少年の歳の頃は五、六歳ほどで、『父様』と呼ぶだけあって、どことなく朽木白夜の顔立ちに似ている。格好は白い袴で袖を肩が出るまでまくり上げている。そして、腰にはこれまた子供には似つかわしくない小刀が帯刀されていた。
「こ、こども……っ!?」
ドダイたちは、急に現れた幼い子供にまだ理解が追い付かない。
そんな雲忍の隙を狙ってか、朽木白夜は右手に持っていた刀を鞘に納めながらつぶやく。
「千本桜・鎖条鎖縛」
雲忍達に突き刺さっていた桜色の手裏剣が形を変える。そして桜色の強靭に編み込まれた縄によって意識がある雲忍達は拘束された。
「なっ! ……ここまでか」
どうやっても縄抜けの術が成功しそうにない現状に打つ手がないと判断したドダイ達はみな、諦めと絶望の表情を浮かべる。
「白丸よちょうどいい。今ここで、実戦を味わっておけ」
「しかし父様、そんなにゆっくりしていても大丈夫でしょうか?」
朽木白夜は絶望する雲忍の存在を忘れてしまったかのように白丸に話しかる。
それに対して戦場で手を抜くにも等しい行為について、白丸は父である朽木白夜に問いた。
「たわけが!」
今まで戦闘中ですら表情をピクリとも変えなかった朽木白夜が、怒りを露わにし息子のほほをはたいた。はたかれた白丸はその力で倒れこむ。
「当主である私に口答えをするな。任務は外敵からの拠点の防衛のみ。それは既に達成された。捕虜の扱いに対する言伝は受けてはいない」
「申し訳ありません、とうさま」
はたかれて赤くなった頬に手を当てながら、白丸は直ぐに立ち上がる。
「貴様は命令に従っていればよい」
有無を言わさない力強い眼光と共に白夜は続けた。
「朽木一族の次期当主として、貴様も他の者の模範とならねばならない。我々の誇りのために、幼子とて、その責務を全うせよ」
突如として行われた敵の親子のやり取りに、捕縛された雲忍たちは諦めの表情から、かすかに希望があるかもしれないと思考を開始する。
誰かが、奴の息子である少年を人質に取れればエネルの帰還が出来るかもしれないと。
しかし、次の朽木白夜の言葉で再度絶望に突き落とされた。
「敵の首を撥ねよ」
端然と言い放った朽木白夜の言葉を聞き、雲忍達は歯を噛みしめる。
だが表情を曇らせたのは彼らだけではなかった。彼の息子である白丸も顔を歪めていた。
「貴様を血に慣らせるために連れてきたが……気前よく、驕り満ちた修練相手がいる。まずは、動かない敵に成せ」
「……はい。とうさま」
白丸は少し震える手で、腰にぶら下げていた鞘から小刀を引き抜く。小刀とはいえ、まだ五歳の子供である白丸とのバランスを考えると少し大きいくらいだ。だが、じりじりと拘束された敵に向かい、小刀を構える姿はなかなかどうして堂に入っている。
雲忍たちはここにきて初めて理解した。
朽木白夜が言っていた、『ただでは帰さない』という意味を。そして、先ほどエネルが起こした癇癪により、死神を怒らせてしまっていたという事を。
「く、この外道が! やめろ! やめさせろ!」
標的にされたドダイの部下である忍が叫ぶ。
その必死な形相をみて子供である白丸は恐怖に顔を更に強張らせ、手に力が入り、切っ先が震える。
「白丸……二度は言わんぞ……ッ!!」
白丸は、父の怒りを含む言葉を皮切りに覚悟を決めて叫んだ。
絶叫と共に振るった小刀は雲忍の首に吸い込まれて、跳ね飛ばした。
「シナイ、すまない……」
ドダイが付き合いの長かった部下の死に、悲痛の声を上げる。
「はぁはぁはぁ……」
そして、死体を生み出した張本人である白丸は、その幼い顔を真っ青にしていた。生まれて初めて人の首が飛ぶ瞬間をみて、それも自分自身が殺したとなればその衝撃は、少年の精神を蝕むのも当然の帰結である。
白丸は五歳ながら、毎日数百の素振りや、厳しい訓練を課されている。だが、この一振りでどんな訓練をも圧倒するほどの疲労を感じていた。
「たったこれしきの事で根を上げるとは……朽木一族として、他の者の模範となる覚悟があるのか? それが出来ないとなれば、貴様に価値などありはしない」
しかし、そんな子供の苦痛など、父親であるこの男が許すはずもなかった。
「次だ、やれ」
彼は甘えを許さないとばかりに、自身が拘束した雲忍を引っ張って、乱暴に息子の前に投げ捨てた。
「ぐっ、きさm—―」
雲忍は投げ飛ばされて地面に転がり朽木白夜の方を向こうとした瞬間、ザクっ、という金属が地面にめり込むような音を最後に静かになった。
先と比べて、白丸の行動は変わり、戸惑うことがなかった。その幼い顔は、何の感情も抱いていないような能面ともいえる無表情。
そして、無表情でながらに流す涙は頬を伝って、何か大事なモノがこぼれ落ちるように地面に落ちた。
「それでいい。次からは実戦だ。一人で無力化してみせよ」
朽木白夜は自身の子供の変化に見向きもせづ、当然だと言わんばかりに事を進め、生き残った残りの雲忍のうちの1人に手をかざした。すると……、
「っ!! 縄がほどけていく……」
手をかざされた雲忍は、自由になって行く自分の体を見ながらつぶやく。そして恐怖と、急に来た絶好の好機、そして仲間たちの死、それらのごちゃ混ぜになった頭で叫んだ。
「シナイとクナイをよくもっ!!」
咄嗟の出来事で冷静さを失っていた雲忍は、無意識の本能だったのか親である朽木白夜に立ち向かわず、その子供である白丸に突撃した。
「まて、トナイ!!」
それを見ていた残りのエネルの側近たちや、ドダイが冷静になるように叫ぶが、時はすでに遅かった。
白丸に向かっていった雲忍トナイは、すでにチャクラがガス欠に陥っており、体中は朽木白夜の斬撃により傷だらけである。
また、流しすぎた血のせいで思考がうまく回らず、とてもまともとはいえる状況ではない。
まあ、朽木白夜があえて、息子の実戦経験を積ませるために施したことではあるが、いくら上忍と云えど現状の体調を考えれば結果は見えていた。
「ぐはっ」
いくつかの金属のぶつかり合いのあと、白丸はその小さな体を存分に使って巧みに相手の懐に入り込み、トナイの心臓に小刀を突き刺した。
力を失い正面から倒れてくる雲忍をよけるため白丸は、敵の心臓に刺さした小刀を抜き、小さな体を回転させながらその場を横に移動した。
「く、何たる侮辱、何たるみじめさだ。トナイまでも……っ。彼らはこんな死に方をしていい忍ではない。もうやめてくれ! 名誉ある死ですらない、ただの練習として殺されるなど……ッ!」
ドダイは信頼する部下達の非業な最後に悔しそうに、そして悲しそうに涙を流した。
生き残ったエネルの側近達もみな悔しそうにうなだれている。
「さあ続きだ白丸」
朽木白夜がドダイ達の叫びに一切反応することなく、次なる死刑宣告をしたときであった。
「ゴフッゴホ、ゴホ……」
少年による処刑場から少し離れた所で、血反吐が混ざったような咳が聞こえてきた。
「エネル……さま……っ!?」
側近のだれかが呆然と呟く。
ドダイ達の悲痛な声や思いに答えるかのように、先ほど倒れていたエネルが目を覚ました。
「なんっ……だと…………ッ!?」
よろよろと上体を起こしたエネルは周りをみて目を飛び出させた。
「サトリ……」
自分を守るように死んでいたサトリの事や、生き残った仲間はみな拘束されており、自分を入れてたった五人になってしまっていたことなど。
エネルにとって信じられない事ばかりで現実を受け入れる事ができずにいた。
「エネル! 逃げるのだ。我らにかまうな!! あなたはこんなところで死んで良い忍じゃない!」「お逃げください、エネル様!」「エネル様!」
起き上がったエネルを必死で逃げるように叫ぶ雲忍たちだったが、この地獄を作り出した死神がそれを許すはずがなかった。
「白丸、次はあの羽虫だ」
「ぐわああぁ!!」
朽木白夜がエネルに人差し指を向けた瞬間、エネルの地面から桜の花弁が突き上げ、エネルは更に切り傷を増やしていく。
彼は、時限式の斬撃をエネルのいる位置の地面にあらかじめ仕掛けておいたのだ。傷が浅いことは朽木白夜もわかっていた。エネルがもし起きた時に逃がさないようにするための保険だ。
「エネル様、よけてください!!」
側近オームからの掛け声にエネルは反応した。噴き出した血を無視して、飛び出してきた幼子が振り下ろした小刀を避ける。
エネルは、さらに連続して振り回される白丸の太刀筋を自分の傷をかばいながら懸命に避けていく。
「はぁはぁ、この我が子供ごときに……っ!!」
怒りで威嚇するエネルだったがケガでまともに動けず、やはり先ほどの雲忍と同じく攻撃をよけきれず徐々に傷が増えていく。
「おのれっ、おのれェ!」
たった五歳の子供に、必死に悪態をつきながら無様に転がされている事実にどうしようもない怒りがエネルの胸中を占める。
しかし、とうとう傷の痛みで体ふらつかせて、血で足を滑らした。
「エネル……」
バランスを崩して岩を背に座りこけたエネルは、白丸に小刀の切っ先を向けられている。
誰がどう見ても勝負がついた状況にドダイも気づき、目をゆっくり閉じた。
「雷影様……申し訳ありません……」
遺言のようにつぶやいて、ドダイはすべてを諦めた。
「ひぃ、や、やめろ、我は、我は、こんなところで……」
白丸の所々返り血で赤く染まった純白な袴と、能面のような無表情の組み合わせは亡霊のように恐ろしかった。彼の整った容姿もまた不気味さに拍車を掛けていた。
エネルは、恐怖で切っ先から逃れようともがくが、岩を背にしているため何の意味もない。
そして、白丸はゆっくりと小刀を上げてエネルにとどめを刺すべく振り下ろそうとした。
「やめろー!!」
エネルが声を上げた時だった。
「っ!?」
遠くから、笛の響く音が鳴り響いた。
白丸は、その音を聞いて小刀を振り上げた状態でとまった。しかし、それも一瞬のこと。
エネルの命を奪うべく、小刀を振り下ろした。が……、
「そこまでだ」
小刀を振り下ろす直前に放たれた父親からの制止の声を聞き、白丸は直前で太刀筋の道を変更する。
無理やり向きを変えた小刀は、エネルが背にしている岩にめり込み、エネルの左肩に触れるか触れないかギリギリのところで止まっていた。
「何をしている。あれは撤退の合図だぞ」
歩きながら此方に寄ってきた父に振り向くために白丸は、岩に刺さった小刀を抜き、鞘に戻した。
そして、歩いてきた朽木白夜に振り返った白丸は再び頬を叩かれた。
「命令は絶対だと言ったのが理解できなかったか? 撤退命令が出ているときは、何が有ろうと撤退だ。命令に例外などありはしない」
「申し訳ありません。とうさま」
死の恐怖で股から液体を垂れ流すエネルを前に、何事もなかったように息子に説教をする朽木白夜。
生き残った雲忍たちも、訳が分からないといった表情をしている。
しかし親子はそんな雲忍たちを道端に落ちている雑草であるかのように無視している。
「もどるぞ」
「はい、とうさま」
暫くして。
装束をふわりとさせて、身を翻した朽木白夜。
そして父に続く小さな子供。彼らはそれから一度も振り返ることなく静かに歩き、この場から立ち去った。まるで価値のないものを無視すかのように。
「助かった……のか……?」
取り残された雲忍たちは、助かった命を喜ぶのも束の間、敵から相手にもされていなかった事実を感じ、むくむくと怒りの感情が沸き上がる。
しかし、先ほどまでの地獄の処刑を思い出し体を震わせた。
恐らく、生き残った雲忍達はプライドをズタズタに引き裂かれ、どうしようもない感情に襲われているだろう。その敗北感は彼らにとって大きな、大きなトラウマを残した。