ホグズミードの通りを、ソフィアとティアラとが並んで歩いていた。まだ夕方には少し早いといった時間であり、商店などには客の姿がある。人通りもそれなりにあるのだが、普段と比べて多いのか少ないのか。はたしてこれが、いつもの姿なのかどうか。
「あんたにはどう見えるのかわかんないけど、ずいぶんと少なくなってる、というのが本当のところだと思うんだよね」
「しかもこの中には、例のあの人の部下で、その指示を受けてるのが何人かいるんですよね」
「そ。可能性の話だけど、いるはずだよ。もしポッターたち3人を見つければお手柄、あの人が喜ぶでしょうからね」
そんなことを話しながら、通りを歩いて行く。つまりは、ハリーたちがホグズミードへ姿を現すだろうと予想し、それを監視している者たちがいるだろうということだ。だがすれ違う人などは、どこにでもいそうな魔法使いや魔女たちばかり。一見してデス・イーターだとわかるような人はいなかった。
「それらしい人、いないようですけど」
「そりゃ、簡単に見破られないようにはしてるでしょ。でも、混じっているのは間違いないわね」
「なるほど。ご苦労さまってとこですね」
「それはさておくとして、そのうち監視対象にあたしたちも含まれたりするかもしれないよ」
どういうことか。そんなソフィアの問いかけに、ティアラは足を止めた。話は長くなるという。
「立ち話もなんだし、ここで話そうか」
そこは、ちょうど三本の箒の前だった。ソフィアがうなずき、2人は店の中へと入っていく。そしてバタービールを注文し、店内の奥のテーブル席に腰を落ち着ける。平日の昼間ということを考慮しても、客の数は少なめといったところか。
「それで、どういう話なんですか」
「今から話すけど、これは、クローデル家からルミアーナ家への正式な提案ってことになる。そのつもりで聞いて欲しい」
「そうですか。では、ちょっと待ってくださいね。一応、内緒話だということで」
言いながら、ソフィアが2人の周りに話し声が聞こえないようにするための魔法をかける。盗聴防止というか、完全なる秘密ということにするため。
「あれ? ずいぶんと慎重だね」
「そりゃ、そうですよ。なんだか、ルミアーナ家にとっては重い話になりそうな気がしますからね」
「いや、そんな大げさに考えてほしくはないんだけど、とりあえず話を進めさせてもらうと、魔法省にはマグル生まれ登録委員会ってのが設置されてる。知ってるよね?」
「知ってます」
「おそらく今日あたり、そこから査問会への召喚状がホグワーツに届く」
ティアラによれば、その召喚状はもっと早くに届けられるはずだったという。だが、アルテシアが教授職にあることを理由としてホグワーツ側は受け取りを拒否、最終的には学校が休暇を迎えるまで待つという話でまとまっていたらしい。
「だけど、登録委員会の委員長ってのがろくでもないヤツでさ。当然、約束なんて守るはずがない」
「知ってますよ。正直、関わりたくない相手、なんですけどね」
「否定はしない。というかまったく同感だけど、今、こいつのバックには魔法省がある。今回ばかりは関わるしかないんだ」
その結果、どういうことになるのか。ティアラの話の主要部分はソコにある。すなわち今回の査問会によって、マグル生まれ登録委員会からアルテシアに対し何かしらの処分がなされる可能性が高いというのだ。
「処分なしってことなら、この話はそこで終わりにしてもいいんだけど、そんなことはあり得ないと思うんだ」
「でしょうね、あの人のことですから」
「問題なのは、どんな処分だろうと受け入れてしまうんじゃないか。そっちのほうなんだけどね」
それが魔法省の名においてなされた決定である限り、アルテシアが従う可能性は高い。だからこそ、具体的な決定がなされる前にツブしてしまいたいのだと主張するティアラに、ソフィアは軽くうなずいてみせた。
「わかりました、それを手伝えってことですよね。ウチの家でも、同じような話は出てますからね。協力しますよ」
「いや、違うよ。そういうことじゃない」
何もしなくていい。手出しは無用でお願いしたい、とティアラは言うのである。アルテシアに対しても、何も言ってくれるなと。だがソフィアには、その言葉を素直に聞くことができない。その言葉の裏にある、何か。それを感じるからだ。たとえそれが勘違いだとしても、今回の件は、何もせずに見ているだけということで済ませられるはずがない。
「ティアラさん、何を考えてるんですか」
「さあね。ただ、数百年前の騒動のような、そんな結果にだけはなりたくないとは思ってる」
その騒動の詳細など、ティアラとて承知しているわけではない。結果としてクリミアーナがバラバラとなってしまったこと、そこには実家であるクローデル家が強く関与していたこと、その程度がせいぜいである。それは、ソフィアにしても同じようなものだろう。
「でも今回は、そんな心配いらないと思いますよ」
「かもしれないね。けど、そうじゃないかもしれない。物事に絶対はないんだ、なんて言うじゃないか」
そんな万が一のときのためだと、ティアラは苦笑する。それはつまり、どういうことなのか。つかの間、そのことに思いをはせるソフィアだが、それはほんのわずかの時間でしかなかった。
「なるほど、つまりは今回、放り出されるのはティアラさんのクローデル家だけでいいと、そういうことなんですね」
「その言い方、なんだかイラッとくるな。けどまあ、その通りさ。最悪でも、そこまでで終わらせたい」
「でも、ティアラさん。ルミアーナ家がそれを受け入れないとしたら…… どうします?」
まさか、そのことを考えていなかったのか。いつもより大きく見開かれたティアラの目に、ソフィアが軽く微笑んだ。
「冗談ですよ。昔には戻れない、戻りたくない、そういうことですよね。その気持ち、わかります」
ティアラとしては、アルテシアの処分が決められる前に委員会そのものをつぶすくらいの覚悟をしているし、そのための準備もしている。だからすべてが上手くいく。そのはずであり、それで間違いないのだが、問題が1つある。それをアルテシアが受け入れるのかどうかだ。受け入れ拒否となった場合はそれまで、である。ティアラの不安は、まさにその点にあるのだ。
「わかりました、ティアラさん。その申し出、受け入れてもいいですよ」
「そう言ってくれると思ってた。助かるよ、ありがとう」
「いいえ、お礼を言うのはこっちのほう、かも知れませんからね」
どういう意味を込めての言葉なのか。それぞれに思いはあるだろう。互いに目を見合わせ、笑みを浮かべると、バタービールを飲み干して席を立った。
※
「まったく。この後に及んで待たせるとは…… どういうつもりでいるのやら」
マグル生まれ登録委員会からの、再三の呼び出しに応じるほかなかったホグワーツ。その代表としてアルテシアとともにやってきたマクゴナガルだが、いきなりいらだちのこもった声を発することとなっていた。というのも、すでに指定された午前11時という時刻を過ぎてしまっているからだ。それでもなお、この部屋で待機させられているのである。
「私はね、待つのがイヤだと言っているのではありません。こうしている間にも、自分たちだけで審議を進め、いわゆる欠席裁判のようなマネを……」
ふいに言葉が途切れたのは、その姿を見てしまったからだろう。いらだつマクゴナガルの前で、ゆったりと紅茶を飲むその姿。なにしろ、相手はドローレス・アンブリッジだ。どのような手を使ってくるのか知れたものではない。なのにアルテシアの、この落ち着いた様子はどういうことだろう。そんな疑問が、マクゴナガルの不安要素を吹き飛ばしたような、そんな格好。
「落ち着きましょうよ、先生。そうなったらなったで、それでいいとわたしは思っています。今日のところは成り行きに任せるつもりでいるんです」
「なにも反論はしないと、そういうことですか」
「そうです。いずれにしろ、今回の選択肢は3つしかありません。それってたぶん変わらないと思うんです」
査問会の場で必死に事実を訴えてみたところで、処分されるのは変わらない。ならばあとは、その決定を受け入れるか、拒否するか、あるいは無視するのか。選べるのは、その3つしかないのだ。少なくともアルテシアは、そう思っている。
「まあ、そうなのですけどね。なるほど、こうして2人だけの時間が取れたと考えたなら、あながち悪いことではないのかもしれません」
ようやく落ち着いたらしいマクゴナガルが、紅茶へと手を伸ばし、ゆっくりとした動作で1口飲む。
「そうそう、1つ聞いておきましょう。ドローレス・アンブリッジ、この名前に覚えはありますか?」
「え? ドローレス・アンブリッジ、ですか」
「ええ、そんな名前の人物が、あなたの記憶の中にありますか?」
紅茶のカップを戻しながら、アルテシアは考える。頭の中の記憶をたどっていく。
「あなたが5年生のとき、防衛術の教授だった人物です。あぁ、ムリに思い出す必要などありませんよ。その価値すらもない相手です」
「防衛術の教授、だったのですか」
「ええ。今は魔法省上級事務次官であり、マグル生まれ登録委員会の委員長。今日の査問会であなたを罪に問おうとしている人物です」
なおも記憶をたどろうとするアルテシアだが、どうやらアンブリッジのことは思い出せないようだ。軽く、頭を振る。
「覚えていません」
「それでいいのです。彼女は、クリミアーナにとって何の益にもなりませんからね。むしろ害でしかない」
ばっさりと切り捨てるマクゴナガルに、アルテシアは苦笑い。だがもう、思い出そうとするのは止めたようだ。このあと、どうせ顔を合わせることになるのだ。思い出せるものならそのとき思い出すだろうと、そんなところで納得したらしい。
「思うにクリミアーナは、そうして無用のものは切り捨ててきたのでしょうね。そうでもしなければ、必要なもの、大切なもの全てを覚えてなどいられません。長大な歴史のなかで積み上げられてきたモノは、それこそ膨大な量となるはずですからね」
「どういうこと、でしょうか」
「魔法書ですよ、アルテシア。あれは、その書を創った人物の、その全て。それが次世代の、それを学んだ者へと受け継がれていくモノ、だったはずですよ」
そのあたりの理屈は、もちろんアルテシアも承知していることだ。1冊の魔法書は、その時代を生きた魔女そのもの。その全てを詰め込んで創られる。であれば……
マクゴナガルが言うのは、伝えるに値しない不要なモノの扱いについての話である。すなわち、膨大なる情報の伝達の中にあっての取捨選択の問題である。それらのモノは魔法書に記載しなければいい、そうすれば次世代には伝わらないことになる。
「つまりは、忘れてしまえばいいのです。そうすれば、魔法書のなかには残らない。記憶にないモノは残らない。そういうことになるのですが」
不意に言葉を切ったマクゴナガルを、改めてアルテシアが見つめる。つかの間、2人は見つめ合う形となる。そして。
「仮初めにもあなたのことを忘れるなどできなかったのでしょうね。幼い頃のあなたに関する記憶の、おそらくはその全てが残されています」
マクゴナガルが学んだ、クリミアーナの魔法書。その魔法書を遺したのは、アルテシアの母マーニャである。その魔法書を、マクゴナガルはおよそ7年近くの間、学び続けている。そうなることをマーニャが想定していたのかどうかはともかく、ようやくにしてマクゴナガルは、マーニャの思いを知ることとなっていた。
「ずっと考えていましたよ。なぜ、生まれたばかりのあなたをわたしに会わせたのか。何をしたかったのか」
「マクゴナガル先生」
「まあ今はね、それはおいておくとして。マグル生まれ登録委員会は、何かしらあなたに対する処分を決定するでしょう。それを拒否してクリミアーナに帰るのか、あるいは無視してホグワーツにとどまるのか」
マクゴナガルの中にある選択肢は3つではなく2つであるらしい。そのどちらを選ぶにせよ、登録委員会側には何らの出だしもできないし、させるつもりはないと言うのである。
「ホグワーツ教授陣のなかでも話し合いの場が持たれましたが、あなたのことは全力で守ります。これは、全員一致の結論です」
「魔法省が処分すると決定しても、ですか?」
もちろん、という言葉こそ出なかったものの、マクゴナガルは大きくうなずいてみせた。
※
「では、始めましょうか。予定が詰まってますからね。面倒なことは、とっとと終わらせましょう」
指定された時刻から遅れること、おおよそ30分。ようやくアルテシアとマクゴナガルが法廷へと通され、アルテシアの罪、その有無を問う査問会の開会が宣言された。アルテシアは指定された席に座ったが、付き添いであるマクゴナガルの席は用意されておらず、その後ろに立った。魔法省上級事務次官でありマグル生まれ登録委員会の委員長ドローレス・アンブリッジは、その様子に満足そうな笑みを浮かべつつ、手元にある書類へと目を向けた。
「さてと、名前はアルテシア・クリミアーナ。現在はホグワーツの教授…… 教授になるとはねぇ。誰をどうやってだましたのかしら」
「お待ちを。だました、などとは聞き捨てなりませんね。発言の取り消しと謝罪を求めます」
即座に抗議の声をあげたのはマクゴナガル。だがアンブリッジは、そんな声など聞こえなかったかのように議事を進めていく。成り行きに任せるとしていたアルテシアは、軽く息を吐いただけ。
「調査の結果、少なくともホグワーツ入学時点において、魔法が使えなかったことが判明しています。なのに、おかしいですね。今では当たり前のように魔法を使っている。これはどういう訳なのか、教えていただける?」
そう問われ、アンブリッジへと目を向けるアルテシア。そうなれば当然にして目が合うことになるのだが、なぜかアンブリッジは、慌てたようにその視線から目をそらした。
「な、なんですか、その目は。おかしなマネは慎むことですよ。魔法省上級事務次官である私に手を出せば、どうなるか。魔法省への反逆行為として、厳重な処罰を」
「いいえ、別にそのようなことは。たしかにわたし、入学時点では魔法は使えませんでしたけど」
「ほーら、みなさい。認めたわね。つまりあなたは、ホグワーツ入学後に他人の魔法力を奪ったのです。記録係、いまのをちゃんと記録していますね?」
「お待ちください。アルテシアは、魔法力を奪ったなどとは言っておりません。記録係の方、そうですよね? 議事録を確認してください」
マクゴナガルである。アルテシアも同じように反論の声を上げ、いくつもの目が記録係へと集中したのだが、アンブリッジはそれを無視するかのように、話を進めていく。
「ところで杖ですが、申告によれば、ヒイラギの木24センチとなっていますね」
だがそこに、芯材についての報告がないのはどういうわけか、おかしいではないかとアンブリッジがたたみかけてくる。
「要するに、他人から奪った杖であるがため芯材についてはわからないということね。これも、魔法の力を奪ったという証拠になります」
「違います。わたしの杖はわたしのモノです。ちゃんと、オリバンダーさんのお店で買いました」
「オリバンダーから、ね。ムダですよ、魔法省は、そんなことでごまかされたりはしません」
なぜなら、とアンブリッジは得意げにまくしたてる。曰く、オリバンダーはしばらく前から所在不明となっており、店はずっと閉まっているのだという。
オリバンダーが、自分が売った杖のことをすべて覚えているというのはよく知られた話。だからこそ、オリバンダーに確認すれば杖に関する疑惑ははっきりすることになる。だがそのオリバンダーが所在不明となれば、この件は先送りとするしかない。それを狙っているのだろうというのが、アンブリッジの見立てである。
「つまらない時間稼ぎだこと、くだらないわね」
「待ってください、オリバンダーさんの所在が不明ってどういうことですか」
「さあね、知るもんですか。旅行に出たか、病気にでもなったか。おおかた、廃業でもすることにしたのでしょう。そんなことより、ご自分の心配をなさったほうがよろしいわよ。証拠は十分ですからね。厳しい処分がされることになります」
「そう、その通り。証拠は十分に集まりました。ご自分の心配をなさったほうがよろしいですよ」
突如、法廷に響いた声。当然、一斉に視線が動くことになるが、出入り口が開いた様子もないのに、なぜかそこに女性が1人立っていた。
「な、な、なんですか、あなた。今は重要な査問会のさなかですよ」
「失礼、こちらも緊急な用件ですのでね。重要な連絡があるのです」
その手には、複数枚の書類が挟まれたクリップボードがある。それを示しながら、その女性は、アルテシアに向かって軽く頭を下げた。
「少し、お時間いただきますね」
軽やかに歩いてきたその女性は、アルテシアとアンブリッジとを結ぶ線の、その中間あたりで立ち止まる。その人物を、アルテシアはもちろん知っていた。ティアラである。
※
「さあ、どういうことか説明してもらいましょうか。場合によっては、相応の責任をとってもらわねばなりませんよ。よろしいわね」
「なにやらお怒りのご様子ですけど、おかしいですね。てっきり、感謝されると思っていたのですけれど」
「感謝? はっ、何をバカなことを」
ティアラの表情には、ほとんど変化はない。軽く微笑んだまま、アンブリッジを見つめている。そのアンブリッジは、みるからにイラついている様子。
「このようなムダな、意味のない尋問に時間をとっている場合ではない。わたしの言いたいのはその点なのですけど」
「は? あなた、何を言ってるのかしら」
「ともあれ、他の階にはすでに連絡が終わっているのです。どなた様もこれからのことについて考えさまざま行動を開始されたようで、ちょっとした騒動になっているといった感じですね」
「なんですって、それはどういうこと?」
「どういうことかは、後でゆっくりとお考えください。それよりこの査問会では、他人から魔力を奪うことによって魔女となったとか、そんな理屈で罰しようとしているそうですが、本気でそんなことをお考えですか」
「それが事実ですからね。そんなことより、連絡とはなんです? 早く、おっしゃい」
ますますイラついてきたようだ。ティアラのほうは、相変わらずの微笑みを浮かべたままである。
「その前に、疑問にお答えください。いったいどこの誰から魔力を奪ったのでしょうか。どのようすれば、他人から魔力を奪うことができるのですか。そんなことで、魔女となることなどできるのでしょうか」
「おだまりなさい、そんなことはどうでもよろしい」
「なんです? どうでもよい? ふっ、もしかしてあなたは、被害者などどこにも存在しないのに加害者のみをでっちあげ、処罰しようとしてきたのではないですか。だとすれば、見過ごすことはできませんね。そんなこと許されていいはずがない。いいから、聞きなさい」
なにか言おうとしたアンブリッジを視線と言葉とで制すると、ティアラは、ローブの袂から杖を取り出した。それは今日、アルテシアが魔法省を訪れたとき魔法省側に預けることを強要されたもの。すなわち、アルテシアの杖である。それを、ティアラが引き取ってきていた。
「さきほどあなたは、この杖を他人から奪ったものだとして、魔法の力を奪った証拠だと断じた。でも、本当にそうでしょうか」
「な、何が言いたいのかしら。あの女が、魔法が使えなかったのは事実なのよ。であれば、つまりこの女は、どこかの魔女から杖を奪ったことになるのです」
「なるほど。あなたの言う理屈では、例えばこの杖をマグルが手にするだけで、そのマグルは魔女となるのだと。はっ、まさかね。そんな訳ないでしょ、バカバカしい。すなわちこの件は、理不尽な言いがかり。そう判断するのになんら不都合はない。よってこの尋問は、これ以上続ける意味などない。ですよね? これで終わりとしませんか」
言いながらティアラは、その杖をアルテシアに渡す。もちろんアンブリッジが、それを見逃すはずはない。
「あなた、いったい何を」
「本日12時をもって魔法大臣が辞任されることが発表されました。ああ、後任についてはすでに決定していますので、ご心配なく」
「な、なんですって」
声を上げたのはアンブリッジだが、驚いたのはアルテシアやマクゴナガルも同じである。だがティアラはアンブリッジのほうはまったく無視し、アルテシアにささやきかける。
「この件については、後で説明します。だから、もう少しだけ時間をくださいね。とにかく、このくだらない査問会とやらを終わらせます」
「わかった、ティアラ」
アルテシアが言ったのは、その一言。マクゴナガルもまた、ゆっくりとうなずいただけである。ティアラは、改めてアンブリッジへと顔を向けた。
「大臣交代に伴い、魔法省の組織が改編され新体制となります。私は大臣付の秘書官となりますが、あなたには、さてさて、何か適当な役職があればいいんですけれど」
「お、お黙りなさい。組織の改変ですって。そんなこと、あるはずがないでしょう」
「そんなときに、こんな査問会をやっている場合でしょうか。でっちあげの罪を唱え、無実の者を罪に陥れようとする。そんな暇な時間はないと思いますよ。もう止めにしませんか」
アンブリッジの表情を見るに、相当な迷いがうかがえる。ティアラの言うことが本当なのかどうか、疑っているのだ。もし本当なら、すぐにも新しい魔法大臣に取り入り、今の地位を守る、あるいは何らかの新しい役職を得るために奔走する必要がある。ここでの出遅れは、遅れるほどに不利となる可能性大。こんなことをしている場合ではない、ということになる。
「で、ですけどね、あなた。そこの女は、純血ではないのよ。汚れたマグルの血が」
「おやおや、ここで純血主義を持ち出すのですか。それより、罪があるのかどうか。問題はそこなのですが、どうします?」
「ど、ど、どうすると言われても」
「もう、止めませんか。さっきも言いましたが、でっちあげの罪を裁いている場合じゃないと思うんですけどね」
ティアラとアンブリッジ。どのような思いを込めてのものなのか、互いに視線をぶつけ合うことになる。やがてのこと、いかにも悔しそうな表情のままアンブリッジが席を立ち、出口に向けて去って行くことになるのだ。
※
魔法省内にある自分用の執務室へと、その足を速めていくティアラ。もちろん、ゆっくりと歩いてなどいられない。執務室にアルテシアを待たせているからだ。それでも走り出したりはしないのは、さすがに魔法省内では、そういった真似はしないほうがいいと思うから。
(転移の魔法で執務室に飛んでもいいんだけどね)
そうすれば簡単なのだし、仮に廊下を走ったとしてもなんらの支障があるわけではない。だがティアラは、歩くことを選択した。歩きながら、これからのことを考える。
言うまでもなくティアラは、クローデル家の総領娘である。立場としてはクリミアーナ家におけるアルテシアと同じということになるが、違う点が一つある。
(納得してもらえるといいんだけど)
魔法省内において、さまざま画策してきたティアラ。だが、思った通りに進めることができるのはここまでだ。これから先は、アルテシアの許しが必要になる。アルテシアの了承がない限り、ティアラは身動きが取れなくなる。ダメだと言われれば、そこで終わりなのだ。マクゴナガルはともかくアルテシアには、なんとしても今回のことを承知してもらわねばならない。
もちろんそれは、ティアラがそう思ってしまうというだけのことでしかない。許可などなくとも勝手に進めてしまえばいいようなものだが、アルテシアの許可、その有無がティアラの動きを縛ることにつながるのだ。無意識のことだろうが、この点だけが唯一、クリミアーナ家とは違うのである。
(いい機会ですから、アンブリッジは完全に失脚させます。逃げ道を残すつもりはありません)
アンブリッジがどのような人物なのか。アルテシアとどんな関わりがあったのか。それら全てを、ティアラは把握している。だからこそ、ここでアルテシアの前から消してしまう必要があるのだ。アルテシアの記憶の中に、改めて登場させる必要などない。
ティアラは、アンブリッジに対する罪を問う査問会を計画していた。なにしろ、処罰するための材料は豊富にあるのだ。考え得る限り逃げ道もふさいでいるのだから、彼女の失脚は火を見るより明らか。
(そんなことよりも)
アルテシアをどう納得させるか。そっちのほうが重要である。だが正直、ティアラには何らかの策があるわけではない。ありのままを、その全てを伝えることになるだろう。そこに、ウソやごまかしなどは必要ない。結果、アルテシアの納得が得られなかったとしても、そのときはそのとき。数年か数十年、あるいは数百年。先祖がそうであったように、この先に訪れるであろう機会を待つことになるだけ。それだけのことである。
※
「なるほど。つまりは今回、そうするしかなかった、だからそうした、ということなのですね」
魔法省で働くようになってから以後のこと、自分がやってきたことや状況。それらの説明が終わったところでかけられたのが、この言葉。だが声の主は、アルテシアではなくマクゴナガルだった。
「査問会を問題なく終えることができたのはなによりでした。感謝していますよ」
「いえ、そんなことは」
正直、マクゴナガルからのねぎらいの言葉はありがたい。だが今、ティアラが欲しいのはアルテシアの言葉だ。今後のことは、否応なく、その言葉にかかってくる。じっとアルテシアの顔を見る。なにを考えているのか表情のないその顔が、ふっと緩み、軽く微笑んだ。
「ありがとう、ティアラ。いろいろと頑張ってくれてたんだね」
お礼の言葉は嬉しいが、聞きたいのはそのことではない。望んだ言葉ではなかったということなのか、ティアラはただ、何も言わずにアルテシアを見つめる。息を詰めているようなその様子に、アルテシアの表情に笑みが増していく。
「ねぇ、ティアラ。わたしが魔法省の大臣になるってことだけど」
その理由については、すでにティアラは説明していた。それを、改めてもう一度ということなのだろう。でも、なぜ? ティアラは考える。拒否された、ということではない。まだ、その言葉はでていない。ならば、可能性はあるのだろうか。
改めて、アルテシアをみる。その表情から笑みが失われていないことを確認し、ティアラは軽く息を吐く。そして、もう一度説明を始めるのだった。
都合によりまして、今回より木曜日の投稿となりました。すみませんが、よろしくお願いします。
マグル生まれ登録委員会はさておくとして、ティアラの画策によって、アルテシアが大臣になることになりました。それが、ティアラのクローデル家の方針で、ソフィアのルミアーナ家も、とりあえず容認することになりました。
あとは、アルテシアがそれを受け入れるのかどうか。
次回は、第130話「ある夜の出来事」。スネイプ先生苦難の日、といったところでしょうか。
よければ、続きも読んでやってください。