マトリフと出会ってから50日が過ぎようとしている。この間、自分なりに頑張ってきたつもりが″二兎を追う者一兎も得ず″状態に陥っている。
洞窟近くの砂浜で対峙しながら動こうとしないマトリフを尻目に、今迄の事を振り返る。
洞窟内で無造作に置かれるラーの鏡を何度も目にしながら、手に入れられないのは何とも言えないもどかしさがある。
実は、盗み出すダケなら簡単だったりする。
しかし「持ち逃げしたらどうなるかわかってんだろな?」とドスの効いた声で警告されてる以上、迂闊な真似は出来ない。
と言うのもマトリフは自身の所有物に追跡可能な魔法をかけているらしく、盗み出せても奪い返されたら元も子もない処か、命の保証が無い。
″100を越える魔法を使える″との触れ込みは伊達ではなく、原作はおろかゲーム内にも存在しない魔法すら修めている様だ。
洞窟を探して彷徨う俺達を探知したのもそんな魔法の一つで、バロンとの戦いでまぞっほが魔法力そのものを身に纏った時から警戒していたそうだ。
そんなマトリフと俺の関係は非常に微妙なバランス、いや、マトリフの気まぐれで成り立っている。
彼がその気になれば、俺の命なんか一瞬でこの世から消え去るし、ラーの鏡を砕く事だって出来る。
そうしないのは俺が約束通り日に三度の挑戦以外は手出ししないからだろう。
無謀な暗殺等を企てないなら″多少煩わしいが相手をしてやる″って感じだ。
実際、俺の挑戦はマトリフにとって何の驚異にもなっていない。
挑戦初日なんて酷いもんだった。
『何時でも来な』
と、身構えたマトリフに対し、先ずは最強の攻撃をぶつけ実力差を測る! と考え両手にイオラを産み出そうとしたものの、準備が整う前に″ベギラマ″を喰らってKOされた。
『チンタラしてんじゃねーよ』
と言い残し、去り行くマトリフに向かって「鬼かっ」と叫んで意識を手放した自分の無知が今となっては懐かしい。
実態は鬼との罵声すら生温い最強の大魔道士だったのだ。
その日の昼、二度目の挑戦も酷かった。
『何時でも来な』
合図と同時にマトリフ目指して突っ込んだ。
魔法を撃ち合う中距離以上では勝負にすらならないとの判断からだ。
『魔法使いに格闘戦を挑むってのか?』
『いけませんかっ?』
『悪くねぇな』
褒めたかと思ったその瞬間、マトリフは宙に浮いていた。
『はぁ? 攻撃出来ないんですけどっ!?』
『トベルーラも使えねぇ未熟者が何言ってやがる』
当然と言えば当然。
俺の抗議は完全にスルーされヤケクソ紛れに″プカプカ″浮かぶマトリフにありったけの魔法を放ったが全て余裕で交わされた。
『だらしのねぇガキだな? イオラっ』
魔法力が尽きて肩で息をしていると、真上からイオラが降ってきた。
多分、俺は1分を越えて攻撃したしアレは完全に制限時間外の攻撃だったな。
横に跳んでなんとか直撃だけは避けられたが、爆発をモロに浴びた俺は又もやKOされた。
その日の夕方、三度目の挑戦も散々だった。
『何時でも来な』
今ではお馴染みとなった合図と共に、イオを二つぶん投げた。
先手必勝! ヤられる前にヤる!との考えからだ。
『迂闊な真似をするじゃねぇか?』
そう呟いたマトリフの前には薄い光の壁が出現していた。
『覚えときな、これが″マホカンタ″だ』
マホカンタは魔法を跳ね返すカウンター魔法だ。魔法を使う上で相手が反射手段を所持しているかどうかは非常に重要だ。
しかし、この時のマトリフは俺がイオをぶん投げる瞬間迄なんの予備動作もしていなかった。
俺が先手必勝ならマトリフは後の先がとれる様だ。
内心で「大魔王並みかよっ」と突っ込みを入れて交わそうとするも、力量以上の呪文を唱えた反動から硬直し思うように動けない俺に向かって″三つ″のイオが飛んできた。
反射された俺のイオに混じって、マトリフのイオが加わっている辺りが悪魔的だったな。
多分マトリフは、魔法なら1ターン二回行動だ。
なんとか盾を前面に構え直撃だけは避けたが、イオの三連撃を喰らった俺はKOされた。
改めて思い返すと、良く死ななかったモンだと自分で自分を誉めたい。
死ななかったのはマトリフの絶妙な手加減のお陰だとも言えるが、毎回毎回戦闘不能になる迄痛め付けなくても良いと思うぞ。
そんな感じでマトリフへの挑戦が無駄だと悟った俺は″金銭による譲渡″へと早々に方針転換した。
元々金で解決が第一案だったし、あんな無謀な挑戦に時間を費やし続けるのはナンセンスだ。
例えるなら巨大な鉄壁を素手で殴って破壊しようとする様なものだ。
原作では、今の俺より数段上であろうベギラマを扱うポップが軽く捻られていたんだし、未熟な偽勇者が頑張った所でなんとかなる相手じゃない。
何らかの対抗手段を身に付けないと、いくら挑んでも簡単に弾かれて終わってしまう。
そんな訳で翌日には「金稼ぎに行ってきます」と挨拶し、「戻ってこなくていいぜ」との有難い言葉を頂戴して地底魔城跡地へと一人旅立った。
凡その方角を知っていた地底魔城へは、早朝から夕暮れまで全速力で走り続けたら辿り着けた。距離にしたら100キロ〜200キロ位だろうか?
正直、良く判らない。
判らないが思ったよりも近く、疲労も無かったので10日に一度はマトリフに挑戦すべく洞窟と地底魔城を往復する様にしている。
しかし、何度挑んでも攻略の糸口さえ見えない。重力で押し潰されそうになったり、理力の杖でぶん殴られたり、歯牙にもかけないとはまさにこの事だろう。
もしや、あのセクハラエロじじぃは魔王ハドラーより強ぇんじゃね?
はぁ…。
嘆いても何も変わらないのは解っちゃいるが、本命の金策も上手くいってないんだよな…。
地底魔城跡の周辺では幾つもの露店が建ち並びちょっとした村が出来上がっていた。
見学ツアー客にガイコツ剣士ストラップを売りつけたり、探索目的の戦士に薬草や魔法の聖水、武具等を売買したりと中々の活気に溢れていた。
地底魔城の内部へは金さえ払えば誰でも入場可能で、俺みたいな子供ですら「死ぬかも知れないけど良いんだね?」と簡単な意思確認だけでOKだった。
個人の意志が尊重されているのか、人命が軽視されているのか判断に困るところだが、俺にとって都合が良かったので気にしない。
地底魔城に潜ってみた結果、迷宮におけるモンスター発生の謎に直面してしまったが、こんなモンにイチイチ疑念を抱いたらこの世界じゃ生きていけない。
地底魔城では時間と共にどこからともなくモンスターが発生し、倒したモンスターは時間と共にいつの間にか消滅するのだ。
何処となく″破邪の洞窟″と似た感じを受けるし、元々存在した迷宮を魔王ハドラーが改造したんじゃないかと勝手に思うことにしている。
世界の謎を探求するのは大魔王が滅んでからでも充分だし、今は兎に角、目先のゴールドだ。
そんな地底魔城の金策も芳しくない。
表層にはお約束とばかりにスライムやドラキーが現れ、奥地迄進めば″しりょうの騎士″等の勝てない相手が現れる。
レベルアップすれば勝てそうだけど、どうやらこの世界には″経験値システム″が無さそうだ。
修行と鍛練、そして命を賭けた実戦で己の限界を越えていくのがレベルアップの秘訣じゃないだろうか?
原作においてダイ達一行が異常とも言えるレベルアップを果たしたのは、死闘の連続だったからだろう。
弱い相手に遠くからイオを唱えて殲滅しても、なんの経験も得られていない…そんな気がする。
″ゴールドシステム″よりも″経験値システム″が欲しかったと思う今日この頃。
いや、まぁゴールドも有難いけど純然たる力もこの世界だと必要なんだよな。
不意討ちでイオを投げ付ける戦闘と呼べない戦闘しかしない俺は、レベルアップをした実感が得られず中層辺りで″ミイラ男″の相手をする事が多い。
ミイラに混じって″わらい袋″が居るとこっちが笑えるんだが、遭遇率は極端に低い。
敵を見つけ次第イオを投げつけ、討ち漏らした者は剣を抜いて相手取る。
そんな事を一月程続けていたある日。
未来の三賢者、アポロとマリンに出会った。
俺を見つけたマリンは開口一番
『こんな所でイオを使うなんて何考えてるの!?』
と詰め寄ってきた。
ゲームだとイオナズンでも何の問題も無いが、現実的には迷宮内でのイオは指摘通り危険であり、ぐぅの音も出せず黙り込んだら
『子供だと思って甘くみていたけど、やっぱり子供ね』
と勝ち誇ったようマリンが言っていた。
それから口論が続き、いつの間にか仲良くなっていたのは今でも不思議に思える。俺って子供と同レベルなんだろうか?
まぁ、アポロ達と話せたのは悪くなかった。
テムジンの追跡が止んでいると確認出来たのが何よりの収穫だ。ただ、アポロのテムジンに対する疑いの念が強かったのが気になるところではある。
10年後までテムジン達が尻尾を出さない事を祈るしかない。
テムジンの失脚自体は良い事なんだけど、確実に原作が変わってしまうのがマズイんだよな…時々パプニカの様子を見に行くとするか…。
はぁ……。
ホント、何もかも上手くいかないもんだなぁ。
この50日で貯まった金は84000G。間違いなく大金だが目標金額には全然届かない。
マトリフに挑戦すべく洞窟に戻ってきたが、ダメージを与える目処がつかないし、変える気の無かった原作は勝手に変わりそうだし、やっぱり余計な事は考えず偽勇者としての活動に専念した方が良かったのかもしれない。
今回の挑戦で何の成果も上がらなければ、大幅な方針転換を視野に入れなければいけないだろう。
ラーの鏡の入手は断念を余儀なくされるし、アルキード消滅阻止だって無理かもしれない…。
バランの処刑を止めるにもそれなりの風評と実力を身に付けないといけない。最低でもトベルーラと魔法耐性のある盾は必要だ。
アルキード消滅を阻止しても待っているのは大幅な原作改編と大魔王。
原作以外の方法、竜魔人ダイがやり合う以外に大魔王を殺せる方法なんて俺には思い付かない…。
くそっ。
解っちゃいたけど無理ゲー過ぎる。
偽勇者が下手に動いてなんとかなるのかよ!?
…それでも、やるしかないっ。
「準備は出来たんですか?」
腕を組み眉間にシワを寄せ動こうとしないマトリフに問い掛ける。
何時もなら洞窟近くの砂浜で対峙するなり「何時でも来な」と言うのに明らかにおかしい。
また何か「気に入らない」とでも思われているのだろうか?
黙るマトリフをじっと見詰める。
「……トコトン気に喰わねぇガキだな」
沈黙を破ったマトリフの口から飛び出たのは何時もの非難だ。
「何がですかっ!? 人の気も知らないくせにっ」
俺だってこんな事はしたくないんだ。
「あん? 何も言わねぇのに知るワケねぇだろが」
「理由なんてどうだって良いでしょ!? 俺が鏡で何をしようとアンタには関係無い!!」
「生意気抜かすなぁ!!」
突然、杖を突き付けたマトリフが大声をあげる。
「俺を倒せねぇ未熟者の分際で何が出来る!?
ヒヨコが大人を舐めやがって…なんだその目は? 話せ…ガキがそんな悲壮な目で必死に足掻く神託の内容ってヤツをよ」
いや、あんたを倒せないのが未熟者なら全人類が未熟者だし、神託なんて受けてねー…ん? 原作知識が神託みたいなもんか?
って突っ込んでる場合じゃないな…。
マトリフの鋭い視線的に″でろりんが神託を授かった″というずるぼん発の偽情報を仕入れているとみるべきだろう。
だとすればマトリフが気に入らなかったのは、神託を隠して独りでなんとかしようとしていた俺の態度になるのか?
よく判らないな。
よく判らないが、ここで誤魔化せば二度とマトリフと話すことがない…そんな気がする。
俺は天を仰いで大きく深呼吸すると、ゆっくりと言葉を発したのだった。
次回ターニングポイント。
どうするかコレから考えますので更新は遅くなりそう。