「陰気臭い野郎だと? 一体、誰の事だ!」
チェーンを振り回し周囲の雑魚を片付けた俺は、本音を隠して強気にフレイザードを糾弾する。
本音は逃げたい…だが、そうもいかない。
陰気クセェ野郎…ミストバーンが何を語ったか聞き出すまでは逃げられない。
しかし、呪文も得意なフレイザード相手に甲羅が使えないのはかなり厳しい……ロン・ベルクの自信作、オリハルコンにも匹敵する甲羅がこうも容易く損傷するとは想定外もいいところだ。
「クァーハッハッハ……そんな事を聞いてどうするつもりだぁ? テメェは今から死ぬんだよ!」
フレイザードが燃える左手を上げ采配を振るう様に下ろすと、周囲の雑魚が俺に向かって殺到する。
ちっ……取り付く島もないとはこの事か?
フレイザードの口は思ったよりも固い様だ。
だが、新たに判った事もある……雑魚モンスターの行動順位の最上位は軍団長の指示だ!
って、当たり前か。
「舐めんな! こんな雑魚にヤられるものかっ」
迫るモンスターをチェーンウィップで一掃する。
味方のいない状況下において、これ程便利な武器もないだろう。
フレイザード指示の元、次々にモンスターが飛び込んでくるので逆に手間が省ける位だ。
素早く一回転、二回転、三回転と鞭を振るって片付けていく。
「ほぉぉ…デカイ口を叩くだけあってそれなりに強ぇじゃねぇか・・・マヒャド!」
はぁ!?
一定の距離を保ち、笑って俺を見ていたフレイザードの氷の右手からマヒャドが放たれ激しい吹雪が迫りくる。
俺の周りのモンスター達も巻き添えくって氷りついていく。
「テメェっ……味方が居てもお構い無しか!? メラ、ゾーマっ!!」
左の籠手で顔を覆い隠した俺は、右手で火炎を発生させて氷結するのをなんとか防いだ。
「甘ぇこと言ってんじゃねぇっ。コイツラは道具だ…オレサマが使って何が悪りぃ!?」
そう言い切って笑うフレイザードは原作よりも非情に見える。
てか、原作で見たよりも強くないか?
いや、俺が軍団長と渡り合えるレベルに達してないと見るべきか?
「そうかよっ」
コイツはコイツで確たる信念を持った男であり、戦法を非難しても何の意味もなく、フレイザードの攻撃で氷付いたモンスター達もなんの動揺も見せずに迫ってくる。
まごついている暇はない。
接近戦だ。
甲羅が使えない今、魔法とブレスを得意とするフレイザード相手に遠距離戦は分が悪い。
気持ちを切り替えた俺は、凍ったモンスターを砕きながら一直線に突き進み、右手の鎖を剣に変えてフレイザードに斬りかかる。
「器用な真似するじゃねぇか……思ったよりでかい獲物のようだな?」
ニヤリと笑ったフレイザードは氷の右半身を先鋭化させてサーベルを創ると、俺の一太刀を″カキン″と受け止めた。
「獲物はテメェだ! そぉりゃぁ!!」
受け止められた事に若干の動揺を覚えるも、格上相手に気持ちで負けては死んでしまう。
雄叫び上げた俺は足を止め、フレイザードの氷のサーベルと打ち合う。
″キンっキンッキンっ″
一合、二合、三合と打ち合う内に、俺は体格に押されはじめ後ずさる。
「くそっ…」
なぜヤツの身体を切り落とせ無い!?
原作のダイは鋼の剣でフレイザードの身体を切り裂いていた。
こっちはロン・ベルク作のミリオンゴールドの剣なんだぞっ。
俺の10年はダイの2週間にも及ばないのか…?
「ボサっとしてんじゃねぇ!」
迷いが生じ動きの鈍った俺の鳩尾目掛けて、フレイザードの炎の蹴りがとんでくる。
「喰らうかっ」
左の籠手でガードした俺は、蹴り上げられる力に逆らわずトベルーラを使って空に逃げる。
案の定ガストが群がって来たが、来ると知っていればなんとかなる。
「チェーンウィップ!」
剣を鎖に変えて振り回すも手応えが無い。
「何っ!? 消えた?」
ガス生命体だから効かなかったのではなく、赤く染まり始めた景色に溶け込むようにガスト達は″スゥ″と消え去ったのだ。
「時間切れかよ……フィンガーフレアボムズ!!」
気になる呟きを残したフレイザードは炎の右腕の脇を締めると禁呪を唱えた!
「はぁ!? そんな簡単に!?」
″フィンガーフレアボムズ″とは、それぞれの指先から、最大で五発ものメラゾーマを同時に放つフレイザードの必殺技だ。
こんな簡単に使われたら堪ったもんじゃない。
だが、一発単位で見ればただのメラゾーマだ。対策は考えてある。
爪で切り裂き、右の籠手でガード。
爪、籠手、爪。
焦らず両手を使い五発のメラゾーマを順番に処理していく。
「ほぉぉ? やるじゃねーか? まさか、ソイツを無傷でやり過ごすとはなっ」
「はんっ! 一対一ならテメェなんざ俺の敵じゃねぇんだよ! 良いのか? 雑魚を撤収させてもよ?」
大地に着地した俺は、フレイザードに爪先を向けて強気の姿勢で情報を引き出そうと試みる。
消えたのはガストだけではなかったのだ。
フレイムやブリザードは元より、壊れたさまよう鎧までもが一体残らず消え去っている。
「そりゃ時間切れだ……雑魚共は日没が始まると強制帰還って寸法よ」
「はぁ? 何故そんな真似を? 昼夜問わず攻め立てるべきだろ?」
「さぁなぁ? 親切に教えてやる謂れはねぇ!」
「そりゃそうだ。
で? お前は消えてくれないのか?」
時間で消える…この情報を引き出せたのは大きい。
ミストバーンも気になるが、とっととお帰り願いたい。
「クァーハッハッハ。消えるのは亀野郎…テメェだ!」
何が可笑しいのか、高笑いしたフレイザードは左手に火炎を、右手に冷気を産み出した。
つまり、フレイザードは両手に別々の呪文を同時に産み出している……コイツ、まさか!?
「手品を見せてやる……御代はテメェの命だ!!」
嘘だろっ!?
コイツがあの呪文を使えるなら、倒せないだけじゃなくマトモにやり合うのも危険極まりないレベルになってくる。
「何しようってんだ!?」
ヒビの入った甲羅を構えた俺は″ゴクリ″と喉を鳴らして、フレイザードの動きに注視する。
今後の為にも何をするのか見極めなければ……。
フレイザードが両手を合わそうとした、
その時!
上空から″キラリ″と光るモノが伸びてきてフレイザードの燃える腕を切り落とした。
「ギャァァー!!」
腕を切り落とされたフレイザードが切り口を押さえて上空に浮かぶ人物を睨み付ける。
「一体どういう了見だ!? えぇっ!! ミストバーンさんよぉ!?」
フレイザードの視線の先には爪を伸ばしたミストバーンが無言で浮かび佇んでいる。
俺を助けたのか……?
いや、助ける理由がない…それに、止めるにしたって味方を攻撃するのはどうかと思うが、フレイザードもやってたし因果応報ってやつか。
そのミストバーンは爪を戻すと東の空を指差した。
「ア、アイツはバラン!! 丁度良い……ついでに殺っちまおうぜ!」
「逸るな……我々″将″はバランとの戦闘を禁じられている」
「ヌウ……だがよぉ」
「成らん・・・大魔王様の御言葉はすべてに優先する」
「ちっ……良かったな亀野郎! ……テメェなんて名だ?」
「……ウラシ・マタロウ」
本名名乗る程バカじゃない。
「マタロウか……覚えておくぜっ! オレサマの為にせいぜい活躍して名を高めておくんだなっ……テメェの命は次に会った時に頂いてやるぜ! ヒャァハッハッハ……」
フレイザードは腕を押さえたまま高笑いを上げて消えていき、ミストバーンは迫るバランを見据えたまま、コチラには一瞥もくれずに消え去った。
「……何なんだ?」
言葉通りなら、バーンの勅命で軍団長はバランと闘えないって事か?
だが、何の為に?
勝てないから闘わさないってことか?
「ふぅ……マトリフにでも聞いてみるか」
今晩の洞窟行きを決めた俺は、溜め息を一つ吐いてゴールドの散らばるその場に座り込んだ。
流石に疲れた…。
フレイザードの言葉が正しいなら夜の間は安全なのか?
大の字になってボンヤリ考えていると、傷だらけのバランがやってきた。
「取り逃がしたか」
「助かった……ってアンタ何でそんなに傷だらけなんだ!?」
″ガバッ″と起き上がった俺は、焼け焦げたマントを羽織り、四肢に切り傷を受けているバランを指差した。
「人の身では限界がある」
「んなわけねーだろ! 英雄たるアンタがそんな様でどうすんだ!?」
おかしいだろ?
ミストバーンの言葉が正しいならバランの相手に強敵が居なかった事になる。
それなのに俺よりも満身創痍でどうすんだ!?
「寄る年波には勝てぬよ」
俺の追及を交わす様に自嘲したバランは、人間臭い台詞を吐いているが嘘っぱちだ。
同年齢である原作のバランは鬼神のごとき強さを見せていた……いくら弱体化、竜魔人への変化が出来ないと懸念されても、こんな雑魚が相手なら紋章だけでお釣りがくるハズだ。
「アンタっ…まさか!?」
ハッとしてバランの顔を見詰める。
「ん? 何かね?」
「これやるよ……そんなちゃちなアクセサリーだけで頭を護ろうだなんて甘いぜっ。最低でも額はしっかり護るべきだ」
指先で自らのサークレットを″トントン″と叩いた俺は、バランにカンダタマスクと魔法の聖水を差し出した。
紋章が使えないんじゃなく、人目を気にして使えなかった……そう思いたい。
「むぅ…戴いておこう」
こうしてバランと合流を果たした俺は、仕入れた情報を提供すると辺りに散らばるゴールドの回収を手伝ってもらい、南の村へと帰還するのであった。
◇◇
「遅かったじゃない? 皆アンタ達を待っているわよ」
傷一つ無いずるぼんが俺とバランを出迎えた。
背後でへろへろとまぞっほも頷いている。
「英雄バラン万歳! 勇者でろりん万歳!!」
待ち受けていた人々が、俺達を取り囲み都合の良い唱和をしている。
たった1日乗り切っただけなのにお気楽な事だ…明日からを思えば浮かれている場合ではないだろうに。
だが、こういうのも悪くない。
今日という日を生き延びた事を喜び、明日へと繋げる。
人生とは、″今日″の繰り返しなのかもしれない。
「私は娘の顔を見に戻る……後は貴様に任せる。明日の朝、日の出の前にここで落ち合おうぞ」
適当に愛想笑いを浮かべ手を振ったバランがルーラで帰っていった。
いくら何でも早すぎる。
そんなだから竜魔人に成れないって思われるんだっての。
「親バカね」
「親バカだな」
ずるぼんの呟きにお手上げのポーズを取って返しておいた。
「お主は姉バカじゃとばかり思っておったがのぅ……ほれ、お客さんじゃ。お主もスミにおけんのぅ」
まぞっほが肘で″うりうり″と俺を小突いてくる。
「客?」
人混みを縫ってマリンが現れた。
激しく嫌な予感がする。
「良かった……でろりん……お願いっザオラ、」
「バカかっ…こんな衆目の有るとこで言うんじゃねぇ!」
素早くマリンの背後に回り込んだ俺は、口を塞いで羽交い締めにすると耳元で囁いた。
ザオラルが使えるなんて知れ渡れば、ザオラルマシーンにされてしまうのは確実だ。
「わかったから……は、離して」
コクコクと頷いたのを確認した俺は、マリンを解放すると場所を移して話を聞くのだった。
◇◇
パプニカ王死亡。
ザオラルでパプニカ王を生き返らせてくれ。
マリンの話を要約するとこんなところか。
「お願いっ、あなたのザオラルで…」
俺の手を両手で握ったマリンが、潤んだ瞳で懇願してくる。
「無理だな……お前も知ってるハズだ。ザオラルは何でもかんでも生き返らせられる呪文じゃねぇ…蘇生可能な条件に合致した上で更に半分の確率しかない」
蘇生可能な条件とは。
まず、病死ではない。
次に、五体の損傷が少ない。
最後に、死んでからの時間経過だ。
例えるならザオラルとは前世における″心肺蘇生術″に近い。
しかし、これをこの世界の住人に理解しろと言っても難しい話だ。
三賢者と呼ばれるマリンですらこうなのだ。
下手に知られると期待され、出来ないことを出来ないと言えば恨まれる……ザオラルとは、なんとも因果な呪文と言えよう。
「それでもっ…お願いっ……姫様のあの様なお顔は見てられないの……わ、私に出来る事なら何でもやるわっ」
「300万」
「……え?」
「300万ゴールド。成功報酬で更に700万」
日本円に換算して十億。
死人が、王が生き返るなら安いものだ。
「そ、そんなの無理よ」
「何でもやるんだろ? 俺は別にザオラルなんか使いたくねぇんだよ…明日に備えてゆっくりしたいんだ」
「わ、分かったわよ! 払えば良いんでしょ! 払えば!」
「何キレてんだよ? まぁ良い、ササッと運んでくれ」
どうせマトリフに会うためにパプニカ行かなきゃならないし、姫さんに確認しなきゃならない事もあるし、パプニカに行くのも悪くない。
そう考えた俺は、マリンの肩を抱き寄せてルーラを促すのだった。
◇◇
マリンに連れられた俺は、地下の霊安室と思われる空間にやって来た。
そこには石の台座に寝かされ顔に白い布を被された人物と、その台座に突っ伏す姫さんの姿があった。
広い空間に姫さんのすすり泣く声と、近付く俺達の足音だけが響いている。
「あら? 変人さんじゃない……よく私の前に顔を出せたわね?」
足音に気付いたのか、姫さんが此方を向いて俺の姿を確認すると憎まれ口を叩いている。
しかし、その眼には涙が溜まり瞳は赤く染まっている。
「……ザオラル、かけてやるよ」
王家とか関係ねぇな……14の小娘が親を亡くしたんだ……黙ってみてられねぇ。
だから、ザオラルは嫌いなんだ。
死に逆らうザオラル。
希望は裏切られると失望に変わる。
そして、このザオラルは100%失敗する。
「…っ!? マリンね……貴方の言う通り王家は特別なのね……他にも亡くなった人は大勢いるのにっ」
一瞬呆けた姫さんだったが、直ぐに事情を察したらしい。
「親を想うのは普通の事だ……あんたがたまたま王女で、たまたま知り合いに使い手が居て、たまたまお節介な姉的存在がいた……王家は関係無い」
「……ありがとう」
「だが、使う前にハッキリ言ってやる。パプニカ王は病死だ。俺のザオラルじゃ生き返らねぇ」
マリンの話では魔王軍の侵攻に際しパプニカ王は、病身を押して先頭に立って兵士達を鼓舞した後で倒れそのまま還らぬ人となった……完全に病死だ。
故に、俺のマリンへの報酬要求は詐欺みたいなものである。
「だったら、どうして?」
「これは、儀式みてぇなもんだ。パプニカ王は病気で死ぬ運命だった……酷な様だがアンタはそれを受け入れ、王女として先頭に立ち魔王軍と戦わなければならない」
「それは判っています……侵略には立ち向かいます」
涙を拭った姫さんは毅然と宣言した。
「そうか……要らぬお節介だったな。さて…と、ザオラルを使う前に一つだけ約束してほしい」
台座に近付き立ち止まった俺は、人差し指を立ててこの場に居合わせる者の顔を確認していく。
「何かしら?」
「俺がザオラルを使えるのは他言無用だ……と・く・に! そこの三賢者! 絶対誰にも言うじゃないぞ」
「わ、分かってるわよ!」
「いんや、お前らは解ってねぇ! 例えアバンが相手でも絶対言うなよ!? ……そういや、アバンはどうしてる?」
危ねぇ、危ねぇ。
俺はコレを聞きに来たハズが思わず場の雰囲気に流されてしまった。
「そんなの後で教えてあげるから、早くザオラルしなさいよ!」
こうして還らぬ人となったパプニカ王へのザオラルを終えた俺は、マトリフに会いに行き見解を求めると、アルキードへと帰るのだった。
◇◇
侵攻2日目、夜明け前。
南の村に作られた天幕内で、魔王軍の侵攻を待ち受けるアルキードの戦士達が作戦を練り合わせていた。
参加者はバランを中心にアルキードの騎士やカンダタ一味の幹部、増援に駆け付けたバランの教え子達。
そして俺の隣には、何故かマリンの姿があった。
なんでこうなるかな…。
円卓のテーブルに頬杖付いた俺は、バランの言葉を上の空で聞き流し、自らの詐欺行為を悔いるのであった。
ザオラルは失敗。
マリンが居る理由は次回冒頭。