「いやあ、意外だったよ。闇の帝王ともあろう者が、こんなにあっさり捕まってくれるとはね」
「ふっ、杖を奪われ、反撃する手段もない。なのにこれ以上、どうしろと? 今この場では、こうするより仕方がないということだ。今、この場ではな」
ヴォルデモートが、ベラトリックスが、ロジエールが縄で縛られ、拘束されていた。ドロホフはすでに、アルテシアによって拘束済み。この場にいたこともありルシウス・マルフォイも捕まり、ナルシッサはデス・イーターではないということで見逃されることとなった。
「よし、これで戦いは終わりだな。攻めてきたデス・イーターたちはあらかた捕らえた。何人かには逃げられたけど、すぐに捕まるだろうさ」
そう言ったのは、特別部隊の隊長トンクス。魔法大臣でもあるアルテシアへの報告を兼ねてのものということだが、それはヴォルデモートの耳へも届いた。
「おい、それは全員を捕らえたということか」
「あぁ、ええと、そういうことになるのかな」
数人逃げたと言うのだから、全員ということにはならない。だが中心人物はあらかた拘束済みだということで、実質的にはそういうことでいいのだろう。
「ひとつ聞くが、我が部下どもは、校舎へと侵入はしたのか。戦ったのは、学校のどのあたりだ」
「ああ、どうだろうな。何人かが校舎内に入っていったのは見たよ。生徒たちの防衛連携にもほころびがあったしね。でもせいぜいが玄関くらいじゃないのかな」
「……そうか」
それきりヴォルデモートは黙り込み、何事か考え込んでいる様子。だが状況は、そんなヴォルデモートなどお構いなしに進んでいくことになる。このあと捕らわれた者たちは魔法省が用意した拘置施設へと移送させられることになり、そこで裁判の日を待つことになるのだ。
※
そして、誰もいなくなった森。その禁じられた森の中を、アルテシアがゆっくりと歩いていた。といっても、散歩というわけではない。ヴォルデモートとの戦いを終えてホグワーツ城へと戻るところ、その途中なのである。
森に残っていたヴォルデモートたち4人とルシウスは、闇払いたちによって連行されていった。同時にそれは、魔法大臣付の特別部隊も引き上げていったということになる。見逃されたナルシッサは、アルテシアの手を握り感謝の言葉を述べると、ホグワーツ城へと駆けだしていった。ホグワーツ城での戦い、その渦中にいたであろう息子のドラコを心配する余りのことだが、果たしてナルシッサは、校舎の中へと入れるのか。おそらくは侵入者としてとがめられ、余計なトラブルを招くことになるのではないか。
それを心配し、ソフィアがナルシッサの後を追った。そんなわけで、アルテシアはひとりとなったわけである。
「クリミアーナ家は、もっと大切にされてもいいはず、か」
ぽつりと呟いたその言葉は、去り際にナルシッサが言った言葉だ。おそらくは、ヴォルデモートの脅威から保護してくれたことへの感謝、その意味からだろうとアルテシアは思っている。結果として夫は逮捕されたが、無事であることには違いない。ドラコのほうも無事に決まっているのだが、それでもそれを確かめずにはおれない。それが母親なのだと、そう言い校舎の方へと駆けだしていったのだ。
「もっと、大切に、か」
アルテシアは、5歳にして母を亡くしている。そのことを不幸だと言えるのかもしれないが、それまで十分すぎるほどに愛されて育った覚えはある。もちろん大切だと言ったナルシッサの言葉の意味が、そういうことではないことくらいわかる。そう、本当はわかっているのだ。
ナルシッサは、クリミアーナ家と表現している。それはつまり、アルテシアだけでなく広くクリミアーナへと向けた言葉ということだ。ナルシッサが、知っているのかどうか。知っていて、そう言ったのかどうか。そこまで、アルテシアにはわからない。わからないが、その言葉は、アルテシアを初めとしたクリミアーナの娘が願うものへとつながる。
少なくともアルテシアは、そう思っていた。
ナルシッサにも、今回の戦いを無事に終えられるようにとドラコを通じてお守りを渡している。ヴォルデモートと対峙する闇払いに渡したものと同じで、不意の攻撃を防いでくれるプレートだ。実際にそれが発動することはなかったが、守られていたという実感はあったのだろう。ナルシッサは、そのことに感謝し、単にお礼の言葉を述べただけ。
そう考えることもできる。だけど今、ナルシッサからかけられた言葉によって、その願いが、たとえわずかであったとしても達せられたと思うのだ。
さすがにアルテシアも、クリミアーナ家の歴史の全てをこと細かに承知しているわけではない。だが少なくとも、クリミアーナが魔女の家として続いてきたという歴史認識に間違いはない。
「大切にされていた、という実感はないんだけどね」
なにしろ、魔法界との縁は遠かったのだ。皆無というわけではないだろうが、つながりのある家などほとんどない。少なくとも、当時のアルテシアは、まったく承知していなかった。母がマクゴナガルを知っていたことやリリー・ポッターとの交流があったこと、ダイアゴン横丁のマダム・マルキンとの縁などは、後から知ったこと。
ホグワーツに誘われ入学したことで、アルテシア自身も魔法界とのつながりを持つことになった。今はまだ、限られた範囲ということになるけれど、ヴォルデモート卿の率いる闇の勢力との戦いに区切りをつけた今、その範囲は、急速に広がることになるはず。
「クリミアーナ家は、もっと評価されてもいい……」
アルテシアのなかにある不安にも似た気持ち。それは、ナルシッサの言った大切という言葉を評価に置き換えてみれば、わかりやすいのかもしれない。クリミアーナの魔法は、評価されるのか。
ヴォルデモートは、圧倒的な魔法の力で魔法族を支配し、名前を呼ぶことすら恐れるほどに混乱させ、君臨してきた。そのヴォルデモートを倒したクリミアーナを、その魔女を、その魔法を、魔法界はどう思うのか。どのような評価を下すのか。
クリミアーナの魔法は、魔法族のソレと比べ、どこか異質なものだ。間違いなく、そんな部分がある。だからこそ、今回の戦いを勝ち抜けたのだ。だがそのことを、魔法界はどう思うのか。どのような評価を下すのか。ヴォルデモートと同じように見られ、その魔法が闇の魔法として恐れられるのか。その可能性は、どれくらいあるのだろうか。
これは、アルテシアに限った話ではない。クリミアーナの娘が願うのはクリミアーナを、その魔法を認めて欲しいというものだ。もちろんヴォルデモートのように、恐怖とともに力尽くで知らしめようということではない。クリミアーナの魔法に興味を持ってもらい、受け入れてもらいたいだけのこと。
いったい魔法界は、クリミアーナに対してどのような印象を持ち、どう評価するのか。どれだけ考えても、今のアルテシアには、その頭の中に答えは浮かんでこない。
足取りは重いが、ホグワーツ城は確実に近づいてくる。そのホグワーツ城で、どのように出迎えを受けるのか。そこに答えはあるのだろうか。
校庭には、誰もいなかった。アルテシアは、玄関へと歩いて行く。
※
「おやおや、今日一番の活躍をしたはずなのに、こんなところでひとりぼっちとはな。何をしているのだ?」
「ス、スネイプ先生」
一応、校舎の中へと戻っては来ていた。だが大広間のほうから聞こえてくる楽しげな声に、アルテシアの足は動かなくなっていた。どれほどのあいだ、そこに立ち尽くしていたのだろう。もしかすると、5分や10分ではない、のかもしれない。
「マダム・ポンフリーは、今回ほとんど仕事をしなくて済んだらしいぞ。おまえの撃退作戦は上手くいったのだ。なのに、その顔は何だ。広間の騒ぎは、その祝いなのだ。大いばりで入っていけばいい。歓迎されるだろう」
「……いえ、別に。ああ、今日はもう疲れたので、みんなに会うのは明日にしようかと。部屋に戻ります」
「そうか。まあ、それもよかろう。吾輩は、行くところがあるからな。さらばだ」
そのために玄関へと向かうところだったらしい。どこに行くんだろうかと、ぼんやり見送っていたアルテシアだが、ふと頭をよぎったものがあった。
「あの、先生。待ってください」
「なんだ」
「行き先、まさか、魔法省ですか?」
ほんの少し、スネイプの表情が変わる。いわゆる苦笑いといったものだろうが、仮にそうだとするなら、アルテシアの指摘が当たっていたことになる。アルテシアが歩き、スネイプとの間を詰めていく。
「だったら、なんだ? おまえには関係のない話だろう。さっさと部屋に戻って休め」
「いいえ、お忘れかも知れませんけど、今の魔法大臣はわたしですよ。結局のところ、先生の用件はわたしが聞くことになるんです」
なので、今ここで話してくれてもいいのではないか。そのほうが手っ取り早くていいですよと、そう言って微笑むアルテシアに、スネイプは、またもや苦笑いを浮かべることになった。
「さてさて。おかしなこともあるものだ、反論する言葉が見つからぬとはな。さすれば、それがまことに不本意であろうとも、おまえの言うとおりにするしかないようだ」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げたアルテシア。その瞬間に、その場所は校舎の玄関先ではなくなり、顔を上げたときにはアルテシアの執務室へと姿を変えていた。もちろん、アルテシアの魔法によるもの。だがスネイプからは、そのことへの驚きや戸惑いといったようなものは感じ取れない。いつもの無表情を崩すこともなく、その部屋に置かれた簡易な応接セットへと近づき、ソファーへ腰を下ろした。
「茶の用意など無用だぞ。おまえもそこに座れ」
「あ、でも、すぐにできますから」
その言葉通り、紅茶のセットを手にそこへやって来るまでさほど時間はかからなかった。向かい合わせで座ると、スネイプにも勧め、紅茶を一口飲んでみせる。スネイプも、ゆっくりとカップに手を伸ばす。
「おまえの紅茶を飲むのは始めてだが、マクゴナガル先生が好みそうな味だな。だがまあ、当然か。あの人の味に慣れたのであろう」
「そうかもしれません。マクゴナガル先生の部屋では、勉強会のときであっても、いつも紅茶が用意されますから」
「勉強会? 初耳だな。そんなことをしていたのか」
1年生のときから続けてきたマクゴナガルとの勉強会だが、それが続いたのは5年生の終わりまで。アルテシアは6年への進級時に学校へと戻れなかったし、マクゴナガルのほうはクリミアーナの魔法を使えるようになった。そんなこともあり、いつしか行われなくなったものだ。
そんな話のあらましをスネイプへと説明しつつ、ふと、アルテシアは思った。そういえばマクゴナガルがクリミアーナの魔法を使うところを見たことがない気がする。母のオリジナルである火の玉の魔法。たしか、火炎龍と名付けられたはず。アレを見せてくれて以降、1度もないのではないか。だからといって、魔法が使えない、ということではないのはわかっているのだけれど……
「どうした、そろそろ本題の話に入ってもいい頃合いだと思うが」
「あ、はい。そうですね」
だが話があるのはスネイプのほうではなかったか。アルテシアのほうが、それを聞くという立場であったはずなのだ。だが、まあ、いいかと、アルテシアは気持ちを引き上げる。スネイプの思惑はわかっていた。
「今日、ホグワーツを襲撃してきたデス・イーターの人たち、その多くが拘束されました」
「上出来だったな。このホグワーツを守り抜けたのは、おまえが導いた結果だ。賞賛に値する、と吾輩は思う」
「え? ええと」
まさか、そのような言葉が返ってくるなど、さすがのアルテシアも思っていなかった。どう考えても褒め言葉、なのである。放課後の特別授業でアルテシアが教えた生徒たちや、魔法省でアルテシアが指導した見習いの闇払いたちの活躍を、スネイプはつぶさに見ていたのだという。その上での感想を言ったまでだとスネイプは言うが、そんな評価をもらえたことがアルテシアには嬉しかった。
だが、さすがはスネイプである。褒めっぱなしで話を終わらせたりはしなかった。
「だが、残念に思っていることが1つある。いまだやり残していることがあるのに気付いているか」
「ええっと、なにもかも、その全部をうまくやれたとは思っていません。でも先生、たぶん先生がお考えのことは、少し違うんじゃないかと」
「違う? 何が違うのだ。おまえがすべきことは、すぐにでも配下である闇払いを呼び、吾輩を拘束することだ。そうではないのか」
「そこです」
スネイプはデス・イーター。それを過去形とするのか、進行形とみなすのか。2人の論点は、まさにここにある。この日、多くのデス・イーターが拘束されているのだ。ならば自分もそうなるべきだとスネイプは言い、それを保留するとしたアルテシア。その意見がぶつかる。
「おまえの言ってることはおかしいぞ。吾輩がデス・イーターであったことは承知していたはずだ。なのに、なぜだ」
「わたしには、先生がなにか罪を犯したという認識はないんです。そんなの、見た覚えもない。なので、いまのところそんな必要はないと思っています」
「そこがおかしいと言うのだ。おまえが知らないだけ、というようには考えないのか。そうだったなら、どうするのだ」
その指摘には、にっこりと笑顔を返す。そんな心配は、まったくしていないと言うのである。
「仮にそうだったとしても、ちゃんと教えてくれる。そのうちわたしが知ることになると、そう思っています」
「どういうことだ」
「調査します。ちゃんと調べます。そういうことが得意な人が、わたしのそばにはいるんです。しっかりと調査されるので問題ありません」
魔法省では今、そういった体制を整えているのだとアルテシアが説明する。その最中とすべき段階ではあるが、客観的かつ公正な裁判制度を確立し、見落としや間違いなどないようにしていくつもりなのだと。
「なるほどな。だが、本当にそんなことができるのか。率直な疑問として、そんなことをしている時間がおまえにあるのかと問いたい。教師を辞めるなどして欲しくはないのだが」
「しませんよ。魔法省の大臣付筆頭秘書官、今はそんな肩書きになってますけど、ティアラ・クローデルが力を貸してくれています。ソフィアも助けてくれます。わたしの大切な友人たち、ですけどね」
そう言って、笑うアルテシア。その笑顔を見ながら、スネイプは軽くため息をついた。この娘なら実現してしまいそうな、そんな気がするからだ。なぜ、そう思ってしまうのか。そんなことは知らぬがなと苦笑しつつも、紅茶へと手を伸ばすスネイプ。言うべきことは言っておくための、仕切り直しのようなものだ。
「よかろう、おまえの言う調査とやらを待ってやることとするが、それでいいのだな」
「はい。その結果、スネイプ先生にも罪を問う必要があるとなれば、召喚状が届くでしょう」
「とはいえ、どうやって罰するのだ。罪状を明らかとするだけでは片手落ちだ。アズカバンはもはや機能しておらぬぞ」
肝心なのはそこだ、とするスネイプ。デス・イーターには、そのアズカバンから脱走してきた者たちも多い。吸魂鬼が、魔法省の指揮下にあるとは思わぬ方がいいとの指摘である。だが、アルテシアは、ゆっくりうなずいてみせただけ。
「おまえにしても、吸魂鬼を怖がっていたはずだろう。どうするつもりだ」
「怖いです。そばに近づくのもイヤです。だから、吸魂鬼とは付き合うつもりはありません。なので、問題ないです」
そんなことより、レポートのことを思い出して欲しいとアルテシアは言う。『明日、魔法界が滅ぶとしたら何をするか』をテーマとしたレポートのことである。
「今なら実現できると、そう思ってるんです」
「何をだ? 帝王の説得か。いや、そうではないな。たしかおまえは……」
そのレポートを思い出しつつ、じっとアルテシアを見るスネイプ。ヴォルデモートを説得できなければ未来はないというのが、羊皮紙5枚によるレポートでの結論だった。その後にヴォルデモートと会い、説得は難しいと判断したはずなのである。だが、あのレポートには続きがあった。
「まさか、おまえ。できるのか、本当にそんなことができるのか。やれるのか」
スネイプには珍しい、狼狽を含んだその声。だが、そのとき。もちろん、ノックはしたのだろう。そのノックとほぼ同時にドアが開けられ、元気のいい声が部屋の中に轟いた。
「居るんでしょ、アル。ちょっとさ、大広間に来た方がいいよ。だってさ、あっ!」
入ってきたのは、見分けることの難しい、そっくりな姉妹であった。
※
「ええと、どういうことか、説明してくれるかの」
そう言ったのは、肖像画の中のダンブルドア。スネイプのアルテシアに対する問いかけが突然の乱入によって中断した頃、校長室では、マクゴナガルに対して、そんな問いかけがされていた。
「ですから、しばらくの間、私が校長代理をすることになったと」
「そうではない、セブルスがどうしたと? 魔法省に出向いて何をしようというのじゃね」
「彼が言うには、今日、デス・イーターの多くが捕まった。ならば、自分もそうなるべきだと」
「それで、魔法省に出頭したというのかね。理解ができん。何故じゃ」
なぜ、そんなことをしたのか。そんな必要があるのか。ダンブルドアが聞きたいのは、そのあたり。だが、その事情を知りたいと思っているのはマクゴナガルも同じである。なので、その詳細は不明だと言うしかなかった。
「ですが、ダンブルドア。アルテシアのためにそうした、とは思われませんか」
「じゃろうな、そのことに異論を挟むつもりはないが、今回のセブルスの行動は失敗であったと、そう言えるかもしれんのう」
「失敗? なぜですか」
魔法界にとって、ヴォルデモートを始めとした闇の勢力への対応は必須であり、避けては通れない大きな課題である。その大仕事を、就任まもないアルテシアが成し遂げたのは、まさに大手柄と言えるようなもの。だがもちろん、デス・イーターたちを捕らえて終わりという性格のものではない。罪に応じた適切な処罰を伴ってこそ、解決となるのである。
「そうは思わんかね?」
「思いますとも。あいまいな処罰や罪の見逃しなど、あってはなりません」
「そうじゃとも。それゆえ、セブルスが魔法省へと出向いたこともわからんではない。あやつがデス・イーターであったのは事実じゃからの。しかしじゃ」
「それが間違いだと、おっしゃいましたよね。その理由はなんです?」
軽くうなずきつつ、ダンブルドアが、改めてマクゴナガルを見た。なぜ、それがわからぬのかといいたげな眼で。
「考えてみて欲しい。セブルスとしては、見逃されたと思われたくなくて出頭したのじゃろうが、あのお嬢さんに、セブルスを罰するようなことができるじゃろうか」
他人を処罰するなど、アルテシアにはできそうもないとダンブルドアは言うのである。それは、アルテシアにとっては難しいことであるはず。仮に、そこに恩師とも言えるスネイプが加わったならば、なおさらではないかと。
それができないとなれば、新任の魔法大臣による大手柄も、たちまちのうちに大きな失点へと姿を変えてしまうのだ。魔法大臣として受け入れられることはないと、ダンブルドアは言うのである。だがマクゴナガルは、その考えを一笑に付してみせた。
「なんら、問題ありませんね。あの子は、魔法大臣を引き受けたのです。当然、その意味は理解してのこと。その責任も果たすでしょう。処罰されるべきものには、処罰を。必要なことは、必要なのです」
「そうは言うが、実際問題として、どうやって罰すると言うのかね。アズカバンに放り込めばそれでよしとされていた時代は、もう終わっているのではないかね」
デス・イーターの中には、そのアズカバンから脱走してきた者も多い。その看守的な役割をしていたディメンター(Dementor・吸魂鬼)にしても、魔法省の指示に従うことはないと思われている。そんな状況下、捕らえたデス・イーターたちをどう罰するというのか。そんなダンブルドアの懸念に対しては、マクゴナガルは少しも迷うことなく即答した。
「それについては、あの子が書いたレポートがありますからね。その通りにしていくでしょう」
「セブルスが書かせたとかいうやつのことじゃろ。知っておるよ。宿題とか言うておったが、あやつを説得するなどムリであろ」
「ええ、説得はムリでした。そのためかどうかはさておき、あの子は、その続きを書いているのですよ」
「なんじゃね、続きじゃと」
この返事からは、ダンブルドアがレポートの続きの存在を知らなかったことがうかがえる。だがマクゴナガルは、気にしてはいないようだ。その確認などはせず、話を進めていく。
「許されざる呪文などを魔法界からなくしてしまえばいい。そうなれば、どうなるか。当然、その魔法による被害はなくなります」
「む、そうじゃの」
「とはいえ、それを実現するのは難しい。ですが、それが特定の個人に対してであれば」
「まさか、できるというのかね?」
「ええ、このあいだ話をしたところでは、個別での対応であればなんとかなりそうだと」
例えば、ヴォルデモートに対して許されざる呪文を使えなくするのだ。これで、彼の魔法による殺人はなくなることになる。他にも危険な魔法があれば、それも含めて使用できなくすれば、より安全と言えるだろう。使うなと命令するだけでは、その命令が無視されるだけ。禁止命令ではなく、実際に使えなくしてしまうのだ。
「仮に全ての魔法を使えなくしてしまえば、マグルの刑務所に収容することも可能になるわけです」
「待ちなさい、本当にそんなことができるのかね」
「ええ。あの子ができると言ったのです。だから、できるでしょう」
さすがに、ダンブルドアも驚いたのだろう。返事が返ってこない。しばしの沈黙が訪れる。そして。
「お、おお、そうじゃった。肝心の話がまだなのを思い出した。デス・イーターどもを一網打尽にしたと聞いたが、ヴォルデモートは無事なのかね」
「無事? 無事かとは、どういうことです?」
「いやいや、戦いの様子はどうだったのかと思うての。ハリーはどうしておるかの。あの2人は戦ったのじゃろ」
「ああ、そのあたりの詳しいことは、まだわかりません。結果の報告が届いただけで、まだアルテシアと話はできていないのです」
そのアルテシアは何をしているのか。ふと、マクゴナガルはそんなことを思った。捕らえたデス・イーターたちへの対応で、魔法省は今、大忙しといったところだろう。それは、十分に考えられるのだけれど。
「捕らえたと言うのじゃから、戦ったのはお嬢さん、ということになるかのう。手を出すなと言っておいたはずなのじゃが、いったいハリーは何をしていたのじゃろうか」
「ハリー・ポッターに戦うつもりがあったのなら、戦っていると思いますよ。ダンブルドア、あなたがアルテシアにそう約束させたではありませんか。あの子は、約束は守りますからね」
「ああ、そうじゃったな。ではハリーに、その話を聞かねばなるまいて。ここに呼んでくださらんか」
それには、マクゴナガルは難色を示した。ハリーは今、大広間での大宴会、デス・イーターたちの魔の手からホグワーツを自分たちの手で守り切ったことの、その祝勝会の真っ最中であるからだ。
「呼んでも、来たがらないかもしれませんよ。お祝いの会が終わるまで待った方がいいのでは」
「なるほど、せっかく楽しんでおるところに水を差すのはかわいそうじゃな。よいとも、今さら急ぐことでもないしの」
そう言ったダンブルドアを、マクゴナガルがいくらか笑みを浮かべた顔で見つめる。
「でしたら、ダンブルドア。それを待つ間、これまで秘密にしていたことを話すというのはどうです? それを知りたいと思っている人は何人もいますからね」
「ふむ、そうかもしれんの。じゃが、ヴォルデモートの一件は、もはや解決したようなものじゃろ。ハリーのことは気になるが、今さらそんな話は必要なかろうて」
「おや、そうですか。それは、残念ですこと」
そのハリーのことこそが、気になる点なのである。いろいろと内緒事を抱えているはずなのだが、ダンブルドアは話すつもりはないらしい。それらのことは解決したのかどうか。もっともハリー自身は大広間で楽しんでいる最中なので、それほど気にすることではないのかもしれない。
「そんな顔をするでない、ミネルバ。あなたらしくもない」
「おや、そうですか。私らしくありませんか」
「ハリーに関することじゃからの。まずはハリーと話をしてからにすべきじゃと、そうは思わんかね」
「なるほど、たしかに」
だがその場合でも、説明がされるのかどうか。そんなことはなさそうだ、とマクゴナガルは思う。なぜなら、ダンブルドアも言ったようにヴォルデモートをめぐる一件はもはや解決したようなもの、とも言えるからだ。
「何か話してくれるという、そんな見通しはありましょうか」
「さあての。ともあれ、話をしてみんことにはな」
全ては、ハリー次第ということになるようだ。直接ハリーに尋ねてみれば、少しは見込みがあるだろうか。いや、結果はおそらく同じだろう。思わず知らず、ため息がでそうになるマクゴナガルであった。
※
大広間はずいぶんと静かになっていたが、祝賀会が終わったという訳ではないらしい。一時のような騒ぎは見られくなっていたが、そこかしこで数人程度の集まりができており、さかんに話をしているといったところ。各寮のテーブルには料理も残っているし、それに手を伸ばしている生徒たちの姿もある。グリフィンドールのテーブルも同様で、その端の方ではハリーが、ロン、ハーマイオニーと共に周囲に視線を走らせていた。そばには、テーブルに突っ伏して居眠りをしているネビルくらいしかいない。あの戦いの後、ようやく話せる状況になったのだ。互いにうなずき合った3人が、頭を寄せ合う。
「あのときぼく、死んだんじゃないかと思うんだ。あの緑色の光には覚えがある」
幼い頃の記憶だ。守護霊の呪文や閉心術の特訓でも、何度も見せられたあの場面。緑の色に支配され、母が命を落としたあの瞬間。ならば自分もそうなっていたはずだ、とハリーは言うのである。いわゆる、死の呪文だ。
「だ、だけど、ハリー。キミって、大事なことを忘れてるみたいだ。いいか、キミは今、生きてる」
「ああ、生きてるさ。生き返ったんだよ。蘇りの石のおかげじゃないかと思うんだ」
蘇りの石は、ダンブルドアの遺品として受け取った黄金のスニッチの中にあったものだ。もともとは、ゴーント家の家宝であった指輪である。それをヴォルデモートが分霊箱にしていたのだが、不用意に指にはめてしまったことで指輪にかけられた呪いが発動し、命を縮める結果を招いている。
「死の秘宝、ね。でも、ハリー。あれは、死んでも持ち主が生き返るってことじゃなかったと思うんだけど」
「かもね。もしかしたら、あのときアルテシアが何かしてくれたのかもしれないけど、でもアルテシアだって……」
さすがに、死者を生き返らせるなんてできるはずがない。その点は、誰もが同意見。ただ、あの場にアルテシアがいたのは間違いない。ヴォルデモートと対峙し戦っている場面も目撃しているのだ。
「気がついたら、ぼくの周りは赤や青のシャボン玉みたいな、そうだ、ちょうどプロテゴに色がついたみたいなやつに包まれてたんだ。あの光の楯には見覚えがある」
「あぁ、あれだよな。秘密の部屋のときだろ」
2年生のときのことだ。正確にはそれがアルテシアによるものかどうか、バジリスクから守ってくれたのかどうかまではわからない。だがその光が、秘密の部屋の怪物であるバジリスクの視線から守るかのようにハリー自身を包み込んでいたのだ。そして今回、デス・イーターたちの攻撃から守ってくれていたことだけは間違いない。
「けどあのときも、その光が何なのかわからなかったんだよな。今回も、それとおんなじってことか」
「そうだけど、どっちもアルテシアがやったんだ。そのはずだ」
「でも、あれだよな。はっきり言えるのは、これで全部終わったってことさ。何もかも解決したってことになるんだ」
果たして、そうか。そういうことでいいのか。さすがにハーマイオニーには、思うところがあるようだ。だが何事か考えている様子で、黙っているだけ。ハリーやロンも同じなのかもしれないが、ハーマイオニーが何か言うのを待っているような、そんな顔で見ているだけ。結果、ちょっとした沈黙の時間が流れることになったのだが、それが長続きせずに終わったのは、ふいにこんな言葉がかけられたからだ。
「終わったっていうのなら、アルテシアに話してやってくれないか。どんなことでも、彼女の役に立つと思うんだ」
「ネ、ネビル! おまえ、起きてたのか」
それは、傍らで居眠りしていたはずのネビル・ロングボトムの声。いつから話を聞いていたのか。ハリーたち3人の視線が集中するなか、ネビルは少し照れたように笑ってみせた。
闇の陣営との戦いが終わり、いわば戦後処理が始まっていきます。
あっさりと捕まったヴォルデモートですが、何やら考えがあってのことなのかどうか。誰もが思いつくのは、分霊箱。でも、それは処理済み……
ヴォルデモートに奥の手があるのか、ないのか。それはともかく、魔法界は、次の段階である犯罪者の処罰へと進んでいくことになります
第137話は「審理の開始」。ネビルは、ハリーたちに何を言い出すのか。スネイプへの処罰はどうなるのか。お楽しみに。