「ふんっ、ワシをこの様な汚ならしい場所に来させよって。 あの忌々しいジジィめは消えてまでワシを困らせよる」
牢屋内を一瞥した偉そうなおっさんは、ハンカチで口元を隠し誰に言うとも無しにボヤいている。
「誰? あんたら?」
見るからに悪人。
節制の無い生活が体型に現れ、他人を見下す心根が顔に現れている。
″閣下″なんて呼ばせていたが、服装的に神殿関係じゃないのか? 野心が露骨すぎるだろ…。
「貴様っ! テムジン様に向かってなんという口の聞き方だ!」
「いや、知らないし。お前も誰だよ?」
いや、ホント誰だよ?
年の頃なら十代半ばに差し掛かる頃か?
紫の髪を長く伸ばし、額にはサークレットをしている。ヒラヒラした服装的に考えて賢者か?
だとしたらコイツはアポロ…?
「ガキがっ! この″パプニカの天才″バロンを知らぬと抜かすかっ」
「いや、マジ知らねぇし。俺、アルキード出身」
見た目が子供の俺だから仕方ないけど、生意気なガキにガキ呼ばわりされるのはカチンとくる。
てか、自分で天才って名乗るとかどうよ?
原作のパプニカの賢者は揃いも揃ってちょっとアレな感じだったし、天才賢者で二十代半ばとか居なかったし、コイツがフカシているのは間違いない。
あれか? 子供の頃は凄かったけど、大人になれば凡人だった可哀想な人か?
「ふんっ。吠えよるわ。我が威光を恐れぬ無知な子供は始末に負えぬな」
いや、別におっさんが偉いとか俺に関係ないし、鏡さえ手に入れたらどうせパプニカには来ないし、威光とやらに怯える必要は無いんだな。
「全くです。そこの魔法使いの様に震えておれば良いのです」
「わ、ワシは兄者の居場所等知らぬからなっ」
まぞっほは牢屋の片隅で丸めた背中をこちらに向けてフードを深く被って怯えている。
それでこそ、まぞっほ! 同姓同名の人違いを考えたがこれで一安心だ。
「ふんっ、役立たずめ。小僧、貴様はどうじゃ? マトリフの居場所を知っておるのか?」
ん? 俺への尋問じゃないのか? とりあえず、情報を喋ってもらうか。
「知っている、って言ったらどうなんだよ?」
「何っ!? 教えろ! 案内するがよい!」
鉄格子を″ガシッ″っと握り、油ギった顔を近付けてくる。
なんか…チョロ過ぎるんですけど。
俺は仮定の話を言っただけなのに、ここまで食い付くとか…目的がマトリフってバレバレだぞ。
「案内しても良いけどエロジジィに用でもあるの?」
「あんなジジィに用等ないわい。アヤツが持ち逃げした物が必要なんじゃ」
「へー。そうなんだー? 俺もラーの鏡が欲しかったから一緒だねー」
「全く、忌々しいジジィじゃて。″魔結晶″さえ有れば動かせると言うに…」
「閣下! マシンの事は…」
マシン?
この世界に機械があるのか?
「ふんっ。こやつらの様な無知な輩に聞かれたとて構わぬわ。それにワシは悪いことをしておるわけでもあるまい? 魔王が残した″力″をこのワシが手に入れたらパプニカが益々発展するわい」
あーっ!!
思い、出したぁ!!
「あんたら、あのテムジンとバロンかっ!?」
テムジンとバロンは原作において、王女抹殺を企む小悪党だ。
その際に″キラーマシン″と呼ばれるカラクリ人形を操り、主人公ダイを苦しめる。
こんな早くから計画を練っていたのか?
「うぉっほん。如何にも我こそがパプニカの大司教が一人、テムジンじゃ!」
「閣下…先程も名乗りましたから、このガキはからかっているのでは?」
「ソンナコトナイデスよ」
てか、名乗ったのはお前ダケだろ。
「貴様! ふざけているのか!!」
「バロンよ、静かにせい。
それで? 貴様はマトリフの居場所を教えるのか?」
「教えても良いけど、牢屋に繋がれてるのは嫌だなぁ」
「ふんっ、その様な事このワシにかかれば問題でないわ。さぁ、教えろ! マトリフはどこじゃ!?」
ほうほう、問題ないっすか。頼りになります。
「エロジジィは森の中の洞窟に居るけど、言葉じゃ説明出来ないよ」
「こりゃ! 小僧! お主兄者を売るつもりか!」
ナイスまぞっほ!
見事なアシストに内心でサムズアップを送っておいた。
「あのエロジジィが勝手に追放されたせいで、俺達はこんな事になってんですよ? 牢屋から出る為に居場所を伝えて何が悪いんですか?」
「見下げ果てた奴だな? 助かる為に仲間を売るというか?」
何故か天才君が批難してくる。
「良いではないか、保身の為に媚びへつらう…ワシの好みじゃて」
別に、媚びてないんだけど、まぁいいか。
「牢屋から出してくれるなら案内してあげるよ。あ、弟に会ったら連れてくる様に言われてるから、そこのおじさんも一緒だよ」
「ふむ…良かろう。暫し待つが良い」
大きく頷いたテンジンは踵を返し来た方向へと去ってゆく。此方を睨み付けたバロンもその後を追った。
『宜しいのですか?』
『魔結晶が無くては、折角手に入れたアレが動かせんからな』
『ですが、あのガキが居場所を知っているとは限りません』
『ふんっ。あんな小僧が偽りを申すと言うか?』
『いえ、そういう・・・』
″ギィー、ガチャン″と音が響き話し声が聞こえなくなった。
「お主何を企んでおる?」
二人が去ったのを確認したまぞっほは、牢屋の奥から這い出てきて、鉄格子を掴み身を乗り出すように聞いてくる。
「何も企んでナイデスヨ」
「嘘を申すでないわ」
「嘘じゃないですよ。あの人達に牢屋から出る手続きをやってもらって、地上にでたら逃げるダケです。マトリフの正確な居所なんか知りませんし」
「なんとっ!? 約束を違えると言うのか?」
「あんな見るからに悪人との約束なんか守る必要ないですよ」
てか、確実に悪人だし真摯に向き合う必要はない。
正義の使者ならここでテムジンの悪事を暴くのだろうが、俺は偽勇者だし、十年後迄アイツラは健在だし、裏を返せば其までは事を起こさないって事だし、放っておこう。
「ひょっ!? 小僧のくせに大したタマじゃわい。
それに比べてワシときたら…あかんのじゃ…敵が己より強いと思えば、どうしても踏ん張りが効かぬわ…」
まぞっほが勝手に落ち込んでいるけど、考え自体は悪くないと思うんだよな。
「別に良いんじゃないですか? 勝てない敵と闘わなければ、勝率100%ですよ?」
「お主…小賢しいのもソコまでいけば、いっそ清々しいのぅ。そうじゃな、確かに100%じゃわい」
まぞっほは俺の慰めに共感したのか、小さく何度も頷いている。
「ところでまぞっほさんはルーラを使えますか?」
こうして、地上に出た後の逃走方法を話し合いながら、テムジンが戻るのを待ったのだった。
◇◇◇
その日の夜。
俺とまぞっほは王城から離れた森の中に身を隠して″パチパチ″と弾ける焚き火を囲んでコレからについて話し合う。
流石に王城に留まるわけにはいかないし、原作通りまぞっほがルーラを使えないので、比較的開けた場所を探し暖を取りながら森の中で一晩明かす事にしたのだ。
まぞっほによるとルーラの使い手は非常に少ないらしい。
と言うのも、魔法を使うに当たって大事なのは集中力でありイメージだ。イメージが出来なければいくら資質が有っても、契約に成功していても魔法は使いこなせない。
原作初期のダイが良い例だろう。
そんな魔法の中でも特にイメージの難しい魔法がルーラである。
人が空を飛ぶのだ。
普通の人ならイメージなんか出来やしない。
そして、多分…俺にもイメージ出来ない。
いや、普通に無理だろ?
アルキードからパプニカ迄どんだけあるんだよ!?
魔法が不思議パワーだとしてもルーラはイメージが出来そうにない。
トベルーラは何とかイメージ出来そうだけど、ルーラはなぁ…。
「時に、小僧。
此処まで来れば一安心かの?」
まぞっほは国の実力者を虚仮にした事にビビっている様だ。
日中、テムジンが無実を証明する書類を用意したことで無事に地下牢から抜け出したた俺達は、王都の宿で一晩明かし翌朝テムジンの手の者とマトリフ捜索に出立する約束を交わし、案内された宿に入り、夜を待って抜け出したのだ。
見張りが無いとか、まじチョロ過ぎるし、影で悪事を企むテムジンでは表立って追い掛けられまい。
それに、無実を証明する書類にはテムジンの印が押されているんだ。
いくらなんでも自分で無実を証明しておいて、理由もなしに俺達の再捕縛指示を公的な機関には出せないだろう。
追っ手があるとしてもせいぜいがテムジンの手の者だろう。
原作知識を元にした裏事情なので、まぞっほに話せないのは心苦しいが、とりあえず安全だと思う。
「そうですね。安全なんじゃないですか? それより、まぞっほさんは明日からどうしますか?」
「そうよのぅ…パプニカには居れぬじゃろうし、お主に付いていくとするかの?」
チョビ髭を弄りながらニヤリとしている。
「別に良いけど、この後マトリフに会いに行きますよ? そう言えば、まぞっほさんもマトリフに用が合ったんですよね?」
「なぬ!? お主、本当に兄者の居所を知っておったのか?」
「多分ですけどね。
ちょうど4日程前に船の上からルーラの光が見えましたから、バルジ島の対岸の何処かに居るんじゃないですか?」
勿論、嘘だ。
ルーラの光なんか見ていない。
出鱈目だけど、こうでも言わないと居場所のアテがある辻褄が合わない。
「呆れた小僧じゃわい。森の中では無いのじゃな?」
「テムジンなんかに教えた事がマトリフに知られたら後が怖いですから」
肩を竦めてお手上げのポーズをとっておく。
「ほっほっ。それもそうじゃな。しかし、お主は兄者に会った事があるのかの?兄者についてイヤに詳しいではないか?」
「え? いや、会ったことはナイデスヨ。ルイーダさんから要注意人物だって聞いてきましたから」
「大した小僧じゃが嘘は下手な様じゃな?」
ニンマリ笑ったまぞっほは「ふぉふぉふぉ」と高笑い。
「嘘じゃないし、見張りお願いしますから!」
俺は″ごろん″と横になるとまぞっほに背を向け目を閉じたのだった。
◇◇◇
明けて翌朝。
夜明け前に起きた俺はまぞっほと見張り役を交代し、瞑想しながら過ごしていた。
「クソガキめ!
見つけたぞ!」
静かな森に怒声が響く。
鬼の形相をしたバロンが3人の子供を従えてやって来たのだ。
うーん…。
これは…ちょっと厄介そうだなぁ。
てか、なんで子供?
他に手駒がいないのか?
眠るまぞっほの身体を揺すった俺は″すくっ″と立ち上がり、剣を構えて身構えるのだった。