ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第132話 「プロポーズ」

「ストップ! 動かないで。そこで何をしているのか、正直に話しなさい」

 

 その突然の声に動きを止めたのは、ヴォルデモートで間違いない。だが油断なく周囲を探ってみたものの、声をかけてきた人物を見つけることはできなかったようだ。誰も、いない。

 そう判断するしかなかったヴォルデモートは、自身の用事を済ませるべく、あばいたばかりのダンブルドアの墓を埋め戻すべく杖を構える。そのまま放置しこの場を去る、という選択肢もあっただろう。元通りにしようとしたのは、ただの気まぐれ、なのかもしれない。だが再び、その動きは止められた。

 

「動くなと言ったはずです。何をしていたのか、話しなさい」

 

 素早く周囲を見回したヴォルデモートは、今度こそ、その声の主を見つけた。彼の前方5メートルほどの場所、その上空へとおおよそ10メートルのところ。そこに魔女用の白いローブを来た少女の姿があった。空中にいたため、気づかなかったのか。いや、違う。

 ヴォルデモートは、軽く首を横に振る。墓地には、間違いなく誰もいなかったのだ。見落としなどしていない。

 

「クリミアーナの小娘だな。おまえこそ、何をしに来た。命が惜しくはないのか」

 

 だがアルテシアは、答えない。その代わりとでもいうのか、少しずつ、ゆっくりと高度を下げていく。そしてヴォルデモートを軽く見下ろせる場所、地面まであと1メートル程度のところで止まった。

 

「アバダ・ケダブラ(Avada Kedavra / 息絶えよ)」

 

 その瞬間、ヴォルデモートの叫ぶような声がし、緑の光線がアルテシアを襲った。

 だが、それだけのことだった。アルテシアは変わらずその位置に浮かんだまま、ヴォルデモートを見下ろしている。

 

「ふっ、ムダか。だがまあ、よい。ちょうどおまえに、話したいこともあったのでな」

 

 だが、アルテシアは変わらず無言のまま。ただじっと、ヴォルデモートに視線を向けている。そんなアルテシアに苦笑を浮かべると、ヴォルデモートは緊張を解いたかのように杖を降ろした。

 

「そう、怒るな。ただの墓参りだ」

「墓参り?」

 

 なるほどここは、ダンブルドアが埋葬された墓地。その墓の前であり、ヴォルデモートはその葬儀に参列などしてはいなかった。だが仮に、棺が掘り出され開けられている状況ではなかったとしても、それを素直に信じることなどできるはずがない。

 

「そうだとも。ダンブルドアとは浅からぬ因縁がある。故にこうして、別れを告げに来たのだ」

「しかし」

 

 いったいヴォルデモートは何をしていたのか。夕暮れ迫るこの時間は、ちょうど課外授業の時間。そろそろ始まろうかといった時間帯である。その準備などもあり、この場に駆けつけるのが少々遅れたらしい。

 

「心配無用。お望みとあらば、元通りにしておくのにやぶさかではない。だがその前に、話を聞いてもらおう」

 

 返事はない。だが、ただじっと見下ろしてくるアルテシアに、ヴォルデモートは了承されたと受け取ったらしい。ニヤリと、笑みを浮かべて見せた。

 

「クリミアーナ家は、1000年以上も続く魔女の家系だと聞く。だが不幸にも、最後のひとりだ。おまえの代でその血筋を絶やすことになるかも知れぬと、そんなことを考えたことはあるのか」

 

 ピクリ、とその表情に動きがあった。だが、それだけのこと。返事は、ない。

 

「同じく1000年ほども前、サラザール・スリザリンという魔法使いがいた。その優れた血は、このオレさまへと受け継がれている。だがおまえと同じでな。跡継ぎがいないのだ。もしかすると、その血が絶えてしまうことになるやも知れん」

 

 アルテシアの返事を期待してのことなのかどうか。そこでヴォルデモートは、じっとアルテシアを見つめたまま、歩を進める。一歩、二歩…… 5メートルほどあった距離をほんの1メートルほどに詰めたところで止まる。手を伸ばせば、届くだろう。

 

「優れた魔女と、優秀なる魔法使い。その血が混じるのだ。娘ならばクリミアーナ家、息子ならばこのオレさまだ。立派に後を継げるだろう。どうだ、異存はあるまい。さあ、来るのだ」

 

 そう言いヴォルデモートが差し出した手を、アルテシアは、無言で見つめていた。

 

 

  ※

 

 

「それで、どうなったんだハリー。あいつ、結婚するって言ったのか」

「お、落ち着け、ロン。そこで目が覚めたんだ。どうなったかなんて、わからない」

 

 目が覚めたというよりは、ヴォルデモートの意識とのつながりが切れたというほうが正しいのだろう。それはともかく。

 

「それより僕ら、ホグワーツに戻るべきだと思わないか。話を戻すけど、ダンブルドアの墓をあばくとき、ヴォルデモートが呟いてたんだ。たぶん分霊箱は髪飾りで間違いないんだ。それをホグワーツに隠してあるらしい」

「なんだって」

「ダンブルドアの杖は、ホグワーツを落とすための準備なんだ。ヴォルデモートは、あの小娘って言ってたけど、たぶんアルテシアのことだと思うけど、小娘を出し抜くため、分霊箱を回収するため、魔法界に君臨するため、そのために杖が必要だって言ったんだ」

 

 ダンブルドアの杖は、ニワトコの杖あるいは死の杖などとも呼ばれていたものである。ダンブルドアの死後に、棺に入れ埋葬されたのだが、ヴォルデモートが墓をあばいたのは、それを得るためであったらしい。アルテシアが現場に駆けつけたときには、すでに杖はヴォルデモートの手の中。ゆえに、そのことには気づかなかったようだ。

 だがハリーは、棺を掘り出しつつ語りかけるようなヴォルデモートのつぶやきを聞いている。加えて、ニワトコの杖の情報も持っていた。例えば、ハーマイオニーがダンブルドアの遺品として受け取った『吟遊詩人ビードルの物語』。そこに収録された『三人兄弟の物語』は、しばしば魔法使いが子どもたちに語って聞かせる物語として有名であり、ロンもその内容は知っていた。だがそれは、あくまでもおとぎ話としてのものだ。さすがに魔法界で昔から密かに受け継がれてきた3つの品々、すなわち『死の秘宝』のことには結びつかない。そのことに気づきハリーとロンに説明したのは、何度も物語を読み返し、考え続けていたハーマイオニーである。

 

「でもさ、アルテシアだぜ。いくらニワトコの杖を手に入れたところで、アルテシアに勝てるようになるとは思えないけどな」

「そうかもな。でも、ロン。分霊箱を回収してどこかに隠されたらどうなると思う。あれがある限り、あいつは復活するぜ。いまヴォルデモートを倒したところでムダなんだ」

 

 そもそもの話、ハリーたちの旅は分霊箱の処分が目的である。だがヴォルデモートに気付かれた今、そのために使える時間はごくわずかとなった。だからこそ、急いでホグワーツに戻り、先に分霊箱を手に入れ処分しなければならない。

 

「急いだ方がいいと思うんだ。今すぐにでも」

 

 そう言ってハリーは、ハーマイオニーを見る。この話を始めてからずっと黙ったままのハーマイオニーだったが、ロンからも目を向けられ、軽くため息をついた。

 

「ええ、そうね。戻るにはちょうどいい機会かもしれないわ」

「よし、じゃあ早速」

「待ちなさい、ハリー。何をするにも、ちゃんとした計画が必要だわ。そのためにも、確認して起きたいことがあるの」

 

 その前に大切なことがある。結局のところハリーとロンにとって、ハーマイオニーの意見が占める割合は大きい。最後には自分の考えを優先するにせよ、ハーマイオニーの賛成を得ておくことには意味がある。

 

「ええと、確認ってなんだい?」

「アルテシアが例のあの人と結婚するなんてあり得ない、ということ。まずは、そんなバカな考えを捨ててちょうだい」

「いや、ハーマイオニー。ヴォルデモートは間違いなくそう言ったんだけど」

「だとしても、よ。クリミアーナは魔女の家で、アルテシアはその一人娘として、その歴史をずっと背負って生きてきたのよ。その歴史を台無しにするようなことなんて、するはずがないの」

 

 そんなことはちょっと考えれば、いや、考えるまでもなくわかるはずだと言うハーマイオニー。だがハリーは、いまひとつ納得できていない様子に見えた。ハーマイオニーが、改めてため息をつく。

 

「結婚の可能性ということで言えば、レイブンクローの監督生アンソニー・ゴールドスタインのほうがよっぽど高いのよ。わたしの知る限りでは、彼がナンバーワンだと思うわ」

「ちょっと待てよ、ハーマイオニー。ゴールドスタインだって…… そんなこと、あるもんか」

 

 今度は、ロンから否定の声。だが今度もハーマイオニーは、軽いため息で応えた。

 

「パドマ・パチルから聞いた話だけど、確かだと思うわ。彼は、ちゃんとアルテシアに告白したの。5年生のときよ」

「そ、それで、どうなったんだ。2人が付き合ってるなんて話、聞いたことない」

「そうね、ハリー。2人は付き合ってない。いまはムリだってアルテシアが断ったらしいから。でも、彼の気持ちをアルテシアは知ってるのよ。ちゃんと話しておくってこと、大事だと思わない?」

 

 どういうことか。その意味するところが、ハリーにはわからなかったらしい。ロンも同じようで、きょとんとした顔でハーマイオニーを見ている。何度目になるのか、ハーマイオニーがため息をついた。

 

「いいわよ、ホグワーツに戻りましょう。でもね、お二人さん。こうなった以上、これから先はアルテシアの協力がないと難しくなる。それは、わかってるのよね?」

「ええと、どういうことだい? これまで3人でなんとかやってこれたんだし、大丈夫さ。そりゃホグワーツに戻れば、アルテシアがいる。いろいろと問題はなくなるって思うけど」

 

 楽観的、とでも言おうか。ロンの見通しはそういうことになるらしいが、ハリーのほうは、いくらか表情を硬くしただけで無言のままだ。

 

「問題はあるのよ、ロン。まず1つめが、例のあの人がニワトコの杖を手に入れたってこと」

「それが? 確かにボクもあの杖は欲しいって思ったけど」

「最強の杖、死の杖。それがあれば、アルテシアに勝てるってあの人は考えた。その杖が手に入ったのよ。そして次は、ホグワーツを攻めて分霊箱を回収する。そうして手に入れた分霊箱を、あの人はどうすると思う?」

 

 ロンやハリーからの返事がないなか、ハーマイオニーが話を続ける。いくつも創った分霊箱だが、おそらくはもう、打ち止めなのだろう。だからこそ、隠しておいたホグワーツから回収し、手元で管理することにしたと考えられる。誰にも手出しできないようにと。

 

「マジか。そうなったらもう、手出しはできないってことになる、よな」

 

 ロンの視線に、だがハリーは、相変わらず応えない。ただじっと、考え事でもしているかのように。ロンが、視線をハーマイオニーへと戻す。

 

「そうなると、あの人を倒してからでないと分霊箱は手に入らないことになるんじゃないかしら。それってつまり、あの人は倒せないってことになるわよね」

「い、いや、まさか、そんな」

「いいや、大丈夫さ。先に見つければいいだけのことだろ」

 

 ハリーの指摘は、確かにその通りである。だがハーマイオニーとしては、それが難しいという話をしているつもりなのだ。今度は、苦笑いを浮かべる。

 

「でもハリー、その分霊箱ってホグワーツのどこにあるの? あの人がホグワーツを襲っているなか、素早く見つけることって可能? あの人やデス・イーターたちと戦うことにもなるだろうし、そのあたりのこと、相談しておくべきだと思うんだけど」

「でも、相談って言っても」

「とりあえず、味方を増やしましょう。ずっと考えてたんだけど、アルテシアに協力をお願いするべきだと思うわ。ホグワーツに戻る以上、どうしたってアルテシアに会うことになるんだもの」

 

 学校に戻れば、顔を合わせることになる。話をする機会もあるのに違いない。だがハリーやロンの表情を見る限り、ハーマイオニーの思ったようには、話は進まないらしい。

 

「戦いになるのよ。分霊箱のことだってあるし、どう考えたって3人だけで全部やるのはムリなんじゃないかしら」

「それなら、大丈夫だ。ホグワーツだけじゃないんだぜ。これは、魔法界全体を守る戦いになる。みんなで力を合わせるのは当たり前じゃないか」

「そうだよ、ハーマイオニー。アルテシアだぜ、ボクらを見捨てたりするはずないよ」

 

 ハリーとロンからの返事。その内容について、ハーマイオニーに反論などはない。だけど、自分の意図が伝わっていない。何度目になるのだろう、そんないらだちを、ため息とともにはき出すしかなかった。

 

「じゃあ、戦いのことはおいておくとして。分霊箱のことはどうするの。お忘れかも知れないけれど」

「待てよ、ハーマイオニー。それ、ホグワーツにあるんだろ。いま、ハリーが言ったじゃないか」

「いや、違うよロン。ぼくたち忘れてたんだ。もう1つある。レイブンクローの髪飾りが最後じゃない」

「えっ!?」

「スリザリンのロケットのことだ。忘れてたよ。正直、もう見つけたつもりになってた」

 

 言われてロンも、思い出した。分霊箱の1つであるスリザリンのロケットのことだ。いくつかの謎が残ったままになっているのだ。自分たちで見つけ出したロケットに残されたメッセージのこと。そして魔法省が入手したアルテシアの叔母ガラティアの遺品に、ロケットがあったこと。だが遺品のなかにあったロケットは、分霊箱ではなかったのだ。ダンブルドアが確認し、違うと呟いたという話をハリーは聞いている。つまり手がかりは、あのメッセージに残された『虹色の容器』のなかへ処分したという一文だけとなる。

 

「もう時間切れよ、ハリー。何もかもアルテシアに話をして、力を借りないとどうにもならないと思う。それから虹色の容器のことだけど、たぶんアルテシアなら知ってると思う。ほら、コレを見て」

 

 キレイなビーズで飾られた、小さなバッグ。検知不可能拡大呪文により多くの物が収納されたバッグから取り出されたのは、虹色の玉。ただこれは、旅に出る前にクリミアーナ家を訪ねたハーマイオニーがアルテシアから貰ったもの。

 

「あのロケットのメッセージにあった『虹色の容器』って、たぶんコレのことだと思う」

「あ! そうだよ、コレだ。なんだか、見たことあるような気がする」

「ぼくもだ。あのメッセージを書いたのはガラティアさんで、クリミアーナ家の人だ。ということは」

 

 ハーマイオニーが、ゆっくりと大きくうなずく。そして、『虹色の容器』について自分たちは何も知らないこと。たとえ発見しても、その扱いについてはアルテシアに相談するしかないんだということを説明する。

 

「そうだよな。なあ、ハリー。これってつまり、手がかりなんだと思うぜ。あれから探してなかったけど、この場合、アルテシアの協力は必要なんだよ、うん」

「そうだな。ホグワーツに戻ったら、聞いてみてもいいんじゃないかな」

 

 ハーマイオニーが見せた虹色の玉を手に、ハリーがつぶやいた。ロンが嬉しげにうなずいたものの、ハーマイオニーの表情は緩まない。じっと、ハリーを見つめる。

 

「な、なんだよ、ハーマイオニー。大丈夫さ、ヴォルデモートになんか負けたりしない」

 

 ふーっ、とため息が出る。この場合、勝敗と言うよりも協力が得られるかどうか、その点こそが問題なのだとハーマイオニーは考えている。それ故のため息なのだが、仮にその協力がなかったとしても勝敗に関しては動くことはないだろう。そのことを、ハーマイオニーは疑ってはいない。もしかすると、決着をつけるのがアルテシアとなるのかもしれないが、勝つのは間違いない、ということ。そのあたり、心配してはいない。

 

「あの、あのね、ハリー。もしも、よ。もしもアルテシアが例のあの人を倒しちゃったりしたら、それはそれでいいこと、なのかしら」

「なんだよ、それ。分霊箱が残ってるんだから、そんなことしてもムダなんだよ。わかってるはずだろ、あいつはまた復活する」

 

 それはそうだ。だけど、とハーマイオニーは思う。分霊箱は、少なくともあと2つある。その処分が、ヴォルデモートとの戦いより先にできるのかどうか。そんな時間的な問題を、ハリーは理解していないのではないか。さすがに今、それは難しいということに気付いているのかいないのか。

 

「でもハリー、さっき自分で言ったわよね。分霊箱を確かめるため、あの人がホグワーツに行くはずだって。そのとき、アルテシアは黙ってないと思うわよ」

「ああ、そりゃそうなるよな。アルテシアのことだから、知らん顔するはずがない。あいつなら例のあの人にも勝てるだろうしな」

「ちょっと待てよ。そうかも知れないけど、それじゃダメなんだって」

 

 だがハーマイオニーは、首を横に振るしかなかった。どう考えても時間が足りない。両方は無理だ。

 

「時間切れなのよ、ハリー。あの人がホグワーツに行けば、どうしたってアルテシアと戦いになる。それまでに、あの人が倒されるまでに髪飾りの処分ができる? 難しいと思うわ」

「いや、でも、ダンブルドアは……」

「間に合わないのよ、ハリー。アルテシアに任せるしかないんだと思う」

 

 ハリーがヴォルデモートに勝てない、などとは思っていない。そういう意味ではないが、ヴォルデモートはアルテシアが倒すことになるだろう。それでいいとハーマイオニーは思っているのだが、それはダンブルドアの意向とは違うのだ。それは、何故なのか。

 

「と、とにかく戻ろう。ホグワーツに戻るんだ。急げばきっと、なんとかなる。ダンブルドアは、ヴォルデモートと決着をつける権利があるって言ったんだ。ぼくには、あいつを倒す権利があるんだ」

 

 ふーっ、とため息。だがそれでいいとハーマイオニーは考える。ハリーがどう思うのか、賛成が得られるのか微妙なところだと思うが、ともあれホグワーツに戻ることになるからだ。最低でも2つ、分霊箱は残っていることになる。だが片方の虹色の玉のほうは、ガラティが処分をしたと言っているのだ。その言葉通りに考えていいとは思うが、ヴォルデモートのことも含め、最後の1つをどうすればいいのか。

 ハーマイオニーは考える。いま必要なのは、旅を続けることではない。アルテシアと相談することなのだ。

 

 

  ※

 

 

 地上からは、30センチほどだろうか。それでも、宙に浮いていることだけは間違いない。そんな姿勢のまま、ただぼんやりと立ち尽くしている格好の魔女。そんなアルテシアへと近づいていくのは、ソフィアだ。他に、人影はない。

 

「アルテシアさま、なにがあったんですか。誰か、ここにいましたよね?」

 

 この場所に侵入者がいたことはわかっているのだ。駆けつけたのは、さすがにアルテシアが一番早かった。だがソフィアだけでなく、そのことに気付いた者は他にもいるのだ。とりあえずソフィアは、その人たちを代表して様子を見に来たのである。

 ダンブルドアの墓と、掘り出された棺。それらが、アルテシアの仕業であるはずがない。侵入者の仕業に決まっているが、その侵入者はいったい何をしていたのか。

 

「あの、アルテシアさま。どうかされましたか」

 

 返事がない。何を見ているのか、変わらず立ち尽くしたままのアルテシア。そんなアルテシアを見るのは、ソフィアにとっては初めて、なのかもしれない。

 

「アルテシアさま、だ、大丈夫、ですか」

「あ、ああ、ソフィア」

 

 ふっ、とアルテシアの表情が緩んだ。向けられた笑顔は、いつも通り。

 

「特別授業、始まりますよ。出席者の何人かも侵入者に気付いてて、あたしが代表して様子見に来たんですけど……」

「ああ、もうそんな時間なんだね」

「何があったか、聞いてもいいですか? あの人、ですよね」

「わたしが来たときには、こんな状態だったのよ。ダンブルドア先生の葬儀に来てないから、お別れに来たって言ってたんだけど」

 

 でも、お別れなんてウソだよね、とアルテシアはつぶやく。それを、そのまま信じてはいないのだ。真実を聞き出すことはできなかったし、ヴォルデモート自身は、その目的を果たしたに違いないのだ。失敗した、と自嘲気味に笑ってみせる。

 

「それはともかく」

「な、なんですか」

「ホグワーツにある分霊箱を取りに来る。あの人はそう言ったわ。回収しに来るから、返事はそのときでいいって」

「返事? なんの返事ですか」

 

 だがアルテシアは、そのことには答えず、話を進めていく。分霊箱は、いわゆる失われた髪飾り、すなわちロウェナの髪飾りであること。そしてその回収のため、ホグワーツに来るということ。

 

「もちろん、デス・イーターの人たちを引き連れてってことですよね」

「そうね。いったん戻り、準備を整えてからってことでしょうから」

 

 だからそれは、例えば今夜、ということにはならないだろうとアルテシアは言う。明日か明後日か。それより遅くはならないだろうし、可能性としては、明後日が一番高いはずだ。

 

「特別授業で、みんなに話すわ。授業の成果を試してもらうってことにしてみようかと思うの」

「なるほど。でも、あの人の相手とかはさすがに無理ですよ。他にも強い人がいるでしょうし」

「その辺は調整しないとね。校舎に近づけるのは、なんとかできそうな相手だけにするわ」

 

 生徒で対処が難しい相手は、それなりの者が相手をする。そんな保護魔法をかけることで、分類をするのだ。もちろん面倒にはなるが、今のアルテシアにとって不可能なことではなくなっていた。そんなやり方も見つけた。

 

「みんな、教室に集まってるのよね?」

「ええ。全員が待機中です」

 

 その返事とともに、アルテシアの姿が消える。苦笑いを浮かべたソフィアも、ダンブルドアの墓を元に戻したあとで姿を消した。

 

 

  ※

 

 

「状況は、そんなところかな。みんなには、侵入者の阻止と確保をやってもらいます。これが、一応の学年末試験ってところかな」

「試験!? アルテシア、あなた、何を言ってるの」

 

 真っ先に声を上げたのはスーザン・ボーンズ。ハッフルパフ寮の生徒である。

 

「そんなことを言ってる場合? つまりはあの人がホグワーツを襲撃してくるってことでしょう? 本物のデス・イーターたちと戦うのが試験って、そんなの無謀だわ」

「でも、スーザン。この1年ほど、わたしたちは防衛術を学んできた。例のあの人たちとでも戦えるだけのモノ、この先の魔法界を生きていくための力。それを学んできたはずよ」

「そ、それはそうだけど、でもねアルテシア」

「実戦的なことを教えて欲しい、例のあの人と戦える力が欲しいって言ってたよね。大丈夫、わたしは、それを教えた。これまでやってきたことが役に立つわ。ホグワーツを、自分たちの学び舎を、自分たちの力で守ることができる」

 

 例のあの人との対決、その可能性はあるものの、その相手はわたしが引き受けるとアルテシアは宣言した。

 

「やろうぜ。ここで何を言っても、あいつらが来るのは間違いないんだ」

「だな。イヤだと言ってみたところで、どうせ、あの人はホグワーツを攻撃してくるんだ。やるしかないよ」

 

 だんだんと、そんな前向きな意見が出始めたところで、今回のホグワーツ防衛作戦の段取りをアルテシアが説明していく。それが、この日の特別授業の内容となった。それらが一段落したところで終わりを告げる。

 

「じゃあ、今日はここまでね。おそらくは明後日、その可能性が一番高いとは思うんだけど、油断はしないようにね」

「大丈夫だよ、任せとけって」

「わかった。わたしは、これから魔法省へ行って来る。あっちとも打ち合わせが必要だからね。スーザン、悪いけど一緒に来てくれる?」

「えっ、わたし……」

 

 にっこり笑ったその顔は、まさにいつものアルテシアである。だがなぜかスーザンは、このとき拒否などできないという雰囲気を感じていた。

 そして、魔法省へと移動。といっても、アルテシアの部屋のドアをくぐるだけなのだが、そこではティアラが待っていた。スーザンとは初顔合わせとなるはずだが、スーザンはもうひとりの人物に人物に目を奪われ、それどころではなかったらしい。

 

「ル、ルーピン先生。リーマス・ルーピン先生、ですよね」

 

 気付かれると思っていなかったのか、ルーピンは、苦笑いを浮かべつつ、眼鏡を外していく。いつだったか、アルテシアから貰った偏光機能のついた眼鏡である。

 

「驚いたのはこっちだよ、ミス・ボーンズ。どうしてここへ。しかし、気付かれるとはな。眼鏡だけじゃ、変装は無理ってことか」

「先生は、いまどうされているんですか。学校を辞められてから、ぜんぜん噂も聞かなくて」

「ああ、その話はまた今度だね。今は、もっと大切な話があるよ。そのためにここに呼ばれたと、ぼくはそう思ってるんだ」

 

 それは、その通り。互いの紹介などは省き、例のあの人によるホグワーツ襲撃、その可能性と防御作戦についての報告がされる。その作戦には闇祓い局とは別に設置された魔法大臣付の特別部隊も組み込まれており、あちこちで活動中の部隊メンバーが集まるのは、明日となる予定だった。

 

「よく考えたね。実力に応じてエリアを分ける。そんなことが本当にできるのなら、この作戦はアリだと思うよ。それでぼくは、どこを担当させてもらえるのかな」

 

 襲撃してくるであろう、デス・イーターたち。だが彼らにも、強弱はあるのだ。よって校舎にまで近づけるのは、特別授業を受けた生徒たちでも対応可能なレベルの者に限る。それより強い者は、その周辺にとどめ、あの人を含めた異常クラスはより遠く。エリアは、おおまかに3つである。

 

「ルーピンさんにお願いしたのは、作戦の詳細な段取りをトンクス隊長に伝えること。そのはずでしたよね。一応、部外者になるんですし」

「い、いやいや、ティアラさん。そこはね、ちょっと納得できないな。こんな話を聞いた以上、知らん顔ができると思うかい?」

 

 それでも、納得していただきます。ティアラはそう言って、話をまとめにかかる。いや、進めていくと言った方が正しいのか。

 

「戦いの後、捕らえたデス・イーターたちの処置。問題は、ここです。現状、アズカバンは魔法牢獄としては不向きです」

「そのことだけど、ティアラ。罪には罰を、それは絶対だよね。収監されるべき人はいるだろうから、アズカバンに変わる何かが必要になる。あるいは、奪還するべきか」

「だね。ぼくもそう思うけど、仮に奪い返すとしても、あそこには吸魂鬼がいるよ。たしかキミ、アレが怖かったはずだよね?」

 

 そう言ったルーピンの記憶をよぎるのは、自身がアルテシアへと課した、まね妖怪への対処を課題とした試験でのこと。おそらくは吸魂鬼に姿を変えたであろうまね妖怪に対し、アルテシアは数日間の医務室送りという結果を残したのだ。事実は違うのだが、ルーピンはそう思っていた。そして、もう1つ思い出したこと。

 

「あぁ、そういえばキミは……」

 

 会った、と言えるのかどうかはさておくとしても、ルーピンが初めてアルテシアの姿を見たのはホグワーツへと向かう特急列車の中だ。吸魂鬼の襲撃を受けたそのとき、アルテシアは……

 

「そう、か。なるほど。吸魂鬼は、なんとかなりそうだな」

「あとは、処罰の基準というか、処罰対象をデス・イーターたち全員とするかどうか、ですけれど」

「ん、どういうことだい?」

 

 そんなルーピンの疑問に対する答えは、すなわち、ボスが存在するということだ。そのためにデス・イーターでいるしかなかった者、抜け出せなかった者、それらをどうするのか。服従の呪文のためだと言い訳する者もいるだろう。

 

「うーん。それはねぇ……」

「わたしは、結局は裁判なのかなって思ってます。それで納得できるのかどうか、キチンと評価することが大切ですよね」

 

 だからこそ、とアルテシアは改めてスーザン・ボーンズに目を向ける。そこでティアラが、苦笑い。

 

「あの、そのことは魔法法執行部のほうで協議を進めてますよ。これまでと同じってことじゃなく、よりよい制度となるようにと」

「ああ、うん。それでいいよ。いいんだけど、その協議の中にスーザンを入れて欲しいんだ。それで連れてきたんだけど」

「なるほど、ミス・ボーンズか。たしか魔法法執行部部長だったアメリア・ボーンズは、キミの叔母さんだったよね。アメリアは、偏見なく公平な判断ができる人だった」

「だからって、その子に魔法法執行部の決定を任せるなんてことは」

 

 いまのスーザンは、単にホグワーツの生徒でしかない。さすがにティアラも、周囲の同意を得るのは難しいと言う。その家系に優秀な魔女がいようとも、それは本人とは関係のない話であり、認められるはずがないだろうと。

 

「違うよティアラ。そうじゃなくて、スーザンの意見というか、考えを聞いて欲しいってことなんだけど」

「あの」

 

 スーザンが何か言おうとし、ティアラも話を続けようしたが、その機会は突然奪われた。アルテシアの部屋と魔法大臣室とをつなぐドアがいささか乱暴に開けられ、ソフィアが飛び込んできたのである。

 

「ポッターさんたちが戻って来ました」

 

 聞けば、最初に察知したのは、探知魔法の練習をしていたネビルであったらしい。それが誰であるのか、さすがにそこまではわからなかったらしく、ちょっとした騒動の末に3人を迎え入れることになったということだ。

 

「それで、ハリーたちは今、どうしているの?」

 

 そこでソフィアは、なぜか疲れたようにふーっ、とため息をついた。

 




 いよいよ、デス・イーターたちとの決戦の時……
 ホグワーツでは、いろいろと準備も整ってきました。ハリーたちも戻ってきます。次回は、第133話「その前日」ということで、そのあたりのお話です。
 では、また。
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