偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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登場人物紹介

サウロン・・・・数千年を生きる死霊使い(ネクロマンサー)、黒手組(ブラックハンド)に所属しており、不老不死の霊薬”エリクシア”を開発する為に、仮死状態だったヨハンを一時的ではあるが生き返らせた。

ウィリアム・グリッグス・・・・500年前に起こった”セイラム魔女裁判”の黒幕。思念体のみ、悪霊・アビゲイルの中に留まっており、本体は別の場所にいる。ライドウ曰く天使であり、しかもかなり階級は上。


チャプター 21

何も出来なかった。

兄の無念を晴らす事も、父の様に慕っていた男の魂を救ってやる事も出来なかった。

 

陰気な神父が立ち去って数分後、女荒事師のレディは、力無くズルズルとその場に座り込んでしまう。

虚ろな視線が、心臓を破壊され最早原型を留めている事が叶わず、塵へと化すルチアーノの無残な亡骸に向けられる。

 

そんなレディに何の言葉も掛けられず、重く押し黙る一同。

刹那、直下型と思われる大きな振動が、その場に居る全員に襲い掛かった。

 

 

「い、一体何が!!? 」

 

そう言い掛けたテレサの言葉が途中で止まる。

彼女の視界に、眩い光を放つ巨大な人型が映ったからだ。

 

ゆっくりと立ち上がる光輝く巨人。

女性の様な華奢な肢体に、不釣り合いな大きな頭。

子供の様な幼い顔立ちに、側面には純白の羽根が生えている。

 

「あの方向は、確かブルックリン区の・・・・・。」

 

アイザックとサミュエルも、驚愕の表情で、光輝く巨人を見上げている。

 

彼等が指摘する通り、現在、巨人が居る位置は、マーコフ家が所有している薬品研究施設がある場所であった。

 

 

 

 

同時刻、マーコフ家所有の薬品研究所地下施設。

 

邪龍・ヤムを葬り去ったケビンは、神器”レヴァーティン”を漆黒の棺へと納め、変身を解いた。

 

「・・・・・ケビン・・・・・何故、ヴァチカンの下らん研究に手を貸しているんだ? 」

 

白銀の獅子、魔獣・ケルベロスがCSI(超常現象管轄局)のNY支部長に問い掛ける。

 

この異常事態で、する質問ではない。

今は、一刻も早く17代目・葛葉ライドウと合流し、ルッソ家当主、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソの蛮行を食い止めねばならない。

しかし、どうしても聞かずにはおれなかった。

 

「君が知る必要はない。 」

 

予想通り、ケビンは魔獣の問い掛けを冷たく切って捨てる。

 

きっと彼女は、自分の心の内を見透かしているのだろう。

だから、敢えて言葉にしたくはなかった。

 

「・・・・殺すのか・・・・・私達の息子を・・・・・。」

「・・・・・。 」

 

重く、苦しい言葉。

ケビンは応えない・・・否、応えられない。

ただ、黙って白銀の魔獣に背を向けているだけであった。

 

「あの子を殺す武器を創り出す・・・・そうなんだろ? 」

「・・・・・・・・・そうだ・・・・。」

 

ケルベロスの言葉に、ケビンは諦めたかの様に静かに応える。

 

アメリカ合衆国の特殊部隊に配属直後、彼は、彼女と出会った。

強く、美しい彼女に激しく惹かれ、お互い愛し合い、そして彼女は自然の成り行きで子供を身籠った。

己に架せられた呪いのせいで、子は産めぬと嘆く彼女に、ケビンは、人間の子として自分が育てると申し出た。

そして、彼女は子を産み、ケビンの期待通りに素直な優しい子として育った。

そう・・・・思っていた。

 

「俺は、君を裏切った・・・・人間の子供として、その一生を送らせてやるつもりだった・・・だが、失敗した。 あの子の抱えている闇を・・・俺は見抜けなかった。」

「よせ・・・お前、一人の問題ではない、私達二人の問題だ。」

 

この男一人だけに子殺しの重罪を背負わせる訳にはいかない。

 

と、刹那、研究所全体を大きな揺れが襲った。

咄嗟の出来事にバランスが取れない二人。

ケルベロスは、何とかその場で踏み止まり、ケビンは、片膝を付いて倒れそうになる神器の入ったケースを抱えている。

 

「どうやら、悠長に昔話をしている暇は無さそうだな。 」

「そのようだな・・・。」

 

この先にあるラボラトリーで、何かが起こっているらしい。

漆黒のケースを肩に担ぎ、立ち上がるケビン。

培養室内から出る捜査官の後を、白銀の魔獣が追った。

 

 

 

それは、一瞬の出来事であった。

全ての事件の黒幕的存在である、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソの自決。

神器”フルンティング”の刃を自らの首に突き立て、その場に頽(くずお)れる。

その一部始終を、17代目・葛葉ライドウは呆然と見つめていた。

 

 

「しっかりせい!奴が来るぞ!! 」

 

玄武の叱咤に、ライドウは漸く我に返る。

それとほぼ同時に、研究室内が激しく振動する。

 

「パティ!!!!!? 」

 

余りの出来事に、バランスを大きく崩し、その場に片膝を付くライドウ。

その視線の先では、床を突き破って現れた巨大な手が、金髪の少女が眠る培養槽を握り締めていた。

 

「させるかよぉ!!!! 」

 

無意識に巨人によって連れ去られるパティの姿と、愛娘のハルの姿が重なる。

怒りの形相で、魔槍”ゲイボルグ”の力を解き放ち、魔鎧化するライドウ。

白銀の魔狼となった悪魔使いは、天井から落ちてくる鉄の梁を跳んで躱すと、それを足場に培養槽を奪い去ろうとする巨人に向かい、駆け抜ける。

しかし、振り上げた刃が巨人に届く事は無かった。

突如、眼前に防壁(シールド)が現れ、”ゲイボルグ”の切っ先を弾き飛ばしてしまう。

 

「うわぁ!! 」

 

己が放った力をそのまま返され、受け身すらも取れず壁に叩き付けられるライドウ。

そのまま下へと墜ちる白銀の魔狼を、番である玄武が宙で受け止める。

 

「げ・・・玄武? 」

「こんドアホウが・・・一旦、此処から離れるでぇ? 」

 

崩れた壁の一部に着地したおかっぱ頭の男が、強制離脱魔法(トラフーリ―)を唱える。

眩い光に包まれ、別のエリアへと移動する二人。

後に残された眩い光を放つ巨大なソレは、手の中の培養槽を握り潰してしまわない様に大事に両手で抱え、上に・・・・外の世界へと向かって行った。

 

 

 

ロックアイランド最西部に位置し、イースト川、ニューヨーク港、大西洋に囲まれ、クィーンズ区と隣接するブルックリン区。

ニューヨーク郡に次ぎ、2番目に高い人口密度を誇る工業都市は、現在、阿鼻叫喚の地獄へと様変わりしていた。

 

「お母さん!お母さぁん!! 」

 

崩れた瓦礫の下敷きになった母を、10歳にもならない幼い少女が必死に呼び掛けている。

小さな手で、何とか瓦礫を押し退け、大事な母を救い出したいが、か弱い少女の力では大きな破片はびくともしない。

 

「カレン!私は良いから逃げなさい!!」

 

瓦礫に脚を挟まれ身動きの取れぬ母。

娘に逃げる様に懸命に呼び掛けるが、幼い少女は頑として首を縦に振る事は無かった。

愛らしい瞳から涙の粒を頬へと流し、無駄と知りつつも、瓦礫を押し退けようと必死に押し続ける。

 

と、その小さな背を醜悪な影が覆った。

見ると両腕に幾枚もの鋭い刃を付けた中位悪魔、幽鬼・メガスケアクロウが、幼い少女の背後に立っている。

子供の肉は、悪魔に取って特上の御馳走(ごちそう)。

早速、その肉を喰らわんと、市民の血で塗(まみ)れた刃を振り上げる。

 

 

「カレン!!! 」

 

母の悲痛な叫び。

だが、無情にも振り下ろされた刃が小さな少女を細切れにする事は無かった。

何処からともなく現れた影が、凶悪な刃を両断する。

蒼い閃光。

紙細工の如く斬り飛ばされる悪魔の刃。

少女を護る様に影・・・・・漆黒のコートを纏った迷彩柄のズボンを履く仮面の少年が立っている。

目深に被ったフードの下からは、マスクに内蔵された赤外線レンズが青く光っていた。

 

「大丈夫、君も君のお母さんも、絶対に死なない。 」

 

突然、現れた正義の味方。

呆然と見上げる母子に、マスクの少年は笑い掛ける。

そして、改めて眼前に立つ幽鬼・メガスケアクロウに向き直り、左手に持つ日本刀を構え、その柄に右手を軽く添えた。

腰を落とし、片膝を地面についた居合特有の独特な構え。

 

そんなマスクの少年に対し、怒りの咆哮を上げる悪魔。

大きく跳躍し、華奢な肢体を持つ少年を押しつぶさんと襲い掛かる。

しかし・・・・。

 

「表居合術六ヶ条、抜討之剣・・・。」

 

蒼い閃光となって消えるマスクの少年。

高速の斬撃が、幽鬼を空中でバラバラに解体する。

音も無く着地する少年と同じくして、肉片となったメガスケアクロウの残骸が塵となって消えた。

 

そんな人智を超えた戦いを、声も無く只、見つめている母子。

マスクの少年は、急いで未だ、瓦礫に挟まっている母親に近づくと、軽々と大きな破片を持ち上げる。

 

「この先に、軍の特殊部隊がいます。そこに行けば、シェルターまで保護して貰えます。 」

 

蒼い遮光眼鏡が内蔵されたマスクを被る少年は、瓦礫から這い出した母親にそう告げると、特殊部隊がいる場所を説明する。

礼もそこそこに、幼い娘の手を引いて母親は逃げて行った。

その背を、瓦礫を脇に退けた少年が見送る。

 

「もー、こんな所に居たの?坊ちゃん。 」

 

蒼い遮光眼鏡の内蔵されたマスクを被る少年の背に、若い男の声が掛けられた。

振り返ると迷彩柄の忍装束を纏った赤毛の男が立っている。

顔には、鋭い犬歯が突き出た禍々しい猿の仮面を被っていた。

 

「佐助・・・・。 」

「ぶっぶー、今は摩虎羅ですよぉー。ちゃーんとコードネームで呼んでくんないと困るでしょ。 」

「・・・ふぅ・・・面倒だなぁ。 」

 

地獄の最中に居るにも拘わらず、その会話は何処か間が抜けている。

 

彼等は、日本の超国家機関『クズノハ』に所属する剣士(ナイト)達だ。

暗部”八咫烏”でも精鋭中の精鋭、『十二夜叉大将』に属している。

マスクの少年は、その『十二夜叉大将』の称号を得たばかりの新人であった。

名を伐折羅大将(ばさらたいしょう)と言い、赤毛の男は摩虎羅大将(まこらたいしょう)と言う。

 

「全く、俺様はオタク等の教育係だけど、上司でもあるのよ?もちっとそこら辺考えてくんないと。」

 

猿の仮面を被った男が、嘆かわし気に天を仰ぐ。

 

魔虎羅は、主人である”骸”の命令で新人を二人ばかり預かっていた。

しかし、初任務故か、餓鬼二人は全く自分の言う事を聞かず、挙句、単独行動を平然と行う。

 

完全に舐められている。

此処は、上司として厳しく接するのが普通なのだが、伐折羅は兎も角として、もう一人が全く手に負えないでいた。

 

「ごめん・・・人の悲鳴が聞こえたからつい・・・・。」

 

日本刀を左手に持つマスクの少年が、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

こういう、素直な所に可愛気があるのだが、何度注意しても一向に直らない。

本人曰く、困っている人や悪魔に襲われている人がいると勝手に反応してしまうのだそうだ。

父親譲りの猪突猛進な所は、命の削り合いをしている戦場では致命的である。

 

「さっきも言ったけど、此処は日本じゃないんだからね。カトリック教圏内に居るって事忘れちゃ駄目だよ。 」

 

任務とはいえ、異国の地では余所者でしかない。

余計な事に手を出せば、アメリカ合衆国に反感を抱かれる結果となる。

193か国が加盟している国際連合に名を連ねている以上、余計な問題を起こしてはならないのだ。

 

「さぁて、明君・・・・じゃなかった毘羯羅(びから)を早目に探さないとねぇ・・・17代目にバレたら半殺しじゃ済まないよ。」

 

俯いてしょげている少年の頭に優しく手を置いた摩虎羅は、戦場と化したブルックリンの街へと視線を向ける。

 

毘羯羅は恐らく、17代目・葛葉ライドウの所に向かった筈だ。

助ける為ではない。

馬鹿な父親に一喝を入れて、一刻も早く日本に連れ戻すのが目的だ。

 

 

 

「・・・・ごめんなさい。 」

 

か細い妻の声。

清潔なベッドに寝かされている妻に、最早、若かりし頃の面影などまるでなかった。

あれ程美しかった金色の髪は、色を無くし、肌は水分を失い、身体はまるで枯れ枝の様に脆く、今にも折れてしまいそうだった。

 

「何故、謝るんだ。 」

 

ベッドに寝かされている妻の脇で、簡易椅子に座るジョルジュが問い掛ける。

静寂に包まれた病室。

人口呼吸器と心電図の音だけが、室内に木霊していた。

 

「私のせいで、貴女が辛い目に会っているのでしょう? ニーナが・・・・あの子が家を出た原因は全て私の・・・・・。」

「君のせいじゃない。 」

 

ジョルジュは、すっかり細くなってしまった妻・・・ナターシャの手を取る。

愛しい妻。

どんなに変わろうとも、この愛情だけは決して失われない。

 

「私のせいだ・・・・仕事や組織の責務にかまけ、君や子供達を蔑(ないがし)ろにしていた・・・・ココペリの逆鱗に触れてしまったのだよ。」

 

ココペリとは、ホピ族が崇める豊穣の神である。

ココピラウとも呼ばれ、豊作と子宝、そして幸運をもたらすと言われている。

 

「・・・・ナターシャ・・・・実は、ある組織が不老不死の研究をしている・・・私も共同出資をしているんだ・・・もし、その薬が完成すれば・・・・。 」

「・・・・・私は、その薬を飲まないわ。」

 

夫が言わんとしている言葉を察したナターシャが、冷たく断る。

 

夫が、自分の為に同胞であるルチアーノやジョナサンに黙って、ある組織に資金提供している事は知っている。

日本と言う島国にある『ガイア教団』と呼ばれる新興宗教だ。

その道に詳しい知人に頼み、彼の組織を調べて貰ったが、あまり良い噂を聞かなかった。

曰く、反社会的組織なのだという。

 

「ジョルジュ・・・・・愛しているわ・・・・今でも貴方を・・・・。」

「ナターシャ・・・・。」

「でも、貴方がしている事は・・・・多くの哀しみを生む原因になる・・・・私は・・・他者の命を糧としてまで生きようとは思わない。 」

 

”稀人”としての奇異な力が、彼女に夫の心の底を覗かせてしまう。

夫は知っている。

その研究に、多くの罪なき命が犠牲になっている事を。

不老不死の実験には、人の生命エネルギー・・・・マグネタイトが使われているという事を。

 

藍色の妻の双眸から、涙の粒が盛り上がり頬を零れ落ちる。

夫を変えてしまったのは自分だ。

本当の病気を夫に偽り、国が認可した抗がん薬を服用し、その結果、間質性肺炎を発症してしまった。

あの時、ジョルジュに真実を打ち明けていれば・・・・。

否、それは出来ない。

組織やこのNY市に住む人々の為に奔走する夫の邪魔は、決してしたくない。

 

「ジョルジュ・・・・貴方は、誇り高い正義の騎士・・・・どうか、その剣を正しい道に使って・・・・。」

「ナターシャ・・・・。」

 

それが、最愛の妻との最後の会話となった。

 

 

「・・・・・此処は・・・・? 」

 

老騎士の双眸がゆっくりと開く。

視界に入る瓦礫の山。

どうやら何処かの研究施設らしい。

建物の残骸に背を預けている為か、冷たい感触が伝わって来る。

 

「そうか・・・・・”お前”が此処に、私を運んだのか。 」

 

少し離れた場所で、地に突き立つ神器・・・”フルンティング”に視線を向ける。

 

悪霊”アビゲイル”を召喚後、崩れ落ちる地下施設の機材や建物の残骸に押しつぶされたと思っていた。

しかし、神器が元から備える防衛本能なのか、”フルンティング”は、最後の力を振り絞って、主人であるジョルジュを安全なエリアへと運んだのだ。

 

「父さん・・・・・? 」

 

その時、ジョルジュの耳に懐かしい声が聞こえた。

老騎士が其方の方に視線を向ける。

霞む視界の中、10数年前に自分の元から出て行った愛娘の姿が映った。

 

 

 

玄武の唱えた”強制離脱魔法(トラフーリー)”により、薬品研究所の屋上へと逃れたライドウ。

先程の老騎士・ジョルジュ・ジェンコ・ルッソとの戦いで負った傷は、予想よりも深く、激痛でその場に片膝を付いてしまう。

 

「・・・・っ、クソが・・・・・。」

 

切裂かれた右肩を押さえ、光輝く巨人・・・・”アビゲイル・ウィリアムズ”へと視線を向ける。

 

あの悪霊は、かつて自分の師であった16代目・葛葉ライドウの手で封印されていた筈であった。

その封印を、キンナ一族への復讐へと燃える老剣士・ジョルジュによって解かれてしまった。

一刻も早く、再封印しなければ、三年前に起こった『テメンニグル事件』とは、比べ物にならない程の大災害が起きるだろう。

 

「ええ加減にせぇ、その傷じゃ”エリンの四至宝”を操るのは無理やろうが。」

 

呆れた様な溜息を吐いて、四神の一人、玄武が片膝を付く白銀の魔狼を見下ろす。

 

エリンの四至宝とは、ケルト神話に登場する四つの神器である。

一つは、魔の剣・・・・クラウ・ソラス。

二つは、魔の槍・・・・ブリューナク。

三つ目は、運命の石・・・リア・ファル。

そして最後の四つ目が、魔の大釜・・・・ダグダの大釜である。

ライドウが持つゲイボルグは、その四至宝の一つであり、ブリューナクが、時を司る龍・ウロボロスの血を浴びた事で変異し、真紅の魔槍”ゲイボルグ”となったのだ。

 

「ナナシ、魔鎧化を解いて”アモン”を召喚せい。 ワイがカタ付けたるわ。 」

「冗談言うな、俺はまだ戦える。 」

 

粗い吐息を吐きつつ、悪魔使いが立ち上がる。

 

玄武は、アモンの力を使って”アビゲイル”を滅するつもりだ。

しかも、アビゲイルに捕えられたパティごと・・・・。

そんな事、絶対に許す訳にはいかない。

 

「あぁ?・・・・何寝言ほざいとんのや? おどれは一体何者や?『葛葉四家当主』やろうが。天照大御神を守護せし守り人が、こないな異国の・・・しかも下らん理由の為に貴重な時間を潰しとる暇なんかないやろが?」

 

玄武がライドウの胸倉を掴み、視線の高さまで引き寄せる。

 

17代目を襲名し、名実共に四家の一人となったライドウであるが、何時までも餓鬼の様な甘い考えを捨てきれないでいる。

超国家機関『クズノハ』の暗部である”八咫烏”に居た頃は、こんな弱い奴では無かった。

目的遂行の為ならば、どんな卑劣な手段を使っても眉根一つ動かさない冷酷な奴であった。

要人暗殺の為に、その家族を皆殺しにする事もした。

血も涙もない殺人鬼。

しかし、ナナシは変わってしまった。

否、たった一人の男に変えられてしまった。

ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリー。

あの魔剣教団の騎士が、ナナシを脆くて弱い人間に戻してしまったのだ。

 

「おはんのこどんすくたかやろ? せやったら四の五の言わんと、おいの言う事ば聞け。」

「・・・・・・。 」

 

相当、頭に血が昇っているのか、無意識にあれ程毛嫌いしていた鹿児島弁に戻っている。

ライドウは、暫くの逡巡の後、仕方なく魔鎧化を解いた。

 

眩い光と共に、呪術帯で右眼と口元を覆った小柄な少年に戻る。

それに納得したのか、玄武は口元に皮肉な笑みを浮かべると、胸倉を掴んでいた手を離した。

 

「アモンを喚ぶ前に一つだけ条件がある。 」

「なんや?ゆうてみ? 」

「パティを・・・・・あの子を殺さないと誓え。 この事件の黒幕は、ジョルジュ・ジェンコ・ルッソだ。ローエル親子は関係ない。」

 

これだけ追い詰められても尚、あの娘を救おうとしている。

玄武は、呆れた様子で自分の胸元までしかない、小柄な少年を見下ろした。

 

「・・・・勘助並みのドアホウやなぁ・・・・さっきのを見て何も思わんかったのかぁ? とっくにアビゲイルに喰われとるわ。 」

「あの子は、生きている。 俺には、分かる。あの子は、まだ完全に取り込まれてはいない。」

 

同じ”稀人”として、パティが今現在置かれている状況が手に取る様に分かる。

 

あの娘は、強大な霊力を持つ何者かに護られている。

到達者(マイスター)級の力を持つ者によって・・・。

 

両者、暫しの睨み合い。

しかし、先に根負けしたのは、意外にも玄武の方であった。

 

「はぁ・・・・しおあね・・・こないな所で押し問答しても時間の無駄や。オドレの言う通りにしたるわ・・・・じゃっどん・・・。」

「分かってる・・・・この件が片付いたら、すぐ日本に帰るよ。」

 

大分、参っているのか、鹿児島弁と関西弁がミックスされて、分かりづらい言葉遣いになっている。

しかし、ライドウは、そこへは敢えて突っ込まず、右眼を覆っている呪術帯をずらし、『帝王の瞳』を解放した。

 

 

 

薬品研究所地下2階。

崩れた瓦礫を押し退け、真紅の長外套を纏う銀髪の青年が這い出して来た。

忌々しそうに舌打ちし、身体に付いた埃を手で叩き落とす。

 

「ふぅ・・・・危うく生き埋めにされるところだったぜ。」

 

突然、研究所内を襲った直下型の大地震。

隙間を見つけ、咄嗟に入り込んだから難を逃れる事が出来たが、少しでも遅かったら巨大なコンクリート片に激突して、暫く動けなくなっていたかもしれない。

 

「おい、爺さんの居場所はまだ分かんねぇのかよぉ。」

 

己が背負っている大剣に声を掛ける。

先程から、どうにも嫌な予感がして仕方がない。

早く、ライドウを見つけないと取り返しのつかない事になってしまいそうな気がする。

 

 

「・・・・・ヤバイ・・・これってヤバいぜ・・・何で”奴”が此処に居るんだよぉ・・”ノモスの塔”に封印されてる筈じゃ無かったのかよぉ。」

 

 

ダンテの問い掛けを無視し、雷神剣”アラストル”が、酷く怯えた声で、ブツブツと独り言をいっていた。

 

「おい、聞こえてんのかぁ? アラストル。 」

 

背負っている魔具(デビルアーツ)を降ろし、眼前に突き立てる。

殺気を多分に含んだ蒼い双眸に睨まれ、アラストルは小さな悲鳴を上げた。

 

「ひっ、人修羅様ならこの建物の屋上だ。 でも、行かない方が良いぜ? ヤバイ奴が近くにいるからな。」

「ヤバイ奴? 」

 

アラストルの言葉を胡乱気に聞き返す。

 

「”神殺し”だよ。 魔界の最下層で封印されていた筈の化け物がどういう訳か、俺っちの大事なハニーの傍にいるのさ。」

 

『大事なハニー』とは、勿論、ライドウの事だ。

”マレット島”の事件で、身の程知らずにも、アラストルはライドウに腕試しと称して喧嘩を吹っ掛けた。

結果は、火を見るよりも明らかで、素手のライドウに良いようにあしらわれた挙句、簡単に組み伏せられてしまった。

以来、アラストルは、ライドウにベタ惚れ状態になり、「自称、人修羅様の番。」としてストーカーの様に付き纏っている。

 

「屋上まで行く道は分かるか? 」

 

そんなお喋りな魔剣を再び背負うと、ダンテが崩れた天井を見上げる。

 

「は? お前、俺っちの言葉聞いてたのかよ? 」

 

アラストルが、自分の忠告を綺麗にスルーするダンテを慌てて制止する。

 

魔界の中では、”神殺し”は禁忌の存在として今も尚語り継がれている。

アラストル自身、実際にソレを見た訳ではないが、昔、興味半分で、”神殺し”が封印されている古の塔・・・『ノモスの塔』まで行った事があった。

塔付近に近づいたアラストルは、その強大な魔力に畏怖し、尻尾を撒いて逃げ出した。

 

「”神殺し”何て知らねぇ。今は兎に角、爺さんを見つけねぇとな。」

「ふざけんな! 俺っちは絶対行かねぇからなぁ! 行くんだったら一人で勝手に行って勝手にくたばれ!!」

 

あんな化け物と拘わるのは、二度と御免だ。

愛するハニーが、そのヤバすぎる悪魔の傍に何故居るのか、皆目見当もつかないが、己の身が一番大事だ。

しかし、当のダンテは全く魔剣の言葉に耳を貸す様子は無かった。

自分の背中で喚き散らす魔具を放置し、常人より優れた膂力で瓦礫の山を跳び越えて行く。

 

「小僧!! 」

 

瓦礫を昇るダンテの背に、何者かの声が掛けられた。

振り返ると、白銀の獅子とCSI(超常現象管轄局)の捜査官が立っている。

 

「屋上に行くなら、コッチに生きている貨物用エレベーターがある。一緒に付いて来い。 」

 

CSI捜査官、ケビン・ブラウンが、まだ可動出来るエレベーターがある方向を指差す。

自力で上に昇るより、エレベーターで途中まで行く方が速いかもしれない。

ダンテは、素直に彼等の指示に従う事にした。

 

 

光輝く巨人・・・・”アビゲイル・ウィリアムズ”は、怨敵を求めて迷う事無く、クィーンズ区にあるジョン・F・ケネディ国際空港へと向かっていた。

道中、軍の特殊部隊による対空砲火を受けたが、彼女を護る法陣に悉く防がれ、歩みを止める事は叶わなかった。

 

「ちぃ!空間干渉防壁かよ!生意気な真似しやがる!! 」

 

特殊部隊の指揮を取っていたガンナー・ヤンセンが、装甲車に備え付けられたガトリング砲台を手に、舌打ちする。

 

空間干渉防壁とは、自分の存在する空間を操作し、通常攻撃では決して破れない強度を持つ壁の事を指す。

あの光る巨人は、それを自在に創り出し、対空砲火の爆撃から己を護っているのだ。

 

「アレヲ破るニハ、数法系ニ優れた術師ガ必要ダ・・・公子。」

 

ガンナーがいる装甲車の屋根に、何者かが降り立った。

顔と頭部をマスクで覆い、側面から後頭部にかけて先細りの細い器官が何本も生えている。

スカーと同じ種族の亜人だ。

 

「言われなくても分かってる。 障壁干渉装置で何とか穴を空けられないか? 」

 

ガンナーの問い掛けに、マスクの亜人・・・・ボーグが思案気に顎に手を当てる。

 

 

「ヤッテハミルガ、数に限りガアル。 空けられたトシテモ、奴の動きヲ止められる程のダメージは期待出来ないダロウナ。」

 

 

空間干渉装置は、希少な鉱石である精霊石を多量に使用している為、量産が出来ない上に目玉が飛び出る程、高額だ。

CSIに支給される予算にも限界がある。

持てる数も決められており、ホイホイと無駄遣い出来る程、資金面に余裕などない。

 

 

「糞ぉ・・・・人間って生き物は、何でもかんでも金金金だな。 もっと潤沢な資金を寄越せば装備も充実して・・・・・。」

「人間に帰化シタ公子ガ言うと何か違和感がアルナァ。」

 

苛々とした様子で装甲車の硬い外壁を指で叩くガンナーに、ボーグが呆れた様子で肩を竦める。

 

彼等は、見た目通り人間ではない。

ベルセルクと呼ばれる妖鬼族に含まれる悪魔だ。

幾つもの氏族があり、彼等は人間と共存共栄を理想と掲げる穏健派だ。

故に数百年前から人間とは友好的な関係にあり、ガンナーの様に人間のアバター体を造り、そこに自我を移して、人間として暮らす者も極少数ではあるが存在している。

 

「兎に角、USSF(米軍特殊部隊)が到着するまで、奴を足止めするぞ!障壁干渉装置で・・・・。」

 

そう言い掛けたガンナーの言葉が途中で止まった。

彼等の視界、光輝く巨人の背後から、凄まじいスピードで此方に接近する人型の機影が映ったからだ。

 

雄々しい二本角が生えた兜。

鎖を噛み締める鬼の様な形をした大袖に、翼の如くはためく深紅の外套(マント)。

黒を基調とした禍々しき鎧には、金のラインが入っている。

鎧武者・・・・。

ソレを例えるならば、誰もが戦国時代に軍馬を駆る戦士を連想したに違いない。

 

「アレハ・・・・”人修羅”・・・・。」

 

マスクに内蔵されているカメラで、漆黒の武者が右腕に抱える小柄な少年の姿を確認したボーグがぽつりと呟く。

 

呪術帯で口元を覆い、右手には真紅の魔槍”ゲイボルグ”を持つのは、日本の超国家機関『クズノハ』最強と謳われる召喚術師、17代目・葛葉ライドウその人であった。

右眼の蒼き炎を灯す魔眼”帝王の瞳”を解放し、全身には赤いラインが入る文様を浮き立たせている。

 

「・・・・・前言撤回、部隊を前線から退かせる。 大急ぎで此処から離れるぞ。 」

 

赤外線付きの双眼鏡で、悪魔使いの姿を見たガンナーが、忌々しそうに言った。

 

「援護シナクテ良いのか? 」

「分かっている癖にアホな質問するな。 奴が出て来た以上、クィーンズ区(此処)は見捨てる。 」

 

それだけ部下に命令すると、氏族の次期長がそそくさと、装甲車の中に入ってしまう。

 

ガンナーの言う通り、人修羅が出張って来た以上、自分達のやれる事等何一つとして無い。

それどころか、逆に戦闘に巻き込まれて隊が全滅する恐れすらある。

ボーグは、大きな溜息を吐くと、部隊に伝達する為、急発進する装甲車から飛び降りた。

 

 

 

10数年振りに再会する父親。

腹部と首筋に夥しい量の血を流している。

一目見ただけで、既に手遅れだと分かる程の傷だ。

もって後数分、と言ったところだろうか。

 

「父さん・・・・・。」

 

ニーナは、ゆっくりとした足取りで、父の側へと近づく。

ハンドガンを握る手が震える。

自分はこれから、実の父親を殺すのだ。

 

「・・・・ナターシャ、君か・・・・・? 」

 

ジョルジュの口から出た予想外の言葉に、ニーナはぴたりと歩みを止める。

口元を己の血で汚し、優しい微笑みを浮かべるジョルジュ。

大量の血を失い、極度の貧血状態となった父親は、死の間際で幻覚を見ているのだ。

 

「ああ・・・・君が私を迎えに来てくれたのか・・・・どうやら、冷酷な神は、最後に情けを掛けてくれたみたいだな。」

 

愛する女に、血塗れた手を差し伸べる。

 

この街を護る為に、自分は全てを失った。

愛する妻、大事な子供達・・・・兄の様に慕ってくれた戦友・・・。

全てが、彼の目の前で儚く散り、跡形も無く消え失せた。

 

「と・・・・ジョルジュ・・・・・。」

 

何かを感じたのか、ニーナは敢えて父を名前で呼ぶ。

跪くと、ハンドガンを脇に置き、血塗れの手を優しく両手で握った。

 

「すまないな・・・・最後に君の姿を見たいのに、暗くて何も見えない。」

 

弱々しく、自分の両手を握り返す父。

数ある剣士(ナイト)の中でも、選ばれた者しか与えられない剣豪(シュバリエーレ)の称号を持つ父。

幼い時は、強く優れた騎士として、父親が誇らしく映った。

しかし、今は何もない。

自分の手を握るのは、これから死に直面している哀れな老人だ。

 

「私は、此処に居るわ・・・・ジョルジュ。 」

 

自然と熱い涙が頬を伝って流れ落ちる。

そんな娘に、ジョルジュは満足そうな笑顔を浮かべた。

 

「私は、愚かだった・・・・君や家族を顧みない酷い男だった・・・子供達には本当に悪い事をした・・・・特にニーナ・・・あの子は・・・・。」

 

笑顔が瞬く間に哀しく歪む。

今迄して来た自分の行いに、激しく後悔しているのだろうか。

 

 

「君と同じ”稀人”の才能を見た時、私は素直に喜んだ。 君の様な優れた召喚術師にしたくて厳しく接した・・・・ルッソ家の為に・・・・このNYの街の為に・・・・だが・・・。」

 

そこまで言い掛けて、ジョルジュが突然咳き込む。

肺に血が溜り、呼吸が困難になったのだ。

 

「父さん!! 」

 

ごぼりと血を吐き出す父の姿に、堪らずニーナが叫ぶ。

そんな娘の声が聞こえないのか、ジョルジュは尚も独白を続けた。

 

「ニーナの・・・・あの子の大事な娘を利用した・・・・・ロックが奴等に殺されたと知った時、逆上して何も見えなくなった・・・・・奴等への復讐だけしか考えられなくなっていた・・・・・。」

 

故に、16代目・葛葉ライドウが封印した悪霊”アビゲイル”の封印を解いた。

アビゲイルは、人の悪意の集合体。

それを纏めるには、優れた憑代(よりしろ)が必要だった。

”稀人”の力を持つ娘のニーナは、行方を暗まし探し出すのが困難。

そんな時にジョルジュの眼に留まったのが、ニーナの子である孫のパティであった。

 

「ああ・・・・私は取り返しのつかない事をしてしまった・・・・どうか・・・私の孫を・・・パティを・・・助け・・・・。」

 

それが、NYきっての名士である男の最後の言葉となった。

彼は、死の間際で愛する妻と再会した事で、本来の心優しい男へと戻る事が出来たのである。

既に冷たくなった父親の手を、尚も握り続けるニーナ。

彼女と父親の手の上に、一粒、また一粒と熱い涙が零れ落ちる。

 

 

 

光輝く巨人・・・・・”アビゲイル・ウィリアムズ”と対峙する漆黒の魔神。

その右腕が抱える悪魔使いは、蒼き炎が宿る魔眼で、悪霊”アビゲイル”を見据える。

 

「ちっ・・・・これが師匠(せんせい)が倒した悪魔か・・・・。」

 

蒼き魔眼が映すのは、苦悶の表情を浮かべた人々の霊であった。

セイラム魔女裁判によって無実の罪を着せられ、処刑された150人以上の霊が、同じく無念の想いを抱いて死んでいった人間達の霊を次々と取り込んでいる。

それが人の形となり、その表面には怒りと哀しみ、そして呪詛の言葉を吐く人面瘡となって浮き出ていた。

 

こんなモノの中に、パティが囚われている。

 

嫌悪感のあまり、思わず顔を歪めてしまう。

 

「さーて、とっとと始めてサクッと終わらせるかいなぁ。 」

 

そんな悪魔使いを他所に、アモンの鎧を纏った玄武が左掌を宙へと翳す。

すると、蒼白い炎が魔法陣を形成し、そこから身の丈程もある巨大な刀が出現した。

 

「玄武!! 」

「分かっとるわい。 露払いはしたるからオドレは、餓鬼を探して連れ戻して来い。 」

 

玄武が如何にも面倒臭そうに、そう応える。

蒼き燐光がアモンの鎧から発し、左手に持つ大剣の刃から、同色の炎が吹き上がった。

 

一方、突如現れた天敵に、怒りの形相を露わにする巨人。

本能的に、相手が自分を滅する力を持つ強敵であると判断した彼等は、死への恐怖故か、威嚇の唸り声を上げる。

それに呼応するかの如く、展開する幾つもの魔法陣。

獲物を焼き尽くさんと数千度の炎を纏う紅き龍が現れる。

火炎系最上級魔法・・・・”マハラギダイン”だ。

しかし、その地獄の業火が、漆黒の鎧を纏う魔神に届く事は無かった。

魔法干渉結界・・・・”マカラカーン”の障壁が、アビゲイルの放つ炎の魔法を悉く弾き返す。

己の放った炎をまともに浴びた巨人が、二、三歩と下がる。

 

戦闘形態へと変わる鎧の魔神。

鬼の形をした大袖が、咥えていた鎖を咬み千切り、禍々しい顎を開く。

全身を包む髑髏の形をした蒼き炎。

纏っていた外套(マント)も髑髏の炎へと変わり、夜空を明々と照らし出す。

 

 

「ふっ・・・・やっぱり土佐守(とさのかみ)と再契約したか・・・・一度、裏切ったとはいえ、”人喰い龍”はカオルを手放す気が無いらしいな。」

 

そんな人智を超えた戦いを、建物の屋上から眺める一つの影。

グレーのスーツを着る包帯の男・・・・ジャン・ダー・ブリンデだ。

ケビンとの戦闘で、左腕を肘の先から失った包帯男は、強制離脱魔法(トラフーリー)を使い、此処まで逃れていた。

 

「いやぁ、美しい・・・・アレが噂に聞く”神殺し”なのかい? 」

 

そんな包帯男の側へと近づく一人の男。

漆黒の長外套に同色のシルクハット。

浅黒い肌に、右眼には金のモノクルを付けている。

 

セルビアを中心に活動している秘密結社(フリーメーソン)『黒手組(ブラックハンド)』に所属する死霊使い(ネクロマンサー)、サウロンだ。

 

「サウロン・・・どうして此処に? 」

 

私用で、ロンドンに居る筈の死霊使いに、ジャンが胡乱気に問い掛ける。

 

「なぁに、君の様子を伺いに来たのさ。そろそろ薬が切れる頃合いだろうと思ってね。 」

 

そう言って、サウロンは銀のアルミケースを包帯男へと投げて寄越す。

自然とソレを受け取るジャン。

中身を開くと、紅い液体で満たされた注射シリンジが一本入っていた。

 

「随分と気前が良いな・・・・俺は、まだノルマを達成していないぞ? 」

 

サウロンが提示した金額まで、まだ満額揃えてはいない。

にも拘わらず、希少な霊薬を与える死霊使いの意図が全く読めないでいた。

 

「私にとって君は、貴重な実験材料兼足だ。君に動けなくなられると私が困る。 」

 

浅黒い肌をした壮年の男は、ニヤリと口元に笑みを浮かべると、再び視線を蒼い炎を纏う魔神へと向ける。

襲い来る無数の死霊達を、大剣で薙ぎ払う魔神・アモン。

その姿は、さながら北欧神話のラグナロクの様だ。

 

「要するに使いっぱしりって事か・・・。」

 

ジャンは、アルミケースから取り出した注射器を無造作に自分の首へと打ち込む。

紅い霊薬が躰の中へと浸透し、欠損していた左腕の肉が盛り上がり、瞬く間に再生していく。

また、そればかりではなく、腐敗を始めた肉体も元の躰へと修復された。

 

「これでどれぐらいもつんだ? 」

「半年・・・・・と、言っても”エリクシア”の試作品だ。何時、薬の効果が切れるかは分からん。 」

「いい加減だな・・・アンタのモルモットにされる俺の身にもなってくれよ? 」

 

ジャンは、傍らに立つ死霊使いに呆れた溜息を吐く。

 

「おやおや・・・・私は死人の君を現世に蘇らせた恩人だぞ? 少しは感謝して欲しいものだがね? 」

 

10数年前に、国連とヴァチカンの連合軍によって行われた”シュバルツバース”破壊計画。

二上門地下古墳で発見された”聖櫃(アーク)”。

大霊”マニトゥ”が護りし、聖なる箱の中には膨大なエネルギーが封印されていた。

それを使い、シュバルツバースを閉じようとしたが、聖櫃の中に封印されていたエネルギーは、彼等の予想を遥かに上回る程、強大だった。

案の定、コントロールを失い暴走。

地下古墳内は煉獄の世界と化し、多くの調査隊達が犠牲となった。

その中に、ライドウの番であったヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーもいたのである。

 

「当然、感謝はしている。 アンタのお陰でもう一度、現世の陽の光を浴びる事が出来たんだからな。」

 

肉体の八割方を失い、それでもあの煉獄から抜け出したヨハンを偶然、その場に居合わせたサウロンが拾った。

仮死状態になったヨハンに、仮初の肉体とジャン・ダー・ブリンデの名前を与えたのがこの男である。

 

「なら、私の為に何をすべきか・・・・・君なら分かっているだろ? 」

「ちっ・・・・それが難しいから苦労してんだろうが。」

 

悪戯っぽく微笑む死霊使いに、ジャンは忌々し気に舌打ちする。

 

サウロンが求めるモノは、”絶対者”の力だ。

全ての因果律を支配する彼等の力を使い、不老不死の霊薬”エリクシア”を完成させる事。

その為に、ジャンを手駒として生かしているのだ。

 

「さて、もうそろそろ戻らねばな・・・・この後、クライアントと会食する約束をしているのだよ。」

 

胸ポケットから、高価な宝石が埋め込まれた銀の懐中時計を取り出したサウロンが、時刻を確認してぽつりと呟く。

そして、不貞腐れるジャンの方を振り向き。

 

「良かったら、君も付き合うかね? 」

 

と、誘った。

 

「相手は? 」

「ビクター・ローラン・・・現在、薔薇十字結社(ローゼンクロイツ)を纏めている最強の血族(ロード・オブ・ヴァンパイア)だ。私の大事なパトロンの一人だよ。」

 

銀の懐中時計を胸ポケットに仕舞ったサウロンが、ジャンの質問に応える。

 

薔薇十字結社は、その構成員の殆どが長命種(ヴァンパイア)であり、人間社会に上手く溶け込んでいる。

組織の長は、3長老と呼ばれる最強の血族(ロード・オブ・ヴァンパイア)が就任する決まりとなっており、三人が二百年の周期で交代を繰り返していた。

 

「確かあの組織には、4代目剣聖殿がいたな・・・。」

「ああ、あのボンクラか・・・・歴代剣聖の中でもずば抜けた才能を持つが、頭が馬鹿過ぎてとても人の上に立つ器ではないらしい。ローラン殿もその事で、随分と悩んでいたよ。」

 

4代目剣聖、アルカード・ヴィラド・ツェペシュは、薔薇十字結社(ローゼン・クロイツ)に所属する剣士(ナイト)だ。

正当なる長命種の始祖の血と人間の血を持つヴァンピールで、組織の中でもトップクラスの実力を持つ。

しかし、根が純粋で馬鹿が付く程、真面目。

おまけに有り得ない様な間違い、勘違いを繰り返す為、任務の際は必ず大事故を起こすという厄災が人の形を作った様な奴だ。

目下、現組織の長であるビクターの頭痛の種であり、扱いにほとほと困り果てているらしい。

 

「まぁ、他組織の内部事情等、全く興味は無いがね。 」

 

そう言って、サウロンは空中に異空間へと続く扉を作るとさっさと中に入ってしまう。

そんな雇い主に肩を竦め、後へと続くジャン。

最後に、魔神・アモンとその右腕に抱かれる悪魔使いへと一瞥を送った。

 

 

クィーンズ区を舞台に繰り広げられる悪霊”アビゲイル”と魔神”アモン”との戦いも最終局面を迎えていた。

ライドウの魔法により、強化された蒼き炎の刀身を持つ大剣が、”アビゲイル”の障壁を縦に切り裂く。

アモンが放つ斬撃は、障壁を破壊するだけに留まらず、光の巨人の躰にも傷を負わせていた。

大きく切り開かれる巨人の胸元。

そこから溢れ出る大量の死霊達。

力を失い、巨人の顔が苦痛で歪む。

 

「今や!ナナシ!! 」

 

玄武の声を合図に、ライドウが”アモン”の腕から飛び降りる。

真紅の魔槍”ゲイボルグ”の秘めたる力を解放し、白銀の鎧を纏う悪魔使い。

白狼と化したライドウが、悪霊”アビゲイル”の切り開かれた胸元から彼女の体内へと侵入した。

 

 

 

アビゲイルと従妹のベティ・パリスは、とても仲良しだった。

何時も一緒に居る為、隣近所からは、しばしば本当の姉妹ではないかと思われていた。

アビゲイルの両親は、ネイティブ・アメリカンに両親を殺害され、その後は叔父・サミュエル・パリスと共にセイラムで住んでいた。

 

ある日、セイラムの小さな田舎町に奇妙な事件が起こった。

アビゲイルと従妹のベティが、とある民家の煙突に登っていたのだ。

それを発見したのは、街の牧師であるディオーダッド・ローソンであった。

少女二人を捕まえた村人達は、身体が有り得ない方向に曲がっていたのを見て大変驚いたのだという。

直ぐに二人は、街の医師であるウィリアム・グリッグスの元で診察を受ける事になった。

しかし、どんなに彼女達を調べても医学的根拠が見つかる事は無かった。

そこで、ウィリアム医師は、何らかの魔術的要因が元で起こった事では無いかと示唆した。

すぐさま、尿検査が行われた。

少女二人の尿を採取し、それを混ぜたケーキを犬に食べさせるという方法だ。

ケーキを食べた犬がもし、彼女達と同じ症状を発症すれば、魔術的理論を証明出来る。

案の定、犬は彼女達と同じ症状を現し、直ぐに犯人を炙り出す為の魔女裁判が行われた。

 

 

眼も眩む様な、強烈な光の洪水。

暫しの静寂後、人の気配を感じた白銀の鎧を纏う魔狼が、ゆっくりと閉じていた瞳を開く。

 

「此処は・・・・? 」

 

どうやら何処かの街の広場らしい。

木造建築の民家や酒場と思われる店が、まばらに建っている。

一目で、現代ではなく西部開拓時代のとある小さな田舎町である事が分かった。

 

突然、人の悲鳴と怒声がライドウの耳に聞こえた。

見ると二本の木材を組み合わせた逆L字型の絞首台に、二人の罪人らしい男女が首に縄を掛けられ、立たされている。

必死の形相で、無実を訴える罪人達。

その絞首台の下では、この街に住む民衆達と、自警団らしき屈強な体躯をした男達が立っていた。

 

 

「セイラム魔女裁判・・・・か。」

 

余りにも惨過ぎる光景にライドウは、言葉を失う。

 

中世ヨーロッパでは、天変地異の結果による飢餓、感染病、そして貴族による重税で民衆の暮らしは困窮を極めていた。

そんな人々のはけ口として”魔女裁判”と呼ばれる、事実無根の非人道的な裁判が行われていたのである。

 

セイラム魔女裁判は、ソレの典型であり、アビゲイル・ウィリアムズという当時13歳ぐらいの少女の告発によって、200人以上もの罪なき人々が虐殺された事件であった。

 

よく見ると処刑台のすぐ傍に、甘栗色の髪をした一人の少女が、地面に膝を付いて懸命に祈りを捧げている。

恐らく、あの娘が、告発者のアビゲイル・ウィリアムズなのだろう。

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、謝罪の言葉を何度も何度も繰り返していた。

 

 

「人間とは・・・・実に哀れで弱い生き物だ。 」

 

そんな民衆達を嘲笑うかの如き声。

振り返るとそこには、白髪の牧師が無慈悲にも絞首刑に吊られる二人の罪人と、それを取り囲む民衆達を眺めていた。

 

「意図も容易く狂気へと走る・・・・だから、私が救わねばならん・・・忠実なる神の下僕であるこの私が・・・・。」

 

目尻に涙を溜めた牧師は、死人の様に肌色が悪く、酷く痩せていた。

白銀の鎧を纏う悪魔使いの脇を通り抜けると、立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 

「・・・・ウィリアム・グリッグスか・・・・。」

 

一目で、牧師の正体を見破ったライドウが、呻くように呟く。

悪魔使いに名前を言い当てられた途端、町医者の顔がみるみる笑顔に変わった。

 

「流石は、”絶対者”。私の正体をあっさりと見抜くとはなぁ。 」

「アンタがこの馬鹿気た裁判を起こした張本人か・・・・あの可哀想な娘を使って。 」

 

鋭い眼光で、目の前の牧師を睨み付ける。

 

この亜空間に飛び込んだ刹那、ライドウは全てが理解出来た。

否、理解してしまった。

この事件の真相を。

 

「その通り・・・・当時、彼等はイギリス国協会の宗教的弾圧によって、一族郎党を皆殺しにされ、この地へと逃れて来た者達だった。」

 

この街に住む者の殆どが、イギリス国領内に住む一般市民であった。

豊かな土地で慎ましくも幸せに暮らしていた彼等は、理不尽な宗教的弾圧によって、全てを奪われてしまったのである。

おまけに当時は、ペストという伝染病が大流行であった。

岩だらけの荒んだ土地に押し込まれた彼等は、病気と飢えから次第にやり場の無い怒りを募らせていく様になった。

 

「君は、少し勘違いをしているようだが、私は彼等の怒りを解放してやっただけだ。アビゲイルと従妹のベティに幻覚剤を飲ませ、魔術によって操られたと嘘を吹き込んだだけだよ。」

「・・・・・・。」

「疑心暗鬼になって、殺し合いを始めたのは、この村の大人達だ。アビゲイルは最後まで真実を叫んでいたのになぁ・・・。」

 

痩せた牧師は、哀れな眼で跪いて一心不乱に祈る娘を見つめる。

グリッグス医師によって、大量の幻覚剤を呑まされたアビゲイルは、彼の言う通りに告発を行った。

自分達が置かれている理不尽な状況に、不満を爆発させた市民達は、存在しない”魔女”を信じ込んだ。

弾圧によって住んでいた土地を奪われたのも、飢饉や伝染病で苦しめられているのも全て”魔女”のせいだと決めつけた。

そして『セイラム魔女裁判』は起こったのである。

 

「外道め・・・・天使なら何をしても良いのか? 」

「私の役目は、人々の苦しみを救済する事だ・・・それに、私が手を下さずとも、いずれ伝染病で滅ぶ運命にある町だったからな。」

 

だから、マグネタイト回収の為に利用させて貰った。

そう、吐き捨てる牧師の胸に、真紅の魔槍”ゲイボルグ”の切っ先が突き立つ。

無感情で、己の胸部を刺し貫く槍を見下ろす牧師。

顔を上げたその口元には、嘲笑の笑みが張り付いていた。

 

「私は、思念体だ・・・・こんな事をしても無駄だよ。」

「知ってる・・・コイツは、てめぇのせいで怨霊になった哀れな娘とこの街に暮らしていた人々の怒りだ・・・しっかりと受け止めろよ。」

 

渾身の魔力を切先へと込める。

真紅の輝きを放ち、牧師の肉体は爆発四散した。

 

 

 

 

半壊した薬品研究所。

唯一、生きている貨物エレベーターを使い屋上まで辿り着いたダンテ達は、街の惨状に思わず息を呑んだ。

ブルックリンの街は破壊され、クィーンズ区の方面が深夜にも拘わらず、空が朱に染まっている。

そして、そこに見えるのは光輝く巨人と蒼き炎を纏う魔神の姿。

 

「魔王・アモンだと・・・・番もいないのにどうやって? 」

「玄武君ですよ・・・・どうやら、ライドウ君は元鞘に収まったみたいですねぇ。」

 

ケルベロスの疑問にそう応えたのは、瓶底眼鏡の科学者だった。

背後にモデル並みのプロポーションを持った美人の助手と、ケビンの部下、数名を従えている。

 

「エド、他の連中は一体何処だ。」

 

ケビンが、隊の指揮を任せていた部下、ジェームズ・エドワーズに声を掛ける。

 

「市民の避難誘導に当たらせています・・・・それと・・・。」

 

エドワーズは、手短にJ・F・ケネディ国際空港の現状と上空で法王猊下を乗せたヴァチカンの専用機を待機させている事。

そして、ブルックリン区とクィーンズ区の被害を上司に報告する。

 

「おい、何処に行こうってんだよ? 」

 

そんな彼等を他所に、無言で屋上から下へと飛び降りようとしている銀髪の大男。

嫌な予感を感じた雷神剣”アラストル”が、慌てた様な声を上げた。

 

「決まってんだろ? 爺さんの所に行く。」

「ばっか!お前!これ以上、俺っちを巻き込むんじゃねぇよ! 死ぬんなら一人で死ね! 」

 

この男は、若年性の認知症か鳥頭か?

自分の言った忠告を完全に忘れている。

アラストルが、これ以上、付き合ってはいられないと元の悪魔の姿へと戻ろうとした時であった。

 

「止せ、小僧。 お前が出来る事は何一つとして無い。」

 

ダンテの行く手を塞ぐ様に、銀の鬣を持った美しい魔獣が立ち塞がった。

 

「退けよ?ワン公。」

 

苛正し気に舌打ちしたダンテが、銀の魔獣を睨み付ける。

 

「ダンテ・・・・悪い事は言わない。17代目の事は忘れろ・・・アレは、お前の手には届かない存在だ。」

 

こんな事を言っても、決して彼はライドウを諦めないだろう。

だが、この男を此処で死なせる訳にはいかない。

何故なら、彼はいずれこの現世で必要になる男だからである。

 

「お前の愛は決して報われる事は無い・・・・どんなに愛しても、成就する事は決してない。逆に、17代目を苦しめるだけだ。」

「るせぇ、お前に言われる筋合い何てねぇよ。」

 

ケルベロスの言わんとしている事が、嫌でも分かる。

自分とライドウとでは、生きて来た年数も次元も違う。

所詮、自分は荒事を生業とする街の便利屋で、ライドウは日本という国の所有する組織の幹部だ。

いずれ己の役目を全うする為に、自分の手元から去ってしまう。

 

ダンテは、無言で魔獣を押し退けると軽々と屋上の柵を跳び越え、建物の下へと降りてしまう。

成す術も無く、視界から消えていく銀髪の青年を見送るケルベロス。

その傍らにCSI(超常現象管轄局)のNY支部長が近寄る。

 

「なーんかよ、昔の俺達を見ているみたいで切ないよなぁ。」

 

愛用の煙草に火を点け、溜息と共に煙を吐き出す。

自然と今のダンテの姿と17代目・葛葉ライドウの姿が、若かりし頃の自分達と重なる。

お互い想い合いながらも、その生い立ち故に、決して結ばれぬ二人。

所詮、神と人間。

生きて来た環境も、そして一番重要な寿命すらも違う。

ケビンは、彼女より先に老いて死ぬだろう。

しかし、ケルベロスは違う。

その無限ともいえる不老不死が故に、愛する男と共に生きる事は決して叶わないのだ。

 




もう少し、話を先に進めたかったです。
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