ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第131話 「判断」

『この判断は正しいのか。』

 

 もう、何度目になるのだろうか。自分への問いかけに、明確な答えは得られない。そんなもの、わからない。わかるはずがない。おそらくそれは、何日か、何ヶ月か、何年か。あるいは何十年もの時間を経た後、そのときの状況によってようやくわかるというような、そんなものだろう。およそ現時点においては、誰にも何もわからない……

 アルテシアの頭の中では、さっきからそんな思いが渦巻いていた。どの選択が正しいのか。間違いのない選択であるのか。どうするべきなのか。

 

(堂々巡りになっちゃうな)

 

 たとえば、500年ほど昔。クリミアーナ家では、大きな方針転換があったらしい。当時の先祖は何らの記録も残していないため、その詳しいことまで承知しているわけではない。それを知る者もいない。わかっているのは、ルミアーナとクローデルの両家がクリミアーナを出ることになったことぐらいである。

 そのような重大な判断を、いったいどのようにして決めたのか。何をもって判断できたのか。

 

(すごく迷ったのは間違いないんだろうけど)

 

 分裂という結果だけをみれば、判断は誤りだったのではないかと思う。だがクリミアーナ家の歴史を繋ぐという観点では、おそらく正解だったのだ。なにしろ今現在もなお、クリミアーナは存在している。それが、全てだ。

 そのとき何が起こっていたのかを知らない以上、評価するのは難しい。その成果など、時々の立場、見方によっても変わってしまうものだ。詰まるところ、選択というものは、そういうものなのかもしれない。であるのなら、今このときの判断が正しいのだと信じて進むしかない。正しい選択をしたのだと、後で胸を張れるように、今はやれるだけのことを、やればいいのではないか。

 

(そうか。そうだよね)

 

 ふと頭をよぎったのは、自分がなぜホグワーツに入学したのかということだ。マクゴナガルが訪ねてきたあのとき、魔女になるつもりはないのかと尋ねられた。すかさず自分は、魔女になりたいと答えた。

 そう、魔女になりたかったのだ。そしてクリミアーナを、魔法界にクリミアーナの魔法を認めて欲しかった。自分を魔女だと認めて欲しかった。受け入れて欲しかったのだ。クリミアーナ家の娘の誰もがそう願っていたのだ。魔法書に綴られたクリミアーナの物語。その大まかなあらすじからだけでも、そのことがよくわかるではないか。

 フフッと、笑いが漏れた。答えは出た。悩むことなどなかったのだ。肝心なのは、後悔だけはしないということ。既に流れはできている。手伝ってくれる者がいる。そばにいてくれる者もいるのだ。

 クリミアーナの自宅、その自分の部屋にあるドアを開ける。その先は、魔法省の大臣室につながっていた。

 

「ティアラ、遅くなったけど、返事をしに来たわ」

 

 

  ※

 

 

「魔法大臣なんて引き受けちゃっていいんですか。そこまでしなくても、例のあの人を倒してくればすむ話だと思うんですけど」

 

 魔法大臣室である。話をしているのは、アルテシア、ソフィア、ティアラの3人。ここに呼び出されたソフィアに対し、ちょうど今、辞任した魔法大臣の後任を引き受けることになったこと、そのあらかたの状況説明が終わったところである。

 

「大丈夫だよ、ソフィア。考えて考えて、さんざん考えて決めたことだから、心配しなくていい」

「あたしが、あの人を倒してくるって言ったら、どうしますか」

「どうもしないけど、ソフィアには、ずっとわたしのそばにいて欲しいと思ってる。いてくれるよね」

 

 その言葉を吟味でもするかのように、ソフィアはじっとアルテシアを見つめる。だが吟味の結果を口にする前にティアラが身を乗り出してくる。

 

「ソフィア、せっかくここまできたんだからさ、無茶なことはしないでよ」

「あのね、ティアラさん。無茶って言葉の意味、わかってます?」

 

 いったい、どっちが無茶なことを…… それがソフィアの思いだったろう。だが声には出さず、ティアラに視線を向けただけ。束の間、にらみ合うような形となった2人に、アルテシアは軽くため息をついた。

 

「無茶っていうのはね、ソフィア。この場合は手を出すってことになると思うんだよね」

 

 すぐには、返事は返ってこない。何を言われたのかわからない、といったところかもしれない。そんな微妙な空気が漂う中、話を前に進めたのはティアラだ。

 

「話を変えましょう。とりあえず紹介しておきたい人たちがいるので」

 

 そう言ってティアラが大臣室に招き入れたのは、魔女が2人と魔法使いが3人。その中にはトンクスと、リーマス・ルーピンの姿もあった。

 

「魔法省組織改編の一環というか、闇祓い局から独立させた形で、魔法大臣付の特別部隊をつくります。その最初のメンバーです。リーダーはニンファドーラ・トンクスにお願いしました。あいさつを」

 

 そう紹介されたものの、あいさつと言われてもねぇ、とトンクスは苦笑いを浮かべた。緊張した様子がないのは、この場にいる全員が顔見知りであるからだ。だが今は公式の場だぞ、とルーピンに指摘されると表情を引き締める。

 

「だけど大臣とは呼ばないよ、アルテシア。あたしのことも、トンクスでいい。それで、かまわないよね?」

「ええ、もちろんよ」

「ティアラに誘われてね。マッド・アイが死んでからは騎士団も活動してないようなもんだし、いつだったか、あんたのことを手伝うって約束したじゃないか。それを果たしたいと思った。だから、特別部隊に参加したんだ」

 

 マッド・アイは、ハリー・ポッターを新たな隠れ家へと移送する作戦の実行中に亡くなっている。作戦の目的であるハリーの移送が無事に完了したことが不幸中の幸い、といったところか。実質的リーダーの死により、騎士団は新たな局面を、というよりは活動停止状態であるらしい。だからこそトンクスは、特別部隊への参加を決めたようだ。

 部隊のメンバーはアルテシアが闇祓いの講師を担当していた頃の新人であり、神秘部での戦いのときにも駆けつけた、いわばアルテシアの教え子たちである。この場にいる3人は、トンクスから誘われ大喜びで引き受けてくれたという。

 

「ぼくはね、くっついてきただけで、メンバーじゃないんだ。だけど、来てよかったと思ってるよ」

「どういうことですか」

「キミたちの話、聞こえてたんだけどね。例のあの人を倒せばすむって話、必ずしもそうとはいえなんじゃないかと思うんだ」

 

 その件に関しては適切な注意喚起ができるかもしれない、とルーピンは微笑んだ。役立ちそうな情報があるのだという。

 

「例のあの人、ヴォルデモート卿を完全に倒すには準備が必要になるそうだよ。ハリーたちの旅はそのためなんだ。ダンブルドアの指示でもあるようだね」

「分霊箱、ですよね。それがある限り、あの人が復活できるというのは知っています。でも、先生」

「いや、ぼくはもう先生じゃないよ。それはともかく、分霊箱のことは知っていたんだね」

 

 それがどういうもので、それを処分しておく意味についても理解はしている。だけど、とアルテシアは話を続ける。

 

「わたしたちの間では、わざわざ分霊箱を探す必要はないと考えています。対処の方法はいくらでもある、と思うからです」

「なるほどね。だけどダンブルドアは、ハリーに探すようにと指示を出してるんだ。あえてそうするのには、なにか意味があるとは思わないかい?」

「思いますけど、ダンブルドア先生やハリーたちからは何も教えてはもらえませんでした。それがわからない以上、彼らの思惑どおりには動けないと思うんです。結局、自分の考えというか、自分の判断に従うしかなくなります」

 

 加えてダンブルドアから例のあの人には手出し無用だと言われていることも告げる。あの人との決着はハリーがつけることになるから、それまで何もするなと言われているのだと。

 

「でも、何もせずに待ってたりはしませんよ。わたしの目の届く範囲内ってことにはなりますけど、何か起こったり起ころうとしているのに気づいたなら、ためらうつもりはありません」

「うーん。まあ、そうなるよね。正解だよ。ぼくもね、ハリーに分霊箱探しに協力すると申し出てみたんだ。でも、断られたよ」

 

 なんの情報もなく、分霊箱を見つけ出すのは難しい。ならば捜索は情報を持っているであろうハリーに任せ、こっちはこっちでヴォルデモートの前に立ちふさがればいい。そう考えるのは自然だし、ルーピン自身、似たようなことを考えたことはあるのだと言う。だから自分も力になりたいと、ルーピンが手を差し出す。もちろんルーピンだけではなく、トンクスや特別部隊のメンバーも同じだ。

 

「ありがとう、皆さん。ともあれ当面は、混乱気味の魔法省内を落ち着かせること、それから例のあの人を押さえ込むことを目指します。ハリーのことも無視はできない。だから」

 

 魔法省内の掌握についてはティアラを主体に進めていくこと、トンクスたち特別部隊には闇の陣営への対応に加え、ハリー・ポッターの動向調査も担ってもらうこと、ソフィアはアルテシアの近くにいて連絡や調整役をすること、などを決める。

 

「特別部隊のほうは、闇の陣営側とハリーたちとで二手に分かれてください。それから、念のためにということでこれを持っていてください」

 

 そう言っていつもの巾着袋から取り出したのは、濃い青色の板が数枚。名刺サイズよりは少し大きめだろうか、その1枚を手に取ると、板の上で人差し指を動かしていく。その動きに合わせるかのようにして、板の上に線が刻まれていく。それは、文字と言うよりは何かの印か記号のようなものだ。例えるならば、クリミアーナ家にある背表紙に刻まれている印のようなモノ、といえばいいのだろうか。できあがったのは、背表紙の模様とまではいかないが、それなりに複雑な模様が刻まれた板である。それを、みんなに配る。

 このような魔法を書き込むというやり方は、ロウェナが残した情報から学んだものだ。気づかされたと言うべきかも知れないが、考え方としては、虹色の玉に魔法を仕込んだものと基本的には同じである。やり方が違うだけのものだが、もしかするともっと別の、いろんな方法があるかも知れないとも思っている。

 

「だから、ね。ちょっと、工夫してみたんです。こんなことができるんじゃないかって。お守りです。だからといって、無謀なことをして欲しくはないんですけど、もしものときには役に立つんじゃないかと思うんです」

 

 この板に書かれた魔法により、例えば不意打ちの攻撃を受けたときなど、一度だけということにはなるが、それを防ぐことができるのだ。そうなれば、その後の状況は大きく変わるに違いない。ただし、過信は禁物だと釘を刺すことも忘れない。

 

「では、皆さん。各自が得た情報は、ここ大臣室に集約し共有することとしましょう。わたしは、マクゴナガル先生と話をする約束があるのでホグワーツに戻りますけど、よろしく頼みますね」

「ああ、わかった。いいんじゃないかな。とにかく連絡だけは欠かさないこと。えっと、ここのドアからホグワーツのあんたの部屋に行き来できるって言ったよね。していいんだよね?」

「ええ。でも急に開けたりしないでね。予告っていうか、ノックはして欲しい」

 

 そうトンクスたちに言い置いて、今度はルーピンに視線を向けた。

 

「どうでしょうか、ルーピン先生。わたし、ステキな魔女にみえますか。そうなれているって思いますか」

 

 その問いにルーピンは、にっこりと微笑んでみせた。アルテシアは軽くうなずくと、大臣室にあるドアを開けた。その先はホグワーツ、アルテシアの執務室へとつながっていた。

 

 

  ※

 

 

「ようやく戻ったか。待ちかねておられるぞ、マクゴナガル先生がな」

「スネイプ校長、その言葉、そっくりそのままお返ししたいのですけど」

 

 なぜ、スネイプまでいるのか。だがアルテシアにとって予想外だったのは、そこではない。自分の部屋で2人が待っていた、という点である。そんな予定ではなかったが、だからといって拒否するほどのことでもないのだろう。マクゴナガルによってテーブルに紅茶が用意され、アルテシアもその前へと座った。

 

「ええと、お二人で何事か相談されていたのだと思いますけど、わたしの話を先に、ということでよろしいのですか」

「かまいませんよ、アルテシア。これから先のことについては、方針などすりあわせておかねばならないでしょう。他の先生方も含めて」

 

 もちろん、マクゴナガルとスネイプだけではない。フリットウィック、スラグホーン、スプラウトたち寮監を含めた教職員のすべて。あるいは、生徒たちをも含むだろうか。その全員が同じ方向を向くために必要なことだとマクゴナガルは言う。もちろんアルテシアに、否やはない。

 

「吾輩からも、耳に入れておきたい話があるぞ。既知のことやも知れぬが、おまえの役に立たぬということはないはずだ」

「その前に、スネイプ先生にはお詫びしなければならないと思っています」

「詫び、だと。そんなものは必要ない。むしろ吾輩としては、礼を言ってもよいとすら思っているのだが」

 

 ピクリと眉を上げ、スネイプが言う。先日のマルフォイ邸での出来事についての話である。礼とは、あの場を納めて連れ出してくれたこと。詫びとは、その結果として窮地と言ってもよいほどの状況変化を招いてしまったことについて。その言葉に込められた思いはそんなところだろう。

 あの場でスネイプは、ヴォルデモートによって死の呪文に打たれている。そのとき、誰もが死んだと思ったはず。だがアルテシアが不用意に連れ去ったことで疑問を抱かせてしまったかもしれないが、緑の光線に打たれたのは、誰もが目撃しているのだ。とはいえ、実際には死んでいないので、いずれのこととして生きていることが知られることになるのは疑いようのないところ。

 

「それに、先生の立場も微妙にさせてしまったかなって思っています」

「立場? ああ、大いに変わったな。なにしろ、帝王より直々に死を賜ったのだ。関係は完全に切れたということになる」

 

 そのことをどう思っているのか。もちろんスネイプが、それを素直に言うはずもない。ほとんど変わらぬ表情から読み取ることも、アルテシアには難しい。そのためか、話の方向を変えてみる。

 

「近いうちに、デス・イーターの方々がホグワーツに押し寄せてくることになるだろうと、そんなことを考えています。そのときわたしは、例のあの人と対峙することになると、そう思っています」

 

 そう遠くない未来において闇の陣営と戦うことになるだろうと、あえてそんなことを言ってみた。スネイプの反応をみたいというのがその理由だが、もちろんウソではない。実際にそのような場面が訪れたとき、アルテシアはためらいなく彼の前に立ちふさがるだろう。

 

「そうだな、それがよかろう。ホグワーツ襲撃がされたなら、おまえの特別授業で学んだ生徒たちであっても、デス・イーターの撃退は荷が重い。結果として侵入を許してしまうことはあり得る話だ。それに問題が1つある」

「ダンブルドア先生、ですよね」

 

 問題と言われアルテシアが思い浮かべたのは、ダンブルドアからの指示の件である。ヴォルデモート卿には手出し無用、ハリー・ポッターに任せよというものだ。それすなわち、ハリーたちが戻らない限りヴォルデモートが騒動を起こした場合でも見逃せということにもなるのだが、さて、その扱いをどうするのか。すでにアルテシアは、場合によっては従わないこともあるとの考えを示している。

 

「正直、ハリーたちが分霊箱を全て処分するまで待ってる時間はないと思うんです。それより先に、あの人が行動を起こす可能性のほうが高いと思います」

「さもありなん。吾輩も同意見だが、それくらいはダンブルドアも想定していたと思うぞ。だからこそ、ホグワーツをクリミアーナ家と同じ保護魔法で守るようにと望んだ。おまえは断っていたが、そうして欲しいと言ったのはそのためだろう」

 

 アルテシアとて、ホグワーツを守ることに否やはない。それは間違いないのだ。だが、できることとできないことがある。ロウェナ・レイブンクローが残してくれた資料など、さまざま情報はある。だがまだ、あの保護魔法を再現できるほどではないのだ。足りないものが、まだある。まだまだ、学ばなければならない。それに、ホグワーツという学び舎は、ホグワーツに学ぶ者たちによって守ることが大切だとの考え方もある。

 一応、デス・イーターたちの襲来とヴォルデモート卿への対峙、そんな場面を想定し、侵入検知など今の自分にできることはしてあるが、それで十分かと問われれば、すぐにうなづけるものではなかった。今のところ、アルテシアにはこれが精一杯。

 

「ハリーたちにも、もちろん理由はあるんでしょう。でも、それを話してくれない以上はどうすることもできません」

「たしかに、な。だが、吾輩も詳しいことを知っているわけではないゆえ、おまえに話してやれることなどない。ないのだが」

 

 結局のところ問題は、デス・イーターを率いて押し寄せるヴォルデモートに勝てるのかどうかだとスネイプは言う。その自信がないのであれば、ダンブルドアの指示に従いハリーたちを待てばいいだけのこと。その選択肢は確実にあり、その選択を誰も非難などできるはずがないということ。

 そう言うスネイプに、アルテシアはニコリと笑って見せた。

 

「大丈夫です。今のところ、あの人に負ける、という状況だけは想像できませんから」

「ほう、不安要素などないというのであれば、思った通りにやってみるがよかろう。それもまた、他の誰にも非難のできない選択だ」

 

 そう言うと、ようやくスネイプは紅茶へと手を伸ばした。すっかり冷めたはずのそれを一気に飲み干したことで、あらかたの話が終わったと思ったのだろう。これまでずっと黙って話を聞いているだけだったマクゴナガルが、空となったカップにティーポットからお代わりを注ぎつつ、アルテシアへと問いかける。

 

「ときに、アルテシア。レイブンクローの髪飾り、あれの行く末についてなのですが」

「ええと、髪飾りって、ロウェナのでしょうか。あれはたしか」

 

 その昔ヘレナ・レイブンクローによって持ち出されたそれは、今は行方不明となっている。アルテシアはそう承知していた。もちろんマクゴナガルも同じだが、それがホグワーツにある、という情報がある。しかもそれは、ヴォルデモートの分霊箱となっているらしいのだ。

 

「いったい、いくつの分霊箱があるのか。それはわかりませんが、スネイプ先生からの情報など考えあわせると、おそらくこの髪飾りで最後でしょう」

「最後って、ロウェナの髪飾りが、分霊箱なんですか」

 

 実際には、どうなのか。それを知るのはヴォルデモートのみではあるが、スネイプやマクゴナガルの予想が、それほど違っているとは思えなかった。おそらくは、他にはない。つまりは近々、分霊箱探しをしているハリーたちも、髪飾りを求めてホグワーツへと戻ってくることになるのだろう。

 

「ともあれ、アレが分霊箱であるのは疑いようがないし、ホグワーツにあるのも間違いない。見つけておいた方がよいのではないか」

 

 そんなスネイプの言葉に、アルテシアはゆっくりとうなずいてみせた。それに満足したのか、スネイプが席を立った。

 

 

  ※

 

 

 一通りの話が終わりスネイプが自室へと戻っていったあとも、マクゴナガルはアルテシアの前に座り、紅茶を飲んでいた。つまりは、彼女にとっての話はまだ終わっていないのだろう。だがその本題というべき話は始まらず、アルテシアが先手をとる形となった。

 

「マクゴナガル先生、わたし、もう一度あの人に会いに行こうかと思ったのですけど」

「おや、奇遇ですね。私も、それを提案するつもりだったのですよ」

 

 あの人とは、もちろんヴォルデモート卿のこと。だが黙っていても、いずれはホグワーツを攻めてくるのであり、いやでもそのとき顔を合わせることになる。そのときのためにと準備もしているのだが、それを待たずヴォルデモートを倒し決着をつけるべきだと、そういうことになるのか。わざわざ会いに行くというのは、そういうことなのか。

 

「ですが、アルテシア。理由は聞かせてもらいますよ」

 

 場合によっては許可しない、ということもあるのだろうか。互いに顔を見合わせ、軽く苦笑い。ひとまずアルテシアは、紅茶を一口。

 

「ロウェナの髪飾りは、ヘレナが持ち出してからというものずっと行方不明でした」

「ええ。あなたの先祖の魔法書と一緒に持ち出し、アルバニアの森にある木の洞に隠されたのでしたね」

「あれが分霊箱であるのなら、あの人がその森で手に入れたということになります。だったら、一緒に置かれていたはずの魔法書がどうなっていたのか知ってるんじゃないかと。それを確かめたいと思ったんです」

 

 もちろん、完全な形で残っているなどとは思っていない。だが朽ち果てた残滓であろうとも、何かしら残っていたことは十分に考えられるのだ。どんなモノだったのか、それがどうなったのか、それをどうしたのか、確かめておきたいたいのだということ。マクゴナガルが、軽くうなずいた。

 

「そのとおりです。それを確認しておくべきだと思いますね。場合によっては、オリバンダー翁にも会う必要が出てきます」

「オリバンダーさんに、ですか? たしか、お店を閉められたとか」

「そのようですが、たとえ行方を捜すことになっても…… 場合によっては、ですけどね」

 

 それだけ言うと、少し冷めてしまった紅茶を入れ替えるマクゴナガル。それを見ながら、アルテシアは軽くため息をついた。どうやら、その理由についてはしばらくお預けとなるらしい。だがダンブルドアなどと違うのは、尋ねれば教えてくれるし、必要なときには話してくれるということ。この場合は、そのときが来るまで待つだけでいい。

 それを知っているアルテシアは、重ねて聞くことはせずに少し話題を変えた。

 

「スネイプ先生のことですけど、ひどく危険な状況にしてしまったんじゃないでしょうか」

「危険? ああ、そうですね。彼を取り巻く状況が大きく様変わりしてしまったのは確かでしょう」

 

 もはやスネイプは、ヴォルデモートはもちろんのこと、デス・イーターの集まりに顔を出すことなどできはしないだろう。敵視の対象となってしまったのは疑いようがない。だがそれは、決して悪いことではないとマクゴナガルは言う。

 

「ですが私には、スネイプ先生があの人たちの仲間でいることを望んでいたとは思えないのです。むしろ今は、抜け出すことができたと喜んでいるのじゃないですかね」

「そう、でしょうか」

「思うに、自身の危険と引き替えにして余りあるもの。セブルス・スネイプはそれを得たのだと思いますね。アルテシア、あなたの気持ちもわかるのですが、そのあたり、何を今さらというほかありません」

 

 マクゴナガルによれば、スネイプ自身の立場というか、その気持ちは既に大きく変化していたはずだという。なにもそれは、今に始まったことではない。強いて言うなら、アルテシアが初めて魔法薬学の授業を受けたその日から、なのではないか。

 

「私の場合は、幼い頃のあなたに会ったあの日…… なのかもしれませんがね」

「それって、わたしが1歳にもなっていない頃のことですよね」

「まあそれはさておくとして、あなたの杖を買ったときのことを覚えていますか」

「杖、ですか?」

 

 もちろん、覚えていた。オリバンダーの店で何本か試してみたあとで勧められた、ヒイラギの木を使った24センチの杖。ただ、その芯材とされたモノが何かは不明だと言われた。

 

「まさか、その芯材が」

「可能性がある、と私は思っています。ソレがどのようなモノだったのか、実際にそれを目にしているのですから、詳しい情報を得られるのではありませんか」

「なるほど、そうですね」

「それから、レイブンクローの髪飾り。あれには、さまざまな知識が込められているという話を聞いたことがあります。それも必要ではありませんか。飾りを身につけた者に知恵を与えるのだとか」

 

 実際にはどうなのだろう。ロウェナの娘ヘレナによれば事実ということになるのだが、それが失われて久しいため詳細は不明、あらゆることが未確認とするしかない。スネイプの得た情報によれば、その髪飾りがホグワーツにあるらしいのだ。分霊箱にされているとはいえ、貴重なる遺物であることに疑問の余地はないとマクゴナガルは言うのである。

 もちろんアルテシアも、その点は否定しない。だがホグワーツには、そのロウェナが後の世代のクリミアーナの魔女のためにと創った部屋がある。そこには資料が残されており、アルテシアはそこから情報を得ているが、その資料は髪飾りが失われた後でロウェナが創ったもの。たとえ髪飾りにクリミアーナに関する何かが残っていたとしても、それらは全て、その資料に綴られていると考えた方が自然であろう。

 

「なるほど、そうかもしれません。でも、そうではないかもしれませんよ」

 

 可能性はどちらにもある。その点は否定はしない。せっかくホグワーツにあるのだから、手にしたいという気持ちもある。そのことも、否定はできない。あの髪飾りが役立つような、そんな場面もあるのに違いない。それもまた、否定などできはしない。

 

「見つけるのは、簡単ではないでしょう。ですがいずれ、ポッターたちが探しに戻って来ます。あるいは、例のあの人が回収しに来るのが早いのか。どうなるにせよ、放ってはおけませんよ」

 

 いずれにせよ、所在は明らかにしておいたほうがよい。やがて2人の結論は、そこへと落ち着いていく。例のあの人に渡さないためであり、それを必要とするハリーたちにとってはいくらかの手助けとなるのかもしれない。

 

「分霊箱とされてもなお、本来の髪飾りとして機能するのかどうか。その点は気になりますが、実際に見てみないとわかりませんね。それもまた探す理由になるということですよ」

 

 そう言って、マクゴナガルは笑う。なにしろ、ダンブルドアの例があるのだ。ダンブルドアは、ヴォルデモートの叔父方の家であるゴーント家で分霊箱となっている指輪を入手した。だがそのまま身につけたため、指輪にかけられた強力な呪いにかけられているのだ。セブルス・スネイプの適切な処置により命は取り留めたものの、右手が黒く焼け焦げたようになってしまい、おそらくは寿命も縮める結果となってしまっている。

 

「なんらかの対処が必要であるのは間違いありませんが、見逃すのは惜しいと思いますね」

「ええと、それについてはなんとかなるというか、前例があったりするんですけど」

「なんです、前例? どういうことです」

 

 そういえば、マクゴナガルには知らせてはいなかったかもしれない。内心では冷や汗をかきつつも、表情を変えないようにしてジニーが持っていた虹色の玉が分霊箱化していた一件の説明をする。その虹色の玉には、分霊箱となっていたスリザリンのロケットから分離された魂が封じられている。レイブンクローの髪飾りにも同様な処置ができるはずだし、その後は元どおりに使えるのではないか、と。

 

「なるほど、そのようなことが。とはいえ、あなたのことです。その虹色の玉に、適切な処置はされているのでしょうね」

「ええ、あの玉から中身を取り出すことはほぼ不可能だと思います」

「ほぼ、というのは?」

「あの玉を壊されるかもしれません。でもその場合、力比べというか、わたし以上の魔力でないと壊せないんですけどね」

 

 ああ、それなら安心ですねとマクゴナガルは笑う。一転して和やかな雰囲気となったことで話の終わりを感じる。カップの紅茶を飲み干しながら、アルテシアは思った。まずは、ヴォルデモートやオリバンダーと会い情報を得ることから始めよう。それにしても、ロウェナの髪飾りが学校にあるとは意外だった。ヘレナは知っているのだろうか。アレはどこにあるのだろう。

 

 

  ※

 

 

 ハリーの目がぱっと開き、現実へと引きもどされた。その目に見えたのは、心配そうな顔をしたハーマイオニーとロンだ。おかしい、つい今しがたまではアルテシアがいたはずなのに。

 束の間、ハリーはそんなことを思う。だが、そんなはずはないのだ。アルテシアが一緒であるはずがない。では、あれは……

 

「また例のあの人と同じ景色を見たんだと思うわ、ハリー。それを、夢でみたのよ」

 

 夢? いや、違う。夢を見ていた訳ではない。あんなにリアルな夢なんてあるものか。

 

「それで、何を見たんだ」

 

 だがハーマイオニーの言うとおりで間違いないのだろう。ハリーとしては、そう納得するしかない。なにしろ、分霊箱を探し続ける旅の最中、行動計画について話をしていたのだ。どこかの草原のような場所で、まさに沈みゆく太陽の金色をした光が3人を照らしていた。そういえば、あの太陽の位置はそれほど動いてはいない。つまりは、突然ヴォルデモートの心のなかへと同期していたのはさほど長い時間ではないのだろう。

 いや、時間のことはどうでもいい。ハリーは、軽く首を振ってから息を整える。

 

「話すよ、ちゃんと話すけど、僕らはホグワーツに戻ったほうがいいと思う」

「どうして? まだ分霊箱は見つかっていないわ。これだけなのよ」

 

 そう言いハーマイオニーが見せたのは、やっとの思いでグリンゴッツの金庫から持ち出したカップ。1年近くになろうとする旅のなかで入手に成功した唯一の分霊箱である。

 

「わかってる。でもね、ハーマイオニー。これ以上探し続けても、進展はないと思うんだ。手がかりはない。それにヴォルデモートは、僕らが分霊箱を探しているのに気づいてる」

「だから学校に戻るって言うの? 手がかりはないんでしょう。だったら」

「わかった。アルテシアだ。アルテシアに頼ろうっていうのなら、賛成するぜ」

 

 だがハリーは、苦笑いを浮かべただけだった。すっと立ち上がると、ロンとハーマイオニーに背を向け、沈みゆく夕日に向かう。

 

「僕が見たのは、ダンブルドアの墓をあばいて杖を手にしたヴォルデモートだ」

「なんだって? 墓をあばく? 杖?」

 

 ロンには、まったくわからないらしい。だがハーマイオニーは、より表情を引き締めた。

 

「つまりはね、ロン。あの人がダンブルドアの杖を奪ったってことよ。でもハリー、今から戻っても遅いんじゃないの? あの人はもう杖を手にしたんでしょ」

「まあね。でも、そこにアルテシアが来たんだ。侵入者ってことで探知したんだと思うけど、あいつ、杖のことには気づいてなかった」

 

 くるりと向きを変えたハリーが、まっすぐにハーマイオニーを見る。そして。

 

「アルテシアのやつ、結婚するかもしれない」

「はぁ!? 結婚? なんだよ、それ。どういうことだ」

 

 ちゃんと話せと詰め寄るロンと、厳しい表情を浮かべたままのハーマニオニー。その2人を前に、ハリーは大きく深呼吸してみせた。

 




 ハリーたちの間で、ホグワーツへ戻るという話が出て来ました。そろそろ、ヴォルデモートとの決戦の時が近づいてきています。
 ダンブルドアからは、決着をつけるのはハリーだと言われているアルテシアですが、さて、どうするのか。

 それはともかく、結婚? なんだよ、それ。どういうことだ!

 ロンの言葉はさておくとして、次回は、第132話「プロポーズ」です。
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