ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第126話 「新学期、その前夜」

「ティアラとは、しばらく会えてないんです。でも話したいことは色々とあるので、魔法省にいるのなら会いに行ってみようかと思うのですけれど」

 

 マクゴナガルから聞かされた、ティアラの現状。まるで秘書のようにとはうまく例えたものだが、とにかくそうやって魔法大臣のもとで働いているらしい。何故、という思いは当然のようにある。彼女が魔法省で働いている理由など思いつかないが、放っておく訳にはいかないだろう。

 

「そうですね。会って話をすべきだとは思うのですが、今は止めておきなさい。あそこには、すでに闇の側にある者たちが多数入り込んでいます。あなたが行けば、ろくなことにはならないと思いますよ」

 

 どういうことか。魔法省は今、どうなっているのだろう。そういえば、気になることがある。

 

「あの、先生。魔法大臣が交代したということですけれど、何が起きて、どういうことになっているのですか」

「ああ、詳しいことはまだあなたの耳には入っていないのですね」

「魔法省が陥落した、とだけはスネイプ先生からお聞きしました。それ以上の説明は拒否されてしまったのですけれど」

 

 曰く、説明するのが面倒だということで詳しい内容は不明なままとなっている。そう愚痴っぽく言うアルテシアに、マクゴナガルが軽く笑ってみせた。だが、その笑みはすぐに消える。

 

「襲撃事件により、スクリムジョール大臣が倒されました。陥落したとはそういう意味です。実質的に今、魔法省はデス・イーター達によって奪われた形となっています」

「襲撃、ですか」

「いまのところ、後任の魔法大臣がデス・イーターだという確証はありません。ですが、例のあの人の影響下にあるのは間違いないので、十分な注意が必要だということです」

 

 つまり今、魔法省はヴォルデモート卿の意のままだということ。少なくとも、そういう状況になりつつあるということになる。

 

「問題なのはスネイプ先生なのですが…… さて、今後どうなっていくのやら」

 

 ここで怪訝な表情を浮かべたのは、その言葉の意味するところがわからなかったからだろう。ほんの一瞬のことだったが、マクゴナガルは見逃してはくれない。

 

「いいですか、アルテシア。魔法省を手中にした今、彼らが次に狙ってくるのは何か。あなたならわかるはずです。それらの対策も考えていかなければ」

 

 いったい誰が、何を狙ってくるというのか。

 問題としては、実にわかりやすい。だがそのことをアルテシアは、マクゴナガルの部屋を出てからもずっと考えていた。もちろん、答えはわかっている。ヴォルデモート卿が魔法省に続いてホグワーツにも手を伸ばしてくるということであり、対策とはつまり、それをさせないということになる。

 

(もし、本当にそうなるのなら)

 

 この場合、何もせず静観するという選択肢はない。ホグワーツは、魔法を学ぶ場所。大事な教育の場なのだ。ヴォルデモート卿の側との諍いが避けられないものだとしても、それを、この学びの場に持ち込ませる訳にはいかない。そんなモノは、魔法を学ぼうとする者たちの邪魔となるだけだ。そのホグワーツでは、もうじき新学期が始まる。魔法を学ぶために生徒たちが集まってくるのだ。

 

(そんなことはさせられない、よね)

 

 彼らが何かを仕掛けてくるのだとしたら…… 新学期が始まってからになるのか、それとも、その前か。いずれにしろ、のんびりしていられる時間はない。すぐにも、防備を固めていかねばならないだろう。このホグワーツを……

 

「えっ!?」

 

 思わず声が出ていた。今、何を考えていたのか。いまホグワーツを、どうすると……

 ふーっと、息を吐く。ここはクリミアーナではなくホグワーツだ。さすがに、先走りのしすぎだろう。ホグワーツは魔法族の学校なのだと、自分に言い聞かせる。そのことを忘れてはならないのだと。

 ホグワーツは、ロウェナ・レイブンクローやゴドリック・グリフィンドールたちが、それぞれの理想を掲げて創りあげた学び舎なのだ。その学び舎を守るための措置も、さまざまに施されている。例えばマグルに見つからないようにするとか、侵入者を防ぐ手段であったりとか。

 

(でも、破られたんだよね)

 

 デス・イーターの侵入を許し、ダンブルドアが命を落とす結果となった事件。ほんの小さな綻びが、とんでもない事態を招くことになった。とても残念な事件だったけど、もしあのとき、ホグワーツにクリミアーナの保護魔法をかけていたなら。

 

(あー、でもダメだ。保護魔法は完全じゃないから)

 

 そう言いながらも、首を横に振る。ただ、自分が未熟なだけなのだ。おそらくあの家の保護魔法は、たとえヴォルデモート卿が全てのデス・イーターを率いてこようとも、びくともしない。それだけは間違いない。

 

(だけど、わたしには……)

 

 それらの保護魔法を、このホグワーツで完全に再現することはできない。だが、無理だと思ってはいけないのだ。そう思ったとき、それは完全に不可能なモノとなる。そう教えられてきた。そうではなく、何か方法があるはずだと考え努力をする。それが、クリミアーナの娘なのだと。

 

(また、あの部屋に行くことになるのかな)

 

 幸いと言おうか、魔法は使えるのだ。それだけの勉強はしてきたという自負がある。知らないこと、できないことがあるのは仕方がないが、ならば、学べばいいのだ。知ればいいのだし、さまざま、工夫をしていけばいいだけのこと。そのためのヒントは、ロウェナが残してくれている。正式にホグワーツの教授として任命され、新学期より指導する側に立つことになるアルテシアだが、それらの課題を克服しなければ一人前の魔女とは言えないのだと、そう思わずにはいられなかった。

 クリミアーナの娘だと胸を張れる日は、ずいぶんと先のことであるらしい。

 苦笑しつつも、アルテシアの足は西塔へと向かっていた。ロウェナ・レイブンクローが残したあの部屋には、そのために学ぶべきこと、自分が知るべきモノ、そのためのヒントや知識が残されているのは間違いないのだから。

 

 

  ※

 

 

 校長室には、新校長と4人の寮監がそろっていた。明日より新学期が始まることもあり、その最終的な打ち合わせといったところだが、最初の話題として出たのは、先頃魔法省に設置されたという「マグル生まれ登録委員会」のことである。

 

「実質的にはマグル生まれの排除、ということでしょうな。どうにもこの先、色々と困ったことになりそうだ」

「ほう、それはまた。なぜそう思われるのですかな、スラグホーン先生」

 

 校長となったスネイプに変わり、スラグホーンがスリザリン寮の寮監となっている。他寮の寮監に変更はない。

 

「純血主義というものがある。キミも、それを信じてきたのだろう。だがね、セブルス」

 

 その場にいる誰もが、そのとき同じことを頭に思い浮かべたであろう。だがスラグホーンが言うのは、それとは少し趣が違うらしい。

 

「例のあの人の指示などではないと思うよ。おそらく、この状況を利用してのことだと思うけど、やっかいなことに変わりはない。なにしろ、それらの者たちを出頭させ尋問をするというのだからね。結果、魔力を盗んだのだと認定されればアズカバン行きということになる訳だ」

「失礼、スラグホーン先生。魔力を盗む、というのはどういうことです? それを、どう判定するというのです?」

「なんと、ミネルバ。あなたが真っ先に気づくと思っていたがね。なに、理屈などは後付けするだけだよ。あのお嬢さんが標的となっていることだけは間違いないと思うがね」

「ああ、そういうことですか。なるほど、それはたしかに面倒だ」

 

 マクゴナガルが何か言う前に、フリットウィックのキーキー声がした。そして、ポンとマクゴナガルの肩をスプラウトが軽く叩いて見せる。

 

「まさに、虎の威を借る狐だね。あの女史らしいとも言えるけど、さてさて、マグル生まれ登録委員会のトップとしてどんな筋書きを描いているのやら」

「ポモーナ、あの女史というのは、つまりあの女のこと……」

「そう、あの女だね。だけど今度は、魔法界全体が影響受けることになるんだ。いったい、何を考えているのやら」

「そこでだね、セブルス。キミに聞きたいと思うのだが」

 

 ぐるっと一回り、寮監たちが話をしている間は何も言わずにいた新校長スネイプ。そのスネイプにスラグホーンが問いかける。

 

「私は話を聞いただけでしかないが、色々ともめ事があったそうじゃないか」

「ふむ。まあ、その通りですがね」

「そこでだ。仮にその女史がちょっかいを出してきた場合、我々はあのお嬢さんを守る、ということでいいんだろうね?」

 

 表情を見る限り、思わぬことを聞かれた、と言ったところか。皆の注目が集まる中、ピクリと右の頬が動き、わずかに唇の端が上がった。

 

「さてさて、どのような答えを期待されておいでなのかはさておき、吾輩にできることなどほとんどありませんぞ。むろん、ホグワーツ校長としての責任は果たさせてもらいますが、それ以上のことを求められても困りますな」

「いや、いいのだよ。それでいい。責任を果たしてくれるのであれば不満はない。それでいいのだとも」

「とはいえ、本当に手を出してくるのでしょうか。さすがにそこまでバカではない、と思ったりもするのですけど」

 

 そう言ったのはスプラウトだが、その視線が向かった先ではマクゴナガルが軽く笑って見せた。

 

「アルテシアが十分に脅したはずなのですよ。それでも懲りないとは、さすがに考えにくい。手出しはしてこないと思いますけどね」

「脅した、ですと。それは初耳だ。あの娘に、そんなことができようとは。知りませんでしたな」

「おおっぴらに言うことではありませんからね。ですが、さすがに我慢ができなかったのでしょう。それ以来、女史のことは、その名前すらきれいさっぱりと忘れてしまったようですが」

「なるほど。では、つまり。こういうことではないでしょうかなマクゴナガル先生」

 

 皆の注目が集まるなか、スラグホーンが自身の考えを述べる。さすがに直接の手出しは危ないと考え、大きな権力の笠を着ての行動に出たのではないかと言うのだ。魔法省の方針であるとされれば、抵抗することは難しくなるのだから。

 

「ふん、あの女史の常套手段ではあるが。しかし、みごとにあの娘の弱点を突いていると、それだけは確実に言えますな」

「だろう、セブルス。私もそう思ってね。で、つらつら考えてみたのだが」

「ほう」

「歴史ある名家であることに疑いはないよ。けれどその歴史のほとんどを、魔法界の外で過ごしているのだ。加えて、魔法書なるものの存在。向こうが攻めてくるのはこの2つだと思う」

 

 クリミアーナ家が、魔法界とは縁遠い存在であったこと。それは言い換えれば、その周囲では魔法というものの存在が希薄であったということ。

 

「つまり、どういうことです?」

「結婚相手ですよ。クリミアーナ家の周りに魔法使いはいなかったはずだ。この点を突かれる恐れがある」

「ああ、そういうこと」

「しかも、あの家の魔女は魔法書から魔法を学ぶという。この点も、ウイークポイントとなる訳ですな。むしろ、この点を突かんがため、登録委員会などを考えだしたのではないでしょうか」

 

 クリミアーナ家の娘は、魔法書を学ぶことで魔女になる。それは、裏を返せば魔法書なくして魔女にはなれないということであり、その理屈で言えば、アルテシアは生来の魔女ではないということになる。

 

「どうやら、状況はかなり不利なようですね。わかりました。この件は、あの子とも十分に相談しましょう」

「ですな。そうされた方が良い。何をされるか、わかったものじゃない。私も力を貸しますよ」

「ありがとう、スラグホーン先生。ですがその前に、懸案事項といいますか確かめておきたいことがございます」

「ん? 懸案事項、ですと」

 

 なんのことか、わからない。そんな顔をしたのはスラグホーンばかりではなかった。マクゴナガルが、ゆっくりと視線を巡らせる。

 

「理由はさまざまでしょうが、新学期に登校してこない生徒がかなりいるようです。なかでも、ハリー・ポッター、ハーマイオニー・グレンジャー、ロナルド・ウイーズリー。この3名は確実です」

「学校に来ない、ですと。それはまさか、例のマグル排除の件が影響していると……」

「そうなの? ミネルバ」

 

 マクゴナガルが得た不死鳥の騎士団からの情報によれば、ウイーズリー家の祝い事の席を襲ったデス・イーターの一団から、ハリーたち3人が逃げ出したのだという。

 

「では、また襲われることを警戒して戻っては来られないということなのね?」

「そうね、もちろんそれもあるでしょう。けれど、彼らの目的は別にあるのだと聞いています」

「目的って、それは?」

「騎士団の一人が偶然に耳にしたことですが、彼らはもともと旅に出るつもりで準備をしていたようですね。襲撃のことは別にして」

 

 その旅は例のあの人、すなわちヴォルデモート卿を倒すために必要なモノを探すための旅、であるらしい。

 

「それは何でしょうか。あの人を倒せるだなんて、そんなモノがあるんですね」

「いや、ソレ自体が倒すのではない。ソレがある限り、あの人が死ぬことはない。すなわち倒せないということになる訳だよ。だが、申し訳ない。私はソレについての話はしたくない」

「でも、ポッターたちはソレを探しに行ったのでしょう? いずれあの人と対決するつもりだってことかしら」

「そうね、対決の前に処分しておきたい。そんなことだと思いますが、ポモーナ。アルテシアたちは、ソレを探す必要は無いと考えています。探さない選択をしたのですが、ダンブルドアはポッターにソレを探すよう命じた。だから旅に出た」

 

 ソレが、何か。具体的なことには触れられぬまま、話は進んでいく。マクゴナガルがスネイプを見る。

 

「わたくしは、あの子の判断を正しいと考えています。ですが仮に、どうしてもソレを探し出さねばならない必要があるのだとしたら。その理由をご存じなら、あらかじめあの子に伝えておいたほうがいいのではないかしら」

「あー、おっしゃりたいことはわかります。吾輩もそう思うが、あいにくと、何もかも承知しているわけではない。ダンブルドアはいつも、肝心なことを秘したまま物事を進めていくのだ。経験がおありでしょう?」

「たしかに。ですが今回、その肝心なことをポッターには話したのでしょうね」

 

 その場にいる皆の視線が、ゆっくりと動いていく。その先にある肖像画の中に、大きめの揺り椅子に全身を預けたダンブルドアがいた。ただその目は閉じられており、お腹の上で組んだ手がかすかに上下しているのみ。本当に寝ているのか、こっそりと話だけ聞いているのかどうか、外見からはわからない。

 

「マクゴナガル先生、吾輩からも1つ、聞いておきたいのですが」

「なんでしょう」

「あの娘が分霊箱を探す必要なしと判断した理由です。分霊箱が残っている限り、闇の帝王はどこかで復活するのですぞ」

「そうだ、たしかにそうです。現にあの人は、復活した。しかし、しかしですぞ」

 

 フリットウィックのキーキー声が、分霊箱なるものが幾つも存在するはずはないのだと主張する。複数個の分霊箱など考えられないのだから、探さないという選択肢もアリだと言うのである。

 

「そういう理由なのですかな、マクゴナガル先生」

「あてもなく探すよりは、あの人自身の説得。それが有効だと考えたようですね。もっとも説得は不調に終わったので、その次の段階に進むのでしょうけれど」

「ああ、たしかあの娘のレポートではそうなっていましたな」

「なんですか、そのレポートというのは?」

 

 アルテシアが書きスネイプに提出したレポートのことは、スネイプとマクゴナガルしか知らない、なので、そういった声があがるのも無理はない。

 

「宿題として書かせたレポートですよ。テーマは『明日、もしも魔法界が滅びるのだとしたら、今日やりたいことはなにか』。それについて、あの娘が思ったことを書き連ねたものです」

「そ、それで、あのお嬢さんはなんと?」

「スラグホーン先生であれば、そう聞かれてなんと答えますかな? 皆さんはどうです?」

「わ、私、かね?」

 

 質問に質問で返されても、すぐにはスラグホーンから答は出てこない。フリットウィックやスプラウトも同じだ。スネイプは軽く頭を振って見せた。

 

「吾輩は、何が食べたいとか、どこそこに行ってみたい、あるいは最後に会っておきたい誰か、そんな答えが普通だと思っていましたが、あの娘は『そうならないための努力をしたい』と言うのですな。明日では終わらせない、今日はそんな努力をするのだと」

「なんと」

「あの子には、他にも例のあの人と話をする必要もありましたからね。だからあの人に会いに出かけました。私も、それを許しました」

「そ、それでどうなったのです?」

「その結果、説得は難しいとなったのです。説得できないのなら、無理矢理にでも止めるしかない。きっとこれからは、あの人と何かしら衝突することとなるでしょう。だからこそ」

 

 意識してのことだろう。そこで言葉を切ったマクゴナガルは、ゆっくりとその場の全員を見回していく。そして。

 

「マグル生まれ登録委員会のなんとかさんになど、関わって欲しくはない。そんなヒマなどないのです。アルテシアの邪魔はさせない。あの子の成長の妨げにこそなれ、いいことなど何ひとつありませんからね。手出しなどさせません」

「おやおや、とんだ親バカ発言ですな。あなたらしくもない、いや、あなたらしいのかな」

 

 そんな皮肉めいた言葉に、しかしマクゴナガルは、苦笑いを浮かべるでもなく、至極真面目な顔でつぶやいた。

 

「もし、あの子があの人に会ったら。その名前を思い出したなら…… やれやれ、せっかく忘れているというのに」

 

 独り言のようにつぶやいたその声を、スネイプだけは聞き逃さなかった。

 

「ところで、マクゴナガル先生。あの娘、アルテシア・クリミアーナは今、どこにいるのですかな。まさか、学校に出て来ないということはないでしょうな」

 

 その問いに、マクゴナガルは答えなかった。ただ、微笑みながら首を横に振っただけ。

 

 

  ※

 

 

 その時、アルテシアはクリミアーナ家にいた。ティアラがクリミアーナ家を訪れたことに気づいたため、予定を変更し自宅に戻ってきたのである。

 そのときまでは、ホグワーツの西塔にある部屋にこもっていた。偶然に見つけたロウェナ・レイブンクローが残したであろう部屋である。勝手にロウェナの部屋と名付けた場所であれこれ考え事をしていたのだが、ティアラと話をするのにちょうどいい機会でもあったため、どちらを取るか迷った挙げ句、帰宅することにしたのである。

 

「突然、すみませんね。でも、明日から新学期でしょう? その前に、アルテシアさまにお伝えしたいことがあったもので」

 

 そう言いつつ話を始めたティアラが持ち出したのは、先ごろ魔法省内で設立されたマグル生まれ登録委員会の件だった。どうも、その委員長の狙いが不穏に思えて仕方が無いのだと言う。

 

「イヤな女でしたよ。自分は権力の傘の中にいて、陰で弱い立場の人をいたぶる。それを楽しめるような人がいるなんて、信じられませんでした。自分では何ひとつできないくせに、エラそうにすることだけは超一流なんですからね」

「ふうん、そこの委員長は、そういう人なんだね」

「そんな人の下になんて、いられませんからね。魔法大臣の交代にかこつけて、所属を移してもらいました。私のほうは今、大臣付きの秘書官ってことになってます」

 

 そして、おおざっぱなものでしかないが、ティアラが魔法省にいる経緯の説明を受ける。ボーバトンを優秀な成績で卒業となれば、その資格は十分にある、と認めてもらったらしい。すなわち、就職したということである。

 

「でも、居心地がいいって訳でもないですよ。だって、魔法大臣は闇の側の人ですからね」

「闇の側って、間違いないの?」

「いわゆる、禁じられた魔法ってやつですね。気づいてる人だっているでしょうに、なかなか発覚しそうにはないですね」

 

 すなわち、服従の呪文によって支配されているということだ。ティアラ自身は、そのことを指摘するつもりはないらしい。いずれ魔法大臣を追い落とすその時まで、大事に温めておくのだと言う。理由は、ティアラの望む日に職を辞してもらうため。そのための材料として使えるからだと言う。

 

「その日のための準備というか、いま、色々と根回ししてるところなんです。もう少し待っててくださいね」

「待つって、何を」

「決まってるじゃないですか」

 

 そう言って笑う、ティアラ。このあと、彼女の思惑どおりにことが進んでいったならば、アルテシアは魔法大臣と呼ばれるようになると言うのである。

 

「どうして? なぜ、わたしが?」

「大丈夫ですよ、アルテシアさま。でも、もう少し待っててください。大丈夫です。わたし、ちゃんとできますから」

 

 何を? そう思ったに違いはないのだが、アルテシアは問うようなことはせず、代わりにため息をついた。

 

「ごめん、ティアラ。わたしは別に、そんなのになりたいわけじゃないんだけど」

「どうしてですか。魔法大臣になれば、クリミアーナを魔法界に認めさせることだってできるのに」

「だとしても、そんなことまでしなくていい。それより、ティアラ。あなたに聞きたいことがあるんだけど」

 

 魔法大臣になど、なるつもりはない。もちろんそれは、アルテシアの偽りのない気持ちである。そんなことよりも、失われた魔法書に記されていたモノ、それが知りたい。

 

「あなたのクローデル家にも、魔法書はあるわよね? あなたはそれで魔法を学んだのよね?」

「ええと、もちろんですけど、それがなにか?」

「わたし、ちょっと考えたんだけど……」

 

 クリミアーナ家の魔法書とは違い、クローデル家にある魔法書は、どこも欠けてはいないのではないか。アルテシアはそう考えたのである。ルミアーナ家もそうだが、クローデル家の先祖はクリミアーナの先祖から魔法の指導を受けているはずなのだ。すなわち、それぞれの家に残されている魔法書は、何も欠けることなくクリミアーナの魔法を学んだ魔女によるモノだということになる。ならば、ヘレナによって失われた部分が、そこにあったりするのではないか。

 

「だとすると、わたしの知らないことを、あなたたちは学んでるってことになる。その可能性、あるよね?」

「ええと、それはさすがにないと思うんですけど」

「いいえ、ティアラ。お互いに知ってること、知らないことってあるんじゃないかな」

「そ、それは、そうかも。でも……」

 

 それを否定はしない、とティアラは思う。でもそんなのに意味があるだろうか。ほんのいくつかアルテシアの知らない知識があったとしても、それはたぶん、些細なことでしかないのだ。自分は、アルテシアには及ばない。クリミアーナの魔女としての能力・実力は、アルテシアのほうが上なのだ。そのことはティアラ自身が、三大魔法学校対抗試合でホグワーツを訪れたときに確かめてある。

 あのときティアラは、出場選手に対する課題を利用してアルテシアの実力を推し量ろうとした。その第二課題のときに渡されたメッセージ入りだという虹色の玉は、実は今もティアラの手元にある。まだメッセージを読めてはいないのだが、そのこともまた、アルテシアの実力を証明しているのだと思っている。

 

「ねえ、ティアラ。わたしたちの先祖が魔法を勉強してたときのことなんだけど」

「ええっ、さすがにそんな頃のことは知りませんけど」

「何でもいいの。なにか、当時の頃のことで伝えられてる話とか、ないかな?」

 

 何でも知りたい、きっと、どんなことでも役に立つ。アルテシアはそう思っている。とにかく今は、知ること。それが大事なのだ。

 

「そういえば、クリミアーナ家の魔法って、積み重ねることができるらしいですよ」

「そうみたいね。ロウェナが書き残した文書によれば、そんなことができたらしい」

「ロウェナって、ああ、レイブンクローのことですよね。ええと、編むとか置くとか組み合わせるとか、言い方はいろいろとあるみたいですよ。たしか、ウチの母がそんな話をしていましたから」

 

 ロウェナの文書とは、アルテシアがロウェナの部屋で見つけたもの。クリミアーナ家先祖の様子などが書かれていたが、あいにく具体的な魔法の内容といった類いのものではなかった。魔法について先祖がどんな風に考え、どんな風に使っていたのか。そこに綴られていたのは、それらをロウェナの視点から見た客観的な事実だ。

 

「それって、どういうことなんだろう。ね、ティアラ。どう思う?」

「どうなんでしょう? どんな意味があるのかなんてわからないですね」

「そう、だよね」

「重ねるくらい簡単ですよ。アルテシアさまにもできます。ソフィアだって…… あぁ、あいつの場合はたぶんってことにしときますけどね」

 

 そう言って笑う。だがアルテシアにとっては、笑って流せるような話ではなかった。

 

「どういうこと? 簡単? わたしにもできる?」

「できますよ。私たちって魔法書を創るじゃないですか。創り、ますよね?」

 

 そんなのは当たり前、当然のことだとアルテシアは思った。だって自分は、クリミアーナの娘、なのだから…… え?

 

「あ! もしかして、ソレって、もしかすると……」

 

 何かを、思いついたのか。どこか遠くを見るような目をしたアルテシアを、ティアラは不思議そうに見つめていた。

 

 

  ※

 

 

「なぜ教えてくれなかったのかね。とても大切なことじゃと思うがの」

「いきなり、なんですかな、校長。ああ、失礼。元校長、と呼ばねばならんのでしたな」

 

 寮監たちとの打ち合わせが終わり、校長室から送り出して戻ってきたところ。スネイプにそう問いかけてきたのは、肖像画のなかのダンブルドアである。やはり、眠ってなどいなかったのだ。

 

「呼び方などどうでもよい。なぜレポートのことを知らせなかったのか、わしは、その理由を聞いておるのじゃ」

「理由もなにも、あれは課題に対するレポートなのですぞ。生徒の提出した宿題だ。そんなものをいちいち報告などしていては、何十何百という羊皮紙が、毎日のようにあなたの前に積み上がることになっていたでしょうな」

「ああ、わかったセブルス。もうよい。とにかくそのレポートなるものを見せよ。どこにあるのじゃ?」

 

 さすがのダンブルドアも、少なからず苛立ちの表情。対してスネイプのほうはといえば、そんなダンブルドアに、唇の端をピクリとあげて見せた。

 

「重要なことじゃぞ、セブルス。今後のことに大きく影響するやもしれぬ」

「でしょうな。なれどダンブルドア、本人の了解を得ずともよいのかどうか。どう思われますかな」

「別にかまわんじゃろう。キミの言を借りるならば、これは単なる宿題なのじゃろ。わしは今から、それを添削するだけなのじゃからして」

 

 やれやれといった感じで、スネイプが取り出した杖を振る。すると、どこからか出現した数枚の羊皮紙が肖像画の前に並んだ。ダンブルドアだけでなく、近くの肖像画の歴代校長たちの目も、その羊皮紙に釘付けとなる。

 

「ところで、ポッターら3人はホグワーツ特急に乗るつもりはないようですな。なにやら探し物の旅に出たとか。あなたの指示なのでしょう?」

 

 ダンブルドアから返事はない。アルテシアのレポートを読むのに忙しいのだろう。苦笑するスネイプだが、話しかけるのをやめるつもりはないようだ。

 

「分霊箱をすべて破壊せねばならない。そうおっしゃったのでしょうな。だがクリミアーナ家ご令嬢の判断は違う。いいのですかな、このままで」

「無論、そうするだけの理由がある。一つ残らず破壊する必要があるのじゃ。そのことを理解してくれておるからこそ、ハリーは旅に出たのであろ」

「その理由を、今さら教えろとは言いませんよ。言っても無駄だというのは、思い知らされてますからな。ですがあの娘には、キチンと説明すべきだ。闇の陣営が滅んでしまってもなお、ポッターが分霊箱を探してうろうろしていることにもなりかねませんぞ」

 

 実際に、そうなるのかどうか。そして、どういうことになるのか。自分には分からないとスネイプは言う。現状、それを判断できるだけの情報を持っているのはダンブルドアだけだ。

 

「このままでは、間違いなくそうなるでしょうな。私に知らされている、さほど多くもないわずかな情報のなかでの判断、ということにはなりますがね」

「皮肉を言うでない、セブルス。ともあれ、あのお嬢さんを止めねばならんぞ。キミの言葉なら聞くじゃろう」

 

 そうかもしれない。だが、そうではないかもしれない。いずれにしろスネイプには、アルテシアの行動を制限するつもりなどなかった。そのつもりがあるのなら、ヴォルデモート卿に会わせたりはしなかっただろう。

 

「あなたが直接説明するべきでしょうな。お望みなら、すぐにも校長室に呼んできますぞ。そうですな、マクゴナガル先生にも声をかけましょう。あの人は、あの娘の保護者のようなもの。午前中なら時間がとれるはずだ」

 

 だがダンブルドアには珍しく、少し渋い顔をして見せた。その提案はお気に召さなかったらしいが、だからといって、スネイプには遠慮するつもりなどないらしい。まるで面白がるかのように、明日にでも早速、とばかり予定を立て始めた。苦笑いとおぼしき笑みを見せ、ダンブルドアがため息をつく。

 

「そうするより、しかたがないかのう」

 




 魔法省がヴォルデモートの手に。その一方で、マグル生まれ登録委員会が発足しました。なんとも面倒なことです……

 それはさておき、校長室での寮監たちとの話し合い。それを聞いていた肖像画のダンブルドアが大きくため息。どうやら状況は、彼の思い描いたようには進んでいかないようです。

 次回は、第127話「改革宣言」(11月15日金曜日の予定)。いよいよ新学期が始まり、新校長による学校改革案が発表されます。
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