ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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 皆様、あけましておめでとうございます。もう終盤となってきましたが、残りも読んでいただければ幸いです。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 今回、お正月スペシャルということで、今日と明日、2日続けての投稿とさせてもらってます。読む順番にご注意ください。


第134話 「対決、ヴォルデモート」

 転移魔法で湖の畔から校舎内へとハーマイオニーを送り届けたあとで、アルテシアは自分の執務室へと戻ってきていた。予定していたホグワーツの保護魔法見直しは見送り。その代わりにと机の上に置いたのが、虹色の容器を入れた箱だ。

 この箱について、ハーマイオニーに説明したことに間違いはない。誰にも壊せないといったのも、もちろん間違いではない。本気でそう思っている。だがそこに、ちょっとした工夫をしてみるのは悪いことではないはずだ。

 箱を前に、アルテシアは両手の人差し指と親指とを伸ばし、指をつなげて四角形を作る。その四角の中から箱をみる。つい先ほどまで、ヘレナ・レイブンクローの助けも借り、丸一日をかけて覚えたばかりの技術ではあるが、さっそのそれを使ってみようと思い立ったのだ。失敗する、などとは思っていない。なぜなら、学んだのはクリミアーナの魔法をどう活用するのか、というその技法であるからだ。つまりは、その使用方法ということである。新たな手順を試みる、ということにはなるが、そもそもクリミアーナの魔女が、クリミアーナの魔法を使うのだ。失敗するなどあろうはずがない。

 箱の上に、半透明の板のような四角形が浮かぶ。その板の上に、何やら文字のような、あるいは図形のような、そんなものがいくつか並んでいく。それらは、いわば魔法のシグネチャー。そのシンボルといったところか。それらが半透明の板の上でくるくると動き、重なり合い、まとまっていく。これが、新たに覚えた魔法の使い方なのである。

 例えば、今回。

 アルテシアは、無理矢理この箱をこじ開けようとする者へ反撃することを考えた。具体的には、武装解除(エクスペリアームス:Expelliarmus/武器よ去れ)などの魔法を箱から飛ばし、対応しようというのである。この不意の攻撃を、いったいどれだけの者が避けられるだろうか。成功率はかなり高いと思われる。結果、箱の強度は変わらないにせよ、防御面での向上が見込める。

 板上に複数のシグネチャーがあるのにも、もちろん意味がある。少なくとも、発動させたい魔法とそれを発動させるための魔法、その2つが必要だ。もしそこに、失神呪文(ステューピファイ:Stupefy / 麻痺せよ)、あるいは金縛り術(ペトリフィカス・トタルス:Petrificus Totalus / 石になれ)なども配置されていれば、それらの魔法を発動させ、相手を捕らえることも可能となるだろう。

 いつ、どの魔法を発動するのか。それらを判断するシグネチャーも必要になる。また、反撃は1度で十分ということでもない。永続的に箱を守りたいのなら、反撃をする都度、その魔法を発動する直前の状態に戻してやらねばならない。すなわち、その分の時間を戻すシグネチャーも必要……

 そんなわけで、いくつものシグネチャーが動いているのである。それが1つだけならば、ロウェナの残した資料から実現することができた。実際、トンクスたち特別部隊のメンバーに渡したお守りを作るのに使っている。だが複数の、いくつもの魔法を組み合わせるというやり方は、まさに覚えたばかりだ。

 それらが、アルテシアの指の動きに応じて重なり合い、箱の天面へと貼り付けられる。箱の色に合わせてか、半透明となったソレは、よくよく見ないと見つけられないが、そういえば、この文字のようなものには見覚えがある。よく似たモノがクリミアーナ家の魔法書の、その背表紙に刻まれているではないか。

 と、そのとき。ドンドンと部屋の扉がたたかれる。ノックの音にしては少々乱暴な気もするが、扉を開けて入ってきたのはソフィア。

 

「ああ、やっぱりここだった。これ、回収してきたんですけど。なんか気持ち悪いんですよね。また箱を創って入れるとかしてもらえませんか」

 

 そう言って差し出されたのは、紙袋。中には、ロウェナ・レイブンクローの髪飾りが入っていた。なるほど、その髪飾りを手にすると気持ちがざわざわとしてくる。それが、分霊箱となっているからだろうか。

 

「そうだね。ここままじゃ、いくら知恵を与えてくれるといっても、頭になんて、つける気にはなれないか」

「ボーンズさんも、同じこと言ってましたね。あ、ボーンズさんは、ちょっと気になることがあるって寮に戻っちゃいましたけど」

「気になること?」

 

 それは、何か。ソフィアがすぐにも説明してくれるのだろう。だがアルテシアは、目の前にある髪飾りに目を向けた。

 

「まさか、これ?」

「ああ、違いますよ。いや、違わないのかな」

「なによ、それ。どういうこと?」

 

 訳がわからない。いや、簡単な話なのかもしれない。ヴォルデモートとの戦いが迫る中の、その前日。その1日余りの時間を、アルテシアはヘレナと過ごしている。そのアルテシアと話をするため、ハーマイオニーは学校内を探しまわっていたようだが、では、ハリーとロンは? 彼らは、分霊箱である髪飾りを探したのか。

 

「でもこれ、ここにある、わよね。ということは……」

 

 彼らは探していない、ということになるのか。そのあいだ、何をしていたのだろう。いや、その前に考えられるのは。

 

「これが分霊箱だって、ハリーたちは知らなかった、とか」

「どうでしょうね。ま、どっちでもいいです。どうせ彼ら、探すつもりなんてなかったでしょうから」

 

 どういうことなのか。想像もつかないアルテシアにソフィアが説明したのは、その日のハリーとロンがしていたこと。と言っても、大げさな話ではない。何人もの友人達と、その日を談話室の暖炉前で過ごしたのだ。

 

「もっぱら彼らが話していたのは、例のあの人との対決のことですね。デス・イーターたちをいかにして倒すか」

「ああ、盛り上がりすぎたりしてうるさかったんでしょうね。想像できるような気がする」

「それくらいなら別に…… でもアルテシアさま、もしかしたら」

 

 ソフィアの気がかりは、ホグワーツ防衛作戦への影響であるらしい。もしかすると彼らは、自分たちでヴォルデモートを倒そうと無茶な行動をするかもしれない。予想外のことが起こるのかもしれない。そんな気がするのだ、と。

 

「うーん。そういう可能性もあるのか。そこまでは考えてなかったけど」

 

 それがどうなるにせよ、もう時間切れ。このままで行くしかない。すでに禁じられた森の中には多くのデス・イーターたちが集い、あとはヴォルデモートからの進撃の合図を待つだけという状況なのだから。

 

「とりあえず、マクゴナガル先生に連絡だね。ちょっと、予定通りってわけにはいかなくなりそうだから」

「わかりました、でもこれ、どうするんですか?」

「ああ、それがあったね」

 

 2人の視線の先にあるのは、レイブンクローの失われた髪飾りだ。ソフィアが回収してきた、分霊箱がそこに置かれていた。

 

 

  ※

 

 

「なるほど。ありそうな話、だとは思いますがね」

 

 報告を聞いても、マクゴナガルには特に慌てた様子もなかった。それだけでなく、なにもしなくてよろしい、とまで言い切ってみせたのだ。既に十分すぎるほどの準備がしてあるのだから、いくつかの不都合が起こったとしてもいまさらだ。問題はないと、そういうことであるらしい。

 

「ホグワーツを守る、という思いは誰も同じです。各寮監たちもいますし、心配はいりません」

 

 予定通りにいかないことなど、よくあること。そこには、マクゴナガルを含めた寮監が対応にあたればよい。アルテシアには、アルテシアでなければできないことがあるのだから、それをきっちりやること。それだけで十分すぎる成果になると、そう言うのである。

 

「もう、デス・イーターたちは集まっているのだとか。それでも、紅茶を飲むくらいの時間はあるでしょう」

 

 一杯くらいはね、と笑みを見せる。マクゴナガルの執務室では、常に用意されているらしい。すぐにアルテシアの前にカップが用意される。

 

「そうそう、スネイプ校長ですが、彼にも活躍してもらったほうがいいでしょう。これは、寮監全員の意見です。彼が生きていることは、どうせあの人に知られることになる。いえ、すでに知られているのでしょうけれど」

「すみません、それ、わたしのせいですね。あのとき、もう少し何か、やりようはあったと思うんですけど」

 

 場所は、マルフォイ邸。ヴォルデモートの死の呪いを受けたスネイプを、急ぎ連れ去ったあの時のことだ。どういうことだ、何があったのだと騒がせる結果となり、スネイプが生きているのではと思わせるには十分だったと思われた。あれ以降、スネイプは学校内にとどまり誰とも会ってはいないのだが、さて、ヴォルデモートはどう考えているのか。

 

「それは、ともかくとして。今日これで決着がつくというのなら、彼にも表に出てもらったほうがいいということです。逃げ隠れしているような状況は、本意ではないでしょうから」

 

 その結果デス・イーターたちの側に立たれてしまっては本末転倒でしかないが、そんなことになるとは思っていない。そんな疑いなど持ってはいない。ただ今回、ヴォルデモートやデス・イーターたちとは一定の区切りをつけることになるのだ。ならばスネイプにも、そんな機会があってもいい。

 

「ああ、そうだ。先生、決着ということでいえば……」

 

 アルテシアが、そんなことを言い出したちょうどそのときだった。どこの誰のものか。とんでもない大声が、ホグワーツ全体に響き渡った。

 

『傾聴、傾聴せよ。ホグワーツよ、オレさまの声を聞け!』

 

「な、何事ですか」

「たぶん、あの人ですね。拡声の呪文だと思います」

「ふむ、いよいよ始まる、といったところでしょうかね」

 

 そんな話をしている間も、大声は続いていた。その演説を要約するならば、ホグワーツ城への入城の邪魔をするなということ。さすれば、ムダに命が失われることもない。そういうことである。

 

『1時間だ。1時間だけ待とう。その間に、出迎えの準備をせよ。1時間後、我々はホグワーツ城へ向け歩み出す。重ねて言うぞ。これは、警告だ。手出しは無用、死にたくなければ、我らを歓迎せよ』

 

「おやおや、歓迎せよ、ですか。それよりもう1杯飲めますね。1時間ほど待つそうですから」

「そうですね、でも先生」

 

 特に慌てた様子などはない。お代わりを用意する手順も普段通りだし、優雅にカップを口元に運ぶ仕草も同じだ。だが、なぜ待つのだろう。出迎えの準備をせよという、その意味はどういうことになるのか。ヴォルデモートの意図は不明だが、考えても仕方がないとマクゴナガルは言う。

 例えば、アルテシアが準備した防衛体制が物足りないのなら、時間をやるので強化してみろということになる。逃げ出すなら今のうちだと、そんな意味かもしれない。

 

「森へ来い、ってことですかね。来る勇気があるなら、話くらいは聞いてやる、ってところでしょうか」

「そうですね。どうやら、禁じられた森へと誘われているのでしょう。あらかじめ決着を付けておいたあとでゆっくり入城するとか」

「あるいは、あなたを森に引きつけておくつもりなのでしょう。その間にホグワーツ城を落とす、そんな考えかもしれません」

 

 実際には、1時間待つつもりなどないのかもしれない。その意図は、さまざま考えられる。だが少なくともこの1時間が、ただ平穏に過ぎていくということだけはない。それだけは間違いないとアルテシアは思った。ともあれ、紅茶はこの1杯で終わりとするべきだろう。

 

「そういえば、アルテシア。先ほど、何か言いかけていましたね?」

「ああ、そうだ。例のあの人、ヴォルデモート卿との対決ですが、ハリーがホグワーツに戻って来てるので……」

「ポッターに任せたいと? なるほど、そうすればダンブルドアの言いつけを守ることにもなりますね。そういう訳ですか」

「なにより、ハリーがそれを望んでいますから」

 

 そうすることがいいことなのかどうか。情報不足のため、判断はできない。だが、無視することもできなそうだ。すなわち様子を見るしかない、ということになる。

 カップを置き、立ち上がる。だがすぐに、マクゴナガルが引き留めた。

 

「アルテシア、1つだけ言っておきます」

「は、はい」

「もちろん、あなたの思ったようにやっていいのです。そうするべきです。自信を持ちなさい。ただ……」

 

 ただ1つだけ。頭の隅っこにでも置いておくように、としてマクゴナガルが言ったのは。

 

「おそらく、ヴォルデモート卿には勝てませんよ。ポッターは、負けるでしょう」

 

 

  ※

 

 

「なんと。なんと、なんと。おまえが来るとはな」

 

 意外。ヴォルデモートによれば、その2文字さえあれば、今の気持ちを的確に表現できるらしい。ここにハリー・ポッターが来るなど、想像もしていなかったと言うのである。

 ここは禁じられた森の、いわばデス・イーターたちの集合場所。演説のときに明かしたその場所からヴォルデモートは動いてはいなかった。だがハリーがやってきたとき、なぜか集まっていたはずのデス・イーターの姿がほとんどない。そのことを意外に思いつつも、ハリーにとってのそれは、敵の数が少ないという意味で好条件であるはずだった。

 

「だがまあ、よかろう。おまえとも、因縁はあるからな。ああ、うるさいぞベラ。少し静かにしろ」

 

 ベラトリックス・レストレンジである。他には、アントニン・ドロホフとエバン・ロジエールの姿がある。ルシウス・マルフォイもいたが、彼は杖を構えることもなく、ただ妻のナルシッサと共に少し離れた位置に立っていた。

 

「で、どうするのだ。もはやオレさまの興味は、おまえにはない。すぐさま去るというなら、見逃してもやらんでもないが」

「いいや、おまえはぼくと戦うんだ。今日ここで、この場で決着をつけてやる。いいか、トム・リドル。おまえの相手は、このぼくだ」

「ふっ、問答するのも面倒だ。だが、どうしても戦いたいというなら、ふむ、そうだな。実験でもさせてもらうとするか。だが、1人で大丈夫なのか? みたところ、おまえの代わりに死んでくれるお仲間はいないようだが、本当によいのか?」

「なっ、なんだと」

 

 ヴォルデモートのそばに立つデス・イーターたちから笑いが起こる。『生き残った男の子』『選ばれし者』といった言葉も聞こえてくる。

 

「今度もまた、誰かを犠牲として生き残るつもりでいたのだろう。連れてくるのを忘れたなら、待ってやってもいいぞ。そうだな、5分もあれば十分か」

 

 あざけるようなヴォルデモートの物言い。それが母のことだとわかった途端、一気にハリーの頭に血が上っていく。母のことを揶揄されるなど、許せるはずがない。すぐさま杖を構える。赤い閃光がきらめいた。いわゆる、失神呪文である。だがそれは、ハリーの杖から発せられたものではなかった。

 

「遅い。遅いぞ、ポッター。遅すぎて、あくびが出る」

 

 一瞬の油断か。怒りに気をとられ、動きが鈍ったのか。いずれにせよ、先手をとったのはヴォルデモート。その差は瞬きする暇もないほどだったが、その結果には大きな差がでた。次の瞬間には、ハリーはヴォルデモートの前で倒れ伏すことになったのである。いきなり訪れた、この圧倒的に有利な状況がそうさせたのか。続けて死の呪文を放つのではなく、ヴォルデモートは、倒れたハリーを蹴飛ばし地面を転がしていく。それを3度ほど繰り返し、この位置までハリーを運ぶ。

 

「さてさて、失神が解けるまでにはどれほど時間がかかるのか。どうするのだ、ポッター。まだ戦うと言うなら、リナベイト(Renervate/蘇生せよ)をかけてやってもいいぞ」

 

 くすくすと、デス・イーターたちの列から笑いが漏れる。そう、デス・イーターたちはヴォルデモートの後ろで横一列に並んでいるのだ。

 

「知っているか、ポッター。クリミアーナ家には魔法書というものがある。見たことくらいはあるだろう」

 

 視線はハリーに向けられているが、無論、返事など期待してはいない。まだ呪文が効いているのだ。ハリーは身動きすらできずにいる。

 

「わずかの間ではあるが、読んだことがあるのだ。本家ではなく傍系の家だとは思うが、そこで学んだことがある」

 

 何か、意味のあることなのか。その手に持った杖がハリーへと向けられ、その周囲をなぞるように、行きつ戻りつしながら動いていく。

 

「学んだというからには、覚えた魔法もあるのだ。うろ覚えだが、さて。どれほど役に立つものか。リナベイト(Renervate/蘇生せよ)」

「わっ、わが君! いったい、何を!?」

 

 居並ぶデス・イーターたちから悲鳴にも似た声が上がったのも無理はない。ヴォルデモートが放った魔法は、せっかく捕らえた獲物を無条件で解放するに等しいもの。どうせなら死の呪文、いやせめて磔の呪文であったなら。それが、正直な気持ちなのだろう。

 

「どうだ、ポッター。動けるか」

「なっ、なぜ…… なぜだ」

 

 術が解けたのだ。ハリーが動きだしたのは、何もおかしなことではない。だが妙なのは、それがゆっくりと表現するしかない緩慢なものだったこと。重そうに身体を起こしよろよろと立ち上がるが、これでは、格好の標的にしかなりえない。ヴォルデモートの放った魔法が、またもハリーを直撃。今度は、武装解除の呪文である。ハリーが手にしていた杖が宙を舞い、ヴォルデモートの手に収まる。

 

「おまえの得意な魔法だったはずだが、それをやすやす受けるとはな。どうしたのだ、ポッター。オレさまのリナベイト(Renervate/蘇生せよ)では不足なのか」

「な、何だ、どうしてだ。何をした」

「違うな、ポッター。何かしたのはおまえのほうだ」

「ぼくが? 何をしたというんだ」

 

 分霊箱のことだと言いつつ、ヴォルデモートが杖を振る。このときデス・イーターたちの列から歓声が上がったのは、彼らが望んでいたであろう磔の呪文だったからだ。ハリーのほうはと言えば、せっかく立ち上がったものの、またも倒れ伏すこととなった。

 

「おまえが、分霊箱を壊して回っていたことなど知っている。今のは、その罰だ。いや、礼と言っておくべきか」

「………」

「だがそれで、全部ではない。ちなみに残った分霊箱は、今後オレさまが自分で管理をする。その意味がわかるか、ポッター」

 

 分霊箱を奪うには、ヴォルデモートを倒さねばならないことになる。だが仮に倒せたとしても、その時点で分霊箱の効果が発揮される。結果として、ヴォルデモートは復活することになる。もはや、誰にも止められない。つまりは無敵となったのだ、とヴォルデモートは言うのだ。

 

「それだけではないぞ、ポッター」

 

 得意げにそう言うと、奪ったばかりのハリーの杖で磔の呪文を唱える。ハリーの悲鳴が上がるが、先ほどよりは小さい。その効果が弱いのかもしれない。

 

「ふむ、なるほど。この杖はまだ、おまえに忠誠を尽くそうとしているようだな、ポッター」

「な、なにを言ってるんだ」

「杖だよ、杖。杖は持ち主を選ぶのだ。杖職人によれば、杖が誰を主人と思っているのか。この点が重要であるらしい」

 

 魔法の効果を十分に発揮するために必要なもの。それは何も、自分自身の魔法力だけではない。いわば杖との共同作業なのであり、杖からの強い忠誠が必要になると言う。

 

「ただ杖を奪っただけでは、そうはならないようだ。その者に勝ち、どちらが主人としてふさわしいかを示すのだ。杖を納得させてこそ、本当の意味で杖の忠誠が得られる」

「いいのか、その理屈でいけば、おまえが奪ったニワトコの杖はおまえに忠誠を誓ってなどいないことになるぞ。ただ所有している、それだけのことだ」

「ほう、オレさまがニワトコの杖を得たことを知っていたか。よかろう、この杖だ、見るがいい」

 

 ハリーから奪った杖を、もう興味はないとばかりに後ろへと放り投げる。そして、ニワトコの杖を頭上に掲げてみせた。

 

「死の杖、宿命の杖、不敗の杖…… 呼び名はいろいろとある。持ち主もさまざま変わってきたが、ダンブルドアは死んだのだ。セブルス・スネイプの手によって死んだ。そのセブルスを、死の呪文で貫いたのだ。もしや生きておるのかもしれんが、オレさまの勝ちには違いない。そして、万が一」

 

 そこで、改めてハリーを見る。ダンブルドアのことだ、杖に関しても何やら画策していた可能性がある。仮にそうだったとしても、今ここでハリーを倒しておけば、何の問題もない。死の杖の忠誠は、永遠にオレさまのものとなるのだ。

 誇らしげにそう言うと、杖を構えるヴォルデモート。その先にいるハリーは、杖も取り上げられ、満足に動くことすらできないでいるのだ。もはや、絶体絶命。居並ぶデス・イーターたちの期待が最高潮となったとき、死の杖から緑色の光線が発せられた。

 

「なっ、なぜだ。なぜ、動けるのだ」

「知るか、そんなこと。勝負はこれからってことだろ」

 

 ハリーを襲った、緑色の光線。そのアバダ・ケダブラ(Avada Kedavra:息絶えよ)によって吹き飛ばされたということなのか、それともギリギリのところで、それを避けるために動いたのか。

 ともあれ、一瞬の後に、急に拘束を解かれたかのように、その場を素早く離れたハリーが、投げ捨てられた自分の杖のところへと走る。仮に死の呪文を避けたのだとしても、圧倒的不利な状況は変わっていない。杖がなければ話にならないのだ。

 ハリーが持っていた杖は、サンザシの杖。もともとのヒイラギの杖、いわゆる不死鳥の杖ではない。分霊箱を巡る旅の途中で折れてしまったためドラコの杖を使っているのだが、その所有権、杖の忠誠はどうなっているのだろう。ふと、そんなことが頭をよぎる。そのためか。いや、違う。その足が止まることはなかった。ただ、距離的な問題があっただけのこと。

 

「これが欲しいのかい、ポッター。残念だったな。クルーシオ(Crucio/苦しめ)」

「ぐわぁぁぁぁぁ」

「言ってなかったかな。この呪文に必要なのは、楽しむという気持ちだよ。本当に本気で、マジで楽しむことさ。あたしには、その気持ちが十分にあるからねぇ」

 

 ベラトリックスである。サンザシの杖を先に拾ったのは彼女だった。それだけでなく、磔の呪文でハリーを撃った。彼女の言葉そのままに、楽しげに放たれた呪文をまともに受けたハリーは、どうやら、気を失ったらしい。

 

 

  ※

 

 

 ヴォルデモートが目を向けているのは、それまでハリーが立っていた場所である。そこでハリーは、満足に動けずにいた。だが死の呪文を放った瞬間、素早い動きを見せたのだ。それは何故か。そのことを考えていたのだ。単なる偶然なのか、それとも。

 

「効果が途切れた? 慣れていないからか。いいや、違うな。無効とされたのだ」

 

 つぶやきのような、そんな声がデス・イーターたちにも届いた。少し離れた場所にいるマルフォイ夫妻の耳にも。

 

「わ、わが君。ポッターはどうなさるおつもりで?」

「ああ、おまえたちの好きにしていい。うち捨てておくなら、それもよかろう」

 

 予告した1時間は、もう過ぎたのか。ならば、ホグワーツ城への進軍開始の時間である。そのまま木の幹に縛り付けられてもなお気絶したままのハリーなど放置でよい。ヴォルデモートの指示はそういうことだが、既に何十人ものデス・イーターがホグワーツ城を目指しているのだ。その予告には何の意味もない。戦いは始まっているのだ。

 

「わが君、わが君。こやつは度々、我らの邪魔をしてきました。お許しいただけるなら私めが」

「かまわんぞ。好きにしろと言っている。さあ、出発だ」

 

 名乗り出たのは、エバン・ロジエール。そのロジエールが、チラとベラトリックスに目を向ける。ベラはニヤリと笑ってみせただけ。ベラトリックスが目当てとしているのはアルテシアだ。その笑みは、ハリーの処分は任せるということ。

 

「いい夢でも見ているところを悪いが、旅立ちのときが来た。さらばだ、ポッター。アバダ・ケダブラ(Avada Kedavra/息絶えよ)」

 

 緑の光が、ハリーに迫る。気を失ったハリーに避けられるはずもないのだ。そしてその場にいた者たち全員が、その瞬間を目撃することになる。一直線にハリーへと向かう緑の光、ハリーを貫く緑の光が、徐々に色を変えていき、はじけ飛ぶ瞬間を。

 

「な、なんだ。何が起こった」

「どういうことだ」

「誰か、いるのか」

 

 デス・イーターたちからさまざま声があがるなか、はじけ飛んだ光は7つの色に分かれ、くるくるとハリーの周りを回り、徐々に球体を形作る。そう、それは、虹色の玉。

 誰かが発した緑色の光線が、改めてハリーを襲う。だが虹色の玉に阻まれ、その光はハリーのもとへ届きはしなかった。

 

「どこだ、どこにいる。おまえだろう、ずっと隠れて見ていたのだな」

 

 森の中に、ヴォルデモートの大声が響いた。だが、木霊が返るのみ。どこにも姿はないが、どこかに居るのは間違いない。なおも周囲をうかがうヴォルデモート。そんな主の姿に、デス・イーターたちも警戒の範囲を広げていく。

 

「撤退してください。これで引き上げるというなら、このままお別れします。ですが」

 

 ふいに聞こえた、その声。ヴォルデモートが、そしてデス・イーターたちが、声がした方向を見上げる。そう、空を見上げるしかなかったのである。声の主は、空中に浮かんでいた。

 

「あくまで戦いを継続するというのなら……」

「どうするというのだ。もはやホグワーツは落ちたも同然、こちらの勝利は明白だ」

 

 既に校舎を目指し出発した数多くのデス・イーターたち。教師もいるとはいえ、生徒たちにその相手ができようはずもない。闇払いを連れてきたとしても、結果は同じだとヴォルデモートが叫んだ。そのときだった。

 

「なっ! なんだ、これは」

 

 空に居たのはアルテシア。ヴォルデモートが見たのは、そのアルテシアが示した人差し指がキラリと光った瞬間である。このとき必要だったのは、プロテゴ(Protego/護れ)あたりの魔法だろうか。だがヴォルデモートができたのは、とっさに身をそらせたぐらいのものだった。

 もしこれが、許されざる呪文であったなら。あるいは、攻撃性の魔法であったなら。この時点で、あっさりと戦いは決着していたのかもしれない。だが実際には、5センチ程度の大きさの球体が飛んできただけのことだった。その球体が、ヴォルデモートの前で止まり、それが何であるのかを見定めようとしている間に、アルテシアがゆっくりと地上へ降りてくる。

 

「水、か。水だな。ただの水だ。こんな水の玉が、何の役に立つというのだ」

「もちろん、役に立ちますよ。これで、この戦いに勝つことができるんですから」

「ふっ、面白い冗談だ。だが、水だぞ。もう一度言うが、ただの水玉でしかないのだ」

「その水玉に、あなたは敗れるのです。すでに勝敗は決していることに気付きませんか」

「黙れ、そんなことがあるかっ!」

 

 キラッと、ニワトコの杖が発した光。不意を狙ったのだろう、無言呪文にて放たれた魔法だったが、宙に浮かぶ水の玉が素早く動きその行方を阻んだ。ヴォルデモートの魔法はアルテシアではなく水玉を貫いて消えたが、水玉の方は、分裂でもしたかのようにその数を増やし2つとなって、ヴォルデモートを中心とした等距離の場所に、等間隔でぷかぷかと浮かんでいた。

 ヴォルデモートが、続けて魔法を放つ。だがそれも、結果は同じ。周囲に浮かぶ水の玉が4つとなっただけのこと。何を思ったか、それを見たヴォルデモートが走った。素早く立ち位置を変え、改めて魔法を放つ。だが、結果は同じだった。相変わらず水の玉は、ヴォルデモートを中心とした等距離の場所に、等間隔でぷかぷかと浮かんでいた。ただし、その数は8つとなっていた。膝と胸の高さ、それぞれ前後左右に1つずつ。計、8つである。

 

「双子の呪文、というわけか。それだけ、ということでもなさそうだが」

 

 魔法に反応し、即座にそれを阻むのである。位置を変えても移動するのだ。これが、どこまでもつきまとってくるのだとしたら。すでに勝敗は決したというアルテシアの言葉が、ヴォルデモートの頭をよぎる。だが、しかし。所詮は、水の玉なのだ。たいしたことではない。ヴォルデモートは、そう自分に言い聞かせた。

 

「ええと、トム・リドルさんとお呼びすれば」

「違うな。ヴォルデモートだ。ヴォルデモート卿と呼ぶのだ」

「そうですか。いくつか聞きたいことがあるのですが」

 

 それなら、オレにもある。おそらくヴォルデモートは、そう言いたかったはず。だがそれを口には出さず、構えたままの杖をゆっくりと降ろしていく。アルテシアの質問を待つかのように。

 




 対ヴォルデモート。その第一ラウンドとでも言いましょうか。ハリー・ポッターのターンでしたが、さすがに彼には荷が重かったのかも知れませんね。圧倒されてしまう結果となってしまいました。

 ちなみに、ヴォルデモートがハリーの動きを制限してみせたのは、彼がルミアーナ家で学び得た魔法のためです。ヴォルデモート自身も、かつてルミアーナ家に接近した折に食らった拘束系の魔法、相手の行動を制限する魔法ということですが、そのあたりの詳細については、次回の物語のなかで明らかになります。

 ともあれ、ハリーはあっさりと破れてしまいました。次回は、第135話「決着」。アルテシアのターンとなります。お正月ということで、明日の3日に投稿します。金曜日ですけど、スペシャルということでご納得ください。136話からは、また木曜日投稿に戻ります。
 これで対ヴォルデモート戦が終わりということになりますが、戦後処理もありますので、お話はもう少しだけ続きます。では、また明日。

お楽しみに。
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