午後からは、2時間続きでの魔法薬学の授業。アルテシアが臨む最初の授業となるのだが、それが6年生のクラスと聞いて、どっと緊張感が押し寄せた。しかも学校側は、事前にアルテシアのことで何ら発表していない。つまりは、アルテシアが講師となったことを誰も知らないことになる。
そういった状態でかつてのクラスメートたちの前に出るのだから、緊張しないはずもない。そんなアルテシアを、スラグホーンはにこやかに見つめながら、教室の外で待っているようにと告げた。
「呼んだら、教室に入ってきなさい。みんなを驚かせようじゃないか。わかったね」
楽しそうに教室に入っていくスラグホーン。きっとわざとだろう、入り口のドアは閉めなかった。
「さて、諸君。これから授業を始めるわけだが、その前にお伝えしたいニュースがある。本来ならばダンブルドアのやつが発表しておくべきなのだが、諸君らへのサプライズのために残しておいてくれたのだろうね」
そんなことを言われると、ますますアルテシアは出て行きづらくなるのだが、スラグホーンはお構いなしだ。そのまま、ハリーのほうへと近づいていく。
「ハリー、ハリー。キミはまさにお母さんの才能を受け継いでいることを、このクラスでしっかりと示してきた。その実力は疑いようもないわけだが、もう一人、その技術を受け継いでいるかも知れぬ人がいることをご存じかな」
それが、誰のことを言っているのか。それを察した人が、はたしてこのクラスにいたのかどうか。
「知っているのは、私だけかもしれないな。だが間違いなく、彼女もそうなのだよ。間違いなく、その技術を受け継いでいるはずだ。紹介しよう。入っておいで」
開け放れたままのドアに向け、スラグホーンが叫んだ。その表情は、とても楽しそうだ。アルテシアが姿を見せ、教室内にどよめきが広がった。
「今日より特別講師として授業を担当していただくことになった、アルテシア・クリミアーナ嬢だ。もっとも諸君らには、改めて紹介する必要はなかったのかもしれないがね」
教室にいるのは、アルテシアとは旧知の者たちばかり。それ故、より驚きを持って迎えられることになった。
「静かに、みんな静かにして。紹介はここまでだ。さあさあ、授業のほうに取りかかるよ。今日は、混合毒薬の解毒剤という難しい課題に取り組んでもらう予定だ。まずはゴルパロットの第三の法則について、誰か説明できる者はいるかね?」
スラグホーンがそう問いかけたが、約1名以外の全てが、アルテシアを見ている。たとえばドラコも、スラグホーンの言うことなど聞かずに叫んだ。
「どういうことだ、アルテシア。まさか、フェリックスのためなのか」
それには、無言で軽く首を横に振っただけ。もちろん、この状況で答えられるような話ではない。そこへ他の生徒たちからの、アルテシアへの質問が積み重なっていく。
「待ちたまえ、諸君。細かな話は授業が終わってからにしてもらおう。さて、第三の法則について説明できる者…… ああ、いつものようにミス・グレンジャーだね。では、お願いしようかな」
確かに、授業中であることは間違いない。話ができるのは授業が終わってからだと、誰もが納得し始めたようだ。次第に教室は静かになっていく。
「混合毒薬の解毒剤の成分は毒薬の各成分に対する解毒剤の成分の総和より大きい、というものです」
「そのとおり。さすがだね、ミス・グレンジャー。グリフィンドールに10点あげよう」
「10点よりも、講師の先生に質問させてほしいのですが、よろしいですか」
「ほう、それはまた。もちろんこの授業に関係したことだろうね?」
でもなければ許可しないところだがと、スラグホーン。もちろんそうですと、ハーマイオニー。よって、その質問は許可される。
「ある種の混合毒薬に対する解毒剤を調合する場合において、なにかアドバイスいただけませんか」
「ああ、ミス・グレンジャー。それは、これからこの授業でやることなんだがね」
「わかっています。ですからアドバイスが欲しいんです。講師の先生、お願いできますか」
ハーマイオニーは、前夜にアルテシアと会っている。そのとき講師派遣についても話をしているのだが、実際に目の前にした今、アルテシア在学中にあった競争意識がよみがえってきたのだろう。
「まずは魔法毒薬の成分を正確に見極めること。始まりはそこからです」
「そして、それぞれの成分に対する解毒剤をってことですか。でもそれだけでいいんでしょうか」
「さすがね、ハーマイオニー。もちろんゴルパロットの第三の法則、それが正しいのだとするならば、それだけでは不十分。つまり」
「待ちたまえ、そこまでだ。ミス・グレンジャー、座りなさい」
アルテシアたちの敬語混じりの言葉遣いは、互いの立場を考えてのことなのだろう。とにかく、授業中なのだ。
「もはや、私からの説明はいらないね。なにしろ、今の2人の話の中に必要な説明が含まれていた。では、私の机からそれぞれ薬瓶を一本ずつ取っていきなさい。授業が終わるまでに、その瓶に入っている毒薬に対する解毒剤を調合すること」
その合図で、生徒たちが行動開始。席を立って、スラグホーンの机から薬瓶を受け取っていく。
「誰か大切な人がそれを飲んだと仮定してみることだよ。その人を助けるためには解毒剤が必要だ。頑張りなさい。保護手袋を忘れないようにね」
それぞれの作業用テーブルで、まずは複合毒薬の分離作業が始まる。この段階となれば、アルテシアの役目は各テーブルを見回って助言していくこと。だがまずは、スラグホーンのもとへ。
「先生、どの程度までのアドバイスはしてもいいのでしょうか」
「明らかな間違いには助言すべきだが、見守ることも必要だよ。手を出すのは簡単だが、まずはやらせてみなければね。そして、生徒それぞれの実力を判断する」
「先ほど、ハリーがお母さんの才能を受け継いでいるとおっしゃっておられましたけど。そのリリーさんですが、そんなにすごかったんですか」
「そうだとも。そしてその技能を、キミも受け継いでいるはずだ。キミはお母さんに習ったと言ったそうだが、そのお母上とリリー・エバンズとの関わりを思えば答えは明らかだ」
そのリリーから手紙を受け取ったことがあるのだと、スラグホーンは話して聞かせた。アルテシアの母親のことを相談する内容であったという。
「その手紙、先生はお持ちですか?」
「もちろんだとも。私の大切なモノだからね」
「それを見せていただくことは、できますか?」
「ん? ああ、見たいかね。見たいだろうな。だがまあ、プライベートな部分もあるからね。さて、どうしたものか。ところで先ほど、ミスター・マルフォイがフェリックスがどうとか叫んでいたが、あれはどういうことかね?」
その気があるのかないのか。うまくはぐらかされたようなものだが、母のマーニャがリリーより魔法薬学の知識を得たことは、アルテシアのなかですでに事実として承知されている。その手紙を確認できないからといって、それを疑う理由にはならない。
「あれは」
話してよいものか。そう言えばスラグホーンは、フェリックス・フェリシスを煎じることができるはずなのだ。ドラコの話では、そういうことになる。そのことがアルテシアの脳裏をよぎっていく。すでにあの計画は放棄し煎じることも断念しているのだが、学べるものなら学びたい。
「フェリックス・フェリシスという魔法薬を煎じようとしたことがあったんです。いろいろと調べてもみましたが、基本レシピも使用する薬剤もわかりませんでした」
「おやおや、そうだったのかね。同じことをリリーの手紙で尋ねられたことがあったが」
「先ほどの手紙で、ということですか」
「そうだとも。何度か手紙をやりとりするうちにということだが、あれはかなりの期間を要するのでね。察するにリリーとキミのお母さんには、あまり時間がなかった。そう感じられたので、手持ちのフェリックスを送ったが、さて、どうなったやら」
教室内では混合毒薬の解毒剤を作る作業が続けられているが、教師たち2人は、今のところ目を向けているだけ。そうしながら、小声で話をしている。
「母は、わたしが5歳のときに亡くなりました。そのフェリックスがどう役に立ったのかは分かりませんけど」
「5歳かね。ふむ、だとすれば」
頭の中で、どんなことを考えたのか。少しずつだが、その顔に笑みが浮かんでいく。
「なるほど。これは想像でしかないが、あのときのフェリックスは、まさに大きな仕事をしたようだ。我が愛しのフェリックスは立派に役に立ったのだよ。実に誇らしい気分だ」
「あの、どういうことでしょう」
リリーとマーニャ、そのどちらもが亡くなっている今、当時のことを知るのはスラグホーンのみだ。アルテシアは、さらに詳しい話を求めた。
「あのフェリックスがどのように使われ、どのような役に立ったのかは知らない。あるいは、まったく無用であったのかもしれないが、マーニャさんが望んでいた2つのことが叶ったという事実は残る。それで十分だと私は思っているよ」
「母の2つの望み、ですか」
「キミという娘を産み、そして育てること。その願いが叶ったことは間違いない。なにしろキミがここにいるのだからね」
そしてスラグホーンは、自分の机の上に1本だけ残っていた薬瓶を手に取った。
「お嬢さん、腕試しといこうじゃないか。キミもやってみてはどうだね?」
その薬瓶を、アルテシアへと手渡す。その表情を見るに、最初からそのつもりだったようだ。
「まだまだ時間はある。キミの実力を生徒たちに示すのだよ。必要なことだと思うがね」
まさか、こうして課題をやらされることになろうとは。さすがにそれは予想外。だがアルテシアは、すぐに笑顔を見せた。
「わかりました、やってみます」
「そうしなさい。その机に置いてある物は、どれでも使ってもらって構わない」
そこでスラグホーンは、生徒たちのテーブルの見回りへと向かった。だがアルテシアの様子も、しっかりと見ているはず。
そのアルテシアは、薬瓶のコルク栓を抜くと、ピンク色をした毒薬を大鍋へと移す。そこまでは他の生徒たちと同じだが、誰もがしたように鍋の下で火を焚いたりはしなかった。ただ薬液を指さし、左から右へとすっと動かしただけ。
その結果、なのだろう。液面がピクリと動き始め、大鍋の左縁の側から幅5センチほどの板状のものが顔を出した。厚さは数ミリ程度のもので、それがするするとアーチ状に延びていき大鍋の右側へと着地。混合毒薬の液面に、あたかも橋が架かったようなものだ。
そこで、アルテシアが小さくうなずいた。すると、その薬液でできた橋が光り始める。橋の左側が次第に黒ずんでいき、そこから出た一筋の赤い色が橋を登っていき、黄色や青などの色も次々と橋を登っていく。それらは渦巻きながら橋の中を行ったり来たりしているが、橋の右側から再び薬液の中へと戻っていくこともある。
おそらくは、それぞれの色が混合毒薬のそれぞれの成分であるのだろう。橋の上の色の塊が大きくなるとともに、大鍋の薬液が減っていく。
いつのまにかアルテシアの後ろに来ていたスラグホーンが、その色とりどりとなった大鍋を見つめていた。
※
「さあて、時間だ。成果を見せてもらおうか」
それがすなわち、作業終了の合図である。スラグホーンが、ゆっくりと生徒たちのテーブルを回り始める。とりあえずアルテシアは、その後に続く。
あいにく、課題を完成させた生徒は誰もいなかった。ハーマイオニーですら、時間切れで未完成。ロンのほうは、完全な失敗。スラグホーンは、顔をしかめてハリーのほうへ。
「キミの番だよ、ハリー。さて、見せてもらおうかな」
そのハリーは、無言のまま右手を差し出した。そして、ゆっくりと開く。その手のひらに載っていたのは、ベゾアール石。
スラグホーンもだが、アルテシアも驚きの表情で、そのしなびた茶色の石を見つめた。
「いや、これは驚いた。まったくいい度胸だ」
すっと手を伸ばしたスラグホーンが、その石を手にとり、クラス中に見えるように掲げた。
「諸君、いまハリーが私に示したこの石、これがなんだかわかる生徒はいるかね?」
問いかけは全員に対してだが、スラグホーンが目を向けたのはハーマイオニー。いつものクセなのだろう。そのハーマイオニーは、アルテシアを見ていた。
「ベゾアール石だ。なるほどこの石は、課題とした混合毒薬の解毒剤となり得るものだが、さてさて」
珍しくハーマイオニーが答えなかったので、スラグホーンは自分で答えを言いつつアルテシアへと視線を移動させる。
「どうしたもんだろう、お嬢さん。キミならどうするかね?」
「わたしですか、わたしなら」
チラリと見たのは、ハーマイオニーの大鍋。もう少しといったところだが、まだ完成してはいない。これでは、仕方がない。
「その石で、あの毒薬を飲んだ人を助けることができます。緊急の際には有効ですが、でも今日の授業の目的からすれば」
「ああ、たしかにね。授業の最初に、キミは言った。魔法毒薬を正確に見極めることから始まるのだと」
「魔法薬学の授業です。その点からすれば、すべての毒薬を分離したのち解毒剤の調合を始めたハーマイオニーが」
「ああ、そのとおり。ここでは解毒剤の調合をするべきだし、私もそれを期待した。だがしかし、これも魔法薬作りに必要な個性的創造力というもの。どうしてこれを、落第にするなどできようか。そういうことだよ、ハリー」
まったく見事だと、スラグホーンは上機嫌である。だがアルテシアには、疑問が残った。ハリーの作業テーブルを見る限り、特に何かをやったようには見えないのだ。大鍋に薬液を入れてはあるが、毒薬の見極めをしていたとは思えない。スラグホーンが言うようにハリーが魔法薬作りにおいてとても優秀であるのなら、解毒剤の調合をしているはずなのに。
だがハリーは、そうしなかった。解毒剤の調合ではなくベゾアール石を選択したのはなぜなのか。
アルテシアの知る限り、ハリーはずっとスネイプから高圧的な接し方をされていた。そのスネイプが担当から外れたことで畏縮することなく実力が発揮できるようになり、それがハリーに対するスラグホーンの高評価へとつながったのだろうと思っていた。だがそれは、違うのかもしれない。
「これで授業は終わりだが、最後に諸君らにお願いがある」
スラグホーンの声がして、アルテシアはこれ以上考えるのはやめることにした。ベゾアール石のことはともかく、ハリーがスラグホーンの授業で高評価を得てきたのは事実なのだから。
「誰しもが、このお嬢さんと話したいことがあるだろう。だがね、今は遠慮してもらいたいのだよ。今日の授業について、これから私たちは打ち合わせがある。それを先にさせてもらいたいのでね」
そう言って、生徒たちに教室を出るようにうながす。ロンやハーマイオニーたちも、鞄を手に教室を出て行く。だがハリーは、何を手間取っているのか、最後の一人となっても教室を出ようとはしなかった。
「どうしたのだね、ハリー。私たちに少しばかりの時間をくれるようにとお願いしたと思うのだが」
「先生、実は、先生にお伺いしたいことがあるんです」
質問、ということであれば断るのは難しい。スラグホーンは、軽くため息をついた。
「いいとも。それじゃ遠慮なく聞きなさい、ハリー、遠慮なく」
「先生、あの、ご存知でしょうか。知りたいのは分霊箱のことなんです」
「なんだって、今、何が知りたいといったのかね?」
「分霊箱です、先生。ぼく、そう言いました」
そのことにスラグホーンは驚いたようだが、それはアルテシアも同じだ。分霊箱についていくらかの知識があるアルテシアだが、ここで言ってもいいのかどうか。だがスラグホーンが、いつもとは声の調子を変えて、すぐさま答えた。
「分霊箱については、数十年前、やはり生徒から尋ねられたことがある。その時と同じ答えでいいかね、ハリー」
「も、もちろんです。ヴォル、あ、いえ、それはトム・リドルという生徒ですよね」
「ああ、なるほど。これはダンブルドアの差し金というわけか。つまりキミは、あれを見たわけだ。であればハリー、わざわざ答えるまでもない。すでにキミは、ちゃんと知っているということになる」
「ですが先生。あの記憶には、少し足りないところがあるように思うのですが」
話の持っていき方を間違えた、とハリーは思っていた。つまりは、失敗したのだと。これではスラグホーンは、本当のことはしゃべらないだろう。ダンブルドアはアルテシアと協力しろと言ったが、だからといって、アルテシアのいるこの場で言い出すべきじゃなかったのだ。
「いやいや、ハリー。あれがすべてなのだよ。さあ、もうお帰り。私たちには、大事な打ち合わせがあるのだからね」
これ以上はムリだと思ったハリーは、おとなしく地下牢教室を出ていくことにした。だがハリーには、これであきらめるという選択肢はない。なにか別の作戦を考えることになるだろう。
※
地下牢教室で、アルテシアはスラグホーンと一緒にいた。なにやら打ち合わせがあるとのことなので、それが終わらぬうちは、職員室には戻れない。友人たちに会いに行くことはもちろん帰宅することも。
「あの、スラグホーン先生」
「ん? ああ、すまないね。お見苦しいところをお見せしてしまったかな」
さきほどまでの上機嫌はどこへやら。ずいぶんと顔色が悪くなったようだ。それでもスラグホーンは、笑顔を浮かべ自分の机へと歩いていく。アルテシアも、その後に続く。机の上には、アルテシアが調合した解毒剤がそのままになっていた。
「結局のところ、解毒剤を完成させたのはお嬢さんだけだった。そのやり方について議論したかったのだが、申し訳ない。明日のこととさせてもらってもよいかね?」
「ええと、大丈夫ですか。医務室までお送りしましょうか」
「いやいや、そんな必要はない。ただ少し、休憩が必要なだけだよ」
おそらくは、ハリーの言った分霊箱のことが気になっているのだろう。アルテシアがそう思ったとき、別の声が教室に響いた。
「ではスラグホーン先生、その娘をお借りしてもよろしいですかな」
いつからそこにいたのか。相変わらずの黒いマントと、無表情。スネイプがそこに立っていた。
※
スネイプの研究室へと、アルテシアは連れてこられていた。担当教科の変わったスネイプだが、この部屋は相変わらずスネイプのものであるようだ。
何度か訪れたことのある部屋でもあり、アルテシアはそのときと同じ場所に置かれていた椅子へと座るように指示される。スネイプは立ったままだ。
「おまえを連れてきたのは、ただ、確認しておきたかったからだ。そう、いやそうな顔をするな」
「そんな顔、してませんけど。でも確認って、何をですか」
「それは、おまえが気にする必要のないものだ。吾輩が勝手に決め、勝手に進めるだけのこと。おまえはただ、吾輩の質問に答えるだけでよい。わかったな」
「わかりました、スネイプ先生。でも、わたしからの話も聞いてくださいね」
「なんだと」
その笑顔を、スネイプはどう見たのか。何を言おうというのか、予想はしただろうか。アルテシアは、普段通りの表情を浮かべスネイプの質問を待った。
※
「パチルさんたちは、アルテシアさまに会いましたか? あたし、スネイプ先生と一緒のところ見ましたけど」
ソフィアだが、放課後のいつもの空き教室には、パチル姉妹の姿もあった。
「スネイプ先生? へぇ、じゃあアルの担当は防衛術なのかな」
「かもね。元々が闇祓い局の講師なんだし、きっとそうだよ」
実際は魔法薬学なのだが、2人ともまだ、その事実を知らない。ソフィアにしても、ただ見かけただけで話まではしていないのだ。
「そうだといいなぁ。それならあたしたち、アルの授業を受けることができる」
「けど、アルテシアはどうなるのかな」
「どうって何が?」
「授業が終わったら、クリミアーナ家に帰るのかな。それともホグワーツ? 寮に住むの?」
「ああ、それはたぶん」
クリミアーナ家から通うのか、それとも寮で寝泊まりするのか。パドマと同じく、パーバティもそのことは知らなかった。だが、予想はできる。
「多分だけど、マクゴナガル先生のとこかなって思う。あれで一応先生だから、生徒と同じ部屋にはしないでしょ」
とはいえ、クリミアーナ家から通うという可能性は十分にあるとパーバティは思っている。表向きにはマクゴナガルの部屋だとしておけば、それは十分に可能となる。
「じゃあ、夕食は大広間ってことになるよね。こっちのほうは、生徒用のテーブルでもいいんじゃないかなぁ」
「毎日、各寮のテーブルをまわるとか、そういうことにしてほしいな。レイブンクローのテーブルに来たら大歓迎されると思うよ」
さて、実際にはどうなるのか。放課後には、空き教室に顔を出せるようになるのかどうか。それはまだ分からないが、当の本人であるアルテシアは、スネイプの前にいた。
※
「スネイプ先生がデス・イーターだったことは聞いています。騎士団のことも、マクゴナガル先生が話してくださいました」
「それを否定はしないが、おまえの話とはそのことか」
「はい。不死鳥の騎士団は、例のあの人への抵抗組織なのだそうですね。それと、今日までにわたしが見聞きしたことを考え合わせてみた結果について、です」
スネイプの研究室での話は、ようやくはじまったばかり。アルテシアにも話したいことがあるとわかったスネイプは、自分のことは後回しとして、アルテシアに先に話すようにと指示をした。だがアルテシアも容易には受け入れず、どちらが先とするかでいくらかの押し問答が続いたからだ。
「とりあえずレポートにまとめてみました。先日、クリミアーナ家で提出した5枚のレポートの続き、のようなものです」
「ほう、あれの続きを書いたというのか」
「いいえ、先生。のようなもの、です」
そして、巾着袋に手を入れ、数枚の羊皮紙を取り出す。
「もしかするとスネイプ先生は、両方ともに所属なさっているのではないかと考えました。おそらくは例のあの人とは定期的に会う機会があり、ダンブルドア校長ともさまざま打ち合わせておいでなのですよね?」
「なるほど。だが聞かねばなるまい。そう判断した理由はなんだ」
アルテシアは、取り出した羊皮紙をスネイプの前に置いた。だがスネイプはそれを手に取ることはせず、じっとアルテシアを見ている。
「わたしの友人に、ティアラという魔女がいます。例のあの人のことなど、いろいろと外回りで調べてくれているのですが」
「それが、なんだと言うのだ」
「これまでに数回、あの人がいるのではと目を付けた場所でスネイプ先生を見かけたことがあるそうです。それからドラコのことです。先生は、ドラコがあの人になにやら命じられたことをご存じなのですよね」
「そして騎士団でのことはマクゴナガル先生から聞いている、そういうことだな」
アルテシアが、ゆっくりとうなずいた。スネイプのほうは、ほとんど表情が変わってない。いつもの無表情だとも言えるが、どこか力の抜けた柔らかさといったものもうかがえる。
「わたしの想像ですけど、先生は校長先生の指示であの人と会っているのではありませんか。もしかするとそれは、とても危険だと思うのですけど」
「仮にそうだとして、それが何だというのだ。おまえには関係あるまい。ああ、そうか。知り合いなら会わせろとでも言うつもりか。ばかものめ、そんなことができると思うのか」
いわゆるスパイ行為の危険性、アルテシアはそのことを指摘したのである。だがスネイプは、それを否定した格好だ。知り合いなら会わせろという部分は、単に付け足しただけだとアルテシアは判断。
「もし事情を話していただけるのなら、お力になります。いずれにしろわたしは、あの人とは会いますよ。そうすべき事情が、クリミアーナ家にはあるからです」
「その話は聞いている。すなわち、どう説得しようともおまえが諦めることはない、ということでいいのか」
「はい。すみません、先生」
「わかった。では、正直に言おう。吾輩はいつしか、おまえならばと思い始めていた。おまえは今、力になると言ったな。その同じ言葉を吾輩からもおまえに贈ろう」
「先生、それって」
それは、スパイ行為をやめるということなのか。それとも、ヴォルデモート卿に会わせてくれるということになるのか。スネイプは、そこでアルテシアが書いたという数枚の羊皮紙を手に取った。そして、文字を目で追っていく。
「ミス・クリミアーナ。いや、アルテシアと呼ばせてもらうが、おまえは、本当に闇の帝王をなんとかできると思っているのか。ダンブルドアですら難しいことなのだぞ。近ごろ、そのためにポッターとなにやら画策しているが、おまえにそれができるのか」
マクゴナガルから『頑張ればなんとかなると簡単に考えてはいないか』と言われたことがある。もちろん、簡単なことではない。でもアルテシアは、できると思っている。大切な友人たちがすぐそばにいると感じていられる限り、できないことなどないのだと。
「もちろんです、先生。できます」
いつもそうだが、このときもアルテシアは笑顔であった。その笑顔を前にしてスネイプは、長期にわたって自分の心を悩ませていた問題に結論を出し、心を決めることとなる。