えー、なんやかやで忙しくしている間に、前話から1か月以上あいてしまいました。
これはもう、読んでいただいてる皆さんには、きっとこれまでの内容は忘れられてるんじゃないかと心配しております。作者本人もそうなりそうでした。
幸いといいますか、6章始まったばかりでもありますので、読んでいただければと思います。どうぞ、よろしく。
ハリーが『隠れ穴』に滞在していた数週間、アルテシアのほうはといえば、散歩の時間を除いて、毎日のほとんどをクリミアーナ家の書斎で過ごしていた。今日は、閲覧用のテーブルで羊皮紙に向かってカリカリと羽根ペンを走らせている。ちなみに、手紙を書いているのではない。スネイプから命じられた羊皮紙5枚のレポートを書いているのである。
レポートのテーマは、『明日、もしも魔法界が滅びるのだとしたら、今日やりたいことはなにか』。4年生のときアルテシアは、なにかの話のついでに、そんな課題をスネイプに命じられている。おそらくスネイプは本気ではないし、アルテシアにしても、冗談めかして引き受けたことは承知している。加えて、提出期限もあいまいなもの。それでも、そのレポートを書き進めていた。
書斎のドアが開き、飲み物を載せたお盆を手に、パルマが入ってくる。
「あれま、それも勉強なんですか? いつもとぜんぜん違いますね」
「そうだね。魔法書のほうがずっと楽なような気がする」
「でもね、アルテシアさま。こんなこと言ってはなんですけど、ムダになるんじゃねぇですかね」
羽根ペンの動きが止まった。それをペン立てへと戻し、パルマの顔を見てから飲み物へと手を伸ばす。
「だって、連絡ってやつが来ねぇじゃねえですか。もうあと1週間もねぇんですよ。いつもなら、なんとかなんとかってとこで新しい教科書とか買ってるころでしょうに」
「わかってるよ、パルマさん。ほんとはね、わたしもちゃんとわかってるんだ。よく5年も続いたなって、そう思ってる」
「なんですね、そんなこと言って。お気持ちはわかりますけど、だったらあの先生さまにお願いしてみるとか、なんとかやってみたらどうなんです?」
アルテシアからの返事はない。両手で包み込むようにしてカップを持ち、その温かさを感じつつ、ゆっくりと中身を飲んでいく。パルマが、軽くため息。
「まあね、べつに昔に戻るだけですから。でもねぇ、せっかく遊びに来てくれるお友だちもできなすったのに。学校には、もっとほかにもいなさるんでしょ?」
「そうだね。でもしょうがないよ。もともとクリミアーナの魔法は、魔法族とは違うと思ってた。魔法省がわたしを受け入れないというのなら」
「あきらめなさるんですか」
「そうじゃないよ。ホグワーツはわたしを受け入れてくれた。いつかは魔法省だってそうなるかもしれない」
「その時を待つって? 気の長い話じゃねぇですか」
たしかにそうだ。そうだけど、と心の中でアルテシアは思う。たしかにクリミアーナ家は、ずっと魔法界とは距離を置いてきた。だがこの5年間というもの、関わることができたのだ。離れてしまうことになっても、また近づく時は来る。希望の種を蒔くことはできたのだし、そこから芽が出ることがあるかもしれない。そう考えるのは、おかしなことではないはずだ。
「でも、なぜだろう」
「なにがです?」
最初からそうだったわけではないのだ。最初から距離を置いていたわけではない。そのことは、ホグワーツでの5年間によって類推することができる。遠い昔、クリミアーナの先祖は創設間もない頃のホグワーツを訪れているのだし、創設者の一人であるロウェナ・レイブンクローとも交流があった。だが組み分け帽子が明言しているように、その後はアルテシアが入学するまで、ホグワーツとの関わりはない。仮に、そのときから魔法界と離れたのだとすると。
「アルテシアさま、どうかしましたか?」
その問いかけに、アルテシアは答えない。聞こえていないはずはないが、考え事に集中するあまり、その声は認識されていないのだ。アルテシアは、ヘレナ・レイブンクローのことを考えていた。ゴーストの灰色のレディのことである。やはり、ヘレナは知っていることになる。少なくともクリミアーナの先祖がホグワーツから離れてしまった理由を、ヘレナは知っている。
アルテシアは、そう結論づけた。同じようなことをヘレナに尋ねたことはあるのだが、そのときヘレナは『思い出したら話をしに来る』と言っただけ。でも今なら、その返事は違うものになるはずなのだ。
だが、ゴーストはホグワーツから離れられない。クリミアーナ家を訪ねて来られるはずもないので、アルテシアのほうから行くしかないことになる。しかし今の状況を考えると、それは難しいだろう。もちろん方法はあるのだが、そんなことをしていいのかどうか。
ともあれ、その頃に何かあったのだ。そのことを、アルテシアは考える。考えれば分かるようなものではないだろうが、それでもアルテシアは、考える。
そんなアルテシアを、パルマが、じっと見つめていた。
※
キングズ・クロス駅に、魔法省の特別車が1台到着した。乗っていたのはウィーズリー家の面面とハーマイオニー、そしてハリー・ポッターである。駅で待機していたらしい2人の闇祓いがすぐさまその場に駆けつけ、一行を守るようにして駅の中へと入っていく。
ハリーを保護しているのだ。ヴォルデモート卿の復活が明らかとなった今、ハリーが狙われる可能性がある。魔法省がそう考え、特別車を手配し、闇祓いを配置したのである。
もっとも、当のハリー自身には不評であるようだ。
「大丈夫だよ、自分で歩けるさ、せっかくだけど」
そう言って闇祓いの手を振り払い、9と4分の3番線へと飛び込んだ。すぐあとから、ハーマイオニーとウィーズリー一家もホームへとやってくる。すでに紅色のホグワーツ特急が、白い煙を吐きながら停車していた。
「待ちなさい、ハリー。どこに危険があるのか分からないのよ。みんなで行動しなきゃ」
「あー、ごめんなさい。わかってます」
悪びれた様子もなくそう言うと、ロンとハーマイオニーに向かって合図する。列車に乗って空席を探そうというのだが、ロンとハーマイオニーは監督生だ。その役割がある。
「ああ、そうか。忘れてた」
「でも、すぐに行くわ。それよりお願いがあるの、ハリー。アルテシアを探しておいて。列車に乗ってると思うから」
「わかってるよ。退学なんてとんでもない、きっと乗ってるさ」
「待ちなさい、なんの話だね、それは。退学?」
そう言ったのは、アーサー・ウィーズリー。ハリーたちの話が聞こえたらしい。
「おじさん、ご存じないですか。アルテシアのことなんですけど」
「アルテシアって、あのお嬢さんが退学になったのかい? ええっ! まさか、そんな」
「そうだった。パパに聞くっていう方法があったよな。うわ、なんで思いつかなかったんだろう」
アーサーは魔法省に勤めている。その意味では、アルテシアの処分について知っていてもおかしくはないことになる。ハーマイオニーがその説明をしていくが、どうやらアーサーは知らなかったようだ。
「そんな話は聞いてないな。処分のことも知らなかったよ。知っていれば、情報くらいは集められたと思うが、すまないね」
「いいえ、いいんですよおじさん。学校へ行けばわかるから。それと、もう1ついいですか?」
「いいとも、なんだね」
「このまえ、ダイアゴン横丁に行ったときのことです。ドラコ・マルフォイが、ボージン・アンド・バークスという店で店主となにか話をしてるのを見たんです」
数日前、新学期に備えて新しい教科書などを買うため、ハリーたちはダイアゴン横丁を訪れている。そのダイアゴン横丁ではホグワーツからの自主的卒業を果たしたウィーズリー家の双子兄弟がお店を構えており、その店内を見てまわっていたときに偶然、通りを歩くドラコの姿を見かけた。そのようすが気になり、後を追ってみたのだという。
「その店なら知ってるよ。なにかとよろしくない店ではあるが、それだけでは何とも言えないな」
「でも、何か企んでるのは間違いないんです。なにか闇の品物を手に入れようとしてるとか」
「ハリー、それならわたしの仕事だよ。心配しなくていい、ちゃんと気をつけておくから」
「そうですよ。とにかくあなたたちは、すぐに汽車に乗ったほうがいいわ。あと2分しかないの」
モリー・ウィーズリーが、腕時計を見ながら言った。たしかにそうだ。そこでウィーズリー夫妻とあいさつを交わし、列車に乗り込む。ロンとハーマイオニーは監督生用の車両へ。ジニーは友人と約束があるらしく、残されたハリーは、1人で空いているコンパートメントを探すしかなくなった。
そのハリーが歩いていった方向とは逆の側の車両に、4人席に3人だけ、というコンパートメントがあった。なかにいるのは、パチル姉妹とソフィア。ここに空席が1つあるのだが、ハリーがこちら側へと来ていたなら、ここに座っただろうか。
ソフィアたちは、もちろんアルテシアのことを話していた。
「よかったよ、ソフィア。もしかしたら、あんたも乗ってないんじゃないかって思ってた」
「それも考えました。でも、もうしばらくホグワーツにいることにしました」
「あたしらは嬉しいけど、いいの? アルのところには行った?」
「行ってませんけど、昨日の夜、手紙が届きました」
手紙といってもふくろう郵便ではない。魔法により届けられたのである。そこには、ホグワーツのようすを時々は知らせて欲しいと書かれていた。
「あー、その役目ならあたしがするけど。アルに手紙なら毎日でも書くし、放課後にあの教室で広げておくって決めたでしょ」
「そうなんですけど、うちの母にも言われてるんです。あたしが辞めたら、魔法界とクリミアーナとは絶縁状態。そんなことになってはいけないって」
ソフィアのルミアーナ家もまた、クリミアーナと同じ流れを汲む魔女の家だ。魔法書も独自のものを持っており、アルテシアがホグワーツ入学するまでは、同じように魔法界と距離をおいてきた。だがもう、そんな頃に戻るべきではない。ルミアーナ家では、そう考えているということだ。
「でも、真面目な話、アルテシアはどうなるんだろう。退学って、正式決定なのかな」
「アルテシアさまは、そうだって思ってますよ。だって、6年次の案内が来なければ退学だって言われてたんですから」
「連絡、来てないんだよね。でも、何かの手違いってことはないのかな。遅れてるだけとか」
「確認は必要だと思う。学校に着いたらさ、ええと、こんな場合は校長先生になるのかな」
そこでコンパートメントのドアが、ノックもなしに開けられた。そこに立っていたのは、ドラコ・マルフォイ。ドラコは、コンパートメントの中をゆっくりと見回すと、そこに空席がひとつあることを確かめ、そこに座った。ソフィアの隣であり、向かい側にはパチル姉妹。
「ちょっと、マルフォイ。どういうつもり?」
「誰もいないからって、そこが空席だなんて思わないでよ」
「そうですよ、マルフォイさん。そこはアルテシアさまのとこなんですから」
名前が出たからなのか、ぼんやりと座っているだけに見えたドラコが、ゆっくりとその顔をソフィアへと向けた。
「アルテシアはどこに行ってるんだ?」
「どこって。あ、ええと、乗ってはいないんですけど」
「乗ってない? ホグワーツ特急に乗ってないっていうのか」
「ええと、ご存じないんですよね。いろいろとありまして、その、ですね」
どうやらドラコは、アルテシアが処分を受けたことを知らなかったらしい。ここで概略を、ソフィアが説明していく。ドラコは、じっと黙って聞いていた。そして。
「そうか」
と、一言、ぽつりと言っただけ。そのままうつむいてしまい、それきり返事もしない。パーバティたちは、互いに困惑した顔を見せ合った。だが、このままドラコに居座られるのは遠慮したい。パチル姉妹の目が、ソフィアへと向けられる。どうやら打ち合わせなしで同じ結論を得たらしい。さすがは双子の姉妹といったところだが、その役目を強いられることになるソフィアは、あわてて首を横に振る。
ひとしきり、そんな視線だけでのやりとりが続いたが、結局は、ソフィアがその役目を引き受けることになった。
「あの、マルフォイさん。その、あたしたちだけの話とかあるので、できればここから」
「おまえたち。少し静かにしてくれないかな」
「な、なに言ってるのよ。女の子が3人揃ってんのに、静かになんかしてられると思う? イヤからあんたが出てきなさいよ」
ドラコとの交渉役はソフィアのはずだったが、さすがに黙っていられなかったらしい。だがドラコは、ちらっとパーバティを見ただけだった。それでも、ゆっくりと席を立つ。
「アルテシアと話したかったんだが、いないんじゃしょうがない。悪かったな」
それだけ言うと、コンパートメントを出て行く。そんなドラコを、パーバティたちは、ただ見送っただけ。しばらくは、3人とも無言だった。
「な、なんなのよ、あいつ。いったい、何がしたいの?」
「なんだか、変でしたよね。いつもとようすが違うみたいです。お供の2人も連れてないですし」
「え? ああ、あの2人…」
クラップとゴイルの2人だ。たしかに、ドラコは1人でここへ来ている。そういえばそうだと、パチル姉妹も思ったようだ。だがドラコを追いかけてまで、そのことを確かめるつもりは、さすがにないようだ。
※
「マルフォイのようすがおかしいって?」
「そうなんだ。ここに来る途中でも見たんだけど、パーバティたちのコンパートメントにいた」
「え? それっておかしなことなの?」
ハリーに対し、そんな疑問の言葉で応えたのはネビル・ロングボトム。2人はいま、ホグワーツ特急のなかでも特別に広いコンパートメントにいる。新任教授となるスラグホーンからの誘いを受け、この場でのランチに参加して、いや、させられているのである。その片隅での、ひそひそ話だ。
「もし寮が違うってことが言いたいのなら、みんなバラバラだよ」
「そうじゃないよ、ネビル。そういうことじゃないんだ」
ハリーが気にしてるのは、スラグホーンの誘いでこのコンパートメントへと来る途中で見かけたドラコのこと。その、行動についてである。ダイアゴン横丁でドラコを見かけて以来、ハリーは、どうしてもドラコのことが気になってしまうのだ。
「なにか計画してるんじゃないかと思うんだ。怪しげな店で、そこの店主と相談してた。闇の商品なんかがいっぱい置いてある店だった」
「パーバティたちがそれに力を貸そうとしてるって言うのかい? まさか、そんなこと」
「だから変だって言うんだよ。あの3人はアルテシアの友だちだろ。おかしいじゃないか」
「だから何が? アルテシアのことを心配してたのかもしれないよ」
だが、こっそりと話ができたのはここまでだった。スラグホーンの昼食会にはハリーとネビル以外にも参加者がいて、その参加者についての紹介がされていたのだが、とうとうハリーたちの順番がきたのである。
「さあさあ、2人とも。内緒の話はそれくらいにしてはどうだね。まずは、ネビル・ロングボトムくんのほうだが」
ネビルの両親は、有名な闇祓い。スラグホーンは、その才能をネビルがどこまで受け継いでいるのかに興味があったようだし、ハリーに対しては、例のあの人とのことに関して。
「いろんなウワサがあったがね。リリーとジェイムズ、あの恐ろしい夜、君は生き残った。そしてウワサが流れたのだよ。君がいかにしてあの窮地を脱したのか。本当は、何があったのか」
「ぼく、あまり覚えていないんですが」
「かもしれないね。なにしろ君は赤ん坊だった。なにが君を守り、なにがあの人を退けたのか。本当のところは誰にもわからないのかもしれない。だがね、ハリー。君のお母さんであるリリー・ポッター。彼女がなにかしなかったはずはないと思うのだよ。だからこそ君は生き残った」
そこでスラグホーンは、コンパートメントに集めた人たちを見回し、改めてハリーを見た。
「彼女は魔法薬の名人だったよ。リリーは、すばらしかった。その緑色の瞳のように、君が母親の才能をも受け継いでいるのならば…… ああ、いや。この先は学校に着いてからのお楽しみということでいいだろう。言わんとしていたのはそのことではないからね」
ちらと、ハリーを見ただけ。スラグホーンは楽しそうにしゃべっているが、ハリーのほうはうんざりとし始めていた。あの夜のことは、ハリーにとっては楽しい話ではないのだ。
「あれは、リリー・エバンズが嫁いで以後のことになる。あるとき、わたしのもとに手紙が届いた」
「えっ!」
「魔法薬についての相談を受けたのだよ。彼女の知人に、わたしの知識を必要としている人がいるのだと。その知人のために力になって欲しい、ということだった」
「どういうことですか」
とたんにハリーは、スラグホーンの話に食いついた。そのことに、スラグホーンは満足げな様子。
「その頃はまだ、君は生まれていなかったんじゃないかな。あるいは、お腹の中にはいたのかもしれないが」
「そ、それで、その知人というのは?」
「リリーの親友だと聞いてるよ。その人は、やっかいな病気を抱えているようでね。その病を治すための治療法を探していたのだよ。その過程で、わたしの意見を求めてきたというわけだ」
「その人のこと、ほかになにかわかりますか? その人、どうなったんですか?」
母親に親友と呼べる人がいたことを、ハリーは、シリウス・ブラックから聞かされている。あまり詳しい話は聞いていないのだが、改めてそのことが裏付けられた格好だ。
「その後のことはよくは知らないな。ただ娘を生みたいのだと、そのために力を貸して欲しい、ということだった」
「病気は治らなかったんですか」
「さあて、今はどうしているのだろうかね。それはわからないが、あのあと子どもを生んだとすればハリー、君と同じか少し上くらいの年齢だと思うね」
「アルテシアだ。その人は、アルテシアのお母さんなんです」
つまり、そういうことになる。ハリーの声は、思わず知らず、大きくなっていた。
※
「今日のお散歩は、ずいぶんと長かったですねぇ。とっくにお昼は過ぎちまってますよ」
「ごめんなさい、パルマさん。いろいろと考えることがあって」
ホグワーツ特急が学校への道をひた走っている頃、アルテシアはクリミアーナ家の近くにある森を、ゆっくりと時間をかけて歩いていた。この日まで、アルテシアに対して学校側からは何の知らせも届いていない。散歩が長時間に及んだのは、そのことが関係しているのだろう。
「あの森なら安全ですし、いいんですけどね。でも、お腹がすいたんじゃねぇですか。どうされます?」
「あー、そうだね。でもいいわ、夕食といっしょで。わたし、書斎にいるから」
「へぇ、わかりました。じゃあ、飲み物でもお持ちしましょうかね」
「ありがとう、パルマさん」
そのままアルテシアは、書斎へ。その後ろ姿を見送り、パルマはため息をついた。
「家にいてくださるのはいいことなんだけどねぇ。いったい学校ってやつは、なにしてるのやら。ひとつ、問い合わせでもしてみますかねぇ」
そんなことをつぶやきながら、パルマは台所へと入った。アルテシアの飲み物を用意するためである。
※
「どうやってぼくを見つけたの?」
それが、最大の疑問だった。見つけられるはずがないと思っていたハリーは、トンクスにそう尋ねずにはいられなかったのだ。ハリーにとっては悔しい話だが、ドラコにしてやられた結果である。
そもそもの始まりは、スラグホーンの食事会にスリザリンのブレーズ・ザビニが参加していたこと。ホグズミード駅が近づき参加者それぞれが各自のコンパートメントに戻ることになったとき、ハリーは、ブレーズの後について行けば、ドラコのいるコンパートメントに入り込めるのではないかと考えたのだ。
ダイアゴン横丁でドラコを見かけてからというもの、ハリーは、その動向が気になって仕方がなかった。そしてこっそりとドラコの話を聞くことができれば、ドラコの秘密を知ることができるのではないかと考えたのだ。だから透明マントを着て、無謀とも思える計画を実行したのである。
だが結果は、無残なものだった。あっさりとドラコに見破られてしまい、『全身金縛り術』によって動くことも声を出すこともできずに床に転がされることになった。しかも透明マントによってその姿を隠され、駅へと着いたホグワーツ特急に置き去りにされてしまったのだ。
「動けないし、声も出せなかった。誰にも、ぼくの姿は見えないし、このままロンドンまで戻ることになるかと思ったんだ」
「あはは、たしかにね。でも、そうはならないよ。わたしがいたからね」
「だから、なぜ? そもそも、どうしてここにいるの?」
「歩きながら話そう。あまり遅れたくはないだろ」
新入生も含めたホグワーツの生徒たちは、すでに学校に向けて出発している。しかもハリーは、歩いて行くしかないのだ。すでに馬車はなく、2人は誰もいない道を歩き始めた。
「わたしはいま、ホグズミードに配置されているんだ。学校の警備を補強するためにね」
「それって、騎士団の仕事なの?」
「闇祓いとしての仕事だよ。君が列車から降りていないことにはすぐに気づいた。透明マントのことも知っていた。何か理由があって隠れているのかもしれないと考えたけど、誰もいなくなった列車に隠れている意味はない。見つけなきゃいけないと思ったんだ」
その理屈はわかるし、おかげで助かったということになる。だがハリーは、まだすべてを納得できてはいなかった。トンクスは、どうやって自分を見つけたのか。ホグワーツ特急のどこに乗っていたのかをトンクスは知らないはずだし、透明マントをめくらない限り、発見することは不可能。つまり最初のハリーの疑問は、まだ残っているのだ。
「でもさ、トンクス。見えないものが見えたってことになるよね」
「そうかな。まあ、最近覚えた魔法のお世話にはなったけどね。それにあのコンパートメントには、窓にブラインドが下りてたじゃないか。まるで目印みたいだったよ、ここになにかありますよってね」
「ええと、そうだったっけ?」
これで、一応の説明はつくのかも。そんなことを思いつつ、ハリーはトンクスをみた。トンクスの長いマントが、2人の背後で地面を軽くこすっていた。
「ねえ、その魔法のことだけど」
「ん? なんだって?」
「最近覚えたって言ったじゃないか。どんな魔法なの?」
「どんなって、新しくできた友だちからだよ。わたしも、防衛術を教えた」
いつもは馬車で移動していた道のりを、ハリーは、トンクスとそんな話をしながら歩いて行く。
「防衛術を教えたって?」
「そうさ。だってわたしは、闇祓いだろ。防衛術なら彼女に教えてやれるからね」
「その、彼女って誰?」
「着いたよ、ハリー。ホグワーツ城だ」
だが、当然のように門は閉じられていた。きっちりとかけられた鎖が、押し開けようとしてもムダだということを示している。
「ぼく、壁をよじ登れるかもしれない」
閉じられた門を見上げながらの、ハリーの提案。だがトンクスはそれを否定する。
「無理だよ、侵入者を避けるための呪文がいたるところにかけられている。警備のための措置が強化されてるからね」
「それじゃ、どうするの」
このまま、ここで朝を待つしかないのか。そんなことを思ったハリーだが、またもトンクスがそれを否定した。
「大丈夫、連絡してあるからね。誰かが迎えに来るはずだ。問題は誰が来るかってことだけど」
その言葉の通り、それほど待つこともなく迎えがやってきた。やっては来たが、ハリーにとっては、まだフィルチのほうがましだと思えるような相手だった。すなわち、スネイプである。そのスネイプから、ねちねちといやみを言われることにはなったが、ともあれハリーは、ホグワーツ城に入ることができたのである。
※
ハリーが大広間へとやってきたとき、すでに宴会は後半戦。ちょうど教職員テーブルのダンブルドアが立ち上がったところだった。いつものように、大広間に響いていた話し声や笑い声があっという間に消える。
「諸君、なんともすばらしい夜じゃと思わんかね」
ダンブルドアがニッコリと笑い、大広間の全員を抱きしめるかのように両手を広げた。なぜだろう、その右手は黒くほっそりとして見えた。そのことに気づいた者は、少なくない。遅れてきたハリーもそうだし、ハリーのとなりにいたハーマイオニーにしても、同じこと。
「手をどうにかなさったのかしら?」
当然のようなその疑問については、ダンブルドア自らがあいさつのなかで触れた。そのときには袖を下ろし、腕は隠されていた。
「さてさて、何も問題はないのじゃからして、心配などせぬようにな」
いかにも気軽にそう言ったダンブルドアだが、さて、聞いている人たちはどう思ったか。ダンブルドアのあいさつは続く。
「新入生よ、ようこそ。そして上級生よ、お帰りなさい。この先、ともに魔法を学ぶという日々が待ち受けておるぞ。それぞれ、元気で頑張ってもらいたいものじゃの」
それから、いくつかの注意事項が告げられる。たとえば、ウィーズリー家の双子が開店したウィーズリー・ウィザード・ウィーズという店での悪戯用具使用禁止などだ。続いて、新任の教授の紹介。ダンブルドアがハリーを連れて就任要請をしたホラス・スラグホーンである。
「スラグホーン先生は、かつてわしの同輩だった方じゃ。昔のように魔法薬学の教師として復帰なさることにご同意いただいた」
とたんに、大広間がざわつき始めた。ダンブルドアが話している最中にこうなるのは、そうあることではない。つまりは、それほど意外なことが発表されたのだ。スラグホーンが魔法薬学を教えると、ダンブルドアはそう言ったのである。もちろんそれだけなら、おかしなことでもなんでもない。だが大広間にいる誰もが、そのことから別のことを連想したのだ。スラグホーンが魔法薬学を教えるのなら、これまで魔法薬学を教えていたスネイプは?
大広間はそんな雰囲気に包まれていたが、ハリーはハーマイオニーとの話のほうに注意が向き、そのことを聞いていなかった。アルテシアがいない、と言うのだ。
「それ、ほんとなの?」
「パーバティに確かめたから間違いないわ。彼女、ホグワーツに来ていない」
「退学決定ってこと?」
「わからないけど、謹慎処分解除の知らせが来なかったみたいね。昨日までに知らせがなければ退学ってことになってたらしいの」
いったいアルテシアは、退学にならねばならないようなことをしたのだろうか。ハリーには、そのことが疑問だった。これが自分に起こった出来事であれば、到底納得などできないだろう。
「ねえ、ハーマイオニー」
「わかってるわ、ハリー。とにかく確かめましょう。マクゴナガル先生に聞きにいこうと思うの。あなたも来るでしょう?」
「ボクも行くよ。ぜったい行くからね」
そう言ったのは、ロン。ロンもまた、この処分について納得などはしていないのだ。