今日から始まった、放課後の特別授業。その初日の教室で、アルテシアは、ハッフルパフの女子生徒スーザン・ボーンズと向かい合っていた。聞きたいことがあるというスーザンに、教室内の誰もが注目していた。もちろん、アルテシアも。
「例のあの人だけど、あなた、その気になれば倒せるんじゃないの。きっと、あなたのほうが強い。何倍も強いんだって、それで間違いないんだって、そう思ってるんだけど、違う?」
「ええと、どうしてそう思うの?」
「ここに、この教室に双子の姉妹がいないからよ。この特別授業に参加しているのは、希望者のみ。つまり、あの双子は希望していないのよ。そんなことってある? だけどね、よーく考えてみると、そのことからいろんなことがわかるわ」
それは、何か。スーザンには、それを隠すつもりはないらしい。促されるまでもなく、言葉を続けていく。
「1年生の頃のあなたといえば、魔法が使えないんじゃないかってウワサされ、マグル扱いまでされてた。そんなあなたと友達になろうなんて生徒はいなかったんじゃないかって思う。でもあの双子は違ったよね。あの頃からずっと、あなたたちは仲がよかった」
「うん、そうだね。そんなこともあったかな」
「妹の方に聞いたことがあるわ。あなたは本当に魔法が使えなかったのかって。笑ってちゃんと答えてはくれなかったけど、はっきりと言ったことがあるの。アルテシアが最高の魔女だと知っていたんだって」
再び、ざわざわとした雰囲気が教室内に漂う。何事かささやきあう声が聞こえ始める。だがスーザンの話は終わらない。
「最高の魔女って誰だろう? そう聞かれて、すぐに答えられるものかしら。我が家のつながりで、私はたくさんの魔女を知ってるわ。だけど、その中からたった1人をあげるのは難しい。優劣なんて付けられない。でもあの双子にとっては違うのよね。双子にとって、その答えは簡単だった」
「あの、スーザン。それで、質問っていうのは」
「だから、あの姉妹がここにいないのは、その最高の魔女から、ずっと魔法を教えてもらってたからじゃないかってことよ。だから、改めて学ぶようなことはしなくてもいい。そういうことでしょ。もう死喰い人たちとだって十分に戦えるんだわ。もしかすると、あの人にだって勝てたりするんじゃないの」
強い視線を、じっとアルテシアに向ける。それはつまり……
「つまりあなたは、闇の側にいる人たちと戦えるだけのモノを教えることができる。それはたぶん、わたしたちが5年生の時にポッターたちとDAで学んだことと同じなのよ。ううん、それ以上なのかも」
「そ、そうなのかい、アルテシア。だったら、教えて欲しい。今は、戦う力、戦える力が必要なんだ。この先の魔法界を生きていくための力がね」
「賛成よ。もっと実戦的なことを教えて欲しい。ねえ、アルテシア。私、例のあの人と戦える力が欲しいのよ」
彼ら彼女らが感じているであろうことや現在の魔法界の状況などから、そういった意見が多くなるのは仕方のないこと、なのかもしれない。スーザンに続いて、そんなことを言い出した生徒たちを、アルテシアが、軽く微笑みながら見回していく。
「教えてくれるってことだよね? あの人をやっつけてくれるんだよね?」
そう言ったのは、誰だったのか。声のしたほうへと顔を向けたアルテシアが、ゆっくりと首を振る。
「そういうことは、してくれるなと、ダンブルドア先生に言われてる。だけどね」
「ダンブルドア?」
ダンブルドアは死んだはずだという思いが、集まった生徒たちの頭をよぎったのかもしれない。その通りなのだが、校長室には肖像画がある。だがアルテシアは、そのことには触れず、もう一度教室内を見回してから話を続ける。
「ダンブルドア先生がおっしゃるには、例のあの人との決着をつけるのはハリーじゃないとダメらしいの。だから手出しは無用、決着がつくまで待つようにと」
「それってどういうこと?」
「わからない。何の説明もされてないからね。だから、この件はハリーに任せようと思ってる。だけどね」
ダンブルドアに言われたことを無視することはしないが、それに囚われているつもりもないと言葉を続けていく。それは、ヴォルデモート卿が自分の周りに関わってこない限りにおいてのみだ。消極的だと言われるのかもしれないが、そうすることにしたと説明したのである。
「どうしようもなくなったとき。最終的にはだけど、例のあの人のことはわたしが引き受けるよ。みんなのことは、ちゃんと守る。誰にも手出しはさせない。だから、この授業にはキチンと取り組んで欲しい。大切なこと、必要なことをみんなと学んでいきたいと思ってる」
これで、納得できたのかどうか。参加した生徒たちからの声はない。一時的に途切れただけかもしれないが、アルテシアは軽くうなずいた後で生徒たちを2つのグループに分けた。
「つまり、対抗戦ってことになるのかい?」
「ええ。この教室をホグワーツ城に見立て、そこに侵入しようするグループと阻止しようとするグループとに分けます。それぞれのグループで工夫しあい競ってもらうのを基本とした授業となります」
もちろん攻守の入れ替えもするし、その復習として座学の場も設ける。必要なら、新たな魔法を学ぶこともあるだろう。そんな感じで、特別授業は進められていくことになったのである。
※
「アルテシア、ちょっといいかい? スネイプのことなんだけど」
「スネイプ先生がどうかしたの?」
大広間へと向かう途中、廊下でアルテシアに話しかけてきたのは、ネビルである。当初は週1回で始まった特別授業は、月日が経つごとに増えていき、今では週3回のペースで実施されるようになっている。ハッフルパフのスーザン・ボーンズのグループを始めとした、特別授業の参加者たちの熱心さを受けてのことなのだが、このネビルも、熱心さでは負けていない。
「この間さ、特定スペースへの侵入者を察知する方法ってのを教えて貰ったじゃないか。それでね、朝早くに練習をしてたんだよ」
ネビルが言うには、特別授業の復習を兼ねたその練習で、スネイプが不審な2人組と会っているのを見つけたというのだ。
「あの人たち、デス・イーターじゃないかと思うんだ。何かよくない相談をしてたんだとしたら…… ねぇ、アルテシア。どうしたらいいと思う?」
「うーん、そうだね」
なんと答えたものか。アルテシアは迷ったに違いないのだが、そんなアルテシアが何か言う前に声がした。大広間へと向かう廊下を歩いていた2人の後方から、である。
「ロングボトム、いいことを教えてやろう。その場合、気づかなかったコトにするのが正解だ。おまえでは、どうしようもないコトだからな」
「あっ、ドラコ・マルフォイ。たしかおまえって、学校に来ていなかったんじゃなかったか」
「ああ、そうだ。闇の帝王のご指示でな。あれこれとやらされ、学校を休むしかなかった。知ってるか? 帝王はいま、我が家に滞在されているんだ。父も母も、その対応で生きた心地もしないだろうな」
そのマルフォイ邸でアルテシアは、闇の帝王、すなわちヴォルデモート卿と実際に会ったことがある。いまだに滞在中であるとは承知していなかったが、彼らの活動拠点の一つとなっているのは確かなのだろう。
「帝王の指示で連れてこられた、特別なゲストだっているぜ。だからといって、屋敷の中が賑やかってわけでもないけどな」
「それって、誘拐ってことじゃないのか。そんなことをしているのか。まさか、キミが」
「違う、デス・イーターの誰かがやったのさ。しかたないだろう、誰だって帝王の指示には逆らえない」
いつからドラコは、2人の後を歩いていたのだろうか。ネビルはまったく気づいてはいなかった。おそらくは、アルテシアも。ドラコが、改めてネビルを見る。
「そのデス・イーターは、このホグワーツに入り込むようにと指示されているんだろうな。だが、教職員の枠に空きはない。となれば、校長に特別許可でも貰おうってところじゃないか」
「じゃ、じゃあ、やっぱりスネイプは、デス・イーターなんだ。まさか、キミもそうなのか、ど、ど、どうするの、アルテシア」
「どうもしないよ、ネビル。今までどおりでいいのよ。なぜって、ホグワーツにはデス・イーターなんていないんだから」
「えっ! だ、だって……」
つまりアルテシアは、スネイプとドラコをデス・イーターではないと言っているのだ。そのことに、ネビルだけでなくドラコも、驚きを隠せないといった表情。
「心配いらないよ。侵入者がいれば見つけだせるし、仮に何か悪事を働こうとしたなら…… そのときはもう、容赦はしない。どんなことをしても、止めてみせる。そんな準備っていうか、対処はしてあるからね」
そう言ってにっこりと笑うアルテシアに、ドラコの表情が、徐々に変わっていく。ゆっくりと、笑みが浮かんでいく。そして。
「よかったな、ロングボトム。アルテシアが心配いらないと言ったんだ。大丈夫だと思うぞ」
ポンポンとネビルの肩をたたくと、その場から離れていくドラコ。ちょうど話が途切れたこともあるのだろうが、それを見送る形となったネビルは、その後ろ姿を見ながらつぶやいた。
「あんなこと言ってるけど、例のあの人の指示で学校に来たんだよな、あいつ」
問題は、どんな命令をされたのかだ。何をしようとしているのだろうか。そういうネビルに、アルテシアは笑顔で答えた。
「心配ないと思うよ、ネビル。ドラコは悪いことなんてしない。わたしは、そう思ってる」
「だといいけど。でも、戻って来たのがドラコじゃなくてハリーだったらよかったのにな」
そうだったなら、こんな心配はしなくていいのに…… そう言ってネビルは笑ったが、アルテシアは、軽くため息をついてみせた。
「ほんとにね。そのハリーだけど、今頃、どこで何をしてるんだろう。ネビルは何か知ってる?」
「いいや、詳しいことはさっぱりさ。捜し物がどうとか聞いたことはあるんだけど」
「ああ、捜し物っていえば」
思い出したのは、クリミアーナ家でのハーマイオニーの一言。いわゆる虹色の玉を探すのだと言っていた。アルテシアではない、クリミアーナ家の誰かが創ったもの。おそらくは伯母であるガラティアが残した遺品の中に、それがあったらしい。現時点でそれをまだ目にしていないアルテシアにとっては、らしい、と言うしかない。
「虹色の玉をハーマイオニーが探すんだって言ってたっけ」
「虹色の玉?」
「知らない? こういうのなんだけど」
それを作ること自体は難しいことではない。あっという間に、アルテシアの手のひらにソレが出現する。それに気づいたネビルが、手を伸ばしてくる。
「コレ、同じモノをジニーが持ってるはずだよ」
「ジニーが? ええと、どういうことなの」
「神秘部での戦いのときに偶然見つけたんだよ。確かアレ、ジニーが持って帰ったんじゃないかなって思うんだけど」
もし、それが事実なら。ここでネビルが嘘を言う必要などまったくないのだから、おそらくは事実なのだろう。だけど、とアルテシアは考える。
ネビルの言う神秘部での戦いは5年生終わりの出来事。そのときからジニーが持っているのなら、ハーマイオニーもそのことを知っていて不思議はない。なのに、その玉を探すなどと言い出したのだから、ジニーは、そのことを内緒にしていることになる。ハリーもロンも、そのことを知らないのだ。あるいは、ハーマイオニーが探そうとしているのはそれとは無関係のものなのか。
いずれにしろ、ジニーに話を聞く必要はあるだろう。それに虹色を持っているというのが本当なら、是非とも見せて欲しかった。
「ネビル、ジニーだけど、今どこにいるかわかる?」
「え? ええと、談話室じゃないかな。グリフィンドール寮を出てくるときに見かけたけど」
※
いつもの、放課後の空き教室。ぐるりと輪になるようにと並べ変えられた席に座っているのは、パチル姉妹とソフィアだ。アルテシアの姿もある。それだけならよくある風景なのだが、今日はそこに、ネビルとジニーの姿もあった。
特別授業のない日でもあるので、ここでしばらく話し込んでいても特に問題はない。
「ネビルから、だいたいの話は聞いたわ。それで一応、持っては来たんだけど」
そう言って、ジニーが鞄の中から取り出したモノ。それは、アルテシアの作る虹色の玉とまったく同じ、と言ってもいいほどにそっくりだった。アルテシアがそれに手を伸ばすよりも、ソフィアのほうが早かった。
「確かにコレ、虹色ですね」
「でもコレ、アルが作ったモノじゃないんだよね」
「みたいだね。微妙だけど、光の色合いが違うような気がする」
ソフィア、パーバティ、パドマ。それぞれの手元を虹色の玉が通過していき、アルテシアの前へと回ってくる。アルテシアも、ソレにじっくりと目を向けた。そして。
「ごめんね、ジニー。コレ、今は分霊箱のようなモノになってるってことで間違いないと思う」
「あ、ジニーとネビルは、分霊箱ってわかるのかな? あのね、ジニーが入学したとき、例のあの人の日記帳による騒動があったでしょ。たとえばあの日記帳のようなもの、ってことになるんだけど」
素早く説明のような言葉を入れたのは、パドマである。ジニーたちに分霊箱についての知識はなかったようだが、パドマによる説明といくつかのやりとりのすえ、それがどういうものなのか納得はしたようだ。これがある限り、ヴォルデモート卿を倒しても復活するということ、そして、ハリーたちの旅が分霊箱を探し出し壊すことを目的としているらしい、ということも。
「あ! だけどわたし、ずっとこの玉を持ってたけど、あの日記帳みたいなことはなかったよ。変なところなんて何もなかった」
「でしょうね。そのために、虹色の中に移したんだと思う。この中にある限り、例のあの人の魂は出てこられない。危険はないんだけど、仮にこの玉が壊れたりすればどうなるか」
「壊れたらって……」
その場合、どうなるのか。ジニーは、例のあの人の日記帳のことはよく知っていた。そして、あれと同じようなことが起こるのかもしれないと考える。
「だからこれ、わたしが引き取らせてもらうけど、いいよね、ジニー?」
「…… うん、そうだよね。わかってる。そのほうがいいと思う」
その内心はどうなのか。それはさておくとして、ジニーからはそういった答えが返ってくる。アルテシアのほうは、軽くうなずいてみせただけ。あらかじめ用意していたのであろう、どこからか取り出した透明の箱へとジニーの虹色の玉を入れた。ちょうど虹色の玉が入るくらいの大きさのその箱には、もちろんふたもついているのだが、それを閉めずに、そばの机の上へとソレを置く。
「念のため言っておくけど、この玉は、あの人の分霊箱を見つけた魔女が、そこから例のあの人の魂をこの玉の中に移して、閉じ込めてあるだけ。だから、分霊箱としては使えないんだけど、念のため、絶対に壊せない箱の中で保管しておこうと思う」
「あの、ちょっといいかな」
ネビルである。いくつか疑問があるのだという。
「その玉を壊しちゃいけないのは理解した。壊すと、あの人の魂が出てくるってことだよね。だけどさ、もとの分霊箱があって、そこから魂を取り出したってことになるよね? そんなこと、できるの?」
「できるよ。そんなに難しいことじゃないと思うんだけど」
言いながら目を向けたのは、ソフィア。そのソフィアは、うなずいてみせただけ。パーバティが、軽く笑ってみせた。
「あのね、ネビル。あんた、自分を基準にして考えてるでしょ。それじゃダメだよ。それじゃ、答えはでてこない。その玉を作ったのは、クリミアーナの魔女だってこと。そういうことで考えてみてよ」
「ええと、でも、クリミアーナの魔女って、アルテシアだけだよね。そう聞いてたけど」
「そうだね。そうなんだけど、この玉を創ったのは、わたしの叔母だと思う。もう亡くなってるから、叔母の遺品ってことになるんだけど」
「遺品!? どうしてそれが、神秘部のあんなところにあったの?」
静かに話を聞いていたジニーだったが、思わず声が出たのだろう。なにしろその玉は、神秘部奥の棚に整然と並べられていたのだから。
「叔母の遺品は、魔法省に引き取られることになったのよ。だから、だと思う」
「ま、それはともかくとして。ネビル、まだ疑問はあるのかい?」
「あ、いいや、もうないっていうか。ただ、その魂を抜き取られたあとの分霊箱はどうなったのかなって思ったんだ。それに、ハリーたちが探してるはずのものがここにあるって知らせなくてもいいのかい?」
それは、もっともな疑問なのかもしれない。もっともすぎて、誰からも返事がないほどに。だけど。
「知らせるのは構わないと思うけど、その方法が問題じゃないかな」
「あー、そうだよね。フクロウを送ったりはできない、しちゃいけないよって、うちのばあちゃん言ってたからね」
そのフクロウがデス・イーターに捕獲される可能性、あるいは、尾行されハリーたちの居場所を見つけられてしまう可能性も否定できない。ネビルのばあちゃんは、そう言っているのだ。
「だけど、知らせないとハリーたちの旅はいつまでも終わらないってことにならないかな」
「そうだけどさ、ネビル。ポッターたちがこの虹色を探してるっていうんなら、そのうちどうせ、ホグワーツに戻って来ることになるんじゃないの。そのときに知らせるってことで大丈夫だと思うけど」
「そう、だよね。会ったときに伝えるしかないよね」
さて、それはどういうことになるのだろうか。いったい彼らは、分霊箱についてどれほどの情報を持っているのか。要は、ハリーたちの進捗状況にかかっているのだ。今の時点で、アルテシアにわかることは何もない。
あの玉を入れた箱のふたが閉じられ、話し合いは終わった。
※
担当科目によっての違いもあるが、ホグワーツの教授には、週に何度か受け持つ授業のない空き時間がある。そんなときは、職員室で次の授業への準備をしたり、あるいは休憩時間に充てるなどして過ごすことになる。
もちろんアルテシアも同じで、マクゴナガルの執務室で過ごしたり、あるいはロウェナ・レイブンクローが残した部屋を訪れたり。その時々で違うのだが、このときは、スネイプから譲られた研究室にいた。譲ったつもりなどない、とスネイプは言うかもしれないが、少なくとも自由に使ってよいと言ったのだけは間違いない。
アルテシアには、この研究室で創ってみたい薬がある。母であるマーニャの命を縮めた、あるいは奪った病の治療薬である。とはいえ、幼い頃のことでもあり、それがどのような病であったかの詳細についてはよくわかっていない。つまり、どのような薬を創ればいいかもよくわかっていないのだ。
(それは、そうなんだけど……)
どのような病気だったのかは、わからない。ならば、どのような病気にでも効果のある薬ができないか。目指すのは、そういったことになるのだろう。もっともそれは、様々なことが落ち着いてからの話だ。
壁面の棚に並べられた多くの素材を見つめながらそんなことを思っていると、ふいにドアが開けられた。
「ああ、やっぱりここにいたわね。ね、アルテシア。このノートなんだけど」
姿を見せたのは、ハッフルパフの7年生スーザン・ボーンズ。授業時間のはずだが、アルテシア同様に授業のない空き時間なのであろう。時間割によっては、学年が上になればなるほどに、そんな時間があったりもするのだ。
「スーザン、あなた、よくここにいるってわかったわね」
「ええ、もちろん、このノートのおかげなんだけど」
彼女が手にしているのは、黒い表紙のノート。もちろん、アルテシアが創ったモノであり、魔法を学びたいと望むスーザンに渡したものである。スーザンによれば、ノートで学んだ魔法により、学校内のアルテシアの居場所を知ることができたということになる。
「本当に役に立ったわ。でもね、アルテシア。これだけでは、あの双子にも追いつけたような気はしないんだけど」
「あー、うん。そうかもしれないけど」
それは、魔法を学んできた期間によるもの。その違いなんだよと、アルテシアは説明する。もっともそれは、ホグワーツで学んだ期間ということよりアルテシアのもとで学んだ期間のこと、ということにはなるのだろう。事実はさておくとして、スーザンとしては納得するしかなかった。
「でさ、一通り読み終えたって思うんだけど、これの続きとかってあるの?」
「続きっていうか、これは、読む人に合わせて必要な魔法が学べるようになってるの。だから、ずっと使えるはずだよ」
「ん? よくわかんないけど、ないのならしょうがないか。でもさ、ずっと読んでたから、ちょっと痛んじゃってさ。なんとかなるかな?」
たしかにスーザンは、そのノートを手にしてからずっと読んでいたのだろう。角が折れ曲がっていたり、ページをめくった跡がついていたり。スーザンがよく勉強をしている証拠のようなものだが、それは、たとえば図書館あたりのよく読まれる本にはありがちなこと。それを防ぐため、そしてなにより後の世代へと魔法書を残すため。クリミアーナの魔法書にはそのための保存処理がされているのだが、スーザンが持つ黒のノートにそのような機能はない。
「ごめんね、汚損や破損しないようにはできるんだけど、そのノートにはその処置がされてないの。ページが取れたり破れたりしないようにはしてあるんだけど」
「あぁ、そうなんだね」
その説明で納得してもらうしかないのだが、そんな話をしながら思い出したのは、ヘレナ・レイブンクローにより持ち去られたクリミアーナ家の魔法書。その一部分ということになるが、あの魔法書のその後についてだ。ヘレナに確認したところでは、誰にも見つからず、母ロウェナにも手の届かないような場所に、一緒に持ち出した髪飾りとともに隠したらしい。具体的には、アルバニアの森にある中が空洞の木のなかであったらしい。
「あの、スーザン。例えばだけど、そのノートを森の中に放りっぱなしにしておいて、そうね、1000年ぐらい経ったらどうなると思う?」
「どうなるって、1000年後にこのノートがどうなるかってこと?」
うなずくアルテシアに、スーザンは軽く首をかしげてみせた。だが1000年経ったらどうなるかなど、正確なところはわかるはずもない。つまりは、想像するしかない。
「どうなんだろ。森の中なら雨露なんかで朽ち果てるってことはあると思うんだけど」
「そう、だよね」
だけど、保存のための処置がされていたとしたら。バラバラになったり、部分的に失われたりしないような処置。例えば、アルテシアの黒いノートにはそんな対策がされている。仮にそうだったとしたら…… そこに、何かしらの残骸が残っている可能性はあるのだろうか。
考え込むアルテシアを前に、スーザンが首をかしげつつも、室内を見回してみる。魔法でみつけたアルテシアの居場所へと急いでやってきただけで、ここがどこかというのは、特に意識はしていなかったらしい。
「と、ところでさ、ここってスネイプの研究室だよね。なんで、こんなとこにいるの? あとで怒られたりしないの?」
「それは大丈夫、ちゃんと許可はもらってる。ここ、自由に使っていいってことになっているから」
「へえー、そうなんだ」
そんな、珍しいこともあるのか。スーザンは、そう思ったに違いない。それでも近くにある椅子に腰掛け、アルテシアへと話しかける。
「そういえば、魔法薬学の担当もしてたんだよね。まさか、防衛術より魔法薬学のほうがよかったとか思ってたりするの?」
「それは興味深い質問だ。吾輩にも、答えを聞かせてもらおうか」
ふいに響いたその声に、思わずスーザンが立ち上がる。だがその声の主は、その肩に軽く手を置き元通りに座らせる。そして、改めてアルテシアへと顔を向けた。
「スネイプ先生、たしか魔法薬学も続けてよいとおっしゃいましたよね。ありがたく使わせてもらいます」
「ああ、それで構わない。だが、どのような薬をつくろうというのだ? なにか考えはあるのか」
「先生は、わたしの母が病で亡くなったのはご存じでしたよね?」
「だが、どのような病であったのかわからぬとも聞いたぞ。その点はどうするつもりなのだ」
アルテシアが欲しい、創りたいと思っている薬。それは、母の命を奪った病への特効薬だ。だがスネイプの言うように、その病気の詳しい症状はわからない。アルテシアが幼い頃に亡くなっているため、症状などもよくわかっていないのだ。だから。
「夢物語かもしれませんけど、どんな病気にも効く、治してしまう、そんな薬ができないかなと」
「ああ、まさに夢物語だな。だがおまえが言うと、できそうな気がしてくるから不思議だ。そうは思わぬか、ミス・ボーンズ」
ふいに名前を呼ばれたスーザンが、あわてて立ち上がる。緊張でもしているのか、すぐには返事が返ってこない。だがスネイプのほうも、どうしても返事が欲しい、というわけではないらしい。すぐに視線をアルテシアへと戻す。
「で、その研究はどの程度進んでいるのだ。おまえの母の病を治すことはできそうか」
「まだ、全然です。これから考えていくことになりますけど、少しずつでも進めていくつもりです」
「そうか。だが、魔法薬の調剤は微妙な科学と、繊細かつ緻密なる魔力の融合、厳密なる芸術なのだ。名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ抗おうとする……」
「それ、スネイプ先生が最初の授業でおっしゃられたことですよね」
「そう、か。それはともかく、さしあたっては魔法界を落ち着かせねばなるまいて。さもなくば、このようなくだらないコトで時間をとられることとなる」
スッと差し出された書類。アルテシアが、それを手に取る。そのときスーザンは、自分が注目されていないことをよいことに、少しずつ出口へと歩を進めていた。逃げだそう、ということらしい。
「マグル生まれ登録委員会からの召喚状、だな。長らく受け取りを拒否していたのだが、ついにというか、本日、当校へと届けられたのだ。法廷の場でおまえに対する疑惑を検証せねばならぬと書かれている」
「疑惑、ですか」
いったい何の? そんなことを思うアルテシアだが、構わずにスネイプが話を続けていく。
「仮に処罰されるとなった場合だが、どうするつもりだ」
「え? ええと、どうするとは」
「この場合、魔法省による正式な処罰となる訳だ。となれば、おまえに拒否するのは難しかろう、そうではないか」
ガタンと音がした。すぐさまスネイプが、アルテシアが、音のした方へと目を向ける。そこには、どこにつまずいたのか、床に膝をついたスーザンがいた。こっそり抜け出そうとして、ようやくドアへとたどり着いたところ、なのだろう。互いの目が合う。
「スーザン、大丈夫?」
「あ、あの…… 失礼しました」
そのスーザンがすぐに立ち上がり、ぺこりと頭を下げてドアから出て行く。この場の雰囲気を嫌ってのことなのだろう。スネイプが苦笑いを浮かべる。
「ミス・ボーンズか。意外とそそっかしい面もあるようだが、おまえの友人のなかへと加わったのはなによりだったと思うぞ」
「スネイプ先生、それって、どういうことでしょうか」
「そんなことより、マクゴナガル先生と相談するのを忘れないことだ。ただし、それは明日にしてもらいたい。よいな」
明日、とはどういうことだろう。まだ午後になったばかりだ。時間は十分にあるはずなのに。怪訝な表情となるアルテシアに、スネイプの口角がわずかに上がる。
「ふっ、さすがに今日は忙しいだろうと思ってな。今日は、寮監4人との会議が入っている。その召喚状への対策会議だ」
だから今日は遠慮してほしいと、つまりは、そういうことになる。スネイプの言うことにアルテシアがうなずいた、ちょうどその頃。ホグズミードの通りを、ティアラと並んで歩くソフィアの姿があった。まだ授業時間ではあるのだが、ティアラからの緊急の連絡を受けて、ということである。
いよいよ、特別授業が始まりました。スネイプの思いつき、ということになっていますが、アルテシアとしても、学び舎を自分たちの手で守るということ、そのためのいい方法だとして、力を入れていくことになります。ダンブルドアから手出し無用と言われていることもあり、ちょうどよかったんでしょうね。
次回は、第129話「査問会」、11月28日の投稿予定です。マグル生まれ登録委員会での査問会、その様子がメインとなります。なお、活動報告にも書きましたとおり、次回より毎週木曜日の週1回投稿、という形にさせていただきます。すみませんが、よろしくお願いします。