偽典・女神転生ーツァラトゥストラはかく語りき 作:tomoko86355
女悪魔狩人、レディー登場。
自分設定で大分変えております。
ニュージャージー州、リバティ公園付近。
廃材が積まれた古びた倉庫内。
腐臭を漂わせる異形の姿をした怪物・・・・・悪魔の死骸の傍らに一人の華奢な体躯をした人影が立っていた。
「17代目・葛葉ライドウ・・・・・・・? 」
その人影は、どうやら歳若い女性らしい。
鼻の頭に真横に一本走る傷が特徴的な黒髪の美女であった。
均整の取れたスタイルをしており、髪を整え、化粧をすれば、トップクラスのモデルとしても十分通用する程の美しさを持っている。
しかし、身に纏う気配は、まるで獲物を狙う獰猛な野獣そのものだった。
「そうだ、日本の組織『クズノハ』に所属するSS(ダブルエス)級の悪魔召喚術士だ。 」
女性と会話をしている人物・・・・黒いスーツを身に着けた男は、周囲に漂う硝煙の香りが苦手なのか、僅かに眉根を寄せていた。
真夜中であるにも拘わらず、黒いサングラスを掛けている為、その容姿は判らない。
「噂なら聞いてるわ・・・・・三体の最上級悪魔(グレーターデーモン)を従える怪物。 闇社会じゃ”人修羅”って通り名でかなり有名じゃない? 」
視界の端で、形が保てず塵と化していく怪物を眺めつつ、女は肩を竦めた。
葛葉ライドウの名は、闇社会に属する者ならば、知っていて当たり前な程、その名は知れ渡っている。
例え、SS級の悪魔召喚術士であっても、従えられる最上級悪魔(グレーターデーモン)は、一体までしか使役出来ない。
それは、通常の悪魔と違い、召喚器を使わず、術士の肉体そのものを依り代にするからだ。
しかし、ライドウは、その神や魔王を三体も従わせている。
召喚士の常識では、到底有り得ない存在である。
「出来る事なら、あんな化け物には近づきたくないんだけどね。 」
何故、そんな怪物が此処・・・・レッドグレイブ市にいるのかは判らない。
噂によると、その市内で便利屋家業を営んでいる男の事務所で居候をしているらしい。
「うちのお嬢が人修羅をジョセフ坊ちゃんの番にするって言って、聞かないんだよ。 俺やドクもあんな化け物に拘わるなと再三忠告してるんだがな。 」
スーツの男は、心底困り果てているのか、大袈裟な溜息を吐いた。
本音を言えば、気持ちは女と一緒だ。
何を好き好んで、あんな他組織の・・・・しかも、人外の化け物と関りを持ちたがるものか。
「番? 確か彼には、”クランの猛犬”がいるんじゃなかったっけ? 」
「詳しい事は知らないが、どうやらその番は死んだらしい。 今はフリーだと聞いている。 」
「へぇ・・・・番を使い捨てにするって噂は、どうやら本当みたいね。 」
男の言葉に、女は呆れた様子で溜息を吐いた。
悪魔召喚術士にとって番は、召喚器と同様、無くてはならない存在だ。
優秀な番程、召喚士は、大事にする。
だが、人修羅は番の扱い方が酷いのか、これまで多くのパートナーを死なせていた。
「んで、貴方達は一体私にどうしろって言うの? まさか、私にテレサを説得しろって言う訳じゃないわよねぇ? いくら従妹でも、私が彼女に嫌われているのは知っているでしょ? 」
女・・・・悪魔狩人のレディは、赤と青のオッドアイで、従妹の用心棒であるサングラスの男を見つめた。
「分かってる。 アンタに頼みたいのは、人修羅が一体どんな奴か見極めて欲しいんだ。人間観察者(マンハント)のアンタの言葉なら、俺やドク・・・・他の連中も納得出来る。 」
それなりの報酬は出すっという男の言葉に、レディはやれやれともう一度溜息を吐いた。
レッドグレイブ市、西区、スラム2番街通り。
血反吐と折れた歯を吐き出しながら、如何にもチンピラ風の男が吹き飛んでいった。
「はいよ、今回の依頼料だ。 」
生ゴミの詰まったポリバケツに突っ込む男を横目で眺めながら、煙草の専売店の店主である老婆が、カウンターで呑気に頬杖をついている10代半ばぐらいの少年にドル紙幣を数枚渡した。
「どーも、何時も助かるよぉ♪ばっちゃん。 」
依頼料を貰い、ニッコリとほほ笑む少年。
店の前では、ゴミの山に頭から突っ込んでいる男意外に、荒事師風の男達が数名、死屍累々と言った感じで横たわっていた。
彼等は、皆、この界隈で恐喝や強盗をしているチンピラ達だ。
高齢者が営む、小さな煙草店の売り上げを掠め捕ろうとしたらしいが、生憎運が無かったらしい。
「そりゃ、コッチの台詞だよ。 こんな端(はした)金でチンピラ共を追い払ってくれるんだからね。 」
老婆の言う通り、荒事専門の便利屋にしてはリーズナブルな値段で、ゴロツキ共をぶちのめしてくれるのだから、大助かりである。
「おい、終わったぞ? 」
当たり障りのない世間話に花を咲かせる二人の所に、チンピラ共を叩きのめした張本人が現れた。
真紅のロングコートに、目の覚める様な銀の髪。
レッドグレイブ市を中心に活動している便利屋・・・・ダンテである。
「ご苦労、ご苦労。 そんじゃ、次の仕事行ってみよかぁ♪ 」
そんな便利屋に労いの言葉を掛けるのは、左眼に痛々しい包帯を巻いた隻腕の少年・・・・葛葉ライドウ。
相棒兼居候の言葉に、ダンテはあからさまにうんざりとした表情を浮かべる。
「またかよ、 今日一日で一体何件下らねぇ仕事をさせる気なんだぁ? 」
「はぁ? 何を言ってんだよお前、 俺達は、街の害虫を駆除する尊いお仕事してんだよ。 次は、ジャニスの惣菜店が強盗に襲われたらしいからな。 あそこのマッシュポテトは最高なんだ。 襲った奴等は絶対許せん! 」
成敗じゃ、と意気込むライドウは、ダンテの着ているロングコートの端を握ると、何の遠慮も無くグイグイと引っ張って行ってしまう。
そんな凸凹コンビの後ろ姿を、老婆は微笑ましく見送っていた。
ライドウが怪我の療養という名目でこの街に滞在してから、既にひと月近くが経とうとしていた。
怪我も大分良くなり、身体に巻かれていた包帯も殆ど取れている。
未だに、生々しい傷跡は残っているものの、普通に生活を送る分には何ら問題は無かった。
「ダンテ、 何だか不機嫌だね? 」
ライドウの出されたラズベリーパイを美味しそうに一口齧ったパティが、如何にも不貞腐れた様子で黒檀のデスクに両足を投げ出している銀髪の大男を眺めた。
「気にすんな。 真面目に労働したせいで疲れているんだよ。 」
甘さ控えめのアップルティーをパティの前に置いたライドウが、手に持っている盆で自分の肩を軽く叩く。
ダンテがへそを曲げている理由は唯一つ、仲介屋であるモリソンが取り扱っている仕事をライドウが勝手に受け捲っているからだ。
昼間、老婆が営む煙草の専門店を襲った強盗達を叩きのめした様に、その依頼の殆どは用心棒や窃盗など、悪魔とは全く関係ない内容の仕事だ。
トラブルシュータ―紛いの仕事を此処最近やらされ続け、流石にダンテの我慢にも限界が来ているらしい。
午後の和やかなティータイムを楽しんでいる一同の耳に、事務所のドアに設置されている呼び鈴の音が聞こえた。
見ると、入り口のドアの前に大きな黒革のギターケースを担いだ20代半ばぐらいの黒髪をざんばらに刈った美女が立っている。
「はぁい、お久しぶり♡ 」
店に訪れたのは、ダンテと同じ便利屋家業を営んでいる女荒事師のレディだ。
勿論、本名ではない。
「お? 珍しくお客さんが来てくれたぜ。 」
馴染みにしている仲介屋のモリソン以外に、ダンテの事務所に来訪者が来る事は、滅多にない。
積極的に仕事の宣伝をしていないのも原因の一つであるが、店の責任者であるこの男が、気に入らないといった理由だけで、依頼人を無下にあしらっているのが最大の理由だ。
「何しに来た? 借金ならこの前返してやっただろうが・・・。 」
無遠慮に店内に入って来る同業者をダンテが胡乱気に見つめる。
正直言ってこの女は大の苦手だ。
金にはがめついし、それに何より人の心を見透かすその態度が気に入らない。
「半額分だけでしょ? 残りはまだ大分残っているじゃない。 」
呆れた様子でレディは応えると、肩に背負っていた重そうなギターケースをダンテがだらしなく両脚を投げ出している黒檀のデスクの前に置いた。
中身は、借金のカタに取り上げたダンテの愛刀・・・・・大剣『リベリオン』だ。
「一応、これだけは返してあげる。残りは後日キッチリと頂くから覚えておいてね? 」
忌々しそうに舌打ちする男をからかう様に見つめると、真向いのソファーに座る金髪の少女とその傍に居る隻腕の少年に視線を移す。
「アレが噂の相棒? 物凄い美人じゃない。 」
赤と青のオッドアイが、エプロン姿の片目、片腕の少年を見つめる。
左眼に真っ白い包帯が巻かれた少年は、レディが感心する程、美しかった。
中性的な美貌に、女性の様にスラリとした無駄な筋肉が一切ない華奢な体躯。
この少年が、日本の超国家機関『クズノハ』最強の悪魔召喚術士とは誰も想像出来はしまい。
「初めまして、私は同業者のレディという者よ。 貴方がミスター・ライドウ? 噂は色々と聞いてるわ。 」
黒檀のデスクに踏ん反り返る男から離れたレディは、ソファーの前に立つ隻腕の少年に近づいた。
鋭い視線が少年の容姿を観察する。
付け根から欠損した左腕、唯一残された右腕は、良く見ると細かい傷があちらこちらに残っている。
自分等よりも更に過酷な戦場を歩んできたことが伺い知れた。
「初めまして・・・・意外と俺って有名人なんだねぇ・・・・て、言ってもどうせ悪い意味で有名なんだろうけど。 」
ニッコリと人好きしそうな笑顔を女荒事師に向ける。
その姿は、とても三体もの最上級悪魔(グレーターデーモン)を従える怪物とは思えない。
街に行けば何処でも普通に歩いているティーンエイジャーと同じだ。
「おっと、今からすぐお茶を用意するよ。 」
パティがいるソファーの隣へ座る様に促すが、レディーは首を振って丁重に断った。
「用件だけ伝えたらすぐに退散するから、構わなくって結構よ。 」
「用件? 」
「そ、大事な仕事の話よ。 」
意味深なその言葉に、ライドウは敏感に反応した。
鋭い視線を女荒事師に向け、呆れた様子で溜息を吐く。
「悪魔絡みの仕事ならご遠慮する。 うちは真っ当な案件しか引き受けないんだ。 」
「ライドウ、てめぇ勝手な事を・・・! 」
この店の責任者は自分だ。
ライドウの勝手極まる言い分に、ダンテが声を荒げ様としたが、悪魔使いの鋭い隻眼に睨まれ、喉元まで出かかった言葉を思わず呑み込んでしまう。
「この際だからハッキリと言っておく、 お前が今迄、悪魔退治としてやって来た事は全て違法だ。 狩猟者(デビルハント)の資格を持たない奴が、悪魔を狩る行為はご法度なんだよ。 CSI(超常現象管轄局)に知れたら問答無用で投獄される。 自分の経歴に泥を塗りたく無かったら、大人しく人間としての生活をしていろ。 」
ライドウの言う通り、悪魔が引き起こす事象は全て各国の政府が管理する事になっている。
厳重な緘口令が敷かれており、一般の人間に知られる事は決してない。
もし、架空の生物だと思われている悪魔が実在すると知られれば、世界は大パニックとなってしまう。
下手をすると中世で行われた魔女狩りが再び始まるかもしれないのだ。
そんな最悪な事態を避ける為の防御措置ともいえた。
「狩猟者(デビルハント)? そりゃ、一体何なんだよ? 」
ダンテが、デスクの端に座っている小さな妖精・・・・マベルに向かって言った。
「フリーの悪魔退治屋の事よ。 魔導士職(マーギアー)か剣士職(ナイト)の役職を二つ持つ者だけが、得られる資格なの。 各国の政府は、そういった連中を何人も雇っているのよ。 」
要は、対悪魔の用心棒と言ったところだ。
悪魔の起こす災害度に合わせてランクが分けられる。
ランクはSからDまであり、それに見合った実力を持つ狩人が選別されるのだ。
勿論、災害度が重大な程、獲得できる報酬も高額になる。
「そう怖い顔しないでよ? 言っとくけど私はちゃんとした狩猟者(デビルハント)の免許を取得してるからね? 」
傍若無人で有名なダンテを黙らせるライドウの眼光に、レディーは降参と言った様子で大袈裟に肩を竦める。
そして、ウェストポーチから二つ折りのパスケースを取り出した。
女荒事師から渡された革のパスケースを開いてみると、確かに政府からの狩猟資格証が入っている。
彼女が取得しているのは、銃剣使い(バヨネット)と魔術医(ドクター)の二つだった。
「確かに本物だな。 」
「これで分かってくれたかしら? 私は、政府からの依頼で悪魔討伐を引き受けているって。 」
悪魔使いからパスケースを返して貰い、再び腰のウェストポーチに仕舞う。
「だが、魔導のまの字も知らない素人を巻き込むのは感心しないな? 」
「あら? 私達、狩猟者がどんな協力者を選ぶかは自由よ? そこら辺はグレーゾーンなの。 政府も黙認しているから、罪に問われる事はない。 」
彼女の言う通り、悪魔討伐の依頼をした狩猟者がどんな方法で狩りを行うかは不問とされている。
酷い奴になると、態と事情を知らぬ一般市民を悪魔をおびき出す餌として使用する事もあるのだ。
餌に使われた一般市民が死んでも、要因となっている悪魔が無事退治されれば、何ら問題は無いのである。
「彼が殺しても簡単に死なない事ぐらい貴方も知ってるでしょ? 」
「知ってる・・・・俺が言いたいのは、無資格の人間を巻き込むなと言っているんだ。 」
「そう・・・なら、貴方がこの依頼に協力してくれるのかしら? かの有名な17代目・葛葉ライドウが手伝ってくれるというなら、私も大分、心強いんだけどね? 」
「・・・・。 」
傍若無人な女の言葉に、ライドウは思わず押し黙ってしまう。
そんな二人のやり取りを不安そうに眺めるパティ。
幼い少女の心の中では、女荒事師は完全な悪者で、自分が大好きな悪魔使いを虐めている様に映っているのだろう。
「・・・・・分かった。 依頼の内容を教えてくれ。 」
金髪の少女を安心させる様に一度、微笑むと、ライドウはレディーに言った。
ニューヨークの市街地から大分離れた山岳地帯のハイウェイ。
古びた酒場の駐車場で、大勢のバイカー達がラジカセを大音量で響かせながら、花火や爆竹等をして、馬鹿な大騒ぎを楽しんでいる。
「何よ?これぇ・・・・これの何処が質の悪い悪魔なのぉ? 」
マベルが呆れた様子で、駐車場内を走り回っているバイクを眺めている。
確かに、酒場の店主や国土交通省にとっては、彼等は悪質な悪魔と同じなのかもしれない。
「まさかコイツ等を追い払えっとでも言うつもりじゃねぇよなぁ? 」
「否・・・その前に何でお前までついて来たんだよ。 」
蟀谷に血管を浮かせたライドウが、背後でバイカー達を眺める銀髪の大男を睨みつける。
事務所で大人しく待っていろという言葉が通じなかったらしい。
レディーが持って来た依頼内容は、この山岳地帯の陸橋で、時々現れる悪魔を討伐して欲しいというモノであった。
7年前から、この地帯を住処にしており、既に何十人ものバイカー達が餌食にされている。
「別に良いだろ? 俺の勝手だ。 」
「はぁ? お前、俺の言った事ちゃんと理解してますかぁ? 狩猟資格がない奴が悪魔と拘わるとお縄になっちゃうんですよぉ? 」
顔を真っ赤にして怒りを露わにするライドウ。
しかし、いかせん身長が低すぎる為、睨みつけても全然効果がない。
小山の様に高い男の体躯が憎らしくて仕方がない。
「まぁまぁ、下らない三文芝居はそれぐらいにして、さっさと仕事を始めるわよ。 」
ギャンギャン吠える悪魔使いを適当にあしらう銀髪の青年を他所に、レディーは、適当に近くに居た二人組のバイカーに声を掛けた。
この付近の走り屋・・・・『デビルズ・ネスト』のリーダーであるヴィンセントは苛々していた。
理由は、唯一つ、自分の兄―ミッシェルを殺した謎のライダー『レッドアイ』を中々見つけられないからだ。
「もう、いい加減諦めたらどうだ? 」
チームメンバーの一人である丸眼鏡の男が言った。
此処数日、人喰いライダーが夜な夜な現れるという陸橋を朝方まで走り回っているが、一向に噂の怪物は現れない。
それどころか、ここら辺一帯の警察の取り締まりが更に厳しくなり、下手をすると問答無用で檻に閉じ込められてしまう。
「馬鹿野郎! 兄貴を殺した奴がこの近くにいるんだぞ! 仇を討つまで止められる訳がねぇだろ! 」
ヴィンセントが思わず苦言を呈した仲間の胸倉を掴んだその時であった。
少し離れた場所から、誰かがチームメンバーの連中と言い争いをしている声が聞こえた。
どうやら、仲間と諍いを起こしている相手は女で、微かに聞こえる話の内容だと、ここら辺一帯を仕切っているバイカーのリーダーを探しているらしい。
最初は、警察か何かか?と疑ったが、女の恰好を見て、すぐに違う事が判った。
「俺が此処のチームの責任者だ。 」
ヴィンセントが仲間と黒髪の女の仲裁に入る。
女―レディーは、皮肉な笑みを口元に浮かべると赤毛のリーダーへと近づいた。
「アンタ達、悪いんだけど此処からすぐに立ち去ってくれない? 」
女の余りな言い草に、赤毛のリーダーの眉根が不快に歪む。
「俺達が何処で何をしようが勝手じゃねぇか! 」
そう喰って掛かったのは、ヴィンセントではなく、彼の傍らにいた仲間の一人だ。
自分達が気持ち良く走りを楽しんでいるのに、急に現れた何処の馬の骨とも知れない奴にいきなり出て行けと言われたのだから、いきり立つのも当たり前だ。
「なーにやってんだよ? そんな奴等に何を言っても無駄だ。 自分達さえ良ければそれでいいって連中だからな。 」
レディーから少し離れた位置に立っている銀髪の男―ダンテが、呆れた様子で溜息を吐いた。
そのすぐ隣では、何故か不機嫌な片目、片腕の少年が仁王立ちで立っている。
「何だと?てめぇ! 」
言いたい放題言い捲る身の程知らずな青年に突っかかる仲間をヴィンセントは押し留めた。
「アンタ等の迷惑は良く判っている。 でも、今は好きにさせてくれないか? 」
自分達がどれだけ近隣住民に迷惑を掛けているかなど、十分承知している。
本音を言えば、連日、こんな馬鹿騒ぎをする為に集まっている訳ではないのだ。
「俺はどうしても仇を討たなきゃならない・・・・三週間前に死んだ兄貴の仇をな。 」
ヴィンセントが言うには、この先にある陸橋に伝説の走り屋がいるのだという。
ソイツは、陸橋を通りライダーに走りの勝負を挑んでは、悉く事故を起こさせ、餌食にしているのだそうだ。
「俺の兄貴も、ソイツと走りの勝負をして殺された。 俺にとって兄貴は憧れの存在だったんだ。 だから・・・・。」
「君が敵討ちをしたところで、君の兄さんは喜ばない。 」
そんなヴィンセントの言葉を遮ったのは、銀髪の大男の傍らにいる隻眼の少年であった。
何処か哀し気な表情をして、赤毛のリーダーを見つめている。
「縦しんば、そのレッドアイって奴に巡り会えたとしても、君では奴には勝てない。逆に死んだ兄さんと同じ目に会うだけだ。 」
「・・・・っ! そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろうが! 」
全てを見透かす黒曜石の瞳に一瞬だけ気後れする。
しかし、持ち前の胆力で、何とか怯みそうになる自分を鼓舞した。
「もし、君が自分と同じ様に事故を起こして死んだら、君の兄さんはどう思う? 残された家族は? 君が・・・否、 此処に居る全員がやろうとしている事は、自分達に優しくしてくれた大事な肉親達を傷つけるだけの行為だと何故、分からない? 」
ライドウの言葉に、その場に居た全員が押し黙る。
確かに少年の言う通りであった。
走りの快楽を一時味わえたとしても、自分達がやっている事は、周りに対する迷惑行為でしかならない。
事故を起こし、自分かそれとも相手に怪我を負わせ、死に至らしめれば、残された家族がどう思うかは、明白である。
「有難いご高説痛み入るがな・・・コイツ等にどんな優しい言葉を投げかけても絶対返って来る事はないぜ? 」
そんな場の雰囲気をぶち壊したのが、少年の隣にいる銀髪の大男であった。
生まれた時から、天涯孤独で厭世的な生き方をしてきたダンテにとってライドウの言葉は何処にも響く所がない。
たった一人の家族である双子の兄、バージルも魔帝・ムンドゥスに散々利用され、挙句、殺された。
「俺は別にお前に言ってるんじゃない。 この子達の良心に訴えているんだ。 」
ダンテの心情を知ってか知らずか、ライドウは呆れた様子で溜息を吐いた。
彼等は、確かに社会に適合出来ない退廃的な人間なのかもしれない。
だが、そんな人間にも生み育ててくれた愛すべき家族がいる。
大事な家族が、自分の行いで哀しむ姿は、誰だって見たくはない筈だ。
「まぁ、話の決着がつかないなら、別の勝負でつけるってのはどう? 」
中々話が進まず、膠着状態なその場の雰囲気をどうにかしようと、それまで黙って事の成り行きを伺っていたレディーが言った。
「あの二人のどちらかと走りで勝負をする。 負けた場合は、大人しくこの場を去るっていうのはどうかしら? 」
「おい、勝手な事を言ってんじゃねぇぞ?」
此方の了解を得ず話を進めるレディーに、ダンテが不愉快そうに眉根を寄せた。
「良いじゃない、貴方が勝負に勝てば仕事は終わり、 ギャラは全額貴方のモノよ。 」
後ろで悪態を吐くダンテをからかうな眼差しで振り向く。
そんな女荒事師に、銀髪の大男は思わず舌打ちした。
「おい、俺は別に走りの勝負をするとは・・・・・! 」
手前勝手なレディーの話に、今度はヴィンセントが文句を言った。
自分が勝負を挑むのは、あくまで伝説のライダー、レッドアイだけ。
こんな訳も分からない連中と走りの勝負をする気など更々ない。
「分かっているわ。 貴方の目的は兄さんの復讐でしょ? でも、このまま陸橋を走り回ったところで兄さんの仇は現れないわ。 」
レディーは、皮の手袋をはめた人差し指をヴィンセントの唇に当てた。
言葉を呑み込み、女荒事師のオッドアイを見つめる赤毛のリーダー。
そんな走り屋にレディーは、悪戯っぽく片目を閉じる。
「もしかしたら、 彼と勝負をしたらレッドアイは姿を現すかもね。 」
「アンタ一体・・・・・? 」
この女が何を考えているのか皆目見当がつかない。
しかし、大事な家族を殺した仇に回り逢う為には、この女荒事師の言葉を信じるより他に方法が無い様に思えた。
激しいエギゾーストノートの音が、山林の車道に木霊する。
愛車のZX-RRに跨る『デビルズネスト』のリーダー、ヴィンセント。
その横には、バイカー達の一人から借りたZX-10Rに乗る深紅のロングコートを纏う銀髪の大男、ダンテ。
「うぉおおおおおい! 何で俺が縛られなきゃなんねぇんだよぉ! 」
二人から少し離れた所にいるレディーの傍らには、何故か荒縄で罪人宜しく締め上げられたライドウが胡坐をかいて吠えていた。
「貴方のその身体じゃ、走りの勝負なんて出来ないでしょ? 」
呆れた様子で、レディーが自分の足元で縛り付けられている悪魔使いを見下ろす。
彼女が言う通り、ライドウは片目の上に片腕だ。
勝負云々の前の問題である。
そうなると、必然的にレースに出るのは、ダンテ只一人という事になる。
「そうそう、年寄りは余り無理をしない方が良いぜ? 爺さん。 」
メットを渡そうとするレディーをやんわりと断り、代わりに背負っていた大剣『リベリオン』が入った革のギターケースを渡す。
これはあくまで走りの勝負。
それには、武器は必要ない。
「誰が爺だ! 俺はまだそんな歳じゃねぇぞぉ!糞餓鬼! 」
ダンテの軽口に簡単に乗せられたライドウが、眉間に青筋を立てて怒鳴り捲る。
そんな悪魔使いに、心底呆れた様子でレディーが溜息を吐いた。
「ちょっと、貴方仮にも『クズノハ』最強の召喚術士なんでしょ? あんな程度の挑発に一々反応しないでくれる? 」
超国家機関『クズノハ』といえば、裏社会でもヴァチカンに次ぐ組織として有名だ。
上層部は、全員が人外の化け物。
その中でも、とりわけ17代目・葛葉ライドウは、規格外の怪物として知れ渡っている。
それが、こんな安い挑発にホイホイ乗るとは・・・・正直呆れて言葉も出ない。
「じゃぁ何で俺を縛るんだよ? 理由を教えてくれ? あんだーすたん? 」
えぐえぐと今度は涙目でレディーを見上げる悪魔使いに、女荒事師は大袈裟に肩を竦める。
「貴方が走りの勝負を邪魔するからでしょ? 折角盛り上がっているのに水を差す様な真似はしないでくれる? 」
バイクで違法なレースなんて危険すぎる、此処は、男らしくじゃんけんで勝負を決めようと、阿保らしいライドウの提案に、その場に居た全員が氷点下まで白けそうになった。
その為、止む無く・・・・本当に仕方なく、ライドウには縛り付けて完全な部外者になって貰う事で、話に決着がついたのである。
「レディー、何時までもそんな爺さんに構っている暇はねぇだろ? いい加減、こんな茶番は終わらせたいんだ。 さっさと合図を出してくれ。 」
「了解。 」
『爺って言うなぁ!』と再び怒りのボルテージを上げる中身40代半ばのオッサンを完全に無視し、赤と青のオッドアイの美女は片手を上げた。
彼女が手を降ろすと同時に走り出す2台の大型バイク。
目指すは、ゴールである陸橋の出口。
「ねぇ? 貴方はもう、レッドアイが何処にいるか分かっているんでしょ? 」
走り去る2台のバイクを見送りながら、レディーが足元で歯ぎしりする少年を見下ろした。
ライドウ程の魔導士ならば、姿を隠した悪魔の位置を探るなど造作も無いだろう。
「何言ってるのよ? そのレッド何たらって悪魔は、此処の走り屋のリーダーが乗ってたバイクの中に居たわよ? 」
「何ですって? 」
すっかり不貞腐れて唇を尖らせる悪魔使いの代わりに、主人の頭に座った妖精が応えた。
マベルの説明によると、レッドアイという悪魔は、バイカー達が此処で屯(たむろ)し始めた当初から、ヴィンセントに目を付け、彼の愛車に潜り込んでいた。
そして、至極僅かな瘴気を周りの連中に吸わせて、徐々に正常な判断力を奪っていった。
バイカー達が、周囲に迷惑行為を行う様になったのはその為だ。
「俺が少し、殺気を当てただけで委縮しやがった。 相当慎重なタイプなのか、それとも只の臆病なのか・・・・。 」
先程、ライドウの言葉に一同が押し黙ったのはそれが原因である。
悪魔使いの無言の威圧に、バイクに憑依した悪魔は、一瞬漂わせていた極微量の瘴気を止めた。
そのお陰で、彼等は今迄やって来た馬鹿な行いを省(かえり)みる事が出来たのである。
「それで? バイクに憑依したその悪魔は、貴方に恐れを抱いて逃げてくれるのかしら? 」
「さぁな・・・・何もしないで逃げてくれるならそれで良いが、多分、赤毛の坊やは頂いていくだろうな。 」
あの悪魔は、相当ヴィンセントに執着していた。
天敵が現れた程度で、上質なマグネタイトを持つ彼をそう簡単に手放すとは思えない。
「正体を現すとしたら、陸橋の中盤辺り、そこで必ず獲物を喰らう筈だ。 」
「そう・・・なら、ぐずぐずしている暇は無さそうね? 」
レディーは、腰に下げたウェストポーチから、小型のナイフを取り出す。
そして、悪戯っぽく、足元で胡坐をかいている悪魔使いを見下ろした。
「見せて貰うわよ? クズノハ最強の悪魔召喚術士(デビルサマナー)の力をね?人修羅さん。 」
「・・・・・・勝手にしろ。 」
陸橋に差し掛かり、そろそろ橋の半ば辺りへと疾走する二台のバイク。
風圧が情け容赦なく二人の顔を叩くが、決して怯む様子は見せなかった。
二人共、真剣な表情で、橋の出口へとバイクを走らせる。
「ちっ! 」
内心の苛立ちに、ヴィンセントは思わず舌打ちしていた。
流石にバイカー達のリーダーをしているだけあり、彼のドライビングテクニックは、プロ顔負けの技術を持っている。
しかし、そんな彼の技術ですら、隣を走る銀髪の大男を追い抜く事は出来なかった。
ヴィンセントの隣にピッタリとくっつき、決して引き離れない。
「どうした? そんな程度のスピードじゃぁ、兄貴の仇を討つなんて到底無理だぜ? 」
「畜生! 」
少しでも気を緩めれば、追い抜かれてしまう。
焦りとダンテに対する怒りが、彼の心に火を点けた。
ニトロが搭載された加速装置のスイッチを親指で押す。
ニトロの爆発的力によって更にスピードが増すZX-RR。
瞬く間にダンテが乗るZX-10Rを追い抜いてしまう。
「ハハッ!どうだ!?ざまぁみろぉ!! 」
遥か後方へと引き離したダンテを振り返り、勝ち誇るヴィンセント。
刹那、彼の躰に異変が起きた。
視界が急に暗くなり、手足の感覚が完全になくなる。
(か、身体が動かねぇ・・・・それに、意識が・・・・・。)
猛烈な睡魔がヴィンセントを襲う。
此処でもし眠りに堕ちれば、バイクの操作が不能になり、硬いアスファルトに叩き付けられてしまう。
事故への警笛が脳裏を一瞬過るが、それ以上に全身を覆う倦怠感が勝っていた。
ブラックアウトする思考。
首がガクリと前に堕ちる。
「あ、アレは一体・・・・?? 」
一方、ダンテの視界の中でも前方を走るヴィンセントの異変を見る事が出来た。
彼が跨る車体から、バイクの部品と分かるチェーンやチューブが飛び出す。
それは、まるで意思を持つ生物かの如く、ヴィンセントに巻き付くと、彼をバイクの一部へと取り込んでしまった。
「ちぃ!何てこった!! 」
そこで初めて、自分達の獲物であるレッドアイが、ヴィンセントの愛車の中に初めから潜り込んでいた事を知る。
懐のガンホルスターから双子の片割れである巨銃―”アイボリー”を引き抜く。
何発か引き金を引くが、発射された鋼の牙が、モンスターバイクを貫く事は敵わなかった。
「・・・・っ! 」
銃ではあの悪魔を止める事は出来ない。
持って来た魔具『リベリオン』は、同業者であるレディーに預けてしまった。
唯一、アレに対抗出来るのはライドウしかいないが、その頼みの綱である悪魔使いは、煩いと言って縛り付けてスタート地点に置いて来てしまっている。
どうする?と、内心焦りを感じる魔狩人の耳に、此方に近づいてきているバイクの排気音が聞こえた。
見上げると、一段高い高速道路の上を深紅のカラーリングが施されたバイクが走っている。
華奢な肢体をしているそのライダーは、女荒事師のレディーだ。
彼女は、ダンテと視線を合わせるとある一点を指差す。
何事かと彼女が指し示す方向に視線を向けるダンテ。
するとそこには、真紅の魔槍『ゲイボルグ』を握る白銀の魔狼が、陸橋の上に立っていた。
「ライドウの野郎か!? 」
どうやら自分は、見事に釣り餌として利用されたらしい。
そんな魔狩人を他所に、白銀の魔狼は、自分へと迫りくるモンスターバイクに魔槍の切っ先を向けると膝を落とし、狙いを定める。
眩い閃光となって疾走する魔槍士。
禍々しい怪物と美しい鎧を纏った白銀の騎士が交錯する。
「ぐぎゃぁあああああああ!! 」
鋭い一閃。
寸分違わぬ正確さで心臓を破壊されたレッドアイが断末魔の悲鳴を上げる。
実体化が保てず、バラバラに解体される異形のバイク。
その中に、赤毛のリーダーが混じっていた。
奇跡的に悪魔に吸収されるのを免れたのだ。
気を失ったヴィンセントは、無防備な状態で宙へと投げ出される。
それを受け止める白銀の魔狼。
華麗に着地すると、赤毛のリーダーをアスファルトへと降ろす。
「うっ・・・・あ、アンタは一体・・・・・? 」
少々、手荒く降ろされた衝撃で、ヴィンセントは意識を取り戻した。
驚嘆の表情で、自分を見下ろす左眼に蒼き炎を宿した白銀の騎士を見上げる。
すると、騎士の躰が眩く光り、魔鎧化を解いた隻眼の美少年が現れた。
「お見事、流石、”クズノハ”最強の悪魔召喚術士ね。 」
ライドウとその足元で未だに尻餅をついているヴィンセントのすぐ傍に、ライダースーツを纏ったレディーがバイクを止めた。
バイク型の悪魔、レッドアイの弱点である心臓の位置をあっさりと見抜き、一撃の下で倒したのだ。
並みの狩人では到底真似できない芸当である。
「おい、よくも俺をダシに使ってくれたな? 何が狩猟資格の無い奴を巻き込むな、だよ。 」
憤懣やるかたないといった様子で、ダンテが三人の所へとバイクを停車させる。
ライドウの事だ、最初から悪魔がヴィンセントの愛車に憑依していた事を知っていたに違いない。
「・・・・・違う、これは悪魔じゃない。 」
しかし、そんなダンテを無視すると、ライドウは下の河川敷へと降りる為の階段へと向かってしまう。
訝し気な表情になる一同。
仕方なしに、悪魔使いの後について行く。
河川敷へと降りた悪魔使いは、暫く近くの藪を探っていた。
そして、一体の兎の人形を拾い上げる。
何かのアニメのキャラクターらしいそのヌイグルミは、泥と埃で大分汚れていた。
「・・・・っ!その人形は!!? 」
ライドウが手に持っている人形を見て、激しく動揺する赤毛の青年。
忌まわしい過去が、否が応でも蘇る。
「やっぱり、この人形に見覚えがあったのか・・・・・。 」
青年の反応を見ても、ライドウは別段怪しむ様子は無かった。
それどころか、ヴィンセントが動揺する事も、この人形が一体何なのかも、全て把握しているらしい。
「一体どういう事なんだ? いい加減、俺達にも理解出来る様に説明しろ。 」
痺れを切らしたダンテが、苛々とした様子で言った。
レディーとライドウに、良いように使われ、挙句、一番美味しい所を持っていかれたのだ。
普段クールな自分が、不機嫌を露わにするのも当然だ。
「この依頼を受ける前に、この場所で起こった事件や事故を一通り調べたんだ。 そしたら、レッドアイと呼ばれる伝説の走り屋が現れる前に、5人家族が乗った乗用車が質の悪いバイカー連中に絡まれ、事故を起こして死亡していた事が判った。 」
今から7年前、夏休みを利用してキャンプ場へと行った帰りに、一家は信号待ちをしていたバイカー集団に絡まれ、陸橋で散々煽られた挙句、追突事故を起こして、転落。
河川敷へと落ち、奇跡的に一人助かったものの、残りの家族は全て溺死してしまった。
その事件に、ヴィンセント兄弟も関係していたのである。
「あ、あの時はどうして良いのか判らなかった。 俺も餓鬼だったし、兄貴もかなりテンパってた・・・・気が付いたら、一家の乗っていた車はガードレールに追突して河に落ちてしまったんだ。 」
当時、車の免許を取得したばかりの兄は、練習がてら弟のヴィンセントを乗せて、父親の車でちょっとしたドライブに出た。
その帰り、道中で、二人は泥酔したバイカー達に煽られる乗用車を見つけたのだという。
兄は高校を卒業したばかり、ヴィンセントに至ってはまだ14歳になったばかりの中学生だ。
当然、そんなショッキングな場面に遭遇するなど数える程も無い。
どうして良いのか分からず迷っていた二人の目の前で、乗用車は運転を誤り、陸橋のガードレールを突き破って、下の河川敷へと落ちてしまった。
すぐに正気に戻った兄は、急いで車を止めて、弟に警察に連絡するよう命令すると、自分は落ちた家族を助ける為に、河へと飛び込んだ。
しかし、全ては遅すぎたのである。
「潜ったんだ・・・・肺が破れるぐらい、何度も何度も潜ったんだ・・・・・。」
救急車と数台の警察の車が放つ赤色灯の中、タオルを頭から被った兄が震えながら弟にそう言った。
一方、弟は、虚ろな視線で担架に乗せられ、運ばれていく10歳未満の少女を眺めている。
「ひ、一人しか助けられなかった・・・・後は車の中だった・・・・一生懸命助けようとしたんだ・・・・でも、でも駄目だった。 」
湖の底へと沈む乗用車。
その窓から引っ張り出せたのは、身体の小さな女の子であった。
絶望に歪む家族の顔が、焼き付いて離れてくれない。
「唯一助かった女の子が握っていたのがその人形だったんだ。 俺は嫌な事件だと思って忘れようとしたけど・・・・兄貴は・・・・。 」
覚えていた。
恐らく、彼の兄にとっては、生涯忘れる事が出来ない事件だったのだろう。
「追儺の鬼だな・・・・。 」
「ついなのおに? 」
ライドウの呟きにダンテがオウム返しで応える。
「古来から日本では、豆を撒いて厄災を祓う行事があるんだ。 でも、大昔は豆じゃなく石の礫を偽装鬼に投げつけていたんだよ。 」
遥か平安時代。
裕福な貴族達は、力の弱い貧民層から偽装鬼を一人選び、己の憂さを晴らす為に硬い石の礫を投げつけていたのだという。
石を投げつけられ、怪我を負わされた偽装鬼は、怒りと憎しみから本物の鬼となり、度々、京の街に現れては、人々を喰い殺していった。
「酷い話ね・・・。」
「ああ、全く救い様がない話だ。 」
レディーの言葉にライドウはそう応えると、人形を地面に置き、レッグポーチから聖水の入った小瓶を取り出した。
中身の液体をヌイグルミに降り注ぐと、瞬く間に蒼白い炎を発して燃え上がる。
7年前に起こった痛ましい事件。
その唯一生き残った少女は、愛する家族を奪ったバイカー達への憎しみから本物の鬼となった。
彼女は、この近くの峠に集まるバイカー達のバイクに憑依しては、次々と餌食にしていったのである。
どんな手段を使って外法を手に入れたのかは知らないが、式神を倒された以上、術者である少女も生きてはいまい。
「これは俺の憶測何だが、君の兄さんは、レッドアイの正体を知っていた。 だから、彼女にこれ以上、過ちを犯させない様に説得しようとしたんだ。 でも、自分の命を救ってくれた恩人の言葉より、バイカー達への憎しみの方が強かった。 」
故に殺された。
理性を奪い取る程の激しい憎しみは、人間を簡単に悪魔へと変える。
「ううっ・・・・兄貴・・・・・。 」
押し殺した声で嗚咽を洩らすヴィンセント。
聖水の炎に焼かれた人形は、やがて塵となり夜空へと舞っていった。
翌日、レッドグレイブ市にある便利屋事務所。
「これで分かったろ? 悪魔と拘わってもロクな事にならないってのがな。 」
事務所の床をモップ掛けしているライドウが、黒檀のデスクにだらしなく両脚を投げ出している銀髪の青年に向かって言った。
「悪魔が起こす事件の要因は、必ず人間側にある。 この仕事をしていると嫌って程、人間のどす黒い部分を見せられる。 」
バケツの水で一旦汚れたモップを洗うと、絞ってまた汚れた箇所を掃除する。
ライドウが、毎日掃除してくれるお陰で、空き瓶やゴミクズだらけだった事務所内は、見違える程綺麗になっていた。
「アンタはどうなんだ? 」
だらしなく両脚を投げ出した事務所の主が、隻眼、隻腕の少年を見つめる。
自分等より、遥かに長い人生経験を持つ悪魔使い。
この男は、一体どんな想いを抱いて悪魔召喚士の仕事をしているのだろうか?
「・・・・・何も感じないよ。 20年以上もこんな事続けているんだ。 心が麻痺して痛みも苦しみも感じなくなったよ。 」
モップを再びバケツに漬けると、ライドウは諦めた様な深い溜息を吐いた。
その時、事務所の扉を開ける鈴の音が聞こえた。
金髪の少女、パティ・ローエルだ。
最近、事務所に入り浸る様になった彼女は、孤児院を抜け出しては、ライドウに会いに来ていた。
「ライドウ! 映画の始まる時間になっちゃうよぉ! 」
悪魔使いの腰に抱き着いた少女が、つぶらな蒼い瞳で見上げる。
事務所の壁に掛かっている時計を見ると、既に約束の時間になりかけていた。
「おっと、もうこんな時間か・・・・ごめんな、パティ。 すぐに用意するから。 」
「映画・・・・? 一体何の話だ。 」
二人のやり取りに、ダンテが胡乱気に声を掛ける。
「この前、ゴロツキ共を追い払ってあげた煙草屋のおばあさんから、お礼に新作アニメ映画のチケットを貰ったのよ。 」
ライドウの代わりに、主の肩に座る小さな妖精が応えた。
ダンテは知らないが、ライドウは足の悪い老婆の為に、時々買い出しなどを請け負っているのだ。
又、煙草屋の老婆だけではなく、惣菜屋のジャニスが営む店の雨樋(あまどい)や看板を直してやったり、一人で切り盛りしているピザ屋のアンディーを手伝ったりもしている。
何時の間にか、ライドウはダンテ以上にこの街に『親愛なる隣人』として皆から愛され、馴染んでいた。
「そんじゃ、留守番頼むわ。 」
ニッカリと太陽の様な笑顔を浮かべて、パティと共に映画館のある街へと向かうライドウ。
彼等が消えた事務所の扉を、ダンテは大分不満そうに眺めていた。
追儺の鬼とは、孔雀王の一話目に出てましたねぇ。
アレも救い様が無い話でした。