でろりんの大冒険   作:ばんぼん

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成人の儀

 バラン襲来から一年の時が流れた。

 

 あの日を境に地底魔城の迷宮では新たなモンスターが発生しなくなり、一部では″カンダタマスクが根刮ぎ倒した″と噂になっているそうだ。

 実際、最後の一匹を倒したのは俺だと思うが、モンスターが発生しなくなった真相は解らない。

 でも、なんとなくスカルゴンを倒したのが不味かった気がする…″ボス撃破で迷宮コンプリート″だったのではないだろうか?

 

 まぁ、真相なんてどうでも良い。大事なのはモンスターが居なくなった事実。

 この影響で地底魔城を探索する冒険者は蜘蛛の子散らすように去り、形成されていた″村″もすっかり寂れてしまった。

 それに合わせて観光ツアーも激減し、今ではすっかり人が寄り付かず、7年後の不死騎団による拠点化は誰の目にも留まることなく行われそうだ。

 勿論俺も金策拠点の変更を余儀なくされ、已む無く故郷でもあるアルキードに戻り″世界樹の迷宮″に籠る事になった。

 

 世界樹の幹の内部に創られた迷宮は、地底魔城に輪をかけて意味が解らないが考えるだけ無駄だろう。

 そもそも本当に樹の内部に迷宮が有るのかも怪しいもので、幹の内部へと続く″道″を通る事で全く別の場所に飛ばされていたとしても驚かない。

 

 大事なのは世界樹に迷宮が存在し、内部のモンスターを倒せばゴールドを得られる事実のみ。

 マトリフの洞窟へ気軽に通え無くなるのが問題と言えば問題だが、地底魔城と同じくらいの稼ぎは得られるし、レベルも年に2つのペースで上がっていってるし、暫くの間は世界樹の迷宮に籠るのも悪くない。

 そんな風に考えて、何時ものように迷宮へ入ろうとしたある日の事。

 

 

「よぅ、でろりん。久しぶりじゃねーか、生きてやがったか?」

 

 普通の服装をしたマトリフが現れた。

 手にはひのきの棒を持ち頭巾を被ったその姿はご隠居様を彷彿させる。

 変装でもしているつもりなんだろうか?

 

「随分なごあいさつですね? 死なない為にやってんのに、死んだら笑い話にもなりません」

 

「…違ぇねぇ。小憎らしいのも変わりねぇか。相変わらず気に入らねぇ奴だぜ」

 

「はぁ…? 一体何しに来たんですか? 外で会うのはご法度だ…そう決めたのはマトリフですよ?」

 

「でろりんよぉ…今日は何の日かも知らねぇのか?」

 

「…? 別に何のイベントも無いハズですよ? そもそも1日単位で何が起こるかなんて知りませんし、もう暫くの間は何も無いハズです」

 

「ちっ…世話の焼ける野郎だぜ…いいから着いてきな」

 

 それだけ言ったマトリフは俺の腕を強引に掴み、ルーラを唱えて飛び立った。

 

◇◇

 

 

「だからっ! ルーラは嫌いだって言ってるだろ!」 

 

 ″ギューン″と身体が宙に持ち上げられる感覚も、地面がグングン迫ってくる恐怖感も一向に慣れない。

 

 大体、何処に拉致した…って?

 

「え? 此処ってアルキーナ? 一体何しに…?」

 

 懐かしい風景。

 

 どうやらマトリフのルーラで村の裏山に飛んできたようだ。

 

 眼下には幼少期を過ごした村が見えている。心なしか小さく見えるのは俺が成長したからだろう。

 祭りでも行われているのか、村の中心の小さな広場では矢倉が組まれ、その周りには人が集まっている。

 

「オメエって奴はよぉ…。金を稼げと言ったのは確かに俺だ。だが、全く家にも帰らねぇのはどういう了見だ? え? これじゃ俺が弟子に休みも与えねぇ外道になんだろが?」

 

「目標金額に全然届かないんだから仕方ないだろっ。 ってか俺ってマトリフの弟子だったんだ?」

 

 五年目の新事実。

 俺はポップの兄弟子になっていたようだ。

 

「あぁん? オメエ俺の事を何だと思ってやがんだ?」

 

「…共犯者、かな」

 

「…っ!? つくづく救えねぇ野郎だな…」

 

 マトリフは驚愕の表情を浮かべて瞳を閉じると、小さく吐き捨てた。

 勝手に共犯者にされてるんだから文句の一つも言って当然だな。

 

「そうですねぇ…長生きしても地獄に堕ちるんじゃないですか?」

 

 歴史を代えた罪。

 ダイを拉致した罪。

 救えるハズの人を救わない罪。

 モンスターを殺す罪。

 そして、大魔王を殺す罪…。

 

 

 俺は一体、どれだけの罪を犯して生に執着するんだろうな…。死んだら地獄行きは確定だ。

 

 まぁ、死んだ後の心配よりも、今は兎に角目先の金だ。

 

「俺としたことがとんだ見込み違いをしていた様だぜ…。放っておいても適当に手を抜くと思ってたのによぉ…全く、呆れた野郎だ、一体何がオメエをそうまでさせる? たまに遊ぶくれぇどうってこたぁねぇだろうがっ」

 

「何キレてんですか? 見込み違いでも今更後には引けませんよ? それに、怠けて死んだらバカ過ぎるからやってるだけです…どうせ後7年程だし、遊ぶのはそれからでも十分じゃないですか?」

 

 大魔王さえ倒せば後は楽勝なんだし、高々7年の頑張りで残りの人生が左右されるならやって当然だ。

 

「わからねぇ野郎だぜ…兎に角、テメぇは今日1日アルキーナで過ごすんだ。明日の朝には迎えに来てやるからよ」

 

「はいはい。別に1日位構いませんけど、今日は祭りでも有るんですか?」

 

「…今日はオメエの成人の儀だろうが! サッサと行ってきな!」

 

 ″ドン″と背中を押された俺は、裏山の斜面を駆け降りて村の広場へと向かうのだった。

 

 

◇◇

 

 

「あ、でろりん! 何処に行ってたのよ? 来ないかと心配したじゃない」

 

 広場に着いた俺は、早速ずるぼん達に捕まった。

 俺を祝うためか、へろへにまぞっほと未来のニセ勇者一行が勢揃いしている。

 

「悪ぃ。世界樹に潜って忘れてた」

 

「アンタねぇ。ちょっと強いからって調子に乗ったらダメじゃない。こういう事を忘れるから立派な勇者になれないのよ」

 

 カンダタ一味の教育の賜物か、はたまた歳と共に成長したのか、ずるぼんは案外マトモに育っている。

 

「剣も魔法も使えるリーダーは立派な勇者だわいな」

 

 ピンクの鎧に身を包んだへろへろこそ、立派な戦士だ。

 勇者は力では戦士に劣り、魔法は魔法使いに敵わないんだぜ。

 

「勇者とは勇気有るもの! なんつっての」

 

 まぞっほは変わっていない。てか、名言を簡単に言うなっつーの。

 

「俺は勇者じゃ無いって言ってんだろ」

 

 謙遜でも何でもなく俺の職業は″偽勇者″のまんまだからな。

 

「でろりんはまだまだ子供ね…良いかしら? 世の中…言ったもの勝ちよ!」

 

 腰に手を当て″ぐいっ″と顔を寄せてきたずるぼんは、人差し指を振って力説している。

 

「はぁ?」

 

 そういやダイも似たような事を言っていたが、それってどうよ?

 

「勇者じゃなくても名乗ったら良いのよ! でろりんは剣も魔法も使えるんだからルイーダさん以外にはバレないわよ」

 

 呆れる俺を無視して持論を展開するずるぼん。

 前言撤回。

 変わってないな。

 

「そうじゃのぅ…パーティーリーダーのお主が勇者か否かで見栄えは随分変わってくるからのぅ…勇者パーティーなら美味しい目にも会いやすかろうて」

 

「リーダーは勇者だな!」

 

 まぞっほもへろへろもずるぼんの意見に同調している。

 

「はぁ…」

 

 どうすっかな…?

 ニセ勇者ごっこをやる予定はあるが、まだ早いんだよなぁ…遊んでいる場合じゃないし出来れば原作開始の二年前位から始めたい。

 

「煮え切らん奴じゃのぅ」

 

 

「大丈夫よ、まぞっほ。こんな事もあろうかと、用意した物が有るじゃない」

 

「そうじゃったな」

 

「リーダーなら似合うな」

 

 ずるぼんがニンマリするとまぞっほとへろへろも変に沸き立つ。

 

「何の事だ?」

 

 嫌な予感しかしないぞ。

 

「いいから! あんたちょっとこっちに来なさい」

 

 強引に腕を組まれずるぼんにぐいぐいと引き摺られ俺は、見慣れぬ建物内へと連れ込まれたのだった。

 

 

◇◇

 

 

「似合ってるじゃない? 流石あたしね! 苦労した甲斐があったわ」

 

 

「馬子にも衣装…というやつかのぅ」

 

「リーダーはやっぱり勇者だな」

 

「うん、まぁ…サンキューな…」

 

 見慣れぬ建物はパーティーの拠点として建てたそうで、木造二階建てで地下室まで備えている。

 地下にお宝を集め、一階はリビングと生活用スペースに男用の個室、二階はずるぼん専用となっており、大量の衣装はここに収納しておくらしい。

 まぞっほがルーラを使えるようになった今、簡単に往き来し地元にお金を回すのだそうだ。

 意外な迄にキチンとパーティー活動を行っている…と思いきや、カンダタ一味からの借り入れ金で建てたそうだ。お値段30万ゴールド也…誰が負担するのか聞きたくないぞ。

 

 それはさておき、特別に二階へ案内され強引に装備を脱がされた俺は、ずるぼんお手製のコスチュームに身を包んだのだ。

 そう、勇者″ロト″に酷似した装飾にマントを羽織ったニセ勇者スタイルだ。

 やはり歴史の修正力と言うべきか、望む望まぬに関わらず俺はニセ勇者になる運命だった様だ。

 

「どう? これならあんたも勇者だと思うでしょ? 勇者を名乗るなら格好から入るのは大事よね〜」

 

 身形から入るのは大事だと思うが、だからこそ偽物にしか思えない。

 

「いや、勇者を騙るとは言ってねぇし」

 

「折角造ってあげたのに、何よっその態度!」

 

「そうじゃぞ。姉の好意はしっかり受けてやるのが弟の勤めじゃ…それにのぅ、お主は勇者を名乗れる強さを備えているはずじゃて」

 

 マトリフにしごかれている事実を知っているまぞっほは、ニヤリと笑いちょび髭を横に引っ張っている。

 

「その装備はマネーが掛かってる。勇者のリーダーに相応しいな」

 

「そうよ! あんたこの装備の価値解ってんの!? 服とズボン、それに手袋迄パプニカの、それも超高級な魔法の布で造ったのよ」

 

「マジで? そんな金どこに有ったんだ!?」

 

 大魔王のメラにも耐えるパプニカの布の性能は折り紙付きだが、その性能に比例してお高くなっている。

 高いと言っても俺に買えない金額でもないが、攻撃を受けない前提の闘いしかしない現在は購入を見送っていた。

 見た目は兎も角、高性能装備なのは間違いないが、マントまで含めて考えれば五万を越えていてもおかしくないし、ケチなずるぼんが買うとは思えないぞ。

 

「ルイーダが提供してくれたのじゃ。なんでもお主のお陰で儲かっておるらしいのぅ…成人の祝いと礼なんじゃとさ」

 

 俺がこの五年でカンダタ一味に支払った金額は軽く百万Gを越えているし、キックバックと言えなくもない。

 

 でも、嬉しいもんだな。

 

「それをこのアタシが手間隙かけて縫ってあげたっわけ。 その布変に頑丈だしすっごい大変だったわよ!」

 

 いや、すっごい大変で造れるのが普通に凄いぞ。

 やっぱりずるぼんは裁縫職人の道を歩むのが良いんじゃないのか?

 

「装備は有難く貰う。でも、勇者を名乗るのはまだ先だ」

 

「なんでよ! それを着たあんたが入ればアタシ達はどこから見ても立派な勇者パーティーじゃない! 勇者パーティーともなればお城の晩餐会にも呼ばれるわ」

 

「歳が足りねぇよ」

 

「異なことを申すでないわ。かの勇者アバンとそう変わらぬではないか」

 

「じゃぁ時期が悪い。今は勇者と言えばアバンだろ? 簡単に偽物だってバレちまう」

 

「流石リーダーだぜ。悪知恵が働く」

 

「だったらどうするのよ? このお家のお金だって払っていかなきゃいけないのよ」

 

「それは俺が払ってやる。ルイーダに会ったら話はつけておく」

 

 30万位ならどうって事はない。

 

「嘘っ!? やっぱりでろりんは頼りになるわねっ。このっ太っ腹っ」

 

 ずるぼんは俺の首に腕を絡めて″ぎゅっ″と抱き付き素早く離れると、肘で軽く小突いてくる。

 

「お主の言葉に甘えるとするかの…金の問題が片付いたら肩が軽うなったわい」

 

「そうだなっ。これで気兼ねなくリーダーの成人を祝えるってもんだ」

 

 まぞっほは肩を回して″カラカラ″と笑いへろへろを胸を撫で下ろしてホッとしている。

 

「そうね! でろりんの成人を祝して今日は盛り上るわよ!」

 

「意義なーし!!」

 

 

 こうして俺は勇者コスチュームを手に入れ、アルキーナ村の″成人の儀″は滞りなく行われるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 一通りの儀式が終わり村人達が盛り上っている頃、マトリフが来ている事に気付いた俺はこっそりとその場から抜け出した。

 

「来るのは明日の朝だったんじゃないですか?」

 

 樹の幹にもたれ腕を組むマトリフにワイングラスを差し出す。

 

「ふんっ気が利くじゃねーか」

 

 ″ぐぃ″と一気にワインを飲み干したマトリフは、暫くの間無言で空になったグラスを揺らしている。

 

「…今日はありがとうございました。お陰で楽しかったですよ」

 

 嘘でも何でもなく、今日は久しぶりに楽しかった。

 

 ずるぼん達との久々の会合、両親にも祝ってもらえたし、村人からの暖かい激励の言葉も心が引き締まる想いだ。

 ただ長生きの為でなく、大魔王を倒す事の意味を改めて確認できた気がする。

 

「そうか…オメェでも″楽しい″なんて事もあるんだな?」

 

「当たり前です。マトリフは俺を何だと思ってんですか?」

 

「馬鹿な弟子だ…お前さんは大馬鹿野郎だぜ…」

 

「はいはい。馬鹿だと思ってますけど、こんな日にまで言わなくて良いんじゃないですか?」

 

「ふんっ……昼間の話だ…オメェは″後7年程″と簡単に言いやがった…お前さんが足掻き始めてもう5年になる…まだ7年も続ける気か? 馬鹿でなけりゃぁ何がオメェをそうさせる?」

 

「そう、ですね…」

 

 樹の幹にもたれた俺は腰を落として座り込む。

 少し長くなりそうだ。

 

「良い高校に入って、一流の大学に進学し、一流企業に就職すれば人生安泰なんですよ…とりあえず、ですけどね」

 

「あぁん? 何の話だ?」

 

「前の世界の話です…俺はあっちの世界じゃそんな歳まで生きられなかったけど、たったの10年ですよ? 向こうだと子供はずぅっと勉学に励みます。それが終わるのは大体22歳の頃です…丁度こっちで大魔王を倒す頃の俺と同じですね」

 

「何が言いたい?」

 

「あっちの世界だとたったの10年頑張れば、残りの60年が楽になるんです。誰だって10年頑張る方を選びませんか?」

 

「…続けな」

 

「こっちでも一緒です…22で大魔王に殺されない為なら、死なない為なら10年位頑張りますよ。人生はその先の方が遥かに長いんですから」

 

「…なるほどな。前の世界ってのはこっちとは随分違う様だな…それがお前さんが馬鹿に見える所以…根本的な考え方が違うのか」

 

「そうですねぇ…あんまり覚えてないけど結構違いますね。向こうじゃ魔法は無かったし」

 

「何っ!? 魔法使いが滅んだのか!?」

 

「違います。元々無かったハズです…代わりに″科学″ってのが有って・・・」

 

 こうして、暫くの間前世の知識の断片をマトリフに話して聞かせた。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「なるほど…おもしれぇじゃねーか…何故今まで隠してやがった?」

 

 月明かりの下マトリフの眼が″ギロリ″と光る。

 

「隠すも何も別に大したこと知りませんから。俺は機械製品とか作れないし」

 

「そうじゃねぇ…考え方だ…オメェの話は目からウロコだったぜ…失敗は成功の母だぁ? 上手い事を言いやがる」

 

「そうですか?」

 

「あぁ…それと、ルイーダの眼にオメェの″かしこさ″が映らねぇのはこのせいだな…この世界と違う知識がお前さんのかしこさを底上げしてるんだろうぜ」

 

「あれ? それってもしかして魔法の天才になったりします?」

 

「さぁな…どの程度の底上げか解らねぇ…オメェの事だ微々たるもんかもよ」

 

 指で1センチ程の隙間を示したマトリフが″ケケッ″と笑っている。

 

「まぁ、そんなもんでしょうね。俺は偽勇者ですから」

 

「でろりんよぉ…オメェはいつまで自分を…」

 

「あ、でろりん! そんな所で何してるのよ! ってエロじじぃじゃない!?」

 

 マトリフが何か言おうとした所にやって来たずるぼんが、飛び上がって驚いている。

 

「なんでずるぼんがマトリフの事を知ってるんだ?」

 

「アンタこそ、どうしてそんなエロじじぃと一緒に居るのよ!?」

 

「なんだ? このネェちゃんオメェのコレか?」

 

 素早く移動したマトリフはずるぼんのケツを撫でながら小指を立てて下品な笑みを浮かべた。

 

 さっきまでのシリアスな雰囲気が台無しだ。

 これさえなければマトリフは本当の偉人なのに、全く惜しい事だ。

 

「キャー!!」

 

 ずるぼんが上げた叫び声に「なんだ?」と村人達が集まり、てんやわんやな大騒ぎに発展し、楽しい夜は更けていくのだった。

 







ずるぼん17歳。
マトリフはギリギリセーフなはず。

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