明けて翌日。
前日の反省からずるぼんに危険な言動を見せられないと考えた俺は、ずるぼんとへろへろの二人を言葉巧みに城下町見学へと追い出した。
二人だけでは少々心配なので、女将に子守りを頼んでみた処、快く引き受けてもらえた。
宿を元気良く飛び出したずるぼん達の後を、二人の男が追い掛け付かず離れず見守ってくれる算段だ。
女将を頭とする″カンダダ一味″は悪党に違いないが、金には困ってないらしく、子供を手にかける様な真似はしないそうだ。
元々、門番の言葉通り危なっかしい子供の俺達をそれとなく保護するつもりだったらしい。
昨日の騒ぎは深読みし過ぎた俺が一人で空回りしたのが主な原因になる。
チンピラ達は入団希望の見習いで″カンダダ一味″のなんたるかを知らなかったそうだ。
騒ぎの最中、チンピラが″カンダダ一味″と口にした時点で、制裁を加えるつもりで男達が動こうとしたが、それより早く俺がチンピラをノシてしまった。
これが、昨日の顛末の真相になる。
ずるぼん達を送り出した俺は、酒場の裏庭で木剣を振りながら今までの事、コレからの事を考えていた。
俺は、弱い。
10歳だとかそんな事は関係なく弱いんだ。
先ずはこの現実を受け入れよう。
5年の修行で上がったレベルは12。
これを元に考えると、原作開始迄の10年と少しで上げられるレベルは30も無いだろう。
つまりこのままいけば原作開始時点で俺のレベルは40前後。今の三倍だ。
パラメーターを単純に三倍すると100に届かない計算になる。
小さな村に暮らす普通の村人に比べれば十分強いけど、それじゃダメなんだ。
俺の5年の修行は所詮自己流だし、″魔剣戦士ヒュンケル″に比べれば全然大した事がない事実。
ヒュンケルはガキの頃からアバンに師事し、更に魔王軍の重鎮″ミストバーン″の元で十数年の修行の日々を送る事になる人物。
そんな人物ですら大魔王に敵わない現実。
原作の闘いは、世界の命運を決める天才達の闘いであり、所詮一般人の偽勇者がちょっと早く修行した位で到達出来る世界じゃないって事に今更ながらに気付いた。
知らず知らずの内に前世を持つアドバンテージに驕り、アルキーナの神童と呼ばれる内に慢心していたようだ。
まさに″井の中の蛙、大海を知らず″だな。
この事実に昨日は取り乱してしまったが、悪いことばかりじゃない。
むしろ気付けて幸いだと言える。強さを過信したまま原作キャラにバトルを挑んだりしたら……考えただけでも恐ろしい。
俺の目標はこの世界で力強く生き抜く事で、その為の力が有れば十分だ。
大魔王を倒すのはダイ達に任せる気満々だし、俺は別に最強に成れなくて構わないんだな。
だからといって鍛練を怠る気はない。
要は過信は禁物、身の丈を知り自分なりに出来る事を頑張れば良いんだ。
「よし!!」
反省、終わり!
上段から振り下ろした木の剣を止め汗を拭う。
次は情報収集だ。
女将には聞きたい事が沢山ある。
彼女達は悪党かも知れないが、俺達に危害を加える気がないなら特に気にする必要もないだろう。
アルキード消滅の大事に比べれば彼女達の悪行(何をしているのか知らない)は小事に過ぎない。
それに、俺は世直しなど考えていないし、話してみた感じ彼女達は悪党であっても悪人ではないように思えた。
何より、勇者アバンの知り合いというのが大きい。
汗を拭った俺は、酒場へと戻るのだった。
◇◇◇
「それで? 何を聞きたいんだい?」
腹拵えに注文した料理を食べていると、カウンター内でキセルを吹かす女将が唐突に話し掛けてきた。
「なんでそう思うンですか?」
「嬢ちゃん達を追い出したのは、聞かれたく無い話があるからだろ?」
バレバレか。
見た目は子供、中身はハタチ!と言っても人生経験的な意味では子供みたいなもんだし、腹の探り合いでは勝てそうにないな。
「まぁ、そうですね。色々聞きたい事は有りますけど情報料とか要りますか?」
深読みするより頭空っぽにして、聞きたい事を素直に訊ねるとしよう。
「まったく…変な坊やだねぇ? 何処でそんな事を覚えてきたんだい?
情報料は坊やの知りたい内容に依るさ」
情報の内容次第で料金が違うのは当然だろう。
「はい、これ。足りない分はお金が出来たら払います」
懐からゴールドの入った袋を取り出し、丸ごと差し出す。
残りの全財産。
二千数百ゴールドはあったはずだしコレで足りなきゃお手上げだ。
「この一枚でいいさ。
足りない分は、坊やに仕事を頼むとするさ」
袋から取り出した1000G金貨をカウンターに置いた女将が袋を還してくれる。
「仕事って何ですか? 人殺しはしませんよ?」
前世の記憶のせいで人を殺そうとも、殺せるとも思えない。
ん?
てか、俺って人型タイプのモンスターと殺し合い出来るのか?
…コレからの課題になりそうだな。
「ガキがどう過ごせばそんな発想になるのかねぇ?
カンダダ一味は殺しをしない主義だから安心しておくれ」
「じゃぁ何をすれば良いんですか?」
「それは坊やの話を聞いてからさ。金で足りるなら坊やが働く必要はないじゃないか?
坊やの強さならこなせる仕事さ。この眼が保証してあげるよ」
「その眼って何なんですか?」
「眼の事を知りたかったのかい? 構わないけど、坊やに払えるのかねぇ?」
いや、違うし。
「この眼は″ルイーダ″の名を受け継ぐ者に代々引き継がれてきた……魔法のようなもんさ、観てみな」
俺が止めるより早く秘密を話しだした女将、いや、名を継いでるならルイーダか。彼女が前髪をかきあげてカウンター越しに顔を寄せてくる。
こんな簡単に秘伝を話してもいいのか? まぁ折角だし見せてもらうか。
俺も顔を近付けてその瞳を覗き込んだ。
あ、目尻にシワ発見!
「アイタっ!!」
キセルで殴られた。
「変な事考えるんじゃないよ」
「なんで判るんですか、流石、年の甲ですね…って、イタっ」
もう、一発殴られた。
「馬鹿な坊やに教えたげるよ。痛い目に遇いたく無ければ女に年の事を言わないことさ」
殴る前に言ってくれ。
さて、馬鹿なやり取りをしていないで真面目に観るとしよう。
「魔方陣、ですか?」
女将の黒目には六芒星が浮かび上がっている。
「知ってるなら話が早いねぇ、この魔方陣に魔法力を籠めれば、対象の魔法力を読み取り、数値化してあたしに見せてくれるのさ」
原理は判らないが、要は魔法力を利用したスカウターか?
「へぇー・・・コレッて俺も使える様にならないですか?」
身の丈を弁えると決めたばかりの俺には打ってつけのチートアイだ。
コレさえ有れば敵の戦力を見誤る事が減りそうだ。 是が非でも欲しい。
でも、規格外の相手には効かないんだろな。
「説明を聞いてなかったのかい? コレはルイーダの名を継ぐ者だけが引き継げるのさ。あたしゃ使い方と伝授の方法しか知りゃしないよ」
「ルイーダの名を継げば使えるんでしょ?」
「簡単に言ってくれるじゃないか。そうさねぇ…坊やが一生この街から離れない決意が付いたなら、考えてやっても良いさ。ルイーダの名を受け継ぐってのはそうゆうことさ」
「じゃぁ止めときます」
チートアイは魅力的だが今この街に腰を据える訳にはいかない。
てか、この街に腰を据えるなら別にチートアイは必要ない。宝の持ち腐れ感が半端ないぞ。
「そうしな。
それじゃぁ、お代の100000Gを払ってもらおうかねぇ」
「えっ!?」
「なに呆けた顔をしてるのさ? こっちは秘伝を教えてやったんだから当然の請求じゃないか」
いや、そっちが勝手に話し始めたんだし、秘伝の原理とか解んないし、教えてもらえないし、10万Gなんて払えるわけないし、ソレはアンタだって知ってるだろうし・・・。
はぁ…そうゆうことですか。
「はいはい、解りました。ルイーダさんの依頼を受けますんで、…コレで良いですか?」
「話が早くて助かるねぇ。頭の良い子は嫌いじゃないよ」
「オバサンに好かれても嬉しくないですけどねぇ」
せめてもの意趣返しに憎まれ口を叩いてみせる。
「また、ブたれたいのかい?」
タレ目を吊り上げたルイーダは、手のひらの上でキセルを″ぽんぽん″と叩いている。
マジで痛いから止めて欲しいぞ。
そのキセルは立派な武器だ。
「遠慮します。そんな事よりその眼でどうして職業が判るんですか?」
「そんな事はあたしに聞かれても知らないさ。見えるもんは見えるのさ」
「でも、偽勇者とかなんちゃって僧侶とか酷くないですか?」
軽く悪意を感じたのは俺ダケじゃなく、過去にもきっと居た筈だ。
「坊やが自分で偽物だと思ってるからそうなっちまうのさ。偽勇者なんて見たのはあたしも初めてさ。
実を言うと勇者と付くガキは少なくない、但し!!
実力が伴っていないと嬢ちゃんみたいに″なんちゃって″と付いちまうのさ」
なんだそりゃ?
要するに、俺は自分で偽勇者だと思い、尚且つ実力が伴っているとゆうことか?
偽勇者の実力が伴うってなんなんだ?
「解ったような、解らないような?」
「そんな悩むもんでもないさね。アバンの奴もこの前会った時は″家庭教師″なんてフザケタ職業に変わっちまってたし、職業なんざ飾りみたいなもんさ」
偉い奴にはソレが判らんのです!
勇者と偽勇者には果てしない壁がある。
こんなままじゃ王族に会いに行けやしない。
いや、でもこんなチートアイはルイーダだけっぽいし大丈夫か?
「たっだいま〜。あーお腹空いたぁ」
″バタン″と勢い良く扉を開けてずるぼんが帰ってきた。
まだまだ聞きたい事が有るというのに、もうお昼時か。
「此処に下ろしていいだか?」
へろへろは″ドスン″と音を立ててパンパンに膨れ上がったリュックを床に降ろした。
え?
確か、へろへろは空のリュックをぶら下げて出掛けた筈だぞ!?
「沢山買ったんだねぇ」
「うん! お陰でお金無くなっちゃった。あ、でろりん、お金ちょーだい!」
・・・ねーよ。
昼からどうやって追い出そうか思案しつつ、3人並んで昼食を摂るのだった。