「どういうことだよ、ネビル。アルテシアに何を話せって?」
ロンである。デス・イーターたちの襲撃からホグワーツを守り切ったことを受けての、大広間での祝賀会。それも終わりが近くなり、参加者の姿も減り始めた頃になって、ロンたち3人がテーブルの片隅で始めたひそひそ話。そこに、ネビルが割り込んできたのである。
「なんでもいいんだよ。ぼくはよく知らないけど、キミたちは違うだろ。例のあの人のことで知ってること、いろいろあるはずだ。それを話してくれたら、きっとアルテシアのためになると思うんだ」
「どうして? どうしてそう思うの?」
ハーマイオニーである。ロンとハリーは、いったんハーマイオニーを見た後で、すぐにネビルへと視線を戻す。
「どうしてって、わかるだろ。ぼくらはこうしてお祝いして終わりだけど、アルテシアはそうじゃない。捕まえたデス・イーターたちのことがある。これまではアズカバンに放り込めばよかったんだけど、そんな簡単な話じゃなくなってる。きっとあいつらは、アズカバンなんて簡単に脱走してくるんだ」
アズカバンの看守であった吸魂鬼は、今も魔法省の指示に従うのか。それは疑問だとネビルは言う。何人ものデス・イーターの脱走が実現しているのだ。当然、監獄の役割など望めないのだと。
「これからが大変なんだよ。どんなことだって、どんな情報だって必要なんだ。きっと何か、役に立つんだよ」
「で、でも…… それはそうなんでしょうけど……」
返事をしたのはハーマイオニー。だが、その先が続かない。ヴォルデモートに関する情報、それをアルテシアが必要としているのはわかる。役立つというのも本当だろう。だけどハリーは、誰にも話すなと言ったダンブルドアの言葉を守っている。今さら、そんな必要があるのかどうかは疑問だが、どうするのがいいのか。そんな思いが、ハーマイオニーの頭をよぎる。自然、その眼がハリーへと向けられることになり、それにハリーも気付いた。
「い、いや、ぼくだって、話さなきゃとは思ってるんだ。けど、まだ終わってないだろ。やり残したことがある」
「やり残したこと?」
ついさっき、ロンが全部終わったと言ったはずだ。なのになぜ? 当然の疑問だが、ネビルには思い出したことがあった。そういえば彼らは、例のあの人の分霊箱を探していたはず。それに、今朝早くの出来事のこともある。そうか、そういうことか。
「それって、レイブンクローの遺品のことだったりするのかな。今ごろになって、それを探す気になったってことかい?」
「ちょ、ちょっと待てよ、ネビル。おまえ、何を言ってんだ」
そんなハリーの慌てぶり。それに軽く微笑んでから、ネビルは早朝の出来事を話して聞かせた。8階にある必要の部屋、そこから出てきたハッフルパフのスーザン・ボーンズに会ったことを。
「スリザリンのあの子もいたよ。2人とも、なぜキミたちが探そうとしないのか意味がわからないって言ってた。一応、今日まで待ってたらしい」
なるほど、ホグワーツへと戻って来たハリーたちがやったことと言えば、自分たちが戻ったことを祝う歓迎会へと参加したくらい。スーザン・ボーンズが言ったそうだ。ハリーが探そうとしなかったので、代わりに見つけ出したのだと。
「失われた髪飾り、レイブンクローじゃそう呼ばれてるらしいね。でもそれ、なにか得体の知れないモノになってたみたいでね。持ってるだけでも気持ちが悪いってスリザリンのあの子が言ってたよ」
「強力な呪いがかけられてるからだと思うわ。それで、その髪飾りだけど」
「アルテシアのところに持ってったんだと思うよ。気持ち悪いって言ってたし、またあの箱とかに封じ込めるんじゃないかな」
「あの箱? また?」
「説明しろよ、ネビル」
どういうことなのか。ハーマイオニーやハリーが勢いよく迫ってくるが、ネビルのほうは少しも気にした様子はない。いつもの彼と、その態度になんらの変化もない。
「だって、そのままだと危険じゃないか。だったら、絶対に壊せない安全な箱に入れといた方がいいってことになるよね」
「待てよネビル、確認だけど、またって言ったよな。それって、前にも同じようなことがあったってことだよな」
「そうなるね。あの人の分霊箱から魂だけを移した虹色の玉をジニーが持ってたんだ。それをアルテシアが封印した」
「おまえ、分霊箱のこと、知ってるのか」
ネビルが、軽くうなずいてみせた。そして話は、分霊箱のことはアルテシアに教えてもらったことやジニーが持っていた虹色の玉のことへと移っていく。それを黙って聞いていたハーマイオニーだが、話があらかた終わろうとする頃になって。
「ジニーが持ってた虹色の玉のことは知ってるわ。アルテシアが見せてくれたし、ちゃんと処置してあることも聞いてる。レイブンクローの髪飾りも、それと同じように処理するってことだよね、ネビル」
そのことをネビルに確認し、今度は、ハーマイオニーがうなずいてみせた。
「アルテシアを信用しないわけじゃないけど、髪飾りがいつ処理されたのか。その箱が、本当に壊せないのかどうか。確かめておく必要があるんじゃないかと思う。本当に壊せないのなら、分霊箱の件は解決したってことになるけど」
「じゃあ、全部終わりってことだね。アルテシアなら、ちゃんとやってるさ。これで、やり残したことはない。そうだよね」
そう言ってネビルが、ハリーを見る。だがその返事は、ハリーからではなくハーマイオニーから返ってきた。
「残念だけど、ネビル。分霊箱の件が解決したからって、提供できる情報は何もないってことになるわ」
「え、そうなのかい」
「分霊箱を見つけ出して破壊する。それが旅の目的だったからね。でもそれも、アルテシアが終わらせた。そういうことになるのよ」
「あ! ああ、そうか。そうだね、そういうことになるのか」
ハリーたちの、およそ一年がかりの旅。その目的は達せられた。それができたのなら、おそらくアルテシアも、その目的が何であるのかを知っている、あるいは気づいているということになるのだから、と言うハーマイオニーに、ネビルは納得の表情を浮かべた。
「アルテシアの助けになると思ったんだよ。なれると思ったんだけど、さすがはアルテシアだよね。ぼくなんか、まだまだってことか」
少し寂しそうにそう言いながら、席を立つ。そして、大きく伸びをしてみせた。
「寮に戻るよ。今朝は早くからあの人たちを警戒してたからね。ほとんど寝てないんだ」
ネビルは、デス・イーターたちの襲撃に備えるため、まだ夜も明けぬ暗いうちから警戒態勢をとっていたのである。寝ていないというのは本当だろう。いくらかでもアルテシアの助けになると思ってのことかどうかはさておき、侵入者がいればすぐに対処するため、であるのは間違いない。
そのネビルを見送り、大広間を出て行くのを待って、ハーマイオニーは改めてハリーを見た。
「ネビルには、あんな風に言ったんだけど」
「な、なんだよ」
「本当に、何も言うことはないのかしら。アルテシアと話をしなくてもいいのかしら。どう思う?」
ロンやハリーから、返事はない。というより、何を言っていいのかわからない、といったところか。ハーマイオニーが、軽くため息をついた。
「とにかく、場所を変えましょう。もう祝賀の宴会も終わりのようなものだし、ジニーからも話を聞きたいから」
そのジニーの姿は、すでに大広間にはなかった。そのことに、ハーマイオニーは気付いていたのだろう。
※
よく放課後に、アルテシアたちが使っていた空き教室である。そこにハリーたち3人の姿があった。
机がいくつか寄せ集められ、それぞれが向かい合わせで座れるようにと並べられていく。椅子の数が4つあるということは、もう1人来ることになっているようだ。
準備はすぐに終わり、ハリーの横にハーマイオニー、その前にロンが座る。1つ残ってる空席は、それから5分が過ぎてもそのまま。10分が過ぎ、15分が過ぎ、20分近くとなってようやく、空き教室の入口が開けられた。
「遅いぞ、ジニー。何してたんだよ、どれだけ待ったと思ってるんだ」
「ごめんね、ちょっと寄り道っていうか、先に行っておきたいところがあって」
いきなり怒鳴られることになったジニーだが、たいして気にした様子もなく、空いている席へと座る。視線は、いらだつロンではなくハリーに向けられた。
「呼ばれた理由くらい、予想はできてる。だからね、先に行っておいた方が無駄がないと思ったの」
「何をしに? 聞かせてもらえるわよね? どこに行ったの?」
「どこって、アルテシアのところだけど。目的はコレよ」
そう言って取り出したのは、虹色の玉。神秘部でデス・イーターたちと争った際に、わざわざジニーが持ち帰ったモノだ。ソレが今、透明な箱の中へと入れられている。
「実物があった方が話がしやすいでしょ。大丈夫よ、分霊箱のことだって知ってるわ」
「ジニー、これって、触ってもいいのよね?」
聞いたのはハーマイオニーだが、その返事など待たずに手を伸ばし、その箱を掴んだのはハリーだ。すぐにロンも、顔を寄せてのぞき込む。
「大丈夫よ。その虹色の玉のなかにね、例のあの人の魂が閉じ込めてあるらしいんだけど、まったく問題ないわ」
「いや、ジニー。おまえ、秘密の部屋のこと忘れたのか。これって、あの日記帳と同じようなものなんだぞ」
「だから、大丈夫なんだってば。その玉が壊れたりしない限り、あの人の魂は出てこられない。しかも、その玉を入れた箱だって絶対に壊れない。ほら、なんの問題もないじゃないの」
「い、いや、ジニー。箱が壊れないとしても、開ければ同じこと…… あ、あれ?」
透明とはいえ、虹色の玉が箱状の物に入っているのはわかる。それを開けようとしたハリーだが、開かない。ロンも加わり色々と試してみるが、結局、中身である虹色の玉を取り出すことはできない。ジニーは、何も言わずにその様子をみていた。
「これ、どうやって開けるの?」
ようやくハリーが音を上げたところで、ハーマイオニーが手を伸ばし、虹色の玉が入った箱を手に取った。
「たぶん、開かないのよ、これ。開けられないし、壊せない。そうだよね、ジニー」
「うん、そう。だってさ、開いたら意味ないでしょ。中身の虹色の玉を守ってるんだから」
実際は、虹色の玉だけでも大丈夫であるらしい。だがアルテシアではない、別の誰かが作ったものだ。それがクリミアーナ家の魔女である限り、簡単には壊れることもなく、この玉だけでヴォルデモートの魂を封じ込めておけるはずではあるが、あくまでも『はず』でしかない。自分が関与したモノでない以上、それを保証することはできない。だからアルテシアは、この箱に入れたのだ。
「なるほどね。でもこれ、本当に壊れないかどうか確かめなきゃいけないんだ。試させてもらうよ」
「いや、ハリー。この箱作ったの、アルテシアだぜ。必要ないって、そう思っちゃうのはおかしいのかな」
「いいえ、ちっともおかしくないわ。さすがはアルテシアだよね、ロンの言うとおりだと思う」
だけど、と言いながら手にしていた箱をジニーの前に置く。
「だけどね、ジニー。分霊箱はもう1つあるの。それも同じように処理されてるのかどうか知っておく必要があるんだけど」
「レイブンクローの失われた髪飾りのことだよね。あたしがアルテシアの部屋に行ったとき、そこにあったよ」
髪飾りが見つけ出されたことは、ネビルからの情報でハリーたちも知っていた。そのときアルテシアの名前も出ていたので、それがアルテシアの部屋にあったとしても意外でもなんでもない。すぐさま、ハリーがそのことを尋ねてくる。
「それで、髪飾りはどうなったの?」
「どうって、ちゃんと箱に入れてあったけど。あたしが行ったときは、もしそれを身につけたらどうなるかなって話してた」
「まさか。それって危ないよ。ダンブルドアだって、同じようなことをして命に関わるような呪いにかかったことがあるんだ」
「そんな心配、いらないかもね、ハリー。スリザリンのロケットのこと、覚えてるでしょ。アルテシアなら、あれと同じようにできるんじゃないかしら」
ヴォルデモートが分霊箱としたスリザリンのロケットが、今では分霊箱ではなくなっている。ガラティアという魔女がそうしたのだ。同じクリミアーナ家の魔女であるのだから、アルテシアにも同じことができるだろう。そう考えるのは、おかしなことではないはずなのだ。
「すごいよね、アルテシアは。分霊箱の心配はなくなった。例のあの人のことも、気にしなくてよくなったんだよね」
「い、いや。でもね」
「3年生のとき、かな。アルテシアがいなかったら、シリウスを無事に逃がしてあげることはできなかったと思う。神秘部で戦ったときにも助けてもらったわ」
「そうだよな。秘密の部屋のときだってあいつ、きっと何かしてくれたと思うんだ。何かはわからないけどね」
「そうね。たぶんだけど、ほかにも色々としてくれてたのかもしれない。知らないところで、いろいろと助けられていたのかも」
そんなことを言いながら、ハーマイオニーが席を立った。
「アルテシアのところへ行きましょう。話をしないとね。話すこと、いろいろあると思うわ」
「そうだよな。もう、何もかも終わったようなもんだし、いいんじゃないか。なあ、ハリー」
ロンがすぐさま賛同し、立ち上がる。ハリーもそれに続こうと席を立とうとしたのだが、ジニーだけは大きく首を横に振った。
「ムリだと思うよ。これから魔法省に行くんだって言ってたから」
「魔法省?」
「あの人も含めたデス・イーターたち、たくさん捕まったでしょ。その処罰とか、いろいろと忙しいみたい。学校の方は、もう授業ないからね」
「ええと、どういうことだ、ジニー?」
ロンは、すぐには意味がわからないらしい。ハリーも同様に見える。ハーマイオニーは大きめのため息をついた。
「今日のことで、すでに魔法省は大忙しになってるはず。アルテシアは、その責任者なんだってことよ。ネビルが言ってたわよね。ぼくらはお祝いして終わりだけど、アルテシアはそうじゃないって。覚えてるわよね?」
「それは…… でも、なにもアルテシアがやらなくたって」
「魔法大臣の仕事なのよ。でも、アルテシアの部屋には行きましょう。まだ、いるかも知れない。間に合うかも知れないわ」
それも、そうだ。ジニーも含めた4人は、すぐさまアルテシアの部屋へと向かった。だが予想通りというか、残念なことに4人が部屋に着いたとき、アルテシアは魔法省の大臣室にいたのである。
※
「じゃあ、いきなり例のあの人から始める、ということにするんですね?」
「そう、それで一気に流れを作ってしまうのがいいと思うんです。問題は、あの人の考えがいまひとつ読めてないってことなんだけど」
「どういうことなの、ティアラ?」
魔法省の大臣室。そこで、ソフィア、ティアラ、アルテシアの3人が打ち合わせ中といった、そんなところである。
「妙に、おとなしすぎるんです。もっと暴れたりするだろうって予想してましたけど、拍子抜けっていうか。おかげで、他のデス・イーターの人たちも、ひっそりとしてるんです。何か企みがあるのかもしれません」
「だとしても、あの人とは正面から向き合う必要があるわ。それも、ちゃんとした場所で、きちんとした手続きを踏んだうえでね」
「もちろんです」
そうしてこそ、意味があるのだ。そこに生まれた意味が、魔法界に新たな秩序へとつながっていくことになる。少なくとも、そのきっかけにはなるはずだ。
「おそらく、時間はかかるでしょう。それでも、手を抜くことなくしっかりと進めていかなければね」
「もちろんですけど、正直、長いこと関わっていたくはないですね。さっさと片付けてしまいたいです」
相手は、ヴォルデモートだけではない。その部下である多くのデス・イーターたちもいるのだ。彼らが何をし、どのような罪を犯してきたのか。ヴォルデモートの関与はどうだったのか。ティアラのクローデル家による調査などもあって、そんなことも次第に明らかとなるだろうし、その資料を活用することで、彼らの審理は順調に進むだろう。
それはさておき、今回の審理は魔法法執行部が中心となり、その担当者が容疑者の罪を告発し裁く側に立つことで進められる。もちろん裁かれる側にも、反論なり異議の申し立てをすることが認められている。そんな両者の対決の場が法廷なのであり、法廷での経過を持って、罪の有無やその量刑が判断されることになる。
その判断をする人物は、ウィゼンガモット最高裁事務局によって各事案ごとに選任されることが決まっている。当然にして第三者的な客観性が求められることになるのだが、それができる人物となると、すぐには集めるのは難しい。当面の間は、魔法大臣であるアルテシアが担当することになるようだ。
「午前中は例のあの人、午後からは他のデス・イーターたち。そんな形で、平行して進めていきたいですね。過密スケジュールってことにはなりますけど、そうしないといつまでたっても終わりません。なにしろ、人数が多いですからね」
その審理のやり方については、従来のものに比べ、それほど変わってはいない。大胆に改革しようと思えばできただろう。だが今は、こんな形で始めていくことになる。だがおそらくは…… 今の段階ではそう言うしかないが、おそらくは、デス・イーターたちへの審理が進むにつれ、少しずつ変わっていくだろう。そしてそれらが終わる頃、その様変わりしたやり方が定着しているのかどうか。それを、標準とすることができているのかどうか。
そこには、大きな意味があるとティアラは思っていた。そこにこそ、魔法界によるクリミアーナへの評価があると思うからだ。それがクリミアーナの実績となり、足跡となるのだ。そのためにも今、アルテシアには頑張ってもらう必要がある。
じっとアルテシアを見つめるティアラに、アルテシアが微笑んで見せた。
「わかってるよ。明日から、頑張っていかないとね」
「お願いしますね。連日、法廷を開くことになると思います。体調には、十分に気をつけてください」
※
「無用、無用。わざわざ、審理などする必要はない。無駄なことはやめておけ。何もかも認めてやる」
「お静かに。まだ法廷は、始まってもいな…… え! なんと…… 今、なんと、おっしゃいましたか、何もかも……」
「認める、と言ったのだ。聞いていなかったのか」
たしかに、まだ始まっていなかった。法廷への出席者が姿を見せ、席に着き始めたところでしかない。ヴォルデモート自身も、法廷へと足を踏み入れたばかりであり、用意された椅子に座ってもいなかった。
「おまえらが、どの程度までの調査をしているのか、そんなことは知らん。それが正しかろうと、間違っていようと、そんなことはどうでもいいことだ」
「どうでもいいとは、どういうことですか。なぜです?」
「知らんと言ってるだろう。逆に聞くが、そんなものに何か意味があるのか。無条件に受け入れると言っておるのだぞ。それで満足すればよかろう」
果たして、それで満足できるのかどうか。それはさておくとしても、仮にヴォルデモートが魔法界のトップであった場合は、どういうことになるだろうか。すなわち今、アルテシアが座っている場所にヴォルデモートが座っていたとするならば、おそらくは過去にヴォルデモートがやってきたこと、そのどれもが彼の武勇伝となってしまい、罪を問う対象とはならないはずだ。そんなことで変わってしまうようなものに、どんな意味があるのか。ヴォルデモートが言うのは、そういうことだ。立場によってそれらは大きく変わってしまうということである。
そんな話を静かに聞いていたアルテシアが席を立つ。
「リドルさん。あ、そうお呼びしていいんでしたよね?」
「ヴォルデモートだ。ヴォルデモート卿と呼んでもらおう」
「あなたには、数多くの嫌疑がかけられています。そのすべてを、認めるということでいいんですか。まだ十分に調査をしたとは言えない段階です。もしかすると、無関係のものが含まれているかもしれませんよ。それでも、認めるんですか」
「そうだ。認める。無駄な時間を過ごしたくはないのだ。さっさと処罰すればよかろう。どうせ、アズカバンにでも送るのが関の山であろうがな」
本気であるのかどうか。その判断は難しく、すぐには判断できそうにない。アルテシアは、軽く首をかしげて見せた。それはなにも、アルテシアだけではない。ヴォルデモートの罪を問う側に立つ魔法法執行部の面々も、戸惑いの表情を隠せていない。ざわざわとした空気が法廷を支配していくなかで、アルテシアの凜とした声が響いた。
「たった今、ヴォルデモート卿はすべての容疑を認めました。ならば、その罪に対する処罰が必要となります。判決は1週間後、この法廷で。よろしいですね?」
「結構だ。ではオレさまは、宿へと戻らせてもらうぞ」
「宿、ですか。一応、魔法省管理の勾留施設なのですけれど」
その言葉には応えず、ヴォルデモートが歩き去って行く。結局、用意された椅子に座ることはなかった。
※
「どういうことでしょう? おかげで、予定が大きく狂っちゃうのかも。いったいあの人、なに考えてるんですかね」
ヴォルデモートへの審理は行われることなく、アルテシアたちは魔法大臣室へと戻ってきていた。今、大臣室にいるのはソフィア、ティアラ、アルテシアの3人である。そんななか、いらだちを隠そうともせず不満を募らせるティアラ。彼女の言う予定がデス・イーターへの審理、その順調な進捗にあるとするなら、その初手からつまずいた格好なのである。ゆえに、愚痴も出ようというもの。だが考えてみれば、犯罪事実を、その真偽を明らかにするのが法廷であるはず。その容疑者が罪を認めたのであるから、そう悪いことではないのかもしれない。だけど。
「問題は、真意ですよね。すぐにでも処罰されることを望んでいるような、そんな口ぶりでした。おとなしく捕まったこともそうですけど、なにか企んでるのは間違いないようですね」
仮にそうだとして、これからどうするのがよいのか。もちろんヴォルデモートには、何かしらの思惑があるのだろう。だが今のところ、その企みを正確に知る術はない。魔法法執行部やウィゼンガモットといった関係する部署でも同じだろうが、今できるのは、ただあれこれとその善後策を話し合うくらいしかない。結局のところ、このまま結審とし、彼を裁くしかないのではないか。
「考えられるのは、3つですよね。1つめは……」
さすがにそれは、わざわざ言われるまでもないこと。そのとき誰もが、頭のなかに、その隅っこにとどめていた分霊箱というモノの存在を思い浮かべていた。たとえ処刑されても、その存在によって復活することができるのだ。現在の状況から逃れるため、その効果を利用しようとするのはおかしなことではない。つまりは、捕らわれた状況から逃れるため、すぐにも処刑してくれないかと、そういうことになる。
それが、ソフィアのいう1つめである。だがティアラが、疑問を挟む。
「けど、ポッターさんたちが分霊箱を処分したはず。でしょ? 学校に残っていた髪飾りだって、ちゃんと封印したんだよね」
「そうですけど、全部を見つけてないんだと思います。髪飾りだって、探そうともしなかったくらいだし、漏れがあっても不思議じゃないです」
「てことは、なに? どこかに分霊箱が残ってるってこと?」
可能性を言い出せば、どこまでも果てしなく、きりがない。だが分霊箱が、仮にまだあるのだとしても、それが魔法界の脅威となり得るのだろうか。そのあたり、大いに疑問だとティアラは考える。なまじ復活した前例があるだけに始末が悪いのだが、そのことだけで彼が不死身となるわけではない。それでも魔法界は、彼の復活におびえる日々を過ごすのだろうか。
前回と違い、復活に失敗するかもしれない。何かしらのリスクもあるはずだし、なにより今回はクリミアーナの魔女、アルテシアがいるのだ。
そのことを知って欲しい、とティアラは思っている。実は何の心配もいらないのだと理解して欲しいところだが、いっそのこと、この件を解決してしまったほうが話は早いのかもしれない。
「どうしようか? 今から探す? 何のアテもないけどさ。クローデル家で探させるとしても、時間かかると思うよ」
「そこです、ティアラさん。それが2つめ、時間稼ぎってことは考えられませんか」
つまりは、こういうことである。分霊箱が残っている限りヴォルデモートが復活してくるのであれば、処刑する前にそれを処分しておかない限り、いずれまた魔法界が混乱に陥ることになる。少なくともその可能性は残るのだから、何らかの対処が必要になる。
「探すとしても、そう簡単には見つからないですよね。そもそも、あるのかないのかすらもわからない」
まさに、悪魔の証明だ。ソレが存在しないと、証明するのは不可能に近い。しかもヴォルデモートにとっては、何らのデメリットもないのだ。やっかいなこと、この上ない。
仮に分霊箱が存在するのなら、少なくとも、それを見つけ出し処分するまでの間は処刑することができないし、しても意味がないことになる。分霊箱が残っていないとしても、存在しないモノを探し続けることになる。そんなモノはないのに、それを探さねばならない。つまりは、いつまでも処刑することができないという状況に陥ることになる。
まさにヴォルデモートは、そんな状況を作ろうとしているのではないか。あえて罪を認めたのは、分霊箱が残っていると思わせるためであり、すぐにも処分しろと迫るのは、分霊箱による復活を示唆しているのではないか、というのである。
少なくとも、ヴォルデモートには時間ができる。その間に何かしら策を考え、実行していけばいいのだ。これは、そのための時間を得ようとしてのこと。そんなところではないのかと。
「なるほどね。でも、ムリだと思うよ。あの人の思い通りにはならないし、させるつもりもないよ」
ヴォルデモートを逃がしたりはしない。脱走など許すつもりもない。そんなことになれば、アルテシアは、クリミアーナはどういうことになるのか。おそらく、その評価は地に落ちることになるだろう。魔法界に受け入れられるなど夢のまた夢、再び魔法界と距離を置かざるを得なくなるかもしれないのだ。
そんな状況を招くであろうことは容易に想像できる。ヴォルデモートの狙いは、そんなところにもあるのだろう。それは、ティアラの予定には入っていなかった。
「3つあるんだったよね、ソフィア。3つめってなに?」
「例のあの人も、分霊箱が残ってるのかどうか分かってないじゃないですかね。その可能性、ありますよね」
「だから、あっても無くてもいいような、そんな策を考えたってこと?」
「そうです。実は、何にも考えてないのかもしれませんけどね。どうせアルテシアさまにはかないっこありませんから、本当に諦めちゃったのかもしれませんよ。そんなこともあるかもしれません」
「はは、だったら、話は簡単なんだけど」
そんなことを言いつつ、ティアラがアルテシアへと目を向ける。さっきから話をしていたのは、ティアラとソフィアの2人。アルテシアは黙って聞いているだけだった。
「アルテシアさまは、どう思います?」
「どうって、分霊箱は探さない。探さなくていいよ。とりあえず、そのことは忘れようか」
「いいんですか。いろいろと面倒なことになりそうな気もするんですけど」
「そうかもしれない。でも大丈夫だよ、分霊箱があってもなくても……」
だが、ちょうどそのとき。アルテシアの言葉を遮るかのように、大臣室のドアがノックもなく開けられた。誰もが振り向く中、姿を見せたのはスーザン・ボーンズ、その人である。
「よかった、みんないるね。ね、なんだかややこしい感じになってきてるんだけど、あの人の審理ってどうなるの、アルテシア。終わり?」
「ちょっと! ちょっと、待ってください。ボーンズさんでしたよね。ここ、大臣室なんですけど」
「知ってるよ。だから、来たんだもん。だってさ、こっちでアルテシアがいるとしたらここでしょ」
いま魔法省内にスーザンがいるのは、彼女が魔法法執行部で実習中の身であるからだ。卒業後に魔法省へと入り、魔法法執行部に所属することになっているのだ。彼女の叔母と同じ道を歩もうということだが、こうして卒業前から出入りができているのは、ティアラの計らいによるもの。
「もう…… それで、何しにここへ?」
「伝言係、かな? そんなとこです。連絡してこいって言われてね」
「だったら先に、それを言うべきでしたね。あなたがアルテシアさまのご友人だということは承知してますけど、公私の区別はキッチリとしてもらいます」
魔法法執行部の用事で来たのなら、まずそれを先に済ませるべきではないのか。そんなティアラの指摘には、さすがにスーザンも納得させられたのだろう。照れ笑いを浮かべつつも、姿勢を正すと深めに頭を下げた。
「失礼しました。ええと…… 魔法法執行部からの通達です。これから開く審理に、魔法大臣の出席を要請します」
「審理? えっ、これから?」
「はい。あ、でもですね、昼食後ってことになるんだと思いますよ。審理の対象となる人に招集をかけたばかりですから」
「ええと、ボーンズさん。それって、どういうことですか?」
それは、当然の疑問であったろう。口にしたのはソフィアだけだが、3人ともがスーザンに注目しており、その返事を待つわずかの間ではあるが、沈黙の時間が流れることになる。そして。
「ええと、魔法法執行部のなかも大騒ぎになってるんです。例のあの人の審理、それがあんな結果になって、混乱しちゃったんだと思うんですけど……」
だから、こんなことを言い出したのではないか、というのだ。スーザンの考えでは、今回の混乱の原因は、審理のやり方が変更されたことにもあるらしい。従来のものと比べてもそれほどの違いはないのだが、魔法法執行部にとっては初めての手続きとなるのだ。緊張感もあるのだろう。だからこそ、事前にしっかりと審理の手順を確認しておきたい。そのために臨時の審理を開きたいということになったようだ。
「なるほど。あらかじめ予行演習しておこうって、そういうことですね」
「だと思います。だって、失敗するわけにはいかないもの。これからの魔法界にとって重要なことだと思うんですよね」
問題は、手順を確認しつつ進められるような、そんな審理が開けるのかどうかだ。しかも、その日のうちに終えられるような、そんな都合のいい事案というか、容疑者がいるのか。いるとすれば、それは誰なのか?
「その相手って、誰? もう法廷にいるの?」
「いえ、まだだと思いますよ。執行部の人たちだってお腹はすくでしょうから、審理は午後からってことになると思います」
「それで、誰の審理なの? 誰を裁くの?」
「スネイプ先生です」
「えっ!!」
驚きの声が、アルテシアも含めた3人から上がった。スネイプへは、すでに召喚状を携えたフクロウを飛ばしたらしい。魔法省に属する中ではもっとも速いフクロウであるらしいが、それでも、スネイプが法廷まで来るのには相応の時間が掛かるのだろう。午後からの審理となるのは、その意味もあるのかもしれない。
ヴォルデモートは、己への審理を拒否。代わりに、全ての罪を認めるというのです。その意図はどこにあるのか。そのこと、魔法省内ではあれこれと言われることになります。ポイントは、まだ分霊箱が残っているのかどうか。
一方ハリーたちは、戦いが終わってから、分霊箱の処理が終わっていることを知るんですね。いったい、分霊箱は幾つあるのか。まだ残っているのか。ハリーはそれを知っていますが、アルテシアたちは知らない。ハリーからの情報があれば、審理での意図を知るのに役立ったのかも。
次回は、第138話「スネイプへの処罰」。この先、デス・イーターたちへの処罰が始まることになります。さて、スネイプの場合はどうなるのか。さすがに無罪放免、ということにはならなそうです。