でろりんの大冒険   作:ばんぼん

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「この先、よね?」

 

 長い通路の先に光が見えると、並んで歩くエイミが立ち止まり此方を見て確認してくる。

 

「そうだな……ヒュンケルとは俺が話す。エイミはいつでもルーラを使える様にしておいてくれ」

 

 交渉毎に向いていない自覚はあるが、引き出したい情報は俺にしか解らない。

 挑発と、ノヴァから学んだ驚愕の演技を組み合わせて、なんとか引き出せれば良いのだが……。

 

「えぇ、解ってるわ」

 

「じゃぁ、行くぞ!」

 

 互いの顔を見合わせて頷き合った俺達は、光の射す方へと石の通路を踏み鳴らして歩を進める。

 程無く通路を抜け太陽の下へと帰還する。

 

 抜け出た先は、古代ローマのコロシアムを思わせる石造りの野外スタジアム……パッと見た限り″人影は″見当たらない。

 背後から追ってくるモンスターもおらず、見事に誘導に掛かってみせたとみて良いだろう。

 

 後はヒュンケルの登場を待つばかりだ。

 

「誰も居ないじゃない?」

 

 キョロキョロと辺りを見回したエイミが、ソワソワしている様に見えるのは気のせいだと思いたい。

 

「待っていたぞ!!」

 

 スカした男の声がスタジアムに響き渡ると、マントを羽織った黒髪の剣士が闘技場へと通じる大階段を下りてくる。

 

 魔剣戦士″ヒュンケル″……アバンの使徒にして不死騎団長でもある何があっても死なないチート野郎。 魂の力は″闘志″であるが、魔族に囲まれて育った生い立ちを考えれば、ダイに匹敵する程の純真さも持っている。

 その純真さから来る不器用さの余り、登場当初はアバンに対するの逆恨みからダイ達と敵対したいた。

 闘いの中で真実を知ってからは、ダイ達の頼れる兄貴分として常に最前線で闘い続けた人類最強の男だ。

 

 戦略的に考えて、何としてでも味方に引き込まないといけない。

 

「アイツか?」

 

 腰にある禍々しい魔剣がヒュンケルであると示しているが、小声でエイミに聞いておく。

 

「えぇっ」

 

「テメェがヒュンケルかっ!」

 

 聞くまでもないが、これも御約束だ。

 

 それに、人っ子一人居ないスタジアムだが、観客席の最上段には悪魔の目玉が何体かぶら下がっており、魔王軍の監視下にあるのは間違いない。

 悪魔の目玉を倒したところで、無数に在る通路から新たに出現する可能性は高い。

 今回のところは、倒したつもりで話すよりも、聞かれている前提で話す方が良いだろう。

 

 本番では何か手を打たないといけないが、この闘技場の現状を知れたのは最初の収穫になる。

 

「如何にも! 俺の名は、ヒュンケル!! 魔王軍六大団長が一人っ、不死騎団長ヒュンケルだ!!」

 

「デカイ声で言わなくても知ってるっつーの! テメェ何考えてやがる? 草葉の陰でアバンも泣いてるだろうぜっ」 

 

 挨拶代わりにアバンの名を出して反応を伺う。

 背後でエイミが「え…?」と驚いているが気にしない。

 

「フ……アバンか……惜しい男を亡くしたモノよ」

 

「ナニッ? テメェっ判ってんのか!? アバンはハドラーに殺されたんだぞ!!」

 

 まぁ、実際は死んでいないんだが、ここで明かすわけにもいかないし、この反応次第で原作との違いも見えてくる。

 

「無論、承知している。アバンはハドラーと闘い敗れた……惜しい男であるがそれだけの事よ」

 

 先程に続いての″惜しい男″発言……アバンへの復讐心は無いのか?

 

「あんっ? テメェ正気かっ!?」

 

「武人が互いに正々堂々と闘い敗れた……つまりはハドラーの実力が勝っただけの話ではないか? 恨み節を言うならアバンを救えなかった己の力量不足を恨むが良いわっ」

 

 ダメだコイツ……全然動じねぇ。

 しかも、武人の中にハドラーを含んでないか?

 実際ハドラーは武人化してたが、それだけでヒュンケルが認めるハズは無い。

 ハドラーとヒュンケル……二人の間にも何かあったのだろうか?

 

「待ってよ! アバン様は貴方の師なんでしょ!? どうしてそんな事が平然と言えるのよ!」

 

「昨日の女か? 愚かな……貴様は、如何なる存念で武人の闘いにケチを付ける? ハドラーはアバンに正面から挑み、そして勝利したのだ! この結果にケチを付けるのは敗者であるアバンをも貶すと知れ!!」

 

 黒いヒュンケルは割って入ったエイミの叫びに対し、一切の動揺を見せず見事な答えを披露する。

 

 ヒュンケルは武人的思考を備えたままで、禍々しい迄の暗黒闘気を備えている。

 非戦闘時の今は闘気を押さえている様だが、ハドラーとの戦闘を経た俺には判る……ヒュンケルの闘気は間違いなく暗黒闘気。

 

 意味わかんねぇよ。

 

「そ、それはっ」

 

「バカッ、言い負けてんじゃねぇ!」

 

 たじろぐエイミを下がらせた俺は、ヒュンケルに向き直す。

 

「フザケンなっ! 侵略しといてどの口でほざく!! そもそも、テメェらが襲って来なければ闘う必要なんざねぇんだよ!」

 

 剣を抜いて切っ先をヒュンケルに向けた俺は、侵略行動そのものを糾弾する。

 もう少し話を聞いておきたいが、エイミの動揺がハンパない。

 早めに情報を引き出して逃げるが勝ちだ。

 

「フ、貴様も愚か者よ……闘いたくなければ抵抗しなければ良かろう? 大魔王に従うのを良しとせず、闘いの道を選択したのは他ならぬアバンではないかっ!」

 

「勝手な事をっ! 殴り返したから悪いとでも言うつもりか!?」

 

「ならば聞こう……人間は、他者を殴らんのか? 俺の友には、ただソコに居ただけで人間に虐げられた者がおるわっ!」

 

 哀しげな瞳に怒りの色を灯らせたヒュンケルが声を僅かに荒げる。

 

「ちっ、ラーハルトかよ……魔王軍に保護されちまったのか?」

 

「その通りだ! 貴様はラーハルトを探していた様だが……アテが外れたか?」

 

「なっ、何の事やら?」

 

 くそっ。

 ヒュンケルの動揺をさそうつもりの俺が動揺してどうする!?

 

 それに……俺の行動はバレていたのか?

 

「フ……惚けるか? 貴様の事は調べがついておるわ! ラーハルトの事を知っていた理由など問わぬ……強欲の勇者でろりんよ!! 貴様は何故人間に味方する? 貴様こそ人間の愚かしさに苦しめられた男であろう!! 権力を握るだけの弱者に、強者である貴様が良いように使われる……おかしいと思わぬのか!?」

 

「あんっ? 俺がいつ利用された? 勝手に人の境遇を語ってんじゃねぇ! 大魔王を倒す為に″俺が″世界を利用してるんだ!!」

 

「ふ……ふははははっ! 貴様は大魔王を倒せると思っておるのか……愚か、いや、哀れな男よな」

 

「あんっ!? 哀れはテメェだっ! どうせ何も知らされず大魔王に利用されてんだろうがっ」

 

「フ……貴様の言葉をそのまま返してやろう……オレが大魔王の力を利用しているのだ! 人間と魔族!! 二つの種族の存在がオレ達の様な悲劇を産む……ならばっ、大魔王の名の下に、全てを一つにすれば良いのだ!! コレは悠久の時を生きる大魔王にしか果たせぬ事だ!」

 

 なんだそりゃ!?

 人間と魔族の対立が悲劇を招くとしても、この馬鹿野郎は極端に走りすぎだろっ!?

 そもそも大魔王は人間世界を統治するつもりなんか、1ミリ足りとも持ち合わせていないのだ。

 大魔王の真の目的を知っているなら″大魔王の名の元に一つに″なんて事は口が裂けても言えない。

 つまり、ヒュンケルなりの目的があるにしても、大魔王にたぶらかされているのに違いはない。

 

 どっちが哀れだ、って話である。

 

「そんなっ!? 貴方は自分の意思で魔王軍の侵略に手を貸すと言うの!? お願いよっ、悪の手先にならないで!」

 

「エイミっ!? バカッ、お前は下がってろ!」

 

 ヒュンケルの元へ走ろうとするエイミの腕を捕まえ食い止める。

 

「侵略ではない。大魔王による統治だ……人間の王では何時まで経っても魔族への迫害は無くならないのだ! お前が大魔王を侵略者と呼び、その行いを悪だと言うならそれも良かろう……オレは例え悪と呼ばれようとも大魔王の世を築いてみせる!」

 

「どうしてっ? どうして人間である貴方が大魔王に力を貸すのよ!?」

 

「エイミっ!! しっかりしろ! こんな野郎の話なんざ聞く必要がねぇ!」

 

 理由なんか聞かずとも大体の見当は付く……人と魔族の対立の構図がヒュンケルやラーハルトの身に起こった悲劇を産み出す温床となっている。

 ラーハルトと二人で話し合う内に気付き、例え人類国家を滅ぼしてでも問題の根っこを刈り取ろう! とでも思い込んだのだろう。

 

 コレだから責任感の強い奴は困るんだ。

 

「でろりん……でもっ」

 

「良いからっ、俺に任せろ! 馬鹿な兄弟子はぶん殴ってでも更正させてやる!」

 

「傲慢なモノ言いだな? だがっ、それでコソ魔王軍の勇者に相応しいと言えよう……強欲の勇者よ! 魔王軍に入れっ! 貴様の居場所は人間の国などに無いわっ!」

 

「はぁ? 勝手に決めんなっ! メラミ!」

 

 最早この場での問答は不要。

 

 観客席に立ち一段上から見下ろすヒュンケルに先制のメラミを投げ付ける。

 

「無駄だっ!」

 

 ヒュンケルは″鞘″から魔剣を引き抜き様に、海波斬を放ってメラミを切り裂いた。

 

 切り裂かずとも横に避ければ良いものを……余程、腕に自信があるのだろう。

 

「でろりんっ!? まだ話は終わってないのにっ」

 

「噂通り血の気の多い男よ……良かろう! 相手になってやる……さぁ、来い!」

 

 ジャンプして飛び降りたヒュンケルが闘技場内で剣を構える。

 

 それにしても、噂通り、ねぇ。

 ヒュンケルを味方に引き入れた暁には詳しく聞く必要がある。

 

「エイミは下がってろ! ベ・ギ・ラ・マぁ!!」

 

 エイミを壁際に下がらせた俺は、ヒュンケルに向かって閃熱呪文を唱えた!

 

 ヒュンケルに向かって一直線に閃熱が伸びる。

 しかし″フ″と鼻で笑ったヒュンケルは、目を閉じて動こうとしない。

 

「ヒュンケル!? 避けてっ!?」

 

「おいっ!? どっちの味方だ!?」

 

 エイミの叫びに思わず反応して振り返る。

 

「余所見して良いのか?」

 

「ナニッ!?」

 

 直ぐ近くでヒュンケルの声が聞こえる。

 

 ″バッ″と首を振り正面を向き直すと、剣を振り上げたヒュンケルがソコに居た。

 

 

 バカなっ!?

 

 あの一瞬でベギラマを避けつつ距離を詰めたというのか!?

 

 ″キンっ″

 

 無造作に振り下ろされたヒュンケルの一撃を剣で受ける。

 

「ほう……良い反応だ」

 

 鍔迫り合いが始まると″ニヤリ″と笑みを浮かべたヒュンケルが、余裕の発言を繰り出した。

 

「っ!? テメぇっ、舐めんなっ」

 

 ″カッ″と成った俺は連続で剣を振るう。

 

 俺の犯したミスは致命的な隙を産んでいた……ヒュンケルは俺を殺そうと思えば殺せたハズだ。

 

 完全に舐められている。

 

″キンッ、キンッ、キン″

 

 ガムシャラに攻撃を繰り出すも、全て軽々と防がれる。

 

「どうした? 貴様の腕はこんなモノか……この程度の腕前でアバンの弟子を名乗られては、アバンも浮かばれまい」

 

「ふざけろっ! 俺の本領は剣じゃねぇ!!」

 

 アバンの名が出た事で自分のスタイルを思い出す。

 

 バックステップで一旦距離を空けた俺は、ヒュンケルが追ってこないのを良いことにトベルーラで宙に浮く。

 

 俺がアバンから学んだのは総合力だ。

 剣で勝てなきゃ魔法、魔法で勝てなきゃ剣……あらゆる敵に対応出来る応用力を求めて、両手が使える爪を手にしたんだ。

 ヒュンケル相手に剣で張り合っても勝ち目が無いのは、やり合う前から解りきっていたハズだ。

 そもそも、今日は単なる偵察……俺は一体何をムキになっていたんだ!?

 

 ヒュンケルと相対していると、無性にイライラするのは何なんだ?

 

「まさか卑怯だなんて言わねぇよな? イオっ!!」

 

 ヒュンケルの頭上から一方的にイオを連続で唱え続ける。

 

 ヒュンケルは素早いステップで交わしつつ、海波斬でイオを迎撃している。

 

 上から見ていると良く判る……コイツ、速いな。

 これもラーハルトの影響だろうか?

 仲良し二人組で切磋琢磨した結果、ヒュンケルはチートクラスのスピードも身に付けているのか?

 

「でろりんっ落ち着いて! やり過ぎよっ!」

 

 横目でエイミを確認すると、口元をマントで隠している。

 

 気付けばイオの爆発でホコリが舞い上がり、ヒュンケルの姿が確認出来ない。

 

「ちっ……まさか、死んでねぇよな?」

 

 目を凝らしてホコリの中心の様子を伺う。

 

「無論だっ!」

 

 ヒュンケルの声と共に″何か″がホコリの中から真っ直ぐ伸びてくる。

 

「痛っ!?」

 

 身を捩って交わそうとするも避けきれず、右肩を掠めた″何か″は空の彼方へと消えていった。

 

「い、今のは、何!?」

 

「テメぇ……圧縮した暗黒闘気を放ったのか?」

 

 ジンジン痛む右肩を押さえてホコリに向かって叫ぶ。

 

「その通りだっ! 遠距離からの攻撃は貴様等魔法使いだけのモノではないっ」

 

 ホコリの中からドヤ顔のヒュンケルが、無傷な姿を現した。

 

 近距離は剣の腕、中距離はスピード、遠距離は回復不能な闘気砲……コイツ、鎧を装備したらマジで完全無欠になるんじゃないか?

 

「エイミっ、準備は良いか!?」

 

 もう充分だ。

 

 バルトスの名を出した時の反応も見たかったが、これ以上ヒュンケルと単独でやり合うのは危険過ぎる。

 隙をみてエイミのルーラで逃げるとしよう。

 

「えっ、でも……」

 

「女の手を借りるか? ならば、此方は奥の手を使うとしよう……魔法さえ封じ込めれば賢者など物の数にもならんわっ」

 

 エイミが戦闘に参加すると勘違いしたのか、魔剣を鞘に収めたヒュンケルは、その鞘を眼前に垂直に立てて構えを取る。

 

 チャンス到来とはこの事か。

 

「アムドぉ!!」

 

 ″鎧化″の叫びで魔剣の鞘が帯状に伸びて、ヒュンケルの身体に巻き付いて行く。

 

「エイミっ行くぞ!」

 

 呆然とその光景を見詰めるエイミの横に降り立った俺は、撤退を告げる。

 

「アレッて何なの……?」

 

「魔法を弾く鎧だな……良いから今の内に帰るぞ」

 

「え、えぇ……ルーラ!!」

 

 こうして情報を仕入れた俺は、ヒュンケルが鎧化している隙にエイミのルーラでパプニカ城へと逃げ帰るのだった。

 


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