侵攻4日目の夜。
ダイ達との自然な再会を果たす為「勝手知ったる宿でゆっくり休む」を口実に、ロモス城下のいつもの宿をとっている。
口実に使っているが実際、この宿はかなりのグレードを誇る。
広い占有スペースと充分な数のベッド、旨い料理と室内への配膳サービス、鍵付きの個室まで備えているといった、至れり尽くせりの宿屋と言える。
室内は清潔を保たれ、コレでお一人様10Gとか意味が解らなかったりする。
もしや、勇者を名乗る者には、赤字覚悟の大サービスをする暗黙の掟でも有るのだろうか?
宿屋の謎はさておき、ロモス城に程近い二階建ての宿屋となれば此処しかなく、ダイが泊まるとしたらこの宿になるハズだ。
しかしながら出合う正確な日付となると、よく判らないのが悩みの種だ。
確かダイ一行は、最低でも一泊はネイル村で過ごし、それから1日かけてロモスの王宮を目指す……つまり、夜更けにダイが現れるのは早くても明日以降になる計算だ。
と言っても″クロコダインが″原作に準じた行動をとる保証が何処にも無い以上、計算するだけ無駄なのかもしれない。
原作では紋章を輝かせたダイがハドラーを撃退した事で、クロコダインに勇者討伐の命が下ったのだ……ダイが力を見せなかったこの世界では、クロコダインが全く動かなくても不思議じゃないのである。
この世界でも百獣魔団長であるクロコダインは、侵攻初日こそ先頭に立ってロモス城下に攻め寄せたらしいが、二日目以降は姿を見せず、その変わりに二足歩行の牛、所謂″ミノタウルス″と呼ばれるモンスターが先頭に立って暴れているとの情報を得ている。
牛が何なのか気になるところだが、ピンクのワニは原作通りサボり中ということで、ダイ抹殺指令が出ないなら遭遇しない可能性は高く困ったモノである。
いや、下手にクロコダインと遭遇すれば命の保証は出来ないし、会わないならそれはそれで良いこと……なのか?
ふぅ……。
辞めよう。
こんな事を考えてもキリがない……アバンは何故、ダイ達を気にせず修行に打ち込む事が出来たのだろう?
弟子に寄せる信頼の差だろうか?
落ち着かないが、ダイ達を信じて見送ったからには待つしかなく、俺に出来る事はヒュンケルの野郎をぶん殴ってでも、この場に連れてきておく事だ。
出来る事ならダイがあの扉を叩く迄にヒュンケルを説得し、この宿で顔合わせを行う段取りを整えたいのだが……正直、難しい。
ヒュンケルが復讐心で動いていないなら説得の糸口は見えず、戦闘で勝利するのも至難の業だ。
原作において成長途上のダイが勝利を収められたのは、憎まれ口を叩くヒュンケルであったが、心の底に迷いを抱えていたからに他ならない。
そもそも、ヒュンケルに勝利したとしても、それで事態が好転するような話でもないんだよなぁ…。
・・・
よしっ。
説得はアバンに丸投げするとしよう。
「浮かない顔してどうしたの?」
城の見える窓辺の椅子に腰を掛けてグラス片手に考えていると、部屋着を着たマリンが向かいの椅子に座って話しかけてきた。
長い髪を下ろしたマリンは長袖、長ズボン、肌の露出が少ない所謂パジャマといった装いだが、戦闘着をコレにすべきだろう。
「いつも通りだ……浮かない顔で悪かったなっ」
「そうよね……貴方は何時も独りで悩んでいたのよね? 気付いてあげられなくてごめんなさい……」
「ちょっ!? なんでマリンが謝るんだよっ。俺は自分の意思でやってきたんだ……同情も批判も聞きたくねぇよ」
自虐的発言のつもりが″ハッ″したマリンに伏し目がちに謝られ、慌てて取り繕う。
根が真面目過ぎるマリンは、神託を知って以来何かにつけてこんな感じだ。
些細な会話でもどこかきごちなく、悪く言えば腫れ物に触る様な扱いだ。
俺としては扱いはともかく、マリンのこんな顔なんか見たくないんだが、どうしたものか?
「批判だなんてっ……言うわけないじゃない」
「どうだかな?」
良い返しが思い浮かばず短く呟いた俺がグラスを″グイっ″と飲み干すと、気まずい沈黙が流れる。
ずるぼん達は夜の街に繰り出している為に、今現在この広い部屋にはマリンと俺の2人きりだ。
アバンを待たなければ成らない俺が遊びの誘いを断ると、マリンも誘いを断りこの部屋に残る事を選択したのだが……そもそも何故ここにマリンが居るんだ!? って話である。
少し話が前後するが、日中エイミのルーラで地底魔城から逃げ出した俺は、パプニカ城内にある″ルーラの間″と呼ばれる中庭に降り立ち、レオナとアポロの出迎えを受けた。
適当にレオナの探りをはぐらかしてアポロの体調を確認した後は、アルキードへと舞い戻って世界樹防衛戦に参加したのだ。
群がる雑魚を蹴散らしつつ世界樹に″ゴールドラッシュ″を巻き起こした俺は、マリンとの合流を果たしてパプニカの近況を伝えると、一度城に戻る事を提案する。
文句一つ言わず素直に了承したマリンは、ルーラでパプニカへと飛んでいったのだった。
それから日没迄戦い続け魔王軍の撤退を確認した俺は、パーティーを率いてロモスの宿へと場所を移す。
世界樹での出来事を肴に部屋へと運ばれた料理を和気あいあいと食していると″コンコン″とノックの音が響き、
『勇者様に御会いしたいという方をお連れしました』
と宿の親父の声が扉の向こうで聞こえた。
アバンがやって来たと思った俺が軽い気持ちで「通してくれ」と告げた事で扉が開くも、そこに立っていたのは鞄を抱えたマリンだったと言うわけだ。
俺なんかに構わず今晩位はパプニカ城下で過ごせば良いモノを……そうしないのは、俺が″神託の勇者″だからだろう。
レオナに秘密を話したかどうかは定かじゃないが、マリン個人の判断だけでも特別視しかねないのだ。
マリンに特別扱いされるのは辛いところだが、それもこれも騙してきた報いといえる。
世話になってる手前、追い返す訳にもいかず日中の苦労を労い、共に食事を済ませて今に至ると言うわけだが……。
マリンの態度が微妙に固く、2人きりとなった空間はやりにくいモノがある。
・・・ん?
ふ、2人きりっ!?
「ど、どうしたの!?」
″ガタッ″と椅子を引いて立ち上がった俺を見上げるようにマリンが小首を傾げている。
「い、いや……な、なんでもない」
なんでもない訳なんかなく、背中を冷たい汗が流れている。
なんだ? この緊張感はっ!?
これでは超魔ハドラーと向き合う方がいくらかマシである。
今迄もマリンと2人で話した事はあったが、こんな閉鎖的な空間で2人きりとなれば話は違ってくる。
お、落ち着くんだ。
俺は勇者でマリンは賢者……たまたま2人きりになっただけで殊更意識する様な事はないハズだ。
「そう……?」
「あ、あぁ。そ、そんな事より何でパプニカ城下に留まらなかったんだ? あっちはあっちで大変だろ?」
「なんでって……姫様に……いえ、違うわ……貴方が神託を…………これも違うわね……わ、私は、貴方が気になるの! 一緒に居たかったのよ! 悪い!?」
「えっ? ソレッて?」
い、今のは告白と言うものじゃないのか!?
こんな時はどうすれば良い!?
まずいっ。
こんな時の対処法は誰からも習ってないし、前世の知識も全く役に立たない。
とりあえず、ベッドの上に誘って横並びに座るパターン……なのか?
い、いや、落ち着けっでろりん。
この二日間で嫌われていると確認したばかりじゃないか。
これはきっと「神に仕える賢者として神託の勇者を放っておけない」……こんな意味合いで他意は無いハズだ。
うん。
そうだ、そうに違いない。
そうだとしたら訂正しておかないといけないな。
「ま、まぁ、マリンが俺の近くで行動するのは止めないが、俺は神託の勇者じゃないからな?」
座り直し水を一口飲んだ俺は、冷静を装って話し始める。
誤解されがちだが、俺は単に原作を知っているだけの一般人だ。
今日まで必死にやって来たお陰で、かなりの実力を身に付けた自覚はあるが、それでも″俺だけの力″では、ヒュンケル相手じゃ逆立ちしたって勝てないだろう。
「え……? 神託を授かったのって嘘なの……?」
表情の消えたマリンが哀しそうな瞳を向けてくる。
「それは嘘じゃない……但し、俺は神託を授かったダケの人間だ。神託が告げる勇者とは俺の事じゃない……大魔王を倒すのは他の誰かだ」
「それが……ダイ君、なのね?」
僅かに考える素振り見せたダケでマリンは″答″に辿り着いた様だ。
「流石に判るか? まぁ、そう言うことだ……だから俺は″あの時″レオナに襲いかかりダイの本気を引き出そうとしたのさ。解ってると思うが、これも他言無用だぞ?」
「そうだったのね……」
「あぁ……だから、コレから先は俺と一緒に行動してもパプニカの国益に利する事は特に無いぞ?」
「っ!? そんな理由で一緒に居たいんじゃありませんっ!」
「じゃぁ、何だよ?」
「そ、それは……」
″コンコン″
マリンが言葉を詰まらせたところで、ノックの音が室内に響く。
『勇者様に御会いしたいという方をお連れしたのですが……』
扉の向こうで宿屋の親父の声が聞こえるも、何処と無く煮え切らない印象を受ける。
「鍵は開いている……入ってくれ」
「えっ? ちょっと? 今入ってもらうの!?」
「当然だ……俺はこの来客を待ってい、た? って老師!?」
開いた扉に目を向けると、ソコには頭から白い布を被った人物と宿屋の親父が立っていた。
「あの……勇者様……宜しいのでしょうか?」
「ん? あぁ、ありがとう……もし、他にも来客が有れば案内してくれ」
肝心のアバンが来ないし、可能性は薄いがダイが来ないとも限らない。
俺が感謝と頼みを告げると、宿屋の親父はホッとした表情を浮かべ、深々と御辞儀するとソソクサと去っていった。
不審者にしか見えない人物を案内する事に抵抗があったのだろう。
「おや? マリンさんがどうして此処に?」
「なんだぁ!? アンタかよっ! ったく、その格好は何なんだよ……まぁ、お互い無事でなによりだ」
ズッコケそうになるも、室内へ一歩足を踏み入れた不審者改め、アバンの元へ移動した俺は、扉を閉めて握手を求める。
「でろりん君のお話を参考に作ってみたのです。半端に変装するよりも、この方が余程万全と言えます……流石は老師ですね」
いや、怪しさ満点だろ?
「その声……アバン様っ!?」
「ノンノンノン……バッドですよ? その者は死んだことに成っています。私の事はゴースト君とお呼び頂けると助かります」
「パクりじゃねーかっ」
「ま、そうとも言います」
「えっ、と? でろりんとゴースト……様はどんな関係かしら?」
俺とゴースト君を交互に指差したマリンは混乱している。
「あれ? 話してなかったか? この悪ふざけが好きなゴーストは俺の師匠の一人だ」
馬鹿な兄弟子が居るとしか言ってなかったのか?
いかんな……自分でも誰にどんな嘘を付いてきたのか分からなくなっている。
「違いますよ……目的を同じくする同志です」
「ん? そうなるのか? ま、どうでも良い話だ……早速だがヒュンケルについて話そう」
こうして、展開に付いていけない感じで呆気にとられるマリンを尻目に、ヒュンケルの現状をアバンに報告するのだった。
◇◇
「そんな事になってましたか……私は、ヒュンケルの成長を喜ぶべきなんでしょうか? それとも、悔やむべきでしょうか」
俺の報告を聞き終えたアバンが、誰に言うとも無しに呟いている。
白い布を被ったままのアバンの表情を伺い知る事は出来ないが、その心中は察するに余りある。
この世界のヒュンケルは復讐心から抜け出して、しっかりとした理想を持つまでに″成長″していると言えるのだ。
単に属する勢力が魔王軍というだけで、何ら悪いことではない。
勿論、人類国家から見ればヒュンケルの理想は脅威でしかないが、そんな脅威論は既得権益者による保身の為の言い訳とも言えるのだ。
達観しているアバンになら、魔族目線の理想も理解出来るのだろう。
しかし、アバンは人類国家に属する勇者だ。
諸手を上げてヒュンケルの″成長″を喜べない、といったところだろうか。
だが、俺にそんな事は関係ねぇ。
ヒュンケルを味方にしてダイのフォローに回らせる……全ては、大魔王を倒す、ただソレだけの為に。
「こうなっちまったのは悔やんだって仕方ねーよ。大事なのはヒュンケルをどうするか、だろ? 俺はお手上げだから、アンタはコレからどうやってヒュンケルを″更正″させるか考えるべきだ」
こうなったのは俺のせいかも知れないが、何をすれば誰がどうなって、アレがこうなる……なんて事は俺にはサッパリ判らない。
俺に出来るのは目の前の問題を一つ一つ片付けていく事だけで、原作知識を活かしきれていると言えないのが、何とも情けなかったりする。
「でろりん君……あなたという人は……。そうですね、何とか考えてみましょう」
よしっ。
コレで説得は大丈夫だ。
後は、どうやってヒュンケルと闘うか、だな。
闘わずに済むならそれに越したことは無い……しかし、如何にアバンでも口先だけであのヒュンケルの心は動かせまい。
力なき正義は無力。
ヒュンケルと大魔王……二人の理想を打ち砕けるだけの力がある事を見せる必要があるのだ。
厳しい闘いになると予想されるが、甲羅の盾の修復さえ済めば時間稼ぎ位は俺にだって出来る。
「私に出来ることは?」
黙って聞いていたマリンが協力を申し出てくれる。
一切の疑念を挟まず何の口答えもしないのは、俺達が勇者だからだろうか?
俺は昨日と何も変わっていないのに、肩書き効果は思ったよりも凄いのかもしれない。
「世界樹を護ってくれ……それと、死なないでくれれば十分だ」
「はいっ」
マリンは力強く頷いた。
それから、地底魔城への突入方法を打ち合わせた俺達は、帰ってきた酔っ払い連中を寝かしつけると、明日に備えて眠りに就くのであった。