「見てよっ、でろりん!」
浜辺で禅を組み瞑想をしながら船の到着を待っていると、ダイが俺の腕を掴んで揺らしてきた。
「あん?」
禅を組んだまま片目を開けて見てやると、ダイは嬉しそうに俺から距離をとって海に向かって両腕を伸ばした。
「ん〜っ! メラぁっ!」
「おまっ!? いつの間に…?」
ダイの両腕から放たれた火球に、思わず立ち上がり腕を伸ばして止めようとしてしまう。
「でろりん殿のお陰ですじゃ…覇者の冠を授かってからというもの、ダイは魔法の修行にも真面目に取り組む様になりましてな」
ブラスは杖を持ったままの手で目を擦り、泣き真似をしている。
「へへーん。やっぱり勇者ならでろりんみたいに魔法も使えなきゃカッコ悪いと思って」
ダイは鼻の下を人差し指でこすり得意気だが、これはマズイ。
下手にダイが強くなると原作通りにいかなくなる。
ダイ達が僅かな期間で大幅なレベルアップを果たせたのは、ギリギリの闘いをくぐり抜けたからに他ならない。
強いに越したことは無いが、強くなる為には強すぎたらダメという、なんとも言えない状態なんだ。
「…他の魔法も使えんのか?」
ダイに恐る恐る聞いてみる。
「うん! ギラとバギも使える様に成ったよ!」
「…そうか。まぁ、ほどほどに頑張れ」
頑張れと言いつつ、俺の内心は″もう、頑張るな!″である。
天を仰ぎそうになるのを″ぐっ″と堪えて乱れた心を落ち着けるべく瞑想を再開しようと禅を組み直す。
しかし…。
「ねぇねぇ、姫様ってどんな人?」
直ぐ様ダイに腕を掴まれ揺り動かされる。
「もうすぐ会えるんだ…俺に聞くより自分の目で見て確かめろ。ほら、見てみろよ? アレがパプニカの船だ」
豆粒ほどに見えてきた帆船を指差し教えてやると、ダイは懐から望遠鏡を取り出して覗き込んだ。
「ぐっ軍艦だぁ〜〜!?」
ダイは両手を上げて驚くと、望遠鏡を投げ捨てた。
「な、なんじゃとぉ!?」
ブラスは拾い上げた望遠鏡を目に当て、ゆっくり動かしながら帆船をじっくり確認していく。
いや、パプニカの王女様ご一行に決まってるだろ?
なんだ? この流れ。
「バカタレ! あれぞ賢者のみが使用を許される聖なる紋章じゃ。でろりん殿、あの船に姫様が乗っておるのじゃな?」
ブラスは木の杖をダイの頭を″ゴチン″と落とす。
俺に向き合うブラスは多分真剣な表情をしている。
「そうだな。ま、そんな身構えなくても良いだろ? 頼み事があるのは向こうの方だ」
「そうはいきませぬ。王族に連なる御方がお越しになるなら礼を尽くさねばなりませぬ…ダイよ、お前も失礼の無い様にするんじゃぞ」
こう言っちゃなんだが、ブラスはモンスターにしては良くできた人物だ。
王家に対する敬意とかは確実に俺より上だな。
「はぁ〜い…」
ブラスに諭されたダイは俺の横に並んで″ちょこん″と正座する。
漸く瞑想に取り組む事が出来そうだ。
静かに成った俺達の周りには打ち寄せる波の音と、海鳥の鳴き声だけが聞こえていた。
体感で10分後。
「来たよ! でろりん」
ダイの声に瞼を開けると、沖合いに停泊する帆船の左右から一艘づつ小舟が下ろされ、三角頭巾を被った神官達が乗り込んでいく。
神官達でぎゅうぎゅう詰めになった小舟が帆船から離れると、オールを漕いでゆっくりと近付いてきた。
程なく砂浜に乗り上がって小舟は停止して、設置された梯子を伝い神官達が続々と降りてくる。
アポロとマリンを先頭に神官達は無言のまま″ズラッ″と整列を完了させる。
「アレが賢者様?」
「これっ頭が高い」
立ち上がって指を指すダイの頭をブラスが無理矢理に押さえ付けている。
「未来の勇者ダイ君…それにブラス老ですね?」
アポロが片膝を着いて挨拶を始めると、それに合わせて総勢30名近い神官達も一人を残して一斉に膝を着いた。
最後尾に控える三角頭巾を深く被った小柄な神官は恐らくレオナ姫だな。
三角頭巾まで被せて隠すなら、膝を着かなきゃ意味がない。
「未来の勇者ぁ!?」
「ぶ、ブラス老っ!?」
「わたしはパプニカ三賢者が一人、アポロ」
「同じく、マリン」
「そこのでろりんから既に聞き及んでいるとは思いますが、本日はお二方に御願いがあって姫様と共にデルムリン島にやって参りました」
「聞いておりますじゃ…して、姫様はいずこに?」
「レオナ様、どうぞこちらへ!」
アポロの声で立ち上がった神官達は一斉に左右に別れて″道″を作る。
その道を三角頭巾を深く被った人物が堂々と歩き、ダイ達の眼前で頭巾を脱ぎ捨てる。
姿を現したレオナを見たダイが″わぉ″と小さく呟き喜んでいる。
「あなたが…勇者ダイ?」
「こんちわ〜」
ダイは″イェィ″とピースサインを何度も送っている。
「…やっだぁ〜〜!
こぉ〜んな小さいの!? 冠も似合ってないし、カッコ悪〜〜いっ!」
姫さんの言葉にダイは顔を歪ませショックを受けている様だ。
お互い第一印象は良くないだろうが、これで概ね原作通りだし問題ない。
勇者と姫の対面を果たした一行は、細かい説明をすべくブラス宅へと移動するのであった。
◇◇
ブラス宅では姫さんを伴ったアポロが、ダイとブラスに洗礼の説明を行っている。
その間、俺は室外の石に腰掛けて待っていた。
出来れば一緒に説明を受けたかったのだが、時折向けられるマリンの鋭い視線を警戒し、流れに任せていたら蚊帳の外に放り出されてしまった。
そのマリンが厳しい顔付きでやって来くると、目の前で立ち止まる。
「あなた、本当にあの子供が未来の勇者だと思っているの?」
「なんだ? マリンは疑ぐるのか?」
「信じるに足る材料が少ないわ…まだ子供、と言うのは贔屓目に見る材料にならないわ。同じ年頃ならあなたの方が強かったのではないかしら?」
「お前もそんな見解かよ? 良いか? 強さと勇者は何の関係もねぇよ」
「どういう事かしら?」
「お前等が何時も言ってるじゃねーか? 俺は勇者じゃない、ってな? 何故だ? 俺はコレでも強さダケならソコソコいい線いってるつもりだぞ」
「そ、それは…」
言い澱むマリンを無視して俺は言葉を続ける。
こんな所で問答をする意味はなく、一気に押し切るに限る。
「答えは簡単。俺には正義が無く、人の為に身を捧げる気がこれっぽっちも無いからだ…違うか?」
「はぁ〜…えぇ、そうね。勇者に大事なのは正義の心よ。どうしてあなたはそこまで解っているのに襟を正そうとしないのかしら?」
「俺は俺の為に動く…他の誰かなんて知ったこっちゃねーよ」
「あなたって本当に嘘付きね? だったらあの少年の世話を焼くのは何故かしら?」
「さぁな? お前には関係の無い話だな」
「関係無いですって?」
「そりゃそうだろ? 俺は神官でもなけりゃ、パプニカの臣下でもない。それどころかパプニカの人間ですら無いからな」
「…よ〜く分かりましたっ。あなたがそういうつもりなら、私は私の勤めを遠慮なく果たさせて頂きます!」
マリンはコメカミの辺りをピクピクさせながら、語尾を強めて当然の主張を繰り出している。
「あん? マリンの勤めって姫さんの子守りだろ? 元々遠慮するこたぁねーよ」
「違いますっ。子守りなどではありません!」
「お、おぅ? そりゃ悪かったな」
「姫様の名誉の為にも言っておきますが、私の勤めはあなたに対する警戒ですから!」
「はぁ!? なんでそうなる!? 俺は嘘なんかついてねーぞ? 情報通りにダイがいてモンスターは穏やかだろーが」
いや、まぁ警戒するのは全く以て正しいんだが、非常に困る。
「確かに今の処あなたがもたらした情報に嘘は有りません。…ですが! 肝心のあなたの目的が判らないでは警戒しない訳にはいかないでしょう? …悔しいけど神官達はおろか、私やアポロでさえも一対一ではあなたに太刀打ち出来ないのよ」
「いやいや、過大評価もいいとこだ。俺なんか所詮はしがない偽勇者だぞ?」
実際のところ、正攻法で魔法を繰り出すアポロ達神官は怖くない。
俺には甲羅の盾もあるし一対一なら、無効化しつつブラックロッドでボコれる自信はある。
要は装備品の性能差で俺が有利といえる。
だが、強いなんて評価はとんでもない! 大魔王に目ぇつけられたらどうしてくれる!?
ここは徹底的に否定するしかない。
「よくそんな事が言えるわね? 勇者を偽って過少評価を得ようとするのはあなた位のものだわ…だけど、如何に誤魔化そうとも情報は得ています!」
「ちょっ!? 情報ってなんだ? 誰から得た!!」
聞き捨てならないマリンの発言に、立ち上がった俺は彼女の両肩を掴んで情報元を吐かせようと必死に揺らす。
大魔王討伐を果たす為には一にも二にも目立たないのが肝心だ。
俺とマトリフの大方針は昔も今も変わりなく″影でコソコソ不意討ちでゴー″である。
悪評ならいくら流れても構わないが″実は強い″とか勘弁してほしい。
「ちょっと、でろりん痛いわっ…言うから離れてっ」
「あ、悪ぃ…」
マリンが顔を赤らめ痛みを訴えたので即座に手を離して一歩後退る。
「情報元はあなたのお姉さんよ…宮中の晩餐会に参加しては″ドラゴンを倒した″とか″魔の森の獣王を懲らしめた″とか嬉しそうに言いふらしてるわよ? あなたの悪評を知る人は信じないけど、強さを知る人は信じているわ」
「・・・ずるぼんかよ」
フラフラともう一歩後退った俺は、石に腰を落として頭を抱え込む。
参った…。
獣王のネタを話しているなら、俺がブロキーナと山籠りしていた頃に言いふらしていたのか?
すると、姫さんの言っていた″貴女達″にはずるぼんが含まれていた訳か…。
今更だがキツく口止めしておくべきだったのか?
でも、どうやって?
″強いと思われたくないから言わないでくれ?″
んな、あほな。
曲がりなりにも勇者を名乗り、名声を上げようとしていた俺がそんな矛盾極まる事を言えようか?
言えたとしても執拗な追及があるのは火を見るより明らかだ。
ずるぼんに大魔王の事を話せば良かったのか?
これこそあり得ない。
歩く拡声器たるずるぼんに言えば、世界中に広まること請け合いだ。
そもそもずるぼんを危険に晒す訳にいかないし、既に広まっているなら今更だ。
くそっ…なんでこうなる?
人心を完全にコントロール出来るだなんて思っちゃいなかったが、ダイが魔法を覚えている事といい、思惑通りにいかなさ過ぎる。
取り急ぎ噂の確認、それから………ダメだっ。
魔王軍に噂が広まっているとかいないとか確認のしようがない。
大魔王出現後、速攻で獣王やヒュンケルと対峙して情報を……ダメだ。
そんな段階で警戒されている事を知っても手の打ちようが無い。
「でろりん、どうしたの? 大丈夫?」
マリンが俺の両肩を掴んで揺らしてくる。
「ん…? あぁ…問題ない」
問題大有りだが、こう言うしかない。
この件に関してはマトリフと対策を練る必要があるだろう。
今すぐどうこう出来る問題じゃなさそうだ。
「そう? なら良いけど…お姉さんがあなたの事を話すのってそんなにショックな事かしら?」
頬に片手を添えたマリンが小首を傾げている。
「シスコンに思われたら厄介だからな…」
「シスコン…って何かしら? また変な言葉で煙に巻く気? でもダメよ! この島に居る内はあなたから目を離しません」
「ふんっ…好きにしな」
想定より警戒心が強いようだが問題ない。
アポロがマリンに変わったところで仕込みを終えた今、俺のやることに変わりはなく、後は原作通りの出来事が起きるのを信じるだけだ。
こうしてマリンとの会話を打ち切った俺は、勢いよくブラス宅から飛び出してきたダイと共に、姫の洗礼の地を目指して森の奥深くへと進むのだった。