ハリー・ポッターと魔法の本   作:Syuka

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第139話 「7年目の終わり」

 間に透明の板を挟んで2つに仕切られた部屋の中、向かい合わせに座っているのは、スネイプとマクゴナガル。場所はホグワーツから、あるいはクリミアーナ家からの、どちらのほうが近いだろうか。おそらくは、そのほぼ真ん中あたり、それほど遠くはない場所にあるマグルの収監施設である。

 いまのマクゴナガルは、収監されたスネイプの後を継いでホグワーツの校長という立場にある。来週には新学期が始まるといった頃であり何かと忙しい身ではあるのだが、それでも面会に訪れたのは、もちろん理由があってのこと。

 

「表情を見る限り、そう悪い暮らしでもないようですね」

「ようやくマグルの生活にも慣れてきた、といったところですかな。まったく魔法のない世界というのも、なかなかでしてね」

 

 強がりか、それとも本音なのか。それはさておき、その程度でしばらくぶりの挨拶が終わると、次なる話題へと移ることになる。マクゴナガルが手の平を上に向けた右手を、すっとスネイプのほうへと動かしてみせた。お先にどうぞ、といったところか。

 

「聞けば、闇の帝王は処分を受け入れたそうですな。だが何やら、裏がありそうな気もしていますよ。この処罰を魔法界がどう評価するのかは知らぬが、あの娘への評価だけは正しいものであってくれと、そう願っていますよ」

 

 ところで、魔法界にはヒーローがいる。その名を知らぬ者などいない、と言ってもいいだろう。それが、生き残った男の子、ハリー・ポッターである。そんな有名人は、実際に闇の帝王ヴォルデモート卿の企みを幾度となく阻止し、魔法界をその危機から救ってみせた。だがスネイプに言わせれば、それもアルテシアの力添えがあってこそのものということになる。当然にして、その評価はアルテシアに向けられるべきものであるのに、そうなってはいないのは何故か。

 だがマクゴナガルは、スネイプに対し、ゆっくりと首を横に振ってみせた。

 

「今さら、詮無きことですよ。あの子にしても、手柄が欲しいなどと思ってはいませんしね」

「いや、たしかあの娘は、クリミアーナ家が魔法省に、いや魔法界にどう受け入れられるのかを気にしていたはずでは。正しい評価は必要ではないですかな」

「その評価なら、あの娘を知る者たちの中では十分すぎるほどに得ています」

「だが、知らぬ者の方が圧倒的だ。魔法大臣として、それでは困るでしょう。今回の審理はそんな者たちにあの娘のことを知らしめる絶好の機会なのですが、さてこの先、どういうことになるのか」

「おや、何か気になることでも?」

 

 このとき、ヴォルデモートに対する処罰が決まってから10日ほどが経っていた。すでにヴォルデモートは収監されており、現時点で特に問題が起こっていないのは間違いない。なのに、スネイプは何を気にしているのか。

 基本的に忙しい毎日を過ごしていたマクゴナガルである。その間の詳しい状況など、スネイプに伝えに来る余裕はなかった。もちろんその代わりという訳ではないが、魔法法執行部のドノバン・ウォーカーが3日ほど前、スネイプのもとを訪れ、あれこれと話をしたらしい。

 

「ドノバン・ウォーカーが面会に来ましてね。あの男には、魔法省で働き始めて以来の上司がいたそうなんですが」

「いたとは? 過去形なのですね」

「さよう。その上司は、魔法省による処分を受けて免職となっていますが、その処分を回避するため、最後のあがきとして用意したのが、例の覚書だった」

「覚書、ですか。あの人の審理の話ではないのですね。何が気になるのか、その話はしてくれないのですか」

 

 当然、話の続きとしては、そうなるべき。マクゴナガルがそう思うのも無理のない話なのだが、スネイプとしても、それを避けようとしてのことではない。話の順序として、まずは覚書の話からということになるらしい。ちなみに覚書とは、ダンブルドアへの死の呪文使用に関し、それを免責することを約束した文書のことだ。スネイプへの審理の場でウォーカーが持ち出したものだが、実は、この文書を用意したのは彼の上司であったらしい。

 

「つまり、どういうことです?」

「あの文書があれば、あの娘を追い落とせる。魔法省から追い出せると考えたようですな。あの娘はいなくなり、己は復帰が可能となる。そんな理屈ですよ」

「なるほど。その上司は、自らの保身のために…… まさか、その文書」

「さて、ホンモノなのかどうか。似たような談合はあったとしても、それを文書に残すはずもなければ、其奴がそれを知るはずもないのですがね」

 

 とはいえ、あの文書にはアルテシアの名前はなかった。全くの無関係だ。それでも、アルテシアに責任を問うことができるというのだろうか。そんな疑問に対する答えは、すなわちそれが、罠であるということになる。

 あの文書には、ダンブルドアが自身への死の呪文使用を命令し、スネイプがそれに従うこと。それを、魔法大臣が認め罪には問わない。そんな約束事が記されていた。そんな裏の事情はどうあれ、結果として、一つの命が失われるのだ。それを命令した者、実行した者、許容した者。それぞれ処罰されて当然ではないかという理屈である。

 

「なるほど。ですがダンブルドアや、大臣だったスクリムジョールは亡くなっていますよ。その罪を今さら問うことに、どんな意味が?」

「ダンブルドアはさておき、魔法大臣には罪を問えるということでしょうな。ウォーカー氏によれば、この場合、罪に問われるのはスクリムジョールではなく、あの娘ということになる。その職を引き継いだのだから、その罪も同様に受け継いだことになると」

「まさか。そんな理屈、あまりに無茶がすぎるというか、道理に合わないのでは」

「そのとおり。吾輩も同意見ですが、そのような指摘がされ、責任を問われたとき。さて、あの娘はどうすると思われますかな」

 

 おそらくは納得し、従うのではないか。この場合、理屈うんぬんに意味はないのだとスネイプは言う。でっち上げとも言えるような理屈が、アルテシアを追い落としてしまうことになると言うのだ。

 

「なにしろ、あの娘の性格をうまく利用した罠ですからな。学校時代、いいように従わされていた時期がありましたが、あの頃、似たような罠にはめられたことがあったのでしょうな」

 

 思い当たることが、マクゴナガルにもあった。なるほど、ウォーカーの上司があの女だとすれば、十分に考えられることだ。アルテシアにはまったくの無関係な案件であり、普通に考えれば、一笑に付すだけのこと。だがおそらく、アルテシアはそんな指摘を正面から受け止め、大臣を辞める選択をするのだろう。殺人事件のもみ消しという罪をその背に負いつつ、デス・イーターたちへの処罰を行っていくなど、できようはずもない。その地位にとどまれるはずはないのだからと。

 

「なるほど、罠とは、言い得て妙ですね。ですが、ウォーカー氏はそうしなかったはずでは。なぜです?」

「吾輩も、問いましたよ。彼が言うには、上司には人望というものがない。期待もできない。そんな者を復帰させるよりは、闇の帝王やデス・イーターたちを、きっちりと処罰してくれるであろう、あの娘のほうがいいのだと。簡単に言えば、そういうことになるようですな」

 

 ウォーカーによれば、アルテシアが学校時代の恩師であるスネイプをちゃんと処罰するのかどうか。その点が、大きな判断材料であったらしい。その結果を見て、罠にかけることはやめたのだと言う。もちろんその罠が有効であったかどうかはわからないが、それはまた別の話だ。元上司が失脚し、魔法省を追い出されることにはなるが、それは、ウォーカーにとってさしたる問題ではないらしい。

 

 

  ※

 

 

 話は、ドノバン・ウォーカーがスネイプの面会に訪れた日から10日ほども前、ちょうどスネイプが収監された頃へと遡る。場所は、ウィゼンガモットの大法廷。ヴォルデモートへの審理が行われた日の午前中だ。正確には、またもヴォルデモートが審理を拒否しているので、審理が行われたと、そう言っていいのかどうかは微妙なところだ。

 

「もう一度聞きますが、本当に審理はしなくてもいいんですか。もしかすると、リドルさんとは関係のない事案が混じっているかもしれないんですよ」

「かまわん。1つや2つ、知らぬ罪が増えようと、今さらだ。なんら、問題はない」

 

 処刑されるに十分な罪は犯しているのだ。今さらいくつか罪が増えようとも影響はない。それが、ヴオルデモートの主張である。そんな問答の繰り返しだけで、少しも話は進展しない。もはや、そんな無意味を続けていくより、結論を出すときにきている。そう思った者は、おそらくは法廷にいる者すべてだろう。アルテシアも、軽くため息をつきながら、姿勢を正した。

 

「では、審理は終了したものとします。それで、本当によろしいんですね」

 

 改めての確認だ。だが返事を返してこないヴォルデモートに、アルテシアがもう一度、ため息をつく。

 

「既にうわさ話くらいは聞いておられると思いますが、魔法を使えない状態にさせていただき、その期間はマグルの収容施設に収監となります。ですが、あなたの犯罪歴から考え、その期間を定めるのは困難。よって、期限は決めません」

「ほう。それは、どういうことになるのかな。当然のこと、処刑されるものだとばかり思っていたのだが」

「それは、申し訳ありません。でもなぜ、処刑を? 命を落としても、以前のように復活できると、そうお考えですか」

「いやいや。あれこれと罪を重ねてきたのだ。それくらいでなければ、償えんだろうということだ。それほどに反省しているのだよ」

 

 まさか、本気で言ってはいないだろう。少しだけ首をかしげながら、アルテシアは考える。まず思いつくのは、分霊箱のことだ。捕らわれた状況から手っ取り早く逃れるため、それを利用する。あり得ない話ではないが、考えにくいことでもあった。だがソフィアたちとの話し合いもあり、そのことは無視するということになっている。

 果たして、分霊箱が残っているのかいないのか。いずれにしても、ヴォルデモートが何を考えているのかなど、想像はつかなかった。

 

「あいにく、と言って良いのかどうか。リドルさんは、処刑とはなりません。その代わり、やっていただきたいことがあります」

 

 そんな話をしているうち、ヴォルデモートの前にいくつものキラキラとした小さな輝きが現れ、それらがクルクルと渦を巻いていく。その光の渦に、少し大きめの光の球が2つ、3つ、4つと、吸い込まれるように混じっていく。アルテシアの指がクルリと動き、ほんの一瞬だけ光に包まれたヴォルデモートからも、光の球が飛び出す。続けて1つ、2つ、3つ……

 それらが1つにまとまり、そこに、本が浮かんだ。

 

「この本のこと、ご存じですよね。これが……」

「魔法の本だろう。たしか、ルミアーナ家だったか。そこで、見たことがある」

「この本に、あなたの魔法が書かれています。それを読まなければ、リドルさん、あなたは魔法が使えるようにはなりません」

 

 アルテシアとしては、今後も続くデス・イーターへの処罰については、スネイプに課したものと同じような処分をしていくつもりでいる。だが今回のヴォルデモートに対しては、少し違った方法を考えていた。もちろん、本人への魔法使用を制限することになる本を、それぞれに創るのは変わらない。刑期、すなわち罪に対する処罰の期間はそれぞれ違うが、その間は魔法使用を制限されることになるのも同じである。

 ただヴォルデモートの場合、刑期を満了しても、そのことだけで魔力が戻るようにするつもりはなかった。刑期についても、事前に定めず、不定期とするのだ。そのかわりとして。

 

「ありがとう…… そんな言葉を、リドルさんも知っていますよね?」

「はぁ。いったい、何の話をしているのだ」

 

 その返事はせず、にこやかに微笑んだだけ。ヴォルデモートのほうも問い直すようなことはしなかった。話が、続く。

 

「いわゆる、感謝の言葉ですよね。すまないねぇ、助かったよ、そんな、ちょっとしたお礼の言葉でもいいんです。そんな言葉を10個、集めてください」

「だから、何の話か、と聞いているのだ。何が言いたい?」

「10回ですね。10回その言葉を聞けたなら、本が開けるようになります」

 

 本とはもちろん、ヴォルデモートの魔法を吸い上げて創られた、魔法の本のことである。スネイプの場合と違い、ありがとうと言われない限り、つまり誰かに10回ほど感謝されない限り、その本は開くことができない。それに加え、スネイプの場合は刑期終了後に本を開けばすぐにも魔法の力が戻る。だがヴォルデモートは本を開けないので、刑期は延々と続くことになる訳だ。もちろんその間、スクイブ同様の身となるのは変わらない。

 そんな説明を、少なくとも外見上はしずかに聞いているヴォルデモート。どんな思いをその胸に抱いているのかは不明だが、アルテシアによれば、本を開いた後、本を学ぶ必要もあるのだという。ただし、そのページをめくるのにも感謝の言葉が1つ必要になるという。しかも、本を開くための10回とは別なのであり、ページをめくるごとに1つの言葉が必要となる。ちなみにヴォルデモートの本は、おおよそ300ページある。

 

「リドルさん、あなたの魔法が戻るのは、最後のページまで学んだときです。ちなみに収容施設からの釈放手続きも、そのときから始まることになります」

「ふっ、小娘よ。つまりおまえは、このオレに善人になれと言うのか。悔い改めろと、そう言いたいのだな」

「いいえ、リドルさん。そんな難しいこと、求めてはいませんよ。そんなこと、わたしにだってできそうにはないんですから」

 

 どういうことかと、いぶかしげにアルテシアを見るヴォルデモート。それはなにも、彼だけではなく、法廷にいた者たちの多くが思ったようだ。集まる視線に、アルテシアがニコリと微笑んだ。

 

「ごく普通であればいいと、そう思っています。難しく考えなくても、ちょっとぶつかりそうになったら『ごめんなさい』とか、物を拾ってもらったりしたら『ありがとう』とか、道を教えてもらって『助かりました』とか。誰もが、とっさの時、自然と口にするじゃないですか。自分も言うし、相手も言ってくれる。そんなちょっとした感謝の言葉のやりとり。それを経験してもらいたいと思っています」

「なるほど、な。そんなことで、人間らしさを取り戻して欲しい。そういったことが言いたいのであろうが」

 

 改めてアルテシアを見たヴォルデモートが、苦笑とともに、ゆっくりと首を左右に振る。

 

「正気か、とおまえに問おう。仮にもし、本気だと言うのであれば…… それもよかろう。ただ笑うしかないがな」

「もちろん、正気ですよ。これが、リドルさんへの罰です。そうするかしないか、その選択をするのはリドルさんですけどね」

 

 やれやれと、両手を広げて見せながら、ヴォルデモートは、法廷に座る魔法法執行部らの面々に目を向ける。おまえ達は納得しているのかと、そう言いたげな目で。だが口にだしたのは、別の言葉だった。

 

「どこの誰でもかまわんのだぞ。手近の者を捕まえ、無理矢理にでも言わせれば良い。5分もあれば十分だろう。それだけで、この娘の言う処罰は終わるぞ。いいのかそれで」

 

 その問いかけに、誰からも答えは返らない。代わりに、アルテシアがゆっくりと立ち上がる。

 

「これにて、閉会とします。リドルさん、これからあなたが、あなたの本を、じっくりと学ばれますことを、ちゃんと読んでくれることを祈っています」

 

 

  ※

 

 

「つまり、あれですか。気になるのは、あの女史の存在だと?」

「いや、いまさらあの女史には、興味など持てませんな。そんなことより」

 

 スネイプとマクゴナガルの話は続いていた。ただ、ヴォルデモートへの審理に関しスネイプが抱いたという懸念の話をしていたはずなのだが、その核心部分に近づいているのか、いないのか。ともあれ、スネイプの話は続く。

 

「帝王への処分ですが、吾輩の場合とはいささか違っているようですな。どういう訳でそんなことを?」

「違う? ああ、そうですね。あの人の場合、期限の設定が難しいからですね」

 

 スネイプの場合は6か月。それが、己の罪を償うのに必要だとされた期間である。だがヴォルデモートの場合は、その設定がされていない。強いて言えば、彼に与えられた課題、その達成に要する期間がそれに当たるだろうか。

 

「聞いたところでは、感謝の言葉を集めさえすれば、例の本が読めるようになるのだとか。いささか、容易に過ぎませんかな」

 

 情報源は、面会に来たウォーカーだ。だがウォーカー自身が話したかったのはそのことではなかったようで、話の中心は、もっぱら例の覚書と元上司のことばかり。言いたいことだけ言って帰ったらしいが、それでも最低限必要な情報は聞けたとスネイプは言った。

 

「吾輩ならば、己の手にかけた者たち、その全ての遺族に謝罪し、許しの言葉を集めるようにとするでしょうな。ならば、放免になろうとも、納得がしやすい」

「なるほど、気づきませんでしたね。全く同意しますが、もちろんアルテシアにも、考えがあってのことなのですよ」

「あの娘のことだ、そうだとは思いますが、魔法界に反発を招くようなことは避けるべきでしょう。あの男が魔法界へと戻ってくればどうなるのか」

 

 せっかくの大手柄なのに、それを台無しとするようなことになりはしないか。さほどの期間も経ずに戻ってくるようなことになれば、全ては元の木阿弥だ。せっかく得られたであろう評価も、地に落ちてしまうことになる。

 

「感謝の言葉など、いくらでもでっちあげられるのです。収容施設の職員あたりを脅して言わせれば、1日で集めることも可能だと、法廷で帝王自身が言ったそうではないですか。さすがに気になるでしょう」

「なるほど。ですが私からは、心配ないと……」

「まさか、その言葉がどういう状況で発せられたのか。その判別がされると。そんなことが可能なのですか」

 

 その疑問には、マクゴナガルが首を横に振る。さすがにできない、ということらしい。ならばと、スネイプはわずかに苦笑してみせた。

 

「ということであれば、近い将来、闇の帝王の復権が実現するというわけですな」

「いいえ、そうはなりませんよ」

 

 今度もまた、明確に否定するマクゴナガル。むしろヴォルデモートには、脅迫でもなんでもいい、どんな手を使ってでも感謝の言葉を集めて欲しい、そうなることを望んでいるとまで言うのである。

 

「手段など、どうでもいいのですよ。それがどんなものであろうと、感謝の言葉を集めるということは、すなわち、本を読むことにつながるからです。おわかりですか」

「つまりは、狙いどおりだということですか。だが、何故です。繰り返しとなるが、帝王が魔力を取り戻し魔法界に戻ってくることになるのですぞ。元の木阿弥だ。それでもいいと?」

「もちろんアルテシアも私も、名前を言ってはいけないあの人の復権など望んではいませんよ。ヴォルデモート卿という存在は不要なのです。戻ってくるのはトム・リドルという名の普通の、いえ、サラザール・スリザリンの血を引く優秀な魔法使いであるべき。そう考えているのですよ」

 

 どういうことか。もちろんマクゴナガルからは、その説明がされる。スネイプが懸念したように一見して難しそうにはみえるが、容易でもある言葉集め。だがそれは、単に本を読ませるための手段に過ぎないということ。ヴォルデモートがそれを読めば魔力を取り戻すことにはなるが、実は、それだけではない

 

「レポートのこと、お忘れではありませんか。あの子の目的は、闇の帝王ヴォルデモートを説得し、魔法界に安寧をもたらすこと」

 

 さすがにスネイプも、はっとしたらしい。思わず息を飲んだような表情を浮かべたスネイプ。あたかも、その音までもが大きく響いたような、そんな気にさせられる。

 

「まさか、魔法書を読ませることが、帝王の説得にもなるのだと……」

「ええ。彼に本を学ぶつもりがあるのならば、ですけどね」

 

 マクゴナガルによれば、その魔法書の中に、ヴォルデモートを説得するような内容がちりばめてあるらしい。本を読むことは、すなわち、アルテシアの説得を受けることになるという理屈だ。なにしろあの本は、アルテシアが創ったモノ。そうすることは難しいことではない。だがもちろん、ヴォルデモートがそれを読まなければ意味は無いのだし、その説得に彼がどう応えるかもまた、分からないということになるのである。

 

「なるほど。簡単そうにも思えた条件はそのため、という訳ですか」

「そういうことになりますね。切り捨てることは簡単なのですが、あの子は、それをしたくないのですよ。ですが、与える機会はこれが最後です」

「ほう。では、説得に応じなかった場合や、帝王が何らかの手段で逃げ出したときは、どうなるのですかな」

 

 ヴォルデモートが全ての審理を拒否し、己の罪を認めたのはどう考えてもおかしい。スネイプに限らず、そう考えている者は多いのだ。今のところおとなしく収監されてはいるが、それが何かしら思惑があってのことだとするならば、本を読む読まないにかかわらず、何かしら行動を起こすことは十分に考えられるのだ。

 

「そうなった時でも、対処は可能だとおっしゃるのですな」

「もちろんですとも。そのときは、改めて法廷に立たせ、審理を行うだけですよ。結局のところ、あの人は審理を拒否したままなのですから」

 

 例えば、まだどこかに分霊箱が隠してあった場合でも、それを頼みにアルテシアの手から逃れられたとしても、それは刹那的なものでしかない。どこで蘇ろうとも、すぐさま見つけ出し、捕らえ、法廷に立たせることになる。そのつもりでいるのだと。

 

「なので、心配するようなことにはなりませんね。少なくとも、私はそう思っています」

「だとしても、安心してよいのですかな。あの娘には、この先もずっと魔法界にいてもらわねばならんということですが」

 

 そこで、ゆっくりとうなずくマクゴナガル。少なくとも一連のデス・イーターたちへの処罰が済むまでは、途中で投げ出すような、そんなことにはならない。そんなことをするような子ではないのだと。

 

「無論、吾輩もそのような娘だとは思ってはいませんがね。だが、帝王が説得に応じなかった場合はどうなるのですかな。その場合、正規の手続きでの解放となるのですから、捕らえることなどできないでしょうに」

「たしかに。でもあの人が、何かしら犯罪行為を犯せば…… あるいは、何もしなければ…… それでいいのだと思いますけれど」

 

 そのときは捕らえればいいのだし、仮に何らの犯罪も犯さないのであれば。それは、ヴォルデモートの説得が成功したことになるのではないか。少なくとも、結果としては同じである。

 

「なるほど。つまり吾輩は、無用な心配をしていたようですな」

「いいえ、まさか。先生が心配されていたと聞けば、あの子は、喜ぶと思いますよ。ところで」

 

 ヴォルデモートの審判については、一通り話をした。それが重要な話であることに異論はないし、否定もしない。するつもりもないのだが、マクゴナガルには、忙しい中でもスネイプのもとを訪ねた理由があった。なにしろ、来週には新学期が始まるのだ。その話も、しないわけにはいかなかった。

 話は変わりますけれど、と断った上で、そのことに触れていく。

 

 

  ※

 

 

「あー、いいぞ。いいんだ、もう。終わりってことでいいから、審理ってやつを始めてくれ」

「たしか、納得いかないとおっしゃってましたよね。それはつまり、納得できたと」

「そうだな。もう、そういうことでいい。そういうことにしといてやるよ」

 

 ベラトリックス・レストレンジである。まさに今、デス・イーターとして己自身が犯した罪、さまざま起こした行動の責任を取らせるべく、その審理が行われようとしていた。ただ、これが初めてということではない。いったい何度目となるのかはさておき、これまではベラトリックスがアルテシアに対し決闘を申し込むということで、その都度、延期とされていた。曰く、正々堂々と勝負をしろ、おまえが勝ったなら審理に応じてやるぞ、と。

 そんなわけで、今回も同じような状況になるものと、法廷に顔をそろえた誰もがそう思っていたのだ。意外な結果、というのはおかしいのかも知れないが、そんな空気が漂うのも仕方の無いことか。ともあれ、審理が始まることになる。進行役とでも言おうか、魔法法執行部のウォーカーが嬉々として立ち上がる。

 

「では、早速」

「あ、待ってくれ。ちょっとだけ、いいか」

 

 待ったをかけたのは、ベラトリックスだ。その声に、やっぱりか、と思った者もいただろう。結局は、審理まで進まないのかと。

 

「そうじゃない。審理には協力するさ。けど、これまで何をどうしてきたかって、いちいち覚えちゃいないぞ。隠すつもりはないが、こっちから白状するなんてできやしないんだ。かといって、他のヤツがやったことを、こっちの仕業だとされてもな」

「その心配はいりません。はっきりとしない案件は、わたしが調査し、はっきりとさせます」

 

 もっとも、全ての事案に対して調査するというのではない。そのつもりはない、というより、そんな必要はないのだ。たとえば証人がいたり、確かな証拠がある場合だ。本人も認めるなど、その罪が誰の目にも明らかであるのなら、そこまでする必要はない。だが、その逆。証拠はなく目撃者もいない、犯人も不明だが、間違いなく被害者は存在している。そんなときに、調べるのだ。アルテシアなら、その犯罪行為が行われたその日、その時、その場所を見ることができる。誰が何をしたのか、明らかにすることができるのだ。

 そんな説明に、ベラトリックスは軽く笑ってみせた。

 

「なるほど、それなら確実だ。それなら、はっきりするだろう。けどな、それはおまえに……」

「そんなことが本当にできるのなら…… ですか。大丈夫です、できますよ」

「ふっ、わかってるさ。おまえなら、それくらいできるんだろう。なにしろ、このあたしが、どうやっても勝てなかった相手だからな」

 

 一度くらいは勝ってみたかったけどなと、苦笑い。そんなベラトリックスに、アルテシアも軽くうなずいてみせた。

 

「だったら、もう一度くらい闘ってみますか。今度はどんな条件にします?」

 

 ヴォルデモートらによるホグワーツ襲撃の日も含めると、ベラトリックスとアルテシアの決闘は、都合9回を数えている。全てアルテシアの勝利という結果に終わっているのだが、その戦いが終わるたび、ベラトリックスからは異議が出されることになる。曰く、卑怯な真似はするな、勝負は正々堂々とやれ、というのである。杖を使わないのも気に入らないらしい。ああしろ、こうしろ、アレをするな、コレをするなと、一方的な要求を繰り返してきたのだ。

 

「決闘はしないよ。最初に言ったはずだ、もういい、とな」

「本当に、いいんですか」

「いいんだ。仮に闘うにしても、ここまでくれば、次は魔法を使うなって条件をつけるしかないだろ。それは、さすがにな」

 

 ちっぽけかもしれないが、魔女としての矜恃はあるのだ。さすがに、そこまではできない。そんな苦笑いに、アルテシアも返す言葉がないのか、ただ、ベラトリックスを見つめる。漂う、一時の静寂。それを破ったのは、魔法法執行部のウォーカーだ。

 

「ともあれ、審理を始めましょうか。ちなみに、魔法法執行部としても、根拠もなく罪を押しつけるつもりはないと、あらかじめ断言しておきます」

「ああ、そうかい」

「その上で…… ええと、貴女の犯した罪は数多い。その全てを一度に裁くのではなく、案件ごとに行うことになります。なので、相応の期間を要するでしょう」

 

 全部まとめて、ということにはならない。審理は関連する案件ごとに行われるため、今日一日で終わるようなものではないのだと前置きした上で、最初の案件としてウォーカーが告げたのは、フランク・ロングボトムとアリス・ロングボトムに対する、磔の呪文の行使を含む拷問事件に関してであった。

 この事件については、ベラトリックスは素直に罪を認めることになる。だがウォーカーの言うように、ベラトリックスに関わる案件は多いのだ。その中には事件当時にまで遡った調査が必要なものもあるし、平行して、他のデス・イーターたちへの審理も進めていかなければならない。

 アルテシアにはこの先、そんな忙しい毎日が待っているのだ。ちなみにベラトリックスに関する全ての審理が終わるのは、この日からおよそ8か月ほど後のことになる。

 

 

  ※

 

 

 ヴォルデモートらに関しては、さすがに懸念は残る。気になる点はいくらでもあるが、一応の話は済んだ。スネイプの了解を得た上で、マクゴナガルは、話題を変える。

 

「あの子、アルテシアのことですよ。いろいろあって立場はずいぶんと変わりましたが、私たちのかわいい教え子は、ホグワーツを卒業する年でもあるんです」

「ああ、そうでしたな。だが今やホグワーツの教授であり、魔法大臣も務めている。我々よりも、よっぽど忙しいでしょうに、今さら卒業式など」

「同級生たちの卒業式は終わりましたが、あの子にも、卒業おめでとうと言ってやりたい、祝ってやりたいと思いましてね。実は、その話で来たのですよ」

「ほう、それはまた」

 

 何故そんなことを、わざわざ言いに来るのか。そんな疑問が、スネイプの頭をよぎる。祝いたいなら、祝えばいいではないか。なるほど、ホグワーツの校長職は忙しいだろう。ましてや、新学期の直前である。そんな時期に収監されている自分を訪れることに、何の意味があるのか。手伝えなどと言われても、当然のこととして無理である。

 

「何か、あの子へ贈る言葉が欲しいのですよ。どんなことであれ、あの子は喜ぶでしょうから」

「なるほど。だが、なぜ私に? 他の教員の方や、あの娘の友人たちがいるでしょう」

「それは、もちろん。ですが、セブルス。あなたの言葉も必要なのです。あの子がホグワーツで過ごした7年、その中にセブルス・スネイプという教授はいたのです。その7年について、何か言いたいこと、言っておきたいことがおありかと思いまして」

 

 なにより、いい記念となるでしょうからと、マクゴナガルはにっこりと微笑む。その笑みに、ふむ、とばかりにスネイプが腕を組む。ダンブルドアに呼び出された時のことが思いだされる。7年前、マクゴナガルとともに校長室に呼び出され、よくよく目をかけてやって欲しいと託された新入生。それがハリー・ポッターであり、その隣にいたのがアルテシア、だった。

 そうか、あの娘と出会ってから7年が経つのだなと、改めてスネイプは思う。思い出すのは、魔法を使えもしない新入生がいきなり魔法薬を調合してみせたこと。あの授業では、新入生にはいささか難しい課題を与えたつもりであった。なのに、それでもあの娘は、きっちりと仕上げてみせたのだ。できるはずのないものにどう取り組むのか。その姿勢を見ようとした課題を、難なくこなした女子生徒。

 以来、何かにつけて気になったのは、自分が任されたハリー・ポッターではなかった。やたらと目についたのは、同じグリフィンドールの寮生ではあるが、アルテシアのほうだったのだ。

 

「その7年を一言で言うなら…… そうですな、謎に満ちた楽しい毎日、とでも言っておきましょうか」

 

 次にスネイプがアルテシアの名を改めて意識したのは、学校内へのトロール侵入事件であったろうか。彼にとっては真相不明の事件であったが、忘れられない事件でもあった。あのとき、魔法を使えない女子生徒が、トロールを打ち倒したのは間違いないのだ。そんな不可解な事件は、その後も繰り返す。そしてその裏で、毎度、医務室で寝込む女子生徒がいたのだ。

 

「迷惑もしたし、苦労もさせられた。だが…… 不快ではなかったですな。今にして思えば、魔女としての成長が楽しみですらあったような」

 

 何かしら、返事を期待したのかどうか。そんな視線を向けたスネイプだったが、返答はなかった。ただ軽くうなずいただけのマクゴナガルに、スネイプが軽く微笑む。

 

「確か、あの娘はクリミアーナ家を…… いや、クリミアーナの魔法は少し違うのだとよく口にしていましたな」

「でしたね。私も、あの家の魔法書を学びましたから、そのことはよく分かってますよ」

「それを、広く魔法界に知って欲しい、受け入れて欲しいのだと。それがあの娘の、いや、クリミアーナ家の娘とすべきですかな」

「そうですね。それが、あの家の娘たちの想いであり、願い。目指すべき目標であり、目的……」

 

 クリミアーナ家の娘、その魔女たちが目指すもの。そのために今、できることは何か、何をすればいいのか。アルテシアに限らず、その家名を持つ魔女は、常にそのことを考えてきたのだという。この魔法が、役に立つのか。そもそも、正しく魔法だと思ってもらえるのか。どうすれば、魔法界の魔女や魔法使いに使ってもらえるのか。その魔法を教えてくれと、願われるようになれるのか。

 アルテシアに勧められ、魔法書を学んできたからこそ、そのことがよく分かるのだとマクゴナガルが言う。

 

「失礼ですが、セブルス。魔法書には、何が書かれていると思います?」

「魔法、でしょうかな。読んだことがないので断言はできませんが、クリミアーナの魔法ではないかと」

「ええ、もちろん。ですが、それ以外にも、書かれているものがあるのです」

 

 クリミアーナの魔法書は、それを残した魔女の、その全てを詰め込んで創られるのだ。そこから、この本を残した魔女の人物像まで描けるほどの情報が、そこにはある。

 

「その魔女の想いや考え、知識を綴ったモノ、ということができます」

「つまり、その人物が何を考え、どう生きたのか。そのなにもかもが書かれていると」

「ええ。私も、その本を学びましたのでね。クリミアーナ家が、その家の魔女が、つまりはアルテシアの想いがよく分かるんですよ」

「なるほど」

 

 軽くうなずいたあと、何やら考え込むようなそぶりを少しだけ。マクゴナガルも、いわゆる返事待ちの状態となり、つかの間、沈黙の時が流れていく。

 

「期待したのですよ。なるほど、吾輩はデス・イーターであったが、あの娘が希望に思えた。希望だったのですよ。何かが変わると思った」

「おや、過去形とされるのですね」

「この7年への評価、ですからね。あの娘は、期待に応えてくれましたよ。よく頑張ったなと、そう言ってやりたいですな」

 

 可能ならば自分で言いたいが、収監されている身では難しい。苦笑交じりに言うスネイプに、マクゴナガルは笑顔を見せた。

 

「分かりました、そう伝えましょう。卒業するあの子への、何よりの言葉だと思いますよ。それではまた」

 

 卒業式は、すでに終わってしまっている。だがその日、その時、魔法大臣として魔法省で忙しい日々を送っていたアルテシアは、その式には出席していない。かつて退学処分も受けているアルテシアだが、それでもマクゴナガルは、卒業したのだと思っている。マクゴナガルの集めたいくつもの贈る言葉の存在がそのことの証明であり、同時に彼女の卒業を祝ってくれるだろう。

 帰って行くマクゴナガルの後ろ姿を見ながら、スネイプは思う。あの娘、いや、アルテシア・クリミアーナの7年間。その7年を思いつつ、軽く笑みを浮かべながら席を立つ。そんなスネイプからのものも含めた幾つかの言葉を贈られ、アルテシアにとっての、ホグワーツでの7年間は終わることになる。

 




 デス・イーターたちへの審理と処罰は、順調に進んでいます。ヴォルデモートへの処罰も決定しました。そんななかで、マクゴナガルが集めたお祝いの言葉とともに、アルテシアのホグワーツでの7年間が終わることになります。

 長期間かかってしまいましたが、この物語もいよいよ終わりです。読者の皆さまは、どんな感想を持たれましたでしょうか。よければ、お聞かせください。

 ということで、次回は、最終話「そして、19年」です。お楽しみに。
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