偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき   作:tomoko86355

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デビルメイクライのアニメコラボ小説。
アニメのヒロイン、パティが登場。



チャプター8

その日、ダンテの事務所『Devil May Cry』に珍しく客が訪れた。

仲介屋を務める初老の男、J・D・モリソンと、依頼人らしい10歳未満の幼い少女だ。

 

「聞いているのか?ダンテ。」

 

黒檀の頑丈なデスクに、だらしなく両脚を投げ出し、興味なさげに雑誌のページをめくっている銀髪の男に、黒人の仲介屋が呆れた様子で言った。

 

珍しく彼向きの仕事だと思って、依頼人を連れて来たが、どうやらそれが拙かったらしい。

少女の姿を見た途端、便利屋のやる気が削がれているのが、手に取る様に分かった。

 

「今は、勉強中だ・・・・仕事なら別の奴に回してくれ。」

 

こうなってしまうと完全にお手上げだ。

例えどんな破格な報酬がある仕事を持って来ても、彼が気に喰わなければ、自分の世界に引き籠り、外界の音をシャットダウンしてしまう。

そのくせ、金にならない仕事でも、気に入れば喜んで引き受ける。

このダンテと言う偏屈を動かすには、相当、強い手綱を持って来なければ不可能だろう。

長い付き合いでその事を嫌と言う程知っている初老の仲介屋は、どうしたものかと海より深い溜息を吐き出した。

 

その時、事務所のドアに備え付けられている呼び鈴が、涼やかな音をさせた。

三人が入り口のドアに視線を向けると、大きな紙袋を持った片腕の少年が立っている。

ダンテの所で居候をしている日本人―葛葉ライドウだ。

ロクな日用品も今夜食べる食材すらも無い為、態々、商店街まで出向いて買い物に行っていたのだ。

 

「あれ?お客さんが来てたのか・・・。」

 

未だ、傷が癒えていないのか、中性的な美貌を持つ少年の左眼には、痛々しく包帯が巻かれ、右頬には大きめの絆創膏が塗布されていた。

 

「アンタ、また勝手に外を出歩いたのか? 」

 

何時もはクールなダンテにしては珍しく、呆れた様子でデスクに投げ出していた脚を降ろす。

 

”マレット島事件”が終結して一週間近くが経過している。

魔帝・ムンドゥスとの激闘で、瀕死の重傷を負ったライドウは、仲魔とダンテのお陰もあり、何とか順調に回復していった。

しかし、靭帯損傷と肋骨を数本折った上に、大量の出血により三日間近く昏睡状態であったのだ。

いくら回復したとはいえ、絶対安静である事に変わりはない。

 

「だってお前、歯磨き粉はきれてるわ、洗剤もないわ、毎朝食べる米すらも無いんだぞ?買い物に行くのは当然だろうが。」

 

革張りのソファーの前に置かれているテーブルに、重そうな紙袋を置く。

良く見ると服の隙間から、身体に包帯が巻かれているのが見えた。

 

「しかも、毎日毎日デリバリーのピザとか・・・俺を糖尿にさせたいのかよ?」

 

「良いから、アンタは部屋に戻って寝てろ!」

 

ブツブツと聞こえよがしに文句を垂れる少年に、銀髪の青年が二階の自室を指差す。

モリソンが余計な仕事の依頼を持って来て、不快指数が上がり捲っているのだ。

これ以上、自分を怒らせないで欲しい。

 

「あ、やべぇ、お客さん来てるならお茶とか茶菓子とか出さないと拙いよな?」

改めてモリソンと依頼主である少女の存在を思い出したライドウは、慌ててキッチンに向かおうとする。

 

「良いんだよ!こいつ等は!どうせ仕事受ける気ねぇんだから!」

 

そんな悪魔使いの右腕をダンテが咄嗟に掴んだ。

普段、クールでスタイリッシュな自分が何故、こんな三文芝居をしているのだろう?

頭の片隅で疑問が一瞬過ったが、敢えて知らない振りをする。

 

「はぁ?折角仕事を持って来てくれたのに、そんな態度はないだろ? 」

 

ダンテが居ない間に、コッソリと事務所の家計簿を調べてみたが余りにも酷い有様であった。

ロクに記載されていないのもそうだが、此処最近の収支が完全にゼロ。

おまけにツケや借金が、雪だるまの様に膨れ上がっているのだ。

ちゃんと仕事をこなして金を稼がないと、事務所を維持していく事すらも難しくなる。

 

「餓鬼のお守りみたいな仕事何て出来るか、 俺は確かに便利屋だが、保育士じゃねぇ。 」

 

依頼人を目の前にして、何たる失礼極まる言い草だ。

ライドウの眉根が、怒りでピクリと跳ね上がる。

 

「お前なぁ、今の事務所の経営状態把握出来てるのか? 1セントの余裕すらもねぇじゃねぇか! 下手すると明日にでもホームレス決定なんだぞ!? 」

「はぁ? 何でアンタがそんな事知ってるんだ? 」

「事務所の帳簿を見た。 餓鬼のお小遣い帳みたいに酷いシロモノだったけどな。 」

「・・・・・・てめぇ(# ゚Д゚)」

 

そんな下らないやり取りを二人がしている時であった。

今迄、室内の雑多な品々や壁に飾られているオブジェ、ジュークボックス等を興味なさげに眺めていた少女が、何時の間にか、言い争いを繰り広げる二人の傍に立っていた。

 

「ピーターパン・・・・ねぇ?貴方、ピーターパンでしょ? 」

 

キラキラと興味津々な双眸で、頭一つ分高い隻腕の少年を見上げる。

 

「はぁ・・・君の夢を壊して申し訳ないが、俺はごく普通のオッサンだ。 緑のタイツを履いて空は飛べない。 」

 

唐突も無い少女の言葉に、固まっていたライドウであったが、何かを勘違いしていると悟り、どうしたものかと困った様子で頬を掻く。

傍らのダンテも大袈裟に肩を竦めていた。

 

「嘘!だってティンカーベルがそこに居るもの! 」

 

ライドウの右肩に座る小さな妖精を指差す。

仲魔のハイピクシー・・・・マベルだ。

少女に指を差された当の妖精は、「え?てぃ・・・ティンカーベル?何それ?」と困惑した表情をしていた。

 

「もしかして、君は彼女が見えるのか? 」

 

先程とは打って変わり、悪魔使いは真剣な表情をして金髪の少女に質問する。

 

「うん、紅い髪と綺麗な翅をしてる・・・・前に孤児院で見た映画と一緒。」

 

悪魔使いの言葉に少女は、嬉しそうに頷く。

彼女がいる孤児院で有志をしているボランティアの一人が、ピーターパンのアニメフィルムを寄付してくれたのだ。

親の居ない寂しい子供達が、目を輝かせて擦り切れるぐらいフィルムを何度も何度も見ていたのを覚えている。

 

「ミスター・モリソン、この子の依頼を教えてくれないか? 」

 

勝手知ったる事務所の冷蔵庫から、アイスコーヒーの缶を取り出す初老の仲介屋に向かってライドウが言った。

突然、話を振られ、仲介屋が戸惑う。

 

「別にそれは構わないが、オタクは便利屋じゃないだろ? 」

「ああ、でも依頼の内容によっては、俺がコイツの代わりに引き受けてやっても良い。」

「・・・・・! ライドウ!!」

 

勝手極まるライドウの態度に、ダンテが怒りの声を上げる。

 

「勝手な事するんじゃねぇ! 大体、アンタは怪我人だろうが! 経営に口挟む前に大人しく寝てろ!! 」

 

事務所の台所事情を知られた上に、経営者である自分の許可も取らずモリソンが持って来た依頼を受けようとしている。

流石に、これ以上の狼藉を許してやる訳にはいかない。

 

「事情が変わったんだ・・・ギャンギャン吠えるんじゃねぇよ。」

 

呆れた様子で溜息を吐いたライドウが、興味津々で自分の肩に座っている妖精を眺めている少女に向き直る。

跪き、視線を少女の高さに合わせると、改めて自己紹介をした。

 

「俺は葛葉ライドウ・・・この事務所で居候をしている、良かったら君の名前を教えてくれないか? 」

「わ、私は、パティ―・ローエル・・・皆は、パティって呼ぶわ。」

 

優しい悪魔使いの笑顔に、顔を熟れた林檎の様に赤くした少女がしどろもどろに応える。

そばかすがとても特徴的な愛らしい娘だった。

 

一代で巨万の富を築いたと言われるローエル家。

そのローエル家の現当主が、病により先日亡くなった。

表向き、マスコミには病死と発表されてはいるが、実際のところ本当の死因は定かではない。

しかし、それよりも重大なスキャンダルが持ち上がった。

何と亡くなった当主の残した遺言書に、隠し子の存在が明らかにされたのだ。

それが、ダウンタウンの孤児院で生活しているパティ・ローエルという10歳になったばかりの少女であった。

 

 

「一体何を考えてやがる? 」

 

ローエル家のあるロックランド群へと向かう電車の中、不貞腐れた様子で座席に足を投げ出す銀髪の大男が、向かい側に座る短髪の美少年に向かって言った。

 

「別に良いだろ・・・・そういうお前こそなんで付いて来たんだ? 餓鬼のお守りは嫌なんだろ? 」

 

平らに流れていく景色を眺めながら、ライドウが嫌味たっぷりに返してやる。

すると、余程腹に据えかねたのか、何時もクールなダンテが、苛々した様子で舌打ちした。

本音を言えば、こんな餓鬼の使いみたいな依頼はお断りだ。

しかし、心底惚れ抜いた相手が、便利屋でも無いのに、モリソンの持って来た仕事を受けてしまった。

故に、大怪我を負っているライドウを放置する訳にもいかず、仕方なしに用心棒として、依頼を受ける羽目になってしまったのだ。

 

「・・・・彼女は、稀人だ・・・放っておくと悪魔に狙われる・・・だから依頼を受けたんだ。」

 

子供の様にへそを曲げるダンテに苦笑を浮かべると、ライドウは依頼を受けた理由を説明した。

 

「稀人・・・・・?」

「そう、霊格の高い人間をそう呼ぶんだ。 彼等は高濃度のマグネタイトを持つ体質で、霊圧を下げて姿を隠している悪魔を視認する事が出来る。」

 

視認っと言っても人それぞれで、ハッキリと悪魔の姿を見る事が出来る人間は、それだけ体内に蓄積されているマグネタイトの質も高いのだという。

 

「マグネタイトは、悪魔が生きていく上でも必要不可欠だ。 濃度が高ければ高い程、奴等に狙われ易い。」

「成程ね、だからモリソンの野郎の仕事を引き受けたのか。」

 

ライドウの説明に合点はいったが、それでも僅かな蟠り(わだかまり)だけは残る。

明日の6時までに、ロックランド群にあるローエル家の屋敷に送り届けなければ、相続権を剥奪される。

縦(よ)しんば、彼女を夕方の6時までに送り届けたとして、その後どうするつもりなのだろうか?

 

「お前の言いたい事は分かるよ。 俺が知りたいのはローエル家の内部事情だ。 あれだけ高い稀人の血筋なら、何かしら自分達を護る術を心得ている筈だ。 あの娘の力を話せば・・・・・。」

 

と、突然、ライドウが言葉を止める。

腰に巻いてあるナイフケースに収まった、アセイミナイフの柄に手をかけた。

 

「早速、お客さんのご登場ってか・・・。」

 

警戒態勢に入るライドウの様子を横目で眺めたダンテが、徐に起き上がる。

 

「全部で、3・・・・・・否、6体近くがこの車両に入り込んでいるな。」

 

レーダーの如く、精神波を張り巡らせたライドウが、敵の正確な数を割り出す。

息を潜め、此方が油断するのを待っているのか中々動きを見せない悪魔達。

ピリピリとした緊張感が次第に高まる。

 

一方、ライドウ達とは反対側の席に座ったパティは、胸元から銀色のロケットペンダントを取り出した。

 

「へぇ、綺麗な人だね? 」

 

パティの被っている帽子の上に寝転んだマベルが、ロケットの中にある写真の女性を覗き込む。

 

「うん、私のお母さん・・・・私が赤ん坊の時、病気で死んだって院長先生が言ってた。」

 

ロケットの中で微笑む女性を見つめながら、パティは、自分の生い立ちを独り言の様に話始める。

パティが赤ん坊の時、生活苦の為、母親が孤児院に自分を預けた事。

仕事を幾つも掛け持ちした事により、過労が祟って母親が病気で死んだ事。

でも、同じ境遇の子供達が居たから全然寂しくなかった事等を夢中で喋り続ける。

きっと、そうでもしないとこの少女の小さな胸は、不安と孤独で押し潰されてしまいそうなのかもしれない。

 

「もしかして・・・パティは、お母さんの事を知る為に、ローエル家に行くつもりなの? 」

 

少女の意図を読み取った妖精が、パティに問い掛ける。

 

「うん、私、何も知らないから・・・・ねぇ?マベルは、良い悪魔だから話すけど、お母さんは病気で死んだ訳じゃないの・・・本当は・・・・。」

 

そこまで言い掛けたパティは、周囲を包む不穏な空気を読み取って言葉を止める。

帽子の上に乗ったマベルも、殺意を剥き出しにする悪魔の気配を敏感に感じ取り、臨戦態勢に入っていた。

 

「パティ!後ろ!!」

 

マベルが電車の車窓を指差し叫ぶ。

慌てて窓の方を振り返るパティ。

刹那、眼前に現れた巨大な悪魔が、華奢な少女の躰を噛み砕かんと、鮫の様に鋭い牙が並ぶ凶悪な顎を開いていた。

声も出ず放心状態で固まる金髪の少女。

そんな少女の頬を突風が吹き抜けた。

ライドウが放ったクナイだ。

寸分違わぬ正確さで、その悪魔の眉間をぶち抜くと頭部がまるで西瓜の様に破砕する。

ペンキの様に周囲にぶち撒かれる悪魔のどす黒い鮮血と脳髄。

べっとりと返り血を浴びた少女の袖をマベルが引っ張る。

 

「しっかりして!パティ!この下に隠れるのよ!」

 

油の切れたブリキの玩具の様に、ギクシャクと覚束ない態度で、座席から降りるパティ。

余りの恐怖で半ば意識を失い掛けている少女を座席の下に押し込み、蹲る様に指示する。

 

「良い? 眼を閉じてじっとしてるの、 私と一緒に10まで数字を数えましょ? そうすれば、こんな悪い夢から絶対覚めるから。 」

良いわね? と念を押す妖精の言葉に、パティは何度も何度も頷く。

マベルとパティが数え始めるのと同時に、ダンテとライドウ、そして異形の怪物達の死闘が始まった。

 

 

一体、どれぐらい経っただろうか?

震える声で「じゅう・・・。」と呟いた少女の耳元に、ライドウの優しい声が、頭上から降って来た。

 

「パティ、大丈夫か? 」

 

何故だか理由は分からないが、何処か恐怖心を掻き消してくれる力強い声。

固く閉じていた瞼を恐る恐る開く。

すると目の前に、中性的な美貌を持った左眼に包帯を巻いている悪魔使いの笑顔が映った。

 

「ライドウ!! 」

 

恐怖と不安・・・・・そして、堪らない安堵感。

様々な感情が、どっと溢れ出し、少女は嗚咽と共に目の前に片膝を付く悪魔使いに抱きつく。

 

「あ、悪魔!悪魔が私を殺そうと襲って来て!! 」

「どうどう、落ち着け、 きっと何か悪い夢でも見たんだろ? そろそろ駅に着くから、降りる準備をしとこうな? 」

 

悪魔使いの言葉に戸惑う少女。

慌てて、抱き着いていた躰を離し、悪魔の返り血を浴びたであろう、自分の服を改めて確認してみる。

しかし、そこにどす黒い悪魔の血は、一滴も付着してはいなかった。

電車の車窓に映る自分の躰を調べて見ても、顔にも被っている帽子にも、悪魔の血は何処にも見当たらない。

 

「おい、何やってんだ? とっとと降りて今夜泊まる宿を探すぞ? 」

 

大剣『フォースエッジ』が収められた大きめのアタッシェケースを片手に持った銀髪の大男が、呆れた様子で、ライドウとパティの二人を見下ろす。

電車は、既に終着駅に到着していた。

閉じていたドアがゆっくりと開いていく。

 

 

 

ローエル家の屋敷から少し離れた位置にある歓楽街。

明日の夕方6時、相続権の手続きまで十分間に合うと判断した二人は、その歓楽街にある大分寂れたモーテルで、一泊を過ごす事を決めた。

 

「よし、これで中級クラス程度の悪魔は、そう簡単には入って来れないだろ? 」

 

チョークの粉で汚れた右掌をズボンの裾で叩く。

むさ苦しい男共と一緒の部屋何て冗談じゃないっという、妖精の提案で部屋を二つ借りる事になった。

部屋のドアや床、そして壁等には、白いチョークで魔除けの五芒星が描かれている。

夜間、少女が襲われない様に悪魔使いが施した法陣であった。

 

「それで、悪い怪物達を追い払ってくれるの? 」

 

昼間、電車内で悪魔達に襲われた事が相当堪えたらしい。

硬いスプリングが敷かれた簡易ベッドに座る金髪の少女が、不安そうに悪魔使いを見上げた。

 

「ああ、このお呪いが君を護ってくれるからね。 それに、マベルもいるから寂しく無いだろ? 」

 

少女の隣に座ったライドウが、優しく彼女の頭を撫でてやる。

きっと今迄、悪魔に襲われずこの歳まで生きて来たのだろう。

高位の霊格を持つ稀人としては、大変珍しい事だ。

余程、運が良いのか、それとも、彼女を護る何かがあるのか・・・。

 

「ライドウ、私の・・・・私のお母さんは、悪魔に狙われていたの・・・・お母さんは、赤ん坊だった私を護る為に、孤児院に預けたって・・・・・・。」

 

院長先生が、誰かと自分の事で話していたのを、偶々、立ち聞きしてしまったらしい。

しどろもどろに、パティは、話始めた。

 

「私も殺されちゃうの?悪魔に狙われたら逃げ切れないの? 」

「・・・・大丈夫、君は死なないよ・・・悪い奴等は俺が全部やっつける、何を隠そう俺は正義のヒーローなのだ。 」

「ライドウ・・・・。」

 

陳腐で如何にも子供騙しな言葉。

しかし、ライドウの笑顔を見てると、不安で押し潰されそうな心が安らいでいく。

この男なら、きっと何とかしてくれるだろうという、安心感が、何処からか湧いて来る。

 

「そうよ、ライドウは数え切れないぐらい強い悪魔をぶっ飛ばして来たんだからね!アイアンマンとかキャプテンアメリカみたいに強いんだから!」

 

パティの隣にいる小さな妖精が、まるで自分の事の様にエッヘンとふんぞり返って自慢する。

魔界の西の地―ティフェレトを統べる領主、魔帝・ムンドゥスを倒したのは、他でもない超国家機関『クズノハ』最強の悪魔召喚術士、17代目・葛葉ライドウその人だ。

どんな悪魔が襲って来ようとも、ライドウの敵ではない。

 

「君のピンチには必ず駆け付ける。 だから、安心してお休み?パティ。 」

「うん、ありがと。 」

 

微かに頬を染めた少女が、頷いた。

 

 

「んで、御姫様はちゃんと寝てくれたのかよ? 」

 

依頼主の少女を寝かしつかせ、自分達の部屋に戻って来たライドウを待っていたのは、ダンテの如何にも不機嫌そうな顔であった。

たった一泊しかしないのに、マベルとパティの大分強引な申し出を呑まざる負えなくなり、仕方なくなけなしの金を叩(はた)いて部屋を二つも借りる羽目になったのだから無理もない。

 

「魔除けの護符は、施して来た。 中級クラス程度の悪魔は外から入れない筈だ。 護衛としてマベルを付けてあるし、大丈夫だろ。 」

 

ダンテが横になっている簡易ベッドの真向かいにあるソファに座り、ライドウはレッグポーチから愛用のジッポライターと煙草を取り出す。

口に咥え火を灯すと、如何にも上手そうに一息吸い込んだ。

 

「ち、酷ぇ匂いだ・・・・もう歳なんだから煙草控えろよ?オッサン。 」

「うっせぇ、俺はまだまだ現役だ。 」

 

悪態を悪態で返す。

態とダンテに向かって煙を吐き出すと、本当に嫌なのか、うざったそうに手で追い払っていた。

 

「随分とあのチビ妖精を信用してるんだな?もし、悪魔が入り込んだら、アイツじゃ対処出来ないだろ? 」

「そんな事はない、戦闘経験だけなら彼女の方が俺より遥かに上だ。 お前だってマレット島の時は、かなり助けて貰ってたんだろ? 」

「・・・・・。 」

 

確かに、ライドウの言う通りである。

ファントム戦や、ネロ・アンジェロ戦では、彼女の助力が無かったら死んでいたかもしれない。

 

「俺達、召喚術士(サマナー)は、数ある魔導職の中では一番最弱の部類に入る。 何せ、悪魔の助けが無ければ、何も出来ないんだからな。 」

 

だから、使役する悪魔と信頼関係を持ち、お互いの長所と短所を補い合う。

それが出来てこそ、一人前の召喚術士と成れるのである。

 

「なら、俺の事も信じろよ? 」

 

何時の間に傍に居たのか、ダンテはライドウが口に咥えている煙草をあっさりと奪い取る。

悪魔使いが何かを言うよりも早く、ダンテは奪った煙草を一口吸った。

 

「ひっでぇ味だな?よくこんなモン吸えるぜ? 」

 

激しく咽込み、煙草をテーブルの上にあるプラスチック製の灰皿で揉み消す。

 

「あーっ!お前何てことすんだよぉー!! 」

 

貴重な煙草を奪った挙句、まだ吸いかけなのに、何の躊躇いも無く消しやがった。

余りの暴挙に涙目になったライドウが、思わずダンテの胸倉を掴んで激しく揺さぶる。

 

「何だよ? 煙草一本ぐらいで大袈裟な。」

「馬鹿野郎!これは唯の煙草じゃねぇんだぞ!”しんせい”っていう、銭形警部も愛用していた銘柄なんだ!日本じゃもうJTが生産を中止にしてるし、マニアの間でしか取り扱ってない、貴重な貴重な煙草だったんだぞぉ! 」

 

滂沱の如く涙と鼻水を迸らせながら、ライドウが捲し立てる。

ライドウの言う通り、表向きは売り尽くされてJTから廃止が発表されたが、それでも根強いコアな愛煙家達によって、裏のルートで売り買いされている希少な煙草であった。

それ故、従来の価格の何倍も値が張り、少ないお小遣いの中から爪に火を灯す思いで、やっとこさ手に入れたのである。

何パックか保管はしているが、それでも一日一本と決めて、大切に吸っていた。

 

「山本周五郎先生に土下座しろ!三島由紀夫先生と同じ様に腹を切れ!イアン・フレミング先生の”ジェームズボンド”シリーズを100万回音読しろ! 」

「分かった、分かった。 落ち着けってライドウ。 」

 

えぐえぐと子供の様に泣きじゃくる悪魔使いに深い溜息を吐き出す。

本当にこんな奴が、あの西の地―ティフェレトを支配していた魔帝・ムンドゥスを倒した最強の悪魔召喚術士なのだろうか?

 

その時、何かを感じ取ったのか、ライドウの表情が一変した。

掴んでいたダンテの胸倉を離し、部屋のドアへと走る。

 

「おい!一体どうしたんだ?ライドウ!? 」

 

背後で、自分を呼び止めるダンテの声が聞こえるが、全く応える様子はない。

勢い良くドアを開けて、マベルとパティがいる真向いの部屋へと走り出してしまう。

そんなライドウに舌打ちしたダンテが、慌てて後を追い掛けた。

 

 

 

少女と妖精がいる部屋に到着すると、中は既にもぬけの殻となっていた。

窓は開け放たれ、簡易ベッドには人が寝ていたであろう跡が残されている。

 

「ち、やられたぜ!」

 

どんな方法を使ったかは定かではないが、恐らく催眠暗示等をパティに掛けて、少女が自分から部屋を出る様指示を出したのであろう。

外からの護りには強いが、内からの攻撃は殆ど無効なのが、魔除けの護符の特徴だ。

まさか護る対象者が自分から、護符を剥がすとは誰も考えてはいないからだ。

 

 

 

自分は何故、こんな所を歩いているんだろう。

ぼんやりとした半覚醒状態で、何処かの歌劇場らしい建物の長い廊下を歩くパティ。

誰かが自分の名前を呼んでいる様な気がする。

何処かで聞いたことがある女の子の声。

応えて上げたいのに、頭がぼんやりとしていて何もしたくない。

意思とは裏腹に、勝手に両脚が動く・・・・どうして?

気が付くとパティは、広い演劇ホールの中に居た。

馬蹄形の平土間と垂直に構えられた上座席。

伝統的な造りをした歌劇場のその舞台の上に、煌びやかなドレスを纏った女性が立っていた。

 

「お母さん!? 」

 

美しい金の髪に新雪の様な白い肌。

見間違える筈が無い。

その女性は、パティが肌身離さず持っているロケットペンダントの写真の人物と生き写しの容姿をしていた。

 

「お母さん! お母さん! 」

 

夢中になって階段を駆け下りる。

赤ん坊の時に悪魔から自分を護る為に、孤児院に預けて行方不明になった母。

きっと、お母さんは悪魔に殺されてもうこの世にいないと諦めていた。

でも、心の何処かでは、母親が何処かで生きているに違いないと、淡い期待を抱いていた。

その夢にまで見た母が、今、目の前にいる。

 

やっとの思いで舞台に昇ったパティは、中央に立つ母親に思い切り抱き着いた。

 

「お母さん!会いたかったよぉ! 」

 

母の柔らかい躰に顔を埋める。

優しい体温。

夢にまで見た母親の感触。

 

「ごめんね?パティ、もう貴方に寂しい想いはさせないわ・・・・だって・・・。」

 

母親の優しい声色が急に変わる。

獣の様な唸り声。

異変を感じた少女が顔を上げると、そこには、鋭い牙を生やした有隣目特有の眼をした怪物がいた。

 

「私が今すぐ食べてあげちゃうからねぇ!!」

 

涎を垂らした醜悪な怪物が、両腕に生やした蟷螂の様な鋭利な鎌で、金髪の少女を切り裂かんと襲い掛かる。

悲鳴を上げる事を忘れ、彫像の様に固まる少女。

しかし、銀色のクナイが化け物の左蟀谷に深々と突き刺さる。

勢いで、真横に吹き飛ぶ蟷螂女。

張りぼての背景にぶち当たるのと一緒に緞帳が上から物凄い勢いで降りて来た。

 

「パティ!! 」

 

呆然とする少女の目の前に、左眼に包帯を巻いた隻腕の少年が降り立つ。

蟷螂女の毒牙からパティを救った、『クズノハ』最強の悪魔召喚術士(デビルサマナー)、葛葉ライドウだ。

 

「・・・ライドウ? 」

 

急激な場面展開に脳内がついていけない。

放心状態だったパティは、先程、母親に擬態した悪魔に襲われ危うく殺されかけた事を思い出した。

途端、あらゆる感情が押し寄せ、愛らしい蒼い瞳から涙が溢れ出し、夢中で隻腕の少年に抱き着く。

 

「私、私、お母さんに会いたくて! そしたら、こんな所に居て!」

 

支離滅裂な言葉の羅列。

余りの恐怖故か、正常な思考に中々戻れない。

でも、これだけは分かる。

ライドウは嘘吐きじゃなかった。

 

「ううっ・・・何とかぎりちょんセーフね。 」

「でかしたぜ?チビ助。 お前のお陰で御姫様を無事、助けられた。」

 

悠々と階段を降りてくる真紅のロングコートを纏う、銀髪の青年と、その傍らにいる小さな妖精。

催眠状態のパティの後を必死に追い掛けていたマベルは、その途中で事の経緯を主に念話で報告。

少女が入って行った歌劇場の正確な位置を教え、転移魔法(トラポート)を使用して、ダンテとライドウの二人を運んだのである。

 

「パティ、あのお兄さんと一緒に悪い悪魔共をぶっ倒して来るからな?君は、マベルと一緒に少しだけ此処で待っていてくれ。」

 

緞帳の幕を突き破り、醜悪な姿を晒す怪物達。

それを衝撃系中位魔法―『マハザンマ』で吹き飛ばす。

真空の刃に切り刻まれ、舞台端へと再び吹き飛ばされる異形の怪物共。

パティをマベルの居る舞台下手へと押しやり、ダンテと共に舞台用語でへそと呼ばれる全体中央へと移動する。

 

「さぁて、こっから先はR指定だぜ。」

 

魔法の様な速さで双子の巨銃―”エボニー&アイボリー”を抜き放つダンテ。

彼と背中合わせに立つライドウも、腰のベルトに刺してあるアセイミナイフを取り出す。

二人を隠す様に降りてくる緞帳。

照明の光に照らされ、異形の怪物共と魔狩人、そして悪魔使いの死の舞踊が影絵となって映し出されていた。

 

 

 

アメリカ合衆国ニューヨーク州に位置する一番小さな郡・・・・ロックランド郡。

マンハッタンの北北西19kmに位置するその場所に、広大な敷地面積を持つローエル邸はあった。

古くから土地を収める領主としてロックランド郡に住む人々から知られてはいたが、1929年の世界恐慌の煽りを受け、一度は没落の危機に瀕した。

何とか一家離散を免れたものの、莫大な借金を抱えてしまう。

長く、貧乏貴族として周囲の人々から謗(そし)られて来たが、近年、商才に恵まれたローエル家の長男のお陰で、莫大な富を築く事になる。

そして、一週間前、優秀な家長が突然の病に倒れ、この世を去った。

 

「お前は本当にその絵が好きなんだなぁ・・・。」

 

壁一面に描かれた壮大な絵画。

ヨハネの黙示録に記される4人の騎士をイメージして描かれたその巨大なパノラマの前に、やや赤味がかった髪をした短髪の青年が立っていた。

ローエル家の四男坊だ。

 

「決めたよ・・・・僕は遺産にこの絵を貰う。今度開く予定のイベントに飾れば、皆喜んでくれるだろ? 」

「確かに、インパクトがある画だからなぁ。」

 

プロモーター会社を経営している弟に弁護士の次男坊が苦笑を浮かべた。

確かこの絵は、後のブリデン王、アーサー・ペンドラゴンを導いたと言われる魔導士、アンブローズ・マーリンが描いたという逸話の有る絵画だ。

しかし、その価値を一体何人の人間が正しく理解出来るかは、甚(はなは)だ疑問であった。

 

「やったぜ!もう6時を過ぎた!やっぱり兄貴に隠し子が居た何て嘘だったんだよ!」

 

まるでフットボールの選手並みにガタイが良い三男坊が、壁に掛けられている柱時計を指差す。

見ると時針が丁度、夕方の6時を指示(さししめ)していた。

と、突然、広間のドアをノックする音が聞こえる。

ドア越しに屋敷の執事を務める初老の男性から、来訪者がこの屋敷に来た事を一同に告げた。

扉が開かれ、中から見事なブロンドの髪をボブカットにした女性が入って来る。

見事なプロポーションと派手な紅いスーツを着たその女性は、口元に皮肉な笑みを浮かべ、室内にいる3人の男性を見渡した。

 

「初めてお目に掛かれて光栄ですわ・・・・私、パティ・ローエルと申しますの。」

 

何処か寒気を覚えさせる酷薄な笑み。

一同に緊張感が走る。

 

「う、嘘だ!パティ・ローエルは幼い少女だと聞いてるぞ!」

 

何時もは大人しい四男坊が、この時は珍しく声を荒げた。

 

「フェイクですわ・・・あらゆる事態を想定して・・・運良く同姓同名の女の子を見つける事が出来ました。 」

 

皮肉な笑みはそのままに、勝ち誇ったエメラルドグリーンの瞳で、広間に居る3人の兄弟を嘲弄する。

パティ曰く、自身の身の安全を考慮して、腕の良い情報屋を雇い、同姓同名の女の子を探し出した事。

又、その娘が、都合の良い事に親の居ない孤児だった事。

少女を身代わりにしたお陰で、快適な旅行が出来た事まで、自信たっぷりに解説してみせた。

 

「む、無効ですよ・・・・遺言書によると兄が死亡して、夕方の6時までにこの屋敷に来る事が、遺産相続の絶対条件です。」

「あら?私が聞いた話によりますと、父が死亡してから一週間後の夕方6時28分までですわ。 ほら?時刻までまだ余裕がありましてよ? 」

 

自称、弁護士を気取る次男坊に、態とらしく腕時計を指示してやる。

既に勝負は決まっているというのに、往生際が悪くて見苦しい事この上ない。

 

「身分を証明するのは、運転免許証で良いかしら?それともパスポート? 」

「いいえ・・・・その必要はありません。 」

 

肩に下げているショルダーバッグから、身分証明の為に運転免許証を出そうとした美女を、弁護士である次男が止めた。

訝しがる女に向かって、眼鏡を徐に外した次男が振り返る。

 

「何故なら、パティ・ローエルの生存は確認出来ないからです。 」

「!!!!!? 」

 

醜悪な怪物の姿へと、突如、変貌する次男坊。

驚愕する一同の目の前で、身体が室内の天井まで届く程の巨体へと膨れ上がっていく。

 

「遺産は私だけのモノだ!誰にも渡さん!!」

 

凶悪な牙を剥き出しにした悪魔が、ソファに座る四男坊と立ち上がった三男坊を吹き飛ばす。

血を吐き、首があらぬ方向に捻じ曲がって床に叩き付けられる三男坊と、壁一面に描かれた巨大な絵画の上に、べっとりと血のオブジェとなって加わる四男坊。

殺戮で濡れた紅い双眸が、今度は大広間の入り口に立つ、ブロンドの美女へと向けられる。

 

「貴様もだぁ!!」

「いやぁあああああああああ!!」

 

血で染まった鋭い爪で、自分の莫大な遺産を奪い取ろうとする不敬な女を惨殺せんと襲い掛かる悪魔。

しかし、彼女の前に、突如現れた不可視の壁によって弾き飛ばされる。

物理攻撃を反射する高位魔法―『テトラカーン』だ。

自分の攻撃をモロに喰らい、壁に叩き付けられる怪物。

震えるブロンドの女の視界に、無様に大の字に倒れる悪魔の姿が映った。

 

「アンタだったのか、モリソンを使ってパティのボディーガードをする様、依頼してきた張本人は。」

 

10代半ばと思われる少年の声に、事態を全く呑み込めない様子の女が振り返る。

すると、広間の入り口に左目に包帯を巻いた隻腕の少年と銀髪の大男、そしてその後ろには小さな妖精を頭に乗せた10歳ぐらいの幼い金髪の少女がいた。

 

「ボディーガードを依頼したのは、この子に対するせめてもの償いだったのか・・・・? それとも、本物のパティ・ローエルに対する贖罪の念か・・・。 」

「・・・・!何故貴方がそれを!! 」

 

少年が最後に言った言葉に、ブロンドの女が過剰に反応する。

そんな二人のやり取りを、大きなアタッシェケースを持つ、銀髪の大男が遮った。

 

「罪とか償いとかそんなモン後回しにしようぜ? 今はコイツをぶちのめすのが先だろ? 」

 

ライドウの造り出した防護壁によって吹き飛ばされた悪魔が、よろよろと起き上がる。

衝撃によって、両手の爪は全て根元からへし折れているが、その両眼に宿る殺意の闘志は失われていなかった。

 

「ぱぁっとド派手なライブと行こうぜ! 」

 

そんな怪物に笑みを浮かべたダンテが、アタッシェケースを開き、中に収められている大剣『フォース・エッジ』を取り出す。

標的をダンテに変え、不揃いな牙を剥き出しにして襲い掛かる悪魔。

その身体に、ライドウの放ったクナイが突き刺さり、ダンテの操る大剣『フォースエッジ』が大木の様に太い腕を斬り飛ばす。

激痛にのたうち回る怪物。

止めとばかりに下からフォースエッジの切っ先が、悪魔の下顎へと深々と突き刺さり、天井に縫い留めてしまう。

弱点である心臓を完膚なきまで破壊され、その活動を停止する悪魔。

血飛沫が雨の様に豪奢な絨毯を真っ赤に染めた。

 

 

 

ローエル邸の屋敷に数台のパトカーが停まっている。

頭にタオルケットを被った女が、両脇を二人の警察官に固められ、屋敷の入り口から出て来た。

ローエル家の隠し子として遺産相続の手続きに訪れた、ブロンドの美女・・・・パティ・ローエルだ。

しかし、彼女は本物のパティでは無かった。

本物の隠し子は、何者かの手によって既に殺害されており、つい三日程前に、住んでいたアパートメントの浴室で、変わり果てた姿となって発見された。

パトカーの赤色灯で照らされた女、女優志望のエリーと言うルームメイトによって・・・。

 

 

「あの人・・・・これからどうなっちゃうの? 」

 

二人の警察官によって、パトカーに乗せられる女を、パティが何とも言えない表情で見つめる。

騙されていたという事実にショックは隠せないが、何故だか怒りが湧いて来ない。

それよりも、哀しみに似たやるせない感情が、心の中を満たしている。

 

「彼女は、これから長い生涯を掛けて、罪を償っていくのさ・・・それこそ、死ぬまで友達を殺したという重責をその背に背負ってね・・・。 」

 

ライドウもまた、パティと同じ表情をしていた。

きっと幼い少女と同じ、心情を抱いているのだろう。

 

「もしかして・・・アンタ、全部最初から知っていたのか? この事件の真相を。 」

「・・・・まさか、俺は予知能力者じゃない。 この屋敷に到着するまでは、この子が本物のローエル家の隠し子だと思っていたさ。 」

 

ダンテの言葉をあっさりと否定すると、ライドウは、レッドグレイブ市の便利屋事務所に帰る為、さっさと惨劇の行われた屋敷に背を向ける。

やれやれと肩を竦めるダンテ。

こんな後味の悪い事件からは、とっととおさらばしたいとライドウの後を追い掛ける。

パティも仕方なしに、二人の後に従った。

 

「ライドウは見えたんだよ・・・・彼女の心の中が・・・・ごめんなさい、ごめんなさいって、一生懸命謝ってた。 」

「マベル・・・・・? 」

 

パティの被っている帽子の上に座る妖精が、ポツリポツリと事件のあらましを話し始めた。

 

ひと月前、ある不運が二人の女性を襲った。

お互い、天涯孤独、同じ趣味、同じ夢を持っていた二人は、姉妹の様に仲が良かった。

しかし、ある出来事が二人の仲を引き裂いた。

それは、友達の一人が、ロックランド郡の中で有数の大富豪の隠し子である事が判ったからである。

 

「殺すつもりじゃなかった・・・・・でも本物のパティ・ローエルのちょっとした悪戯心が、エリーを凶行に走らせた。 ”召使として雇ってあげる・・・・”その一言が、彼女の理性を壊してしまったの。 」

「・・・・・。 」

 

気が付くと握り締めていた果物ナイフが、パティの喉に深々と突き刺さっていた。

慌てた彼女は、バスルームに遺体を隠し、アパートメントから逃げ出したのである。

 

「可哀想・・・・だね。 」

「確かにな・・・・プライドを捨て、コールガールとして生計を立てていた彼女にとっては耐え難い屈辱の言葉だったのかもしれない。 でも、人を殺し、本物になり替わろうとしたあざとさは許せない。 そんな真似をしたって、自分が犯した罪から逃れられる筈は無いのにな。 」

 

因果応報・・・・悪い行いは、必ず別の災厄となって己に降りかかる。

エリーと言う女性は、それを承知していたのだろうか?

 

 

 

事件から数日後、レッドグレイブ市にある便利屋事務所。

 

片腕の少年が、テーブルの上に焼き上がったビスコッティの盛られた皿をソファに座る少女の前に置いてやる。

途端に顔を綻ばせる金髪の少女。

ピンクの愛らしいドレスが良く似合っている。

 

「美味しそう!これ本当にライドウが作ったの? 」

「ああ、日本にある超高級ホテルで働くメイド長直伝のスィーツなんだぜ? 」

 

アーモンドやレーズン、チョコレートなどをふんだんに使ったこの焼き菓子は、彼が何時も世話になっている豪華客船『ビーシンフル号』で、メイド長を務めているメアリーから教えて貰ったお菓子だ。

味は誰もが保証付き。

同じホテルの料理長、第三十三代目、村正すらも唸らせる逸品だ。

 

事件後、パティのいる孤児院である出来事が起こった。

日本を代表する大企業―Human electronics Company、通称『HEC』社から突然、多額の寄付金が送られて来たのだ。

またそればかりではなく、貴方の養護施設を全面的に支援したいという有難い申し出がメールで送られ、本や教材、果ては施設で暮らす子供達の衣服や食料品まで援助される事になったのである。

 

「うわぁあああ!何だぁ?この部屋わぁ??」

 

シャワー室のドアから素っ頓狂な声が聞こえた。

二人が其方に視線を向けると、シャワーを浴びて出て来たばかりらしい、上半身裸の男が、変わり果てた事務所の内装にあんぐりと口を開いている。

 

ピンク色の壁紙に、花やアニメのキャラクターらしきイラスト等が所狭しと張り付けられている。

そして、極めつけが、ソファや床などに置かれた数々のヌイグルミ達。

此処が荒事専門の便利屋事務所だとは、到底想像出来ない有様である。

 

「煩いわねぇ、事務所があんまりにも汚すぎるから、私達三人で綺麗に掃除してあげたのよ?感謝ぐらいしときなさいよね。 」

 

テーブルの上で胡坐をかいてビスコッティを齧っている妖精が、心底軽蔑しきった眼差しで、タオルを被る銀髪の大男を見つめる。

 

「感謝?ふざけんな!俺の大事な事務所をこんなイカレた部屋にしやがってぇ! 」

「まぁまぁ、そんなに怒るな? お前の分もあるからコッチに来て喰えよ。 」

「ライドウ!何でアンタはそんなに冷静なんだよ! 」

「もー、朝から煩いなぁ、静かにお茶が飲めないじゃない、ねぇ?マベル。 」

「そうそう、煩い男は嫌われるわよ?ダンテ。 」

「はぁ? 居候の分際でデカイ顔すんじゃねぇ! 」

 

清々しい朝とは裏腹に、繰り広げられる下らない茶番劇。

しかし、それが途轍もなく愛おしい。

ライドウは、悪態を吐き合う三人を傍らで眺めながら、自分がかつて失ってしまった日常を思い出していた。

 




読みづらかったら申し訳ない。
アドバイス頂けたら改善致します。
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