一夜明け、午前中で戦闘準備を整え説得迄の流れを打合せた俺と″エイミ″は地底魔城の迷宮に突入している。
後ろから黙々と付いてくるエイミは″モシャス″で化けたゴースト君なので、厳密に言うならアバンとやって来た、となる。
ダメージで変身が解けるこの世界のモシャスの性質上、時折現れる雑魚の全てを蹴散らすのは俺の役割の一つだ。
その俺の背では黄金の甲羅がレミーラの光を反射させて輝きを放っている。
切り札として隠しておきたくもあったが、ヒュンケルは手の内を隠してやり合える相手でもない。
午前中に訪ねたロン・ベルクから″鎧化″しても大丈夫、とのお墨付きと、装備をブッ壊した小言を貰っているし、これで上手くいかなければお手上げだ。
ロン・ベルクはとある目的の為に鍛冶屋をしているが、それでも自身が造った武具には誇りがあるらしく、何処の誰とも知れない相手に武具を壊された事で大層ご立腹だった。
甲羅を破損させた事は、
『冷気と炎を連続で受ける馬鹿がどこにいる!? 最高の盾も使い手がこれではな』
と罵られ、籠手の破損については、
『左右一対の籠手をバラバラに装備する馬鹿がいるとはなっ!?』
と呆れられ、先日渡した″氷炎の刃″ついても、
『こんな子供騙しを俺に造れと云うのか!?』
と、ぶちギレられた。
こんな感じのロンの口撃で、ヒュンケルと闘う前から俺のHPは危うく0になりかけた。
何とかロン・ベルクの精神攻撃に耐えた俺は、
『俺は弱いからアンタの作品で強くなる……それが良いんだろ? 元々強い奴に武器を渡してソイツが最強に成ればアンタは満足するのかよ?』
と、原作知識を活かした大魔王への武具献上を連想させる言葉で、ロンの歓心を買う事に成功する。
気を良くしたロンに籠手の修復を依頼して、比較的本気で打った剣を受け取った俺の装備は、
E 勇者服
E 甲羅の盾
E ロンの剣×2
となっている。
因みに、コスプレ勇者服はずるぼんの夜なべによって新調されている。
ずるぼん曰く、
『勇者なんだから小綺麗にしなさい、見た目は大事よ!』
と毎度お馴染みの台詞だが、素材にパプニカの布が使われている辺り、防御力も考えて作ってくれたのだろう。
有難い事だ。
ロンとずるぼんの助けを借りて装備を整えた俺は、暗黒闘気によるダメージの回復待ちの間、ゴースト君と念入りに打合せた。
昼を迎える頃には肩の鈍い痛みが消えて、回復呪文の効果が発揮される。
アポロから聞いていた通り、暗黒闘気による回復不能状態からは、丸一日も有れば脱け出せるとみて良いだろう。
魔王軍との戦いは1日で終わる類いのモノでもないし、暗黒闘気によるダメージを負った場合は、無理をせずに撤退するのも選択肢の一つになる。
しかし、本日のミッションは、知られてはいけない情報……アバンの生存も明かす都合上、失敗も撤退も許されない難度の高いモノとなっている。
その肝心のミッション内容だが、詳細は知らされていない。
ゴースト君の立てた計画によると、俺が自分の想いのままにヒュンケルと向き合い、話し、闘う事が重要らしい。
そうすることでヒュンケルの説得に活路が見出だせるそうだが、何の事やらサッパリ判らない。
俺がヒュンケルと話しても喧嘩腰にしか成らないと思うのだか、それでも良いそうだ。
ゴースト君が白い布の下で何を考えているのか定かでないが、ヒュンケルに関する俺の主観も交えた報告を、一字一句漏らさず何度も聞いた上での判断なら従うまでだ。
人に任せると決めた以上は任せる……それが丸投げ作戦のキモになる。
こんな事を考えながら迷宮を黙々と歩き続け、その道中で″魂の貝殻″の回収を行い闘技場へと繋がる通路を目指すも、明らかにモンスターの数が少ない。
闘技場へと誘い込む様な配置でも無いし、何か企んでいるのだろうか?
「この先だ」
一抹の不安を感じたまま闘技場に繋がる通路へと辿り着く。
振り返って″エイミ″に告げると、黙ってコクリと頷いている。
言葉を口にしてもエイミの声に聞こえるが、中身はアバン……大勇者が女言葉で話すのは何となく嫌なので黙って貰っている。
光の差し込む出口へ進むにつれて、多くの気配が感じ取れる。
やはり、罠か?
だが、策さえ決まれば何が待ち構えていようとも恐れる事は何もない。
俺とエイミは歩みを止めることなく通路を進む。
「待っていたぞっ!! よくも再び姿を現せたモノだな!? その豪胆さダケは褒めてやる!」
闘技場に足を踏み入れると、言葉通り待ち兼ねた様子のヒュンケルが、闘技場の中央で腕を組んで待っていた。
おーおー。
完全武装の為に表情は判らないが怒ってる、怒ってる。
しかも、観客席には大量のモンスターを配置済みときたもんだ。
まさか、雑魚をけしかけるつもりなのか?
「それが自慢の鎧か?」
軽口を叩きながらヒュンケルに近寄り、一定距離を保って立ち止まる。
ヒュンケルと正面で向き合った俺は、視線を動かし油断なくチラチラと観客席を確認していく。
「如何にもっ! この鎧こそが大魔王から授かった最強の鎧だ!!」
「へー。スゴいなー」
ヒュンケルの自慢にならない自慢を軽く流しつつ観客席を探る。
パッと見た限り観客席に居るモンスターの大半は骸骨剣士やミイラ男……異彩を放つのは正面最上段からコチラを見下ろす、髪を逆立てたロープ姿の骨魔道師位か?
「貴様っ、ふざけているのか!?」
「待って、話を聞いて頂戴!」
怒れるヒュンケルの元へと″エイミ″が駆け寄る。
「昨日の女か? 貴様は、一体なに、をっ!?」
『ルーラ!』
女に手を出さない弱点を持つヒュンケルに抱き付いた″エイミ″が、ルーラで彼方に飛んで行く。
「よしっ」
ここまでは俺も知る計画通り。
これ程上手く決まったのは、本物のエイミが空気を読まない言動を繰り返してくれたお陰だろう。
次に会う機会が有ればお礼でも言うとしよう。
「ふ、ふ、ふ……正義の味方がそう来よるか」
骨の漏らした呟きがここまで響く。
「生憎だが、俺は正義の味方じゃないんでな? ま、不死騎団は今日で終わりだ!」
「ふ、ふ、ふ……それは、どうかな? あの男など居なくとも不死騎団の不滅に変わりは無い……時に貴様、二人を追わずとも良いのか?」
焦りの色を浮かべない骨野郎は、俺達の作戦を見抜いているかの様だ。
てか、コイツ誰だよ?
「・・・ふんっ! テメェこそ団長様を追わなくて良いのか? トンだ不忠者だな?」
黙って視線を送り続けたが、こんな奴は俺の記憶の何処にもない。
「ふ、ふ、ふ……我等が従うはガルヴァス様のみよ」
「あん? またガルヴァスかよ……誰だか知らねーが邪魔をするなら、いずれソイツも倒してやるぜ」
ガルヴァスの事も気になるが今は″エイミ″を追うのが先決だ。
骨野郎に啖呵を切った俺は、返事を待たずにキメラの翼を天に投げ、決戦の地デルムリン島へと飛ぶのだった。
◇◇◇
「貴様っ…舐めた真似をっ!? 正体を見せろっ!」
俺がデルムリン島に到着すると、ヒュンケルは剣を冑に収めたまま首を振るって攻撃を仕掛けている。
密着したせいか、早くもエイミがエイミじゃないと気付いている様だ。
ヒュンケルが歌舞伎役者の様に首を振るうと、エイミに向かって額の剣が伸びていく。
どう見ても伸び過ぎだがロン・ベルク脅威の技術力の前に不可能はない。
″エイミ″は華麗なステップを使って交わしていたが、横凪ぎの攻撃が迫ると手にした剣で魔剣の一撃を受け止めた。
その瞬間、″ポワン″と煙を上げて正体を晒すことになる。
と言っても、姿を現すのはゴースト君だ。
「貴様等っ!? 何処までもふざけた真似をっ」
正体を暴かれたゴースト君は、到着した俺と合流すべくコミカルな動きでドタドタと後退する。
「はぁ? ふざけてんのはテメェだろうがっ! 魔王軍なんかに本気で力を貸してんじゃねぇっ……草場の陰でバルトスも泣いてるだろうぜっ!!」
ゴースト君を庇うように前に出た俺は、ヒュンケルの説得を開始する。
ゴースト君が自ら白い布を脱ぎ去る迄が俺の役割だと事前の打合せで決まっているのだ。
「なにっ!? その名を何処で聞いた? ・・・さては、アバンか!?」
「アバンは人の秘密をペラペラ喋る男じゃない……コイツを聴いてみなっ!」
甲羅に仕舞った″魂の貝殻″を取り出した俺は、ヒュンケルに向けて下手でゆっくり投げ渡す。
「これはっ……!?」
「死に行く者の最後の言葉を記録するアイテムだ……地底魔城で偶然見つけた」
この魂の貝殻には、ヒュンケルの養父である地獄の騎士バルトスの最後の言葉が籠められている。
原作でのヒュンケルは、養父であるバルトスが正義の為に殺されたと勘違いしており、それが原因で正義そのモノを憎むに至っていた。
「最後の……?」
「攻撃しないでやるから聞いてみろよ?」
手元の貝殻と俺の顔を何度か見たヒュンケルは、額から剣を取ると地面に突き刺し冑を脱いで貝殻を耳に当てた。
このヒュンケルがバルトス遺言……幼き自分の身に起こった悲劇の真実を聞いた位で考えを変えるとも思えないが、万が一という事もある。
何より、親の遺言を伝えてやるのは世の情けってもんだ。
「父さん……」
瞳を閉じてバルトスの遺言に聞き入るヒュンケルが呟いている……コイツが単なる敵なら必殺の一撃をぶち込む大チャンスなんだが実に惜しい。
俺が卑怯な事を考えている間も、静かに時は流れゆく。
と言うのも、ヒュンケルの放つ闘気に恐れをなしているのか、島の住人が全く寄ってこないのだ。
少しでもマホカトールの影響が有るかと淡い期待も寄せていたが、期待外れに終わったらしい。
まぁ、良い。
決戦の地にデルムリン島を選んだ最大の理由は監視を巻くためだ。
今のところ、こちらは上手くいっている。
「そうであったか……やはりアバンは」
遺言を聞き終えたのか、呟くヒュンケルは胸元で魂の貝殻をグッと握り締めている。
「そういう事だ! アバンは全てを知りながらお前を弟子にしたんだ! それを聞いてもまだ魔王軍に居よう、って・・・やはり、だと?」
「父の最期はハドラーより聞かされておる……父の命を奪ったのは″魔王ハドラー″だった、とな」
「はぁ!? だったら何で!?」
「解らぬか? 父の仕えた男は時を重ね、自らの死期を悟り立派な武人へと成長したのだ……先程の貴様の問いに答えてやろう! 父ならば草場の陰で喜んでおるわ!」
「っ!? それはハドラーの事だろうがっ! お前が魔王軍の一員として罪無き人々を殺める事を喜ぶハズはねぇ!」
「フ、人の世に育った貴様に父の何が判る? 言ったハズだ……死を嫌うなら争わず大魔王に従えば良いのだ。俺は……罪無き者に悲劇が訪れる事のない世を築く為、武人として闘うのだ!」
「矛盾してんだよっ! その過程で産まれる悲劇はどうする!? テメェ、知ってんのか? パプニカの姫さんはホンの子供だ! その子供の親を奪い、戦地に立たせるのがお前のやろうとしている事の中身だ!!」
「・・・」
俺の叫びにヒュンケルは瞳を閉じて考える素振りをみせる。
しかし、ダメだろう。
ヒュンケルの面を拝んでいるとイライラは収まらないし、それを隠したこんな口先だけの説得では、きっとコイツは改心しない。
そもそも俺は、コイツや大魔王が悪いと思っていないのである。
そんな俺の説得が心に響く道理はない。
正義なんてモノは立ち位置で変わり、魔族の側に立って考えれば、大魔王が偉大な支配者で有ることに疑いを挟む余地はない。
大魔王が悪なのはあくまでも人間と、それを依怙贔屓する神の都合に過ぎないのだ。
「……無論、承知の上だ。悲劇を産み出す俺の行いは悪であろう……だがっ、人間と魔族! 二つの種族に隔たりがある限り悲劇は永久に無くならんのだ! 悲劇の無い世の為なら、俺は悪そのもので構わん!!」
案の定、ヒュンケルは持論を持って堂々と反論してきた……コイツが罪を覚悟で行動しているなら、俺には言葉で改心させる術がない。
チラリとゴースト君に助けを求める視線を送る。
しかし、ゴースト君はフワフワと跳び跳ねている!
「ちっ・・・そうかよっ! だったら力ずくでも止めてやるよっ! テメェも、大魔王もなっ!」
魔法力を身に纏った俺は、戦闘体制を整えていく。
「クククっ……ハァーハッハッハっ!!」
突然、大口開けたヒュンケルがバカ笑いを始めた。
「あん? 何がおかしい?」
「コレが笑わずにいられるモノか。貴様程度の力量では大魔王はおろか俺にさえ通用せん!」
「んなもん、ヤってみなくちゃ判らねぇだろがっ!」
「判るさ……貴様の力量は既に見切った。剣も魔法も高いレベルで操る貴様は勇者と呼べるだけの力はある……しかし、それだけだ。人間の勇者では魔王軍は倒せんのだ……悪い事は言わぬ、我が剣の錆になる前に貴様も魔王軍に入れ!」
「ふんっ……確かに剣の腕はテメェが上だ。それは認めてやる……だがっ!!」
甲羅を外し天に翳す。
「装備の性能差で俺の勝ちだ! アムドぉ!!」
ブラフを吐いた俺は、装着中に攻撃されない事を願いつつ、黄金の鎧をその身に纏うのだった。