でろりんの大冒険   作:ばんぼん

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 ロモスを経由した俺はパプニカ城下の南に位置する港町へとやって来た。

 多少キメラの翼が勿体無く思うが、足取りをボカス為にも必要な事だろう。

 

 風光明媚で名高いパプニカの港は、十数年前に訪れた時と変わらぬ姿を保っている。

 

 街中をプラプラと歩く。

 

 街行く人は忙しなく動いており、活気に溢れている様に見える。

 この街が無事だと云うことは、パプニカはまだまだ大丈夫……と云うことになるが、計算が合わない。

 原作を参考にすれば、魔王軍侵攻4日目ともなればパプニカは半壊していてもおかしくない。

 これ程平穏なのは何故なんだろう?

 ハドラーの情報を参考にすれば、不死の軍団はともかく、原作よりも強そうなヒュンケル個人を止める術は無いように思える。

 アポロ達が予想に反して奮戦しているのだろうか?

 

 まぁ、平穏なのは喜ばしい事だしケチを付ける事でもない。

 ヒュンケルが何を考えて手を抜いているのか知らないが、こっちは″魂の貝殻″の在処を知っている。

 ヒュンケルの所在さえ判明すれば、貝殻を使って誤解を解くのは簡単であり、実にイージーなミッションと言えるだろう。

 

 原作において責任感の塊のようだったヒュンケルにならダイ達を安心して任せられる……そうなれば俺は世界樹防衛に回るだけでなく、色々と身動きが取りやすくなる。

 ヒュンケルを早い段階で味方に引き込めれば、パプニカは滅びず、魔王軍の戦力は減り、ダイ達の安全性も高まる……正に一石三鳥の効果が見込まれるのだ。

 

 原作を大きく変える事になるが、打たない訳にはいかない一手となる。

 

『ぐぅ〜〜ぅ』

 

 大通りを歩き今後の皮算用をしていると、旨そうな匂いに釣られてお腹が鳴った。

 回復呪文さえ受ければ動く分には支障はないが、やはり腹は減るし夜ともなれば眠気も襲う。

 夜通し起きている俺は、眠気もあるし腹も減っている……にもかかわらず、回復呪文のお陰で不思議と元気だ。

 

 回復呪文と食事と睡眠……これ等の関係を理論立てて研究してみるのも面白いかもしれない。

 

「よぉ、兄ちゃん! 落武者か? サービスしてやるから喰ってきなっ」

 

 腹の音を聞かれたのか、串焼きを売るオヤジがデカイ声で売り込んでくる。

 

 俺の装備は砕けた籠手に焼けたコスプレ勇者服。

 何本かの剣を腰に差してはいるモノの、落武者に見えなくもない。

 黄金の甲羅を背負っていれば違った評価を得られたのかもしれないが、今日のところは単なる偵察だ。

 無理に甲羅を装備して完全修復が延びてしまえば、先々が厳しくなるのは目に見えている。

 

「貰おう」

 

 10Gを取り出して親父に手渡す。

 

「あいよっ、毎度あり!」

 

 大量の串焼きが乗せられた木の皿を受けとる。

 

 約千円で買える量を遥かに越えたサービス精神には頭が下がるも、二本で良いから釣りをくれ。

 そうと言えない俺は、露店の前に置かれた木のテーブルに腰を落として串焼きにかぶり付いた。

 

 うん、旨い。

 

 何の肉か気になるところだが、そんな事は気にしたら負けだ。

 

「オヤジ、この街が活気に溢れているのは何故だ? 魔王軍は襲ってこないのか?」

 

 二本目の串にかぶり付いた俺は、別の気になっていた事をオヤジに問う。

 のんびりしている暇は無いが、腹ごしらえと情報収集も大切な事だ。

 

「兄ちゃんはどっから来たんだ? アルキードか?」

 

「そうだ」

 

 三本目の串にかぶり付いた俺は短く答える。

 

 落武者と言えばアルキード……そう結び付けられる程度の情報は世に出回っているのだろう。

 何処の世界でも人の噂は千里を駆ける……俺の噂が広がらなければ良いんだが、物凄く心配だ。

 夕食会で打ち明けたのは失敗だったかもしれない。

 

「アルキードは大変なんだってな? もう一本サービスしてやろうか?」

 

「サービスは良いからパプニカの状況を教えてくれ」

 

「お、そうかい? なら耳の穴かっぽじってよーく聞きな」

 

 何がおかしいのか″ガハハ″と笑ったオヤジはパプニカの近況を語り始めた。

 

 

◇◇

 

 

「なるほど、そういう事か……」

 

 話を聞き串焼きを食い終えた俺は、疑問で一杯の内心を隠して大きく頷いてみせた。

 

 オヤジよると、夜明けと共に地底魔城から現れる不死の軍団は日没と共に消える……これは、大魔王の方針に沿った戦略だろう。

 

 しかし″軍″の行軍速度は遅く、この大陸の北に位置する地底魔城から、南端に位置する港町にまで日中だけで到達するには、少々距離が在りすぎる。

 前世で例えるなら四国の瀬戸内海側から太平洋側へと、乗り物に頼らず移動する様なモノである。

 おまけにアポロ達魔法兵団が、山間に柵を巡らせてその進軍を妨げており、侵攻が始まっての3日で不死騎団の群は元より、骸骨一匹この港町には現れていないそうだ。

 初日こそ奇襲を受けたパプニカ城下も同じ様な状況で、城下を離れて町外れの平野に陣を敷くエイミの活躍もあって、戦禍を免れているらしい。

 

 ″太陽の下で闘う″……格好よく聞こえたヒムの言葉であったが、日中しか戦わない事で不死騎団は毎回行軍の手間がかかり、パプニカ勢は余裕を持って迎撃に当たれているそうだ。

 

 考えてみれば大魔王らしからぬ、なんとも間の抜けた戦略である……だからこそ、疑問符が付くのだ。

 大魔王ともあろう者が何の考えも無しに、この様な愚かな真似をするのだろうか?

 この状況でも、大魔王の目的の一つである″強者の炙り出し″は果たされていると言えるが、非効率的に思えてならない……一体、大魔王の目的は何なんだ?

 

 疑問符はまだある。

 

 オヤジの話を聞く限り、こんな戦術では一年かけてもパプニカは壊滅しない。

 原作とあまりにも違いすぎるのだ……一体、何が原因でこうなった?

 歴史というモノは、俺一人の影響でこうまで変わるモノなのだろうか?

 

 それに、世界樹の事も気になる。

 パプニカと違い早朝から迫る魔王軍の侵攻を考えれば、アルキード国内の世界樹に程近い場所に前線拠点が在るということになる……早急に場所を突き止め潰すべきだろうか?

 

 ・・

 ・・・

 

 いや、大丈夫だ。

 

 ヒュンケルを味方にすれば、魔王軍の内情を詳しく知ることも出来る。

 個人の独り善がりで物事を決めて良い段階はとっくの昔に過ぎているし、自慢じゃないが、俺は戦術眼に長けていない自信がある。

 どうするのが最善か、アバン達の知恵を借りて決めるのが良いだろう。

 

 今はとにかく、ヒュンケルに会い誤解を解くのが先決だ。

 

「浮かない顔してどうした、兄ちゃん? 魔王軍が怖いならこの町で暮らすのも有りだぜ! 魔王なんてのはその内誰かが倒してくれるぜっ、ガッハッハ」

 

 考え込む俺を励まそうとしているのか、オヤジは悪意なく無責任な事を言っている。

 

 誰かが倒す……これが普通の感覚なのかも知れないが、俺は今更後には引けない。

 

「ふん……そんな希望にすがって隠れる位なら始めから何もしない・・・串焼き旨かった、また来る」

 

 空になった皿をオヤジに返した俺は、その場でゆっくり浮き上がり、驚愕の声を上げるオヤジに一瞥もくれず、アポロを探して北へと飛ぶのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 小麦畑を下に見ながら北を目指して暫く飛ぶと、大型の盾を構えた魔法兵の群れを発見する。

 

 平野という地形から考えてエイミの率いる一団だろうか?

 上空を旋回しながらエイミの姿を探す。

 

「そこを飛ぶ者! 降りてきなさい! 来ないなら攻撃を仕掛けます!!」

 

 木製の物見台とも矢倉とも言える建築物の上に立つ女、エイミからの警告が発せられる。

 それだけでなく、いつの間にか兵士達が周囲を囲む様に並び、弓矢を上空に向けて構えている。

 

 正直、弓矢はあまり怖くないが、統率の取れたその動きには目を見張るものがある。

 これが″軍″と云うものか?

 個の力が強すぎるこの世界において、群の力を見くびっていたが認識を改める必要が有りそうだ。

 

「ま、待てよっ、エイミ、俺だ! でろりんだ!」

 

 慌てて両手を上げて声を張り上げた俺は、エイミの立つ矢倉に向かってゆっくりと降下する。

 

「でろりんですって? よく顔を出せるわね?」

 

 昔からエイミとソリが合わないのは、一重に俺の嘘が原因だろう。

 ソリは合わないが、無駄に浮いて魔法力を消費させるのも馬鹿馬鹿しい。

 露骨に顔をしかめ嫌そうなエイミの収まる矢倉の上に降り立った。

 

 パプニカ三賢者が一人″エイミ″……黒い髪を伸ばした美人にして、マリンの妹。

 原作ではヒュンケルへ一途な想いを貫いた熱い女……後は気球の操作を得意としている。

 

 とりあえず、相変わらずのミニスカートはどうにかならないのか?

 立ってみて判ったが、遠くまで見通せるこの矢倉は結構な高さがある……そして、エイミはトベルーラが使えない!

 つまり、エイミがこの場に立つ為には梯子を昇る必要があり、下から覗けば丸見えなのは疑う余地がないのである!!

 

 ……って、どうでも良いか。

 

「おぅ、俺は過去を省みない男だからな?」

 

「呆れた……アナタの事だから姫様を襲ったのも嘘だと思ってたけど、もう少し反省の態度を取って貰いたいモノね?」

 

 頬に手を当て小首を傾げ呆れ顔のエイミ。

 その服装だけでなく、仕草までマリンと似ているのは、姉妹故だろう。

 

「いや、嘘じゃねーだろ? 実際襲ったのに違いは無いぞ」

 

 エイミと対角線状に向かい合った俺は、ふてぶてしく腕を組む。

 姫様暗殺未遂犯として追われるのも厄介だが、嘘と断定されればそれはそれで厄介なのだ。

 嘘には理由がある。

 理由を追及されてダイの事を話す位なら犯罪者扱いの方がマシである。

 

「ハァ……皆っ、この人は大丈夫です! 持ち場に戻って下さい!!」

 

 小さく溜め息を吐き木製のヘリに手を突いたエイミが、矢倉の下に向かって大声で指示を与える。

 俺達の様子を伺い上を見ていた兵士達が、蜘蛛の子散らす様に走り去る。

 

「無視かよっ」

 

「呆れているのよ……それで? 姉さんを連れ去ったアナタが一人で何の用かしら? 私はこれでも忙しいからアナタに構っている暇なんか無いのよ」

 

「人聞き悪いぞ。アレはマリンが勝手に付いてきたんだ」

 

「ハァ・・・前から思ってたんだけど……アナタ、馬鹿なの?」

 

 コメカミに手を当て首を振ったエイミが、大きな溜め息を吐いてしみじみと失礼な事を言っている。

 

「はぁ!? マリンは金が入り用だからアルキードに来たんだろうがっ」

 

「その原因はアナタじゃない? 姉さんを泣かせたりしてないでしょうね?」

 

「え……? あ、うん。多分、俺は泣かせてない、ってかマリンから何も聞いてないのか?」

 

「何の事かしら? まさかっ、何かしたんじゃないでしょうね?」

 

 

 ″ハッ″としたエイミがジロリと睨んでくる。

 

「やってねーよっ! それよりアポロは何処だ? 山間部か?」

 

 マリンは泣いたがアレは断じて俺のせいじゃない。

 神託に関する報告も上がっていないなら、これ以上無駄話をする意味は無さそうだ。

 

「アポロは・・・治療中よ」

 

 消え入りそうな声で呟いたエイミが下を向いて顔を背ける。

 

「は? ベホマをかければ良いだろ? レオナなら使えるハズだ」

 

「どうしてソレを知ってるのかこの際置いておきますけど、アナタに言われないでもベホマは姫様がかけていますっ! ……でも、効果が無いのよ」

 

「効果が無いって・・・暗黒闘気か!? まさかっ、アポロをヤったのは銀髪のイケすかない剣士か!?」

 

 回復呪文が利かない理由は主に二つある。

 一つは暗黒闘気や竜闘気といった、特殊な闘気によるダメージを受けた場合。

 もう一つは、致命傷を受けて生命力が残されていない場合だが、治療中ということを合わせて考えればこの可能性は低いだろう。 

 パプニカ攻略担当は不死騎団、そしてその団長たるヒュンケルは剣士であると同時に暗黒闘気の使い手でもある……つまり、アポロをヤったのはヒュンケルという可能性が高い。

 

「違うわ……黒髪の、哀しそうな眼をした剣士よ」

 

「は……? 誰だよ、それ」

 

 エイミによる予想外の否定の言葉で、俺の思考は一瞬停止するのであった。


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