定例の勉強会のためではなく、質問に答えてもらうため。アルテシアがマクゴナガルの執務室を訪れたのは、どうにも気になってきたからだ。つまりは『アンブリッジが何もしてこない原因』に心当たりがあるのではないかというものだが、マクゴナガルは、返事の代わりに新聞を差し出した。日刊予言者新聞の最新の号だ。
「いよいよ動きを見せてきました。あなたが注意せねばならないのはこちらのほうですよ」
紙面には『アズカバンから集団脱獄』の文字が踊っていた。収監されていた10人のデス・イーターがそろって脱獄したというのである。そで見出しとして、かつての死喰い人・ブラックのもとに集結か、との魔法省の見解も書かれていた。
「ただし、書いてあることが全て正しいとは思わないように。魔法大臣としては、こんなふうに発表するしかなかったのですから」
なにしろ魔法省は、ヴォルデモート卿復活を公言するダンブルドアをウソツキだと批判するなど、ずっと否定し続けてきた。それが間違っていたとなれば、大きな問題となる。今回の集団脱走とヴォルデモート卿の復活とを結びつけて考えられないようにするためには、黒幕はシリウス・ブラックであるとするしかなかったのだ。
「シリウス・ブラックは、実際にアズカバンを脱走していますからね。この記事によって、同じ方法で何人も脱走させたと考える人は多いでしょう」
「先生、わたしは」
「あなたは、まずはやり遂げることを考えなさい。あなたを信じてくれた人が何人もいるのでしょ」
「それは…… でも先生」
「でも、という言葉はあまり感心しませんね。とにかく誰にも邪魔はさせません。わたしは常にあなたの味方です。それを覚えておきなさい。さあもう、大広間へ行きなさい」
それが、アルテシアの問いに対するマクゴナガルの答え。そういうことなのだろう。すでに夕食の時間を迎えていることもあり、話はそこまで、ということになった。
マクゴナガルの部屋を出て、廊下を歩きながらアルテシアは考える。
アルテシアは、アンブリッジが何もしてこない原因がマクゴナガルにあるのではないか、と思っている。もしそうなら、スネイプの思わせぶりな言葉にも説明が付くからだ。すなわち、アルテシアの計画が発覚し退学処分など受けたなら、マクゴナガルも同じ目に遭うと、そういうことだろう。
そのときは、2人してクリミアーナへ。だがその場合、2人だけで済むのだろうか。
(もっと多そうな気がする)
つまりそれだけ多くの人に迷惑と心配とをかけてしまう、かもしれないということだ。自分を信じてくれたという、ただそれだけのことのために。
(でも、そんなことは)
許せることではない。認められるようなことではないのだ。ならば、どうするか。どうすればよいのか。
(答えは、簡単なんだけどな)
そう、答えは簡単だ。それがイヤなら、見つからなければいいだけのこと。気づかれることなく、やり遂げれば済む話。そのための工夫もしてあるのだから、発覚するなどありえない。
だが。
(絶対なんてのは、ないからなぁ)
そう、何事にも絶対などと言い切れるものはない。事前にどれだけ準備していようとも、なにかしら想定外のことが起こり破綻することは十分にあり得る。
アルテシアは、とりあえず、あの黒表紙の手帳のようなものを10冊作った。今、手元に残ってるのは2冊で、同意し受け取ってくれたのは、ラベンダー、パンジー、ドラコ、ダフネ、アンソニー、ハーマイオニー。それにスネイプとマダム・ポンフリーだ。
ダンブルドア軍団のことがあるので、どうしてもグリフィンドールの生徒を避けることになったし、同じ理由でスリザリン生が多くなっている。ハッフルパフが誰もいないのは、ハンナ・アボットがダンブルドア軍団に参加していたからだ。他に話をしたことのある人はいなかった。
スネイプには渡す予定はなかったのだが、なぜかそうなってしまった。マダム・ポンフリーにはずいぶんと世話になっているので、受け取ってくれて本当によかったと思った。
(だけどなぁ)
順調だったのは、そこまで。さんざん迷い、断られるのを覚悟してハーマイオニーに話をしてみたが、望んだ結果とはならなかった。一応受け取ってはくれたが、当然のように、交換条件を要求されている。アルテシアがダンブルドア軍団に参加しない限り、これを開くことはないと言うのだ。ダンブルドア軍団は参加するつもりはないので、実質的には、ハーマイオニーからは拒否されたことになる。
ともあれ、残りは2冊。無くなれば追加で作るだけなので、もっと人数を増やしていきたいとは思っているのだが。
「あ、アンブリッジ先生」
このところ授業以外では顔を見なくなっていたのに、こんなところで会おうとは。だがこんな偶然は、もちろんあり得ることだ。アンブリッジが話しかけてくる。
「お元気そうね」
「はい。先生も」
できれば会いたくない相手だった。この人と、このところ関わらずに済んでいるのは、おそらくはマクゴナガル先生のおかげ。そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あなたと話をしただけで怒られるかもしれないわね」
「は?」
「それよりあなた、あんな宣言をしておいて、ずいぶんとおとなしいじゃないの」
「どういうことですか」
とりあえず聞いてはみたものの、アンブリッジは、ただニタニタと笑っているだけ。返事をしないままに歩き始めたのだが、なにか思い出したかのように止まった。そして振り向く。
「そうそう、静かな毎日もあと何日かで終わるみたいよ。じゃあね」
それだけ言うと、ふたたび歩き出す。できるだけ関わりたくないので、呼び止めることはせずにそのまま見送った。だが、その意味は気になる。そこでアルテシアは、大きくため息をついた。考えるべきことが、また増えてしまったからだ。
ともあれ、食事だ。お腹をいっぱいにしてから考えよう。夕食の時間は、とっくに始まっているのだ。アルテシアは、そのまま大広間へと向かった。
※
そんなことがあってから、数日後。学校内では、アズカバンを脱走した10人のデス・イーターたちの話題で持ちきりとなっていた。たとえば、ホグズミードで脱獄囚の何人かを目撃したといううわさや、シリウス・ブラックのときのようにホグワーツに侵入してくるのではないか、などといったようなこと。
名前を呼ぶことでさえ恐れられているヴォルデモート卿のように、デス・イーターもまた、魔法族にとっては恐怖の対象だ。それが10人もとなれば、誰もが無関心ではいられなくなる。
もしかするとこのことだったのかな、とアルテシアは考える。アンブリッジが言い残した、静かな日々は終わるという言葉のことだが、アルテシアとしては、素直に納得はできそうにない。
いつもの空き教室に顔を出すと、パドマとソフィアが話をしていた。なんでも魔法省には神秘部という部署があるらしく、ガラティアの遺品が保管されているのなら、ここではないかというのだ。
「ティアラさんからの情報ですけど、取り戻すのなら手伝いますって」
「ああ、でもあれは、わたしは所有権放棄ってことになってるから。いまは魔法省のものだよ」
「だけど、貴重品とかあるかもよ。調べておいた方がいいんじゃないかな。校長先生のところから、あの玉を取り戻したときと同じ方法が使えるよ。もう、あんな魔法を使っても途中で倒れたりはしないんでしょう?」
「それは、そうなんだけど」
パドマの言う方法は、たしかに有効だ。だがその場合、1つ問題がある。
「わたし、魔法省の場所とか知らないの。そこを見たことがないと、イメージできないから」
「無理だってこと?」
「そうなるかな」
だが、方法はある。たとえばキングズクロス駅などの既知の場所から周囲の景色を少しずつ集めていき、目の前に映し出して確かめていくのだ。あたかも魔法省を探して見知らぬ場所をさまよい歩くようなものだが、時間さえかければいずれは見つかるだろう。
「そういえば、トンクスって人と知り合ったんですよね。その人に聞いたら、中の様子とかわかるんじゃないですか」
「でも、今度いつトンクスと会えるか。連絡先とかわからないし」
「ねえ、アルテシア。そのトンクスって人、闇祓いだって言ってたよね」
「うん、そうだけど」
「闇祓いなら悪い人じゃないだろうし、ふくろう便で手紙を送ればいいんだよ。宛名に闇祓いのトンクスって書いておくだけで届けてくれるよ」
「え、そうなの」
パドマの言うとおりで、この場合、正確な住所は必要ない。ふくろうが、その相手を探して届けてくれるのだ。それを聞いたアルテシアが、さっそくトンクスにお礼の手紙を書くのは言うまでもないが、それはともかく。
「わたし、思うんですけど」
「なに?」
「あれ、魔法ノートって名前にしませんか。そのほうがいいですよ。手帳って感じじゃないんですから」
「そうかな、大きさなんかはまさに手帳だよね。もしくはメモ帳かな」
「メモ帳は、なんかヤです。ノートがいいです」
2人の視線が、アルテシアに向けられる。決めてくれということだが、アルテシアは苦笑するしかなかった。
「いいよ、ソフィア。名前が問題なんじゃなくて、要は中身だから」
「ほんとですか」
「でも、ソフィアには必要ないでしょ。あなたには魔法書があるんだし」
ソフィアだけでなく、パチル姉妹にも渡していない。もちろん、その必要がないからという理由である。
「あれって、マスターしていったら内容も変わっていくんだよね。武装解除の次はなんなの?」
「失神呪文よ。それから妨害呪文、金縛り術。いろいろ考えて、トンクスにも相談してから決めたの。ほかにも色々あるけどね」
話がそんなところに移ってきたところで、空き教室のドアが開いた。開けたのは、まだここに来ていなかったパーバティだった。
※
その呼び出しは深夜、というよりは明け方と呼ぶにふさわしい時間。もちろん寮の部屋で寝ていたアルテシアだったが、迎えに来たマクゴナガルに促され、無言のままで部屋を出る。互いに一言も発しないのは、寝ている人に配慮してのことだろう。
向かう先は、マクゴナガルの執務室。そこへ着くまでの間も、2人は黙ったまま。沈黙が破られたのは、部屋に入り、互いがいつもの席に腰を落ち着けてからだった。
「アルテシア、落ち着いて聞きなさい。あなたは退学処分ということになるかもしれません」
「え! た、退学、ですか?」
「もちろん、そんなことはさせないつもりです。ですが、そうとばかりも言ってられなくなりました」
「どういうことですか、先生」
「あまりいい状況とは言えません。ですが、思い悩んでいても仕方がない」
「先生」
マクゴナガルは普段、笑った顔を見せることはあまりない。だがこのときは軽く微笑んでおり、口調も、静かで落ち着いたものだった。だが内容は、軽くはない。
「校長先生が、学校を去ったのです。戻ってこられるまでは、学校を離れられなくなりました」
「校長先生が? あの、何があったんですか」
「ポッターたちがやっている、DAでしたか。そのダンブルドア軍団が摘発されたのです」
「えっ!」
深夜にかけての出来事であり、まだ学校内には知られていないこの事件。マクゴナガルは、アルテシアのまえでそのことを話し始めた。
※
そのとき校長室にいたのは、ダンブルドアだけではなかった。まずは、魔法大臣のコーネリウス・ファッジ。その両側にいるドーリッシュとキングズリーは、いわば護衛としてだろう。そばのデスクで羽根ペンを持ち羊皮紙の巻紙を前にしているパーシー・ウィーズリーは、さしずめ記録係といったところか。
他にはマクゴナガルとアンブリッジ、それにハリー・ポッター。
「現行犯だぞ、ダンブルドア。つまり、疑う余地はないということだ」
「しかし、その部屋にいただけじゃろ。夜中に寮の外にいたので校則違反は明白じゃが、わざわざ魔法大臣が来ることではないぞえ」
「ほっほー、そうかね。だがダンブルドア、この件には通報者がいるのだよ」
そこでファッジがアンブリッジを見る。心得ているとばかり、アンブリッジがさも楽しそうな顔で前に出てくる。
「わたくし、通報者から教えられたとおりに、8階の『必要の部屋』とポッターたちが呼んでいる部屋に行きましたの。残念ながら多くの生徒に逃げられてしまいましたけど、首謀者はちゃんとつかまえましたわ」
その首謀者とは、ハリーのこと。恨みがましい目をアンブリッジに向けているハリーだが、アンブリッジは、そんな視線など気にしていない。
「通報者がいるとおっしゃいましたな。それが誰で、なんと言っているのか聞いてもいいかね」
「もちろんですわ、ダンブルドア校長。名前は、アルテシア・クリミアーナ。彼女の通報がなければ気づかなかったでしょう。おかげで今夜、ようやく違反行為の現場を押さえることができましたの。ほんとによかった」
「ほほう、あのお嬢さんがのう」
そう言いつつダンブルドアが見たのは、マクゴナガル。マクゴナガルはスネイプのような無表情をしていたが、黙っているつもりはないようだ。
「一言、いいでしょうか?」
「かまわんとも、マクゴナガル先生。ご自慢の生徒でしたな。そのお手柄を、あとでたくさん誉めてやったらいい」
「通報、ということですが、事実なのですか。本当にその女子生徒が密告し、今夜の摘発となったのですか」
「あ? いやいや、先生。今夜、こうして違法なる学生組織を摘発できたという事実。それが全てだと思うがね」
「いいえ、それはなんの証明にもなっていません。証拠とはいえないと思うのですが」
「待ちなさい、ミネルバ。あなたは、少し黙っていておくれ。そもそも問題となっておるのは、教育令第24号に対する違反行為についてなのじゃから」
教育令第24号とは、ホグワーツ内で3人以上の生徒による定例の集まりを持つ場合には、高等尋問官の許可が必要だというもの。違反すれば退学処分だと定められていた。ハリーたちのダンブルドア軍団は、もちろんアンブリッジの許可など得ていない。なので違法な組織ということになる。
「その違反行為は、たしかに行われていたのかね?」
「今さら何を。今夜我々は、その現場を押さえたのだ。疑う余地など微塵もない」
「じゃが、そこで違反行為が行われていたと証明できるのかね。それを認めると、ハリーがそう言ったのかね?」
「言ったさ。そのように記録されているぞ」
「はい。たしかに、そのようになっています」
返事をしたのは、パーシーだ。パーシーは、会話のすべてを書き取っている。
「そうかね。わしの認識では、ハリーはそんなことを一言も言っておらんはずじゃが」
「ダンブルドア、わたしは認めたと思っておるし、証拠もある。それで十分だ」
「証拠?」
「そうですわ、校長先生。今夜の会合で、皆が逃げ去った後に部屋に残されていたものがありますのよ。これは、立派な証拠です」
「ほう。拝見してもよいかの?」
ダンブルドアが手を伸ばし、その証拠とされた羊皮紙を受け取る。ハーマイオニーが作ったダンブルドア軍団の参加者リストなのだが、メンバーが逃げ去る際に置き忘れていたらしい。ダンブルドアは、それをしげしげと見ていたのだが。
「ふむ。反論のしようはないようじゃ。万事休すということになるのう」
「お認めか、ダンブルドア。では首謀者を退学処分、ということでよろしいな」
「もちろんじゃよ、コーネリウス。じゃがこの場合、退学という言葉はふさわしくないのう」
「なんだと」
「責任はすべて、このわしにあるということじゃよ。なにしろこれは、ダンブルドア軍団じゃからな、コーネリウス」
「それはつまり、どういうことかな、ダンブルドア?」
よくわかっていないらしいファッジに、ダンブルドアは微笑んだまま、手にした羊皮紙をファッジの目の前でひらひらさせた。
「ここに書いてあるじゃろう、ダンブルドア軍団だとな。そういえば、アンブリッジ女史も先ほどから何度か、この言葉を使っておられた。パーシー・ウィーズリーくん」
「あ、はい」
突然の指名に、さすがに驚いたようだが、返事はすぐだった。
「キミの記録した会話のなかにも、そう書かれておるはずじゃな」
「たしかに、そう記録されてはいますが」
「待て、ダンブルドア。それはつまり、つまりそれは、あなたがこの会合を組織したということか」
「そう言うておるつもりじゃが」
「あなたが生徒たちを集めて、あなたの軍団を組織したということなのか」
「そのとおりじゃ」
それがウソか、本当か。信じた者だけでなく、信じなかった者もいるだろう。さて、ファッジはどうだったのか。
「ならば、ダンブルドア。我々は、あなたを逮捕せねばならなくなるが、それでいいのだな」
「ふむ。やはり、そういうことになるか」
いったい目の前で何の話がされているのか。どうやらハリーは、そのことに突然気づいたようだ。気づいた瞬間、叫んでいた。
「ダメです! そんなことダメです、先生」
「静かにするのじゃ、ハリー。言いたいことはあろうが、今はムダじゃと思う。もう、寮に戻っておるがいい。それが一番じゃ」
「でも、先生」
だが、ハリーの言うことには誰も関心を示さない。それどころではなくなったからだ。
「なんとなんと、ポッターを退学にできるとやって来たが、まさか、こんなことになろうとは」
「それが魔法省にとって有益なことであればよいが、さて、どうなのかのう」
とりあえず口を閉じたハリーに目を向けつつ、ダンブルドアが微笑みながら言った。笑みを浮かべているのは、ファッジやアンブリッジも同じである。
「まさか、ダンブルドアが魔法省に対抗する軍団を作り上げようとしていたとはな。驚きでしかないが、発覚したからには魔法省に連行し、裁判ということになる」
「そうかね。じゃがわしにも、さまざま用事があっての。魔法省を訪ねている余裕はないゆえ、こうするしかない」
そう言って、ゆっくりと杖を取り出した。
※
「では、校長先生は」
「逃走中、ということになりますね。魔法大臣以下、都合4人をあっという間に打ち倒して校長室を、いえ、ホグワーツを出て行きました」
「まさか、そんなことになっていたなんて」
「4人とは言いますが、そのうち1人は騎士団のメンバーですし、ドローレス・アンブリッジが役に立つはずありません。魔法大臣も似たようなものですから、実質の相手は1人。その1人も、ダンブルドアに対抗できるほどの力はありません」
「それで、これからどうなるんですか」
気になるのは、そこだ。魔法省はダンブルドアを捕らえるべく動いていくだろう。簡単に捕まるとは考えにくいが、どういうことになるのだろう。それに、校長のいなくなった学校は?
「校長の代理を務めたいと魔法省に伝えましたが、どうなることか。アンブリッジ先生がそうならなければいいのですが」
先日も、アンブリッジの授業視察による結果として占い学の先生であるトレローニーが解雇となり、ダンブルドアがケンタウロスのフィレンツェに代わりを頼んだということがあったばかり。魔法省の権限を利用した好き勝手な行為は、校長代理という立場を得れば、ますますエスカレートしていくだろう。
「ですからアルテシア、今は我慢してください。校長先生は、いずれ戻ってきます。それまで待っていて欲しいのです」
「いま、校長先生はどちらに?」
「さあ、それはわかりません。ですが例のあの人の脅威が現実化したとき、魔法省は、結局ダンブルドアに頼るしかなくなる。そうなれば、今夜の出来事も不問となります」
「わたしが退学、という話はどういうことなのでしょうか」
もちろんその話を、マクゴナガルは秘密にしようなどとは考えていない。軽く息を吐くと、その話を始めた。
※
不死鳥のフォークスが輪を描いて飛び、ダンブルドアとともに姿を消した直後、ようやく床から身を起こしたファッジが室内を見回して叫んだ。
「あいつを追え! 捕まえるんだ」
同じくダンブルドアによって倒されていたドーリッシュとキングズリーとが床から飛び起き、出入り口のドアを開けて出て行く。残ったのは、ファッジとアンブリッジ、それにマクゴナガルだ。ハリーはこの騒動のさなか、ダンブルドアの指示ですでに校長室を出ている。
「姿くらましの可能性はありませんわ。学校の中からできるはずがありませんから」
アンブリッジの指摘には、ファッジも同意。だが、なぜ消えたのかの説明はできない。ファッジが、ローブの埃を払いつつマクゴナガルのもとへ。
「お気の毒だな、ミネルバ。魔法省としては、この結果を軽く扱うことはできんよ」
「では、どういうことになります?」
「そうだな。さしあたって代わりの校長が必要となるんだが」
そこで改めてマクゴナガルを見た。マクゴナガルは、小さくだが、うなずいてみせた。
「まあ、考えておこう。とにかく魔法省に戻らせてもらうよ。やれやれ、こんなことになろうとは」
ファッジが校長室を出れば、残るは2人。その2人が、互いに目を向ける。最初に声を発したのはマクゴナガル。
「思いどおりになったと、そんなところですか?」
「いいえ、まだまだ。さしあたっては、あのお嬢さんには退学の危機がありましてよ」
「なんですって。どうしてアルテシアが」
「このわたくしに逆らったのですから、当然でしょう。おとなしく言うことを聞いておれば楽しい学校生活が続いたのに、もったいないこと」
そうして校長室を出て行こうとしたのだが、マクゴナガルが呼び止める。
「退学になど、させませんよ。アルテシアには手出しをしないと約束したはずです」
そこで、アンブリッジが振り向く。
「誤解ですわよ、マクゴナガル先生。わたくし、何もしていません。あのお嬢さんが、勝手に墓穴を掘っているのですから」
「どういうことです?」
「わたくしが、何も知らないとお思い? 今夜、ダンブルドア軍団は摘発されましたが、同じようなことを始めているじゃありませんか」
例の、黒い手帳。今はソフィアの主張によって、魔法ノートと命名されたもののことだろう。
「つまり、当然の結果です。非難される覚えはなくってよ」
「し、しかし。あれは、なんら教育令には反していないのでは」
「さあ、どうでしょうか。調べればわかるでしょう。でもね、先生。たしか、あのお嬢さんのことはすべて責任を持つと、そうおっしゃいましたわよね?」
「たしかに。ですがあなたは、その代わりとしてあの子には手を出さないと」
そこでアンブリッジが、楽しそうに声を出して笑った。
「ええ、そうでしたね。でも先生、今、お嬢さんがなにかしているとお認めになったことにお気づきですか。それがどういうことになるのか、もちろんおわかりですよね?」
マクゴナガルは、何も言わない。確かにアンブリッジが言うように、失言してしまったことは認めざるを得ない。
「お嬢さんの責任をあなたが取る、ということでよろしい?」
「そのときは、あなたも無事ではないと思いますよ」
そのときアンブリッジの顔が引きつったのは、つい先ほどダンブルドアにやられたことを思い出したからだろう。だが、それも一瞬のこと。
「それもいいでしょう。あなたが学校からいなくなるのならね」
アンブリッジが、ゆっくりとドアのほうへと歩いていく。そしてドアノブに手をかけたところで振り向いた。
「あなたのいなくなった学校が楽しみですわね。なにしろあのお嬢さんは、素直でよく言うことを聞きますから」
笑い声を残してアンブリッジが出て行くと、マクゴナガルも、ため息とともに歩き出す。もちろん、アルテシアと話をするためである。