アルテシア・ミル・クリミアーナの毎日は、忙しい。実に忙しかったと、その一言に尽きるだろう。なにしろ、デス・イーターたちへの審理が目白押しであったのだ。しかもそれらは、犯人が明白な案件ばかりではない。はっきりとした証拠がない、目撃者もいない、しかも本人が否認などすれば、その犯罪行為を立証するのは果てしなく難しくなっていくのだ。
結果として、そんな案件ばかりが残っていくことになり、アルテシアがやらなければならないことは次第に増えていく。すなわち過去の、その犯罪行為の現場を見つけ出し、状況を調べ、誰が何をしたのか、それらを明らかにしていかなければならないのだ。そのためにクリミアーナ家の魔法を使い、光の操作によってその過去を見ていくことになるのだ。場合によっては、自分自身が時間を飛び越え、その場に赴くことにもなる。アルテシアだからこそできることだが、だからといって、それが簡単だということにはならない。それは同時に、自身の目で残虐行為の生々しい現場を見る、ということになるからだ。
それはアルテシアの精神的な面において、少なくないダメージとなり積み重なっていく。その気になれば、その現場で被害者を助けることすらもできる。だが決して、手出しをしてはならないのだ。何故なら、過去を変えることになるから。目の前で行われている残虐行為を、ただ、見ているしかないのである。
少しずつ心を削られていくような、そんな毎日が続く中、捕らえたデス・イーターたちへの審理、その全てにようやく終わるめどが見えてきた頃には、スネイプへの審理が終わったあの日から3年ほどの月日が経っていた。
正直、疲れてはいた。疲れ切っていた。だからこの日、審理の予定が入っていなかったのはありがたかった。だが魔法大臣としての仕事までないというのは、いくらなんでもおかしくはないか。そうなるようにと、誰かが段取りをつけなければ、誰かがそうなるようにと仕向けなければ、そうはならないのではないか。
例えばティアラだ。魔法大臣のスケジュール管理をしている彼女であれば、それも可能だろう。もちろん違うのかも知れないが、これをどう考えればいいのだろう。いわば降ってわいたような休暇、とでも思えばいいのだろうか。
(とりあえず、やることはない、ってことだよね)
裁くべき案件はまだいくつか残っているし、それを進めた方がいいのではないか。そんな思いも当然のようにあるが、一連の審理に終わりは見えている。それにもう9月、新学期は始まっているのだ。ホグワーツの教壇へと戻るのは次の機会を待って、ということになるのだから、ことさら審理を急ぐ必要はないということにもなる。
この3年というもの、延々と続くデス・イーターたちへの審理の忙しさもあって、アルテシアはマクゴナガルらとも相談の上で魔法大臣の職に専念していたのである。その審理と処分が終われば教授へと復帰するという前提あってのことにはなるが、まだ全ての審理が終わっていないのだから、いずれにしろ復帰はまだ先となるのだ。この日、審理が進まなかったとしても特に影響はない。つまりは、そういうことなのだ。
軽くうなずくと、席を立つ。そして、ドアの前へと歩いていく。そのドアは、往来を便利にするための工夫により、クリミアーナ家のアルテシアの部屋、ホグワーツにある執務室、そして魔法大臣室へと、相互に行き来ができるようになっている。
このまま大臣室にいても、手持ち無沙汰でしかないのだ。ならば自宅の部屋で、と思うのは当然の帰結か。行き先としてはホグワーツにある執務室も選べるのだが、そうしなかったのは、いま、その執務室をアルテシアの最も信頼する親友が使っているからだ。もちろん教授に復帰すれば自分にもそのような部屋ができるのだろうが、今のところ、そこは自分の場所ではないという判断である。
(それに、今頃は授業中だろうしね)
仮に部屋にいたとして、もちろん相手はしてくれるだろう。それどころか、大いに話が盛り上がるに違いない。その結果、授業に影響が出たりするのは本意ではない。
そんなわけでクリミアーナの自室へと戻ってきたアルテシアだが、ひとまず机の前に座ると、大きさにして直径4センチほどの透明な玉を取り出す。椅子には浅めに座り、背もたれに身を預けると、改めてその玉をのぞき込む。クリミアーナの娘として先祖より受け継いだものであり、守りたいもの、何があっても守ると決めたものがそこにある。
魔法大臣としての3年でその中身が増えることはなかったが、ホグワーツの7年間で増えたものが、そこにある。それらを見つめながら、アルテシアは考える。
ホグワーツへの入学は、まさに一大決心と言えるものだった。クリミアーナ家には、その血筋とともに受け継がれてきた目的があった。その実現のためにもちょうどよいと、そう思ってのこと。その日から10年余、その目的はどれくらい実現できただろうか。クリミアーナという魔女の家があることが、魔法界ではどれくらい認知され、どれほど浸透しただろうか。その魔法を認めてもらうことはできたのだろうか。
少なくとも、自分に近しい人たち。その周辺にいる人たちには、十分に認知されているという実感はある。だがより広く、魔法界全体を見回してみればどうだろうか。
例えば、生き残った男の子。あのハリー・ポッターなどと比べれば、まだまだだろう。けれど、魔法界を大いに騒がせたヴォルデモート卿らを捕らえ、デス・イーターたちへの処罰をも実施したことで、その認知は大きく広がったはずなのだ。
受け継がれてきたその目的を、どこまで実現できたのかはわからない。わからないが、ここまで精一杯やってきた。たとえ不十分だったとしても、魔法界とのつながりが生まれ、それなりの実績ができたのは間違いない。今の自分では、せいぜいがこの程度だったとしても、次の世代ではどうなるか。その次、そしてその次はどうなっていくのか。その積み重ねが、いわゆる歴史というものなのだろう。
だがクリミアーナ家には、歴史がない。もちろん、魔女の家としての1000年余の歴史はある。だが魔法界においては、ホグワーツ入学を決めて以降の10年ほどしかないのだ。まだまだ、といったところだろうか。ならば自分は、次の世代への架け橋、階となるだけ。それでいい、とアルテシアは思う。結局のところ、一朝一夕には実現できないということだろう。
(そうなると、リドルさんの復活は…… またデス・イーターたちが集まるとか、そんなことになれば)
もちろんそれが、いい結果になるとは思えない。結局はヴォルデモートを処罰できなかったのだと、多くの人は失望するだろう。そしてそれがアルテシアの、いやクリミアーナ家に対する評価へとつながってしまうことになるのだ。さすがに、それは避けたいところ。その心配はないと考えてはいるが、気になるところであるのは間違いない。
そのヴォルデモートについては、マグル側では死亡したとされている。収容されていた収容施設で死亡が確認され、死因はいわば突然死、突発性の心筋症だろうと公表されている。だが、それは真実か。いや、実際に死んだのは間違いないのだが、問題はヴォルデモートの意思がどこにあるのかだ。
少なくともヴォルデモートは、感謝の言葉を集め魔法の本を読む、という選択はしていないことになる。では、己の持つ奥の手を使う選択をしたのか。そのあたり不明ではあるのだが、そう考えている者は意外に多い。そのため魔法界では、ヴォルデモートは行方不明ということにされている。
(でも、本当にそうしたのかな)
その可能性はない、あり得ないとアルテシアは考えている。もちろん、ヴォルデモートの選択のことではない。彼が復活できるのかどうか、その可能性のことだ。復活のために必要となる分霊箱については、ロウェナの髪飾りをアルテシア、スリザリンのロケットをガラティアが、それぞれ封じ込めているのだ。ハリーたちが処分するための旅もしているのだし、もう他に分霊箱はないはずだ。となれば、髪飾りかロケット、そのどちらかが使われるということになるのか。
いったい、ヴォルデモートはどうなったのか。本当に死んだのではなく、魂の状態となり復活の時を狙っているのだとしても、結局のところは、封印された虹色の玉のなかにいるのではないか。しかもその玉は、さらに無色透明の強固な箱の中に入れられている。外へ出るためには、虹色の玉を壊し、さらに透明の箱までも壊す必要があるのだ。
絶対安心とは言えないのかも知れないが、あの虹色や、それを入れた箱は絶対に壊れない。ガラティアの玉はさておくとしても、アルテシア自身が、誰にも壊せないようにと創ったのだ。その自信はある。
よって、復活はあり得ない。それが結論となるわけだが、もちろん他に隠し持っていることも考えられる。だがその可能性は、限りなくゼロに近い。だからこそヴォルデモートは、ホグワーツ内に隠しておいたロウェナの髪飾りを手元に確保しておくため、ホグワーツ襲撃を実行したはずのだ。
それが、アルテシアの考えである。
(でも、今のところは……)
万が一ヴォルデモートが復活をするのだとしても、それは何年も先の話、もしかすると10年以上であってもおかしくない。今、何かできるというわけではない。少なくとも今日は、魔法省の仕事もないし、法廷も開かれることはない。
ゆっくりと席を立ち、今度はベッドに腰掛ける。
(することは、とりあえずは、何もないってことだよね)
そのまま、横になると目を閉じる。それなりに、疲れていたようだ。すぐに寝息が聞こえ始める。
※
ホグワーツには、闇の魔法に対する防衛術の担当教授は1年しか持たない、1年で交代するというジンクスがあった。実際、毎年のように教授が交代し、当時の校長が担当教授を探すのに苦労するという時期はあったのだ。だがそれも、ある年を境として変わることになった。
そう、彼女パーバティ・パチルが担当教授に就任して以降、交代がないのである。もっともパーバティには、防衛術の担当教授になるつもりはなかった。自分よりもっとふさわしい人物がいると、そう思っていたからである。その思いは、就任から4年目を迎えることになった今でも、まったく変わっていない。だがパーバティには、アルテシアの大変さがよく分かっているのだ。その代わりをしろと言われても、とても無理だと首を振るしかないくらいには。
今はまだ、魔法省での仕事が多忙すぎるのだ。そのアルテシアの代わりをするということで担当教授を引き受けているのだが、そのデス・イーターたちへの審理も、ようやくにして終わるらしい。それが終わってしまえば、負担はかなり減ることになる。教授への復帰は可能だろう。今年はもう新学期が始まってしまったので、1年後ということにはなるのだが。
まあ、それくらいならとパーバティは、自分を納得させる。ヴォルデモート卿をはじめほとんどのデス・イーターたちを捕らえ、その処罰を進めている今、禁じられた魔法は使えなくされ、文字通りに禁じられてしまったのだ。結果として、魔法界での闇の魔術の脅威は激減することになったが、それでも、全くなくなったというわけではない。軽微の差はあるにせよ、新たな犯罪行為の発生が止むことはなく、闇の魔法に対する防衛術は、未だに必須の授業であることに変わりはないのである。
あと、もう1年。
そんなことを思っていたパーバティだが、彼女の防衛術教授としての人気は高まる一方であり、そう簡単には辞められそうにもない。その高評価もあってか、最強の魔女、という異名でも呼ばれているのだ。それは自分ではない、と声を限りに叫びたいところではあったろうが、そんな異名がついた原因を思えば、なかなか否定も難しい。なにしろホグワーツ時代、アルテシアに魔法使いの決闘で勝ったことがあるのは事実であり、パーバティにとっては、思い出深い出来事でもあるからだ。
あのアルテシアに唯一勝ったことのある魔女、という噂が一人歩きし異名として帰ってきた訳だが、この異名を、パーバティとしては好ましく思ってはいない。もちろん授業をするにあたって役立つ面はあるのだが、最強の魔女ではなく最高の魔女、という異名のほうこそが広がって欲しいというのが本音であり、ずっとそう思ってきたのだ。自分ではなく、アルテシアだ。すなわちクリミアーナをこそ、よりよく知って欲しいのだと。
とはいえ、在学中の頃を思えば、かなり変わってきているのは間違いない。最強の魔女という異名も、その大本にはアルテシアの存在がある。ベラトリクス・レストレンジが、己の罪に対する審理入りを拒否し、アルテシアと決闘を繰り返したことも、その異名がついたことと無関係ではない。ベラトリクスは、デス・イーターの筆頭格とも言える存在である。そのベラトリクスとの決闘に、アルテシアは全て勝利している。しかもベラトリクスの要求するまま、さまざまな条件を呑んだうえでの結果である。誰がどうやってそれを知り、それを広めたのかはわからないが、あのヴォルデモートを捕らえたときの戦いの様子すらも、いまや多くの人の知るところとなっていたりもするのだ。
そんなアルテシアに勝利した魔女がいる。考えようによっては、最強の魔女という異名は、すなわちアルテシアの、いやクリミアーナへの評価でもあるのではないか。それも間違いではないように思うのだが、やはりパーバティとしては、最高の魔女、その異名こそ広まって欲しい、そこに関心を向けて欲しいと思っているのだ。
そして、1年が経った。
3年超に渡るデス・イーターたちへの審理も、ようやくその全てが終わり、その罪が軽微だと判断された者たちの中には、その償いを終え、マグルの収容施設から解放されるケースも見られるようになっていた。ヴォルデモートは未だ行方不明とされたままであり、デス・イーターら闇の勢力による影響も、今ではすっかり消え去ってしまったように思える。魔法界の様子も、少しずつ変化してきたように感じられるのだが、パーバティ・パチルは、変わらずに防衛術教授を続けていた。
妹のパドマのほうはといえば、ホグワーツを卒業してから少しずつ進めてきた魔法研究を、より広範に広げていくための施設を開設している。これにはアルテシア、というよりはクリミアーナ家とすべきだろうか。その全面的な協力があってこその実現とも言えるだろう。
施設の名称は、クリミアーナ財団。クリミアーナ家にある膨大な書物は、同時に、一級品の魔法資料でもある。単にクリミアーナ家の書斎に納めておくのは、あまりにもったいない。在学中からそんなことを考えていたパドマは、自身の就職は見送りとし、卒業後はクリミアーナ家の書斎にこもった。そして書物を読み、調べ、その成果を1冊の本へとまとめていった。
そうするうちに、思い知ったのだ。魔法界の歴史そのものであり、貴重なる宝物。そう言ってもいいものがここにある。ならばそれを、大切に守っていかねばならないし、同時にこれを、役立て活用していかねばならないのだと。
そんな思いの集大成。それがクリミアーナ財団の設立であり、自分の書いた本でもある。魔法を学びたい、もっと役立てたい。理想はそんな思いを抱く人たちの学び舎だ。今はまだ始まったばかりだが、自分がまとめた資料や書いた本が、その助けとなればいい。
そんな思いから図書館を作り、ひとまず書物を公開することから始めた。そのことが思いがけぬ効果をもたらすことになるのだが、さてパドマは、そんなことまで予想していたのだろうか。
いわばクリミアーナ家の、魔法の歴史。パドマの書いた1冊の本が魔法界に広がりを見せ、その続編というか第2巻をパドマが書き始めた頃には、魔法省でティアラが悲鳴を上げていた。もちろん、悲鳴というのにもいろいろとあったりはするのだが、確かなのは、魔法省に寄せられる要望が増えてきていること。すなわち、クリミアーナの魔法を学びたい、ホグワーツでは教えないのか、などといった魔法界からの声である。
ティアラが魔法省で働き始めてから、何年が過ぎたのだろうか。500年前、あるいは1000年前。そして、今。
クローデル家として、クリミアーナの繁栄を願ってきた。その地位をできる限り押し上げたいと、懸命に支えてきたのだ。そして今、魔法大臣という地位を得てはいるが、その先を思うとき、クリミアーナの魔法を学びたいという魔法界からの声は、まさに歓迎すべき事態といってもよかった。ルミアーナ家が同意するとは思わないが、この声を無視するという選択肢はティアラにはなかった。あるのは、それを実現したいという意思のみだ。
とはいえ、どのように実現していくのかは難しい。新入生に本を渡せばそれでいい、というものではないからだ。そもそもの話、幼い頃から本を読む必要があるのだし、10年ほどの期間もかけたい。つまりホグワーツで教えるには、時期的に遅いし時間も足りないということになる。では、どうするのがよいのか。肝心なのはその内容だ。ともあれ絶好の機会でもあるのだし、なんとか実現したい。そのためには考えるしかない。とにかく考えるしかないのだ。きっと何かいい方法があるはずだ。
あれこれと考え、頭の中での試行錯誤を繰り返す。そんな日々を積み重ねたティアラの提案によって、ホグワーツにおける新しいカリキュラムの検討がされることになる。5番目の寮としてクリミアーナ寮を作ろうという話が出たりもするのだが、それとクリミアーナの魔法を教えることには、直接のつながりはない。例えば、グリフィンドール寮ではグリフィンドールの魔法を教えている、などということではないのだから。
結果として、次の新学期より新カリキュラムが試行されることになる。試行というからには、確定したものではない。まずは様子見から始め、取り止めることも含めた改革の議論が続いていくことになったのだ。
それから、数年。
その間もティアラによる改革は、新学期ごとに修正が加えられていった。結果、年ごとに少しずつ内容も固まっていくことになり、新たな授業の選択コースとして定着することになる。クリミアーナ寮はできなかったが、授業時間の確保はなされることになったのだ。
名称としては『クリミアーナ・コース』が採用され、具体的には、5年生時の普通魔法レベル(O.W.L、ふくろう)試験で一定の成績を得た者が選択できる、とされた。もともとふくろう試験の成績によっては、6年生時に選択できない授業が発生する。成績によってはクリミアーナ・コースに進めない場合があることも、それと同じなのである。
ふくろう試験にどの程度の成績を求めるのか、コースでは何を教えるのか、担当教授は誰にするのか。何が正解かは分からないが、ソフィアから異論はでなかった。
ソフィアとしては、平穏無事、静かな生活こそが理想なのだ。アルテシアが親しい人たちと笑っている姿、それを、すぐそばで見つめながら過ごせればそれで良かったのである。だがこれは、クリミアーナのことを魔法界に広めていくことにつながる。なによりアルテシアが望んできたことでもあるのだから、反対する理由などはなかった。
もともと、クリミアーナの魔法の全てを教えることには無理があるのだ。ならば、内容を絞り込むしかない。まずは『魔法概論』として、クリミアーナの魔法がどういうものなのか、その理論的な面を教える。それと平行しながら『魔法実技』によって、実際に魔法を使ってみるのだ。
目玉と言えるのは、その実技の担当教授である。クリミアーナ家の先祖、その初代の魔女から直接指導を受けたことのある者、つまりは、レイブンクロー寮憑きのゴースト、ヘレナ・レイブンクローが教えることになったのである。魔法を教えるということに興味はあったらしく、ヘレナは、楽しげに教壇に立っている。その他の『変身術』や『魔法薬学』『防衛術』といった科目にも、クリミアーナならではのアレンジがされたものが採用されている。それもまた、クリミアーナ・コースの特徴と言えた。
その中でソフィアは『魔法概論』の担当だけではなく、それぞれの科目の助手役をも務めていた。いわばコーディネーターとして、クリミアーナ・コース全体の調整役をしているのである。ティアラへの協力、というよりはアルテシアのため。どちらかと言えば、ソフィアの思いはそちら側にある。これはクリミアーナのため、クリミアーナ家のため、なによりアルテシアのためなのだと、そう思ってのことである。
いずれにしろ、本来のクリミアーナの魔法は、クリミアーナ家によって受け継がれていくものだ。学校で教えるのが、いわば教育用としてのモノであったとしても問題はない。その魔法が途絶えるようなことにはならないのだ。
※
「どうだ、ドラコ。どんな様子だ」
「心配ないと思う。穏やかな顔して寝てるよ。今回の薬は、効いてるみたいだ」
話しているのは、ドラコ・マルフォイとセブルス・スネイプである。2人は今、クリミアーナ財団が設立・運営している医療研究所に所属し、魔法薬の研究・開発に従事している。
クリミアーナ財団は、数年前にパドマ・パチルの発案もあって設立された施設である。これまでに、クリミアーナ家にある膨大な書物の管理を目的とした図書館を設立し、研究の集大成ともいえる本の発刊などを行ってきている。魔法薬の研究・開発は、いわばその第3の分野とも言うべきものだ。
「ふむ。ならばもう少し煮詰めて、成分を凝縮したものにしてみるか。有効性が上がるかもしれん」
「しかし、あんなモノに効果があるなんて……」
「吾輩も同意見だが、クリミアーナの森に自生していた薬草なのだ。不思議ではあるまいて」
「いや、不思議だって。なんでこれまで、その薬草を使ってこなかったんだよ。もしかすると、アルテシアの母親の病気、治ってたかも知れないってことだろ」
「その通りだが、当時、クリミアーナに魔法薬の知識はなかったのだ。すなわち、薬草だとは気づけなかった。いや、そもそも当時、あの森にそんな薬草など生えてなかったのかもしれんぞ」
「なかった? それって、どういうことだよ。今はあるじゃないか」
ドラコの疑問に、スネイプが話を続ける。あの薬草は、クリミアーナの森にあったのだ。そこには、ちゃんとした理由があるのだと。
「吾輩は、こう思うのだ。我々にはあの薬草が必要だ。まさに今、必要となったのだ。だからこそあの森は、必要な薬草を生やしたのだと。もともと、あの森は植物が豊富だ。ならば、あの薬草が生えていたとしてもおかしなことではなかろうて」
「そうかな。十分におかしいと思うけど」
そういうドラコに、スネイプは軽く笑ってみせた。珍しいことだが、その表情に、わずかながら笑みが混じっていたのだ。
「知っているかね、ドラコ。このあたりのマグルたちは、こんな風に言っているのだよ。クリミアーナに不思議はつきもの、なにがあっても気にしないことだ、とな」
それで、ドラコが納得したのかどうかはさておくとして。クリミアーナ財団による魔法薬の研究と開発は、その担当者であるセブルス・スネイプと、その補佐役となったドラコ・マルフォイらによってさまざまな薬が創り出されていくことになるのだが、それはもう少し先の話、別の話ということになる。
※
今年もまたキングズ・クロス駅の9と4分の3番線に、恒例の賑わいが戻ってきた、とでもいったところだろうか。なにしろ今日は、9月1日だ。発車時刻までにはまだ30分以上もあるのだが、ホグワーツへと向かう生徒や、それを見送りに来た家族たちで混雑していた。すでにホームにはホグワーツ特急が停車しており、その傍らで、しばしの別れを惜しむ姿が至る所にあった。
あの戦いの日から19年、魔法界では、平穏な日々が続いていた。唯一の懸念とされた某魔法使いの再来は、少なくともこの日まで、その兆候らしきものすらもなかった。よって彼は、失敗したのだというのが定説となっている。あるいは封印された虹色の玉の中から出られないでいるのかも知れないが、それもまた別の話、ということになる。
「ぼくは嫌だ! スリザリンにはなりたくない!」
そんな声が、ホームに集まる家族連れのなかから聞こえてくる。その一家には今年、新入生となる男の子がいた。両親と兄、妹との5人家族なのだが、彼のお兄さんから、少しからかわれたらしい。妹の方は、自分もすぐにホグワーツに行きたいとすねていたが、彼女がホグワーツ特急に乗れるのは2年後なので、今ここでねだってみせたところで、どうしようもない。
「落ちつくんだ、アルバス。寮は組み分け帽子が決めるんだ。もし本当にスリザリンがいやだっていうのなら……」
「いいえ。どこの寮になったとしても、それって、たいした問題じゃないと思うわよ」
その男の子の名前は、アルバス。父親はハリー・ポッターなのだが、そのハリーが息子をなだめようとしたところに、女の子の声が重なった。妹の声ではない、ちょうど到着した、ロン・ウィーズリーたち一家からの声だった。ロンの一家にも、この年、新入生となる娘のローズがいるのだ。
「やあ、ハリー。ちょっと遅れたかな。でも、ちゃんと間に合っただろう」
「十分だよ、発車まで30分くらいはあるだろう。けど、寮はどこになっても問題ないって、どういうことだい?」
ロンへの返事なのだが、後半はローズへの質問になっていた。そのローズが、さっき声をかけてきた女の子だ。ロンの家族が合流し、そのまま、寮の組み分けについての話題が続いていく。
「だって、自分がちゃんと学べばいいことでしょう。どこの寮になっても勉強はできる。スリザリンやハッフルパフに組み分けされたとしても、試験の成績さえクリアすれば選ぶことができるんだから」
「ん? 何を選ぶって」
「新しいことが知りたいの。学びたいのよ」
「あー、だけどな。キミたちは、間違いなくグリフィンドールだと思うぞ。あっ、いや、だってさ」
そう言ったのはロンだが、その瞬間に子ども達の視線が一気に集まったことで、言い訳せねば、とでも思ったらしい。そのままアルバスへと目を向ける。
「考えてもみろよ、キミらの両親はグリフィンドールなんだぞ。その子どもが違う寮になるはずがないって、そう思うんだけどな。なぁ、ハリー」
「あ、ええと…… どうなんだろうな」
ロンの問いかけに、ハリーの返事は、あいまいなものだった。ホグワーツ卒業から19年が経ち、家族もできた今、彼らもホグワーツに向かう息子や娘たちを見送る親となっていた。両家族では、ハリーの息子アルバスとロンの娘ローズが入学の年を迎えており、初めてホグワーツ特急に乗ることになる。学校ではどの寮に組み分けされるのか、どこがいいのか、といったような話になるのは新入生にとってはありがちなことなのだろう。
「すまないな、ちょっといいか」
そんな声にロンたちが振り向いてみれば、詰襟の黒いコートを着た男が立っていた。それが誰かは、親たちにはすぐにわかった。しかも、ロンやハリーたちからすれば、決して歓迎したい相手ではなかった。
「ドラコだよ。ドラコ・マルフォイ」
返事がなかったからだろう、黒いコートの男が先に名乗りをあげたことで、ようやく会話が始まる。
「知ってるさ。見送りに来たんだろ? そっちは息子さんだったかな」
「ああ、息子はもう列車に向かったよ。それより、お願いしたいことがあって来たんだ」
「なんだって? お願い? おまえが俺たちに? なんだって言うんだ」
そんな疑問は、当然のことかもしれない。ロンやハリーとドラコとは、仲が良かったとは決して言えなかったのだ。だがドラコはそれで引き下がることなく、ロンの娘ローズへと目を向けた。
「悪いな、ウィーズリー。おまえじゃない。お願いしたいのはお嬢さんにだよ」
「え?」
話が急に自分に向いてきたと、そう思ったのだろう。きょとんとした表情を浮かべるローズだが、娘が何か言う前に、ロンが話に割り込む。いったい、何をしろというのか、頼みたいこととは何なのか。
「待てよマルフォイ、娘に何をしろって」
「心配するなよ、難しいことじゃないんだ。友だちになってくれないかと思ってね」
「友だち? おまえの息子とか。そんなのは」
「お断り、なんだろ。それくらい、わかっている。息子じゃないんだ。知り合いのお嬢さんだよ、お願いしたいのは」
まだ、話が見えない。そんな空気が充満する中、ドラコが言うには、この先その女の子には信頼できる友人が必要になるということだった。それも、一人でも多い方がいいのだと。
そんなことを話しながら、ドラコが、ローズの前に立ち、しゃがんで目線を合わせる。
「その子はまだ、魔法が使えない。でもね、いずれは優秀な魔女になるんだよ。そんな女の子なんだが、どうだろうか」
「えっ! 魔法が使えないって、どういうこと。まさか、マグルなの? あっ、違う。スクイブってことになるのかしら?」
「どっちでもないよ、お嬢さん。今はまだ、ってことだからね。すぐに使えるようにはなるんだ。でもそれまでの間はどうなるだろうな」
スクイブだ、魔法学校に迷い込んだマグルだなどと、いろいろと言われるだろう。周囲からはいじめられるのに違いない。そんなとき、友だちとして支えてやって欲しいのだとドラコは言い、立ち上がる。
「おい、その子ってまさか……」
言いかけたのはハリーだったが、それを途中で押しとどめたのがローズ。続いて、背を向け立ち去ろうとしていたドラコに問いかける。なぜ自分に、そんなことを頼むのかと。
「どうしてって、キミならいい友だちになれるんじゃないかと、そう思ったからだよ」
「私なら……」
「さっき、ちょっと声が聞こえてね。ちゃんと学べばいいんだ、どこの寮だって勉強はできると、そう言っていたのが気に入ったのさ」
「その女の子、本当に魔女なんですよね」
「もちろんだよ。励まし合って、ともに学ぶといい。きっといい魔女になれるだろう。ああ、そうだ。コレをあげよう、その子に会ったなら、一緒に食べるといい」
今度こそドラコが行ってしまうと、見送りながら何事かじっと考えていたローズが、大きくうなずいてみせた。
「もう行くわ。もちろん、学校についたら手紙を書くつもりよ」
「そうね、そのほうがいいわね。うまくみつかるといいんだけど」
そう言って、ニコッと微笑む。そのとき、娘と母が話したのはそれだけ。でも、十分だったらしい。ローズがホグワーツ特急に向けて駆けだしたところで、ロンが声を掛けた。
「いいのかよ。あいつ、ローズに何か渡したぞ」
「ああ、あれは……」
視線の先では、ちょうどローズがホグワーツ特急に乗り込むところ。ロンの頭にあったのは、トム・リドルの日記帳のことだろう。彼らがホグワーツ在学時代のことだ。
「まさか、秘密の部屋のときみたいになったりしないよな」
「その心配は、ないと思う。だってあれ、蛙チョコレートだもの」
「カエルだって…… え? なんだって、そんなものを」
ロンがそう思ったのも、不思議ではないのかも知れない。でもなぜ、お菓子なのか。その疑問に答えたのは、ハーマイオニーだった。
「知ってるでしょう、ロン。蛙チョコにはオマケが付いてるわよね」
「ああ、知ってるさ。カードだろ。有名な魔法使いとか魔女のやつだ。ボクも集めてたことあるけど、結局、アグリッパは手に入らなかったんだよな」
それが、なんだというのか。まだ意味不明といった感じのロンだが、ジニーがため息と共に、近づいてくる。
「そのカードでいま人気なのが、現代の魔女シリーズなの。あたし達もよく知ってる魔女が、何人か、その中にいるよ」
「えっ!? そうなのか。最近、買ってないからな。ってことは、まさか、あのカエルに」
「そう。もしローズに縁があるのならだけど、たぶんチョコのカードは、その子の母親だったりするのかも」
「そうかもね、うまくその子と会えるといいんだけど」
市販品のオマケなので、その蛙チョコに誰のカードが入っているのかはわからない。でも、ドラコの言う女の子とローズとに縁があるのなら、きっとそのカードは……
「出発まで、あと10分ってところだな。さて、ちゃんと出会えるかな」
「大丈夫よ、きっと。私たちは疎遠になってしまったけど、今度は、ちゃんとした友だちになれるんじゃないかしら」
「だね、ぼくもそう思うよ。できれば、ぼくらがそんな友だちになれればよかったんだけど」
それはともかくとして…… 出発時間は近づいてくる。とにかく、新入生であるハリーの息子アルバスを含め、学校へと向かう子どもたちを列車に乗せなければならないのだ。
そしてホグワーツ特急の発車を見送った後で、それぞれが顔を見合わせる。
「あいつ、子ども、いたんだな。知らなかったよ」
「ずいぶんと長い間、会ってなかったからね。いつから? もう何年になるんだろう」
「ボク、学校出てから一度も会ってないような気がするんだけどな」
「それよりあの子たち、どんな学校生活を送るのかしら」
それが楽しみ、といったところだろうか。まさか、自分たちの頃のような危険な出来事があったりはするのだろうか。もちろん、そんなことにはならないと、そういう思いは当然のようにある。なにしろこの19年というもの、魔法界はずっと平穏だったのだから。
だが魔法界には、ヴォルデモート卿は行方不明であるという噂がある。今では、誰も信じていない、話題にすらもならないような程度のものだが、まさか、そんなことがあるだろうか。
「もしかして、例のあの人、ヴォルデモートが復活しようとしたりするのかな」
「そしてまた、いろいろ騒動が起こるってか? ないと思うけどな。どうだろう」
「もう秘密の部屋はないし、あの人の日記もないの。あり得ないと思うわ」
「いずれにしても次の世代、これからは子ども達の時代になるのよね。私たちは見守るだけ」
これからは、あの子たちが新しい時代を創っていくことになるのだ。どんな時代になろうとも、信頼できる仲間たちとともに乗り越え、新たな時代を生きていくことになる。その始まりのための出会い、であって欲しい。
ホグワーツ特急の、コンパートメントの中。そこではおそらく、新たな出会いとともに、何かしら言葉が交わされているのだろう。それがプロローグとなり、新たな物語が始まることになるのだ。
ヴォルデモートが、復活するのかしないのか。そんなことはわからない。その結果として、どうなるのか。そのことは別にしても、これからいくつものエピソードが生まれ、積み重なっていくことにはなるだろう。もちろん、良いことばかりではないはずだ。つらいこと、悲しいことなど、さまざまにあるだろう。どのような物語が綴られていくのだとしても、それらは、新たな世代の物語である。それもまた、別の話、ということになるのだ。
原作と同じような場面で、終わりです。当初からの予定通りですが、まだ続きがありそうな感じにしてみました。でもそれは、新たな世代の物語なんですね。世代は続いていく、ということです。
最終回ということで、いろいろと書きたいことはありますが、この欄だけでは書き切れないかなってことで、後書きというわけではありませんが、最後にもうちょっとだけ、ウラ話のようなことも書いておきたいなって思いたちました。ネタバレ的な内容も含みますので、それが苦手という方は、特に読まなくても大丈夫です。本編には影響ありません。
ということで、今度の日曜日、お昼くらいを目処に投稿します。それで、この物語の終わりとさせていただきます。
次回は第141話「あとがきにかえて」です。よければ、読んでやってください。