″スーパーゴーストアタック″
大層な言い方をしているが、要はアバンと二人で行うアバンストラッシュ・クロスの事だったりする。
飛ぶ斬撃が敵に当たる瞬間、交差するように攻撃を重ねる事で何倍もの威力を産み出すストラッシュ・クロスは、敵の動きを見極めた上で非常にシビアなタイミングを要求される難度の高い必殺技だ。
本来なら俺の撃てるような必殺技では無いが、二人でやるとなれば話は違ってくる。
遠距離からアバンがアロータイプのストラッシュを放ち、そこに俺がブレイクタイプのストラッシュモドキを合わせれば、脅威の必殺技の完成となるのだ。
例え失敗したとしても、クロスがアローとブレイクの連続攻撃に変わるだけなので、試して損をする事はないだろう。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たるのだ。
アバンにどんな思惑があって俺の好きにさせているのか定かじゃないが、布を脱ぎ捨て正体を見せないならば、俺なりにやれるだけの事をやるだけだ。
「どうした? 来ないのか?」
余裕寂々、小バカにしたような態度のヒュンケルが手招きしてくる。
何処までもイケ好かない野郎だ。
確かに、ヒュンケルは強い。
コイツと竜魔人バランが組めば、老バーンなら倒せるんじゃないのか? と、淡い期待をしてしまう程に強いのだ。
強いからこそ、大魔王に頭を垂れる道を選んだコイツには腹も立つし、疑問も生じる。
しかし、そんな俺の苛立ちや疑問は、大魔王討伐の目的とコイツの有用性の前では些細な事だろう。
今日、コイツを寝返らす事が出来たなら、俺の長生き確率は″ぐっ″と高まるハズだ。
左手で剣を構えてヒュンケルを見据えつつ、もう一本の剣を右手で腰の裏にセットする。
コレで俺の準備は完了。
ヒュンケルの周囲を慎重に歩いて攻撃の隙を探る。
鎧の性能で軽く成っているハズなのに空気が重い……こうしている間にも俺の魔法力は消耗している。
嫌な雰囲気の中、一周、二周と周回を重ねていくも、ヒュンケルの隙はまるで見当たらない。
まぁ、隙が無いなら作るのみ。
「ゴースト・あたっく!」
探り合いが三周目に突入したその時、声色を変えたアバンことゴースト君が、俺の背後からストラッシュアローを放つ。
左に軽くステップを踏んで射線軸を確保した俺は、ヒュンケルに向かって飛んでゆく斬撃を見送った。
「これはっ!?」
僅な戸惑いを見せたヒュンケルが、暗黒闘気を纏わせた魔剣を振るって斬撃を掻き消した。
やはり、そうくるか。
実力に裏打ちされた自信からか、コイツは基本的に攻撃を仕掛けて来なければ、攻撃を避けようともしないんだ。
だが、これでタイミングと動きを見る事は出来た……尊大とも言えるその自信の隙を突いてやる。
俺達が動き回って打ち合おうとも、観察を重ねたアバンならば同じ速度、同じ威力の斬撃を、同じ距離から放つことは可能なんだ。
「今の太刀筋はアバンストラッシュ!? 貴様っ、何者だ!」
「余所見してんじゃねぇ! テメェの相手は俺だ!」
チート鎧の恩恵による速さを活かして突っ込んだ俺は、ゴースト君に視線を向けるヒュンケルの背後に回り込んで剣を振り上げた。
「貴様の動きは既に見切った……俺の敵ではない!」
俺が振り下ろすよりも早く、裏拳の様なヒュンケルの横凪ぎの剣が迫る。
″キィンっ!!″
万全の体制で振り下ろした俺の剣が、万全と言えない体制のヒュンケルの剣に受け止められた。
「はんっ! 強い奴が勝つとは限らねぇんだよ!」
軽口を叩いて打ち合いに持ち込むも、剣がぶつかる度に衝撃が走る。
どうやらヒュンケルは、力主体のごり押しに切り替えてきているらしい。
俺が軽く成っているのを差し引いても、コイツの力は強すぎる。
鎧のおかげで速さに勝るのに、剣撃を重ねる度にバランスを保てなくなり速さを活かしきれなくなる。
くそっ……このままじゃ、殺られる。
「ゴースト・あたっく!」
焦りを覚えたその時、背後からゴースト君の声が届いた。
軽くステップを踏んで左に跳ぶと、右下がりの斬撃が通り過ぎてゆく。
「今だっ!!」
素早く剣を逆手に持ち代えた俺は、斬撃を追いかける様に大地を蹴った。
「無駄だっ!」
ゴースト君による飛ぶ斬撃は掻き消され、俺のブレイクモドキは手のひらで受け止められた。
闘魔最終掌でも使っているのか、黒い影を纏わせた拳にヒュンケルが力を籠めるた瞬間、″ピキッ″と音を立て剣にヒビが走る。
「このっ……イケメンチート野郎めっ!」
罵りながら、押したり引いたり剣を握る手に力を籠めるもビクともしない。
なんだコイツ?
力と速さと技に加え闘気による強化、更には不死身の耐久力まで併せ持つであろうヒュンケルは、チートとしか言いようがない。
これだけ強けりゃ大魔王の寝首をかけそうなモノを……どうしてコイツは黙って大魔王に従うんだ?
これも歴史の修正力とやらの影響なのか?
まぁ、いいさ……。
押して駄目なら引いてみなっ、引いて駄目なら諦める!!
とにかく、このチート野郎はぶっ飛ばしてやる!
「無駄な足掻きを……むんっ」
ヒュンケルの気合いと共に″パキン″と剣が折れ飛んだ。
しかし、俺はそれよりも早く剣を手離し次の行動に移っている。
「隙有りっ! 武神流・土竜昇破拳!!」
両手の自由を得た俺はヒュンケルの足元に武神流の奥義を放つ。
「何っ!?」
衝撃が土竜の様に大地を走り、ヒュンケルの足元から顔を出す。
「いくぞ! ゴースト君!!」
「ゴースト・あたっく!」
待ち構えていたのか俺が呼び掛けるとほぼ同時に、三度目となるストラッシュアローが放たれる。
タイミングは二回計った……オマケにイケメン野郎は突き上げる衝撃に囚われ行動不能だ。
三度目の正直。
これで決まらなきゃ打つ手は無い。
「喰らえっ! スーパーゴーストアタック!!」
腰の裏に差した剣を引き抜き、そのまま一気に振り抜いた。
強制的に宙に浮かされ身動き取れないヒュンケルの胸の辺りで、俺とゴースト君のストラッシュが『X』状に交差する。
「うおおぉぉぉ!?」
為す術なくスーパーゴーストアタックの直撃を受けたヒュンケルが、驚きの叫びを上げて鎧の欠片を飛び散らせながら吹き飛んでゆく。
「よしっ、ドンピシャ! ザマァみやがれ! 一人一人はテメェに劣っても力を合わせりゃコレくらい出来るんだ! ハッハッハ、……は?」
ん? アバンが俺にやらせたかったのは、これか?
力の劣る俺が、小細工を積み重ねる事でヒュンケルに一矢報いる……それはつまり、力の強いヒュンケルに″誰かと力を合わせれば、大魔王に一矢報いる事も可能である″と気付かせる事に繋がる。
そうだとしたら、アバンも人が悪い……それならそうと言ってくれれば良いものを。
「しかし、これは少々やり過ぎたのではありませんか?」
勝利の高笑いを上げていると、ゴースト君がいつの間にか俺の背後で佇んでいた。
ゴースト君は額の辺りに手を当てて、大の字で天を見上げるヒュンケルを心配そうに見ている。
「大丈夫だって。こんな程度でくたばるならチートじゃねぇよ。鎧は砕けても本人はピンピンしてるハズだ……ま、これでコイツもアンタの思惑通り、力を合わせる事で得られる強さを学んだハズだ・・・鎧化解除(アーマーセパレート)」
ベホマ分を残して魔法力のほぼ全てを使い果たした俺は、仮面を取ると鎧化を解除する。
鎧から帯状に伸びた金属が、手元の仮面に集まると″カッ″と光が放たれ、甲羅の盾が形成された。
仕組みはサッパリ判らないが、ロン・ベルク恐るべし。
「おや? 流石でろりん君ですね。私の狙いに気付いていましたか」
「気付いたのは、ついさっきだけどな?」
「そうでしたか……ところで、チートなる言葉が何処の言葉か存じませんが、″反則的″といったニュアンスで宜しいのでしょうか?」
迂闊に前世の言葉を使いすぎたらしい。
原作で描かれた出来事は可能な限りアバンに告げているが、俺の前世に関する事は言っていない。
見た目はこの世界の住人と変わらない俺だが、中身は違う世界で育った影響が色濃く残されている。
バランやダイは人間じゃない。
しかし、この世界の理で産み出されている、この世界の住人だ。
モンスターや魔族もそうだ。
それに比べて、この世界の理から外れた知識を産まれ持った俺は、一体何なんだ? ・・・最近、そう思わなくもない。
必死に闘い抜いて、生き延びて……果たして、人とは違う俺が天寿を全うする暮らしを掴めるのだろうか?
……まぁ、こんな事は大魔王を倒した後の話だな。
獲らぬ狸のなんとやら、今は目の前で寝そべるヒュンケルを何とかすべきだ。
「ん? あぁ、反則で問題ない……って!? 起きるの早くね?」
少し間を置いてゴースト君の問いに答えると、チート野郎が″ムクリ″と起き上がった。
物思いにふけったが、1分も経ってないぞっ!?
いくらなんでも早すぎる……まさか、コイツ……ノーダメージなのか!?
「よもや、これ程の真似が出来ようとはな……クロスか……交差させる事によって通常を越えるエネルギーを産みだしたとでもいうのか……」
上半身裸に冑スタイルとなったヒュンケルが隠そうともしない怒気を放つと、全身から暗黒闘気が立ち昇る。
「ちょっ、待てよ! 何をムキになってんだ!? こんなのレクチャーだっレクチャー!!」
左手に構えた盾で半身を隠しつつ、右手で″待った″をかけて後退る。
やべぇ……魔法力の尽きかけた今、コイツと殺り合えば確実に死ねる。
俺の″待った″が通じたのか、冑に剣を収めたヒュンケルは眼前で腕を交差させて立ち止まった。
って、これは!?
「問答無用! くらえっ、ブラッディ・クルス!!」
怒れるヒュンケルが両手を拡げた瞬間、辺り一面に闇が広がり、俺は衝撃と共に宙へと弾け飛ぶ。
飛びそうな意識を″ドスン″と大地に叩きつけられた衝撃で何とか繋ぎ止める事に成功する。
なんだこれ?
″溜め″がほとんど無いとかチート過ぎんだろ?
いや、″溜め″が無かったから俺達は生きていられるのか?
大地に産まれた十字の亀裂の向こうで、両手を突いてゴースト君も起き上がろうとしている。
「て、テメェっ、汚ねぇぞ!」
ゴースト君に先んじて起き上がった俺は、ヒュンケルを意味もなく罵り注意を引こうと試みる。
暗黒闘気によるダメージを喰らった以上、もう闘えない……あとは、正体を現したアバンの口先に賭けるしかない。
「ほぅ? 死にきれなんだか? 今、楽にしてやる……闘魔傀儡掌!」
近付くヒュンケルの手から糸状に伸びた暗黒闘気が俺の手足に絡まると、身体の自由を奪われた。
と言っても指先なんかは自由に動く……動かないのは手足であって、手首足首を掴まれ力で無理矢理動かされている感じだ。
神経に作用する様な技ではないらしい……コレは収穫だ。
魔法力さえ有れば指先から呪文を放って攻撃が出来そうだ。
とりあえず、これから来るであろう″あの攻撃″に備えて、甲羅の盾を離さない様にしっかり握るとしよう。
「汚いだと? 多数で襲い掛かる貴様がよくも言えたモノだ!」
「はぁ? 多勢に無勢が駄目って法律が何処にある? 一人で勝てなきゃ二人、二人で勝てなきゃ三人だ。それでも勝てなきゃ十人でも百人でも用意してやるぜ! 卑怯だろうがなんだろうが、要は勝てば良いんだ! 世の中、勝った奴が正義になるんだ!!」
「ふっ……そんなザマでよく吠える。貴様、置かれた状況を理解していないようだな?」
俺の身体の自由を奪い勝利を確信したのか、冑を脱ぎ捨てたヒュンケルが口角を上げて語り始めた。
チャンス到来とはこの事か。
ゴースト君さえ起き上がれば闘魔傀儡掌なんか恐くもなんともない。
時間稼ぎに走るとしよう。
「あんっ? 理解してないのはテメェだろうが! 大魔王に手を貸してどうする!? それでテメェの望む世界が本気で得られると思ってんなら、救いようの無い馬鹿野郎だぜっ」
「なんだとっ!?」
「大魔王にとって人間なんざ地上に巣くうただのゴミ……統治して導いてやる義務も無ければ、滅ぼす事になんの躊躇いもない。それくらいお前も解ってんじゃねぇのか?」
「だ、黙れっ!」
お?
適当にほざいてみたらヒュンケルが予想以上に動揺している。
「黙らねーよ。お前がもし、悲劇の無い平和な世界を本気で望むなら、その世界に一番必要無いのは、″力こそ正義″と謳う大魔王だ!!」
「黙れぇっ!!」
「良いかっ! 力によって抑圧された平和は、見せかけの平穏であって平和じゃねぇんだっ、俺はそんな世界で生きるのは御免だぜっ!」
「黙らんかぁっ!! ブラッディ・スクライドぉ!!」