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「ロウェナ・レイブンクローの髪飾り、それをアルバニアの森で見つけたと聞いています。それで間違いないですか?」
アルテシアと相対するヴォルデモート。その周囲には水の玉が浮かび、後方には3人のデス・イーターが付き従う。そんな状況に変化はない。だがハリーが戦っていたときとは、いささか違った雰囲気がただよっていた。
「ヘレナに、ああ、レイブンクロー寮のゴーストですけど、彼女から隠し場所を聞いて、髪飾りを回収し、分霊箱を創った。間違いないですか?」
「そこまで知っているのか。ああ、そうだ。ちなみに今はホグワーツにあるぞ」
だがそれも、すでにオレさまのものだ。今頃は部下たちが手に入れているだろう、もう誰にも手出しはできないのだと、ヴォルデモートは得意げである。だがそれは、彼の描いていた予定ではそうなっていた、というだけのことでしかない。ここにアルテシアを引きつけておき、その間に分霊箱を得る。そんなヴォルデモートの計画は、さて、どれほど実現したのだろうか。
「その髪飾りと一緒に、何かありませんでしたか。ヘレナは、木の洞の中に一緒に隠したと言ってるんです」
「何か? 何かとは何だ。何もなかったはずだが…… ああ、そういえば。何か、朽ち果てたぼろ雑巾のようなものの上に載っていたな」
「ぼろ雑巾?」
「でもなければ、腐った木ぎれか紙の束…… ああ、魔法書があったはずだとでも言いたいのか。あいにくだが、本と呼べそうなモノではなかったな。アレが何なのか、わかる者なぞこの世にはおるまい」
興味を示す者すらいないはずだ、とまでヴォルデモートは言った。つまりあの魔法書はもう、魔法書としては存在しない。それがはっきりとしたことになる。それならそれでいいのだ。アルテシアにとっては、あの魔法書の結末を知ることが重要なのだから。
「ところで例の件だが、返事はもらえるのか」
「……例の件?」
何のことか。アルテシアがそれを思い出したときには、ヴォルデモートが大きくため息をついていた。そういえば、次に会ったときにでも返事を、といった話をした覚えがあった。だがアルテシアにとっては、所詮はその程度のことでしかない。そう察したヴォルデモートが、もう一度ため息。
「まあ、いい。話を変えるが、ポッターにとどめを刺すところを邪魔したのはおまえだな。魔法の無効化、まさかそんなことができるとはな」
「驚いたのは、こちらのほうです。ルミアーナ家では、きちんと魔法を学んでおられたのですね」
「ふっ、少し長い話にはなるがな」
だが今は、戦いの真っ最中。そうではなかったのだろうか。そんな中で、ヴォルデモートの思い出話が始まった。そんなことより戦えと、そばにいる3人のデス・イーターが思ったとしても不思議はない。もちろん、それを口に出すようなことはしない。彼らには、その話を聞くという選択肢しかなかった。
「不思議な経験だった。道を行くに従って、身体が重くなり、動きづらくなるのだ」
「そうやって、不審な人物を近づけないようにしていたのだと思いますよ。だいたいの人は、その時点で引き返すなりするでしょうからね」
「ああ、そうだな。だが先へ進んでしまい、ついには動けなくなった……」
後で知った話だが、その道の先にはルミアーナ家があり、前触れもなく近づく侵入者に対する防衛措置がされていた。それが、この魔法だったのだ。不用意に近づきすぎ、ついには動けなくなったヴォルデモート。その後、しばらくの間ルミアーナ家に滞在することとなるのは、また別の話である。
「これを罠とし、おまえを捕らえようと考えていたが、結局はムダだったようだ。いとも簡単に無効化されるようでは意味がない」
「もともとはクリミアーナの魔法ですからね。その対処も知っていて当然だと思いませんか」
「む、確かにな。自分のかけた魔法に捕らわれ逃げることもできぬでは話にならん。それすなわち、この妙な水玉からも、逃げ出しようがあるということになる」
言いながら、杖を構えるヴォルデモート。1度、2度、3度。ごく短い間隔で続けざまに3連発された魔法だが、やはり水の玉に阻まれる。それと見るや、今度は右に左、そして頭上と、これもまた連続ででたらめな方角へ向けて魔法を撃つ。
「不意をついても効果はなし、というわけか。無駄話が本当に無駄となったのは残念だが、この水玉、おまえが動かしているのではなく、それぞれが独自に動いているというのはわかった」
「だとしたら、何だと言うんです?」
「さあな。この話はこれで終わりということだ」
ヴォルデモートの周囲には変わらず水の玉が浮かんでおり、その数を順調に増やしている。この内側にいる限り、ヴォルデモートから攻撃は『できない』ということになる。それならば、ということなのか。デス・イーターたちへと目を向ける。
「いいか、おまえ達。オレさまの指示で、一斉にこの水玉を撃て。これだけの数があるのだ。外すことなどあるまいが、なに、外してもかまわんのだぞ」
杖をくいっと動かし、アルテシアの方を指し示す。誰でもいい、アルテシアへの攻撃も織り交ぜろと、そういうことであろう。そしてヴォルデモートから合図がされ一斉攻撃が始まったが、さて、その結果は。
「な、なんだ。当たったはずだぞ。どういうことだ」
ヴォルデモートを含めた4人による、20発近くの連続攻撃。正確にはわからないが、その半数ほどがアルテシアに向けられたようだ。だがそれは、ただゆらゆらとアルテシアの姿を揺らめかせただけ。その攻撃は、効果はなしという結果に終わった。そして、ヴォルデモートを囲む水の玉のほうはといえば。
「なんなのだ、これは? これで、どう決着を付けようというのだ」
すでにその周囲は、水の玉で埋め尽くされていた。その球形の中からヴォルデモートが、外側からデス・イーターたちが攻撃したのだが、その全てが防がれ、ただ水の玉を増やしたのみ。それは内と外、そのどちらからの魔法攻撃も水の玉が防いでしまうということになる。結果的にはヴォルデモートをも守っているということにならないか。
「よもや、水玉が増えることでオレさまが溺れる、とでもいうのか」
「ああ、それも面白いですね。でも……」
「一度、これを全て消し、改めて決闘をすることとしないか。1対1の、魔法使いの決闘だ。ああ、さすがにそんな勇気はないか」
「魔法使いの決闘…… 知っています、ロックハート先生がやり方を教えてくれました」
それは、2年生のときのこと。当時の防衛術教授から、その作法について学んだ。そして、スネイプからエクスペリアームス(Expelliarmus/武器よ去れ)のコツを教えられ、パーバティと対決し、敗れた。
「知っているなら、話は早い。どうだ、後腐れなく、きっちりと決着をつけようではないか」
「でも、わたしの勝利は確定していますよ。攻撃手段などいくらでもあります。なのに今さら、水の玉を消す必要なんて」
「まあ、聞け。代わりに、我が部下を差しだそうではないか。その者を捕らえればよい。そして、この水玉を消すのだ。これは、取り引きだ。おまえとて、この状況ではオレさまに手出しはできぬはず。正直、困っておるのだろう」
アルテシアの攻撃も、水の玉に阻まれヴォルデモートに届かない。かといって、水の玉を消せば、その瞬間に逃げられ、反撃を許してしまうことになる。実際にどうなのかはさておき、そんな状況に困惑しているはずだと、ヴォルデモートはそう考えているらしい。
アルテシアが、ゆっくりと頭を振ってみせた。アルテシアとしては、ヴォルデモートの提案を受ける必要などはない。まじめに検討する値打ちすらもない。だが、魔法使いの決闘、という言葉に気持ちが揺れていた。やってみたいと思ってしまったことに、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「どうした、迷っておるのか。悪い話ではないはずだ。おまえとしても、いつまでもこうしているわけにはいくまい。ホグワーツ城が落ちたという知らせが来てからでは遅いのだぞ」
ここぞとばかり、ヴォルデモートがたたみかける。実際、ほとんどのデス・イーターたちが校舎に向け出発しており、とっくに戦いは始まっているはずだ。それが気にならないと言えば、ウソになる。
「でも、自分から捕虜になろうというような人はいないと思いますけど」
「いいや、小娘。その心配はいらぬ。わが君、わたくしめにお任せください。闇の帝王の代わりに、このわたくしが」
名乗り出たのは、アントニン・ドロホフ。その横ではベラトリックスが、何か言いたそうにしつつヴォルデモートを見ていた。何か、迷っていることでもあるかのように。
※
今、どこにいるのか。それまで何をしていたのか。そんなことはわかっていた。何もかも覚えていた。ただしそれは、磔の呪文のあまりの苦痛に意識を失った、あの時までのこと。その後、どうなったのか。さすがのハリーも、気を失っている間のことはわからなかった。
(これって、アルテシアの魔法だよな)
目の前にあるのは、ゆらゆらと漂っているように見える虹色の光。あたかもシャボン玉のようなソレには、見覚えがあった。何年も前の秘密の部屋での戦い、そのことが昨日のように思い出されてくる。あのときのようにアルテシアに助けられた、そういうことだろうなとハリーは思った。そのアルテシアが、ヴォルデモートと向かい合っている姿が見える。
(えっ!?)
突然、名前を呼ばれた。ささやくような声だったが、たしかに自分の名前だ。誰かが、後ろにいる。確かめたいが、身体が動かない。
「ハリー・ポッター、聞こえていますか、透明マントを持っていますよね。それを着て、出ていらっしゃい。この虹の楯、内側からなら出られるようになっているそうですよ」
「だ、誰だ?」
「ナルシッサ・マルフォイ、ドラコの母です。わかりますか? 脱出には、今が絶好の機会。見逃してはなりません」
ヴォルデモートを初めとしたデス・イーターたちの関心は、いまやアルテシアとの決闘にある。ハリーのほうには、誰も目を向けていないのだ。今なら、面倒なことにもならず逃げ出せる。そんなナルシッサの申し出だが、ハリーには受け入れがたかったようだ。
「ダメだ。ヴォルデモートと決着を付けるんだ。そのために来たんだ。今さら、逃げ出すなんてできるもんか」
「そう、ですか。でもポッター、あなたはついさっき、帝王と戦い、敗れたばかりでは。お忘れですか」
「えっ!?」
「あきらめなさい、あなたは負けたのです。緑色の光を受けたのです。あとはクリミアーナ家のお嬢さんに任せたほうがいいと、私はそう思いますけどね」
ナルシッサによれば、その理由は2つあるという。ヴォルデモートとアルテシアが対峙している今、その戦いを止められるはずがないというのが1つめ。そして、もう1つ。
「ホグワーツ城では、同級生達が戦っていますよ。わたしの息子も含めてね。今ならそこへ、貴重な戦力として駆けつけることができます」
ホグワーツ城へと戻り、学び舎を守るために奮闘すべきではないかというのである。ヴォルデモートに負けたのだ。ならば、ここはアルテシアに任せ、学び舎を守るために奮闘すべきではないか。ナルシッサの言うのはそういうことだ。
いろいろと考えているのだろう、ハリーからの返事はない。その視線の先には、ヴォルデモートとアルテシア。デス・イーターも見えているだろう。
「知ってますよね、ポッター。クリミアーナ家は、スリザリンやレイブンクローに匹敵するような、そんな家だってことを」
ヴォルデモートたちに釘付けだったハリーの視線が、ナルシッサの声のほうへと動く。ようやく、身体も動くようになってきたのだろう。
「考えたことがありますか? そんなクリミアーナの家が、魔法界ではまったく知られていない。何故だろうって」
今現在は、違うのかもしれない。だが少なくともアルテシアのホグワーツ入学以前、クリミアーナの名前は、ほとんど全ての魔法族が知らなかった。聖28の一族にも匹敵するような、いやそれ以上の歴史と実力のある家であるのにも関わらず。
「クリミアーナ家はもっと大切にされてもいい。わたしは、今でもそう思っています。ずっとその思いを持ったまま育ちましたからね」
「な、なぜ」
「おや、やっと返事をしてくれましたね」
「なぜ、クリミアーナ家のことを」
「知っていたのか、ですか。そうですね、まだ小さな頃、我が家にクリミアーナの魔女がいらしたからでしょうね。離縁となりブラックの家を出されましたが、大好きな方でした」
「そ、その人って」
「クリミアーナは、あのお嬢さんが最後のひとり。あなたも聞いたことがあるでしょう。そういうことです」
その魔女が、ガラティアであること。それをハリーは、悟ったに違いない。そんなつながりがあったなんて、ハリーは知らなかった。シリウスは、そんなことを言ってただろうか。
「ポッター、話はこれくらいにしましょう。あなたの透明マントと同じで、あのお嬢さんは透明になれます。わたしの横で、わたしと一緒にあなたの戦いをずっと見ていましたが、そのとき、お嬢さんが創ったモノがあります。ソレを、あなたに渡して欲しいと」
「えっと、何を?」
それは、アルテシアが創った濃い青色の板だった。虹の楯があるため手渡すことはできないと言いながら、ナルシッサがそれを置いた。これを持っていれば、致死性の攻撃であろうと一度だけ防ぐことができるという言葉とともに。
「すぐに行ったほうがいいですよ。そして同級生達を、ドラコを……」
言えたのはそこまでだった。突然わき上がった強烈な光があたりを包み、ナルシッサは言葉を忘れた。
※
時は、少しだけさかのぼることになる。そのときすでに、アルテシアとヴォルデモートによる魔法使いの決闘、その実施が約束されていた。傍らには、戦いを見守る3人のデス・イーターたち。そのうちのアントニン・ドロホフが紐で拘束されているのは、虜囚となることが決闘実施の条件だったからである。
ドロホフを拘束しているのは、もとは彼の杖だったものだ。それをアルテシアが、マクゴナガル直伝の変身術によって変化させた丈夫なもの。そのため、拘束を解くにはアルテシアを上回る魔法力が必要となる。逃げ出すことはほぼ不可能、と言ってよい。
ヴォルデモートとアルテシア。そのどちらが強いのか、どちらの魔法力が上なのか。デス・イーターたちにとっては、問われるまでもないことだろう。その彼らが、固唾をのむかのように成り行きを注目するなか、戦いは続くこととなったのだ。
「では、水の玉を消しましょう」
そう言い、右手を挙げる。何やらつぶやいているように見えたのは、何らかの呪文でも唱えたのだろうか。そのとき、周囲が青く染まった。正しくは、アルテシアが青の光に包まれたとしたほうがいいのかも知れない。そんな青色が、高く掲げたアルテシアの右手に集まっていく。そして、その手の中で、細身の長剣に変わっていた。その剣の色は、透き通るように澄んでいながらも、これ以上はないであろうほどの深い、青。海の色でもなく空の色とも違う、空よりも澄んで海よりも深い、そんな不思議な色。
その長剣を手に、アルテシアがヴォルデモートに斬りかかる。正確には、ヴォルデモートよりも前に、その周囲を埋め尽くすかのように漂う水の玉を切り捨てることになる。
「ほぅ、その剣であれば、水玉は消えるのか」
「というよりも…… これは、魔法を切ることのできる剣ですね。リドルさん、これで魔法使いを斬れば、どうなるでしょうね?」
ヴォルデモートの周囲を漂っていた水の玉は、きれいさっぱりと消えていた。もっとも、この剣を使わずともアルテシアならば自在に消すことはできる。わざわざ剣を使った意味は、それをヴォルデモートに見せるため。
「どう思いますか、リドルさん。この剣は、闇の魔法の範疇となるのでしょうか?」
「なんだと」
「あるいは、これ。わたしの母が考え出したモノなんですけど」
言いながら、手にした剣を宙へと放り投げる。そして代わりに、ということになるのかどうか。その手のひらに真っ赤に燃える火の玉が出現。それを見たヴォルデモートが、苦笑い。
「ふっ、水玉を消したかと思えば、今度は火の玉か。安易なことだな」
「ですか。でもコレ、れっきとした攻撃魔法なんですよね」
その瞬間、火の玉が分裂。7つに分かれ小さくなった火の玉が、アルテシアとヴォルデモートの間に漂い始める。アルテシアが、何やらつぶやいた。なにごとか呪文らしきものらしいが、おそらくは本人以外、聞き取れないほどの小さな声。その呪文にあわせ、宙に漂う火の玉が集まり始める。その赤い色をした玉が縦一列に並んだ瞬間!
アルテシアが、叫んだ。何を叫んだのか。そんなことを気にする暇などなかった。剣のような姿を変わった火の玉が、ヴォルデモートを襲ったのである。だが、しかし。
その炎の剣が、ヴォルデモートを傷つけることはなかった。ヴォルデモートのすぐ前で、ほぼ同時に出現した七色の光の壁が、その剣を受け止めたからである。衝突の瞬間、目映いばかりの光が飛び散り、剣は消えた。このときわき起こった光が、ナルシッサの言葉を途切れさせた光である。空気が、激しく震えた。
「リドルさん、コレは闇の魔法、なのでしょうか?」
その質問に、ヴォルデモートは答えない。その代わりではないだろうが、エバン・ロジエールが2人の間に走り出た。ちょうど、光の壁と炎の剣とがぶつかり合った、そんな場所。そこにひざまづき、ロジエールが頭を下げた。
「やめろ、やめてくれ、娘よ。そんな魔法など、見たことはない。我らの理解を超えたモノだ。そんな魔法は使わないでくれ」
「待て、ロジエール。余計なことだぞ、これは魔法使いの決闘だ」
「ですが、帝王……」
ロジエールがヴォルデモートを見たのは、ほんのわずか。すぐにアルテシアに向かい、改めて頭を下げる。
「オレを拘束してくれてもいい。ドロホフのようにな。だから、その代わりに……」
「なるほど。わかりました、つまりわたしに、杖を使って戦えと。いいですよ。では、改めて決闘を始めましょうか」
※
これは、魔法使いの決闘である。
ロジエールの要求というよりは、その前提に立ってということか。アルテシアの手に剣はなく、杖が握られていた。杖を手に戦おうというのである。だがクリミアーナの魔女は、本来、杖など使わない。つまりそれは、本来の姿ではないということになる。
こんな状況を、ヴォルデモートは、どういう風に受け止めているのだろうか。彼の表情からは、それをうかがうことはできない。
「では、改めて開始する、ということでよろしいですね」
「よいとも。まずはお辞儀から始めるのだ」
軽く、様子見の魔法を打ち合い、決闘が始まる。そしてすぐに、にらみ合いとなる。互いに隙をさぐっているというところか。だがこの形は、アルテシアにとって不慣れであるのは間違いない。戦いの中、そこに勝機を見いだしたのか、己の全力を込めてヴォルデモートが叫んだ。
「アバダ・ケダブラ(Avada Kedavra:息絶えよ)」
「エクスペリアームス(Expelliarmus:武器よ去れ)」
すぐさま、アルテシアも魔法を撃つ。このとき武装解除の呪文を選んだのは、スネイプの教えによるものだ。決闘の作法についてはロックハートに学んだが、魔法のコツなどはスネイプからの伝授である。そのとき一緒に説明を聞いたパーバティとの模擬対決で敗れはしたが、その事実こそ、こういった決闘でのこの魔法の有効性の証明であるとアルテシアは思っている。思っているからこそ、この魔法を選択したということだ。
ドン、と大きな音がした。2人の間で、互いの呪文が衝突した音である。同時にわき起こった光の中を、くるくると回りながら飛び出してきたもの。それが、ゆっくりと宙を舞いながらアルテシアのもとへ。
そのときヴォルデモートは、武装解除の呪文にはじき飛ばされ派手に尻餅を着いていた。すぐさまデス・イーターが、いやこの場合、ベラトリックスがと言うべきか。すぐさま彼女が駆けつけ、ヴォルデモートを抱き起こした。
「ベラ、か…… なにが起こった? どうなったのだ」
「それが、その…… 武装解除されたようです」
「……そうか」
魔法使いの決闘は、アルテシアの勝利で終わった。ニワトコの杖がアルテシアの手の中にある以上、その心中にどんな思いを抱えているかはさておき、そう納得するしかなかった。そんなデス・イーターたちのもとへと、アルテシアがやってくる。
「皆様、決着がついた、ということでよろしいですね?」
「だ、黙れ。おまえがまた何か、卑怯なことをしたのだろう」
「待て、待つのだ、ベラ。仕方があるまい。杖を奪われたからには、もはや戦えぬということだ。認めるしかなかろう」
「わが君、そのことですが、おそらくはダンブルドアの画策があったのでしょう。ニワトコの杖に、わが君を主人とは認めさせないような、何か工作をしたのでは」
そう言ったのは、ロジエールだ。そちらへと視線を向けはしたものの、ヴォルデモートは、ゆっくりと首を振りながらため息をつく。
「そうかも知れんな。だがいったい、どこで何を間違えたのか」
こうなるはずではなかった、というところか。だがアルテシアが言ったように、もはや勝敗は決したようなもの。ベラトリックスの手を借りつつ、ヴォルデモートが、なんとか立ち上がった。
「クリミアーナの娘よ。まずは見事だと褒めておこう。今回はおまえの勝ちでよい」
「今回は、ですか。そうですか」
「だが、間違えるでないぞ。この勝負には負けたが、最後に笑うのはこのオレだ。おまえには、オレさまを倒すことなどできぬのだからな」
こんな状況だというのに、そう言い切ることができるのは何故だろう。すぐに思いつくのは分霊箱の存在だが、ホグワーツに隠してあるというロウェナの髪飾りはソフィアのおかげで回収済み。ジニーが持っていた虹色の容器についても処置は終わっている。それをヴォルデモートは知らないか、あるいは他にも分霊箱があるということか。あるいは、他に何か理由があるのか。
「ともあれ、裁判を受けてもらいます。その結果によって、相応の罰を受けていただくことになります」
「裁判か。面白い冗談ではあるが、その法廷にどうやって出席させるつもりなのだ。大方、あの水玉あたりでも使うつもりなのだろうが無駄なことだ」
おとなしく言うことを聞くつもりなどはない、とうそぶくヴォルデモート。だからといって、アルテシアとて黙っているつもりはなかった。ぽっと、手のひらの上に水の玉が浮かび上がる。アルテシアの手が動き、その玉を宙へと放った。さすがに身構えるヴォルデモートだが、ふわふわと宙を舞った水の玉は、またも、ヴォルデモートの左横5メートルほどの位置でとまった。アルテシア、ヴォルデモート、水の玉、ちょうどその3つを頂点とした正三角形となるような位置関係である。
「水の玉は、水蒸気となって、雲を作ります。雲は雨も降らせるけれど、こんなことも起こします」
マクゴナガル直伝の変身術によるもの、なのかどうか。それは不明だが、アルテシアの言葉に合わせるようにして水の玉が変化していく。そしてついには雷雲となり、雷を落とした。
「こんなのでも、数が増えてくればかなりの衝撃となるのでは。それに、水は凍りますからね」
水が凍れば、体積が増える。十分な数の水の玉があれば、隙間は膨張によって埋めつくされ一体となる。固体化によって、より頑丈にもなるはずだ。つまりは、そこに閉じ込めることができるということか。
「さらに……」
「ま、待て。もうよい、わかった。おまえの言う裁判とやらには出廷してやろう。それでどうなるとも思えんが、気が済むようにしてやる」
アルテシアの言葉を遮り、そう言ったのはヴォルデモートだ。そしてそれに、エバン・ロジエールからの声が続いた。
「こ、降伏する。裁判にも出廷すると言っているのだ。それでよかろう。さっきと言ったが、俺もドロホフのように虜囚とすればいい。だから……」
「だから、ご主人様は見逃せと」
「無論、それもある。そうしてもらえれば何よりだが、よもや、そんな考えはあるまい」
返事の代わりに微笑んでみせる、アルテシア。それでも、ロジエールには十分だったらしい。自分の杖をアルテシアの前に投げてよこし、変化して今は氷の玉となっているモノを指さした。
「次はあれが、あの火の玉にでも変化するのだろう。あるいは、他の攻撃性の魔法を発するのかもしれん。そうなっては終わりだ。もはやどう対処すればいいか、俺には想像すらできん」
「そうですか、だから捕虜になると」
「ああ、そうだ。情けないと思われてもいい。あんな玉につきまとわれるのは勘弁してもらいたいのだ」
宙に浮かぶ水玉を消してくれ、とロジエールは訴える。その水玉を使わないでいてくれるなら、捕虜にもなるし、裁判も受ける。降伏もすると言うのである。
「わかりました。では、これは止めにしましょうか」
ふっ、と今は氷となっていた水の玉が消えた。投げ捨てられていたロジエールの杖を、アルテシアが拾い上げる。そして顔を上げたとき。
「ようやく、卑怯な手を使うのを止めると、そういうことだな」
「ええと、あなたは?」
そうは言ったものの、ずずいっと前に出てきた魔女を、アルテシアは何度か見ている。名前も、周囲の者が呼んでいるのを聞いて知っていた。
「今度は、あたしと戦え。ただし、卑怯な手段はなしという条件で、だ。正々堂々と勝負しろ」
「おい、ベラ。オレたちは降伏するんだぞ。降伏したんだ。帝王も納得された。裁判には出るとおっしゃったのだ。余計なことはするな」
「何を言ってる、ロジエール。それとこれとは、話が別だ。わ、わが君、よろしいですよね?」
さて、ヴォルデモートは降伏に承知しただろうか。そんなことを、アルテシアは考える。はっきりそうとは言っていなかったような気がするのだが、そのヴォルデモートから反論はない。軽く微笑んだような感じで、成り行きを見ているといった様子。ならば、そういうことでいいのだろう。
軽くうなずきながら、ベラトリックスを指さした。
「お、おおっと、なんだ、これは」
「重力制御の魔法です。侵入者よけで使うものですが、さきほどリドルさんが使われたように、相手の動きを妨げることもできますね」
「くっ、きさま、またも卑怯な真似を。せ、正々堂々戦えと、そう言ってるだろう」
この魔法は、ベラトリックスにかかる重力を倍増させるものだ。結果、体が重く感じられるようになり、思ったようには動けなくなる。さきほどの、ハリーがそうであったかのように。
「卑怯、と言われても。さきほど、あなたが帝王などと呼ぶお方がハリーに対して使っていました。つまりはあなたのご主人も……」
「う、うるさい。黙れ、今すぐにこれをやめろ」
身体を支えるのがつらくなったのか、膝をつくベラトリックス。それでも杖を持つその手は、ゆるゆるとアルテシアへ向けられた。
「ダメです、力任せでムリに動いても、骨格や筋肉に悪影響があるだけです」
次の瞬間、ベラトリックスが素早く動き、杖から魔法が発せられた。重力制御と称した魔法を、アルテシアが解除したからだ。一方、ベラの放った魔法は、アルテシアの前で七色の光となって分裂。その七色の光が、その向きを変えベラトリックスを襲う。
「くっ、な、なんだ」
自分へと向かってくる七色の光を避けようと、身をよじるベラトリックス。だが7本の光は、ベラトリックスの周囲を囲むようにした7つの点となり宙にとどまった。
「また、卑怯な真似をするのか。あの水玉と同じことだろう、これは」
ベラトリックスが叫ぶ。だがアルテシアは、首を横に振る。同時に7本の光が動き始めると、1つにまとまっていく。
「ベラトリックスさん、あなたの魔法は全てあなたに返ります。もちろん、回避できますよね?」
「だっ、だから卑怯な真似は止めろと」
もちろん、避けようとはしたのだろう。だが1本となった光に撃たれ、ベラトリックスが倒れ込む。どうやらベラトリックスへと跳ね返った魔法は、ペトリフィカス・トタルス(Petrificus Totalus/石になれ)であったらしい。全身金縛りとはなったが、その目だけは、しっかりとアルテシアに向けられている。闘志はまだ、失われていないらしい。
その視線のなか、アルテシアが杖を取り出し、ベラトリックスへと向ける。
「これで終わり、ということで納得してもらいます。よろしいですね。では、リナベイト(Renervate/蘇生せよ)」
その魔法により、動けるようになったベラトリックスが立ち上がる。だが、その表情を見る限りにおいては、不満だらけといった様子。アルテシアの言う納得などしているようにはみえない。
「まだ、何か?」
「卑怯な真似は止めろと言ったはずだ。なのに、なんだ。正々堂々と戦うつもりはないのか」
「いや、待ってください。わたしのどこが卑怯だと?」
「どこが、だと。そんなこともわからないのか。だから、三流の魔女だなんて言われるんだ」
わからないのは確かだが、そんなことを言われたことなどない。だがクリミアーナの魔法と、いわゆる魔法族のそれとはどこか違う。そんな思いはずっと持っていたが、つまりはそういうことなのだろうか。だがそれは、今さらどうしようもないのではないか。
「そんなに、わたしの魔法はダメですか。クリミアーナの魔法は、あなたにとって……」
「そんなことを言ってんじゃない。訳のわからないことはするなって」
「ちょっといいか。こいつは、自分が理解できないモノを受け入れることができないだけだ。気にしなくていい」
割り込んできたのは、ヴォルデモートではなくロジエール。ベラトリックスはといえば、ロジエールの指摘に反論するでもなく杖を振り、緑色の光線を飛ばしてくる。
「はっ、見ろ。それが、卑怯でなくてなんだと言うんだ。死の呪文だぞ。命中したのに、なぜ生きてる? ちょっと膝をついたくらいで済むような話じゃないだろう」
ベラトリックスの放った魔法は、たしかにアルテシアを直撃した。その衝撃でよろけ、膝をついた。だが、それだけのことだった。そこにアルテシアの油断があったのは否めないが、それは、考え事の方を優先したからだ。そんなことができたのは、もちろん着ているローブにかけられた保護魔法のおかげ。着ているだけで相手からの攻撃を防いでくれるのだから、ベラトリックスに言わせれば、立派に卑怯な手段、ということになるのかもしれない。
「では、ベラトリックスさん。この魔法を体験してもらえますでしょうか。さきほどの剣、なのですけれど。あれもまた、卑怯な手段となるのでしょうか」
そのベラトリックスからは、特に何の反応もない。そのためか、今度はヴォルデモートへと顔を向ける。
「リドルさんはどう思われますか。卑怯な手段と、闇の魔法…… 判断基準なんてあるんでしょうか」
と、そんなことを言いながら右手を挙げていく。その手に杖はないが、次の瞬間には、あの剣が出現するのだろう。そして、どうなるのか。何が起こるのか。ヴォルデモートたちが息を飲んだ、その瞬間。
「ダメです、アルテシアさま」
そんな叫びにも似た声を上げながら、アルテシアのもとへと飛びついてきた者がいた。ソフィアである。ソフィアは、しがみつくようにしてその手を下ろさせる。
「昼間ですからね、気付きにくいと思いますけれど、空は青ですよ。さっきから、青くなってるんです。夜だったら、青い月が出てます。三日月ですよね」
そこで、空を見上げるデス・イーターたち。だがアルテシアは、じっとソフィアを見ていた。そして何か言おうとしたところで、魔法省の闇払い達、いや、正確には魔法大臣付の特別部隊に属する者たちが姿を見せ始めた。
ヴォルデモートとの戦い、本当は7パターンありました。その戦いが決する度、お付きのデス・イーターたちが我が身を差し出し、戦いをやり直すといったカタチが繰り返されるんですね。結果、どうやっても勝てないと考え、抵抗は諦め、方針変更を考えていくことになった、のかも……
かの三国志演義、諸葛孔明による敵将・孟獲に対する七縦七擒の故事にちなんでそうしてみたのですが、それはそれでいいとしても、あまりに長くなりすぎで、飽きてしまいそうなので、減らしました。
ただ、ベラトリックスだけはそれを受け入れていません。それがこの先、ちょっとだけ波乱要素になる? いやいや。ともあれ、この先は、後始末的なお話となっていきます。
次回は、第136話「戦いのあとで」です。