ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第138話 「スネイプへの処罰」

 その場所は、なにも魔法省の地下10階でなくてもよかったのではないか。これほどに広く大仰な場所である必要など、どこにあるというのか。もっと狭くてもかまわない。どこかその辺の、適当な会議室あたりにしてもらうわけにはいかないものだろうか。

 ここで待てと、案内されてきたウィゼンガモットの法廷。自分に割り当てられた椅子に腰を下ろしながら、スネイプはそんなことを考える。自分以外、誰もいない大法廷。静かではあるが、居心地はよろしくない。それだけは確かなのだが、不満に思ってみても仕方のないこと。愚痴を聞いてくれる相手はいないのだ。問題は、どれほど待たされることになるのか、という点である。

 時刻の指定などはなかった。あるのは、できる限り早く来るように、という指示のみ。その結果として、こうして待たされているわけだ。いずれは呼び出されると思っていたが、待ち時間があるのなら、その間にアルテシアと話ができないものか。何階なのかは知らないが、この魔法省内にいるはずなのだから。

 そんなことを思ってはみたものの、もちろん、本当に実現するなどとは考えていなかった。まさかそれが、実現するなどとは思ってもいなかったのだ。だがこれは、どうしたことか。

 

「せ、先生。どうしてここに?」

「それを、おまえが聞くのか。あいにくだが、吾輩のセリフだと思うがな」

「審理を開くので、それに出席しろ。そう言われて来たのですが…… でも、まさか。もう来られていたんですね」

「まぁ、そういうことだ。ずいぶんと待たされているのだが、その審理とやらは、まだ始まらんのか」

 

 いま法廷にいるのは、スネイプとアルテシアのみだ。少なくとも、スネイプの罪を立証する側である魔法法執行部からの出席と、その場で立ち会いを務めるヴィゼンガモットからの参加がなければ、審理は始められない。そういう取り決めとなっているからだ。

 

「まあ、よかろう。それまで相手をしてもらうが、よいか」

「相手、ですか。わたしに何をしろと」

「そんな、いやそうな顔をするな。おまえが書いたレポートの話をしたいだけだ」

「宿題で書いたレポートのことですか、羊皮紙5枚の」

 

 ゆっくりとうなずく、スネイプ。明日、魔法界が滅ぶとしたら、今日、何をしたいか。そんなテーマで書かれたレポートのことだ。その中でアルテシアは、滅ばないための努力がしたいと、そう書いている。

 

「闇の帝王と話し合い、暴挙を諫める。それがかなわぬときは、実力で止めてみせる。そんなことが書かれていたが、これは驚くべきことだとは思わんか」

 

 なにしろ現実世界では今、実際にヴォルデモートらの暴走は止められ、ほぼ闇の勢力を一掃したところなのである。それがいかに難しく、実現困難であることか。それを成し遂げたことが、どれほど価値のあることなのか。

 

「だが今の魔法界で、それが正しく評価されることはないぞ。いや、することができないのだ」

 

 いったい、何を言いたいのか。アルテシアがそれを問う間もなく、スネイプが話を続ける。

 

「なにしろ、世の中の魔女や魔法使い、そのほとんどがおまえのことを知らぬ。それゆえ、めずらしく魔法省が頑張った、あるいは、またポッターが何かしら活躍したのに違いない。そう思われているのが関の山、といったところだろう」

 

 知らぬ者の名を、口にできようはずもない。納得のいく正しい説明がされない限り、それぞれが、自分の持つ知識のなかで答えを求めることになる。そのため、ハリー・ポッターの名が出ることはあっても、アルテシアの、クリミアーナの名が出ることはない。

 スネイプの言うのは、そういうことである。

 

「とはいえ、おまえのやったことは、十分に評価されるべき事ではある。よくやったな」

「ええと、それは」

「まあ、聞け。ホグワーツに入学したとき、おまえは魔法が使えなかった。だが何かしらの手を使い、学校に入り込んだトロールを打ち倒した。あれは、おまえが倒した。そうだな? だが手柄は、おまえではなくロナルド・ウィーズリーのものとなっている。おまえが、何を思って譲ったのかは知らん。だが、それでよかったのか」

「でも、あれは本当にロンのお手柄なんですよ」

 

 スネイプは、あの事件の真相を知らない。その裏で何があったのかを知らないはずで、それを知りたいとも思っているのだろうが、話を進めることを優先したようだ。話そうとするアルテシアを押しとどめ、自分の話を続ける。

 

「トロールの件だけではないぞ。おまえは、何度も同じことを繰り返したのだ。その後に起こった闇の帝王がらみの騒動も、ことごとくポッターらの手柄となった。ふっ、仕方があるまい。医務室で寝込んでいる女生徒が本当の主役だなどとは、誰も思わん」

 

 ハリーとは周囲の注目度が違っていたし、アルテシア自身も、積極的に主張してはこなかった。つまりスネイプとしては、手柄の帰属は、なるべくしてそうなったということになるのだろう。

 

「ポッターたちが何もしなかったとは言わん。だがもし、おまえという存在がなかったとしたらどうだ。果たして、うまくいったのだろうか。いや、仮の話はやめておくか。ひとまず、そのことはいい」

 

 大事なのはこれからだ、とスネイプは言う。ヴォルデモートらの暴走を止め、闇の勢力を一網打尽としてみせた。だがもちろん、それで終わりということではない。宿題のレポートという机上の話ならばともかく、現実世界では、これでよいということにはならないのだ。捕らえた犯罪者の処罰を含めた後始末、この先は、そういったものが重要となってくる。

 そういった指摘をされるのは、アルテシアにとって、初めてのことではない。それにもちろん、そのこともちゃんと考えているのだ。

 

「さもありなん。あのレポートには続きがあるのだからな。ならば安心と言いたいところだが、さて。無論、苦労は報われねばならんと思ってはいるが」

「そう、ですね」

「今回の件、しっかりと落着させねばならんぞ。トロールの件とは違うのだ。譲る必要など、どこにもない。後始末などを通し、世間の評価を正しく得よ。それがおまえにとっての……」

 

 もちろん、その言葉には続きがあっただろう。もしかすると、口にはしていたかも知れない。だがその言葉は、そのとき法廷へと入ってきた4人、その代表とおぼしき魔法使いの声にかき消されてしまったらしい。少なくとも、アルテシアの耳に届きはしなかった。

 法廷へとやってきたのは、魔法法執行部の者たち。どれほどの時間であったのかはさておくとして、ここへ来るのをスネイプが待っていた者たちである。

 

「やあやあ、早速始めましょうか。準備はよろしいですか? 忙しいのですから、さっさと済ませましょう」

 

 スネイプの眉がピクッと動いた。気のせいだろうか。そこに、怒りや苛立ち、そんな気持ちの動きが見えたような気がした。

 

 

  ※

 

 

「これより、審理を開きます。スネイプ氏への罪を問うものですが、この先、予定が目白押し。あっさりと終わらせたいので協力お願いしますね」

 

 今後、ヴォルデモートをはじめとしたデス・イーター達への審理が続いていくため、スネイプへの審理は今回限り、それも今日中には終わらせたいと、そういうことだろう。わざわざ言わなくてもよさそうなものだが。

 

「えー、この審理の担当は私、ドノバン・ウォーカー。判決についてはアルテシア大臣、それからウィゼンガモット最高裁事務局に立会人をお願いし、行います。よろしいですかな」

 

 今回より、審理の進め方には改定がされることになっていた。従来のそれと比べ、さほど違いがある訳ではないのだが、それ故のウォーカー氏による確認なのであろう。被疑者と、その容疑の立証を担う者、結果を判断する者、そして第三者的な立会人。法廷には、それらが揃っていなければならないと決められたのだ。

 

「かつてスネイプ氏は、死の呪文を使い、当時のホグワーツ校長であるダンブルドア氏の命を奪っています。この事実、もちろん認めますよね?」

 

 スネイプへの問いかけだが、答えを求めたものではないらしい。わずかに変化したスネイプの表情に満足したかのように、何枚かの書類を示しながら話を続けた。

 

「でもあなたは、亡くなった校長の後釜に納まっている。何故か。それは、コレのおかげというか、ね、そうですよね」

「ソレが何かは知らんが、吾輩が校長となったのは魔法省などの承認があったからこそだ。不正なことはしておらん」

「不正、とは言ってませんよ。あえて言うなら、密約、ですかね」

「なんのことだ…… 密約?」

「あなたは、ダンブルドア氏の指示によって死の呪文を行使したのですよね。何かの呪いによって、彼の命は限られていたとも聞いています。おそらくダンブルドア氏は、その呪いで死ぬことを良しとしなかったのでしょう」

 

 ダンブルドアは自らの意思で死を選んだのだ、とウォーカーは自説を述べていく。ダンブルドアは、事前に魔法大臣と交渉し、この殺人がスネイプの咎ではないことを認めさせ、罪を問わないことを約束させている。スネイプのほうも、何らかの弱みをダンブルドアに握られており、命令を拒否することはできない状況にあったため、そのとおりに実行するしかなかったのだと。

 

「そして、この覚書が残されました。ここに、ダンブルドア氏と魔法大臣の署名があります。まさか、覚えがないとは言いますまい」

「ふむ。おおよそ、あなたの言うとおりだが、その文書のことは知らぬな。知らぬが、今さらそんなものを持ち出してどうしたいのだ」

「さて、どうしますかね。ともあれ、そこに犯罪があるのなら。罪を犯した者がいるのなら、目をつぶるわけにはいかないんですな。そんな役目を任されてしまいましたからね」

 

 だが魔法省は、ダンブルドアの命を奪ったことへの罪は問わないと約束してしまっているのだ。今さら、それを問うてよいのかどうか。問うとすれば、どうするのがよいか。そこが思案のしどころだと苦笑い。

 

「そこで、考えました。殺人については他の責任ある者に問うとしますが、ミスター・スネイプ、あなたは死の呪文をダンブルドア氏へと行使した。ご存じの通り、人に対して使用した場合には厳罰となる許されざる呪文だ。であれば、あなたの罪を問えると」

「なるほど。それで呼ばれたということか。試みに問うが、その他に、吾輩に罪はないのかな」

「そうですね、私に立証できそうなものはこれだけ、ということになりますかね」

 

 軽く息を吐きつつ、苦笑い。視線をアルテシアへと向けたスネイプは、改めて、ウォーカーをにらみつけた。

 

「2つほど質問があるのだが、よろしいか」

「もちろんですが、その前に。死の呪文を行使した件、認めていただけますよね」

「ああ、アバダ・ケダブラ(Avada Kedavra/息絶えよ)を使ったのは間違いない。処罰するというなら、受け入れよう」

「結構です。で、質問とは」

 

 ここまで、ウィゼンガモット最高裁事務局からの立会人やアルテシアの発言がないのは、単に発言を求められていないからだ。審理を進めるのは魔法法執行部の担当者というのが原則であり、立会人はさておくとしても、アルテシアの立場としては、この審理についての結論を出すとき、すなわち罪の有無を判断する段階となって意見が求められることになる。

 スネイプがその罪を認めたことにより、今、そのときを迎えたことになる。自らの意見を言うことができるのだが、スネイプが何を質問するのか。その疑問点のほうが先だったのだろう。異論を挿むことはなく、じっとスネイプを見ている。

 

「覚書、でしたかな。それをなぜ、あなたが持っているのだ。そんなものを持ち出し、何がしたいのだ」

「それを明らかにする必要など、全くない…… と言いたいところだが、まあ、いいでしょう。私の上司、いや元上司ですよ、元」

「その上司とやらが、それを持っていたと」

「元上司は、実績も十分で出世も早かった。ある面では、有能でもあったのでしょう。だがそれらの何もかもが、人から奪いとったものだった」

 

 決して、有能な人物などとは認めない。他人の弱みを握り、それに付け込むことで出世をしていっただけの、つまらない人物。評価をするなら、そういうことになる。ウォーカーが言うには、そんな人物の下で働くしかなかった者は、少なからずいるらしい。

 

「あなたと同じですよ、ミスター・スネイプ。その内容は違っても、それを握られているからには言うとおりにするしかないのは同じ。イヤな女でした」

「吾輩もそうだと、そう言いたいのか」

「だからこそ、指示されるがまま、ダンブルドア氏に死の呪文を放ったのでは? 違いますか」

 

 さて、それはどうだったのか。無表情を保ったままのスネイプから、答えは返らない。だがウォーカーのほうも、それを期待してはいなかったらしい。

 

「保身のためですかねぇ。理由は知りませんよ。知りませんが、陥れたい相手でもいたんでしょう。コレをネタに脅しをかけ、言うことをきかせたかったんですよ。その上司にとっては、いつものことです。なんととしてでも、支配下に置こうとした」

「吾輩をか? ダンブルドアやスクリムジョールなら分からなくもないが、彼らは既に死んでいるぞ。今さらではないか。何の得があるというのだ」

「その通り、何の得もありませんね。それすなわち、支配したい相手はあなたじゃない、ということを意味します」

 

 ほんの一瞬、ピクリとスネイプの眉が動いた。スネイプにとっては、そんな企みを持った者が誰であるのか想像するのは容易なこと。その確信もあったに違いないが、気になるのはその目的のほうだっだ。その者があの女だとすれば、標的はおそらくアルテシア、ということになる。だが、あの覚書とアルテシアとが、どうつながるというのか。

 そんなことを考えているスネイプを見透かしたかのように、その顔にかすかな笑みを浮かべつつ、ウォーカーがつぶやく。

 

「ご安心を、ミスター・スネイプ。あなたは罪を認めました。どこからも異論はないはず。すなわちあなたは、これから処罰されることになる。となれば、これは、結局のところ役には立たないわけだ。彼女は失脚しかないでしょうな」

「どういうことだ」

 

 無表情ではあるが、鋭くにらみつけてくるスネイプ。その前で人差し指を1本立て、それをゆっくりと振ってみせる。それが返事とでも言うのだろう。問いには答えず、ゆっくりと向きを変えていくウォーカー。その目は、アルテシアへと向けられる。

 

「アルテシア大臣、もちろん、服従の呪文のことはご存じですよね」

「えっ? ええ、知ってますけど」

「それは、何より。話が早くなる」

 

 どういうことか。訝かしがるアルテシアに、ウォーカーが持論を述べていく。明日より、闇の勢力たちへの審理が続いていくことになる。多くのデス・イーターたちを裁いていく中、服従の呪文のことは必ず出てくるというのである。

 

「かつて、闇の帝王が滅んだとき。あなたのご友人かどうかは知りませんが、生き残った男の子として有名となったハリー・ポッターの件がある。その一件のあと、多くのデス・イーターが裁判にかけられました」

 

 もちろん、その結果としてアズカバンに収容となった者は多い。だが、服従の呪文によって操られていた自分に罪はない。そんな主張が認められた者がいるのも事実だ。

 

「今回も、そう主張する者はいるでしょう。だがもちろん、それが本当である保証などない。嘘かも知れない」

 

 調べようがないのだ、とウォーカーはため息をつく。そのため息の中で、あの覚書を改めて頭上に掲げて見せた。

 

「こんな風に、証拠となるようなものがあればいいが、おそらく、そんなものはないのです」

「まて、吾輩は服従の呪文になど」

「分かってますよ。ですが、何らかの理由により、ダンブルドア氏の言いなりとなっていた。同じじゃないですか。弱みがあるにせよ、指示には従っている。どこが違うというのです」

 

 服従の呪文による支配ではないにせよ、結果としては同じことになっているのだ。ならば、とウォーカーの指摘は続く。仮にそんな理由でスネイプへの処罰がなしとなるのなら、服従の呪文のためだとする言い訳も認めなければならなくなると言うのである。

 だが今回、罪は問わぬとする覚書があるとはいえ、当の本人が罪を認めているのだ。どのような判断をするべきかは、明らかではないのか。

 

「ミス・アルテシア、改めて、いまの魔法大臣であるあなたに問います。ミスター・スネイプへの処罰、ありやなしや」

 

 ウォーカーは、その手に覚書の文書を持ち、それをアルテシアに向けたままである。そんな彼の持論を、どのように聞いていたのか。スネイプへの処罰を問われたアルテシアは、まずは軽く微笑んでみせた。そして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「お答えします」

 

 

  ※

 

 

 スネイプに対する審理は終わった。だが法廷に集まっていた者たちは、その全員が残っていた。ただの一人も帰らずに、である。もちろん目的もなしに、ということではない。このあと行われるスネイプへの処罰、その執行に彼ら彼女らは立ち会おうというのである。

 スネイプへの量刑についてはウォーカーら魔法法執行部側と少なからず論争もあったのだが、最終的にはウィゼンガモット最高裁事務局からの立会人として出席していたオーガスタ・ロングボトムの発言によって決着し、閉廷を迎えた。

 そう、スネイプは有罪となったのである。アルテシアは、スネイプを有罪と判断したのだ。処罰としては、死の呪文に加え、服従の呪文と磔の呪文の3つを禁じられることとなり、あわせて半年間の収監が決まった。ただし、収監先はアズカバンではなくマグルの刑務所。

 異論が出されたのは、このとき。論争となったのは、この時点である。曰く、マグルとともにデス・イーターを収容するなど、とんでもないというのである。そんな意見に対しアルテシアは、収監される間はすべての魔法を使えなくするつもりであることを告げる。魔法が使えないのであれば、それはマグルと同じ。なのでマグルと同じ条件下での収監は可能、という判断を示したのである。

 その可否、その是非、さまざまな意見の中、それらを集約したのがオーガスタ・ロングボトムだった。そもそもの話として、それが本当に実現できるのかどうか、問題はその点にこそあるのであり、それが可能であってこそ初めて、アルテシアの提案に現実味が出てくるのではないかと。

 審理が終わったにもかかわらず全員が法廷に残っているのは、そんなオーガスタの主張が受け入れられた結果である。そんなことが本当にできるのかどうかを、スネイプへの刑の執行の場で実際に確認しようと、そんな話になったのである。

 

 

  ※

 

 

 いくつものキラキラとした小さな輝き、それらがクルクルと渦を巻くようにして空中に浮かんでいた。その右側にアルテシア、左にはスネイプ。両者の距離は5メートル程か。その中央あたりに浮かぶ光の渦に、少し大きめの光の球が2つ、3つと吸い込まれるように混じっていく。スネイプへと向けられたアルテシアの指がクルリと動けば、その一瞬光に包まれたスネイプから、光の球が飛び出す。続けて1つ、2つ、3つ……

 法廷に集う人たちの前で、渦を巻くキラキラとした輝きの中に、段々と見えてきたモノがある。ソレが。

 

「本、だな」

「そうですね、これが、先生の魔法、ということです」

「この本が、吾輩の魔法だと」

 

 そのときには、光の渦は消えていた。その消えた後には、本が1冊。光の渦と同じ場所に、ふわりと浮かんでいるだけ。その本を見ながら、アルテシアがゆっくりとうなずいてみせた。

 

「そうです。ご存じかと思いますが、クリミアーナ家の娘は、魔法書を学ぶことで魔女となります。今回は、その逆のことをやってみました」

 

 魔法書を読んだアルテシアが魔女となったのなら、魔法使いであるスネイプからソレを取り除けばどうなるか。そのときスネイプは、魔法使いのままなのだろうか。それとも、単に新しい魔法の本ができあがるだけのことでしかないのか。

 アルテシアが、宙に浮かんだ本を指さす。人差し指と中指とをそろえ、トントンと叩くような仕草をみせる。その本が手の届く場所にあったなら実際に叩いていたのかもしれないが、実際は何もない空間を叩いただけ。だがその瞬間、本は2冊となっていた。ただし、その片方は二回りほど小さめで厚みもずいぶんと薄いもの。

 

「つまりは、こういうことか。吾輩はいま、魔法使いではなくなったのだと」

 

 疑問に思うのは、そこなのか。どうすればそんなことができるのか、などといったことには疑問を持たなかったのだろうか。それは分からないが、スネイプの口から出てきたのは、そんな言葉だった。それに対し、アルテシアは明確に否定して見せた。

 

「先生は魔法使いですよ、魔法使いであるのは変わりません。これは、そういうことではないんです」

 

 では、どういうことになるのか。その説明、ということになるのだろう。訝るスネイプにアルテシアが話して聞かせたのは、ちょっとした昔話のようなものだった。

 

「ホグワーツ低学年の頃、わたしは、よく医務室のお世話になりましたよね。あれは、体調のせいとかそういうことじゃないんです」

「魔法の使いすぎとか、たしか、そんなことを言っていたように記憶しているが」

「ですね、そのようなものです。クリミアーナの娘のくせに魔法が苦手? いいえ、違います。魔法を使うために、まともな魔女となるために必要なモノが足りなかった、ということだったと思うんです」

 

 幼少期より学んだ魔法書は、その一部が不足していた。そのため、思いのままに魔法が使えないという事態に陥った。その解決はできたものの、魔女でありながら思うように魔法が使えないという状況は、間違いなく存在したのである。

 

「だったら…… そういうことなら、どうなるのかなって考えたんですよ。その逆もできるんじゃないかって」

「どういうことだ」

「反対のことが起こせるんじゃないかと考えました。いろいろ工夫も必要でしたけど、先生が魔法を使うのに必要なモノを集めて本にすることができました」

 

 つまり、こういうことだ。アルテシアが魔女として不完全な時期を過ごさざるを得なかったのは、足りないモノがあったから。ならば、その逆。その人を、何か足りないモノがある状態にすることができたなら、魔法が使えない魔法使いが誕生するのではないか、という理屈である。

 

「なるほど、な。刑期が終わったらその本を学べと、さすれば魔法使いに戻れるのだと、そういうことか」

「ですね。でも、学ぶのには時間がかかりますからね。それに刑期を過ぎてしまうのは、さすがにだめなんじゃないかと」

 

 ブワーン、という音でもしたのかどうか。浮かんだ本の横に、半透明の板のような四角形が浮かんだ。クルクルと回りつつ少しずつ大きくなっていたその板が、浮かんだままの本のすぐ横で止まる。

 

「だから、期間が経過したらその人へとすぐに戻るようにします。もともと、その人が持っていたモノですから、わざわざ学び直す必要などないはずです」

 

 その板の上に、何やら文字のような、あるいは図形のような、そんなものがいくつか並んでいく。いわば魔法のシグネチャー、そのシンボルである図形が半透明の板の上でくるくると動き、重なり合い、まとまっていく。

 

「コレを、本の背表紙に。先生の場合は180日後ってことになりますけど、その期間が経過した後、この本を開くだけで魔法使いに戻れます」

 

 その板の上に並んだ魔法のシンボルたちが、そのための手続きだ。このシグネチャーを背表紙に刻むことで、そのために必要な魔法をこの本に付与することになる。その手順が増えれば増えるほど、その模様はより複雑となっていく。このときアルテシアが付与したのは、スネイプの刑期満了を待ち、彼が本を開いたとき、彼が魔法を使うために必要なモノを戻してやること。そのために必要となる魔法を、その手順を含めて印した、ということになる。

 そういえば、同じような印がクリミアーナ家の魔法書にも刻まれている。仕組みとしては同様のものだが、今回のモノが簡略化されているようにも見えるのは、そこに込められたシグネチャーの量や手順などの違いによるもの、ということになる。つまりクリミアーナ家の魔法書には、より複雑な処理がされているということだが、どのような処理がされているかについては、今回は無関係。というより、アルテシアも詳しくは知らなかった。それはさておき、これによって一定の期間、スネイプが魔法の使用を制限されることになったのだ。

 犯した罪の内容によって、その刑期は変わることになる。アズカバンが機能していない今、他になにか、適切な手段があるだろうか。誰もが納得できる処分の方法となれば、おそらくはこれくらいしかないのではないか。

 

「なるほど、吾輩はマグルとなるわけか。いや、そうではない、スクイブということか」

「その間、先生にはマグルの収監施設に入ってもらうことになりますけど」

「よかろう、それで正解だ。それでよい」

 

 アルテシアが、スネイプが、互いに軽く笑みを浮かべながらうなずいて見せた。スネイプに対する処罰の執行、それが今、終わったのだ。スネイプが新たに創られた本を受け取り、めでたしめでたし。そんな空気が広がり、その場に立ち会う者たちが納得。解散しようとした、まさにそのときだった。異を唱える声が、法廷に響いた。

 

「待て、ちょっと待て! セブルス・スネイプは、本当に魔法が使えないのか。本当にそうなったのか。その本は、本当に彼の魔力を奪ったのか。そんなことが、本当にできるのか」

 

 当然の疑問、と言えば、当然なのだろう。たとえスネイプが使えなくなったと言ったにせよ、それが本当なのかどうか。それを知るのはスネイプのみ、ではないか。

 その声の主、ドノバン・ウォーカーは訴える。処罰の執行は為されたのだと、そうしてしまってよいのかと。本当に、それでよいのかと。

 

「あぁ、わかるよ。そんな疑問はあるだろうさ。けどあたしは、信用するね。そのお嬢さんが、ウソや誤魔化しをするなんてありゃしない、そんな必要はないんだよ」

「し、しかし」

「まあ、聞きなよ。あたしの孫がね…… ああ、孫はお嬢さんとは同級生。ホグワーツでの7年間、すぐそばで、ずっとお嬢さんのことを見ていた。その孫が言うのさ。今だけじゃないよ。過去や未来を含めたとしても、最高の魔女はアルテシアなんだってね」

 

 クリミアーナ家の娘は、魔法の本を学ぶ。そしてその家の魔女は、自身が学び得た知識と魔法を詰め込み、自分の本を残す。クリミアーナの魔女にとって、魔法の本とは、単なる教科書などではない。いわば、魔法そのものだ。そんな本を、偽りの道具になどするはずがない。

 ウィゼンガモット最高裁事務局からの立会人として法廷にいたその女性の、そんな主張を、ウォーカーはどう聞いたのか。彼は、立会人の方へと向けていたその顔を、ゆっくりと左右に振って見せた。

 

「オーガスタさん。それは、あなたがそう思っているだけでしょう。説得力はありませんよ」

「おやま、そうかね。けどさ、あたしの知る限り、そのお嬢さん以上の魔女なんぞ、いやしないよ。孫と同じ考えさ」

「いや、だからそれは……」

「だったらもう、体験してみるしかないね。そうじゃないかい」

「は? 体験……」

 

 どうしても納得できないのであれば自分が、己自身が、それを体験してみるしかない。実際に魔法が使えなくなるのかどうか、それを体験してみるしかないと、オーガスタは言うのである。そして、その場にいる他の者たちへも呼びかける。

 

「例えば、2時間くらい。1時間でもいいさ、それくらいの時間で体験してみればいい。そうすりゃ、本当だってことが分かるんじゃないかねぇ」

 

 そう言いながら、アルテシアを見る。

 

「できるんだろう、お嬢さん」

 

 にっこりと笑みを浮かべ、アルテシアはうなずいて見せた。

 

 

  ※

 

 

 いまだ、その法廷に留まっているのは、ただ1人。ドノバン・ウォーカー、その人である。つい1時間ほど前にはもう1人いたのだが、先ほど法廷を後にしている。

 ウォーカーら2人が法廷に残っていたのは、魔法を使えなくするなどといったことが本当にできるのかどうかの確認。オーガスタの指摘にもあったように、それを実際に体験するためである。

 だがウォーカーは、後悔していた。自分が主張してのことではあるのだが、ただ1人、こうして座っているのはなぜなのだろう。なぜ、このオレは…… そんなことを考えてしまうのだ。

 もちろん、自分で選んだことだ。アルテシアが示した処罰方法を確かめることは、もちろん、必要。そのことはいいのだ。失敗したのは、その体験時間を3時間にしたことだ。そんな長時間にする必要が、どこにあったのか。

 

「2時間、いや1時間、30分、10分でも5分でもよかったのだ」

 

 それは、本当に魔法が使えなくなったのかを確認するための時間なのだ。こそだけの時間が必要になると思ったのだ。そう考えたからこその、3時間であり、そう要請するのは当然のことである。だが結果として、その判断は間違っていた。不幸にもそれは、アルテシアが言うところの魔法を使えなくする処置によって魔法の本が創り出された、まさにその瞬間に分かってしまったのだ。

 何故? と問われても返事のしようはない。理由などはない。ただ、分かってしまったのだ。

 さらに不幸だったのは、自分以外にも、実体験を希望する者がいたこと。しかもその者は、1時間でいいと希望したのである。つまりウォーカーは、その目の前で、使えなくなった魔法が復活する様子をも目撃することとなったのである。

 

「あと1時間……」

 

 2時間ではなく1時間なのは、その瞬間が訪れた後、その相手がしばらく話相手となってくれたからである。話題はもちろん魔法を使えなくする処置と、そのときに創られた魔法の本について。だがそれも、1時間ほどしか続かなかったのだ。

 今は1人となったウォーカーだが、もちろん、法廷に留まっている必要などはない。街に繰り出そうが、自宅に帰ろうが、自由である。彼は、犯罪者ではない。行動制限などはないのだ。なのに残っているのは、ただなんとなく、というしかない。

 

「それはともかくとして……」

 

 まだ1時間もぼんやりとしていなければならない。さぞ退屈ではあったろうが、あることを思いだし、ウォーカーは、満足そうな笑みを浮かべた。もちろん、3時間という設定は大きな失敗だ。それは自覚しているが、それでも笑みがこぼれてしまうのは、その一方で、大いに満足していることもあるからだ。

 

「ははっ、どうやらあなたの悪運もこれまでのようだ。復帰する? ふっ、容易なことではないようですねぇ」

 

 ウォーカーの上司、この場合は、元上司とするべきだろうか。その上司は、権力におもねるタイプの人間だ。その権威主義のもと、自身の地位を守るために、相手の弱みに付け込み優位に立とうとするのだ。スネイプの審理で持ち出した覚書は、その上司が用意し、アルテシアを追い落とそうとしたもの。スネイプへの処罰のためではなく、アルテシアを魔法省から追い出すためにと用意されたものなのだ。

 鍵となるのは、ダンブルドアに対するアバダ・ケダブラ(Avada Kedavra/息絶えよ)の使用を、魔法大臣が許容していたという点にある。魔法大臣が、である。

 

「でもま、今さらですかねぇ」

 

 時間設定には失敗した。それは間違いないが、審理の結果には満足していた。スネイプが、実際に罰を受けたのだ。セブルス・スネイプは、現魔法大臣であるアルテシアの恩師だと聞いていた。しかも、けっこう親しくしていたようだと。

 そんな関係性もあって、アルテシア大臣はスネイプの罪を見逃すだろうと思っていた。加えてダンブルドア本人による命令であり、魔法大臣の許可もある。実際にスネイプは、罪を問われることなくダンブルドアの後釜として校長にまでなっているのだ。

 もちろんアルテシアが、そのあたりの事情を知らないことは考えられる。だからスネイプの審理で覚書を持ち出し、そのあたりを詳しく説明したつもりなのだ。その上で、スネイプをどう裁くのか。それを通し、この新しい魔法大臣の評価としようと考えたのである。

 納得のいく処罰がされればよし、だがもしも、そうではなかったなら。

 

「そのときは、あなたを魔法省から追い出す。少なくとも、大臣の地位からは降りていただく。そのつもりでしたが」

 

 必要なかったですね、と苦笑い。アルテシアを追い落とすための手段、というのがあの覚書である。あれをどう使えばそうなるのかはさておき、ウォーカーは、ゆっくりと立ち上がる。さすがにあと1時間もぼんやりとしてはいられなくなったのだ。処罰を待つデス・イーターたちは大勢いる。その親玉であるヴォルデモートもいる。そやつらを審理の場に委ねるのはウォーカーら魔法法執行部の役目。

 やることは、いくらでもあるのだ。時間は有効につかわねば。

 




 デス・イーターであったスネイプへの、審理と処罰の回でした。

 ちょっとした改革の結果、デス・イーターへの処罰は、こんな感じになります。審理の仕方も、少しずつ変わっていくのかも知れませんが、基本的には、このカタチになります。
 アズカバンが機能しない今、マグルの収容施設を使うためにもいい方法なのではないかと思うのですが、どうでしょうかね。

 第139話は「7年目の終わり」。収監されたスネイプを、マクゴナガルが訪ねます。果たして、その目的は。
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