クロコダインの敗北を告げる断末魔の叫びがロモス中に響き渡り、人も獣も驚き戸惑い、訪れる一瞬の静寂。
その直後、戦意を失った魔獣の軍団が遁走を開始する。
『逃げるヤツも殺すんだ!』
誰よりも早く叫んだ俺の声は、続いて巻き起こった勝利に湧く歓声で虚しくかき消され、兵士達は武器を手放し互いに抱き合い喜びを爆発させた。
ダメだな……。
こんな雰囲気の中での虐殺行動は流石の俺でも無理だ……いや、雰囲気以前に無双出来るだけの魔法力も聖水も残っていない。
追撃を諦めた俺は勝利の輪には加わらず、光の中心にそびえ立つ南門の上で腰を下ろして魔法力の回復を計り、思案にふける。
この状況を原作に照らして考えれば、ロモスの戦いは人間側の勝利に終わったと見ていいだろう。
しかし、原作に無かったイレギュラーな百獣将軍の存在が、素直に勝ったと思わせてくれない。
獣王と比べれば小規模な軍団ながらも、連日の様に攻め寄せていた将軍が今日に限って現れないのは明らかにおかしい。
息を潜めて攻める機を伺っているのかも知れないし、単に獣王と反りが合わず共同戦線を張る気が無いだけかも知れず、もしかしたらロモスに居ない可能性や、既に倒されている可能性だってゼロではない。
ごちゃごちゃ考えてみたが、要するに先の展開が分からないのだ。
普通ならば当たり前の事だが、原作知識に頼ってきた俺には暗闇の中、光を灯さず歩くかの様だ。
暫く待つべきか?
だが、何時まで待てば良い?
将軍の現れる保証が無ければ、現れない保証もないのである。
何故か破邪の結界を素通りするモンスターを眼下に収めながら、答えの出ない問答を繰り返し、時間だけがゆっくりと流れるのだった。
◇
逃げるモンスターの群が途切れたら引き上げる。
自分ルールを定めて待つ事数十分、モンスターの群が漸くマバラになった頃、
『モォォォゥ……!!』
獣王の雄叫びに勝るとも劣らない鳴き声がロモス中に響き渡る。
「きたかっ!」
「ひぃっ……ザ、ザングレイ!?」
「そんなっ!? モンスターは百獣将軍が倒れたから逃げ出したんじゃないのかっ!?」
「も、モンスターも引き返して来たぞぉ!?」
待ちわびた俺は喜び勇んで立ち上がったが、勝利の余韻に沸いていた兵士達は、闘いの恐怖に引き戻され軽い混乱状態に陥った。
俺とは違い肩の力を抜いていた処に覚悟も無いまま強制的な二回戦……パニクるのは無理もない。
寧ろ、兵士達の戦意を挫くイヤらしいタイミングで仕掛けてきたザングレイを誉めるべきか。
おまけに鳴き声は南じゃなくて東から聞こえた。
マホカトールに護られた南の門を避けての効果的なタイミングでの侵攻……ザングレイは猪突猛進タイプと考えていたが違うのかもしれない。
それとも優秀なブレーンが控えているのか?
まぁ、東に行ってみりゃ判る事だな。
残り魔法力は心許ないが裂光拳さえ決まれば俺の勝ちだ……相手は生物であるミノタウルス、何ら恐れる事はない。
とりあえず、兵士に檄、それから東だな。
「イオラァ、ビビってんじゃねぇ! ザングレイは俺が殺す!! お前等は魔方陣と城壁を利用して闘ってろ! 正気に戻ったモンスターは魔方陣に絶対入れんっ」
門の上から飛び降り様にイオラを放った俺は、兵士達に向けて何の根拠もない檄を飛ばす。
俺は魔方陣が破られない理屈を知らない、ってかモンスターに素通りされたし、邪気とは何なのか判らなくなった。
そんな疑問をおくびにも出さず兵士達を煽って戦闘に駆り出す。
「ゆ、勇者さま……」
「良いか? お前等の背後には街がある、人がいる! 自分こそが最後の砦、そう心得て絶対に退くな! 死んでも護りきれ!!」
その結果、兵士が死んでも構わない……言葉には出来ないが俺の檄はこういう意味だ。
全く……酷い話だな。
「はっ! この地は我等にお任せ下さい! 勇者様も御武運を!!」
何も知らない兵士達は、手近に転がる武器を手に取って敬礼している。
「はんっ……俺の心配は無用だっ・・・アムドぉ!!」
迅速に移動すべく甲羅の盾を頭上に掲げて、黄金の鎧を身に纏う。
「おぉ……その御姿は」
「お、黄金の勇者だ!」
「カッケェ……」
見た目にも拘るロン・ベルクの完璧な作品だが、殺し合いに格好良さは関係無いぞ。
「ふんっ……俺とお前等じゃ備えが違うんだよ! お前等は地道に弓矢でも撃ってるんだなっ! さぁって……血が、たぎってきたぜぇ!!」
伸ばしたブラックロッドを横に構えて右手を突き出した俺は、当たるを幸いにモンスターを弾き飛ばして南に向かい、それから城壁に沿って東を目指して駆け出すのだった。
◇◇
堀として利用される小川と丸太の柵を左に見ながらひた走る。
あれほど立派だった城壁は東に向かうに連れて低くなり、小川の出現で柵へと変わった。
城塞都市と呼ばれるリンガイアと違い、城下町の全てを囲っていないのは国力の差か? それとも、その地に住まう人柄の差だろうか?
まぁ、空を飛ぶモンスターが居る限り、城壁自体に大した意味がないと言えば意味がない。
そんな事を考えながら走り続けていると、喚声が聞こえて来た。
「アーマーセパレートっ」
木陰に隠れて立ち止まった俺は、鎧化を解除する。
適材適所は道具にも通ずる……此所まで来れば魔法力を消耗し続けるチート鎧に用はないのだ。
「ふぅ……思ったよりも時間を喰ったな……状況はどうなってる?」
最後の一本となった魔法の聖水を飲み干した俺は、木陰からチラリと顔を覗かせて東門の様子を伺う。
木で造られた門と高さの足りない板の壁、白い煙が所々で上がっている。
そこかしこでモンスターと闘う名も無き兵士達と、赤い液体を流し地に伏せる者達。
そして、一際目を引く黄色を基調に白で縁取られた全身鎧を身に付ける頭一つデカいモンスター……アイツが噂の百獣将軍ザングレイなら、少しマズそうだ。
それを遠巻きに囲む兵士と、正面で冷や汗を浮かべるマァム。
「って、なんでマァムが!?」
俺の最高速度で到着したのがたった今だ……元から東で闘っていたのか?
だとしたら大した戦術眼だ。
って感心してる場合じゃないっ。
マァムが居るなら……ポップは何処だ!?
首をキョロキョロさせては、慎重に戦場へと近付いて行く。
……居たっ!
ザングレイの大きな脚に踏みつけられたポップが窮地に陥っている。
「野郎っ……!」
何処の牛の骨とも知れねぇヤツが、ポップを足蹴にしてんじゃねぇぞ!
魔力を纏い飛び掛かろうとしたその時、
『邪なる威力よ退け! マホカトール!!』
なにっ!?
ザングレイに踏み付けられながらポップがマホカトールを唱えた!
淡い小さな光の柱が出現したかと思うと小型のドーム状へと姿を変える。
「こ、これは一体どうした事じゃ?」
その中では鳩が豆鉄砲を喰らった様な鬼面道士、ブラスの姿がある。
「ナニィ!?」
正気に戻ったブラスの元へ駆け寄るザングレイ。
ブラスに掴み掛かろうと腕を伸ばすも、結界に阻まれ″バチっ″と音を鳴らして手を引いた。
これは……原作に有ったあのシーンか?
原作では、勝利に目が眩んだクロコダインがザボエラの甘言に乗り、ダイの育ての親であるブラスを利用して闘いを挑んだのだ。
結果、ポップのマホカトールでブラスは正気を取り戻し、神の涙で回復した怒りに燃えるダイの手でクロコダインは倒される事となるのだが……。
闘う相手と場所は違うが、似ていると言えば似ている……これも歴史の修正力とやらの仕業なのか?
「小僧! 舐めたマネヲっ!!」
固まる俺の視線の先で、怒りに震えるザングレイが這いつくばるポップを蹴り飛ばすも、すかさず回り込んだマァムがしっかりと受け止めた。
「へへへ……牛野郎、お前はもう終わりだぜっ! ダイやアイツはオレなんかと違って本当に強いんだっ……ブラス爺さんさえ護ればお前に勝ち目はねぇんだよっ! さぁっ、好きにしな……殺すなら殺せ! マァムっ、お前は今の内に逃げるんだ!」
よろめきながらも啖呵を切ったポップは、支えるマァムの胸を押して一歩前に出ると片膝付いて座り込んだ。
「良かろウ! 望み通り貴様から片付けてくれルっ!」
ザングレイは躊躇うコトなく、崩れ落ちたポップの頭上でバトルアックスを振り上げた。
やってるコトは獣王と似通っていても、その精神性は違うと云うことか?
まぁ、それなら殺りやすいし、とりあえず防ぐとしよう。
″ガキンッ!″
ポップの前に飛び出した俺は、力任せに振り下ろされたバトルアックスを甲羅の盾で受け止める。
両足が大地に沈み、肩の傷口が開いたのか激痛が走る。
これは……本格的にマズイかもしれない。
「よう、ポップ。今日はよく会うな?」
道端で偶然出会った……そんな気軽さを以てポップに語り掛ける。
ポップがマホカトール迄使ってみせたなら、もう充分な成長を遂げたと言えるのだ。
護り切れない可能性がある以上、コイツラを無事に逃がすのが何より重要になってくる。
その為には、余裕ブってみせる必要がある。
「へ……へへっ……またアンタか……やっぱり隠れて見てんだろ? 趣味、悪りぃぜ……」
「黙って見てたのは途中からだな。お前にしちゃぁ頑張ったんじゃねぇか? 後は、任せなっ!!」
気合いと共に盾を押し上げザングレイのバトルアックスを弾き跳ばす。
「現れタカ……強欲の勇者ヨ!!」
僅かに一歩よろめいただけのザングレイは、アックスを両手で握り締め構えを取った。
ドッシリとしたその構えから、パワーに対する自信の程が伺い知れる。
「ヒッヒッヒ……どうじゃ? ワシの言うた通りじゃろ? 其奴は最早、満身創痍……ザングレイよ! 叩き潰すがよい」
チョコマカと近付いて来た人面樹にぶら下がる悪魔の目玉……そこに映るは、妖怪ジジィ。
そうか……このジジィが余計な入れ知恵をしてやがったのか。
・・・
「ジジィィィっ……テメェっ………誰だっ!!」
文句の一つも言ってやりたいが、今の俺とコイツは初顔合わせの敵同士……いくらムカつこうとも、ここで顔見知りであると明かすわけにはいかず″ぐっ″と堪える。
「ワシは魔王軍六大団長が一人、妖魔司教ザボエラじゃ……お手並み拝見させてもらおうかの? 強欲の勇者殿……ヒヒヒっ」
俺の意を一応は汲んだのか、悪魔の目玉の向こうでザボエラが白々しく名乗りを上げている。
「テメェ……」
やってくれるぜ、この野郎……クロコダインがロモスを落とせば六大軍団の評価が高まり、将軍を唆してロモスを落とせれば参謀としての評価が高まり、ロモスが落とせなくとも俺の実力が測れる……いずれに転んでも損はしないって寸法か。
だが、ザボエラさんよ……そのやり方は俺の怒りを買ってんぞ?
寝返った暁には意味なくぶん殴ってやるぜっ。
「でろりんさん! ポップ! 大丈夫!?」
「あぁ……なんとか」
「俺は余裕だ……お前等も兵士も邪魔だから城に帰ってろ」
ザングレイを注意深く見据える俺は、振り返らずに要点だけを告げる。
「な、なんだとぉ!? ちょ、ちょっと強いからって偉そうにっ」
「ポップ、止めて! でろりんさんは怪我してるわ!」
「怪我だって? 何処も怪我なん、って……アンタ、その肩どうしたんだ!?」
ポップの言葉に右肩を見てみると、赤く染まっていた。
ここまで滲めばマァムでなくとも気付くだろう。
「かすり傷だ。それより俺の話を聞いてなかったのか? 邪魔だから帰れ」
「ん、んなコト言ったってよぉ、ブラス爺さんも居るんだっ! テメェ一人に任せてノコノコ帰れねぇよ!」
「問題ない……抵抗するなよ、ジイさん! イルイル!」
懐から取り出した筒をブラスに向けて合い言葉を唱える。
たったコレだけでブラスはみるみる内に小さくなって、筒の中へと吸い込まれた。
実にチートな魔法の筒だが、対象者に抵抗の意志が有れば……いや、対象者が″入る″と思わなければ効果が無かったりする。
「なっ!?」
「なんじゃと!?」
「魔法の筒!? どうしてあなたが?」
「こんなことも有ろうかと……ってヤツだな? ほらっ、コレで安心だ……ソレ持ってササッと帰れ。お前等は良くやったさ」
一瞬振り返った俺は、ブラスの入った筒をポップに投げ渡す。
「お、おぅ?」
「なに頷いてるのよっ! 怪我人置いて行けるわけないでしょ!?」
「だ、だってよぉ……魔法力空っぽのオレは実際、役立たずだぜ?」
「だからって……アナタが見せた勇気はもう無いの!?」
「あ、アレは……お前を、その……」
「はぁ……夫婦喧嘩なら他所でやってくれ。今は戦闘中だ!」
怪我をしている当事者が「任せろ」「逃げろ」「大丈夫」と言ってんのに何で逃げないかな?
「ヒッヒッヒ……子供の相手も大変じゃな」
「五月蝿ぇ! 妖怪ジジィ!! コイツらを悪く言ってみろ? ブッ飛ばすぞ」
てか、悪く言わなくてもコイツをブッ飛ばすのは確定事項だけどな。
「グフフ……オレの目的はロモス王と強欲の勇者ダ。弱者は逃げたくば逃げるが良イ」
「お? 話が判るじゃねぇか? 余裕のつもりか?」
「ブレーガンの仇である貴様を殺し、ロモスを滅ぼス! クロコダインに出来なかった事を果たし、オレこそが最強の獣王で在ると証明するのダ! 子供に用はない!」
さっきまで足蹴にして、殺そうとしてた癖に何言ってんだ?
取り敢えず、私怨は抜きにしても将軍であるコイツはブチ殺す。
「はんっ……だったら俺は、お前を殺してクロコダインこそ最強の獣王だって喧伝してやるよ」
「ぶ、ブレーガンって誰だ?」
「さ、さぁ?」
「お前等には関わりの無いヤツだ……ホラっ、許しも出たし城に帰って………銀髪の変態仮面と合流しろ………百獣将軍は俺が殺す!!」
隠語を用いて″ボソッ″とヒュンケルとの合流を促す。
おそらく、ダイは竜闘気を使い果たし眠りに就いている……ヒュンケルが戦場に現れないのは、アバンの言い付け通りにダイを護っているからだろう。
ポップ達が戻れば入れ替わりにヒュンケルがやってくる……それまで耐えれば俺の勝ちだ。
「あ……わ、分かりました。だけど……そんな言い方しなくても……」
マァムは一瞬″ハッ″とした後で、変態発言に対する抗議なのか言葉を濁している。
変な所に拘っているが隠したメッセージに気付いてくれたと思いたい。
「あん? ワケアリだって紹介しただろうがっ! いいから早く行け!」
ヒュンケルの事は魔王軍に狙われているから、大っぴらに名前は言えないと告げている。
ってか、何でも良いから早く行ってくれよ!?
「な、なんだよっ、偉そうにっ……いつか見返してやっからなぁ! か、勝手に死んだら赦さねぇかんな!」
「アホかっ。死にたくないから闘ってんのに死んでどうする? 万全でなくたって勝つ方法はあるんだよ」
「けっ……行こうぜ、マァム! 今は逃げるのがオレ達に出来ることだ」
「え、えぇ……」
ポップに手をひかれたマァムは納得のいかない表情で、コチラをチラチラ振り返りながら去っていた。
「待たせたな?」
ポップ達を見送った俺は、改めてザングレイと向き合った。
こうやって見るとデカイな……それに、その巨体を覆い隠すかの様な全身鎧は肌の露出が殆ど無く、使われている金属はヒュンケルの魔剣と同種のモノに見える。
ブレーガンもそうだったが、将軍様は良い装備で固めてんのか?
「モウ良いのヵ?」
「あぁ……十分だ」
魔法力は半分以下、魔法の聖水は底をつき、右腕は動かない。
だが、ポップ達を逃がせたダケで十分だ。
少し闘い無理そうなら、キメラの翼を使って逃げるとしよう。
「でハ……行くゾ!!」
こうしてザボエラの策にハマった俺は、圧倒的に不利な状態でザングレイとの闘いに挑むのだった。