旅立ちから1週間。
村から3日で着くはずのアルキード城下に辿り着けないでいた。
別に迷ったとか、怪我をしたとかそんなんじゃないんだ。
旅路の行く手を阻む原因は唯一つ。
「あーっ! 居たぁ!スライムよ!!」
街道から外れ、草むらを掻き分け進んだずるぼんが喜びの声をあげる。
ずるぼんの叫びに驚いたスライム達がぴょんぴょん跳び跳ねながら街道へ飛び出してくる。
「はぁ〜・・・イオ」
呪文により産み出された光球がスライムの群の中心に向かって飛ぶと、「ドォン」と音を立てて弾ける。
その衝撃に巻き込まれた何体かのスライムが地に伏し、生き残った何体かは″ピュー″と一目散に逃げ出した。
「ちょっとアンタ! 本気出しなさいよ! スライムだって魔物なんだから! 生き延びたスライムが旅人を襲ったらどうするつもり!?」
尤もらしい事を言っているずるぼんは、街道のど真ん中で四つん這いになってスライムが落としたゴールドを探している。
後ろから見たら白いパンツが丸見えなんだけど、良いんだろうか?
「見つけただ! マネー、マネー!」
へろへろは親指と人差し指で摘んだ1Gコインを天高く掲げている。
「ちょっと、アタシにも見せなさいよ!」
「おでが見付けたんだからおでのもんだ!」
普段はずるぼんの言いなりに近いへろへろだけど、お金に関しては譲る気が無いようだ。強欲ってか単純にキラキラ光るモノが好きらしい。
「何言ってるのよ! スライムを見付けたのはアタシ何だからソレはアタシのモノよ!」
「う゛ー・・・兄貴はどう思うだ?」
だから俺に振るなって。
「倒したのは俺だから俺のもんだよ」
「ホラね? でろりんのモノはアタシのモノだからコレはアタシのモノね」
そう言ったずるぼんがへろへろの手から1ゴールドを取り上げると、そそくさと懐に仕舞い、ソレを恨めしそうにへろへろが見詰める。
この1週間で何度となく繰り返された光景だ。
因みに、パーティーの宿泊費用等々はずるぼんの回収したお金から出ているので、単に一括でお金を管理しているダケだったりする訳で、一連のやり取りに意味は無かったりする。
「ネェちゃんさー。何時になったら城下町に行くんだよ?」
「そんなの何時だって良いでしょ。もう直ぐソコに見えてるんだし急ぐ必要は無いじゃない?
そんな事よりスライムよ!スライム!」
スライムがゴールドを落とすと知ったずるぼんは、城下町に程近い宿場町を拠点に狩りを続けている。
城下町に入らないのは宿の値段が高いから。
宿場町で泊まる宿は夕食付きで3人20ゴールドと格安だと思う、多分。
村で10年暮らしてみたけど、お金の価値はイマイチ解らなかったからだ。そもそも半自給自足生活をするあの村でお金を使う事が殆ど無い。だから多分1Gで100円位だと思う。
三名で一泊二千円だと考えると非常に安いと言える。でも、だからといって土間に御座を弾いて藁を被って寝るのは乙女的にどうなんだ?
「そうだで、次はもっと見つけるだでよ」
残念ながら落とした金額以上は見つからないのだよ、へろへろ君。
「でもさー街に行って良い武器買って、その武器でもっと強いモンスターを倒したらお金をもっと落とすかもしれないよ?」
「バカね。強いモンスターは強いのよ? そんなの狙って死んじゃったら元も子も無いでしょ! 危ない事言ってないでアンタもゴールドが残ってないか探しなさいよ」
俺の提案を一蹴したずるぼんは、再び街道のど真ん中で四つん這いになった。
はぁ…やっぱダメか。
ずるぼんはケチの上に堅実派の浪費家だ。
例え日に10ゴールドしか稼げなくても、それが安全で確実なら日数を費やしてコツコツ稼ぐ、そうやって貯まった金は使うべき時に惜し気もなく使う、そんなタイプだ。
未来を知らないなら、そんなずるぼんに今少し付き合ったかもしれないけれど、今は不味いんだ。
ずるぼんにとって急ぐ必要が無くても、俺にはあるんだ。
出来るだけ早く町に行って、この1週間で思い付いたアイテムの情報を集めたい。
ホントの意味でバランを救えるかもしれないキーアイテム″ラーの鏡″。
バランにかかる容疑、″魔族疑惑″はハッキリ言って単なる言い掛かりだ。
まぁ、実際バランは竜の騎士であって人間じゃなかったりするけど、佞言を吐いた臣下はそんな事は知らない筈だ。
醜い嫉妬の心から何の証拠もなくでっち上げたに過ぎない。証拠も無しにそんな佞言を信じる王がどうかしている。
ん?
よく考えてみたら何かがおかしい?
どうして王は信じたんだろう? 作中で語られなかった信じるに足る要因があるのだろうか?
・・・まぁいいか。
今の俺に出来る事はラーの鏡が存在するか調べ、存在するなら何をおいても鏡を手に入れ、バランの無実を証明する。
但し、バランには悪いが証明するのは公開処刑当日だ。
そうしないと未来の勇者ダイが誕生しないからな。
さて、やるべき事が定まってきたし、何時までもこんな所で小銭を稼いでる場合じゃない。
「ネェちゃんはさぁ、幾ら貯まったら城下町に行くんだよ?」
「そうねぇ…ごせん、うぅうん、10000Gね。ソレ位あれば服も沢山買えるわ」
それを聞いた俺は、首を″がく″っと落とし、大きく溜め息を吐いた。
スライム狩りを重点的に行ったこの3日で稼いだゴールドは約100G。
つまり我が姉は土間で一年近くも寝泊まりする気の様だ。
「はぁ〜仕方ないなぁ…」
俺は懐から取り出した袋から一番大きな金貨を選ぶと、ずるぼんに「はい、コレ」と差し出した。
「何よコレ?」
「キラキラ、おっきいだ!」
ずるぼんとへろへろが金貨を覗き込み、2人の顔が金貨に小さく映る。
「10000G金貨」
五年間に及ぶ村の見回りの結晶がコレだ。
「アンタこんなの何処で手に入れたのよ!?」
「1Gコインを十枚重ねたら10Gコインになるんだよ。それを十枚重ねたら100Gになって、100Gが十枚で1000G。1000G金貨を十枚重ねたらコレになるんだ」
説明しておきながら原理はさっぱり解らない。
倒したモンスターの近くにお金が落ちてくる仕組みといい、ゴールド関連のシステムは謎が多い。
「ほぇ〜?」
「ふーん?」
「コレをあげるから早く城下町に行こうよ」
「くれるってんなら貰ってあげるけど、でろりんは甘いわね! お金は有れば有るほど良いのよ?」
「えぇ〜!? お金なんかよりネェちゃんの身体の方が大事だよ。いつまでもあんな宿に泊まってたら風邪ひいちゃうよ」
「そ、そうかしら? アンタがソコまで言うなら仕方ないから城下町に行ってあげるわよ」
やっぱチョロいな。
こうしてアルキード城下への歩みを早める事に成功したのだった。
◇◇◇
「アルキード城下へようこそ!」
日が沈む前に城下町へと辿り着いた俺達は、城門前で槍を持った兵士っぽい男の人から歓迎の言葉を掛けられた。
これぞ、ドラゴンクエストって感じだな。
「入っても良いですか?」
ドラゴンクエストの城門は関所の役割を兼ねていないことが多いけど、念のため聞いておく。
「うん? 見ない顔だね。自由に入って構わないけど、君たちだけで来たのかい?」
「そうよ? 悪い?」
「悪くはないよ。でもこの町は物価が高いからね、お金が無いと宿にも泊まれないけど大丈夫かい?」
「ふっふーんだ。コレ見なさいよ」
ずるぼんが自慢気に10000Gを取り出した!
「ちょっ!? 何してるのさ!?」
俺は慌てて両手で金貨を隠す。
某スポーツの祭典で授与メダル程度の大きさもあるメダル。たった一枚でも間違いなく大金だ。
こんな往来の激しい場所で出すモノじゃない。
「何よ? 見せるくらい良いじゃない?」
「良くないよ!!」
未来で火事場泥棒を行う人物とは思えないガードの甘さだ。
マセてる様でもやっぱりまだまだ子供ということか。
「はっはっは。キミはしっかりしてるね。姉弟かな?」
「そうよ。アタシはずるぼん。こっちは弟のでろりんで、あっちは友達のへろへろよ」
一応へろへろの事は友達だと思っているようだ。
良かったな、へろへろ。
″ぽん″とへろへろの肩を叩いておいた。
「そうかい。それでこの町には何をしに来たんだい?」
ん?
言っちゃあ悪いけどこの人は単なる門番だ。
門番ってイチイチこんな事まで聞いてくるモノなのだろうか?
・・・一応、警戒しておくか。
「何って買い物に決まってるじゃない?」
はぁ…。
分かっていたけど、こうもハッキリ言われたら脱力感を覚えて仕方がない。
早くも″俺の旅に付き合っている″との体裁を整える気がないようだ。
まぁ、楽しそうだし別に良いんだけど。俺は俺でやるべき事をやるだけだ。
「そうかい。ソレだけ有れば沢山買えるね。だけど、今日はもう店仕舞いだし、一泊何処かに泊まって明日にすると良いんじゃないかな? 何処か泊まるアテはあるのかい?」
門番は人の良さそうな顔をしているが、それが逆に怪しく思える。
「初めて来たんだからアテなんか有るわけないでしょ」
「そうかい。それは大変だね。この道を真っ直ぐ行った突き当たりに宿が有るからソコにすると良い。門番の″カンダダ″に聞いたって言えば良くしてくれるよ」
ぶっ!?
カンダダってあの変態マスクのカンダダか?
いや、ダイの大冒険にカンダダは登場しないし、偶然の一致って事も有り得るか?
でもここはアルキードだし、何があってもおかしくないとも言える。作中で描写されなかったのは、描写しようにもアルキードが無かったダケだからなっ。
・・はぁ、頑張ろう。
自虐思考で沈み掛けた心を奮い立たせる。
こんなに悩まされるんだし首尾よくバランを救った暁には″真魔剛竜剣″を要求したってバチは当たらないと思うけど、どうだろうか?
多分貰えないだろなぁ。
「ふーん? サービスしてくれるんでしょうね?」
「勿論だよ。宿の名前は″ルイーダの酒場″って言うからね。一階が酒場になっている料理のおいしい宿屋でオススメだよ」
お子様3人組に酒場兼用の宿を紹介するのはどうかと思うぞ。
やはり裏があると考えて行動するべきか?
「へー? 判ったわソコに行ってみるわ。おじさんありがとう」
ネェちゃん…。あっさり信用し過ぎだよ…。
まぁ、この世界に生きる12歳の少女に″門番を疑え″っていうのが無理な話か。
こんな風に警戒する事を自然と思い付くのは俺に前世があるからであって、そう考えると、高々16年の人生でこんな考えが身に付く前世って汚い世界だったんだなと染々思う。
「どういたしまして。気を付けて行くんだよ」
「おじさん、ありがとー」
ずるぼんに倣って頭を下げておく。
「おじさんは酷いなぁ」
とぼやく門番に見送られ町中へと足を踏み入れる。
長く伸びた影を従え先頭を歩むずるぼんは、周りのお店をキョロキョロ見ながら「アソコも良いわね」等とブツブツ言いながらも、寄り道することなく進んで行く。
体感でおよそ15分。
「アレがそうかしら?」
漸くソレっぽい建物を前方に確認して立ち止まる。
王都だけあってアルキードの町は広い。
その広い町の真ん中には巨大な石造りの建物が見え隠れしている。
聞くまでもなくアレがアルキード城だろう。
「アンタお城に行きたいの? でもでろりんみたいなお子様は入れないわよ」
城を見据えて佇んでいると、心配したのかずるぼんが声をかけてくる。
「そんなの分かってるよ」
分かっちゃいるけど一度はあの中に入って王様と面会しておきたいんだよな。
見知らぬ子供が処刑当日に「これはラーの鏡です」って、言った処で信じてもらえるとは思えないし、渡りを付けておく必要があるだろう。
でも、この世界の住人は総じてチョロいし案外なんとかなるかもしれない。
「だったら良いわ。さぁ、行きましょ」
さてさて、鬼が出るか蛇がでるか。
実は、蛇が出て欲しいんだけどどうなることか。
こうして俺達はずるぼんを先頭に、女将らしき女性が開店準備を行う″ルイーダの酒場″に向かうのだった。