俺は、戸惑っていた。
俺がヒャダインを使った事で魔法使いだと思い込んだブレーガンは、三節棍を棒状に戻し接近戦を挑んで来ていた。
繰り出されたブレーガンの踏み込みはフレイザードのタックルに比べ遅く、その振り下ろされた棒の威力はクロコダインの一撃に遠く及ばず、全体的な動きのキレは未だ見ぬヒュンケルに勝るとは思えず、三節棍頼みの魔法力はザボエラに劣るだろう。
一言で言うなれば、ブレーガンは弱いのだ。
そう、弱いんだ……。
六大将軍なる者の全てが弱いと限らないが、ブレーガンの実力はよく判った。
兵士達では少し荷が重くとも、バランは当然、ノヴァやマリン位の強者なら造作もなく倒せる……そんなレベルだ。
故に、俺達がこんな所でこんな相手にこれ以上時間を掛けるのは無駄であり、時間を掛ければ掛ける程他で戦う戦士達の負担が大きくなる。
サクッとブレーガンを倒して各方面で無双する……それこそが方面を任された俺達の役割である。
単調となったブレーガンの攻撃を受け流し、バランスを崩したところに光る正拳突きをお見舞いしてやれば簡単にケリがつく。
俺は……自らの命を護る武具を得る為に、数え切れない程のモンスターを殺してきた。
今更ブレーガンの一人や二人、殺したところでどうということはない……それなのに・・・。
″人型モンスターを殺せるのか?″
幼い頃に感じた懸念が現実のモノとなって俺の動きを束縛する。 そもそもブレーガンはモンスターですらない。
いわゆる魔族と呼ばれる種族なだけで人間だ。
白いマスクに隠された素顔は2つの瞳と一つの鼻、そして一つの口があるのだろう。
魔族と言っても肌の色と細部に少しの違いがあるだけで、基本的に俺達と変わらない。
俺は……自らが生き延びる為に、何の怨みもない魔族達を殺さなければ成らないのだろうか?
敵である、ただそれだけの理由で……。
ブレーガンがもう少し強ければこんな下らない事を考える余裕もなく、条件反射的に人生初の殺人を犯したのだろう。
しかし、幸か不幸か俺にはブレーガンの繰り出す攻撃を裁ける余裕があった。
敵に攻撃されたら殺さなければ成らない……そう理解しているつもりでいたが、どうにも行動に移せないでいた。
「そらっそらっ! どうした人間! 所詮はそんなモノか!?」
そんな俺の悩みに気付かないブレーガンは、三節棍を振り回し調子に乗っている。
「気を付けて下さい! その武器は危険な感じがします!」
キラーマシーンと打ち合うノヴァは随分と余裕があるらしく、時折振り返っては注意を促してくる。
「解ってる! 小手調べはこれまでだ!」
棒術とも呼べない単調な棍での攻撃を籠手で受け流した俺は、バランスを崩したブレーガンに前蹴りを喰らわせる。 六大将軍なんて御大層に名乗っていたが、ノヴァの指摘通り注意すべきは便利武器の三節棍であり、それがなければコイツは弱い。
魔王軍における将軍職は最高職ではなく、単なる役職の一つに過ぎず下手をすれば氷炎魔団だけで6人の将軍が居るかもしれない……そう思える位に弱い。
「舐めた真似を!!」
起き上がったブレーガンは三節棍をバラすと、くさり鎌のごとく振り回し炎のリングを作り出した。
「便利な武器だな? 何処で売ってるんだ? それともフレイザードにでも貰ったのか?」
ブレーガンを将軍足らしめる三節棍は魅力的だ。
棍としての強度も悪くなく、売っているなら購入したい。
「フレイザードごときの助けなど借りぬわ! この″氷炎の刃″はガルヴァス様から頂いた物だ! くらえっ!」
フレイザードが″ごとき″なら将軍と軍団長は同格なのか?
理解の及ばない事を叫んだブレーガンが炎のリングと成った杖先を俺に向けると、メラゾーマ並みの火線が放たれた。
振り回す事で魔法力増幅機能も有るようだ。
予想外の威力とスピードで迫る火線を構えた籠手で受け止める。
籠手に弾かれた火炎が広がり火の粉となって降りかかる。
「生憎だったな? この籠手も伝説級の一品だ」
炎の放出が終わったのを確認した俺は、無傷な姿でブレーガンに冷酷に告げてやる。
増幅されたと言っても所詮はメラゾーマ並み。
俺の持つ籠手と、パプニカの法衣の性能には及ばない。
甲羅に損傷を与えたフレイザードと同格なんて思えないぞ。
いや、考えるな。
今は悩むだけ無駄だ。
「バッ…バカなっ!? 俺の最高の技が……」
何とも情けない事を呟いたブレーガンは、狼狽えて一歩、二歩と後退る。
最高の技、というより三節棍の性能頼りにしか見えない。
まぁ、武具頼みは俺も人の事を言えないし、今やるべき事はブレーガンを倒し、武器を奪う……この二点だな。
いつまでもコイツに構ってる暇はない。
「今度はコッチの番だ……いくぞ!!」
声を張り上げ気合いを入れた俺は、受け身から一転して攻勢に移る。
両の拳を握り締め大地を蹴ってブレーガンとの距離を詰め、無数の拳を叩き込む。
「なっ!? 貴様、武闘家か!?」
ブレーガンは三節棍を両手で握り水平に構えると、連続で撃ち込んだ拳を器用に棍で捌いている。
だが、それだけだ。
ブレーガンの動きは武術ではない。
身体能力のみで咄嗟に受けているに過ぎず、少しのフェイントを織り混ぜて狙いを定めると、俺の拳は面白い様に棍をすり抜けブレーガンの肉体へとヒットする。
「お、おのれぇっ!」
破れかぶれになったブレーガンが棍を振り上げる。
焦らず一歩身を引いた俺は、振り下ろされる初動を待って回避行動に入り次なる攻撃に繋げる。
「くらえっ! デロリーンクラァシュッ!!」
棍が振り下ろされると同時にブレーガンの背後に回り込んだ俺は、アバン流牙殺法奥義を放つ。
空間を制して大地を蹴り、全身を捻るイメージを持って突き出した両手から、渦巻く波の様に衝撃を送り込む貫通攻撃。
見た目は両手での張り手だが、牙殺法におけるアバンストラッシュのBタイプに該当する大技だ。
背後から奥義を食らったブレーガンの鎧の″前面″が砕け飛ぶ。
″ガハッ″と血飛沫を吐いたブレーガンは、三節棍を力無く手放すと膝から崩れ落ちて前のめりに倒れ込んだ。
「流石ですね」
キラーマシンを破壊し戦闘を黙って見ていたノヴァは、勝負がついたのを確認するように近付いてくる。
「流石って程じゃないさ……こんな相手に手こずる様じゃ先が思いやられる」
ブレーガンが手放し転がる三節棍を拾いながら、素っ気ない口調でノヴァに答える。
全く知らない六大将軍なる魔族を倒したからといって、浮かれてなんかいられない。
原作に登場すらしなかった相手に苦戦するなら、ハドラーの足止めなんて夢のまた夢だ。
「勝って兜の緒をしめろ! と言うことですね? 勉強になりますっ」
誰だよコイツ?
姿形は″ノヴァ″だがキラキラした瞳で熱く語る少年が原作のノヴァと同一人物とは思えない。
「俺は弱い。こんな程度で浮かれてたら明日にも死ねる……それだけだ。深い意味なんてねーよ」
手にした三節棍を弄りながら勘違いしたノヴァに事実を告げてやる。
フレイザードに苦戦する俺は贔屓目に見ても弱い。
それにしても、この三節棍は良くできている……捻る事で簡単に分解出来て、手にした感じ強度もそれなりに有りそうだ。
魔法力の消耗無しで無制限に炎や氷が出せるなら、一般兵に持たせるのにうってつけの武器になる。
早速、今晩にでもロン・ベルクの元に持ち込んでやろう。
「貴方が弱いならこの戦場に居る大多数の人達はどうなるのよ?」
浮かない表情で歩いてくるマリンの背後には、整列して寝かされピクリとも動かない人の姿がみてとれる。
「弱い俺よりも更に弱いって事になるな……死んだのは何人だ?」
「……6人よ」
「そうか……先に言っておくが火傷や凍傷は無理だからな?」
伏し目がちに唇を噛み締めたマリンに、ザオラルと言わず無理だと告げる。
「判ってるわ……でもっ……何とかならないの!?」
「……ならねーよ。弱ければ死ぬ、それが戦場における唯一の掟だ。俺達に出来る事は限られてんのさ」
努めて明るく言ってはみたが、やはり人の死に触れるのはやるせない。
人の死を産まない為にも内心で決意を固めた俺は……大地に伏せるブレーガンに視線を送った。
「そうですね……ですが! 僕達が頑張れば被害を減らす事は出来るハズです!」
いや、だからコイツ誰だよ?
まぁ、言ってることは間違ってないし俺もそのつもりだ。
頑張って戦死者を減らせばそれだけ俺の目的も叶えやすくなる。
その為にも……敵は殺さなければならない。
「チェーンウィップ!!」
仕込んだ鎖を出現させた俺は、意識無く倒れるブレーガンの首と胴を鞭の一振りで切断する。
「っ!?……なにも、殺さなくたって」
「敵は殺す……じゃないと俺が死ぬ。大体、コイツを生かしておいてどうするんだ!? 牢屋にでも繋いでおくのか? 俺達に監視に回せる人的余裕があるとでも思ってるのか? そもそも、逃げられたらどうする? 新たな犠牲者を産むだけだ!!」
「怒鳴らなくても判ってるわよ! でも……いいえ、持ち場に戻るわ」
罪悪感から矢継ぎ早にまくし立てた俺の言葉に顔を背けたマリンが走り去る。
「僕も戻ります・・・余り気にしない方が良いですよ……でろりんさんは間違ってません。敵を殺すのが僕達、戦士の役目なんです!」
去り際に背を向け立ち止まったノヴァは、慰めとも自分に言い聞かせているとも受けとれる言葉を残し飛び去った。
「俺は……戦士でもないんだよ……ただ、生き延びたい……それだけ……なのに……」
一人残された俺の呟きは、誰にも聞かれる事無く喧騒に紛れ消えていくのだった。
リアルゴタゴタで引っ越す事になりました。
リアルが鬱だとマトモな展開が書けないと判りました。