でろりんの大冒険   作:ばんぼん

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「はぁ…はぁ…やっと、終わったの、ね?」

 

 魔王軍侵攻二日目の日没を迎え魔王の軍勢が消え去ると、マリンは突き立てたロッドを両手で握り″ヘナヘナ″とその場に座りこんだ。

 間隙を縫って休息を挟んだといえど、夜明けから日没まで闘い通して精魂尽き果てたのだろう。

 魔法力も尽きているのか素肌を晒す四肢に切り傷を残したまま、荒い息を吐いている。

 

「そうだな……油断は出来ないが終わったとみて良い……今日はマリンのお陰で助かった。礼を言わせてもらう」

 

 へたりこむマリンに歩み寄った俺は、軽く頭を下げて礼を言う。

 

 実際、マリンは良くやってくれた。

 元より高い賢者の実力にブラックロッドの力も相まって、雑魚が相手なら無双が可能だ。

 これだけやれるなら俺の代わりは十分に勤まる。

 心配なのは軍団長クラスの襲来だが、これはノヴァと方面を交代してもらい、素早くバランの救援を受けられる体制にすれば乗り切れる筈だ。

 

 ん? って事は北より西の方がヤバイのか?

 

「そう…かしら? 貴方はまだまだ元気そうだし、私が居なくても変わらなかった様に思えるわ」

 

 荒い息を整えたマリンが上目遣いで自信無く呟く。

 

「そうじゃない。マリンが側に居たから余力を残せたんだ……お陰で″次″の行動に入りやすい。それに、俺はアルキードの勇者だからな? スリーの勇者は体力だけが取り柄なのさ」

 

「アレだけ暴れまわって良く言うわね? 謙遜も度が過ぎれば嫌味にしか聞こえないわよ」

 

「雑魚を相手に無双出来ても肝心の軍団長に通用しなきゃ意味ねーよ……俺もバラン頼みって点で騎士達と変わらないのさ……立てるか? ……ベホイミ」

 

 マリンに向かって伸ばした手が握られるのを待ってベホイミを唱える。

 

「ありがとう……貴方に回復してもらうのも久しぶりね……覚えているかしら? 最初に会った日も回復してもらったのよね」

 

 立ち上がり俺の手を放したマリンは、後ろ手にスカートをハタキながら昔話を始めた。

 

「ん? そうだったな。でもアレは戦闘を舐めていたお前らが悪いんだからな?」

 

「解ってるわよっ・・・ねぇ? 昼間の事だけど…」

 

「あれ、な……はぁ……正直、俺もミスったと悩んでた」

 

 大きな溜め息を吐いた俺は、ガックリと両肩を落とし下を向く。

 

「えっ…!?」

 

「あの将軍様は殺すべきじゃなかったんだよなぁ……殺すにしても情報を吐かせてからだろ? 折角の情報源なのに殺しに囚われ過ぎて殺っちまった……結局、偉そうな事を言っても覚悟が足りてなかったんだ。もっと冷静にいかなきゃならねぇよなぁ……」

 

 ガキの頃から″敵がどう″とか言っておきながら、実際に遭遇すればアレだ。

 我ながら情けない話である。

 

「…!? そうねっ! ソレは貴方のミスね!!」

 

 目を見開いて驚いたマリンが何故かキレ始めた。

 

「はぁ? これでも反省してんだからキレる事ねーだろ?」

 

「知りません! 次にやること有るんでしょ!? 早く村に戻りましょ」

 

 顔を背けたマリンは″スタスタ″と南に向かって歩き出し、俺はソレを追いかける様に帰還の途につくのであった。

 

 

◇◇

 

 

 ノヴァや戦士達と合流を果たし一団となった俺達は、日が沈み切る前に今日を生き延びた人々の歓声溢れる村へと無事に帰還した。

 村は夕日に赤く染まっているが、被害らしい被害は見当たらない。

 むしろ、急ピッチで補強と補修が行われたのか、今朝よりも立派に見える。

 知己なる者達の再会の輪に混ざり、ずるぼん達の出迎えを受け無事な姿を確認した俺は、内心で胸を撫で下ろした。

 己の弱さを悔やんでも仕方無く、護るべき姉の力を頼り戦場に置かねばならないのが実情だ。

 

「おかえり! って、なんでマリンがそのロッドを持ってるのよ!?」

 

 マリンの腰にぶら下がるロッドを目敏く見付けたずるぼんは、俺達の無事を喜ぶ前に難癖を付け始めた。

 

「戦力の均等化の為に貸している。俺が持つよりもマリンの手に有った方が全体の戦力は上がるだろ?」

 

「そういう事だから。悪く思わないでね?」

 

「何よっ! 単に借りてるだけじゃない! あたしなんかプレゼントされてるんだから!」

 

 俺の戦術論を聞いたマリンは何故か勝ち誇り、反発したずるぼんとにらみ合い″バチバチ″と火花を散らしている。

 

「仲良くしろよ・・・んで、準備は出来てんのか?」

 

 ずるぼんとマリンは王宮の晩餐会で面識があるらしいし、放っておこう。

 

 呆れた俺は言い争う二人を無視して、夜明け前に頼んでおいた事の首尾をまぞっほに尋ねた。

 

「条件に合う者はお主に言われた通り並べておるが、どうしようと言うのじゃ?」

 

「……戦力のリサイクルってヤツさ……どこに安置している?」

 

「リサイクル、とな?」

 

「知らないのか? まぁ、見てれば解るさ……んで場所は何処なんだよ?」

 

「あそこだぜっ」

 

 へろへろが指し示したのは三角屋根に十字架の立てられた白い壁の教会だ。

 人混みを掻き分けて教会に向かう俺の背後では、歩きながら口喧嘩を続けるずるぼんとマリンの姿があった。

 

「あなたが……でろりん様?」

 

 教会の入り口を遮る様に占い師のメルルらしき人物が立っていた。

 

「……は? 様ってなんだよ?」

 

「勇者なんだから様付けされて当然じゃない? そうだ! マリンもでろりん様って呼びなさいよね」

 

「どうして私が、でろりんなんかを″様付け″しないといけないのよ!?」

 

 昼間に続いてマリンの口から飛び出す″なんか″発言……やはり俺は嫌われているらしい。

 

「五月蝿ぇよ……で? お前誰だ?」

 

 見当は付いているが聞いておこう。

 

 占い師″メルル″は年の頃なら十代半ばの変な髪飾りが特徴的な大人しい感じの女の子だ。

 戦闘能力はほぼ皆無であるが、予知的な力を利用した類い稀なる気配察知能力を誇るチートキャラだ。

 しかし、以前に祖母であるナバラの探索依頼をカンダタ一味に出した所、ナバラは予知の力を失い孫娘共々テラン王国で隠居していると報告を受けている。

 マトリフは本来の歴史の流れが大きく変わった結果、未来予知が難しくなったのではないか? と分析していた。

 そのナバラの孫娘であるメルルが何故アルキードに居るのだろうか?

 

「私はメルルと申します。神託を授かりし勇者様のお力に成りたく思いやって来ました」

 

「・・・一人でか?」

 

 メルルの言葉に眉をしかめた俺は、声を荒げたくなるのを我慢して話題転換を試みる。

 破邪の結界内だがここはまだ屋外。

 悪魔の目玉による盗聴の心配は無いが、誰が聞いているか判ったものじゃなく、なにより側に居るマリンが曲者だ。

 メルルが神託を知っているのは気になるが、迂闊に話せる内容じゃない。

 

「はい。多少の回復呪文なら扱えます」

 

 大きな黒目ウルウルさせて俺をしっかり見詰めたメルルは、自分の有用性をアピールしてくる。

 

「多少なら間に合ってる。悪いことは言わねぇ……黙って帰りな」

 

 身近で余計な事を吹聴されたくない俺は、にべもなくメルルの申し出を断る事にした。

 

「そう邪険にせんでも善かろう? この娘、不可思議な力を持っておる様じゃぞ?」

 

「不可思議な力?」

 

 メルルへ助け船を出したまぞっほの言葉に、おうむ返しで答えた俺のしかめっ面は更に進んだ。

 

「そう言えば変な事が合ったわ。メルルちゃんが″危険が迫っています″って騒いだから周囲を捜してみたの。そしたらアンタの言ってた無口なオバケが空に浮いていたわ」

 

「はぁ!? ミストバーンが来たのか!? それでっどうなった!?」

 

「どう…ってバランを呼んで追い払ってもらったけど、バランってば変な覆面被ってたわね。アレってルイーダさんトコも使ってるけどセンスを疑うわよねぇ」

 

「だなっ。傑作だったぜ。カンダタマスクを被っていたからどっちが敵だって騒然となったぜ! がっはっはっ」

 

「そうじゃったのぅ……ふぉふぉふぉ」

 

 ミストバーン襲来の大ピンチも、頼もしきパーティメンバーにとって笑い話らしく、三人揃って高笑いしている。

 

「お前ら……ノーテンキ過ぎだろ……まぁ、いい。メルル、だったか? お前の話は後回しだ。時間が惜しいし始めるぞ」

 

 扉を押し開いて教会内に足を踏み入れる。

 教室より少し狭い薄暗い空間に、息絶えた人が安置されていた。

 

「何人だ?」

 

「13人よ」

 

「嫌な数だな……」

 

「何がじゃ? 千を越える戦場としては少ない方じゃろ? ……ほれ、レミーラ」

 

 まぞっほの詠唱で教会内の壁が光だし、視界が確保される。

 

「まぁ、そうだな……魔法の聖水の備蓄はどれくらいある?」

 

「ここに運び込んでるのは300ね。ちょっと使っちゃったけど、まだまだあるわよ」

 

「ルイーダの元にはコレに倍する数が置かれておったわい。当面安心じゃろうて。しかし、解せぬわい……アヤツなに故にこれ程の数を備えておったのかのぅ……お主は知っておるか?」

 

「知らねぇよ……売りモンの一つだろ? タイミングが良かったんだな。商売繁盛で今頃ルイーダはウハウハじゃね?」

 

「あの……でろりん様が警告なさったのではありませんか?」

 

「……なんでお前が入って来てんだ?」

 

 両手を前面で組んだメルルは控え目ながらもしっかりとした口調で、俺の誤魔化しを最悪な形で否定する。

 

「メルルちゃんに手伝ってもらってたのよ。あたし1人で出来るわけ無いじゃない? それより、アンタの警告ってどういう事よ?」

 

「そうね。それに神託って何の事かしら?」

 

 さっきまで喧嘩していた女二人が見事な連携で″ずい″っと俺に迫り、説明を求めてくる。

 

「知るかよっ。ガキの頃に誰かさんがでっち上げた戯言に尾ひれが付いて残ってんだろ」

 

「その様なことはありませんっ。でろりん様からは不思議な力を感じます」

 

「はぁ? なんだそりゃ? 俺を得体の知れない化け物だとでも言いたいのか? 大体、テメェはさっきからどういうつもりだ? 俺はデタラメな神託の事は言われたくねぇんだ! 知らなかったぜ……″力に成る″ってのは嫌がる事を吹聴するって事だったとはな!」

 

「止めなさいよ。子供相手にみっともないわよ?」

 

「うるせー! これは大事な話なんだっ。子供だからで済ませられるかっ! いいか? 魔王軍も情報収集は行っている。お前らもミストバーンを見たんだろ? あんなヤツに狙われたらどうする!?」

 

「ふむ……確かに勝てそうに無い相手じゃった……お主が″絶対に手を出すな″と言うだけの事があるわい」

 

「そうだ。魔王軍にはこの場にいる人間の力を合わせて尚、勝てない相手が居るんだよ。″神託の勇者″だなんてデタラメが広まって狙われたら堪ったもんじゃない。 俺は死にたくねぇから戦ってんのに本末転倒じゃねーか」

 

「それって変な話じゃない? 死にたくなければ闘わないで、人里離れて暮らせば良いじゃない?」

 

「そうよね。あなた、ずっと昔バラン様にも同じことを……ハッ!? じゃぁ貴方はあの頃から魔王軍の襲撃に、」

「備えてねぇっつーの!! とにかく! この話は絶対に口外すんなよ? 特にマリン!」

 

 余計な事に気付き始めたマリンの言葉を遮って釘をさす。

 コイツラが何を言っても俺が認めなければ何の証拠もない。

 神託の勇者だなんて認定されても百害有って一利無しだ。

 多少強引でも徹底的に拒否するに限る。

 

「どうして私が名指しされるのよ!?」

 

 前科が有るからに決まってる、とは言わずにジト目で睨んでおいた。

 

「まぁ、善かろうて。お主が狙われたらワシ等も困るわい。じゃが、そうも頑なに否定するのは些か解せぬな? ″神託の勇者″よい響きではないか……晩餐会で贅沢三昧出来るじゃろうて」

 

「神託はずるぼんが言い始めたデタラメだからな……後でバレたら鬱陶しじゃねーか? って事でメルルも良いな?」

 

「ですが……」

 

 本人が必死に否定してるのにメルルはまだ口答えしようとしている。

 大人しそうに見えて芯が強いのは原作通りの様だがいい迷惑だ。

 

「ちっ……お前は神託の勇者の頼みが聞けねぇのか? 俺の力になるって事は、俺の言うことを聞くってコトだろ? あぁ、そうだ…回復呪文が使えるなら、俺が今からヤる事が万一バレたら、お前がやったコトにしてくれよ?」

 

「えっ…と、何を為さるおつもりでしょうか?」

 

「この場にいる全員にザオラルをかける……コイツラには死しても尚生き返り、俺の為に闘ってもらうのさ。あ、神託の勇者ってのは言葉のアヤで絶対に違うからなっ」

 

「呆れた……その言い方は一体なんなのよ? 失われた命を助けるって素直に言えないの?」

 

「見方を変えればそうとも言うかもな……良いか? ″運良く生き返った奴″に死んでた事は言うんじゃないぞ?」

 

 蘇生者に対しては、意識を取り戻した扱いでササッとこの部屋から追い出すつもりだ。

 

 ザオラルが使えるのはバレたく無い。

 だからと言って死者をそのままにするのは、戦力維持の観点からも巧い手と言えない。

 救える命をバレ無いように救う……これが俺の選んだ手であり、我ながらなんとも中途半端である。

 

「私には300万も請求しクセに恩に着せないのね? ザオラルが成功すれば文字通り命の恩人じゃない? 貴方は″強欲の勇者″でもあった筈よ?」

 

「どうしようが俺の勝手だ・・・正直に言うとだな、知らない奴から下手に感謝されても面倒くさいんだよ……生き返った後で世界樹を護ってくれたら良い。それが俺にとっての恩返しになんだよ」

 

「皆さんの為に陰ながら尽くされるのですね……素晴らしいです」

 

「はぁ……まぁ何でも良いから黙っててくれ……バレたらお前のせいにするからな? 俺の頼みはそれだけだ」

 

 名声を得ようとしない不自然さを強引に誤魔化した俺は、魔法の聖水をがぶ飲みしてザオラルを掛けまくる。

 その結果、八名の命を現世に引き戻し、再び戦力に組み込む事に成功する。

 

 世界樹でやるべき事を終えた俺は、訝しげなマリンと勘違いしたメルルを残し、ノヴァに居所を伝えパーティを率いてロモス城下に移動すると、設備の整った宿屋でゆっくりと疲れを癒す事にした。

 それから、夜更けを待って宿屋を抜けだした俺は、″氷炎の刃″を手にロン・ベルクの元に向かい量産計画を練り上げたのだった。

 

 こうして、色々あった侵攻二日目もなんとか無事に終えて、運命の3日目を迎えるのであった。

 


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