「世界樹を死守ったってどうするのよっ!?」
ずるぼんがヒステリックに叫んでいる。
無理もない……軽い気持ちで来てみたら、モンスターの真っ只中に着地しているんだからな。
こうしている間にもモンスターに襲われないのが不思議な位で、覚悟を決めてやって来ている俺ですら取り乱しそうになる状況だ。
「大丈夫だ、ずるぼん。
落ち着いてよく見てみろよ? 数が多くとも所詮は雑魚だ……一匹ずつ倒していけば良いんだ」
ずるぼんの両肩を″ガシッ″と掴んで諭した俺は、両手を拡げ身体を半回転させてずるぼんの視線を誘導してやる。
気休めなんかじゃなくモンスター軍団の大半はフレイムとさまようよろいだ。
それに混じってブリザードやガストも見られるが、やはり雑魚だ。
厄介なのは自爆をしてくる爆弾岩位か?
ここから見る限り、軍団長はおろか手強そうなモンスターも見当たらない。
「ふむ……じゃが如何せん多すぎはせんかの? 悠長に構えている暇は無いのではないか?」
実は常識人のまぞっほが俺の言葉を聞き咎める。
「大丈夫だって。世界樹はデカイ……そう簡単に燃え尽きないさ。それに、見てみろよ?」
前方に見える壁の様な世界樹の幹を指し示す。
ソコでは城の騎士や兵士や魔法兵に混じって、冒険者やカンダタ一味までが幹を背に奮戦している姿が見える。
此処は″世界樹の迷宮″の入口のある南側付近であり、燃える村は冒険者達の拠点だった。
そんな立地条件から闘える人間の数は少なくない。
「世界樹を護ろうとしているのは俺達だけじゃない。俺達は俺達に出来る事をすれば良いんだ……全てを倒そうなんて気負う必要はないさ」
「分かったぜ、リーダー。俺達は何をする?」
俺の言葉をすんなり肯定したへろへろが、指示を求めてくる。
俺はこの考えに達する迄に、随分と時間を要したというのに素直とは恐ろしいモノである。
「まずはあの村の消火だ。 それから俺の破邪呪文で結界を張る……ソコを拠点にずるぼんは怪我人の回復に当たってくれ、アイテムはいくら使っても構わない…ヤれるな? ずるぼん」
「当たり前ね! 弟の癖に生意気よっ。オマケに変なトコだけ太っ腹だし、たまにはアタシにプレゼントでもしたら?」
落ち着きを取り戻したずるぼんのずるぼん節が全開だ。
これなら大丈夫だろう。
てか、俺が贈ったずるぼんのコスプレ僧侶服は最高級品で何万Gもするし、ピンクロッドに至っては何百万Gもするんだけどなっ。
言えば逆に怒られそうだから煙に巻いて話を進めるとしよう。
「戦力の再活用、リサイクルってヤツだ……へろへろは適当に雑魚を蹴散らして怪我人を見付ければ無理矢理にでも運び込んでくれ」
ずるぼんのバギマ一発で倒せる数よりも、ベホイミを受けた戦士の倒せる数の方が恐らく多い。
大魔王が数の暴力で押してくるなら、こっちも数の力に頼る……それだけの事だ。
その為には減らさない事が大事になってくる。
それなのに、カンダタ一味を筆頭にこの世界の住人は、放っておいたら死ぬまで戦いかねないのが実に厄介と言える。
死ぬまで闘うよりも、逃げて再起を図る方が余程建設的だというのに……世話の焼ける連中だ。
「任せてくれっ」
「まぞっほは周囲の警戒と戦闘不能者の運搬を頼む……アルキードにでも送ってやると良いさ」
「なぬ? 人助けをしようと言うのか?」
「そんなんじゃないさ……ま、行動開始だ! ……っと、言い忘れるとこだった。勝てそうに無い相手と遭遇したら迷わず逃げろ! 良いな? 長丁場になる…作戦は″いのちだいじに″だ!!」
「そんなの当たり前じゃない? ソレよりアンタは破邪呪文の後どうするのよ?」
ずるぼんの言葉にまぞっほとへろへろも″うんうん″と頷いている。
まったく……頼りになる奴等である。
「俺は……頭を潰しに行く!!」
こうして指示を出し終えた俺は、村の消火を済ますとマホカトールを張り、ミストバーンに出会さない事を願いつつ、フレイザードを求めて単独行動を開始するのだった。
◇◇◇
根っこを乗り越え単独行動を続ける俺は、行き掛けの駄賃とばかりに群がるモンスター達を剣で切り、拳で殴り、魔法を放って蹴散らしては世界樹の周りを時計回りに巡っていた。
俺だけでも百を軽く越える数を倒しているが、押し寄せるモンスターの勢いは衰える事を知らない。
すれ違い様に助けた戦士達も頑張っていたが、早く頭を潰さないと数の波に呑み込まれてしまうのは火を見るより明らかだ。
だが、軍団長はおろか指揮官クラスのモンスターとさえ遭遇出来ず、バランとも合流出来ず、コレと言った進展もなく時間だけが過ぎていく。
「くそっ……どうなってやがる!?」
周囲のモンスターを蹴散らした俺は、世界樹の根っこに腰を下ろすと甲羅の裏から魔法の聖水を取り出した。一気に飲み干して喉の乾きを潤すと同時に魔法力の回復を図る。
世界樹周りを半周程回った結果、疑念に感じたコトがある。
送り込まれている雑魚モンスターは千や二千じゃなく、下手をしなくとも万を越える数が送り込まれているだろう……しかし、付け入る隙が無くもないのが不自然なのだ。
圧倒的物量をぶつけてくる戦術は圧巻だが、迫るモンスターの戦法が稚拙としか言えないのである。
フレイムは世界樹の幹を目指して進み、幹に辿り着けばジャンプして張り付いては炎を強めるのみ。
さまようよろいはもっと酷く、地面からはみ出る世界樹の根っこにぶつかれば、根っこを″剣″で切りつけ続けるのみ。
ガストは″ふよふよ″と浮いているだけで、爆弾岩は笑みを浮かべて転がっているダケだ。
更に言えばいずれのモンスターも、コチラから仕掛けないと基本的には襲ってこないのである。
つまり、先制攻撃し放題であり、一撃で仕止める実力さえ有れば何も恐くない、単純な命令を遂行するだけの集団。
まるで……頑張って駆除に励め、とでも嘲笑われているかのような錯覚を覚えてしまうくらいだ。
「……まてよ?」
空き瓶を甲羅に仕舞い口元を拭った俺は、更に考えを深めていく。
モンスターのお粗末な行動と、大魔王の目的″強者のあぶり出しと魔王軍の練兵″ これを照らして考えれば、本気で世界樹を焼く気が無い……のか?
なまじ世界樹を焼いてアルキードが沈没してしまえば、復讐に燃えるバランが自由になり魔王軍は涙目になってしまう……。
最初に感じた通り、バランを釘付けにする為だけに馬鹿みたいな数を用意した……だから指揮官クラスが見当たらないのか?
「ふぅ……考えても仕方ないか」
いくら考えてみても現時点では幹に張り付くフレイムを放置する訳にいかず、戦略を知る指揮官から情報を引き出すまで地道に倒していくしかない。
考えるのを止めた俺は、一時の休息を終えて行動を再開しようと腰をあげる。
その時……。
『おのれっ、魔王軍めっ!!』
巨大な根っこの向こう側から、切羽詰まった男の声が聞こえた。
「強敵でも出たのか!?」
ひとりごちた俺は、根っこを駆け上がると向こう側へ勢いよく飛び降りた。
「な、何奴!?」
「新手のガメゴン!?」
「最早これ迄か……」
勢い余って跳びすぎた俺の背後から失礼な声が聞こえてくる。
振り返って声の主達を確認する。
騎士を中心に身を寄せ合う兵士とおぼしき集団が根っこを背に背後を守り、その周りを扇状にモンスター達が取り囲んでいる。
モンスターの隙間から見える兵士達は満身創痍と言える姿で、肩を借りてなんとか立っている者や、根っこに寄り掛かって座り込む魔法兵までいる。
てか、20を越えるモンスターに取り囲まれるのはどうかと思うぞ。
モンスターの優先順位が世界樹である以上、無理をしなければこんな状況には成らないハズだが…?
「俺は味方だ……伸びろ! ブラックロッド!!」
浮かんだ疑念は一先ず置いておき、掃討しようと行動に移る。
伸ばしたロッドに魔法力を籠めた俺は、兵士達を取り囲むさまようよろいの背後からロッドをブン回し纏めて砕いていく。
残ったフレイム達が奇声を発して飛び掛かってくるも、爪を振るい牙殺法・海撃牙を放って切り裂いた。
三本爪の性質上、切り裂く海の技は他の殺法に勝っている自負がある。
″チャリンチャリンチャリーン″
ゴールドのぶつかり合う音が響き、戦闘終了の合図を告げる。
「す、すまない……助かった」
安堵の表情を浮かべた騎士が軽く頭を下げているが、それさえも辛そうだ。
「気にすんな……あんたらのお陰で楽に倒せた様なモンだ……ここは俺に任せて一度退くと良い」
見方を変えれば兵士達を囮に使った様なモノであり、そう感謝される程の事でもない。
感謝の言葉を受け流しロッドを仕舞った俺は、今日だけでも何度となく発した台詞を繰り出した。
「いや、我等は退くわけにいか、」
「又かよ……あんたらの名誉と王からの命令、どっちが大事だと思ってんだ?」
案の定、死ぬまで闘おうとする兵士の言葉をゲンナリしながら遮って、一時的撤退へと誘導を試みる。
俺のベホイミは、自分に使った方がより効率的に敵を倒せる。
「な、なんだとぉ!?」
「我等を愚弄するか!」
「めんどくセぇなぁ……逃げて体力を回復させて世界樹の防衛に戻る! こうする事で王からの命令が果たせると何故考えない!? 汚名を被ってでも、王の為に闘う! それこそが真の騎士だろうがっ」
騎士のなんたるか、何てモノは知りはしない。
知らないがこうやって煽ってやるのが効果的だ。
「む…」
「そ、それは」
「ちっ…とりあえず出血は止めてやる。それからどうするかは自分等で考えなっ・・・ベホイミ!」
今日だけで考えれば俺のベホイミは俺の為に使うのが効率的だ。
しかし、明日からの事を考えればここで兵士達の命を散らせる訳にいかない。
この出来事を教訓に退くコトを覚えてくれるならベホイミ位安いモノ……これでも玉砕しようとするなら、それは俺の関知すべき事ではないだろう。
順番に回復呪文をかけて兵士達を癒していき、魔法兵には魔法の聖水を手渡した。
「何から何まで済まない。皆を代表して礼を言わせてもらう」
隊長格の男が深々と頭を下げている。
「別に良いさ、せいぜい頑張ってくれ……あー、そうそう。強そうな敵を見掛けなかったか?」
「おぬし…」
「うっうえ…」
顔を青くさせた兵士があんぐりした表情で俺に向かって指を指してくる。
「あん? 何言ってんだ?」
ここまでしても尚、俺は敵と間違えられるのか?
悪人ヅラをしている自覚はあるが、軽く凹むぞ。
「きっ、貴様の背後に浮いているぞ!」
隊長格の騎士の叫びに振り返り見上げると、ソコには三角頭巾の外套を着込んだ″物体″が浮いていた。
「うげっ! みすっ…るかっ! テメェどっから沸いて出やがった!?」
その場から飛び退いた俺は、剣を抜き甲羅の盾を構えて身構える。
なんの音も気配も無く、いきなり浮いてるとか反則だろっ。
もしやあの外套、気配断ちの効果でも有るんじゃないだろうな!?
「・・・」
魔王軍六大団長が一人、魔影参謀″ミストバーン″……その正体は、大魔王バーンの分離された肉体であり、″ミスト″と呼ばれるガス生命体が肉体を包み隠して動かしている。
その肉体は大魔王のモノであるから元から強靭な上に″凍れる時間の秘法″により時が止まっており、あらゆる攻撃を受け付けないチート戦士だ。
正に魔王軍最強であり、俺が思い切った行動を取れない最大の元凶である。
逆に言えばここでコイツを倒せれば、戦況は一気に有利に傾く……しかし、メドローアを使えない今の俺では、天地がひっくり返っても勝てないだろう。
いくら頑張っても出来ない事は出来ない……だが、逃げる事は出来る。
チラリと甲羅の裏のキメラの翼に目をやる。
「何とか言ったらどうなんだ!?」
何とも言わないと知っているが叫ばずにはいられない。
ミストバーンは大魔王の肉体であると気付かせない為に基本的に無口だ。
強いのは勿論、情報を引き出せないからコイツとは会いたくなかったのだ。
ミストバーンの掌がゆっくりと俺に向けられる。
「ちっ」
サイドステップでその場を離れる。
この形態のコイツの技はお見通しだ。
爪を高速で伸ばして串刺しを狙うか、暗黒闘気で相手の自由を奪い意のままに操る……どちらも厄介な技に違いないが掌の先に居なければ喰らわずに済む。
「・・・面白い」
側面へと移動した俺に一瞥をくれたミストバーンは、低く蠢く様な声で呟くと音も無く消え去った。
「何が面白いってんだ……?」
甲羅を背負い大粒の汗を拭った俺は、ミストバーンが消えた安堵感よりも、何もせずに消えた事への疑問から呆然と立ち尽くすのだった。
「うげっミストバーン!?」
と言わせたかったのですが馬鹿すぎるので止めておきました。