偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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人物紹介

ジョン・マクスゥエル・・・ヴァチカン13機関(イスカリオテ)司令。ライドウの古くからの友人。

ガーイウス・ユリウス・キンナ・・・・ヴァチカン市国、法王庁、現教皇。 世界的有数な大企業・ヘルメスのCEOでもある。



チャプター 22

未だ戦闘が続くクィーンズ区。

悪霊”アビゲイル”から放たれる最上級核熱魔法『フレイダイン』をアモンの鎧を纏った玄武が、蒼き炎を纏う大剣の刀身で薙ぎ払う。

返す刃での斬撃。

大剣より発生する衝撃波が、意図も容易く巨人の左腕を付け根から斬り落とす。

激痛により悲鳴を上げる悪霊の群。

全身に浮き出る不気味なデスマスク達の表情が、怨嗟と苦痛で醜く歪む。

しかし、それで攻撃の手を緩める玄武では無かった。

哀れな霊達に、尚も無慈悲な刃を振り下ろす。

両脚の腱の部分が、バックリと大きく割れる。

立っていられず背後へと倒れる巨人。

その衝撃で、建物が倒壊し、アスファルトの道路に巨大な亀裂が走る。

 

 

「ちぃ、何て戦いしてるんだよぉ。 」

 

人の常識を遥かに超える戦いを見せられ、ガンナーが装甲車の中で忌々し気に呟く。

 

彼等、特殊部隊は、今迄、クィーンズ区で大量発生した悪魔の駆除と一般市民の避難誘導を行っていた。

だが、悪霊”アビゲイル”の出現、魔王・アモンとその使役者である”人修羅”の介入により、一時撤退を余儀なくされたのである。

現在は、市民の避難誘導と保護を最優先事項とし、無人探査機のドローンを数台飛ばして、街の中央で大暴れしている二体の化け物の監視を行っていた。

 

「・・・・10数年前ニ見た奴ト形が違うゾ? 」

 

特殊部隊1個師団を前線から引かせたボーグは、ガンナーと同じ車両に乗り込み、無人探査機から送られる映像を眺めていた。

画面に映されているアモンは、まるで戦国時代に戦場を駆け回った鎧武者の様な出で立ちをしている。

 

「俺も詳しい事は知らんが、その手の専門家の話によると、”神殺し”って悪魔は、決まった形が無いエネルギーの塊なんだと。使役者が従えるパートナーの潜在能力によって、その姿形を変えるらしい。」

 

ガンナーが、同じ氏族の仲間に説明してやる。

 

”神殺し・アモン”とは、膨大なエネルギーの生命体である。

魔界では、強大な力を持つ悪魔を次々に取り込んだ事により、その凶悪無比な力を恐れた魔王達が、彼を”ノモスの塔”へと封じた。

そして、ソレを解放し、使役に成功したのが、17代目・葛葉ライドウなのである。

 

 

 

両脚の腱を切断され、立ち上がれぬ悪霊”アビゲイル”。

それでも、魔力を集中し、最上級火炎魔法”マハラギダイン”を放つ。

だが、その火の顎がアモンを喰らう事は叶わなかった。

逆に蒼き炎が、”アビゲイル”が放つ火炎魔法を呑み込み、己の血肉へと変えてしまう。

 

「無駄や、”神殺し”に魔法攻撃は一切通用せん。コイツは質の悪い悪食やからなぁ。」

 

冷酷に光る金の双眸が、無様に地に倒れ伏す哀れな悪霊達を見下ろす。

 

”神殺し・アモン”に、全ての魔法攻撃は吸収されてしまう。

又、物理攻撃も同様で、強固な鎧がどんな攻撃も弾き返してしまうのだ。

正に、最強無比とはこの事を言うのかもしれない。

 

(まぁ、その”アモン”でも、ウチの大将には傷一つ付けられへんのやけどなぁ。)

 

魔界全土を恐怖の底へと叩き落したアモンですらも、十二夜叉大将の長である”人喰い龍”には敵わない。

アレは、次元の違い過ぎる生き物だ。

三代目、剣聖として天部の才を欲しいがままにしていた己に、初めて『恐怖』という名の言葉を教えた男。

あの時の衝撃と、畏怖は今も尚忘れる事が出来ない。

 

 

「それにしても、ナナシの奴、一体何時まで油を売っているつもりや。ええ加減にせんとお前ごと封印してしまうでぇ? 」

 

好い加減、この不毛極まる戦いにも飽きた。

圧倒的な力で、敵を踏みにじるのは気持ちが良いが、やり過ぎると後味が悪くなるだけだ。

もっと強い奴と戦いたい。

剣人としての悪い癖が、頭をもたげてくる。

 

アモンの鎧を纏う玄武は、無数に襲い掛かる死霊の顎を大剣で薙ぎ払いつつ、大きな溜息を吐いた。

 

 

 

悪霊”アビゲイル”、異次元体内。

 

真紅の魔槍”ゲイボルグ”の刀身が閃き、喰種と化した死霊の群を斬り裂いていく。

 

彼等の魂を縛り付けていた思念体・・・・街医者のウィリアム・グリッグスを消し去った途端、街の様相が一転した。

処刑場の広場に集まっていた民衆が、次々と凶悪な喰種へと変じたのだ。

同じく、喰種と化したアビゲイルの金切り声を合図に、死霊達が白銀の魔狼へと襲い掛かる。

それを”ゲイボルグ”で斬り伏せる悪魔使い。

死霊達の群を薙ぎ倒し、彼等に指示を出している悪霊”アビゲイル”へと迫る。

 

「待ってろ、今楽にしてやる。 」

 

真紅の魔槍を巧みに操り、哀れな少女の霊へとその刃を振り下ろす。

”ゲイボルグ”の鋭い刀身が、華奢な少女の胸に深々と突き刺さった。

想像を絶する苦痛と恐怖で、悪鬼の形相と成り果てていた少女の顔がみるみるうちに安らかな表情へと変わる。

”ゲイボルグ”の切っ先から放たれる浄化の光が、500年にも及ぶ少女の苦痛と絶望を癒しているのだ。

 

「あ・・・・り・・・が・・・とう。 」

 

心からの嘘偽りの無い感謝の言葉。

ライドウとアビゲイルを中心に、取り囲む様に立っていた死霊達も、浄化の光を浴びて安らかな眠りへと就く。

眩い光の放流。

気が付くとアビゲイルと死霊の群は、跡形も無く消え去り、鬱蒼と茂る草原の中に、白銀の鎧を纏う悪魔使い唯一人が残されていた。

 

 

 

ケネディ国際空港。

漸く着陸許可が下りたヴァチカン専用旅客機が、エアポートへと降り立つ。

すぐさま、数台の装甲車に護られた給油作業車が近づき、燃料補給が行われた。

 

「はぁ・・・・折角、楽しいショーが始まっているというのに、外に降りられんとは残念だ。 」

 

若き法王、ガーイウス・ユリウス・キンナは、10インチのIpadを膝に乗せ、実につまらなそうに飛行機の窓に頬杖をつく。

Ipadの画面には、漆黒の鎧を纏う魔王と光の巨人が、壮絶な死闘を繰り広げていた。

 

「堪えて下さい猊下。 この飛行機の装甲は対悪魔を想定して造られています。万が一、何か不測の事態が起きたとしても、この中に居れば安全です。」

 

米軍の特殊部隊が操る無人探査機をハッキングして送られる生の映像を見ても、この男の好奇心を満足させるまでには至らないだろう。

ヴァチカン13機関(イスカリオテ)司令、ジョン・マクスゥエル枢機卿は、困った様子で秀麗な眉根を寄せた。

 

「ふん・・・・これが魔王”アモン”か・・・・確か、召喚術師の番の肉体を媒体として様々な形態へと変わる悪魔らしいな? 」

 

そんな枢機卿を他所に、ユリウス・キンナは膝の上に置かれたIpadに視線を落とす。

そこには、髑髏の形をした蒼き炎を纏う、漆黒の魔神が映し出されていた。

 

「はい・・・しかし、誰しもが、17代目の番になれたからといって、アモンの力が手に入る訳ではありません。 人智を超える精神力と肉体を持つ者のみが、あの鎧を纏えるのです。 」

 

アモンの力は、想像を遥かに絶する程、強大だ。

勿論、その力を行使するには、それ相応の力を持つ者でなければならない。

優れた才能とセンスを持つ、前の番”クランの猛犬”ですら、アモンの鎧を纏う事が出来なかった。

 

「・・・・・君なら、アモンの鎧を纏う事が出来るんじゃないのか? 」

 

ユリウスが、真向いに座る美丈夫へと視線を向ける。

 

「まさか・・・・私には無理ですよ。 」

 

そんなユリウスの言葉を、マクスゥエルはあっさりと否定する。

 

アモンの鎧を纏うという事は、17代目・葛葉ライドウの番になるという事。

いくらかつての友人とはいえ、ライドウがヴァチカン(此方)に来る事は無いし、あの”人喰い龍”がソレを許さないだろう。

 

「まだ、愛しているんだろ? 彼の事を・・・・。」

「・・・・・っ。」

 

ユリウスに心の奥底に押し込めている想いを言い当てられ、普段は無表情なマクスゥエルの顔を不快に歪める。

そんな、義理の弟を見て、兄の口元に意地悪な笑みが浮かんだ。

 

「ふふっ、どうやら図星か? アナスタシアが今の君を見たら、嫉妬で怒り出しそうだな? 」

「猊下・・・・っ!」

 

とんでもない事を平然とのたまう若き法王に、流石のマクスゥエルも不愉快を隠せない。

珍しく怒りの表情を見せる義理の弟に、降参だと言わんばかりに若き法王が両手を上に上げた。

 

「冗談だよ・・・そう怒るな。 それに、妹もアレで人生経験は豊な方だ。 君の過ちを知っても焼餅は焼くだろうが、本気で怒る事はしないだろう。」

「・・・・・。 」

 

この男は、一体何処まで自分とライドウの関係を知っているのだろうか?

確かに、ユリウスが言う通り、自分は一度だけ17代目と肉体的関係になった事はある。

あの当時は、お互い若かったし、何よりもライドウ自身のメンタルがかなり酷い状態であった。

自殺しかねない程、追い詰められたライドウを慰める為に、彼を抱いた。

それだけだ。

行為を終えた以降は、ライドウが一方的に自分との距離を置く様になったし、仕事でもあからさまに避ける様になった。

実際、三年前も、療養の為、ライドウが一時、ヴァチカンに身を寄せていたが、仕事の合間を縫って面会に来たマクスゥエルを断っている。

大学時代の同期であり、親友の射場・流にそれとなくライドウの様子を伺ったが、マクスゥエルに逢う気は無さそうだと言われた。

 

気を遣われている。

マクスゥエルは、内心そう思った。

彼は、マクスゥエルの将来を気にしているのだ。

イタリアの破綻した経済事情を救ったキンナ一族の女性を娶(めと)り、ヴァチカン13機関(イスカリオテ)の総責任者。

おまけにこの歳で、枢機卿の位まで得ている。

傍から見たら、まさに順風満帆の人生だろう。

そんなマクスゥエルに、暗殺者(アサシン)の過去を持つ自分は、汚点にしかならない。

そう、17代目は思って、敢えて自分との距離を取っているのだ。

 

 

目を醒ますと、見知らぬダイニングルームにいた。

テーブルの向こうには、大きな窓があり、綺麗に整備された庭園が広がっているのが見える。

 

「此処・・・・何処? 」

 

見事な金の髪をもった幼い少女・・・・パティは、未だ眠そうに目をこする。

確か自分は、祖父のジョルジュと一緒に夕食を食べていた筈だ。

緊張と不安で、とても食欲などわかなかった。

 

「あら?目が覚めたの? 」

 

ダイニングルームから庭園へと繋がる掃き出し窓が開き、50代初めぐらいの女性が入って来た。

手には、可愛らしいピンクと白の花が咲いている小さな鉢植えを持っている。

 

「・・・・・・ナターシャ御祖母ちゃん? 」

 

パティは、優しい微笑みを自分に向ける女性を一目見ただけで、彼女が誰なのか全て理解出来た。

自分と同じ金の髪を持ち、淡いブルーの瞳を持つ女性。

祖父、ジョルジュが唯一愛した人だ。

 

ナターシャは、真向いに座ると愛らしいガーベラの花が咲いた小さな鉢植えを孫の目の前に置いた。

 

「綺麗な花・・・。」

「ふふっ・・・・ガーベラって言うのよ・・・私の娘・・・ニーナもこの花が好きだった。」

 

そう言った祖母は、何処か遠くの出来事を想い出しているかの様だった。

 

ナターシャは、ガーデニングが趣味だった。

娘のニーナも、幼い時は良く母親と一緒に庭の手入れを手伝った。

息子のロックを出産後、体調を崩し、入退院を繰り返したが、その度に、娘のニーナが病室に自分が育てた花を見舞いとして持って来てくれた。

 

「色によって花言葉も違うのよ? ピンクのガーベラは、「感謝」と「崇高美」。 白は、「希望」と「律義」を意味しているの。」

 

ナターシャは、鉢植えに植えられている二輪のガーベラを見つめながら、丁寧に孫に教えてやる。

そして、何かを感じ取ったのか、背後にある掃き出し窓を振り返った。

 

「どうやら、お迎えが来ちゃったみたいね。」

「お迎え・・・・? 」

 

不思議そうに首を傾げたパティが、祖母の見ている視線の先を辿る。

すると、庭園の垣根の向こうから、真紅の魔槍”ゲイボルグ”を持つ白銀の騎士が使づいているのが分かった。

 

「ライドウ!! 」

 

騎士の正体を悟った少女が、椅子から立ち上がる。

転がり落ちる様に椅子から降りると、掃き出し窓へと飛びつく。

窓を開けて外へと出て行く孫の後に、祖母のナターシャも続いた。

 

 

「ライドウ!ライドウ!! 」

 

夢中で垣根の出入り口から外に出て、跪いて自分を迎える白銀の魔狼へと飛びつく。

少女が抱き着くのと同じく、鎧が眩く光り、元の悪魔使いへと戻った。

 

「有難う・・・心優しき召喚術師(サマナー)さん。あの、可哀想な娘と街の霊達を解放してくれたのね? 」

 

祖母のナターシャが、真紅の魔槍”ゲイボルグ”を背負って、幼い少女を抱き上げる悪魔使いに優しい微笑みを向けた。

 

「貴女は、もしかしてナターシャ・ジェンコ・ルッソさんですか? 」

 

左眼と口元を呪術帯で覆った悪魔使いが、唯一露わにしている右眼で目の前に立つ初老の女性を見つめる。

 

「ええ・・・そうよ。 現世への未練が故に幽世(かくりょ)を彷徨っていた私の魂を、その子の持つ指輪が導いてくれた。」

 

ナターシャの淡いブルーの双眸が、パティの右手薬指に収まるホープダイヤモンドへと向けられる。

 

「この子が悪霊達に捕り込まれなかったのは、貴女のお陰だ。 」

 

ホープダイヤモンドの輝きに導かれ、ナターシャは孫の元へと来る事が出来た。

悪霊の集合体である”アビゲイル”にパティが喰われなかったのは、一重にナターシャの力のお陰である。

彼女の優れた霊力が、悪霊達の浸食を未然に防いでいたのだ。

 

「・・・・ジョルジュを・・・あの人を許してあげて・・・彼を狂わせたのは、全て私のせいです。心無き者達の誘惑に負け、こんな大惨事を引き起こしてしまった。 」

「・・・・・・。」

「あの人は、誰よりもこのNYの街を愛していた・・・・私や子供達を愛してくれた・・・・それなのに、私は・・・・・。」

「御祖母ちゃんのせいじゃない!お爺ちゃんも、お母さんも、ロック叔父さんも悪くない!」

 

二人の会話に、パティが割って入る。

ぽろぽろと愛らしい頬を伝って涙の粒が零れ落ちる。

そんな心根の優しい孫の頬を拭ってやると、ナターシャは一輪のガーベラを渡す。

 

「召喚術師(サマナー)さん、これから先、幾多の試練が降りかかろうとも、決して希望を見失わないで。 」

「ミセス・ナターシャ・・・・。」

「さぁ、もう行って・・・・時期に此処の空間も閉じます。」

 

孫の手にしっかりと握られた一輪の白いガーベラの花。

それを見たナターシャは、満足した笑顔を浮かべると一歩、後ろへと下がる。

すると、三人の間を隔てるかの如く、地面に大きな亀裂が入った。

 

「御祖母ちゃん!! 」

 

徐々に離れていく祖母に向かって、パティが懸命に手を伸ばす。

その右手薬指には、祖父、ジョルジュから渡された”ホープ・ダイヤモンド”の指輪が輝いていた。

 

 

クィーンズ区、市街地。

光輝く巨人の動きが唐突に止まる。

 

「ふん、漸くカタつけたんかい。」

 

上空を飛翔する漆黒の鎧を纏った魔神が、蹲る巨人を見下ろす。

その巨体に走る無数の罅(ひび)。

そこから漏れ出る眩い光が四肢を包み、半壊したビルや店、アスファルトや横倒しになった車を照らして行く。

巨体が完全に砕け散り、光の放流が天を貫く。

いわれなき迫害や暴力、そして飢饉や疫病による恐怖と怒りによって縛られていた人々の魂が救済された瞬間であった。

 

光の柱から、見事なブロンドの髪をした幼い少女を腕に抱く白銀の魔狼が現れる。

緊張と恐怖からか、疲れにより深い眠りに就いているパティ。

その幼き少女を安全な場所に寝かせると、ライドウは魔鎧化を解いた。

 

 

「ほぅ、餓鬼は無事だったみたいやな? 」

 

光の柱が消え去るのと同時に、アモンの鎧を解除した玄武が、悪魔使いの前に現れた。

 

「ホピ族の巫女が、この子を護ってくれていた。彼女がいなかったら、パティは悪霊達に利用された挙句、殺されていた。」

 

一輪のガーベラの花をしっかりと握る金髪の少女。

彼女を護ったのは、優れた霊力と魔力を持つホピ族最後の巫女であった。

ジョルジュの妻、ナターシャは、死しても尚、このNYの街と愛する娘の子を見守り続けていたのである。

 

「ま、結果はどうあれ一応終わったんや・・・とっとと日本に・・・・。」

 

そう言い掛けた玄武の言葉が、途中で止まる。

視線の先に、銀髪の便利屋を見つけたからであった。

急いで此処まで来たのだろう。

粗い息を繰り返しつつ、ダンテが此方へと近づく。

 

「あーっ、たく・・・面倒くっさいのが来たわ。」

 

玄武は、盛大に溜息を吐き出すと、胸ポケットから愛用の煙草を取り出し、使い捨てライターで火を点ける。

そして、此方に来る銀髪の便利屋を忌々しそうに眺め・・・・。

 

「殺すか・・・・。」

 

と物騒な事を煙草の煙と共に、吐き出した。

 

「待て!俺がケリをつける!頼むから手を出さないでくれ!」

 

そんな玄武を慌てて制止するライドウ。

暫しの間睨み合う二人。

魂を震えさせる剣聖の闘気を当てられても尚、悪魔使いは一歩も引き下がる様子を見せなかった。

 

「ちっ・・・・ワイもホンマ甘いわ。 これだから弁助に舐められるんや。」

 

しかし、引き下がったのは意外にも玄武の方であった。

忌々し気に舌打ちすると、愛刀の『阿修羅』で肩を叩きつつ、ライドウから視線を外す。

 

「10分やで? それ以上は待てへん。 もし一秒でも過ぎたらあの餓鬼、うっころすからなぁ。」

「・・・・・分かった。 」

 

ライドウは、後の事を玄武に任せ、ダンテの元へと歩み寄った。

 

 

 

ブルックリン区ウシリアムズバーグのベリー通り。

クィーンズ区へと続くその通りを一人の女性が走っていた。

ニーナ・ジェンコ・ルッソである。

父、ジョルジュの最後を看取った彼女は、”神器・フルンティング”の能力を使って、倒壊した薬品研究施設から脱出する事が出来た。

両手でしっかりと父の遺品となった神器を握り締め、彼女は娘のニーナを救うべく、激戦が行われている市街地へと向かう。

すると、そんな彼女の目の前に再び、あのマスクの少年が現れた。

 

 

「パティ!! 」

 

マスクの少年が背負っている少女が、自分の愛娘であるパティであると知ったニーナは、慌てて駆け寄る。

マスクの少年・・・・・毘羯羅大将から、愛しい我が子を受け取るニーナ。

その際、パティの眼がうっすらと開く。

 

「・・・・・お母さん? 」

 

自分と同じ金色の髪を持つ女性。

面影が祖母のナターシャに良く似ている。

 

「御免ね‥‥御免ね。パティ。 」

 

神器を右手に、愛する我が子を抱き締める。

自然と、母の首筋に腕を回すパティ。

母の腕の中は、ナターシャと同じガーベラの花の香りがした。

 

「もうすぐ、アメリカ陸軍の対悪魔専門特殊部隊が此処に来る。見つかると面倒事になるから早めにこの街から離れた方が良い。」

 

毘羯羅はそれだけ告げると、母子に背を向けた。

 

「待って!最後に貴方の名前を教えて! 」

 

無言で去って行こうとする少年の背に、ニーナが思わず声を掛ける。

この少年は、日本の超国家機関『クズノハ』の中でも汚れ仕事を専門に行う暗部の戦闘要員だ。

普通ならば、関わり合いにならない方が賢明だろう。

しかし、この少年をこのまま行かせるのは忍びなかった。

一言でも、娘に会わせてくれた礼が言いたかった。

 

「・・・・・遠野・明。」

 

そんなニーナの内心を悟ったのか、マスクの少年はコードネームではなく、本当の名前を彼女に告げる。

そして、再びニーナ達親子に背を向けると、暗闇に溶け込む様にして消えた。

 

 

 

クィーンズ西部、中央地区。

証券ビルや銀行、貿易商のビル等が立ち並ぶビジネス街は、悪霊”アビゲイル”と魔王”アモン”との激闘で、その殆どが壊され、酷い様相を呈していた。

 

その市街地中央に立つライドウとダンテ。

少し離れた場所には、おかっぱ頭の青年が崩れた建物の壁を背に、事の成り行きを腕組みして眺めていた。

 

(ひぃ・・・・拙い・・・・これは、非常に拙いんだぜ。)

 

ダンテに背負われた雷神剣”アラストル”が内心冷や汗を掻く。

彼の優れた探知能力が、三つの強大な気を持つ人間の存在を教えていた。

一人は、ダンテから数メートル離れた軍のモノと分かる破壊された装甲車の影。

一人は、ガラス窓が全て割られ、無残な姿を晒しているビルの屋上。

そして、もう一つが一番問題であった。

人間とも悪魔とも判別出来ぬ巨大な気の塊。

悪魔使いから少し離れた位置に立つ、おかっぱ頭の青年であった。

実力は、魔王クラス・・・否、それより遥かに超えるだろう。

下手をすれば、あの初代剣聖に匹敵する程の力の持ち主だ。

 

拙い・・・・確実に殺される。

 

「なぁんだ、折角、パーティーに間に合う様に急いだってのに、結局間に合わなかったみたいだな。」

 

戦々恐々とするアラストルを他所に、銀髪の青年はいつもの軽口を叩く。

大袈裟に手を広げ、肩を竦めるダンテ。

そんな魔狩人に対し、小柄な悪魔使いは無言で此方を眺めている。

 

「どうした?爺さん、年甲斐もなくはしゃぎ捲ったから、疲れちまったのか? 」

「・・・・潮時だな・・・・。」

 

無邪気な笑顔を浮かべるダンテに、ライドウがポツリと呟く。

口元の笑みが消え、ダンテの双眸が鋭く変わる。

 

「本当に、楽しかったんだぜ?お前と便利屋ごっこをするのは・・・出来る事ならずっとレッドグレイブ(あの街)に居たかった・・・。」

 

まだ半年近くしか経っていないというのに、遥か遠くの出来事の様に感じる。

呪術帯で覆われた顔が、哀し気に歪む。

もし叶うのならば、ごっこではなく、本当に街の便利屋として彼と共に過ごしたかった。

 

「お前も知っているとは思うが、俺は日本と言う国が所有するとある組織の人間だ。今現在、彼の国は危機的状況にある。俺は、”葛葉四家”の当主として、我が身に変えても祖国を救わねばならない。」

 

それが、日本の超国家機関『クズノハ』に属する悪魔召喚術師としての役目だ。

17代目・葛葉ライドウの銘を襲名した以上、日本の国の為に全身全霊を捧げねばならない。

 

「日本に・・・・帰るってのか? 」

「ああ・・・・元々は、KKK団(クー・クラックス・クラン)の内部事情を探る為にNY(此処)に居た訳だからな。法王猊下暗殺未遂の首謀者であるジョルジュ・ジェンコ・ルッソが死亡した以上、俺が此処にいる意味は無くなった。」

 

本心で此処に残って、お前と過ごしていた訳ではない。

暗にソレを揶揄され、ダンテの顔が暗く陰(かげ)る。

何処までも糞真面目で、何処までも融通が利かない。

だが、そこに堪らなく惹かれてしまう自分がいる。

 

「俺も一緒に行く・・・・”シュバルツバース”ってのを閉じるのがアンタの役目なんだろ?だったら、俺も・・・・。」

「駄目だ・・・お前は此処に残るんだ。」

「爺さん!」

「”アビゲイル”が滅びたからといって、このNYから悪魔の脅威が消えた訳じゃない。テレサやライカン達を助けてやってくれ・・・彼等にはお前の力が必要なんだ。」

 

有無を言わせぬライドウの言葉に、ダンテはそれ以上何も言えなくなってしまう。

何時か、こんな日が来る事はある程度予感していた。

不図、ケルベロスの言葉が脳裏を過る。

 

『17代目の事は忘れろ・・・アレは、お前の手には届かない存在だ。』

 

確かにその通りだった。

満天に輝く星を手に入れたくて、懸命に背伸びしている幼子の様に、こんなに近くに居ても、決してライドウの心は自分のモノにはならない。

 

もうこれ以上、話す事は無いと、呆然とする青年に背を向ける。

無言で去って行くライドウの小さな背。

刹那、例える事が出来ぬ激情がマグマの如く噴き出す。

 

自分の手元から離れる事等許さぬ。

もし、離れるのならば、その翼をへし折ってやる。

 

最早、制御不能な感情の波が荒れ狂い、無意識に脇のホルダーに収まっている二丁の双子の銃、”エボニー&アイボリー”を引き抜いていた。

 

「坊主!止めろ!! 」

 

ダンテに背負われた雷神剣”アラストル”が、堪らず吠える。

物陰に隠れた二つの影も、条件反射で得物を手に掛けていた。

一触即発の危険な空気が周囲を包む。

唯一、玄武だけが、ニヤニヤとこの状況を楽しんでいた。

 

一体、何時間そうしていただろうか?

否、実際は数分だったのかもしれない。

撃鉄に掛けていた指がブルブルと震える。

鼓動が激しく胸を叩き、粗い息が繰り返し、口から吐き出される。

視界から消えていく、悪魔使いの背に、どうしても引き金を引けない自分がいた。

 

(行くな・・・行くな・・・行かないでくれ・・・・。)

 

心の中で、哀願にも近い言葉を何度も呟き続ける。

しかし、そんな願いも虚しく、視界から完全に消えるライドウの姿。

絶望と疲労から、力を失い、銀髪の青年ががっくりとその場に膝を付く。

 

遠く、地平線からゆっくりと登る太陽。

その淡い光が、茫然自失となったダンテの姿を優しく照らした。

 

 

 

「はぁーい♡ ダンテ君とのお別れは済んだかな? 」

 

一旦、彼等が宿泊しているラガーディア空港付近のホテルに戻る事にしたライドウ達の前に、ヴァチカン専用の装甲車が停まった。

中から、能天気にニヤニヤと笑う瓶底眼鏡の科学者が降りてくる。

その傍らには、当然の様に美人アシスタントであるアレックスが控えていた。

 

「ちっ、まーた変なのが湧きおったわ。 」

 

玄武が、ウンザリとした様子で舌打ちする。

因みに、万が一の事を想定して物陰に待機させていた摩虎羅大将と、その部下である伐折羅大将は、先にホテルへと戻らせていた。

勿論、もう一人の毘羯羅大将もパティ・ローエルを母親に引き渡したら、速やかに帰還せよと命じている。

 

「おや? そちらにおられるのが三代目剣聖殿ですか? いやぁ、光栄だなぁ・・日本でも超が付く程の剣豪に逢えて♡ 」

「はん、世辞はええわい。 それよか、一体何の用や? 」

 

ぶっちゃけ、これ以上、余計なモノには関わりたくない。

早くホテルに帰って、熱いシャワーを浴びた後は、17代目とベッドでにゃほにゃほしたいというのが本音だった。

そんな玄武の内心を見透かしたのか、瓶底眼鏡の科学者がニンマリと厭(いや)らしい笑みを浮かべる。

 

「実は、ジョン・F・ケネディ国際空港で法王猊下が、この一件で是非、お礼を言いたいと貴方方をお待ちしておりましてね・・・・もし、お時間がありましたら猊下の元までご案内致したいと思ったんですよ。 」

「ガーイウス・ユリウス・キンナ・・・・か。」

 

法王庁の主であるヴァチカン法王自らが、自分達との謁見を望んでいる。

普通で考えるならば、ソレはとても光栄な事である。

しかし、事件の真相を知るライドウにとっては、NYの名士を狂気に走らせた張本人であるユリウス法王猊下に直接会う事を躊躇わせた。

 

「ええで? 勿論、謝礼はぎょうさん貰えるんやろうなぁ? 」

 

だが、ライドウのそんな葛藤を他所に、番である玄武が勝手に謁見を承諾してしまう。

咎める様に、番であるおかっぱ頭の青年を睨み付けるライドウ。

そんな悪魔使いに対し、玄武はどこ吹く風であった。

 

「もーちろん♡ たーっぷりお礼はさせて頂きますよぉ。 」

 

流が、隣に立つ美人アシスタントに目配せする。

科学者の意図を察したアレックスが、右手に持つアタッシュケースを取り出し、ぎっしりとドル紙幣が詰まった中身を見せた。

隙間なく詰まった札束を前に、玄武の相好が厭らしく崩れる。

そんな、金に対して何処までもがめつい番に、ライドウは思わず額に手を当てた。

 

 

 

ケネディ国際空港へと向かう装甲車の中。

前金として半額を貰い、上機嫌の番を目の前に、小柄な悪魔使いは、心底軽蔑しきった眼差しを向けている。

 

「金で事件の真相を帳消しにしろって事か・・・・・。」

 

我慢出来ず、ポロリと余計な事とは知りつつ、口から漏れ出てしまう。

そんな悪魔使いに、上機嫌で札束の枚数を数えていた玄武が、呆れた様子で舌打ちした。

 

「はぁ? ばかすくら(馬鹿者)、じんじ(余計)な事を言うなや。張り倒すぞ?オドレ。」

「鹿児島弁なんて分かんねぇよ、ちゃんと標準語話してくれ。」

 

機嫌が悪くなると途端に、故郷の鹿児島弁が出てしまう番を前に、ライドウが大袈裟に肩を竦める。

そんな二人を横に、ヴァチカン最高の頭脳である科学者が、思わず吹き出してしまった。

 

「いやぁ、確かに今回の一件は、僕達”ヴァチカン”側にも非があるよ?でもねぇ、事件の要因となった”武装放棄令”にもちゃぁんと理由があるんだ。」

 

一頻(ひとしき)り笑った後、流は目の端に溜まる涙を指で拭いつつ、そんな事を二人に言った。

 

「どんな理由があるんだ? 」

 

魔導師・ギルド内で強い権限を持つ事以外に、一体どんな理由があるというんだ?

そんな疑問を胸に秘めつつ、ライドウが隣に座る眼鏡の優男を鋭く睨む。

 

「それは猊下に直接聞いたらどう? 法令を考えたのは猊下自身なんだからさぁ? 」

 

他人の口ではなく、”武装放棄令”を発令した張本人から聞け。

いくら友人でもそこまで話す義理は無い。

暗にそう言われたみたいで不機嫌になるライドウに対し、流は実に楽しそうに眼鏡の下の双眸を細めるのであった。

 

 

ジョン・F・ケネディ国際空港。

マンハッタン中心部から南東に約24KMに位置するこの巨大空港には、9つのターミナルを持つ全米第一位かつ世界有数の国際ハブ空港として有名であった。

そのエアポートに、法王猊下専用の巨大な旅客機が停泊している。

その空港内、ユナイテッド航空のターミナル7付近のラウンジにて、ヴァチカン最高の権力者であるガーイウス・ユリウス・キンナ法王が、数名の護衛を従え革張りのソファに座っていた。

 

「君が噂の”人修羅”くんか? まるでフランス人形の様に美しいな。」

 

両手を顎の前で組んだ若き法王が、目の前に傅(かしず)く悪魔使いを無遠慮に眺めている。

歳の頃は、未だ50代にもいってはいないだろう。

下手をすると自分と同年代か、幾分、年下かもしれない。

 

「この度は、猊下に謁見出来た事を恐悦至極に・・・・・。」

「ああ、堅苦しい挨拶は抜きにしてくれ、そういうのは苦手なんだ。」

 

型通りの挨拶をしようとしたライドウを、若き法王猊下が途中で止める。

そして、玄武とライドウを真向いのソファに座る様促した。

 

「こうして見ると本当に美しいな・・・・上級悪魔と融合し、その膨大な魔力を手に入れ、5大精霊魔法だけではなく、あらゆる法術をマスターした魔導師(マーギア)の到達者(マイスナー)・・・・是非ともウチに欲しい人材だ。」

 

呪術帯を外したライドウの素顔に、ユリウス法王猊下が感嘆の溜息を零す。

これで、今年40代半ばだというから驚きだ。

自分の後ろに直立不動で立つジョン・マクスゥエル枢機卿も、ライドウと同年代であるが、それでも真向いに座る悪魔使いの方が遥かに歳下に見える。

 

 

「一々、大袈裟に褒めなくても、猊下の所には優秀な人材が沢山いると思いますが?」

 

ライドウの隣に座る玄武が、憮然とした表情で言った。

 

玄武が指摘する通り、ヴァチカンには13機関(イスカリオテ)の他に、強化人間で構成されている機械歩兵団、”テンプル騎士団”がいる。

それに、下世話な話ではあるが、17代目・葛葉ライドウは、十二夜叉大将の長”骸”の御手付きとして、その界隈では結構有名だ。

葛葉の正統な血統ではないライドウが、17代目を襲名出来たのは、己の躰を使って”骸”に取り入ったという陰口すら叩かれている。

勿論、この若き法王猊下もそれを知らぬ筈が無かった。

 

「私は欲張りな質でね? 気に入ったモノは、どうしても手に入れないと気が済まぬ性格をしているのだよ。」

 

そんな玄武に対し、ユリウスは自虐的な笑みを口元に浮かべた。

イギリスの巨大IT企業、ヘルメスのCEOであり、若くして法王庁の最高権力者となった男。

欲深く、野心家で、人間と言う本質を誰よりも知る人物だった。

 

「だから”武装放棄令”を各国の秘密結社(フリーメーソン)に発令したのですか? 愛する街の為に、全てを捧げた男の大事な家族すら奪って。」

 

鋭い右眼の隻眼が、真向いに座る若き法王へと向けられる。

 

現在、ヴァチカンは魔導士ギルド内で強大な権力を持っている。

その力をより確固たるモノにする為、又、各国に点在する秘密結社(フリーメーソン)に法王庁の力を知らしめる為に、”武装放棄令”を強制的に強いているのだと、ライドウは言いたいのだ。

 

「貴様!無礼だぞ!! 」

 

ユリウスの背後に控える竜騎兵(ドラゴンライダー)の一人が、ライドウに向かって声を荒げた。

超国家機関『クズノハ』の幹部クラスとは言え、彼等にとってはたかが悪魔召喚術師の一人にすぎない。

その取るに足らない術師が、よりによって法王庁の長に嫌味を言ったのだから、彼等が憤るのは当然であった。

 

「落ち着け・・・・君も修道士の一人なら、この程度で心乱すな。」

「げ、猊下・・・・。」

 

そんな竜騎兵の一人を嗜めるユリウス。

憤った竜騎兵が思わず言葉を失う。

 

「ふむ・・・・どうやら、君は私がジョルジュ・ジェンコ・ルッソの息子を謀殺したと勘違いしている様だな。」

 

思案気に顎に手を当てたユリウスが、真向いに座る眼帯の少年を見つめる。

その眼光を黙って押し返すライドウ。

ユリウスの口元に笑みが浮かぶ。

 

「アレは事故だよ・・・・私は一切介入してはいない。 事件後、ジョルジュ氏の御子息があの現場に居たと初めて知らされたぐらいだからね。」

「私にソレを信じろと・・・・? 」

「信じる信じないは君の自由だ・・・・それに、縦しんば私がジョルジュ氏の息子を事故に見せかけて殺せと命じたとしても、それを此処で素直に話すと思うかね? 」

 

確かに、ユリウスの言う通りだ。

このラウンジには、13機関(イスカリオテ)司令、ジョン・マクスゥエル枢機卿と三人の竜騎兵(ドラゴンライダー)、そして化学開発部総責任者である射場・流の他に、CSI(超常現象管轄局)の捜査官数名と、U.S.Army Special Forcesの中将とその部下と思われる女性がいる。

自分から、不利になる様な発言などする筈が無い。

 

「ライドウ君、君にこんな事を話しても分かっては貰えないだろうが、私はこの世界を愛しているのだよ? 」

 

哀し気に顔を歪めるユリウス。

果たしてそれが演技なのか、それとも本心なのか、今のライドウには判断が出来なかった。

 

「ギルドが、人身売買で幼い子供を買い、使い捨ての兵士として育てている事は知っているかね? 当初、私はその事実を知った時、激しいショックを受けた。」

「・・・・・。」

「悪魔の侵攻から、人類を護る・・・・しかし、今現在、その護り手は余りにも少ない。その上、人間同士のつまらぬ諍いで、悪魔に対抗しうる技術は分散し、防戦一方となっているのが現実だ。」

 

ユリウスが何を言わんとしているのかは、大体理解出来る。

彼は、『武装放棄令』を使い、各国の秘密結社(フリーメーソン)が持つ技術を一つにしたいのだ。

そして、より対悪魔に特化した軍事力を築き上げる。

そうなれば、非人道的な手段で手に入れた少年兵を使い捨ての駒にする事も、徴兵令によって無理矢理、資格を持つ者達を集める必要もなくなるのだ。

 

(はぁ・・・・アホらし、綺麗事ばっか並びたてて反吐が出るわ。)

 

そんなユリウスを、ライドウの傍らに座る玄武が、白けた表情で眺めていた。

 

ユリウスが言っている事は、全て建前であり、己の利益になりえる事は何一つとして話してはいない。

如何にも、市民の為の公約を掲げて街頭演説をしている政治家共と同類に見えてしまう。

国の為に痛みを強いて貰う・・・・ならば、お前等、政治家も同じぐらいの痛みを背負え。

 

「それ故、私は悪法と知りつつも、この法令を施行したのだよ? そして、それを邪魔する輩は決して許す訳にはいかない。」

 

ユリウスが次に言わんとしている言葉を察して、ライドウが思わず立ち上がる。

悪魔使いの思わぬ行動に、周囲の空気が一気に凍り付いた。

座っていたソファから離れ、床へと膝を付くライドウ。

周囲が固唾を飲む中、法王猊下に向かって土下座をする。

 

「猊下!どうか、KKK団(クー・クラックス・クラン)の解体を思いとどまって頂きたい!」

 

血を吐く様な叫び。

こんな事を言って、この男が納得するとは思えない。

しかし、今自分が出来る事はコレしかなかった。

 

「KKK団(クー・クラックス・クラン)は、西部開拓時代から人類を悪魔の脅威から護って来た組織だ。貧困層の市民達に寄り添い、彼等の為に懸命に働いている。今、彼の組織を失ったら、大勢の人間や亜人達が路頭に迷ってしまうのです。」

 

ジョルジュを狂気に墜としたのはこの男だ。

しかし、KKK団(クー・クラックス・クラン)の命運を握っているのもこの男であった。

今、あの組織を失ったら、テレサ姉弟や多くのライカン達、そしてパティ親子の居場所が無くなってしまう。

 

そんなライドウを冷めた視線で見る玄武。

テーブルに頬杖を突き、冷ややかに法王猊下に頭を下げる番を見守る。

 

馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、まさか此処まで愚か者だとは思わなかった。

ガーイウス・ユリウス・キンナという男は、己の目的の為なら、どんな手段にも訴える外道だ。

そんな奴に対して、情で訴えるなど愚かしいにも程がある。

 

ユリウスの背後に立つ13機関(イスカリオテ)司令のジョン・マクスゥエルも玄武と同じ気持ちであった。

無表情ではあるが、秀麗な眉根が哀し気に寄せられている。

 

「一つ君に問いたい・・・・何故そこまでしてあの組織に拘(こだわ)る? 」

 

床に額を擦(こす)り付ける葛葉四家当主に、ユリウス法王猊下が、呆れた様子で言った。

 

ライドウ程の立場の人間ならば、KKK団(クー・クラックス・クラン)等、三流魔術師や剣士が揃った取るに足らぬ弱小組織だ。

この国には、CSI(超常現象管轄局)やU.S.Army Special Forcesの様に、対悪魔を想定とした特殊部隊が揃っている。

故に、KKK団(クー・クラックス・クラン)の様な組織が潰れようとも、痛くも痒くもなかった。

 

「力無き者達を護る為です・・・・・。」

 

ユリウスの問い掛けに伏せていた顔を上げる悪魔使い。

その真摯な瞳を暫くの間眺めていたユリウスは、一つ溜息を吐く。

 

「ふむ、これは判断に困ったな・・・・私一人では決めかねん。」

 

お手上げという様子で天を仰いだ若き法王は、後ろに控える異端審問官枢機卿を振り返った。

 

「そうだ、ジョンと17代目の二人で話し合って貰おう。その結果次第で彼の組織の処分を決める。」

「・・・・っ、猊下! 」

 

悪戯っぽい視線を此方に向ける主に向かって、無表情だったマクスゥエルの相貌が大きく崩れた。

 

「そうと決まれば、私達は一時退散した方が良いな。 悪魔の襲撃騒ぎで、長時間飛行機に閉じ込められたんだ。ホテルの広いベッドでゆっくりと躰を伸ばしたい。」

 

そんな従者の様子を完全に無視した若き法王は、座っていたソファから立ち上がる。

そして三人の竜騎兵(ドラゴンライダー)を従え、未だ床に両膝を付く悪魔使いを残してラウンジから出て行ってしまった。

 

 

「あ・・・・あのぉ・・・・何だか話し合いが終わったみたいなんですけどぉ・・・。」

 

余りの緊張の為、止めていた息をゆっくりと吐き出した若き海兵隊、リン・クロサワが、上司であるダッチ・シェーファー中将を見上げる。

 

ヴァチカンの法王猊下を間近で見るのは、生まれて初めてだし、噂に聞く『人修羅』を生で見たのも当然初めてだ。

不謹慎ではあるが、二人の姿を愛用のスマホで写メしたいという欲求はあるが、敢えてそれは押し留めている。

 

「早々に軍、本部に帰還し、トレンチ大将に報告する。」

 

ダッチは、部下のリンではなく、隣に居るタイラーにそれだけ告げると、さっさと踵を返した。

戸惑うリンを促し、空港の外に待機させているUSSF専用の装甲車へと向かう。

 

「大分、変わったな・・・・アイツ。」

 

清掃が行き届いたゴミ一つ無い綺麗な床に、両膝を付いている悪魔使いを無言で眺めていたタイラーが小さく呟く。

 

彼と初めて出会ったのは、”シュバルツバース破壊計画”の時であった。

当時は、ダッチと同じUSSFに在籍しており、シュバルツバースから這い出る悪魔の掃討を任されていた。

もう十数年以上も前になるが、あの時は、冷酷無比で破滅的な奴だと思った。

しかし、今の彼は全くの別人だ。

他者の為に、何ら利益にならない事に首を突っ込む様な奴ではなかった。

彼をあそこまで変えた原因を、タイラーは素直に知りたいと思った。

 

 

 

「ささっ、剣聖様も此方にどーぞ♡ 」

 

革張りのソファに踏ん反り返る玄武に向かって、何故か揉み手している瓶底眼鏡の科学者が近寄った。

 

「あぁ? 何でオドレと一緒に行かなアカンねん。 」

「もー、ユリウス法王猊下のお話を聞いたでしょ? 空港の近くにあるホテルを貸し切りにしちゃいましたからね? 超高級料理とワイン、それと綺麗処の御姉さん達も用意しましたよん♡ 」

「ちっ、しゃーないなぁ・・・・。」

 

綺麗処の御姉さん、という単語に敏感に反応した玄武が、ウキウキした様子で立ち上がる。

英雄色を好むという諺(ことわざ)があるが、玄武はまさにそれを体現した様な奴であった。

床に両膝を突き、顔を俯けている番を完全に無視すると、流と一緒に予約されたホテルへと向かう。

後に残されたのは、ジョン・マクスゥエル枢機卿と17代目・葛葉ライドウの二人だけであった。

 

「・・・・顔を上げろ、ライドウ。何時までそうしているつもりなんだ? 」

 

両手と両膝を床に突き、俯いたまま未だ無言の友人に向かって、ジョンが声を掛ける。

 

静まり返る空港のラウンジ内。

床に手を突くライドウの右掌が、悔し気に握り締められる。

 

「何で・・・・俺はこんなに無力なんだ・・・・。」

 

最初から、ユリウスの掌で良いように弄ばれていた。

KKK団(クー・クラックス・クラン)の命運は、ユリウスが握っており、財産全てを没収し、最悪、国外から追放する事も、首謀者の一人として投獄する事も出来るのだ。

ライドウが土下座し、懇願したからと言って、ユリウスの心が動く筈もない。

 

「君は、この街を救った・・・・ジョルジュの暴走を喰い止め、悪霊”アビゲイル”を討伐した・・・・それ以上に一体、何を求めるんだ? 」

 

立ち上がる気力すらも無い友人の傍らに、ジョンが跪く。

 

傍から見れば、マクスゥエルの言う通り、ライドウはNYの街を救った英雄だ。

称賛されこそすれ、非難される理由など微塵たりとてない。

事の原因を生み出したKKK団(クー・クラックス・クラン)は解体され、関係者は投獄、国外追放を受けて当然なのだ。

 

「・・・・ジョン、頼む。フォレスト家には手を出さないでくれ、前当主、ジョナサン・ベッドフォード・フォレストは、ルッソ家とマーコフ家の謀反を防ごうとして殺されたんだ・・・・彼等は被害者だ。頼むから全てを奪う様な真似だけはしないでくれ。」

「ライドウ・・・・・。」

 

こんな時にも尚、悪魔使いは他者の行く末を心配している。

法衣の袖を掴む友人の手に自分の手を重ねる。

 

ライドウの言いたい事は、良く判る。

だが、この惨事を引き起こしたのはKKK団(クー・クラックス・クラン)であり、実際、NYの市民達にも甚大な被害が発生している。

フォレスト家が無関係だとしても、何の責任も取らせずに無罪放免では、この街に住む市民達が納得できる筈もない。

 

「これ以上、介入するのは君の為にならない。フォレスト家にはそれ相応の処罰を受けさせねばならん。当然、組織は解体、秘密結社(フリーメーソン)からも除名させるつもりだ。」

「ジョン!」

 

怒りの形相で、自分の腕を掴む友人をジョンは、敢えて振りほどく事はしなかった。

薄い蒼の双眸が、静かにかつての友を見据える。

 

「俺はあの現場に居たんだ・・・・お前の部下が調査隊の救難信号を握り潰したのも知っている!そのせいで到着が遅れ、ロック・ジェンコ・ルッソを含む隊員の全員が死亡した!」

 

無遠慮に胸倉を掴む友を、マクスゥエルは冷めた表情で見つめる。

ライドウが言っている事は全て事実だ。

ジョンが異端審問官の一人を現場に派遣し、ロック謀殺の為に彼が所属していた調査隊に嘘の情報を流し、危険地帯に向かわせた。

案の定、調査隊は上級悪魔の襲撃に会い、救難信号を本部へと送った。

本部に待機していた部下が、救難信号を無視し、それが原因で、ロック達調査隊は全滅したのである。

 

「・・・・・証拠は? 」

 

マクスゥエルの冷たい一言に、ライドウの動きが止まる。

暫しの睨み合い。

しかし、先に折れたのはライドウの方だった。

胸倉を掴んでいた両手が、力無く離れる。

 

「確たる物証も無しに、発言するべきではないな・・・そんな事をすれば君の立場が悪くなる。」

 

項垂れる友人を冷たく見下ろす。

ライドウが言っている事は、全て状況証拠だ。

提示できる物証が無ければ、途端に立場が逆転する。

そんな事、分からぬ程、子供では無いだろうに・・・。

 

「君は・・・・変わったな・・・・初めて会った時は、人形の様に無感情な奴だと思っていたが・・・・。」

 

マクスゥエルの手が、優しく悪魔使いの頬に触れる。

 

こんな風に他者を想いやれる優しい心根の人物では無かった。

人形の如く無感情で、任務達成の為ならば、どんな汚いやり方にも手を染めた。

あの当時は、畏怖と共に素直に美しいと感じた。

しかし、今は違う。

目の前にいる友人は、何処にでもいる至極普通の人間だ。

 

「君をそこまで変えたのは、あの魔剣教団の騎士か・・・・名は、確かヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリーと言ったか・・・・。」

 

まだ、この友人は10数年前に死亡した元番を愛している。

ライドウは、何も応えない。

只、辛そうに眉根を寄せ、双眸を閉じている。

 

そんな二人の様子を空港内に設置された監視カメラをハッキングして覗いている不埒な影が二人。

法王庁の主、ユリウス法王猊下と科学技術開発局の総責任者、射場流だ。

二人は、空港の駐車場に停車している装甲車の中で、IPADから映し出される映像を興味津々といった様子で眺めていた。

 

「うーん、二人共奥手なのかもどかしいなぁ・・・・こう、濃厚なキスとか、胸熱い心躍る展開を期待していたんだがなぁ・・・。」

「”アイーダ”の見過ぎですよ? まぁ、アッチは二つの国に引き裂かれた男女の悲恋を描いた物語ですけどね。」

 

そんな不埒な発言をのたまう法王猊下に、呆れた様子で真向いに座る瓶底眼鏡の科学者が言った。

 

ラウンジを後にした彼等は、装甲車内に引き込んで、監視カメラの映像を盗み見ていた。

因みに、玄武はアレックス達の案内で、空港近くのホテルの高級スィートで酒池肉林の宴を開始している。

 

「別にライドウ君の肩を持つ訳じゃないですけどね、今回の件でフォレスト家は、我々ヴァチカンやCSI(超常現象管轄局)に大分協力的でした。おまけに若年層のホームレス救済や、各福祉事業にも率先して従事している。もし、事業停止、財産没収なんてしたら市民から暴動が起きますよ? 」

 

背凭れに身を預けた流が、豪奢な法衣を纏う若き法王陛下を眺める。

 

流の言う通り、貧富の差が激しいNYで、フォレスト家の様な資産家一族が福祉事業に手を貸してくれるのは大変ありがたい。

前当主、ジョナサン・ベットフォード・フォレストが率先的に行っており、それは当主代理であるテレサに引き継がれている。

もし、彼等がいなくなったら、低所得者や貧民層の家族の生活は、一気に苦しくなるだろう。

 

「おお♡いいぞぉ♡キスしろ!キス、キス、キス!! 」

 

しかし、若き法王はそんな流の言葉を綺麗にスルーしていた。

IPADの画面の中では、想い人の頬に愛おし気に触れるマクスゥエルが、顔を寄せている映像が映されている。

期待に胸を膨らませ、下品なキスコールを繰り返す法王猊下に、流は思わず溜息を吐き出していた。

 

「あのぉ・・・僕、一番大事な話をしているんですけどねぇ? 」

「聞いてるよ・・・フォレスト家の事だろ? アレは一応あのままにしておく・・・しかし、組織存続は絶対にさせん。 KKK団(クー・クラックス・クラン)は本日をもって解体し、魔導師ギルド及び、秘密結社(フリーメーソン)からも除名させる。」

「テレサ・ベットフォード・フォレストが黙って無いと思いますが? 」

「黙るしか他に術が無い・・・なにせ、彼等が手掛けている事業は全て、ヘルメス(私)の息が掛かった企業ばかりだ。 あ、それとフォレスト家が経営権を持つカジノ船もな・・・アレの建築費用に、私も半分以上を出資しているのだよ、私が手を引けばあのカジノ船は経営が立ち行かなくなる。」

「成程・・・・大人って怖いなぁ・・・・。」

 

どう転んでもテレサ達、フォレスト家の勝ちは存在しない。

 

ユリウスは、法王庁に牙を剥いたジョルジュ達、KKK団(クー・クラックス・クラン)を潰すつもりだ。

周りの秘密結社(フリーメーソン)への見せしめと言う意味合いが濃い。

年端もいかぬ少女は、唯一の家族である弟と、ハーレム区に居るライカン達亜人、そして貧困層の市民達を護らねばならない。

理不尽とも取れる処罰を素直に受けねば、自分だけではなく、彼等の生活する場所すらも失うのだ。

 

 

「それにしても・・・良いんですかぁ? 大事な妹君の旦那さんに浮気を進めるなんて・・・聖職者としてあるまじき行為ですよ? 」

 

珍しく至極まともな意見を言う流。

仮にもあの二人は、自分にとって数少ない大事な友人だ。

お互い憎からず想い合っている所がある事を知る分、社会的立場上、決して結ばれぬ二人が不憫でならない。

 

「ジョンは真面目過ぎるんだ・・・男子たるもの少しぐらいの火遊びぐらい覚えても構わんだろう。」

「あのぉ・・・二人共一応男で、おまけに妻子持ちですけど・・・。」

「何を言ってる、それが良いんじゃないか。まさに現代版の”薔薇の騎士”だ。」

「それはあくまで創作だし・・・・オペラなんて90%以上が、浮気ばっかだし・・・。」

 

本当にこの人は、カトリックの総本山、ヴァチカン市国の長なのだろうか?

軽蔑を通り越して、呆れ返る瓶底眼鏡の科学者を他所に、若き法王猊下は、目をキラキラと輝かせて、IPADの中で甘い口付けを躱す二人を眺めていた。

 

 

 

 

1か月後、ハドソン川沿い、リバー・グリーンウェイ。

ケビン・ブラウンは、何時もの日課としているジョギングを行っていた。

 

KKK団(クー・クラックス・クラン)が起こした事件の傷跡は、未だNYの街に深く残っている。

国連による復興作業が続き、電車やバス、車などの交通機関は、何とか元に戻ったが、商業施設や民家などの修繕は、未だ目途が立っていなかった。

 

潮風が鼻腔を擽(くすぐ)る。

思考が一週間前の出来事へと戻った。

長期休暇の申請を出したケビンは、サンフランシスコ湾内にある孤島へと向かった。

アルカトラズ刑務所へと収監されている実子、エルヴィン・ブラウンに面会する為である。

面積0.076kmの難攻不落の島には、白亜の塔が建ち。

最下層の地下に、ケビンの息子は居た。

 

核弾頭ですら弾き返す特殊強化ガラス越し、簡素な椅子に座った息子は分厚い魔導書を熱心に読んでいる。

テーブルには、最新型のノートパソコンが置かれ、研究書類と魔導書がきちんと整頓されて置かれていた。

 

「御免ね、父さん・・・・今は仕事で忙しいんだ・・・・。」

 

何枚もの付箋が貼られた魔導書を片手に、使い込まれた分厚い革の手帳に走り書きをしている。

優秀な言語学者でもある彼は、先日、ドイツ・ヘッセン州にある採掘現場から発見されたグリモアールの解読を政府から依頼されていた。

又、数日後には神経・精神科医による国際学会に出席する予定になっている。

一見すると、あれ程の凶悪犯罪を犯した犯人とはとても思えない、実に優雅な生活を送っていた。

 

「すまんな・・・・実は久し振りに長期休暇を取ったんだ。 気晴らしにジルを連れてオレゴン州に居る兄貴の所に行こうと思ってる。」

 

簡易椅子に座ったジョルジュは、防弾ガラス越しに忙しなく働く息子の姿を眺める。

そんな実父を無視し、仕事に没頭する息子。

母親似の長い黒髪を無造作に後ろで束ね、右眼には黒い眼帯を付けている。

彫りの深い理知的な顔立ち、日に焼けた肌に、黒をベースにした茶の瞳をしていた。

 

「今5カ月だろ? そんな長旅をさせて大丈夫なのか? 」

「本人が言うには、安定期ってのに入ったから大丈夫だそうだ。それに、旦那が仕事でシンガポールに行ってて一人じゃ寂しいんだと。」

 

今現在、一人娘のジルは、妊娠5カ月目に入っていた。

商社マンである夫は、仕事柄出張が多く、家を不在にしがちだ。

その度に、父親の面倒を見る為、良くケビンの自宅に泊まりに来てくれた。

 

「・・・・・母さんは元気? 」

 

母親の事を問われ、ケビンが思わず口籠る。

そんな父親に、エルヴィンは意地の悪い笑みを口元に浮かべた。

 

「会ったんだろ? ブルックリンで・・・・相変わらず、貧相な犬の姿のままだったかい? 」

「エルヴィン・・・止めろ・・・・。」

 

”鶴姫”を侮辱され、ケビンの声が鋭くなる。

そんな父親に対し、息子は鼻で笑うと開いていた分厚い魔導書を閉じだ。

 

「人間と神の禁断の恋・・・・しかし、それは実らず、残ったのは神の血を引く二人の子供。 」

 

椅子から立ち上がり、ジャンル別に区分けされた本棚へとグリモアールを戻す。

手帳を紐で綺麗に結ぶと、ノート型パソコンが置かれているテーブルへと置いた。

 

「一人は、母親の神の血を色濃く継ぎ、もう一人は父親の・・・・人間の血を濃く継いだ。」

「エルヴィン・・・・・。」

 

これ以上、息子の言葉を聞いていられなかった。

彼は責めているのだ。

異端の血を引きながら、人間社会に無理矢理押し留めた自分を。

 

「・・・・・僕を殺す武器を作っているんだろ? だから、あの狂人に付き合ってる・・・大丈夫、父さんの涙ぐましい努力は必ず報われるよ。」

 

にこりと笑う息子。

そこに怒りも哀しみすらも感じ取る事は出来なかった。

 

 

「ふぅ・・・俺も歳を取ったな・・・・。」

 

ハドソン川河岸の公園、リバー・パークまで来たケビンは、すっかり上がった息を整えた。

額から流れ出る汗をタオルで拭う。

この公園には、テニス、サッカー場、バッティングセンター等、沢山の施設がある。

早朝という事もあり、人影はまばらだが、昼時ともなると球技や日光浴等を楽しむ市民で溢れかえるのだ。

 

脳裏に過る息子の姿。

邪気の無い子供の様な笑顔を浮かべていた。

自分が捻じ曲がったのは、アンタのせいだと罵って欲しかった。

我が身の保身が故に、実の息子を見捨てる外道だと蔑んで欲しかった。

だが、エルヴィンはそれをしない。

只、己の運命を素直に受け入れるだけだ。

 

不図、人の気配を感じて後ろを振り返る。

するとそこには、見事な銀色の髪をした真紅の長外套(コート)を纏う青年が立っていた。

 

「よぉ、ブルックリンの薬品研究施設以来だな・・・。」

 

まるで長年会えなかった旧友に巡り会えたかの様に、ケビンは気軽に銀髪の青年に声を掛ける。

銀髪の青年・・・・・自称、悪魔狩人のダンテは、無言でCSI(超常現象管轄局)のNY支部長を見つめていた。

 

「俺に、何か用か? 」

 

態々、聞かなくても分かる。

昨日、大学時代の同期であるフォレスト家の主治医をしている男から、数年振りに連絡が来た。

曰く、彼の受け持っている患者の一人に、”悪魔狩人(デビルハント)”の資格習得方法と、強くなる為の手段を教えてくれと押しかけて来たらしい。

返答に困った少女は、認定要件を満たす方法を教えられるが、強くなる方法は分からないから応えられないと言ったのだそうだ。

そして、主治医であるケビンの友人に相談を持ち掛けた。

旧友もその問いかけに困り果て、唯一知っている優れた狩人の名前を教えたのだという。

 

「アンタ、裏社会じゃ一番強いって有名な悪魔狩人らしいな? 」

「一番は大袈裟だな? この業界じゃ俺より強い奴なんて腐る程いる。」

 

ダンテの言葉に、ケビンは大袈裟に肩を竦めた。

 

この青年の言わんとしている事は、分かる。

そして、ソレがとても困難であり、かつて自分が敗北し挫折したいばらの道だった。

薄氷を踏む様な道を、果たしてこの青年は望んで歩むだろうか?

 

「俺にはどうしても欲しいモノがある・・・そして、ソレを叶えるにはアンタの協力が必要だ。」

 

案の定、青年はケビンの予想した通りの言葉を発した。

 

「17代目か・・・・止めとけ、アレは決して手に入らない高嶺の花だ。 普通に便利屋やって普通に生きた方がお前さんのためだぜ? 」

 

クィーンズ区の一件は、部下から粗方聞いている。

17代目・葛葉ライドウが、その番と共に悪霊”アビゲイル”を討伐した事。

目的を遂行した為、日本に帰還した事。

その際、この便利屋が組織『クズノハ』とちょっとした諍いを起こした事。

 

 

「諦められねぇよ・・・・アレは俺のだ。」

 

燃える様な蒼い瞳。

気障かつ怠惰的な性格をしているこの男からは、想像も出来ない暗い表情だ。

自分を見失ってしまう程、この男は17代目に執着している。

危険だ・・・・。

かつての自分と同じ目の色をしている。

 

「ふむ・・・・前途ある若き青年に危ない橋を渡らせるってのは、俺のポリシーに大分外れているんだけどな。」

 

思案気に顎に指を当て、首を傾げる。

もし、此処でこの青年を見放せば、彼はきっともっと危険な手段を取るだろう。

それに、魔剣士スパーダの優れた血統をむざむざ失うのは、大変惜しい。

ならば自分の手元に置いて、飼い慣らす方が遥かにマシではあるまいか?

 

「言っとくがな坊主、俺の訓練はちと厳しいぞ? 」

「ああ、望むところだ。 」

 

ケビンの軽口に、ダンテは皮肉な笑みを口元に浮かべる。

何処からともなく吹く潮風が、二人の頬を優しく撫でた。

 

 

 

 

Continue next Devil May Cry 4

 




やっと終わったよぉ。

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