺すべくジョルジュに向き直る。

 

年老いたと言っても、相手は剣豪(シュバリエーレ)の称号持ちの上に、戦略に長けた羊飼い(シェパード)だ。

下手に近づけば、何をして来るか分からない。

ならば、高速の斬撃で一思いに首を刎ねてしまうのが得策だ。

 

「でもまぁ、かのデンマーク王ですら投げ出した神器を此処まで操ったんは褒めたるわ。せやけど、ワイら相手に手の内を見せすぎたのがアカンかったけどな。」

 

木刀”阿修羅”を下段に構える。

天真正伝香取神道流、立合抜刀術、抜討之太刀(ぬきうちのたち)だ。

発生する真空の刃で、相手の首を一刀の元に叩き斬る。

 

「・・・・・手の内を見せたのは、態とですよ・・・・最初からこうなる事は予測していた。 」

 

そんな玄武に対し、腹から大量に出血し、最早立つ事すら出来ないジョルジュが血塗れた唇を微笑の形に歪める。

訝し気な表情になる玄武とライドウ。

片膝をつく老剣士が、震える手で己の首筋に愛刀である”フルンティング”の刃を当てる。

 

「アビゲイル・ウィリアムズ・・・・契約通り、私の魂をお前にくれてやる。 」

 

何の躊躇いも無く、刃を真横に引くジョルジュ。

刹那、間欠泉が如く血飛沫が辺りに飛び散る。

 

 

 

赤褐色の鱗で覆われた両腕が、地面に落ちる。

噴き出す血潮。

噴水の様に飛び散り、地面や建物の壁、そして破壊された車や装甲車に降り注ぐ。

 

 

「父さん!! 」

 

単式ロケットランチャー、”カリーナ・アン”を構え、ルチアーノの元へ駆け様とするレディ。

しかし、それをサミュエルの腕を振り解いたテレサが押し留める。

 

「駄目よ!メアリー!!殺されてしまうわ!! 」

 

咄嗟に女荒事師の腰に飛びつき、全身で抑え込む。

 

「離して!テレサ!!このままじゃ父さんが!! 」

「ゼブラを服用した時点で、ルチアーノは助からないわ!中和剤を打たない限り、人間には決して戻れない! 」

 

こんなに取り乱した叔母を見たのは、生まれて初めてだ。

何時も冷静で、どんな状況下でも決して諦めない。

それが自分の知っている叔母だった。

 

 

「その通りだテレサ・・・・それに、はなっから生き残ろうなんざぁ思ってねぇ。 」

 

肩口で綺麗に両腕を斬り落とされたルチアーノが、苦痛に耐えながらそれだけを二人に告げる。

血の様に赤い双眸を二人に向け、しっかりとだが、力強く立ち上がった。

 

「テレサ・・・レディ・・・メアリーを頼む。そいつはKKK(クー・クラックス・クラン)には必要な人間だ。 」

 

悪魔特有の再生力により、斬り落とされた両腕が元通りに復元していく。

凶悪な棘の様に鋭く尖る赤褐色の鱗。

五指が刃へと変わり、筋肉が倍膨らむ。

 

 

「光栄に満ちた聖ヨゼフ、マリアの幸せな浄配よ・・・・。」

 

そんなマーコフ家家長に死の祈りを始める陰気な神父。

淀んだ双眸が、鋭い爪と牙を剥き出しにして、再び此方に突進する赤褐色のリザードマンを見据えている。

 

覚悟した人間に死の迷いなど無い。

沸騰するアドレナリンが、苦痛と恐怖を麻痺させる。

だが、それで良い。

高潔なる魂を持つ者に対し、自分はこの不浄なる身体でいくらでも敬意を払ってみせよう。

 

全身の筋肉を撓(たわ)め、高速移動で一気に神父との間合いを詰める。

刃の如き鋭い五指の爪が、祈りを捧げる神父へと振り下ろされた。

しかし・・・。

 

「なっ!! 一体何処に消えやがった!???」

 

ルチアーノの双眸が、驚愕で見開かれる。

鋭い五指の爪が抉ったのは、何もないアスファルトの地面であった。

 

「イエズス、マリア、ヨゼフの尊いみ名を呼びながら、息絶える事が出来ます様に。アーメン。 」

 

不意に背後から聞こえる神父の祈り。

一体どんな手品を使ったのか知らないが、ルチアーノが視認するより早く背後へと移動していたのだ。

ルチアーノが、金の十字架を右手で握り祈りを捧げる神父へと振り返ろうとする。

刹那、その分厚い胸板が十字に裂け、鮮血が迸った。

 

剣士(ナイト)の中でも、極僅かな者しか習得出来ない超難易度技、『霞十字斬り』だ。

 

「がぁあああああああ!!」

 

悪魔の弱点である心臓を切り裂かれ、断末魔の悲鳴を上げるルチアーノ。

地響きと共にその巨体が、地面へと沈む。

 

「父さん!! 」

 

未だ腰にしがみついているテレサを押し退け、師の元へと駆け寄ろうとするレディ。

サミュエルとアイザックも店から飛び出し、女荒事師を押し留める。

 

「離して!! 」

「駄目だ!今のを見ただろ? アンタまで殺されちまうよ!! 」

「そうよ! アンタは、フォレスト家の正統な後継者なのよ! こんな所で死なれちゃ、私とジョセフ・・・ライカンの家族達が困るでしょうが!!」

 

レディに押し退けられたテレサが、前方に回り込み両手を広げる。

無駄な抵抗であると知りつつも、全身で、この陰気な異端審問官から叔母を護ろうとしているのだ。

 

「後継者・・・・? 私が・・・・・? 」

「そうよ! 父さんがジョルジュ叔父様の屋敷へ行く前日、遺書を渡されたの。内容は、ジョセフが成人するまでアンタをフォレスト家の当主とする事。一族が所有している店や事業を全て譲渡すると書かれていたわ。 」

 

テレサの口から聞かされる予想外の真実。

女荒事師の動きが、僅かに止まる。

 

兄、ジョナサンは分かっていたのだ。

ジョルジュの屋敷に行けば、殺されるという事を。

しかし、フォレスト家当主として、又、同じKKK団(クー・クラックス・クラン)の仲間として、ジョルジュの蛮行を見過ごす事が出来なかったのだ。

だから、自分が最も信用出来る人物に、フォレスト家の当主としての権限を渡す事にしたのだ。

 

 

「全く・・・・こんな所で話すつもり何か無かった・・・・もっと、時間を置いて話すつもりでいたのに・・・。」

 

ガクガクと足元が震える。

目の前にいる神父の鬼気に当てられ、身体中の震えが止まらない。

自然と恐怖で涙の粒が盛り上がる。

だが、離れない。

離れる訳にはいかない。

若き当主をこんな所で死なせる訳にはいかないのだ。

 

一方、ルチアーノを意図も容易く倒し、次の獲物を定める漆黒の異端審問官。

生気の無い落ち窪んだ隻眼が、テレサとレディ、そして彼女を押さえる二人のライカンへと注がれる。

 

と、突然、大きな振動がその場にいる一同を襲った。

激しい揺れに耐えきれず、地面へと膝を付くレディ達。

そんな彼等と違い、凄まじい振動など物ともせず、その場に立つ漆黒の神父が、無言で頭上を見上げた。

すると、そこに眩い光を放つ巨神がNY市上空に開かれた地獄門から這い出す姿があった。

 

 

ブルックリン区、マーコフ家所有の薬品研究施設地下。

額を撃ち抜かれ、白目を剥いて大の字に倒れている銀髪の大男。

その背に背負われている雷神剣『アラストル』は、今迄止めていた息をゆっくりと吐き出した。

 

(い・・・一体、何だったんだ・・・・? アレは・・・・。)

 

突然、暗闇の中から現れた喪服の老婆と少年。

一目見て彼等が普通の人間ではない事が分かる。

唯一、分かるのは、彼等が強大な力を持った”ナニカ”というだけ。

 

「ううっ・・・・・。」

 

そんな逡巡を繰り返すアラストルの耳に、銀髪の大男・・・ダンテの呻き声が聞こえた。

血塗れた額を押さえ、銀髪の青年がゆっくりと起き上がる。

 

「おっ、おい! 大丈夫なのかよ? 」

 

慌てて、大分不服ではあるが、現在の持ち主である銀髪の青年に声を掛ける。

 

迷彩柄のコートを着たマスクの少年に、両脚をズタズタに切り裂かれた挙句、頭蓋を銀の弾丸で叩き割られたのだ。

普通の人間なら、即死してもおかしくない怪我である。

 

「何とかな・・・・ちっ、血が目に入って開けられねぇ。 」

 

忌々し気に舌打ちすると、ダンテはコートの袖で額の血を乱暴に拭う。

再生能力が戻ったのか、額の傷は跡形も無く綺麗に消えていた。

両脚も、切り裂かれたズボンの箇所はそのままに、傷が治癒されている。

 

「あのマスクの餓鬼は何処だ・・・・? 」

 

殺気を多分に含んだ蒼い双眸で、通路内を伺う。

しかし、人の気配はまるで無く、聞こえるのは自分の荒い吐息だけであった。

 

「もう、とっくのとおに何処かに行っちまったよ・・・それより・・・。」

 

そう言い掛けたアラストルの言葉が途中で途切れる。

 

あれ?自分は一体、何を聞こうとしているんだ?

 

何を問い掛けて良いのか分からない。

とても重要な事をダンテに聞こうとしたが、その肝心な言葉が出て来ない。

 

「おい、一体どうしたってんだ? 」

 

急に黙り込む魔剣に、ダンテは少々苛々した様子で言った。

 

正体不明のマスクの餓鬼に、良いように弄ばれた挙句、頭蓋を穿たれたのだ。

こんな屈辱を味わったのは、テメンニグルの頂上で、素手のライドウに叩きのめされて以来だ。

一瞬の隙を突かれた。

気が付いたら、ナイフで腹を抉られ、機動力である脚を潰され、喉に業務用カッターナイフを突き刺された。

そして、袖に隠し持った銃で、額を撃ち抜かれた。

時間にして1分にも満たない。

僅か数秒の出来事であった。

 

何かを考えこんでいるのか、ダンテの言葉に返事を返さない魔剣に舌打ちし、未だふらつく身体を叱咤して何とか立ち上がる。

 

こんな所でウダウダ考え事をしていても仕方がない。

マスクの餓鬼に報復するのは後回しにして、今は、先へと進んだライドウの後を追い掛けなければならないのだ。

 

 

 

 

NY市上空に突如、現れた地獄門(ヘルズゲート)。

それは勿論、ジョン・F・ケネディ国際空港からでも見る事が十分に出来た。

地獄門から這い出す、光輝く巨神。

女性の如くほっそりとしたフォルムを持つその悪魔は、上半身のみを晒すと右掌をある一点の箇所へと翳した。

そこから光の粒子と化す巨神。

全てが消え去るその瞬間をCSI(超常現象管轄局)のNY副支部長のジェイソン・タイラーは、固唾を飲んで見守っていた。

 

「あ・・・・あんな悪魔、初めて見たぞ? 」

 

Special Forcesの時代から今迄、多くの悪魔と対峙してきた。

奴等と戦い続けて数十年。

身の丈、200を優に超えるギガント級の悪魔を何十体と倒して来た。

しかし、あんな人間に近い姿をした悪魔を見たのは、これが初めてだ。

 

「アビゲイル・ウィリアムズ・・・13植民地時代のアメリカで起こったセイラム魔女裁判の最初の告発者・・・・己の保身の為に、150人もの罪なき命を犠牲にした女だ。 」

 

タイラーの背後から、女性とも男性とも判別出来ない電子音声が聞こえた。

振り返ると光学迷彩の機能を解除した仲間が立っている。

兜の様な頭部を丸ごと包むマスクに、側面から後頭部にかけて黒色の先細りした器官がまるでドレッドヘアーの様に生えていた。

190cmあるタイラーより一回り大きく、プロテクターの下には筋骨隆々とした逞しい巨躯が見えた。

 

「悪魔じゃないのか・・・・? 」

「そうだ・・・・正確に言えば、人間が持つ悪意の集合体・・・・我々は、ケレス(悪霊)と呼んでいる。」

「ケレス・・・ねぇ。 」

 

スカーの説明に、タイラーは思案気に顎に手を当てる。

アレが一体何なのかは、この際置いとくとして、今現在問題なのは、此処、ケネディ国際空港のあるクィーンズ区に突如発生した悪魔共の駆除である。

ガンナーを小隊長に、特殊部隊を派遣して対応にあたらせているが、いかせん数が多すぎる。

 

「ちっ・・・・法王猊下が乗っている専用機を上空で待機させているが、燃料がもう少しで無くなる。着陸してもらわにゃならんが、こんな状況じゃぁ、危険過ぎるし・・・・かと言って、ガンナー達を引き戻せば、市民の被害が拡大する・・・。」

 

まさに頭を抱え込みたくなる四面楚歌な状態。

上司であるケビンは、マーコフ家が所有する薬品研究施設に潜入したまま、連絡が全く取れない状況だ。

そうなると、自然に隊の指揮はタイラー自身の判断で動かなければならない。

 

「・・・私が、公子の代わりに戦場の指揮を取っても構わんが・・・。」

「駄目だ、お前はCSI(俺達)の盾だ。それに、ガンナーがお前の言う事を聞く筈がないだろ。 」

 

スカーの申し出を、タイラーがあっさりと切り捨てる。

そんな時であった。

 

「すまん、到着が遅れた。 」

 

タイラーとスカー、そして数名のCSI捜査官達がいる空港のロビーに、厳つい軍服を着た大柄な男が現れた。

被っているベレー帽には、アメリカ陸軍特殊部隊のエンブレムが刻まれている。

U.S.Army Special Forcesの陸軍大将、トレンチの部下、ダッチ・シェイファー中将だ。

スカーと変わらない程の巨躯をしており、過去に悪魔との戦闘で右腕を失い、代わりにサイバネティックアームを移植されている。

その傍らには、十代後半辺りと思われる長い黒髪を結い上げた軍服の少女が立っていた。

大分緊張しているのか、顔を真っ赤に紅潮し、直立不動でタイラーとスカーを交互に眺めている。

 

「その娘は? 」

「ああ、今日付けをもってU.S.Army Special Forces(ウチ)に配属された新人の隊員だ。」

「り、リン・クロサワと申します!USMC Special Reaction Team(海兵隊特殊対応チーム)に在籍しておりました!」

 

茹蛸の様に顔を真っ赤にした少女が、極度の緊張故か、舌ったらずな口調で自己紹介をする。

ビシッと軍人らしく敬礼をするが、どこをどう見ても学生にしか見えなかった。

 

「ほぉ・・・その歳でSRT出身なのか・・・流石、トレンチのオッサンは優秀な人材を見つけるのが上手いな。」

 

タイラーが感心した様子で、自分の胸元辺りしか身長が無い少女を見下ろす。

アジア人特有な顔立ちをしており、中々の美形だ。

 

「油の匂いと機械特有の駆動音・・・・・ペンタゴンの強化人間か・・・。」

 

そんなタイラーの傍らで、スカーが小さく呟く。

 

「おい、もう少し気を使えよ。 」

 

いくら軍人とは言え、相手は年頃の娘だ。

スカーの余りな無遠慮過ぎる物言いに、タイラーが困った様子で舌打ちする。

 

海兵隊特殊対応チームは、その任務の特性上、隊員の殆どが機械的なサポートを施された強化人間で構成されている。

それは、CSI(超常現象管轄局)も同様なのだが、SRTは、対悪魔との戦争を想定してより実戦的な改造が施されているのだ。

 

「あ、あの、わ、私、スカー少佐のファンであります!”サン・ドラド”の攻防戦の記録はファイルに穴が空くぐらい何度も何度も見ております!」

 

しかし、そんな二人の会話が耳に入っていないのか、当の本人であるリンは、顔を更に真っ赤にさせて、キラキラと羨望の眼差しでマスクの大男を見上げている。

 

そんな少女に、大分引き気味になる二人。

 

「良かったな・・・・お前さんのファンだとよ。」

「・・・・・。」

 

熱烈なファンの登場に、タイラーが呆れた様子で隣にいる同僚を眺める。

一方、スカーは、何も反論出来ないのか、無言で黒髪の少女を見下ろしていた。

 

 

 

ブルックリン区、マーコフ家所有の薬品研究施設地下。

幾つもの培養槽が並ぶ、生態研究室では、魔獣ケルベロスと包帯の剣士、ジャン・ダー・ブリンデの死闘が続いていた。

 

軽く小回りが利く日本刀の鋭い一撃が、白銀の獅子を襲う。

それを紙一重で躱すケルベロス。

返す刃で硬い鱗に覆われた長い尾で襲い掛かるが、予め予測していたジャンが素早く後方に退く。

 

「どうした?もう息切れか? 」

 

辛そうに肩で息をする包帯の男に対し、ケルベロスは息一つすら乱してはいない。

ダンテがこの培養室から出て、既に20分近くが経過している。

数合撃ち合っているが、お互い決定打に欠け、未だ勝負がつかないでいた。

 

「言い訳を言わせて貰うと、この躰は欠陥品でね。長時間活動する事が出来ないのだよ。 」

「ふん・・・・そうだろうとは思っていた。 死人のお前には、現世の空気は余程辛かろう。 」

 

包帯の下から覗く、どす黒い血の染み。

恐らく、止めていた肉体の時間が戻り、壊死を始めているのだろう。

このまま戦闘が長引けば、やがて肉体は腐り、動く事もままならなくなる。

 

「”サウロン”に泣きついたらどうだ? 奴の事だ・・・大方どこかでこの下らぬショーを見物しているのだろう? 」

 

 

”サウロン”とは、セルビアを中心に活動している秘密結社(フリーメーソン)”黒手組(ブラック・ハンド)”に所属する死霊使いだ。

この現世に存在する唯一正当な死霊使い(ネクロマンサー)で、数千年を生きていると言われている。

 

「生憎、彼は別件の仕事が入って、此処にはいない・・・それに、あの業突く張りは、大金を渡さないと肉体を修復してくれないのだよ。 」

 

ジャンは、大袈裟に肩を竦める。

 

サウロンは、金を積めばどんな事もやる外道だ。

流石に、黒手組(ブラックハンド)の長であるアポフィスには、絶対服従の姿勢を見せてはいるが、その強欲な性格は、彼女の手を大分焼かせていると聞いている。

 

「成程・・・・奴とお前の関係は知らぬが、随分と難儀な事だな。」

「だろ?まともな肉体にして貰うには、それ相応のモノを奴に貢がにゃならん。例えば、”カオル”の持っている”帝王の瞳”とかな・・・。」

「・・・・っ、貴様・・・。」

 

ジャンの意図を知り、ケルベロスの表情がみるみる険しくなる。

 

ジャンは、サウロンと契約して仮初の肉体から、生者の肉体へと乗り換えるつもりでいる。

それには、金では変えられない希少な”ナニカ”を死霊使い(ネクロマンサー)に捧げる必要がある。

 

「俺が言うのもなんだが、アイツは顔が綺麗で感度も最高だ。おまけに骸の愛人ってブランドも付いている。サウロンもきっと喜んでくれると思うぜ? 」

「・・・・・正真正銘のクズに成り果てたか・・・・。」

 

女に対しだらしなく、皮肉屋で厭世的。

しかし、義理人情に厚く、芯のしっかりと通った男であると思っていた。

だが、今は違う。

あの一件で、この男は全く別人になってしまった。

 

「怒ったのか?お袋さん。 まぁ、アンタにとっちゃぁ、カオルは眼の中に入れても痛くない程、可愛い弟子だもんな。」

 

包帯から覗く、冷酷な蒼い双眸。

そこに、かつてライドウと共に悪魔の脅威から人類を護った戦士の姿など、微塵も感じられる事は無かった。

 

「その馬鹿弟子は、今でもお前を愛しているんだぞ。 」

「・・・・・・みたいだな・・・・俺が死んで10年以上も経つっていうのにな・・・。」

 

脳裏に、『ボビィの穴蔵』で再会したライドウの姿が蘇る。

あの悪魔使いは、一目見ただけで、変わり果てた自分がかつての番であると見抜いた。

建設現場で腕試しをした時も、僅かな躊躇いがあった為、棒手裏剣を投げるタイミングがコンマ数秒遅くなった。

 

 

「お取込みのところ邪魔するぜ。 」

 

そんな二人の間を無遠慮に割って入る第三者の声。

ケルベロスとジャンが、声のした方へ視線を向けると、右手に鉄のアタッシュケースを持つ50代ぐらいの男が出入り口を背に立っていた。

 

CSI(超常現象管轄局)NY支部長、ケビン・ブラウンだ。

 

「ケビン? 」

「久し振りだな? ”鶴姫”。」

 

思わぬ旧友との再会に、ケルベロスが金の双眸を見開く。

そんな魔獣に対し、気障ったらしく片手を上げて挨拶するNY支部長。

右手に持つアタッシュケースから、ゼロワンドライバーとプログライズキーを取り出し、対峙する二人の傍へと近づく。

 

「One Army Only(一人だけの軍隊)か・・・。」

 

強い気の持ち主が、此方に近づいているのは分かっていた。

まさかそれが、CSI(超常現象管轄局)のNY支部長本人であるとは予想していなかったが。

 

「君には申し訳ないが、この男は俺が貰う。 」

 

皮肉な笑みを浮かべたケビンが、ゼロワンドライバーを腰に当てる。

すると、自動的にベルトが伸びて、ケビンの腰に装着された。

 

「子供の遊戯では無いぞ。 」

「分かってる・・・・こう見えてもかなり真剣なんだぜ? 俺は。 」

 

呆れた様子で此方に視線を向ける魔獣に、CSI捜査官がウンザリとした表情で応える。

 

内心では、穴があったら入りたい心境だ。

旧友に・・・しかも、若かりし頃、本気で愛した女性の目の前で、業晒しみたいな真似事をしようとしている。

脳裏に、へらへらと緊張感の欠片もなく笑う、瓶底眼鏡の科学者の姿が映った。

決めた・・・。

この仕事が終わったら、長期休暇を取ろう。

 

金と青のプログライズキーを、装着したベルト右側の認証装置へと翳す。

 

「早速、コイツを使わせて貰うぜ。 」

 

スキャンしたデータが、地球の成層圏辺りで浮遊している通信衛星『ベロニカ』へと転送。

キーロックが解除され、メタリックな光を放つ巨大なバッタの姿をしたライダモデルが出現する。

 

「頼む・・・・そんな悲しい目で俺を見ないでくれ。 」

 

無言で此方を凝視している魔獣を見ていられなくて、ケビンは眼の端に涙を溜めながら顔を背ける。

 

瞬く間に、強化スーツに包まれるケビン。

それに呼応するかの如く、メタリックな光沢を持つ巨大バッタが宙でバラバラになり、鎧の如く、CSI捜査官の躰に纏われていく。

 

「Warning,warning. This is not a test! (警告、警告、これは試験ではない。)"No chance of surviving this shot." (この一撃から逃れる術はない。)」

 

周囲に響き渡る警告音。

ジャンの目の前に、黄色と青を基調とした鎧を纏うケビンが立っている。

胸部には戦闘補助装置である『オービタルユナイト』が埋め込まれ、頭部には四本の角、鋭角的な肩当に、蝗(イナゴ)を連想させる真紅の複眼が、包帯の男を見据えていた。

 

「はっ・・・・特撮系のヒーローにでも転向したのか? アメリカの・・・・。」

 

そう言い掛けたジャンが、殆ど条件反射で右側へと回避する。

高速移動で、包帯の男へと肉迫したケビンが、鋭い右ストレートを放ったのだ。

衝撃波で、大きく態勢を崩し、床に片膝をつく包帯の男。

壁には、まるで隕石が落下したかの如く、巨大なクレーターが穿たれている。

 

「ちっ、本当なら、今ので挽肉に変えてやるつもりだったんだけどな。」

 

相手の油断をついた見事な奇襲。

しかし、そこは腐っても元魔剣教団最強の騎士。

寸でのところで読まれ、渾身の一撃を躱されてしまった。

 

「・・・・人間が造った玩具のくせに、良く出来ているじゃないか。」

 

先程の一撃で、左腕を持っていかれてしまった。

肘の付け根から消失した腕に視線を落とし、ジャンは忌々し気に舌打ちをする。

残された右腕で、背広の内ポケットに入っているスマートフォンを取り出す。

視線を数歩先にいる、強化スーツを纏う壮年の男へと向けつつ、スマートフォンに何桁が番号を打ち込んだ。

すると、未だ膝を付いている包帯の男の背後に、巨大な法陣が姿を現す。

中から、まるでクラゲを連想させる巨大な頭部と幾つかの触手、そして両腕には錫杖と思われる杖を持った巨人が這い出して来た。

 

「邪龍・ヤムか・・・? 」

 

鋭い牙を剥き出しにして、ケルベロスが臨戦態勢に入る。

 

ヤムとは、ウガリット神話に登場する海と川を神格化した神である。

神話では、主神バアルが最初に戦う敵とされ、天上の父神イルウと妻アーシラトとの間に生まれた息子達の一人であり、伝承では、竜の姿をしていると伝えられている。

 

「さっきも説明したと思うが、私の躰は長時間の戦闘には耐えられない。最後まで相手をしてやりたいが、そうもいかなくなったよ。」

 

ジャンは、後は自分が召喚した邪龍に任せ、口内で短く強制離脱魔法(トラフーリ―)を唱える。

魔法により、眩い光の球体へと消えるジャンの躰。

後を追い掛けようとしたCSI捜査官の行く手を、邪龍・ヤムが立ち塞がる。

 

「ふん、上位悪魔を使い捨てか・・・・随分と勿体ない真似をするじゃないか。 」

 

自分よりも二回り以上デカイ悪魔を見上げ、ケビンが皮肉な笑みを口元に浮かべる。

 

召喚術師にとって、悪魔は己の身を護る盾であり、戦況を有利に運ぶ戦闘ユニットだ。

腕の良い召喚術師の中には、消耗品として平然と使い捨てをする輩がいるが、中には17代目・葛葉ライドウの様に、仲魔として大事に扱う術師もいる。

どうやら、ジャン・ダー・ブリンデと名乗る術師は、前者の様だ。

 

 

『はぁーい♡ケビン君待ったぁ? 』

 

その時、スーツに内蔵している通信機から、間の抜けた男の声が聞こえた。

ヴァチカン、13機関所属の科学者、射場・流だ。

 

「ちゃんと仕事はしたんだろうなぁ? 先生さんよぉ。」

 

能天気極まる流の声に辟易しつつ、ケビンはウンザリとした様子で通信に応える。

 

「当然でしょ?真面目なのが僕の取柄なんだからさぁ。」

 

心外だと言わんばかりに、流が不機嫌な声を上げる。

 

ケビンの指示通り、流はメインコンピューターにハッキングを仕掛け、ものの数秒で施設内のセキュリティ全てを乗っ取った。

その驚異的な手腕に、隊の指揮を任されたエドとCSI捜査官達は大層驚いたが、流に言わせると5次方程式を解くよりも簡単らしい。

 

「ソッチは結構楽しい展開になっているじゃなぁい? 」

 

セキュリティルームの椅子にどっかりと座った流れが、助手であるアレックスが持って来たノート型パソコンを膝に乗せ、液晶ディスプレイに視線を落としている。

そこには、シャイニングゼロワンスーツに内蔵されているメインカメラを通して、ケビンが今現在対峙している邪龍・ヤムの禍々しい姿が映し出されていた。

 

「今すぐ、”ベロニカ”に例のモノを転送する様に命令してくれ。 」

「了解♡ 」

 

ケビンの”眼”を通して、状況を把握した流が二つ返事で返す。

すぐさま地球の成層圏軌道上を浮遊している通信衛星『ベロニカ』にアクセスし、あるモノをケビンの所に送り届ける様、指示を出す。

それと同じくして、邪龍・ヤムが強化スーツを纏うケビンとその傍らにいる魔獣・ケルベロスへと襲い掛かった。

 

「マハブフダイン!!」

 

空中に展開される幾つもの魔法陣から、凍える吐息を放つドラゴンが何体も現れる。

二人を呑み込もうと凶悪な顎を開く氷の龍。

しかし、その攻撃が届く事は無かった。

通信衛星『ベロニカ』より送られたあるモノが、盾となって二人を守ったのだ。

 

「こ・・・・これは・・・・・??」

 

突如、現れた眼前にあるソレ。

かつて、17代目・葛葉ライドウの番として共に戦っていた頃のヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーが、使用していた神器(デウスエクスマキナ)炎の剣・レヴァーティンだ。

それが、収められている漆黒の巨大なケースが、盾となってケルベロスとケビンを凍える顎から護ったのである。

 

「ヴァチカンの調査班が、秘密裏にコイツをシュバルツバースから回収してたんだ。 因みに、今俺が着ているこのふざけたスーツは、コイツを使う為にヴァチカンの先生が開発したモノだ。」

 

ケビンが、ライズスロットに挿入されているプログライズキーを取り出し、魔剣教団の紋章が描かれているケースの差込口に入れる。

すると、冷却装置から発生する白い煙と共にケースが開き、中に収められている神器の柄が現れた。

 

 

「生身の人間が、あの神器を使うと生気を全て吸われ死亡する・・・でも、戦闘補助装置・・・オービタルユナイトが、神器に必要な分の生命エナジーを肩代わりする事で、常人でもアレを扱える様になれるのさ・・。」

 

ノート型PCを膝に乗せ、本日3本目のチュッパチャップスの包装を剥がしながら、流は口元に微笑を浮かべる。

 

今から10数年前、日本で行われたある計画。

”シュバルツバース破壊計画”が失敗し、聖櫃に封じ込められていた膨大なエネルギーが暴走する最中、17代目・葛葉ライドウの番であるヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーが、計画に参加した大勢の隊員達と共に死亡。

彼が使用していたヒュースリー家に伝わる神器”レヴァーティン”が、ヴァチカンの手で回収された。

すぐさま、科学技術開発部総責任者である流を中心に研究チームが発足。

その結果、ゼロワンドライバーが生まれた。

 

 

「ふん、貴様等が”レヴァーティン”を回収していたのか・・・17代目がこの事を知ったら何と思うか・・・。」

「そう言うなよ、鶴姫。 悪魔と対抗できる兵器があるのに、ソレを遊ばせている道理が無いだろ。」

 

魔剣教団の紋章が刻まれた漆黒のケースから、神器”レヴァーティン”を引き抜く。

黄金の炎を纏う灼熱の刀身が姿を現した。

 

「ぐぉおおおおおおおおお!! 」

 

聖なる炎を見て恐怖に似た感情を覚えたのか、邪龍・ヤムが突然、咆哮を上げる。

放たれる氷結系最上級魔法『絶対零度』。

氷の大津波が、ケビンとケルベロスに襲い掛かる。

しかし、スーツを纏うケビンが神器を軽く一振りしただけで、氷の大津波はすさまじい蒸気を発して瞬く間に消失した。

 

「ここからが、俺のターンだ。」

 

マスクの下でケビンが、皮肉な笑みを口元に浮かべる。

腰を落とし、神器”レヴァーティン”を下段に構えた。

そんなケビンに対し、今度は、無数の氷の槍を放つ邪龍・ヤム。

無数の凶悪な氷の刃が肉迫する最中、ケビンが神器を振り上げる。

 

眩い閃光。

炎の剣が肉体を刺し貫かんとした氷の槍を全て消し去り、魔法を放った邪龍・ヤムすらも吹き飛ばす。

太陽と同じ1500万度の熱に貫かれ、跡形も無く蒸発するヤム。

しかし、聖なる炎は邪悪なる竜を焼き払っただけで、培養槽の研究室内は、傷一つ付く事は無かった。

 

 

ハーレム地区、フォレスト家が経営する高級プールバー前。

 

呆けた顔で、未だ上空を見上げている漆黒の神父・・・・エルヴィン・ブラウン。

一つ、小さな息を吐き出すと、射殺さんばかりの鋭い視線で自分を睨み付けている女荒事師へと向き直る。

 

「私を殺したいか・・・・? だが無理だな・・・同じ領域に居る者以外は、僕を殺す事は不可能だよ。」

 

右眼を覆っている革の眼帯から、一瞬だけ黒い炎が灯る。

 

そう、この眼を持つ限り、この世に存在する者は、誰も彼を傷つける事は叶わない。

同じ領域に存在する絶対者以外は・・・・。

 

エルヴィンは、暫く無言で、女悪魔狩人、レディと彼女を必死で押し留めている二体のライカンスロープ、アイザックとサミュエル。

そして、彼等の前にいるフォレスト家家長代理、テレサ・ベットフォード・フォレストを順々に見つめる。

そして、何かを納得したのか、あっさりと彼等に背を向けた。

 

「天におられる私達の父よ・・・み名が聖とされますように・・。み国が来ますように・・・。」

 

まるで呪いの様に、再び主への祈りを呟く陰気な神父。

遠ざかって行くその背を、レディは唇を噛み締めて見守るより他に術が無かった。

 




まだまだ終わらなそうで萎える。

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