ダイと出会い、マトリフから衝撃的な見立てを聞かされてから早三ヶ月。
パプニカ城下に宿をとった俺は、次なる手を打つタイミングを待っていた。
俺の記憶から書き起こした年表が確かなら、そろそろレオナ姫がデルムリン島に向かい洗礼を行う。
しかし、誕生日を祝う催しの噂はあっても、洗礼の噂は聞こえてこない。
やはり洗礼の発案者であるテムジンが失脚していては、起こりようも無いのだろう。
本来の流れなら、秘境たるデルムリン島での洗礼を利用して姫の暗殺を企むテムジンが、魔のサソリやキラーマシンを持ち込んで行動を起こす。
それをダイが粉砕し、姫とのよしみを得てメデタシメデタシ…となるのだ。
これによりダイは紋章の力に目覚め、護りたいと思う人物を得る事になる。
この一連の事件による好影響は代替えが可能な類いのモノではなく、無理矢理にでも類似の出来事を起こす必要が有る。
いや、バランの弱体化が懸念される今、ダイには何が何でも原作通り大幅なレベルアップを果たしてもらわなければいけないし、その為は準備はやってきた。
問題は上手く″コト″が運ぶかどうか? だな…。
手にした魔法の筒を握りしめた俺は、装備を整え宿を出ると太陽の神殿に向かうのだった。
◇◇◇
「久しぶりだな? アポロ」
門番とのすったもんだのやり取りの挙げ句、寄付と言う名の賄賂を払ってアポロを呼び出す事に成功した俺は、実に七年振りとなる再会を果たした。
「でろりんじゃないか!? 噂は色々聞いているよ…強欲の勇者たるキミが神殿になんの用だ?」
堂々たる賢者の出で立ちでやって来たアポロは、俺の突然の来訪に驚き辛辣な言葉を発するも、右手を伸ばし握手を求めてくる。
「勇者は廃業だ…ありゃぁ儲からねーよ」
アポロの手をとりがっちり握手を交わした俺は、適当に答えておく。
「相変わらずキミは嘘ばかりだな…お金が目的なら勇者をしなくても稼げるだろ?」
右目をピクリと吊り上げたアポロは″やれやれ″といった感じで右手を離す。
「さぁな? ま、今日はお前と言い争いに来たんじゃない。良い事を教えてやろうと思ってな?」
「良い事だって? キミが? 何の為に?」
アポロは胡散臭いモノを見る目を向けてくる。
文句の一つも言ってやりたいが、アポロの疑惑の眼差しは正しく何も言い返せない。
「ここじゃ話せねぇ。とりあえず何処かに案内してくれよ?・・・レオナ姫に関する事だ」
なるべく深刻そうな顔付きを心掛け、声を落としてこう告げると、アポロは「わかった」と、迷う事なく俺を神殿内へと案内してくれた。
持つべきモノは腐れ縁である。
こうして、神殿内に入る事に成功した俺は、鍛練に励む神官達を横目で確認しながらアポロに付いていくのだった。
◇◇
「てな訳で、デルムリン島に行ってみないか?」
神殿内にあるアポロの私室に通された俺は、デルムリン島の現状を伝え、レオナ姫の洗礼を提案する。
「悪くないな…。才能ある姫様には、より高みを目指して頂きたいと…デルムリン島に詳しい人物がいるなら…しかし、今からとなると…」
俺の提案を黙って聞いていたアポロは、顎に手を当てぶつぶつ呟き検討を始めている。
「そうね。でも、どうしてあなたがそんな事を教えてくれるのかしら? それに、王家の洗礼は極秘事項よ…どうして、でろりんが知っているのかしら?」
座るアポロの横に並び立つマリンが、キツイ眼差しで鋭い質問を投げ掛けてくる。
昔から俺には厳しかったが変わっていないようだ。
そんなマリンの姿は、賢者っぽく見えなくもないが、額のサークレットとマントを外せば、単なる谷間を強調している人にしか見えないだろう。
手袋をしてブーツを履いているが、ミニスカートで二の腕見せまくりってどうよ?
そんなんだからフレイザードに良い様にやられるんじゃないのか?
まぁ、これが三賢者の正装なら俺が介入することじゃないし、とりあえず適当な事をほざいて俺の情報源をボカシておこう。
「あん? 情報源の秘匿はジャーナリズムの基本だ。てか、なんでアポロの部屋にマリンが居るんだ? お前らデキてたのか?」
「なっ何をバカな事をっ! 私は賢者であると同時に神官です。私が仕えるのは神であり、パプニカ王家! アポロとはただの同僚よ。今日はたまたま用が有って此処に来ていただけですっ。何時もの私は海の神殿で日々の勤めに励んでいるんだから!」
顔を紅く染めたマリンは長々と語った。
そんな力いっぱい否定したらアポロが可哀想だぞ。
「ふーん? まぁ、どうでもいいし、三賢者が二人もいるのは好都合だな…洗礼はどうする? 俺はこれでも忙しいからな、今すぐ結論を出してくれ」
「あなたねぇ…今すぐなんて無理に決まってるじゃない? それに、姫様の身に万が一の事があればどうしてくれるのよ? でろりんに責任がとれるの?」
無理な事を言っているのは重々承知している。
如何な三賢者であってもそう簡単に決められる事ではあるまい。だが、行くか行かないか位は直ぐにも返事が欲しいんだ。
行かないのであれば別の手を打つ必要がでてくる。
「何を的ハズレな事を言ってんだ? 洗礼をやる、やらないを決めるのはお前ら三賢者で俺に責任はない。万が一と言うが、絶対に安全な洗礼は試練と言えるのか? 過保護も度を過ぎれば滑稽だぜ」
「だ、誰が過保護よっ! 大体、でろりんがどうしてこんな事を提案するのよ!? あなたは何を企んでるのかしら?」
「止さないか…でろりんが雄弁に語る時は大抵嘘を付いている…こう言っていたのは他ならぬマリンじゃないか? 彼にどんな思惑が有るのかは関係無い…考えるべきはこの提案が姫様にとって良いか悪いかダケだ」
一歩前に出て食って掛かろうとするマリンの進路をアポロが右手を上げて制した。
「そうだぞ。マリンは難しく考え過ぎだ。パプニカ王家に恩を売りつつ、俺が推薦する未来の勇者に実績を与える…どっちも俺の名誉に繋がってるだろ? 簡単な話じゃねーか」
まぁ、実際は極悪な事を企んでんだけどな。
「…良いだろう。キミの提案に乗って、姫様の洗礼はデルムリン島で行うとしよう」
「アポロっ!? そんな横暴よ! 貴方が一人で決めて良いことじゃないわ」
「ならばマリンは反対なのかい?」
「そんなことは言ってないわ…。私はもう少し慎重に話合うべきだと…」
「はいはい。夫婦喧嘩は後でやってくれ。とりあえずデルムリン島に行く、…で良いんだな?」
「あぁ。太陽の神殿が責任を持って執り行う。でろりんはどうするんだ? まさか提案するだけで後は知らぬ存ぜぬかい?」
「それこそ″まさか″だぜ。俺の目的の為にも随行するさ…三賢者様の許可が有れば、だけどな?」
「考えておこう…出立まで早くとも二週間はかかる。その間キミはどうしてるんだ?」
「俺は色々忙しいからな…宿にでも報せを届けてくれ」
こうして、デルムリン島での洗礼フラグを立てた俺は、プリプリ怒るマリンを無視してアポロと連絡方法を確認しあい神殿を後にするのだった。
◇◇◇
アポロに洗礼を提案してから一月後、俺は船上の人となっていた。
目指すはロモス。それからデルムリン島だ。
随行するはアポロと太陽の神殿に勤める神官五十名…微妙に多い上に、其なりに強いのが厄介だ。
この一月で神官達の鍛練風景を見学したが、魔のサソリ程度ならあっさり倒せる実力の持ち主達だ。
不死騎団涙目になりそうである。
まぁ、不死騎団が涙目でも団長たるヒュンケルは相性的に三賢者達には敗けようがない。
ダイがパプニカに現れるその時まで、互角の戦いが繰り広げられていればそれで良い…。
我ながら酷い話だが、パプニカに関しては俺のせいじゃないハズだと自分に言い聞かせるしかない。
多少の差異はあっても修正は済ませてあるし、概ね思惑通り…後はダイの紋章を発現させれば今回のミッションは終了になる。
「やっだぁ〜〜! ホントに甲羅を背負ってるぅ!? カッコ悪〜いっ!」
潮風を浴び船縁で思考の海に沈んでいると″キャハ″と笑いながら掛けられた声で現実に引き戻される。
ちっ…厄介な…。
アポロは何やってんだ?
しっかり、室内に詰め込んどけっつーの。
「姫様が強欲の勇者に何の用だ?」
チラリと背後を一瞥して姫さんの姿を確認した俺は、前を向いたまま腕を組み顔を合わせず声を発する。
なるべく関わり合いに成りたく無かったのに…これだからお転婆姫は困る。
明日からは俺が船室に閉じ籠るとしよう。
「あら? あなたは自分が強欲だって自覚しているのね? それならそんな事は辞めなさい。三賢者からも十分に強いと聞いているわ。悪い事なんかしなくても生きていけるわ」
「ふんっ…。正義バカに何を聞かされたのか知らねーが、俺は法に触れる事はしちゃいねーよ」
「そんなことないわ」
「なにっ?」
「不敬罪は立派な罪よ?」
俺の前に回り込んだ姫さんが舌を出してウィンクしている。
「言ってくれる…。堅苦しいのがお好みならそうしてやるよ。無駄に王家に喧嘩を売る気はねーからな」
「あら? 無駄じゃなければ喧嘩を売るのかしら?」
後ろ手に組んだ姫さんは楽しげに小首を傾げた。
「…さぁな? 王家が不当に俺を虐げるなら抗うかもな?」
「へー。あなたって面白いのね? それに、その服はパプニカの最高級品よね? よく観れば剣も良さそうだし、籠手と甲羅の素材は何かしら?」
レオナ姫は俺の周りをぐるぐる回りながら甲羅を″コンコン″叩いては品定めしている。
てか、帯剣している見ず知らずの怪しい偽勇者に、不用意に近寄るのはどうかと思うぞ。
「答える必要があるのか?」
「答えなければ不敬罪で牢屋行きよ?」
「ヤれるもんならやってみな?」
正義の使徒であるレオナ姫が、権力を振りかざす事がないのは原作的に明らかだ。
つまり、変に畏まる必要は無いのだ。
「アハハっ。おっかし〜。王女様の私にそんな口が聞けるのはあなた位よ?」
なんだ?
何が楽しいんだ?
この姫さん笑い上戸なのか?
下手に気に入られたくなくて、ツンケンしたのが裏目に出たか?
「何が楽しいんだか…。あんたマジで何の用だ? 用が無いなら俺はもう行くぜ?」
長居は無用だな。
俺は踵を返して手を上げると立ち去ろうと試みる。
「お待ちなさい。強欲の勇者でろりん…あなたに聞きたい事が有ります」
そんな俺を先程迄とは大違いの凛々しい声が呼び止める。
「…ナンだよ?」
「あなたは強さを求めて何を為そうというのですか?」
ちっ…。
三賢者から偽りの目的は入手済みで、その先を気にするのか…まだまだ子供でも王族だけの事はある。
「…答える必要があるのか?」
「答えて頂けなければパプニカは、あなたを危険人物であると見なさなければなりません。その装備の数々は、この平和な世において個人で所有するには過ぎたる物ではありませんか?」
笑っておきながら中々抜け目が無いようだ。
未知の材質であっても高性能装備であると見抜かれている様だ。
「ふんっ…。何だかんだと聞いてくるなら答えてやるのが世の情け…。良いか? 俺はな・・・」
こんな事で危険人物認定を受けるのは流石に避けたい。
虚実交えて煙に巻いてやるさ。
俺は大きく息を吸い込んで、大声で叫んだ。
「世の為、俺の為! そして、世界の破壊を防ぐ為!! 大魔王の野望を打ち砕く、でろりーん3!! この甲羅の輝きを恐れぬなら掛かって来いってんだ」
左右の手を交互に伸ばし″シャキーン″″シャキーン″とポーズを決めた俺は、最後に一回りして甲羅を向けると姫さんに指し示してやる。
「…よ、良く判りました。あなたは完全な変人ね?」
「そうだな。さぁ、もう用は無いだろ? 俺は行くぜ」
こうして俺は、呆気にとられたレオナ姫を甲板に残して船室に篭り、デルムリン島に到着するまで静かに過ごすのだった。
因みに、でろりーん3は、デロリンスリーと読みます。
深い意味は有りません。