ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第130話 「ある夜の出来事」

 魔法省でティアラから一通りの説明を受けた後、アルテシアはホグワーツへと戻ってきていた。マクゴナガルも一緒である。

 

「さて、アルテシア。これから先のことについては、あらかじめ相談しておいたほうがいいでしょう。わたしの部屋へ行きますよ」

「ええと、もちろんですけど、少し時間もらったほうがいいかもしれません」

 

 そう言いつつ、アルテシアが目を向けた先。そこには、ちょうど大階段を降りてくるスネイプの姿があった。その少し後ろにはドラコがいてなにやら話をしながらであったが、玄関を入ってきたアルテシアたちに気がついたらしい。そのまま階段を降りると、ゆっくりと近づいてくる。

 

「なるほど、どのみち今日のことは報告せねばなりませんからね。こちらを先に済ませましょうか」

「すみません、先生」

 

 そんな話をしているうちに、スネイプがアルテシアのすぐ前までやってきて立ち止まる。その目が、じっとアルテシアをみる。そのときには、ドラコの姿は見えなくなっていた。

 

「ふむ、その顔から察するに、査問会の方は何事もなく終わったようだな。なによりだ」

 

 そして、その視線がマクゴナガルへと向かう。マクゴナガルが、その視線に応えるかのように、ふっと笑みを見せる。

 

「今後のことは、これからわたしと話し合って決めますが、ともあれ、アルテシアの話を聞いてやってもらえませんか。報告すべきことがいくつかあるのですよ」

「そうですか。しかし、査問会を無事に終えたのなら、それでいいのでは。違うのですかな?」

 

 アルテシアの表情などからそう判断したものの、さすがのスネイプもマクゴナガルの言葉には戸惑いを感じざるを得ない。だがもちろん、その疑念はすぐに打ち消されることになる。

 

「違いませんよ、スネイプ校長。どこぞの登録委員会のろくでなし委員長は失脚することになりました。アルテシアへの処罰どころではないでしょう」

「ほう、それはなにより。ですが、よくそこまで追い詰めることができましたな」

「そんなことより、今後が大事なのです。どうやらお出かけのご様子ですが、話を聞いてやってくださいな」

 

 軽く微笑み、わずかに頭を下げてからマクゴナガルが歩き出す。だがアルテシアは、その後をついていかなかった。スネイプの横で、その姿を見送るだけ。そのアルテシアを、スネイプがにらんでくる。

 

「話、というのは長くかかるのか」

「お出かけなのですよね。戻られてからでもいいので、時間とってほしいです」

「ふむ…… まあ、よかろう。来なさい」

 

 それほど長い時間ではなかった。スネイプが考えていたのは、それくらいの時間。歩き出したのは、この場で立ち話という訳にもいかないから。アルテシアを引き連れスネイプが向かったのは、地下の研究室。もともとはスネイプの研究室だが、アルテシアに自由に使ってよいと使用許可を出した部屋である。

 

「ここならば、盗み聞きされる心配はない。この部屋を訪れる者など誰もいないから、落ち着いて話せるだろう」

「はい、そうですね」

 

 スネイプから使用許可が出た後、アルテシアがしたことは、お茶の用意だ。ここでゆっくりとお茶が飲めるだけの準備はしてある。なのでその用意をしようとしたのだが、スネイプがそれを止めた。

 

「あまり時間をかけたくないのだ、そこに座れ。確認するぞ、おまえは何らの処分も受けなかった、それで間違いないのだな」

「はい。それと、向こうの委員長には追求できそうな不正がいくつもあるようで、その罪を問うために拘束されました。当然、マグル生まれ登録委員会は取りつぶしとなるようです」

「ならば、何も問題はない。で、吾輩に話というのはなんだ」

 

 本当ならここで、紅茶でも一口飲んでから話を始めたいところ。だがスネイプに断られ、その用意はしていない。なのでアルテシアは、少し大きめに息を吸い込み、ゆっくりと吐きだす。

 

「実は、査問会が開かれている間に、魔法大臣が辞任されたんです。その後任には、わたしが指名されました」

「な、んだと」

 

 さすがのスネイプも、このときばかりは紅茶でも飲んで一息入れたいと、そう思ったかもしれない。めずらしく、そんな驚きの表情がみてとれた。

 

「パイアス・シックネスが、辞任したと言ったか? なぜだ? おまえが後任だと? どういうことだ?」

 

 だがアルテシアは、ゆっくりと首を振る。辞任した理由までは聞いていないのだ。

 

「あやつは、ヤックスリーに服従の呪文をかけられていたはずだ。だとすれば、辞任は帝王のお考えか。いや、しかし。まさか、帝王が……」

 

 ぶつぶつと聞こえるのは、アルテシアに話しかけているわけではないようだ。独り言なのだろう。そんなスネイプを見ながら、アルテシアはもう一度深呼吸。そして。

 

「スネイプ先生、わたしが魔法大臣になることについてどう思われますか?」

 

 その問いかけに、スネイプは応えない。相変わらず何事か呟きながら、考えこんでいる。ため息をついたアルテシアは、さらに問いかける。その何度目かに、ようやく。

 

「あ? なんだ。なにか言ったか」

「言いました。わたしが魔法大臣になることについてどう思うか、と」

「……なぜ、そんなことになっているのだ。なぜおまえが、大臣に…… どういうことか、わかるか」

 

 質問に、質問で返す。あまりよいこととは思われなかったが、スネイプとしてはそうするしかなかったのだろう。アルテシアは苦笑するしかなかった。

 

「その質問、わたしも魔法省でしました。その答えというか、理由は3つあるそうです」

「3つ、とは?」

「一つめは、わたしには服従の呪文をかけることができないこと。なので、乗っ取られる心配がないからと。二つめは」

「待て、おまえに服従の呪文がかからないという話は聞いたことがある。いい機会だから聞いておきたい」

 

 それはおそらく、アルテシアが4年生の時のこと。防衛術の教授アラスター・ムーディーになりすましていたデス・イーターのバーテミウス・クラウチ・ジュニアが、授業中の課題として生徒たちに服従の呪文をかけたことがある。スネイプが言うのは、そのときのことだろうと思い、アルテシアは、軽くうなずいた。

 

「着ていたローブのおかげですよ。いろいろな保護魔法がかかっていますから」

「保護魔法とやらの効果で服従の呪文が効かないというのだな。まさか、それは…… いや、いい。時間がないのだ、話を進めろ。理由の二つ目はなんだ」

 

 そのとき感じた、若干の違和感。まだ、言いたいことがあったはずなのだ。なのに、途中で止めたのはなぜか。スネイプにしてはめずらしいことだが、出かけるところだったのは間違いない。時間がないというのも本当なのだろう。そう、アルテシアは自分を納得させる。

 

「わたしなら、魔法省を立て直すことができる。そして三つめ、それは間違いなくクリミアーナの為になる」

「もっともな理由だとは思うが、あやつは闇の帝王の手駒だぞ。そのパイアス・シックネスが、なぜおまえを後任にと指名するのだ」

 

 スネイプの中ではいろんな疑問が渦巻いているのだろう。だがすぐに無表情でそれを覆い隠すと、新たに質問を重ねることでそれを上書きする。

 

「後任になるとして、学校はどうするのだ。掛け持ちするにせよ、そんな簡単な話ではあるまい」

「もちろん、簡単だとは思っていません。でも、協力してくれる人はいるんです」

「ほう、誰だ、それは」

「クリミアーナの家は、パルマさんが留守番をしてくれていますから大丈夫。魔法省のほうは、秘書官としてサポートしてくれる人がいて、心配いらないと言われています」

 

 だが、だからといって2つの立場、いやアルテシアの場合は3つということになるのだが、その掛け持ちはたとえ協力者がいても容易なことではない。そう繰り返すスネイプに、アルテシアは苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「スネイプ先生は反対なのですね」

「そうではない。わざわざ苦労を買う必要があるのかと、そう言ってるだけだ」

「……ですね、そうなのかも知れません。でも、こんなこともできるんですよ、先生。来てください」

 

 そう言って立ち上がると、部屋の奥側のドアの前に立つ。スネイプも、その後に続く。アルテシアは、そのドアの四隅に素早く指を向けた後でドアに触れた。そして、ドアを開ける。

 奥の方にはベッドが見えた。机と椅子もある。小さなタンスや、ぎっしりと本が詰まった本棚など。手前側にはテーブルが置かれ、ソファーも二脚ある。

 

「これは…… おまえの仕業か」

「クリミアーナのわたしの部屋、なんですけど。あの、先生、ドア閉めますよ」

 

 そこは、クリミアーナ家のアルテシアの部屋だった。その部屋の中をきょろきょろと見回すスネイプに、さすがに気恥ずかしさを覚えたのか、そう声をかけてドアを閉めた。そして、改めてドアに触れてからもう一度開ける。

 

「今度は、ホグワーツでのわたしの執務室です。こうやってドアの先をいろいろと変えることができるんです」

「魔法省の大臣室にもつながる、ということか」

「そうです。これだけでも、ずいぶんと便利になると思うんです」

 

 当然ながら、つながったドアを通って双方向の往来が可能である。それぞれに連絡も容易になるため、必要な報告や指示などにかかる手間が大幅に削減できることになるわけだ。もちろん行き来ができる人物はアルテシアによる選別・限定ができるため、無用なトラブルも避けられるという。

 

「なので、少しは苦労も減らせるんじゃないかと思うんです」

「ああ、もうわかった。好きにしろ。ここまでやるからには、つまりおまえは既に決めているということになる。そうだな?」

 

 その問いには、アルテシアは軽く笑って見せた。そして、ゆっくりと首を横に振る。

 

「まだです。返事は明日、ということになってるんです。今夜一晩じっくりと考えてから決めます」

「そうか…… ならば、吾輩からは一言だけ言っておこう。正しい判断のためには、本気で自問自答せよ」

「……はい」

「悪いが、これで話は終わりだ。出かけねばならん。正直、時間がないのだ」

 

 スネイプが出かけようとしていたのは確かだ。なるほど、あまり遅くなるのもよくないのだろう。アルテシアは軽くうなずくと、右手の人差し指と中指とを揃えてスネイプを、そして自分を指さし、くるりと円を描く。次の瞬間には、2人は玄関前にいた。

 

 

  ※

 

 

「スネイプ先生、行かせてよかったのかよ」

 

 ホグワーツの敷地内からは姿くらましはできないため、徒歩にて外に出る必要がある。そのため玄関から出て行ったスネイプを、ちょうど今、見送ったところである。そのアルテシアへと声をかけてきたのはドラコだった。スネイプがいなくなるのを見計らって姿を見せたのだろう。

 

「行き先がどこか、聞いてるのか」

「ううん、そこまでは…… ドラコは知ってるの」

「ああ、知ってる。さっきまで、その話をしてたからな」

 

 アルテシアが魔法省から戻ったときのことだろう。あのときドラコはすぐにどこかへ行ってしまったが、スネイプが出かけたことで姿を見せたようだ。

 

「スネイプ先生がデス・イーターだってこと、知ってるはずだよな」

「そうね、知ってるけど」

 

 デス・イーターがどういった存在であるのか。そして、ドラコもそうであることをアルテシアは知っている。だが、だからといって、どうということもない。ドラコはドラコであり、スネイプはスネイプだ。そのことに、変わりはない。

 

「デス・イーターは、闇の帝王の命令には逆らえないんだ。拒めば死を与えられることもめずらしくはない」

「それ、例のあの人のことだよね」

「闇の帝王は、ホグワーツを狙ってる。だから、デス・イーターを教授として内部に送り込みたい。だけど、スネイプ先生はずっと、それを拒否してきた。当然、怒るよな」

 

 ドラコによれば、教授に採用せよという指示は新学期開始前からあったらしい。だがそれを、スネイプは拒み続けた。当然それは、ヴォルデモートの機嫌を損ねることになる。そんなヴォルデモートを、スネイプは懸命に宥めていたそうだ。

 

「帝王の命令を拒み続けてるんだ。おまえをクビにしろとも言われ、ずいぶんと責められてた。さて、どうなると思う?」

 

 この件でヴォルデモートに呼び出されるのは、おそらくこれが3度目。命令拒否に対する申し開きを、いつまでヴォルデモートが聞いてくれるのか。正直もう無理じゃないか。そう思っているのだとドラコは言う。だから呼び出しには応じないようにと、スネイプを説得しようとしていたらしい。

 

「ドラコ、それってまさか」

 

 その続きを、アルテシアは口にしなかった。ドラコも言葉ではなく、ただうなずくことで返事をする。しばらく無言のままで見つめ合う。はたして、どれほどの時間が過ぎたのか。ふいに、アルテシアが口を開いた。

 

「場所、どこなの?」

 

 その質問にドラコが答えた瞬間、玄関先に立っていたアルテシアの姿が消えた。

 

 

  ※

 

 

 ホグワーツの敷地内からは姿くらましはできない。ハーマイオニーによれば、いまだにそんな常識を知らない生徒が少なからずいるらしい。もちろんアルテシアはそのことを知っているので、ここへ来るのに姿くらましは使っていない。使用したのは、自分のいる場所とどこか別の場所とを入れ替えるクリミアーナの転移魔法である。

 過去に2度来たことのあるマルフォイ家の前に立ち、アルテシアは軽く目を閉じる。そして、マルフォイ家の間取りを頭の中に思い描きつつ考える。おそらくは食堂にいる、とドラコは言っていた。そこにスネイプが、デス・イーターが、ヴォルデモート卿がいるはずだ。だがまずは、おそらくは誰もいないはずのドラコの部屋の様子を、光の操作を用いて探った。そして。

 

(ドラコ、ベッド借りるね)

 

 その部屋へと転移してきたアルテシアは、普段ドラコが使っているであろうベッドに横たわる。仰向けの姿勢で、胸の前で手を組むと目を閉じた。もちろん、ここで一眠りする、というわけではない。ヴォルデモート卿やデス・イーターたちに絶対に見つかることなく安全に動き回るための方策なのである。

 己の身体をここに残し、その意識だけとなったアルテシアは、ドラコの部屋を出る。そして光を操作し、部屋の扉を廊下の壁の景色で上書きする。ここにドラコの部屋があると知らない者には、ただ廊下が続いているとしか思えないだろう。万が一のとき、少しは時間を稼げるはずだ。

 軽くうなずくと、食堂へと向かう。もしくは地下室かもしれないとドラコは言っていたが、まずは食堂からだ。そこには多人数で食事ができるようにと大きなテーブルがあったはずで、会合を持つのにもちょうどよいはずだ。

 

「黙れ! 言い訳など、もう聞き飽きたのだ。おれさまの命令に従うか否か、それだけを返答せよ」

「わ、わが君、お待ちください」

 

 食堂へと入ったアルテシアを迎えたのは、ヴォルデモートの怒声とスネイプの狼狽を含んだ声。テーブル席の上座にヴォルデモート、下座の側にはドラコの両親が座っている。スネイプはヴォルデモートの前に跪かされており、その周りを杖を構えた4人の男女が取り囲んでいた。テーブルの上、ヴォルデモートのすぐそばに置かれているのはスネイプの杖だろうか。どうやら、取り上げられたらしい。

 ゆっくりと歩き、アルテシアはドラコの母ナルシッサの隣に座る。椅子が引かれたままだったのは、そこに座っていた誰かが、スネイプを取り囲むために立ち上がったときに戻さなかったのだろう。アルテシアの姿は見えず、物音すらもしないため、誰にも気づかれた様子はない。アルテシアの右手が動き、スネイプを指さした。

 

「あっ!」

 

 ほんのわずか、スネイプの周りで何かがわずかに光った。そのときスネイプから目を離していたヴォルデモートは、その光を直接見てはいない。だが、スネイプを囲んでいたデス・イーターたちには、もちろん見えていたのだろう。その誰かが声を上げた。

 

「ん? なんだ、何かあったか」

 

 見てはいなかったにせよ、ヴォルデモートも何かしらの違和感を感じたのだろう。だから席を立ち、部屋の中を見回した。だが、おかしなところは見つけられない。うつむいたままのマルフォイ夫妻にも変化はない。おかしな点など、どこにもない。

 いぶかしみつつも、ヴォルデモートが椅子に座り直す。

 

「あ、あの、わが君。ただいま、セブルスのそばでなにかが光ったのですが」

 

 黙っているわけにはいかないと、そう思ったのだろう。怖々といった様子でそう報告するのを、アルテシアは冷や汗とともに聞いていた。わずかとはいえ、光らせてしまったのはアルテシアの仕業であるからだ。目にした状況から危険性を察知してスネイプに保護魔法をかけたのだが、その際に光るのを隠し忘れたうっかりミスである。

 

「おまえたち、ほかに何か気づいたことはあるか」

「い、いえ。特には何も」

「ふうむ。何やら、気持ちの悪い感じはするのだが」

 

 言いながらスネイプを、そしてテーブルの上に置かれた杖をみる。杖のないスネイプに、何かができたとは思わない。室内の様子にもおかしなところはない。

 

「まあ、よいわ。改めて聞くぞ、セブルス。これで最後だ。おまえはおれさまに忠実か」

「わが君、あと季節一つ分でよいのです。少しだけ時間をください。さすれば新学期となり、その折には必ずやアレクト・カローを」

「黙れ、セブルス。それは、質問の答えではない。わかった、もうよい。よく尽くしてくれたがこれで終わりだ」

 

 ゆっくりと立ち上がる。ほぼ同時に、デス・イーターたちがスネイプから少しずつ距離をとっていく。誰しも、巻き添えとなりたくないのだろう。本当なら駆け出したいところかもしれないが、その動きはゆっくりでしかない。ヴォルデモートの手前、それが精一杯なのだろう。

 ヴォルデモートがゆっくりと杖を構え、スネイプが観念したかのように目を閉じる。

 

「残念だよ、セブルス。長い間、ご苦労であった。アバダ・ケダブラ(Avada Kedavra / 息絶えよ)」

 

 抑揚のない平坦な声が、緑色の光線を呼ぶ。ヴォルデモートの杖から発せられた光が、一直線にスネイプを襲う。その光の勢いに押されるかのように後方へと、光が当たった瞬間にスネイプの身体は吹き飛ばされた。

 

 

  ※

 

 

 閉じられていたまぶたが、ゆっくりと開いていく。見えたのは、見慣れているようでいて、あまり見たことのない天井。

 ここはどこだ。なぜ、こんなところにいるのか。何をしていたのか。それらを探るかのように視線を動かしていく。長椅子へと寝かされているらしいと知ると、スネイプは少しずつ身体を起こしていく。

 

「お目覚めですか。なんでしたら、もう少しお休みされていてもかまいませんけれど」

「あ、いや…… ここは……」

 

 今の声は、マクゴナガルだ。声の方へと目を向ける。執務机に向かいなにやら書き物をしている姿に、ここがマクゴナガルの執務室であることを悟る。マクゴナガルの手が止まり、ペンを置く。そして席を立つ。

 

「起きあがれるようでしたら、こちらへ。お茶でもいかがですか」

 

 さまざま、疑問はあるのだろう。軽く頭を振りつつも、スネイプはマクゴナガルが示したテーブルへと歩いていき、椅子に座った。マクゴナガルにとってお茶の用意は手慣れたものらしく、その準備をあっという間に終えると、スネイプの前に座った。

 

「どうぞ、温かいうちに」

「申し訳ない、いただきます」

 

 紅茶を前にして、さすがにのどの渇きを覚えたのだろう。さっそくカップを手に取ると、一口、二口と飲み込んでいく。マクゴナガルは、ゆっくりと一口だけ。

 

「それで、吾輩はなぜここに?」

「あの子が運んできたからですよ。医務室で、とも考えたのですけれど、マダム・ポンフリーが問題ないと言うので」

「そうですか」

 

 苦笑い。さらに一口、紅茶を飲む。さすがにスネイプも、マルフォイ邸でのことを思い出していた。あのとき自分に向かってきた緑色の光があざやかによみがえる。

 あのとき、ヴォルデモートが口にしたアバダ・ケダブラ(Avada Kedavra / 息絶えよ)の呪文によって杖から発せられた光だ。それが意味することなど、当然にしてよく承知している。だが、自分は生きている。こうして、紅茶を口にできているのは何故だ。スネイプの頭の中を、様々なことがよぎっていく。

 

「マクゴナガル先生、吾輩をここへ連れてきたのはあの娘だとおっしゃいましたな」

「ええ、言いましたよ」

「どこにいますか。あの娘は、今どこに。ここへ呼んでもらうことはできますか」

 

 いったいどうやれば、あの状況を切り抜けられるというのか。スネイプには、まったく思いつかない。だが、アルテシアが何かをしたのは間違いない。だから自分は、こうして優雅に紅茶など飲んでいられるのだ。あの後、どうなったのかも気になる。

 アルテシアと話をすれば詳しくことがわかるはずだと考えたスネイプだが、マクゴナガルはすぐには答えずに、空となったスネイプのカップにティーポットからお代わりを注いでいく。続いて、自分のカップにも継ぎ足した。

 

「アルテシアなら、今は忙しくしていますよ。学校の外で、ちょっとした準備をしているのです」

「準備、とは?」

 

 マクゴナガルによれば、学校への侵入者に備えての仕掛けをしている最中だという。もともとホグワーツは、侵入者避け呪文や認識阻害などの防御策で守られている。だがそれでも、侵入を許してしまう事案が発生した。今はそれに加えて、特別授業の一環という形で生徒たちの手によっても学校は見守られている。

 

「なので、あまりおおっぴらなことはしないとは言ってましたけど」

「それはまた、どういうことですかな」

「ダンブルドアからの要請を、学校への保護魔法を断ってますからね。できないと言ったのに、今さら似たような処置をするのは何故か。そんなことを言われたくないんでしょうね」

「なるほど」

「おそらくは、多くのデス・イーターを率いて例のあの人がやってくるのでしょう。ごく近いうちにね」

 

 そのための備えなのだ、とマクゴナガルは説明する。そのときには、まずは生徒たちが対処することになるだろうと言う。生徒たちの手で学び舎を守るという考え方が、特別授業で学んだ生徒たちのなかに広まっているからだ。もちろんそう教えたのはアルテシアであり、今さらそれを否定などしない。だが危険を放置し、何もかもを生徒に押しつけるつもりもない。そのとき、生徒たちを守れるような、陰ながらの支援ができるような、そんな仕掛けをしているのだろうとも付け加えた。

 

「なるほど。闇の帝王は、間違いなく連中を率いて攻め寄せてくるでしょうからな。しかもその日は、そう遠いことではない」

「スネイプ先生もそう思われますか」

「可能性は、高い。そう言わざるを得ませんな。たしか先生も、ポッターたちの旅の目的はご存じのはずでしたな」

 

 スネイプが言うのは、分霊箱のことだ。分霊箱がある限り、ヴォルデモートは復活する。とどめを刺すには分霊箱を探し出し、破壊しなければならない。そのための旅だと、そういうことになっているのだ。

 

「先日、グリンゴッツのレストレンジ家の金庫が破られたという件、ご存じでしょう?」

 

 日刊予言者新聞でも大きく報じられたので、マクゴナガルも承知している。そして当然、ヴォルデモートの耳にも入っている。

 

「盗まれたのは、ハッフルパフのカップ。闇の帝王がベラトリクス・レストレンジに預けた物ですが、あの家の奥様は、またも失点を重ねることになった訳ですな」

 

 保管場所として、グリンゴッツの金庫を選択するのは悪いことではない。むしろ推奨されるべきものだが、結果として金庫は破られ、ヴォルデモートがそのことを知った。

 

「つまり、分霊箱が捜索されていることがあの人に知られてしまったと」

「さよう。そのため帝王は、もう1つの分霊箱であるスリザリンのロケットの保管場所に向かわれた。ロケットは既に持ち出されていたそうですがね」

 

 それで分霊箱は終わりではない。いったい何個の分霊箱があるのかヴォルデモートは口にしなかったが、少なくともあと一つがホグワーツにあるのだという。スネイプはそう聞かされた。

 

「どうしても、自分の配下を教授としてホグワーツに送り込みたい。またもやそれを言い出したのは、その分霊箱を守る意味もあるのでしょう」

「ですが、セブルス。あなたはそれを断った」

「さよう。それで怒りを買い、ついには死の呪文を賜ったわけですが、吾輩が断った以上、帝王は自らの手で確認に、いや、それを確保しにくるでしょうな」

 

 ゆえに、その襲来について備えておくのは悪いことではない。もうしばらくは先のこととなろうが、近い将来に必ず起こりうることだと。

 

「だが吾輩とて、この話は今回初めて聞かされたのです。あの娘がそれを知っているはずはない。何か、別の判断材料があるということでしょうか」

「ああ、それは自分の失敗のせいですよ。だから慌てて準備しているといったところでしょうかね」

 

 クスッと笑い、マクゴナガルは紅茶に手を伸ばす。スネイプのほうは、首をかしげてみせた。

 

「あの子がマルフォイ邸に着いたとき、先生はデス・イーターたちに囲まれていたそうです。危険を感じ、保護魔法をかけた。死の呪文はその直後のことで、さすがに慌てたのでしょうね。こっそりと連れ出せばいいものを、不自然に移動させてしまった。その場にいた全員が、それを目撃していますからね。妙だと思われたはずだと。とすれば、先生が本当に死んだかどうか、確認のためにも学校へ来るのではないかと考えた」

「なるほど。そうなるかどうかはさておき、あの娘に命を救われた。それだけは確かなようだ」

「さきほど先生がされた分霊箱の話、あの子はそれを聞いてはいませんよ。ですが」

「帝王は知られたと判断したかもしれない。少なくとも、ホグワーツ襲来の可能性を高めた、あるいは時期を早めてしまったわけですな」

 

 マクゴナガルは、大きくうなずいて見せた。そのうえで、軽く笑みを浮かべる。

 

「あの子が考えたのは、先生が再び狙われるという可能性のほうですけどね。今のところ、あちら側では死んだことになってるでしょうから、しばらく姿を隠しておくのもいいかもしれませんね」

「ふむ。生きていると知られれば、さらに可能性は高くなり、時期も早くなると」

 

 スネイプは、大きくため息をついた。間違いなく、そうなるだろう。果たして、そのときはいつなのか。

 

「ああ、そうだ。あの娘、魔法大臣になるのだとか。その話はどうなりましたか」

「返事は明日だと言ってましたから、結論は明日になるでしょう。私からは、魔法省をあの人に渡さないためには必要なことじゃないかと言っておきましたよ。先生はどう思われます? 何かアドバイスがありますか」

 

 スネイプからの、返事はない。もう一度ため息をつくと、紅茶に手を伸ばし、一気に飲み干した。

 




 もちろん原作では、スネイプ先生はヴォルデモートに殺されることになるのです。その場面ももう少し後、でした。このお話では、ヴォルデモートは殺す気満々だったもののアルテシアの介入もあって危地を脱する、ということにしました。その場面も少し前倒しとなっています。

 ネタバレするつもりはないんですが、スネイプ先生には魔法薬を創ってもらう必要があるので、こんなカタチにさせてもらいました。もちろん、スラグホーン先生に創ってもらうことはできます。できますが、彼のお言葉も必要になるので、死なせないことにさせてもらいました。

 次回は、第131話「判断」です。続きも読んでもらえればありがたいです。
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