でろりんの大冒険   作:ばんぼん

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 王都を抜け出し洞窟を探す事三週間。未だマトリフに出会う事が出来ないでいた。

 

 バロン達の追跡を退けた俺とまぞっほは、森の中を真っ直ぐ北上し海辺を目指したのだが、その道のりは予想以上に困難であった。

 正直、旅路を甘く見ていた。いや、旅路と言う言葉では生温い、あれは探検だった。

 当初はテムジン一派の更なる追跡を警戒し、人目を避けるように道無き道を草を掻き分け進む事を選択したモノの、その険しさの余り山を二つ越えた辺りで街道を探すことになった。

 追跡者に遭遇するリスクより、地図もなく土地勘もなく、ただ星だけを頼りに山をさ迷うリスクの方が遥かに大きかったのだ。

 山を降り、なんとか街道を見つけ北を目指したつもりで進んだ結果、パプニカ大陸北西部に位置する港町に辿り着いた時の徒労感は何とも言えないものがあった。

 唯一幸いと言えるのは、追跡者の姿が影も形も無かったこと位だろうか。

 テムジンに向けた伝言、『追跡するなら人形遊びを言い触らす』とアポロ達に言い残したのが裏目に出ることなく効果を果たしたと思いたい。

 

 北西の港町に辿り着いた俺達は、旅路に必要な最低限の物資を買い揃える事にした。

 水や食料はヒャドやモンスターの肉で賄えたが、食器や調理器具が無いと衛生面で毎度苦労する。地面を掘ってヒャドを唱え、メラで融かして水をえる。ソレを手ですくって飲む生活はもう懲り懲りだ。

 山中で出会したモンスターを倒すことで懐は十分に暖まっていたので、金に糸目を付けず良い物を買い揃え、港町の宿で一夜を過ごし心機一転東を目指して旅立った。

 余談になるが、俺が″商売の神に愛されている″と知ったまぞっほは、「一生お主に着いてくぞい」と言ってくれた。

 金に靡いた様なモンだがこれで10年後も安泰だ。

 まぁ、その前に一年後がヤバいんだけどな…。

 

 港町を出立した俺達は海沿いの街道を順調に進んで行けた。

 道中、「地底魔城見学ツアー」なるイベントで町興しを狙っている人々の逞しさに驚愕を覚えたり、大自然の織り成す景色に目を奪われたりと、ちょっとした旅行気分も楽しめた。

 だがそれは、遠目にバルジ島を確認する迄の事。

 遠目にバルジ島を確認した後は、俺が海に飛び込み海側から海岸沿いを隈無く調べ、まぞっほは如何なる岸壁も乗り越え波打ち際を確認しながら歩いた。

 俺達は二人揃って″トベルーラ″が使えない為、非効率的な旅路になっているがルーラを使えるマトリフならば、人がおいそれと寄り付けない険しい岸壁の洞窟でも苦にしないだろう。

 そんな探索の性質上、険しい場所であってもスルーする訳にいかず、視界の悪い日没後は進む事が出来ない為、俺達の旅路は非常にゆっくりとしたモノに成っていた。

 

 アルキードを旅立ってから一月を越えて俺が焦りを覚え始めた頃、まぞっほは嫌気を覚えていた。

 そんなある日の事。

 

 

「もう止めにせんかい?」

 

 日の出と同時に荷物を預け、何時もの様に海へ入ろうとする俺をまぞっほが呼び止めた。

 まぞっほがマトリフに面会を求めた目的は金の無心だった様で、モンスター相手に小銭を稼いだ今、こんなしんどい想いをしてまでマトリフには会いたくない様だ。

 陸路を担当するまぞっほも軽くない荷物を背負っているため疲労が溜まっているのだろう。

 

「じゃぁまぞっほはアルキードに行ってれば良いよ」

 

 この三週間余りで仲良くなった俺は、まぞっほに対して敬称をつけなくなっていた。

 

「わしもそうしたいのは山々じゃが、お主を放っては行けまい?」

 

「一人でも大丈夫だって。この辺りのモンスターは強くないだろ?」

 

 地底魔城の奥深くまで潜れば、怨みを残したアンデット系のモンスターが居るそうだが、地表で出会った強敵はグリズリー位のものだ。

 因みに、マトリフの発案で城の兵士による地底魔城の見廻りは行われている。

 コレが10年後まで続けば不死騎団の結成にいち早く気付けただろうに、なんとも惜しい事だ。

 

「そうではない。お主、兄者に会うてどうするつもりじゃ?」

 

「どうって、鏡を借り受ける交渉をするけど?」

 

「甘いのぅ…あの兄者が何処の誰とも知れぬ者の言うことを聞くと思うてか? あのおなごの紹介状は脱獄の際に戻ってこなかったのであろう?」

 

「あ…」

 

 したり顔で語り始めたまぞっほの背後に、特徴的な丸い帽子を被った大魔道士が浮いていた。

 

「ワシがおっても話を聞いてくれるか怪しいモノじゃわい。あの男は唯我独尊が服を着て歩いている様なモノじゃからの? 勇者に協力していると聞いた時には耳を疑ごうた位じゃわい」

 

「ほう、言ってくれるじゃねぇか? そりゃ一体誰の事だ?」

 

「無論、兄者に決まっておるわ……あ、兄者!? アワワワワ」

 

 マトリフが突然現れた事で、まぞっほは泡をくって俺の背後に隠れた。

 

「久しぶりじゃねぇか? え?まぞっほよ…何しに来やがった?」

 

 怖ぇー。

 マトリフ、マジ恐すぎるぞ。″ギロリ″と言う表現が此ほど似合うニラミもないだろう。

 てか、マトリフの方こそ何しに来たんだ!? 完全装備みたいだし偶然にしちゃ出来すぎだろ。

 

「わ、ワシではないっ、こやつが兄者に用があって連れて来たのじゃ」

 

 ちょっ!?

 イキナリ梯子を外すのかよ!? まぞっほだから仕方ないけど、戦闘中は気を付けないといけないな。

 まぁ、一応紹介された様なモノだし名乗っておくとしよう。

 

「はじめまして。僕はでろりんと申す者です。本日はマトリフさんに御願いがあってお伺い致しました」

 

 なるべく丁寧に名乗り″ペコリ″と頭を下げる。

 

「……気に入らねぇな」

 

 は?

 何がだ?

 ボソリと呟いたマトリフは、険しい表情で俺を見ている。

 

「えっと…何がでしょうか?」

 

 マズイ。

 理由は分からないが第一印象は悪いようだ。

 

「口は回るようだが、頭は回らねぇのか? そんな話し方をする不気味なガキは気に入らねぇのよ」

 

「あっ…ごめんなさい」

 

 話し方かよ!?

 丁寧に名乗ってみたのが裏目に出たか? かといって喧嘩腰の生意気口調が受けると思えない。

 

 

「…まぁ良い。丁度人手が欲しかったところだ。ついてきな」

 

 言うが早いかマトリフは俺とまぞっほの肩に手を乗せると、俺達もろとも飛び上がった。

 

 

◇◇

 

 

 マトリフのルーラで家財道具が散乱する洞窟付近に拉致された俺は確信する。

 

 俺はルーラを使えない。

 

 なんだあれ?

 恐すぎるし意味がわからなさ過ぎる。

 首根っこ掴まれて″ギューン″と体が浮いたかと思うと″ビューン″と体が横にぶっ飛んだ。

 一体、時速何キロ出てたんだ? その割に呼吸が出来たし、目的地に一直線に飛ぶし、地面に激突することなく着地するしで原理が全く解らない。

 いや、まぁ、他の魔法の原理も解っちゃいないんだけど、なんとなく出来そうなイメージが沸くし、現に出来る。

 だけどルーラ! テメェはダメだ! 前世の記憶が邪魔をしているのか、どうしても使えるイメージが沸かない。

 俺が両膝ついて俯き朦朧とする頭でこんな事を考えている間、マトリフ兄弟は何やら話し込んでいた。

 

「出しやがれ」

 

 とマトリフが凄みを利かせて言ったかとおもうと、まぞっほは懐からゴールド袋を取り出し、それを受け取り中を確認し「ほぅ」と呟いたマトリフは袖の下へと仕舞い込む。

 

 原作でも没収されていたが、この兄弟の力関係が如実に現れている光景だな。 てか、まぞっほは何を考えてマトリフを頼ろうと思ったんだ? 困窮していてもマトリフに頼んでどうにかなると思えないぞ。

 まぁ、金なんか幾らでも手に入るしどうだって良いか。

 

 金銭の没収を終えたことで兄弟の会話も終わった様で、まぞっほは地べたに力なく座り込み、マトリフは俺の方に″ノシノシ″と近付いてきた。

 

「オメェ、俺に用があるんだってな?」

 

「はい。僕にラーの鏡を貸してください! お願いします!」

 

 端からマトリフ相手に小細工なんか通用すると思っちゃいない。 多少の交渉も試みるが、基本的には拝み倒すしかない。

 

 俺はその場で土下座をして頼み込む。

 

「……ヤダ」

 

 鼻くそをホジりながらあっさり断らた。

 

 だが、こんなモノは想定内だ。

 再び頭を下げた俺は続けて頼み込む。

 

「そこを何とかお願いします! 俺に出来ることなら何でもしますし、お金なら幾らでも払います!」

 

「ほぅ…なら、一億持ってきな」

 

「い、いちおくえん!?」

 

 思わず″円″と口走ってしまったが円換算だと100億かよ…。

 

「……ゴールドだ。幾らでも払うって言ったのはオメェさんだ。まさか舌の根も乾かねぇうちに取り消す気か?」

 

「はい、取り消します。申し訳有りませんが一億Gは無理です。なんとか譲歩をお願いします」 

 

 一億Gは時間的に無理だ。とてもじゃないが時間が足りない。

 金なんか、と甘く考えていたのがここにきて裏目に出るとは。

 てか、1億Gとか何に使う気だよ!? 「気に入らねぇ」とか言われたし嫌がらせか?

 

「なら100万Gで勘弁してやる」

 

 いや、無理だし。

 でも迂闊に「幾らでも払う」と言ってしまったからにはこれ以上の譲歩は引き出せ無いな…。

 仮に1日一万G稼げば100日で貯まる。

 100Gを落とす敵なら日に百体倒せば計算上はなんとかなる。地底魔城の跡地に籠ればギリギリ稼げるかもしれない金額か…。

 

「くっ…解りました。100万Gですね? 後から″やっぱり1億″とか無しですからねっ!?」

 

「不満そうじゃねーか? 何でもやるってんなら、そうだな……俺から奪ってみるか?」

 

 マトリフは厳しい視線で不適に言い放つ。

 

 何だよこれ…。

 原作のダイが、「王家の救出」を頼んでもデレたじゃねーか。

 王家への手助けに比べたら鏡の貸し出しなんて簡単な話だろ!?

 アレか? 勇者と偽勇者の違いなのか!?

 

「……そうですね。最悪そうゆう手も使わせて貰うかも知れませんねっ」

 

 強奪は最悪の手段の一つとして考えていた。

 

「ほぅ? 俺を相手に敵うと思ってんのか?」

 

「敵うとか関係有りませんから。俺はどんな方法を使ってでもラーの鏡を手に入れてみせます」

 

「気に入らねぇガキだぜ……。でろりんとか言ったな? 寝込みを襲われたら堪ったもんじゃねぇ、日に三度相手になってやる。1分間で俺に僅かでもダメージを与えられたらオメェの勝ちにしてやる。鏡でも何でも持ってきな」

 

「それだとマトリフさんにメリットが有りませんよ?」

 

「あん? ヒヨコが舐めた口効くじゃねーか? オメェが俺にダメージを与えられるとでも思ってんのか?」

 

 普通に無理です。

 正直、こうして敵意を向けられて話しているだけでも逃げ出したい。

 もしや、絶対不可能を確信してるが故に俺を困らせて楽しむとかか?

 嫌な想像だがドSでサディストなマトリフなら有り得そうで怖い。

 

 …それでも、やるしかない。

 

「思ってません。でもチャンスが増えるなら俺は受けるダケです。あ、ダメージを受けてるのに我慢とか無しでお願いします」

 

「ヒヨコが…。我慢の効くダメージはダメージなのか? え?」

 

「解りましたっ。ではお言葉に甘えて日に三度挑戦させて頂きます!」

 

「好きにしな」

 

 短く呟いたマトリフの顔が悪魔に見えたのは目の錯覚だと思いたい。

 

 

 

 こうして俺は、マトリフの意図を計りかねたまま、ラーの鏡を手に入れるべく、地獄の日々を送ることになったのであった。

 

 


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