でろりんの大冒険   作:ばんぼん

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本日(3月8日)二話目です。


大魔道士と偽りの勇者

 キメラの翼を使いデルムリン島を離脱した俺は、マトリフの住まう洞窟付近に降り立った。

 遠くの入口から地下道を使おうと思っていたが、イメージに失敗した様だ。

 元々ルーラに納得がいかない上に、その場の勢いに任せて魔法力を使い切り集中力を欠いたのが良くなかったのだろが、やはり天候が全く異なる程の距離を、一瞬で移動するのは理解出来ない。

 

 降りしきる雨の中、手近な石に腰を下ろし魔法の聖水で魔法力を回復した俺は、抜かるんだ地面を踏みしめ、黒い煙の上がるマトリフの洞窟に向かった。

 

 

◇◇

 

 

「ダイをボコってきた」

 

 断りもなく洞窟内へ足を踏み入れた俺は、入口に背を向け座り込むマトリフに挨拶代わりの声をかける。

 

「……失敗したか」

 

 首だけで此方を見たマトリフは、七輪で焼いた小魚を口にしたまま小さく呟いた。

 原作通りの行動だが、洞窟内での調理はどうかと思うぞ。

 

「いや、紋章は発現したし概ね上手くいっている」

 

「概ね、か……だったらオメエはどうして泣き出しそうな顔をしてやがる?」

 

 正面を向き直して食い続けるマトリフは、俺に丸めた背を向けて図星を突いてくる。

 自分の目的の為にダイを騙して痛め付けたのは、いくら偽勇者でも少しばかり辛い。

 

「まぁ、色々有ったからな…取り敢えず聞いてくれ」

 

 振り返らず食い続けるマトリフに、デルムリン島でのあらましを語って聞かせた。

 

 

◇◇

 

 

「成長しねぇ野郎だな? 気に入らねぇ面で戻って来やがってよぉ」

 

 食事を終えて椅子に腰掛けたマトリフの第一声がコレだ。

 

「悪かったなっ……だがコトは上手く進んでるんだ。そう邪険にしなくても良いだろ?」

 

 原作沿いに拘らないマトリフにとって、どうでも良い事なのかもしれないが、少しくらい労いの言葉が有っても良いんじゃないか?

 

「……オメエ、何時までそんな事を続ける気だ? 神にでもなったつもりか? あん?」

 

「なんでそうなる? 俺は変わった歴史の針を在るべき姿に戻しているだけだ」

 

「思い上がるなっ……世界はオメエがコントロール出来る程甘かねぇ」

 

「そんなつもりは無い! 世界がコントロール出来ない事くらい身に染みて解っている。ただ俺は、本来の姿を維持しようとしているだけだっ」

 

「オメエは何も解っちゃいねぇよ……そんな馬鹿な真似はしなくても構わねぇ、する必要もねぇ」

 

 なんだ? いつにも増して毒舌だな。

 今更、原作沿いを全否定か?

 

「馬鹿な真似じゃないっ。こうしないと大魔王は倒せない!」

 

「馬鹿で愚かな真似さ……アルキードにバラン、そしてオメエの存在、これをどう説明する?」

 

「だからっ、その辻褄を合わせる為に俺は頑張ってるだよ!」

 

「頑張ってる、か…その結果はどうだ? 上手くいってるのか?」

 

「概ね神託通りに進んでる!」

 

「概ねは概ねだ、完全じゃねぇ」

 

 なんだ? いつにも増してしつこいぞ?

 普段なら″そうか″と腕を組んで終了の流れなのに余程気に入らないのか?

 

「だったらどうしろってんだよ? もしもメドローアの不意討ちに失敗したら後は正攻法しかなくなる。不意討ち策と同時に正攻法で倒す事も考え、ダイに期待して何が悪い!」

 

 そもそも不意討ちを喰らわす為にもある程度の原作維持は必要不可欠だ。

 それはマトリフだって判ってる筈なのに何が気に入らないんだ?

 

「二つの策を用意するのは悪かねぇ……悪いのはオメエのやり方だ……何時までもこんなモンに縛られてんじゃねぇ」

 

 マトリフは袖の下からボロボロになった巻物を取り出すと、片端を握って無造作に転がし広げた。

 

「何すんだっ! それが有るから俺は今までやってこれたんだ。もっと大事に扱ってくれよ!」

 

 何度も開いて読み込まれた巻物はただでさえボロボロだ。

 元は俺の記憶から俺が書き記した代物だが、もう一度同じ物は作れない。

 

「本当にそうか? よーく考えてみやがれ…オメエは何度これに行動を制限された? 一度や二度じゃねぇはずだ」

 

 ぶら下げた巻物を乱暴にバシバシ叩いたマトリフは、俺に記憶の整理を迫ってくる。

 

「それはっ…」

 

 心当りが多すぎて言葉に詰まる。

 あの時も、あの時も、今日だってそうだ。

 いや、与えられた役割、ニセ勇者を演じる俺は全てを制限されているのかもしれない。

 

 しかし…。

 

「そんなのは些細な事だ! 誰だって何かに縛られて生きている!」

 

 俺は目の前の何かを払う様に腕を振るって叫んだ。

 

「強情な野郎だぜ……オメエ、ヒュンケルって野郎が襲ってきたらどうする?」

 

「急に何を?」

 

「いいから答えな」

 

「煙に巻いて逃げるっ」

 

 ヒュンケルにはアバンの使徒として頑張ってもらわねばならないし、下手に関わるのは下策である。

 ヒュンケルに限って言えば何をしたって死なない確信があるし、放っておいて何の問題もない。

 

「逃げられなかったらどうする? これから先に現れる相手はオメエを殺す気だろうよ…そんな相手にオメエは手心くわえてやってこうってのか? 一体オメエは何様のつもりだ?」

 

「対応出来るように腕は磨いてきた!」

 

「ならばその腕を信じろ……こんなモンは忘れちまいな・・・メラっ」

 

 

「何をっ!?」

 

 思わず手を伸ばすも時既に遅く、マトリフの放った小さな火球が巻物の中心に着弾して炎をあげた。

 

「良いか? コレはお前さんを縛るだけの年表だ。何の役にも立たねぇ」

 

 手にした燃え残りの切れ端も炎にくべたマトリフが冷たく言い放った。

 

「そんな訳ないだろっ!? 最強の情報は未来の情報だ! ″何時、どこで、誰が、何をするのか!″ アンタ程の人がこの価値に気付かないとは言わせない! 相手の行動を知るためにも同じ流れを作らなきゃならない!」

 

「だから価値がねぇんだ……自分が何をしたか忘れたとは言わせねぇぞ。アルキードを残したんならあんな巻物は最初から全部白紙だろうがっ」

 

 マトリフの言葉は正論だろう。

 しかし、認める訳にはいかない。

 原作知識が無ければ、先の見えない暗闇の世界を、灯りも持たずに進む様なモノだ。

 原作の偉人達と出会ってきたからこそ解るんだ。

 一日の長を活かして鍛え上げたからこそ、今は何とかダイに先んじているが、原作の闘いは本来の俺の実力だけで踏み込める世界じゃない。

 

「くっ!? ……だが、似たような出来事は起こっている! これをどう説明するんだよ!?」

 

「そんなもんは当たり前だ……人の性分なんざそう簡単に変わりゃしねぇ。オメエが見た神託の世界と同じ性格した奴が居りゃ、同じ場面で同じような行動をとる。それが人間だ」

 

 当たり前!?

 

 俺が抱え続けた疑問はマトリフにとっては他愛のない事なのか!?

 

「だったらっ」

 

「履き違えるなっ。同じような、と同じは違うだろうよ……紋章が発現した、だぁ? 都合の良い所だけを見てんじゃねぇ……ソコにオメエさんが居合わせるのは神託通りか? 姫さんの暗殺を企てたのはオメエさんか? あん?」

 

「そりゃ違うけど…大事なのはダイが強くなる事だ。その為には神託通りの流れが一番確実なんだよっ」

 

「どこが神託通りの流れだ? 良いか? オメエの神託が優れているのは、″誰に、何をすれば、どう動くか?″ コレを見極められる事にある。これこそが重要であり、″何時、何処で、誰が、何をする″なんてのはどうだって良い事だ。オメエみてぇに無理矢理演出する必要なんざ何処にもねぇ!」

 

 マトリフが一喝するように、原作キャラクターの性格を元に行動を読んだ事は確かに多い。

 

 それでも、俺は…。

 

「大魔王を引っ張りだすには原作通り、」

 

「する必要がねぇ。どんな方法でも構やしねぇ……大魔王の作る軍団を壊滅させて死の大地に乗り込みゃぁ奴さんは出て来る! ″簡単な質問″をしてやる…ノコノコ現れた大魔王に正面きってメドローアを構えればどうなる?」

 

 俺の反論を途中で遮ったマトリフは、持論を展開した上で″簡単な質問″をぶつけてくる。

 

「……ドヤ顔の大魔王にマホカンタで弾かれる」

 

「何故そう考える?」

 

 ニヤリとしたマトリフは判ってる癖に質問を続けている。

 

「大魔王には弱者をいたぶり悦に浸る悪癖がある」

 

「解ってんじゃねーか? そしてソレこそがオメエの強みだ。見たことも会ったこともねぇ敵の技を知り、行動パターンを読み切り裏をかく……この重要性が理解出来ねぇなんざ言わせねぇぞ」

 

 マトリフの言葉は正論だ……これ以上反論の余地が無い。

 いや、ホントは俺だって解ってる…どう足掻いても原作の完全再現なんて不可能に決まってる。

 俺はきっと…歴史を変えた罪から逃れる為に、出来もしない歴史の修正に拘っているのだろう。

 

「アンタの言う事はいつだって間違ってないさ…でもな? だったらっ何故、神託再現を今までやらせたんだ!」

 

「あん? 何を言ってやがる? オメエが勝手にやる事まで俺の知ったことか……だが履き違えるなよ? オメエはオメエのやりたい様にやれば良いんだ。それで世界が変わろうが滅びようがオメエのせいじゃない」

 

「……んな訳ねーだろっ」

 

 慰めのつもりだろうが、倒せる筈の大魔王が倒せないなら全ての責任は俺にある。

 

「あん? 自惚れてんじゃねーぞ? オメエみてぇなヒヨコが何かしたダケで世界は滅びん……もしも世界が滅びたならソレは・・・この世界に生きる全ての者の責任だ……オメエ独りが背負い込む事柄じゃねぇ」

 

「俺の責任じゃない、のか……?」

 

「そうだ…。この世界には勇者アバンが、未来の勇者ダイが、竜の騎士バランが居る……オマケに国王は何人も居やがる……これだけ揃って滅びるならそれこそ運命だろうぜ」

 

 そうか…。

 俺はまた独りでやっていたのか。

 考えてみれば、アバンやレオナ、ダイにバランにクロコダイン。

 ロン・ベルクに三賢者だっている。

 俺が出会った偉大で手強い人達は、大魔王を倒そうとする同士になるんだ。

 

 大魔王が現れれば全ての人が自分で考え、自らの意志で行動を起こすだろう。

 こんな簡単な事にも気付かず全てをコントロールしようとしていた俺は、馬鹿でしかない。

 自嘲の笑みが漏れた所でふと気づく。

 

「アンタは入ってねーのかよ?」

 

「ふんっ。漸くマシな顔に成ったじゃねーか? その顔が出来んなら俺の出る幕はねぇ…俺がしてやれるのはヒヨコを鍛えて、馬鹿な弟子が道を誤るなら諭してやる位だ……だが、オメエのやった事が無駄でもオメエの足掻きは無駄じゃねぇ……オメエは強くなった。それで十分だ……そうは思えないか? でろりんよぉ」

 

 マトリフにとって、俺の足掻きは修行の一貫だった、って事か?

 だとしたら、解りにくいってレベルじゃねーな。

 

「ふんっ…偽勇者なんざこれ以上鍛えたって無駄だっつーの。鍛えるならダイにしろっ」

 

「でろりんよぉ……オメエは何時まで自分を偽り続けるつもりだ」

 

「…? 何を言い出すんだ?」

 

「何故、勇者に拘る?」

 

「もう拘ってねーよ。この世界の勇者はダイだ……俺はそれを支える影で良い」

 

 これは俺の偽らざる本心だ。

 自分を殺そうとした相手まで救おうだなんて勇者じゃなければ出来やしない。

 いや、勇者はダイと拘っているとも言えるのか?

 

 …まぁ、どうだっていいか。

 

「そうか……だが、思い出してみろ…オメエさんは何に成りたかったんだ?」

 

「何って……決める前からニセ勇者と決まってたからなぁ…。 ま、長生きさえ出来りゃ偽勇者でも問題ねぇさ」

 

「ならば、お前さんが大魔王に付かねぇ理由はなんだ? ″ダイを殺せ″この一言で大魔王の勝利は確実だ……こうすればオメエは勝利の立役者じゃねーか……何故そうしない?」

 

「俺だけ生き残っても仕方ないだろ? 家族と魔族、どちらかしか選べないなら考えるまでもない」

 

 俺の言葉を聞いたマトリフは額に手を当て、頭を振るって言葉を絞り出す。

 

「オメエって奴はよぉ……家族を護るために闘う…それこそが″勇者″だろうが。お前さんはニセ勇者と知り心を閉ざした、そうじゃねーのか?」

 

 なるほど。

 確かに俺は、ニセ勇者と知り殻に閉じ籠っていたかも知れない。

 

「そうかも知れねーなぁ」

 

「なぬ!? 口答えしねぇのか?」

 

 あっさり認めた事で肩透かしを食らったマトリフが″ガクっ″とずっこけ椅子からずり落ちそうに成っている。

 

「別に今更どうだって良いことだな。さっきも言っただろ? この世界の勇者はダイだ。アイツが勇者として大魔王を倒せば俺の目的は達成される。それさえ叶えば後は楽勝だ」

 

「自分の事になるとつくづく救えねぇ野郎だ……オメエは勇者拉致の首謀者で王女暗殺未遂の実行犯って忘れてねぇか? どの面下げて長生きする気だ?」

 

「んなもんマトリフが口添えすれば何とでもなるだろ? 何の為にアンタを巻き込んだと思ってんだよ?」

 

「テメぇっ!? まさか俺をダシに使おうってのか?」

 

 漸く一矢報えたらしい。

 仏頂面で非難し続けていたマトリフの顔が驚きの色に染まる。

 

「なに驚いてんだ? アンタがアバンに説明して、アバンが世界に披露すりゃ俺の悪事なんざ帳消しじゃねーか?」

 

「喰えねぇ野郎だぜ……てめえは最初から考えてやがったのか?」

 

「言っちゃ悪いが基本的な教育レベルが違うんだ。この世界に無い道具とか幾らでも思い付く……今ある資金を元にそれを売り出せば残りの人生は楽勝だろ? デルムリン島で自給自足の生活をするのだって悪くない。大魔王さえ居なけりゃ俺は何とでもなるんだよ。考えるまでもねーよ」

 

「前世の知識か……なるほど…俺はオメエの事をちっとばかり見くびっていた様だ……だが、そんなお前さんだからメドローアも覚えられる」

 

「いや、何でそうなる? メドローアは無理だぞ?」

 

 俺はセンスとは対極にある地道な努力で今の力を得たんだ。

 あんなセンスがモノを言う、生きるか死ぬか? の馬鹿げた特訓は断固として御断りだ。

 

「″失敗は成功の母″こう言ったのはオメエだ。今から一度だけ手本を見せてやる…それを参考に成功するまで何度でも挑戦しやがれ。愚直に繰り返すのはお前さんの得意とする所だろうが?」

 

 ″ケケケ″と笑って立ち上がったマトリフが、俺の首根っこ掴んで引っ張って行く。

 

「ちょっ!? 俺はまだ地獄の特訓しなきゃなんないのかよぉ!?」

 

 叫ぶしかない俺は、マトリフにはどう足掻いても勝てないらしい。

 メドローアが使えるならこれ以上無い切り札になり俺に拒否する選択肢は存在しないのだ。

 

 

 こうして俺は、大魔王降臨までの残り少ない時間も修行に費やす事になる。

 

 失敗を繰り返し続ける辛い修行であったが、マトリフの導きのお陰で迷いの晴れた俺は、大魔王の真の恐ろしさに気付かないまま、浮かれた気持ちで取り組んだ。

 

 

 それから程無く、世界は邪悪に包まれるのだった。

 

 











会話による説明回でした。
考えれば考える程纏まりが悪くなりますね。

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